大津で「走る」観劇

大津に行ってきました。

目的は「走る」大津公演と版画家、岡澤加代子さんとコラボの新聞バッグワークショップ。

大津は古川からだとかなり遠くて、東北新幹線で東京まで、東京から東海道新幹線で京都。京都でJR電車に

乗り換えて大津、駅からタクシーで琵琶湖ホール。行程約5時間。

 

久しぶりの京都。久しぶりといっても50年ぶり。若い頃、仕事の休みがとれる度に、大阪在の入院友達を訪ねて

博多駅から特急「はと」に乗っていました。そして友人が仕事に出ている間、1人で京都をふらふらふらふら。

その頃の私が見ていたものは、神社だのお寺だの。でも今私が心惹かれるものは、駅の土産物屋に並ぶ商品。

60歳で生産者になったら、見るもの、見方まで変わってしまった。

 

さすが京都!、商品のひとつひとつが伝統的であって洗練されていてお洒落。

福岡も加工品先進国だけれど、福岡とは違い京都京都した感じ。

 

京都駅で東京から来る岡澤加代子さんと合流して「走る」会場の琵琶湖ホールへ。

琵琶湖畔に建つ琵琶湖ホールはオペラも上演されるという立派で豪華な文化施設だけれど、地元の方々

にはあまり関心を持たれていない、と聞いています。

 

そんなこととはつゆ知らず、私はこのホールの集客を㈱ウルズの角川社長にお願いしてしまい、大変な

ご苦労をかけてしまいました。角川社長と妹のたか子さんは、涙ぐましい努力をして方々に声をかけて

奔走してくださったその結果、ホールは2階席までぎっしり満席!。

琵琶湖ホール始って以来の快挙だと、あとで聞きました。

ご自分の会社の社員、関係者、その家族やお友達などなど広く声をかけてくださった角川社長は、大変な

ご苦労をなさったにも関わらず、舞台「走る」とのご縁を大変喜んで、会社や地域にとってもこの機会を

文化的発展のスタートにしたい、と有難い言葉をくださった。ほんとうによかった!

 

富良野、郡山、に続いて3回目に観る「走る」

やはり素晴らしい舞台でした。舞台で走る人の走る重みが自分にそのまま重なってくる。

もう全国ツアーも終盤。なのに、1ヶ月以上舞台で走り続ける役者さんたちは、怪我をして無念の涙をのんだ

方もいるだろうけれど、「屋根」で見たときよりもお元気そうで安心しました。

あと残すところ公演も4、五回。富良野に戻って最後となる凱旋公演を是非観たいところだけれど、チケットは

完売でもう観ることはできません。

 

新聞バッグをご縁に、福島を舞台にした「ノクターン」から始って、岩出山でも上演して頂いた「屋根」、そして

現在全国ツアー中の「走る」。もう富良野とご縁ができて3年になってしまいましたが、この富良野GROUPの

演劇だけは、私の時間を元に戻して、これまでの全ての舞台を観たいと思います。

最初に富良野塾での塾生としての暮らしや、そこで学ぶ演劇のことなどの話を聞いた時には、なぜそんな苦しい

思いをしてそこで暮らすのか、学ぶのか、と不思議に思ったその疑問が今は解けつつあります。

舞台を観た後で、「これは後から利いてきそうですね!」と岡澤さんが言ったけれど、そう、そんな感じで、

うまく言葉にできないけれど、最終的には自分の人生の肯定に繋がる貴重な時間を得ているような気がしています。

 

舞台が終った後、岡澤さんと大津の町に出て、二人にとって初体験のびっくりドンキーで遅い夕食。

ゆっくり食べてゆっくりしゃべって少し冷え込んできた外に出てタクシー待ち。

ところがタクシーが来ない。歩いても佇んで待っても来ない。時に空車のランプを点けたタクシーを見つけて手を

挙げると、いつの間にかランプが消えてしまう。

私らは嫌われているのか、ホテルに戻れない。

焦り始めた頃、ようやく1台が停まって聞いたところによると、流しのタクシーはないのだそうで、危うく大津で

ホテルまで深夜散歩となるところでした。ご用心、ご用心。

 

ホテルに戻って深夜2時まで角川、岡澤、私の女子おしゃべり会。

眠る時間もなくなってしまったけれど、明日は私の初新聞バッグワークショップ。

黒田さんに用意してもらった道具で、黒田さんに書いてもらったアンチョコ見ながらがんばります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新聞バッグ入りよっちゃんなんばん

鳴子温泉に新しくできたホテル吉祥さん。

オープンして以来一度も行ったことないので、一度行きたいなあと思ってました。

昨日、よっちゃん農場からの情報で、新聞バッグ入りのよっちゃん農場製品をホテル売店で販売する、

それも今日からというので、これは行かねば。

見たい、ついでにホテルの中も見たい。けれども1人で行くのは腰が引けるので、たまご屋さんの仕事を終えた

上條さんと一緒に行くべ、と早めに道の駅を出てたまご屋さんで待機。

そしたら何を思ったのか、オーナーのたけしさんが総支配人に会ったほうがよい、とあっと言う間に電話で

アポまでとってしまい、押し出されるように上條さんと一緒にホテル吉祥に参上。

 

見るだけでいいのに、総支配人さんに会って何話す?

ああだこうだ思ってる間に上條さん運転の車はホテルに到着し、見たい売店まで行ったら、なんとよっちゃんが

商品の陳列をしてました。

総支配人さんは「中古ですからまだまだ整備途中で」と謙遜なさるけれど、売店もロビーもすっきりと洗練されて

上品な雰囲気。大きな窓の外は雪を被った鳴子の山が見渡せます。

 

広々とした新しい売店の棚に新聞バッグに入ったよっちゃん農場製品が並びました。

よっちゃんが作った三角のポップがユニークでいい感じ。1面はよっちゃん農場風景。真っ青な空、足元には黄金色

の稲、よっちゃん、みっちゃんの笑顔。「風景が見える農業を目指す」(言葉は違う)という趣旨のキャッチコピー。

これは、一度よっちゃん農場に行ってみたくなるようないい写真です。

もう一面には農業を志して以来、こつこつ増やしてきたよっちゃん農場の製品の説明。

そしてもう一面に、海の手山の手ネットワークの活動内容がどーん。これはちょっと予想外でうろたえました。

 

ホテル吉祥さんで許していただき、よっちゃん製品に乗っかって、お客様に新聞バッグを知ってもらえれば嬉しいです。

総支配人さんにあれこれ訊きました。

お部屋は?お風呂は?お食事は?

お布団は敷いて欲しい方のみ敷くようにして、なるべくお客様のプライバシーを守るようにしていること。

夜のお食事は、その日のメニュー+バイキング。 朝のお食事はフルバイキング。

お風呂は?これは9泉種ある鳴子温泉のこと。いろいろあるようで楽しそう!

 

小雪がちらちら舞う中、途中で温泉に寄って帰宅。

明日は東京。明後日は京都経由で大津。

今夜は新聞バッグ作りの練習に励みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小野寺さんの菊

2月もあっという間に月末。

今月の月末は、恒例、20日を過ぎるとロイズ新聞バッグの回収、検品、発送仕事は変わらず。

そのうえで、イスラエルからやってくるノアさんの「新聞バッグにオリンピックを入れちゃおう」企画

プレゼン用の新聞バッグ作り、ともうひとつ、明後日水曜日から、滋賀県大津に新聞バッグ

ワークショップに出向くので、なにやら気持ちが落ち着きません。

またそのうえに、申告という一大事が迫っているのに、ちっとも進まないのでこれも落ち着かずの原因。

 

プレゼン用の新聞バッグは、とりあえずは日本の新聞紙がよいだろうということで、あちらこちらの

知り合いにお願いして、朝日新聞、日経新聞、などを頂き、ある程度用意できました。

オリンピックで新聞バッグをというノアさんの夢は、これから2020年まで3年がかりの壮大なものなので

どこでどう手伝えるか想像がつきませんが、でも夢の実現はまずは妄想から、と著名な写真家が言ってました。

ノアさんの大切な日本での10日間。手抜かりのないように万端の準備で臨んでほしい。

 

そして大津。

大津に行くのは初めてです。

大津の琵琶湖ホールで3回目の「走る」を㈱ウルズの角川社長と一緒に観ます。

大震災後、岩出山の梅農場で、鳴子温泉に二次避難中の南三陸の小野寺さんに出会いました。

小野寺さんのお仕事は菊作り。津波被害に合われたその年、岩出山の畑での菊作りにはまだその気持ちに

なれないとのことで、菊作りのご指導をお願いし、その翌年、南三陸に戻って心機一転して菊作りを再開されました。

が、菊の花が立派に開花したところで、流通が破壊されていることに気付いて愕然。

小野寺さんに協力して様々な方法での菊販売を開始し、その時に遠い滋賀県から「菊を買います」と手を挙げて

くださったのが角川さんでした。

 

その後も、よっちゃん農場のよっちゃんなんばんや、海山の新聞バッグを多方面に紹介してくださったり、毎年

クリスマスシーズンにはプレゼント用の新聞バッグを注文してくださったり、6年近く経つ今も角川社長には多大に

お世話になっています。

 

加えて、厚かましくも私が今年になってお願いしたのが、倉本先生のお芝居「走る」の集客。

私は富良野から頼まれて、角川さんは私から頼まれて、大きな琵琶湖ホールの客席数の半分以上を埋める

ために東西奔走。涙ぐましい努力を強いる結果になってしまったのですが、その甲斐あってチケットは完売。

様々な意味で富良野から宮城、大津まで人の心が支え合っての感動の「走る」観劇となりそうです。

私は「走る」のおかげで、小野寺さんの菊を買ってくださった大勢の社員さんやそのご家族に直接お目にかかって

菊を買って頂いたお礼を申し上げる機会に恵まれました。

 

お芝居を観た翌日は、やはり大震災後に知り合い、たくさんのご協力を頂いた版画家の岡澤加代子さんと

一緒の版画&新聞バッグワークショップを企画して頂きました。

問題は、私の新聞バッグ作りの技が未熟なこと。

でも今度のワークショップは、新聞バッグを上手に作る、というよりも、小野寺さんの菊を「立派な菊だ」と誉めて

くださり出会いを喜んでくださったみなさんと、大震災のこと、災害のこと、人との繋がりのことなどを素直に

お話をしたい、と思っています。

 

大震災から始まって鳴子温泉に繋がり、小野寺さんの菊に繋がり、角川さんに繋がって「走る」に繋がって・・・。

この先、何が起こってどう繋がっていくのか。大津ではまた新たな扉が開くのかもしれません。

 

しかし、明日から始まるロイズバッグの検品。こっちは闘い。早く無事に終わりますように・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空翔る夢

イスラエルに住んでいるノアさんが日本に来ることになって、この2、3日イスラエルと日本でメールを

やったりとったりやったりとったり。

2月末から3月10日くらいまでの間にノアさんが日本で会おうとしているのは、数々のオリンピック関係者

に混じって、東京在住の元昭和女子大学教授でありフリー刺繍家でもある天野寛子先生と私。

なんでこんな組み合わせになるのかというと、なんだか解らないけれど偶然が偶然を呼んでこうなったという

ような物語があり、今回ノアさんはイスラエルのオリンピック関係者として、日本のオリンピック関係者との

会議その他で来るらしいのです。

 

そこのところは今度会う時に聞いてみなければ定かではありません。

分かっているのは、ノアさんが今回東京オリンピックと新聞バッグを結びつけようとしていること。

その話を初めて聞いた時には、海山一同、話が大きすぎて、(まあ、2020年東京オリンピックは復興オリンピック

と言われているけれど、どこがどう復興なのかよく解らないもので)、オリンピックの中で新聞バッグをどう位置

付けたらいいものか、雲を掴むような話でまとまらず。 今もそうなのですが・・。

 

ノアさんは今はイスラエルの人だけれどれっきとした日本人女性。

ご主人が亡くなられた後、イスラエルでの栄養指導の仕事を志し、日本に戻って栄養士の資格をとるべく入学

した食糧学院の夏季農業研修インターンでよっちゃん農場に来た時に、ノアさんの宿泊をうちで受けました。

若い学生さんかと思っていたら、イスラエルに娘さんがいらっしゃる50代の女性でびっくり。

栄養学という難しい学問を、普段使わない日本語で、日本の若い学生に混じって学校でも家でも長時間

勉強し、その合間には毎日走って体を鍛える、という普通の日本人女性には見られないその意思的且つ

ストイックな姿勢に私は驚嘆したものです。

 

ノアさんたち女子学生3人が来たちょうどその時、海山では明大付属中野中、高等学校の新聞バッグワークショップ

を開催することになっていて、ノアさんたちにも一緒に参加して新聞バッグを作ってもらうことにしました。

それがノアさんと新聞バッグの出会いです。

新聞紙で作るバッグということでノアさんは様々な意味で、新聞バッグに魅了されたらしく、その後は学院で

新聞バッグワークショップを開催したり、自分でデザインした新聞バッグを作ったりしていましたが、折りあるごとに

イスラエルで新聞バッグを教えたい。パレスティナの人にも作ってほしい、と言ってました。

 

2年の時を経て、ノアさんは目出度く食糧学院を卒業。その前にイスラエルに戻って、イスラエルオリンピック選手団

関係の仕事をするようになり、ジュネーブその他関連各国を廻ってきた、とは後で聞きました。後、残るひとつの

目標は新聞バッグインストラクターの資格をとること、だったのですが、私との時間の調整がつかず、昨年春は

断念。その後リオオリンピックを経て・・・。

 

今回来日するのはやはりオリンピック関連のイスラエル側としての仕事、なのだと思いますが、時間が経っても

ノアさんの心の中にしっかりとあるのは、始まりの時と同じように、新聞バッグは日本の折り紙文化と資源の再生

との融合という信念。

もしかしたら、もしかすると、たくさん考えるうちのひとつくらいは、ノアさんが信じる価値としてオリンピックを通じて

世界のどこかのなにかにひっかかるのかもしれない。そうならなくても、夢は見られる。

 

そう思ってノアさんの空を駆けるような夢を実現に向かって応援したい。

 

と気持ちは壮大なのですが、ノアさんがイスラエルで検索して探してくれた飯田橋近くの食べどころに、日本にいる

私、ましてや東京にいる天野先生も行き着く自信がない、という情けない現実。

「何に乗って行ったらいいのですか」「これから調べます」

なんてメールをイスラエルと東京と宮城でやったりとったり、やったりとったり。

なんと便利な世の中になったものか、と有難いようなそら恐ろしいような気持ちになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新聞バッグワークショップ/上野々でスキー

日にちが過ぎるのが早い。

もう2月も10日を過ぎて、あと2週間もしないうちに滋賀県での新聞バッグワークショップの日が迫ってくる。

新聞バッグを作れないわけではないけれど、人に教えることと作ることは全く違うので、教えることができる

黒田さんや上條さんがいないワークショップは想像できないのです。

ましてや私が教える新聞バッグ講座の図はさらに想像できず、日が過ぎるのが恐ろしい。

 

なので、土曜日、久しぶりに黒田、上條、私の3人の顔が揃う、新聞バッグ講座では黒田さんの教え方を

しっかり見て、頭にきざむつもりで臨みます。

お客様は、スーツ姿の男性が7人に女性2人。JTBの方々と市の観光課の方々ですが、のりがついては

いけないので上着を脱いでもらっていざ制作にかかって頂きます。

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海山ネットワークの始まりから現在に至るまでのおおまかな話をした後なので、短い時間になりましたが、

みなさん、上手に初めての新聞バッグを完成されました。

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満開のさくら!

なんと絵になる新聞バッグではないですか。

「楽しい!」

聞こえてきた言葉が印象的。

日頃は大人の生活に紛れて忘れているけれど、こんな小さな工作でも紙を折ったり糊を貼ったりして作れば,

「作るって楽しい」という感覚が甦ります。

 

肝心の新聞バッグの作り方の教え方は、自分がしゃべるほうに気と時間をとられて、ちゃんと見てられなかった。

再度挑戦の必要あり。

 

ワークショップが終った後、町にできた新しい喫茶店に行くことにしました。できたのは知っていたけれど、

機会がなくて1度も行ったことがなかった喫茶店。

私が越してきた15年前は、町には喫茶店がひとつもなくて、ちょっと人とお茶っこするにも困っていました。

ところがここ、2、3年でバタバタとカフェラッシュ。ここの町の人が喫茶店を開くというのはあまりないことなので

他所の土地から移り住む人が増えたということなのでしょう。

そしてこの喫茶店も他所の土地の方。岩手から毎日通ってこられるそうです。

店内はしっとりと落ち着いた雰囲気。想像したよりも広くて、実に精度のいい音でジャズが流れています。

 

サーブしてくださるのは息子さんとそのご両親。

メニューはコーヒーその他の飲み物だけだけれど、「わあ、疲れた、お腹が空いた」と口々に言う私たちに

同情して、たぶん私よりも少しお若いお母様が家族用のパンを焼いて、コーヒーと一緒に出してくれました。

ほんとうに申し訳ない。

コーヒーのみに来て、よそのお宅のパンまで食べてしまうなんて。

必ずどこかで美味しいパンを買って、お返しに来ようと決めて今日の日程は終了。

 

そして今日日曜日。

昨日突然決まった鳴子、上野野スキー場での雪遊びに黒田さんが行くというので、道の駅へのお餅出荷後、

黒田さんの橇滑りの勇姿を写真に撮ろうと出かけてみました。

岩出山は晴れて青空さへ見えるのに、鳴子に近づくに連れて濡れ雪が吹雪いて荒れ模様。

こんなんで雪で遊んで楽しいのかしらん。

行く気が失せて、喫茶たまご屋さんでしばらく遊んで、「ゆっくり行くのよ。無理しないで」と運転の注意を受け

ながらスキー場へと向かいました。

なんと、横殴りの濡れ雪で視界は白いのだけれど、遊んでいる人はいる!

ひとつだけあるリフトも動いている。 でも黒田さんはいない。

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黒田さんを探して、食堂へ。

 

いました。

たまごやさんのマスター、タケシさんと東京から来たお客さんと一緒に緊張と興奮と疲労が入れ混じった

ような表情の黒田さんが!

胸がいっぱいでおなかもいっぱいなのか、普段だったら平らげてしまうカレーのお皿も半分残ってる。

なんだ、どうした?

「滑ったの?」と訊いたら、「滑りました。ウン十年ぶりで」

「リフト乗ったの?」 「乗りました!」

「で、降りられた?」 「歩こうかと思ってけれどスキーで」

で、この表情なんだ!

 

 

はあー、やっぱりスキーって、自転車乗りを覚えたら忘れないのと同じで、何年経っても滑れるんだ!

東京からみえている、今月に入って2度目の鳴子だというお客様は80歳だそう。

ええ~、うらやましい。だったら私も滑れるのかもしれない。

こんなに近くにこんなにゆるーいスキー場があるんだから。

テレマークというスキーしかやったことがない私は、普通のスキーだったらまったくの1年生。

教えてくれる人がいることだし、スキー板も短くなったみたいだし、新たな興味がふつふつと。

でも骨折したら元も子もないので考えどころです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議は続く

昨日はお昼に花山お蕎麦屋さんでお蕎麦を食べながら、出荷組合花卉部会のランチミーティング。

そろそろ始まる花の時期。どんなふうに花を売っていくのか。2時間話し合って終了。

その後場所を移動し、喫茶店で市の観光関係の方との打ち合わせ。

まだよくわからんのだけれど、大震災後の6年後の今、復興の新たな段階に入ったとのことなんですが、

のみこめなかったので、次に機会によく訊いてみます。

 

新聞バッグは大震災直後の気持ちも生活も大混乱している時に、とにかく生活再建のために失った仕事を

作リ出そうと、沿岸部の人と一緒に始めた活動だけれど、年数が経つうちに仕事作りとはまた違う要素も生まれ

てきました。足がある生き物のように1人で歩いて、各地の人と知り合いになり、イベントの主要品目になったり、

演劇を連れてきたり、学校の教育事業に使われたり、様々な分野で顔を広げています。が、でもやはり

大震災後に始まった仕事に他ならないので、その基本にある復興という言葉は無視できない。

 

その基本を表立たせず胸の底に据えて、この先新聞バッグに何ができるのか。

新聞バッグがどこに歩いていくのか、何が起こるのかさっぱり分からないけれど、楽しみです。

伸び代はまだまだあると思うから。。

 

今日は道の駅出荷組合の理事会会議。

正月が明けてから次から次の会議続きだったけれど、役員の改選を含めて、ようやく来期に向けての諸々が

決まり、これから2月半ばの総会を経てまた新たな年度が始まります。

あ・ら・伊達な道の駅は開業16年目に入り、古くなった建物の外装工事と裏の大駐車場の工事が終わり、

今は表側駐車場の大工事中。車が1台も見えないのでお休みのように見えるけれど、お休みではありません。

5月には新装なった道の駅にお客様をお迎えできると思います。どうぞお立ち寄りください。

 

今朝は大雪。

今の積雪からみたら、道の駅にお餅の出荷に行ったら、帰ってきてうちへの上り坂を登れる自信がないので、

今日の仕事は大雪休みにします。

手持ちぶさたにテレビを見てたら、2020年の東京オリンピックは「復興オリンピック」という文字が・・。

復興オリンピックって、意味はなんだろう。

丁度新聞バッグとオリンピックについて考えつつある今、ひっかかる言葉なんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想ミーティング

この2、3日、風が強く風花が舞い寒い。

ここに来て15年間使ったガス台。3つあるコンロの1個が点かなくなったり、グリルが壊れたり、だましだまし

使っていたけど、いよいよ騙せなくなってきたので、午前中はコンロの交換。

しかし、驚いた。今のガスコンロというのはなんでもできるのです。

カスタマイズ機能というのがついていて、、油の加熱防止にガス自動ストップ、消し忘れても自動消火、焦げ付く

前に自動消火するらしいし、調理の際も料理別の温度の設定やら、トーストまで焼けるらしい。

いろいろいっぱい書いてあるけど、難しいことはできないので読む気なし。普通にガスに火をつけて鍋かけて

料理をする。それなら普通のガス台を買えばいいのだけれど、うちのキッチンに合うのは、この普通がないんだわ。

レンジフードと連動になっていて、ガスをつければレンジフードが動くという仕組みになってると説明されたけど、

これは断りました。ガス着火と連動してレンジフードが動くなんて寒いし、自分がつけたい時に回す。

便利一途の近代文明へのささやかな抵抗。でも実は歳をとるばかりの私には本当は有難い装置なのかも

しれません。

 

午後、今夜の海苔巻きパーティ兼海山ミーティングの準備のために買い物へ。

なんのパーティかというと、黒田さんの新住民歓迎とmichikoちゃんの帰国歓迎&もうすぐ出発のお別れと

上條さんの白鳥キャンドル最優秀賞受賞のお祝い、とふたつみっつ重なっている海山事業のうち合わせ。

今夜の講師は、弁当作りで海苔巻きの腕を磨いているよっちゃん。なんでも巻いていいそうなので、私と黒田さん

は海鮮、孫はソーセージなど、上條さんは海苔巻きに巻く揚げ物を持って登場。

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適材適所。それぞれに役割を担って今夜の食事ができあがりました。

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みんなで食べながら、海山ミーティング開始。

ロイズ新聞バッグの終了を間近に控えて、これで少しゆっくりなるかという矢先ふたつの事業案件が現われ

ました。ひとつは仕切りなおしての教育事業。もうひとつは新聞バッグ×オリンピック。

学校の修学旅行に新聞バッグ作りを組み込ませるというのは過去5年間にやってきたことの新たな始まり

ですが、オリンピックというのは大きすぎて全然想像がつかず、妄想に次ぐ妄想ミーティングで終了。

 

明日は教育事業の方との第1回目の打ち合わせをやります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議、蜜ろうそく作り。

昨日の朝の雪。

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午後から道の駅の会議があるのでうんざりしていたら、お日様が出て見事に溶けた。

陽があたればすぐに溶ける。これが岩出山のいいところ。

 

会議は道の駅出荷組合の年度替わりの諸々。予算やら役員改選やら来期に向けて重要事項を決めて

いく必要かつ重要な集会です。

私が部長を務める花部会は、気合の入ったお母さんたちが揃っているので、今年やるイベント類は

既に決まってます。

ラベンダー栽培の方向づけやら、新品種の菊の栽培、ドライフラワーの充実、講習、研修、イベント開催

などなど、そんなにやるのォ、と圧倒されるほど密度濃い。

なにはともあれ年度替わりの重要な部分はこれで終わりました。

 

ほっとしたところで、今日は、道の駅へお餅出荷後に温泉へ。

のつもりで鳴子温泉に向かっていたら、中山平温泉の蜜蝋燭つくり(スノーランタンフェスタ)の席がまだ空いてるよ、

と連絡が入り、急遽中山平へ。鳴子を越えて中山平温泉まで行くと積雪の量が俄然増えます。

会場はしんとろの湯敷地内のコミュニティセンター。

中に入ると50名ほどの大人こどもが会場を埋めてました。

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私、蜜蝋燭を作るのは初めて。どんなものかどんなふうに作るのかもまったく解りません。

最後の飛び入り参加で、指定されて席に着いたのはグループA。Aの仲間はお母さんたち、子供たち、そして

我ら海山女子部+S由美さん。

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作り方の説明の前に、今日の講師である山形県朝日町から来られた蜜ろうそくの森キャンドルの安藤さんの

お話があります。

まずは蜜ろうそくの原料である蜂の巣と蜂についてのお話。

これが滅法面白い。蜂ってそんなに種類いるの?蜜蜂の巣は紙で、人間は密蜂を真似して紙を作った。

近頃は蜂が少なくなってしまっているけれど、蜂がいなくなったら人間は食べるものがなくなってしまう。

蜂は近くに自分の巣がなかったら刺さない。

地蜂は生きたくもを10匹以上閉じ込めていて、それを1匹1匹食べて生きている。地蜂がいなくなったら自然界

蜘蛛だらけになっちゃうよ、などなど、大人も子供もこれまで知らなかった蜂の話に引き込まれて時間を

忘れそうでした。

 

 

解り易く蜂の話をしてくださる安藤さん。手に持っておられるのはオオスズメバチ。

これまでたくさん刺されたので、刺されてももう腫れもしないそうです。蜂が作ったものを頂くのだから、刺されても

仕方がないね。

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いよいよ、蜜ろうそく作り開始。

蜜蜂の巣からできているという材料をお湯で温めて、手や板で形を整えながらキャンドルを作る。

と言ってしまえば簡単みたいだけれど、私はまったくアート感覚ゼロ人間。

なんとか共同課題のスノーランタン用キャンドルだけは作ったけれど、自由制作は想像もつかない。

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このキャンドルをプラスティックのコップに入れて雪の中に置いて灯を灯す。ということらしい。

隣りで上條さんが作っているのは、トムとジェリーが食べかけているようなチーズ。と思ったら突然白鳥に

変更。S由美は味噌玉?惑星のようなりんごのような丸い玉。まったく形が思い描けない私はネズミの顔。

 

白鳥ができあがってきました。長い首を伸ばし羽を広げ今にも飛び立ちそうな白鳥。最後になんかヘンと

足がないのを思い出して大急ぎで足をくっつけてみんなで提出。

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なんと、海山のトップアーティスト上條の白鳥が、最優秀賞をゲットしたではないですか!!

飛び入り参加の結果だから、もうおかしくって笑いがとまりません。

インタビューまでしてもらいました。

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大震災から6年。南相馬から鳴子温泉に移り住んで新聞バッグを作り始めて、アーティスト上條はいくつ賞を

取ったことやら。今回の賞品はゆきむすびのお米と中山平の漆小屋の漆のお箸。

センター内で作られたお握り、トン汁、お汁粉を頂いて、今日は終了。

窓の外ではスノーランタンの準備が始まってました。

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今日の最後の締めは温泉。

11月以来、お風呂代わりに入っている温泉の成分表。

改めて見て、熱い理由がわかりました。  なるほど!

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よそ者として

久しぶりに本格的に雪。

今は15、6cmだけれど、このまま降り続けたら明日の朝には20cmを超えるかも。

雪の中、小学校へ孫を迎えに。

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3時半に授業終了。でも4時まで待っても遊びほうけて全然来ない。

さすが東北の子供たち。 降りしきる雪なんてまったく平気。

 

このところ、年度替わりで会議が続いてます。

その間を縫って、ロイズ新聞バッグの発送。

2年近くかかって、いよいよ10000枚のロイズ新聞バッグは終りに近づいてきました。

 

時間が押しているので、今回は上條さん、黒田さんらいつものメンバーに由美さん、マレーシアから

帰国中のmichikoちゃんも加わってくれて、ワイワイガヤガヤ進んでいきます。

強いて言えば、特徴は由美さんを除いて余所者ばかり。

michikoちゃんはここの生まれだけれど、東京の大学からそのまま外国に行ってしまったので

感覚的にはずいぶん違ってしまっている。

20代、40代、50代、60代以上がごっちゃになって女子会開いているようなもんで、この時間けっこう

楽しいのです。 仕事が終ってなくなったら勿体ないような気がする。

うちの狭いリビングだから足の踏み場もないのですが。

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昨日は突然、ピアノの先生がうちに寄ってくれました。

先生は北海道の生まれ育ち。お父様のお仕事で北海道のあちこちに住まわれた経歴をお持ちなので、

北海道気質なのか、繊細、かつ豪快。お話していて大変面白い。

先日富良野へ行った話しをすると、「富良野ってなーーんにもないところなのよね」と。

普通だったらラベンダーだの「北の国」からだの今の富良野のイメージで捉えられるところを、自分が

育ったそれらがない以前の北海道の姿で話されるのが新鮮に感じられて興味深い。

先生とお話すると、北海道が今の姿になるためには激烈な人と自然との闘いがあったのだろう、と

想像させられ北海道の歴史や人に惹かれます。

 

 

先生と入れ替わりで、この集落に家を買った黒田さんが最後の手続きを終えて寄ってくれました。

これから家持ちのここの住民になった黒田さんは、道の駅の生産者にもなってくれることに

なっています。

他所の土地から来たものが、この町の住民で構成される生産者出荷組合に参加をすることについて、

道の駅で仕事をした経験を持つ娘ともどもの四方山話。

 

私は引っ越してきて翌年にできた道の駅の出荷者になることを役場から依頼されるかたちで参加。

最初の頃は習慣も東北の人の気質も言葉も解らないまま(なにせ一度も東北に来たことがなかった)、

失敗と周囲の人をも唖然とさせるアクシデントを繰り返しつつ15年生産者を務め、図々しくも出荷者の

人に許して頂いて長い間役員をも合わせて続けてきました。

 

やったこともない生産者をやるようになって、仕事をすることは楽しかったけれど、楽しい気持ちばかりでは

なかった。 理解できないというか、怖いというかそんな場面も多々ありました。

配偶者がここの生まれ育ち、などの事情があればまた違うのだろうけれど、黒田さんのように私のように全く

この土地と関連性のないものが、関連性のない町で生きることを選び、仕事をすることは、なかなかの大冒険で

相応の勇気と、知恵と、退かない覚悟が必要なのだと、年月を重ねながら学びました。

 

定着して生きる人々と私のように日本のあちこちを転々として移動しながら生きてきたものが融合して生きる。

たいした経験をさせてもらえているものだと思います。地道で辛抱強く動かない農耕民族の中に、あちこちの世界

を見てきた落ち着きのない牧畜狩猟民族が1人紛れ込んで、「あれ捕まえる」とか「これ拾う」とか大騒ぎしている

感もありで。 なにもかも許してもらえてできること。感謝いっぱいです。

 

黒田さんには美しいこの土地で、温かい集落の人たちのご親切に助けてもらって、楽しく過ごしてほしいと

願っています。熊本に戻られた80歳もお母様もまた来てくれるでしょうから。

 

雪は止んだ模様。雪明りはなし。

明日はまた会議です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走る」鑑賞

富良野演劇工場での「走る」上演は午後7時から。

 

午前中の時間はたっぷりあるので、朝食の後は新プリンスホテル付近の散策へ。

前来た時には気づかなかったのだけれど、ここのスキー場はホテルの敷地というか、ホテルを出た

ところからリフトが登っているので実に便利。

だから外国人が多いし、10月に予約をしてもキャンセル待ちなのか、と納得しました。

 

雪中散策。

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スノーモービルを見つけて乗ってみることに。

よっちゃん、みっちゃん、由美さんは一人づつのスノーモービル。

私は二人乗りの後ろに乗せてもらうことになったけれど、4人とも初体験。

私を乗せてくれるのは、茨城から富良野へ移住してきて玉ねぎとメロン農家をやっているという山川さん。

農閑期の冬はこうして雪遊びの現場でお仕事なさっているとのこと。

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運転に慣れない間は、山川さん先頭に立って背後を見ながらゆっくりゆっくり。

慣れてくると、「スピード出します!」と宣言して時速40キロ~50キロ。

緩急のカーブにアップダウンがある林の中のモービル走行は、ハンドル握っている人はいいだろうけど、

後ろに乗せてもらう私は振り落とされないようにするだけでせいいっぱい。

景色や動物の足跡を楽しむ余裕もなく、面白いかどうかも分からず終了。

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走った3人は「おもしろーーーい!!」と大変に楽しそう。

私は鼻が痛かった。

すのーもーびる - コピー

 

午後はタクシーで町に下り(またもや運転手は野原さん。馬の話を聞きます)、富良野マルシェで地場産品を

物色。さすが、富良野、じゃがいも、玉葱の種類が多いのと、他所の土地の人が富良野で農業という仕事に

就くという事情が垣間見えて興味を魅かれます。

 

午後6時半富良野演劇工場へ。

「屋根」公演以来、どんなお芝居なのかと息を詰めるように楽しみにしていた「走る」公演。

チケットは完売。昨夜の居酒屋の若主人も、とれないので3月の凱旋公演を観ると言っていたくらいだから

よほど評判なのでしょう。

 

幕が上がってから、下りるまで、舞台上では時のマラソンを駆ける男女が走る、走る、走る・・・。

それぞれの人生を背負って走る、走る、走る・・・。

スーツを着たサラリーマン数十人が日本の経済を、家族の生活を背負って走る、走る、走る・・・。

企業戦士を任じて高度成長期を駆け抜けた夫が見慣れたスーツ姿で、舞台上を走っているような気がして、

胸が熱くなりました。やっとゆっくり歩き始めたら、なんと早々に天に向かって駆け上がってしまいましたが。

 

最初に観た「ノクターン」とも次に観た「屋根」とも全然違う舞台でした。

物語りを観るのではなく、さまざまな事情を背負って走ったり、息切れして歩いたりしている自分を思わず

重ねてしまう「走る」。

観てよかった、そして是非多くの人に見て欲しい舞台でした。

 

舞台が終った後の「くまげら」で。

楽しむのは山賊鍋。もうお会いして何度目かになるマスターのお話を聞くのも楽しい。

神経を使う仕事で本当にお疲れだろうに、制作スタッフのみなさん、がお顔を見せてくれました。

遅いのにご飯も食べてないらしいのに本当に申し訳ないです。

くまげら

呑んで食べて楽しい宴の後、店を出ると深夜1時。気温マイナス18度の夜は寒くて寒くてじっと立って

いられないほど。

富良野の夜は寒いんだ、と実感しました。

本当に心優しい富良野GROUPの方々。お世話になりました。ありがとうございました。

そうだ、演劇工場長がふざけて撮った自撮りの写真。

どうしたらこんなふうに撮れるのか!

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