ガーデンを歩く

北海道第1夜の宿泊は、初めて訪れる町、帯広。

十勝地方の中心の町帯広は、想像していたよりも車も人も少ない落ち着いた静かな街でした。
夕食の場所を探しながらぶらぶら夜の街を歩くと、呑み処、食べ処の屋台が連なる独特の風情。

飲まないので十勝の農家野菜レストランで夕食。

その後野田さんは帯広に来たらどうしても入らねばならないという天然温泉アサヒ湯へ。
なんでもコーラのようなお湯なんだそうですが想像がつかない。

 

北海道ガーデン街道の8つのガーデンのうち、十勝地方にあるのは5個。

野田さんが見たいのは、北海道の有名なお菓子の老舗、六花亭が運営する六花の森。
大変広大な風景式庭園で、園内には六花亭の包装紙にある六種類の花を中心にさまざまな花や樹木が植えられていて、6種類の花に囲まれて六花亭本社の建物があります。

そして今90歳を超えられた紫竹あきよさんが運営する紫竹ガーデン。
「花」と「食」と「農」がテーマの十勝ヒルズ。
60年前から運営され、26000坪の広大な土地に日本庭園、西洋式庭園、風景式庭園を有し、日本初のコニファーガーデンでも知られる真鍋庭園。
そして日高山脈の麓に広がる十勝千年の森。

私が行きたいのは真鍋庭園なんだけれども、どれひとつとして寄れる時間がなく、ただ一つ寄れるの走る道沿いにある「十勝千年の森」のみ。

環境貢献活動「カーボン・オフセット」(炭素の相殺)を起源として1000年続く森作りに取り組む、十勝毎日新聞社運営の千年の森。

入り口入ったところで、もうリスを発見。
うちのリスより蝦夷リスのほうが少し大きく見えるけど個体差か。

この千年の森の中に、日高山脈を背景とする圧倒的なスケールで広がるアースガーデン・大地の庭。

 

森の中を歩くフォレスト・ガーデン、森の庭。

自生種と園芸種を混在させたメドウ・ガーデン、野の花の庭。

ヤギ、ヒツジ、を放牧して飼育するファーム・ガーデン、農の庭。

あとデザイナーズガーデンもあって、そこでは野の花や木の実が素敵に飾られていました。

ハーブが植えられたキッチンガーデン。

 

緑波打つ美しい十勝平野を抜けて、富良野へ。

富良野の風のガーデンでは、倉本先生の舞台「屋根」のヒロイン、しの役を演じた森上千枝さんが待っててくれました。

有難くも風のガーデンを案内してくださるとのこと。

「風のガーデン」は10年前、倉本先生の連続ドラマ「風のガーデン」が放映された時に作られたガーデン。

ドラマ用のガーデンだから数年後にはもうないだろうという私の予想は大きく外れて、実際に数年後に訪れた時には花々が大きく育っていて驚きました。

それからまたさらに時間が経過してさらに大きく育った風のガーデンの植物群。

最後の華やぎを見せる秋の花々と実の庭。

そして今回初めて訪れる薔薇の庭。
これまで何度が風のガーデンに訪れましたが、薔薇のお庭があるとは知りませんでした。

ここにある薔薇はほとんどが原種。
この薔薇の庭は大変貴重で素晴らしいお庭だと思います。

花を切らないので、大きく育った薔薇にはその木その木で特徴のある薔薇の実、ローズヒップが紅く実っています。

 

午後は富良野演劇工場で行われる、旭川、上野ガーデンの経営者である上野砂由紀さんと風のガーデンのトップガーデナー、六条さんのトークショウを聞きます。

ドラマ「風のガーデン」は上野さんをモデルにして作られたとか。

ゴルフ場の3番ホールを利用して作られた「風のガーデン」を設計して、植物を植え込み、たくさんの客が訪れる庭園を作り上げ、自宅がある旭川では一回りに1時間半もかかる上野ガーデンを一から作り上げた上野さんは、いかにもガーデナーという雰囲気ではなく、とても小柄でかわいらしい40代半ばの女性。二人のお子さんを子育て中のお母さんと聞いて驚きました。

たまたまのことから倉本先生にガーデン作りを依頼され、作っているうちに先生の中でドラマが出来上がって行った経緯など、楽しいお話を聞きました。

 

移動に移動を重ねた本日の予定はこれで終わり。

そんなつもりではなかったのですが、たまたま富良野訪問が一緒になった倉本先生の舞台をいくつも上演されてきた静岡県磐城市の実行委員の方々からのお食事を一緒にとのお招きを受けて、厚かましくも会食の場へ。

初めてお会いする倉本先生の舞台上演を応援される実力者の方々と、舞台上演の苦労話や楽しい話をさせていただき楽しい時間を過ごしました。

最後にインプットを重ね、情報でパンパンに膨らんだ頭と心をほぐしに、野田さんお気に入りのソーズバーで、最後の時間を過ごして終了。

 

翌北海道最終日は、さらなるハードな行程になるのだそうで、いや、恐ろしい。

 

 

 

 

初秋のガーデンへ

久しぶりの呟きです。

ひょんなことからコトが動いて、北海道のガーデンに行って来ました。

これまでガーデンというのはただ一つ、宿根草や木が組み合わされてデザインされた庭がガーデンだと思っていたのだけれど、今回のガーデン行脚で、ガーデンにもいろいろあるのだと知りました。

イギリス風にきっちり木をカットして形を整えるイングリッシュガーデン、自然をそのままに残したイングリッシュガーデン、大自然を背景にした自然の森、他にも針葉樹ばかりを集めたコニファーガーデンなどなど。
共通しているのは植栽する植物が宿根草だということ。

 

私も長年宿根草の仕事はやってきたけれど、私ができるのは栽培だけ。タネを蒔いたり株分けして増やして植えたりしても、地形のデザインはできないので
植物を並列に並べた畑になるだけ。

なので地形を活かしてデザインされた宿根草のガーデンを見てみたいのですが、これが東北にはない。昔私が田舎に住んでハーブガーデンをやりたいと夢想していた頃は、いくつかあった東北のハーブガーデンもすっかり数を減らして今は見に行けるところが無くなりました。

今ガーデンを観光の目玉にしているのは北海道でその名も「ガーデン街道」
大雪ー旭川ー富良野ー十勝を結ぶ約250キロに8つのガーデンとその他にも
ガーデン街道に参加していない庭園が点在しています。

ということで行くなら北海道。まとめて見るなら「ガーデン街道」ということで、行く前に倉本先生のお芝居以来交流が続いている富良野の谷山さんに連絡したら、ガーデンに行く順番、その他のご提案を頂きました。

で、その通りに動く決意で、菊栽培以来植物栽培に目覚めた野田さんとともに
9月半ばの早朝、まだ震度7の地震災害の記憶も新しい千歳空港に降り立ちました。

観光客少ない。空港のレストラン、売店は開いてない。売店のみは今日明日には開く模様だけれど、日頃の外国人観光客が溢れる空港とはうってかわった静かさ。
どれだけ走るか分からない長距離移動に備えて、野田さんが予約してくれた車は大型で助かった。

最初に目指すのは十勝にある大森ガーデン。
新千歳からガーデンがある紋別まで途中休憩をとってほぼ4時間のロングドライブ。紋別は「なんにもない春です〜」と森新一が歌い上げる名曲「襟裳岬」の海に近い、北海道の自然の厳しさを感じる小さな町でした。

ガーデン街道に参加していない大森ガーデンは、ガーデンに植える植物の生産、販売、ガーデンデザイン施工などのお仕事を主とし、その花々が植え込まれた美しいガーデンとショップ、Cafeが楽しめるところです。経営されているのは大森社長。花の世界大会で最優秀植栽賞を受賞されています。

思いがけなくもその大森社長が谷山さんからの連絡を受けて駐車場まで出迎えてくださいました。
いや、本当に私達のようなド素人がお会いしてお話を伺えるような方ではないのです。そんな杞憂を吹き飛ばすかのように、大森社長はとても物腰が柔らかく、お優しいお人柄そのままにお話をしてくださるので、すっかり安心してしてしまい、3時間もの長い時間をガーデンやナーサリーで過ごしたのでした。

巡らして頂いたガーデンは、白樺やその他の樹木に囲まれた広大な敷地に春歌秋冬、全ての季節に植物や自然を楽しめるように奥様の手で設計されています。春は球根の花々、終わると色鮮やかな春の花々、そして夏の花、秋の始まりの今は、晩夏に咲く花々に混じって紅い木の実や金や銀、銅色や白のグラス類が彩っています。

 

 

 

十勝の大原野の中で何棟も立ち並ぶ育苗ハウス。
案内して頂きながら、北海道の自然の厳しさ、超低温の中で燃料を炊きながら苗を育てるお話を伺うと、東京から北海道に移住されて以来40年の大変なご苦労が身に沁みて偲ばれます。

今野田さんが課題として取り組んでいる温泉の熱資源の利用が低価格で農業に利用される日が来るなら、東北の農業にとって播種、育苗がどれほど楽になることだろうと夢想します。

 

詰め込むだけ詰め込んで頭も心もパンパンに膨らんだ大森ガーデン研修を終えると、既に日も落ちかけた5時過ぎ。
初めての土地で初めての海を見るのも悪くなかろう、とあてどなく海方向へ。

 

到着地は十勝港。農業王国十勝に於ける唯一の港であり、ここから農業生産物を最短距離で首都圏に運び、農産物以外を受け入れる重要港湾である、らしい。夕暮れ時だからか、行き交う車は少なく、建物も少なく、なにやら寂しい気持ちになりそうなのだけれど、北海道に更なる道路が整備され発展したら更なる重要な海への玄関口になるのでしょう。

せっかく来たのだからともちょっと足を伸ばして襟裳岬方向へ。
到着地は十勝と日高を結ぶ交通の難所336号線の黄金道路。

見晴らしが素晴らしいからの命名で黄金道路ではなくて、荒波打ち寄せる海を前方に、崖上から湧水が流れ落ちる日高連峰山塊を背に、開通までに黄金を敷き詰められるほど莫大なお金がかかったので黄金道路と呼ばれるようになった、と説明にはあったけど、それよりなによりこの道路から見る海の荒々しさ!

福岡生まれで博多湾の内海で泳いで育った私は、背中までぞくそくするようなこの海の荒々しさにすっかり恐れをなして、すぐに退散。

帯広に戻り一泊して、明日もまた、十勝平原、富良野、旭川へのガーデンのお勉強を続けます。

 

 

それぞれに…..

このところ、10月に行われる音楽祭で、合唱曲のピアノ伴奏をする小4の
孫に付き合って、ピアノレッスンの付き添いが度々。

付き添いは構わないけれど、合唱をする子供たちの代わりに歌えと言われて
歌えなくて四苦八苦している合唱曲はWith You Smile.

小4の孫にとっては伴奏も大変そうな曲だけれど、合唱のほうも途中から高音と
低音に分かれて半音部分も多く、何回歌おうとしても挫折して孫にため息をつかれて
いる日々。
でも先生のご指導のお陰で、孫はこの難しい曲をしっかり弾けるようになりました。

問題は私だ。
がんばります。

お盆は終わったけれど、野田さんの菊もいよいよ最終段階に入ってきました。
花栽培の経験などなく、「やってみたら?」と余剰の菊苗300本を手渡されて
先輩のクリちゃんに教わりながら、たどたどしく始めたお盆菊の栽培ですが、
今では花切り、花の結束、袋入れまですっかり手慣れて、畑にあるあらかたの
菊は販売しました。

この経験をして、この先も菊の栽培は続けてみたいとのこと。
クリちゃんもオッケー。来年も畑を使っていいよ、と言ってくれました。
秋から冬にかけて来年の苗作りが始まります。これも是非学んでほしい。
若い花作りの農業者が育つことは、私たち年寄りの念願なので。

 

パン工房「青い虹」のじゅんこさんが、お店を夏休みにしたからと、岩出山を
訪ねてくれました。

じゅんこさんの日常は、息子さんと一緒にパン工房のパンを焼きながら併設の
パンレストランを経営し、90歳半ばのお母様の介護にあたるという超ハードな
日々。

一緒にどこかに行こうとか、何かを学ぼうとか今はできる状況ではないので、
あつかましくも「私が作ってあげる」と洋服作り新米の私が、先週ミシンと格闘
して仕上げたチュニック(まあ昔で言う簡単服)を着て来てくれました。

よく似合っていてひと安心。

「荷物を整理していたら*行きたいところリスト*というのが出てきたの」
と笑うじゅんこさん。
まだまだ行きたいとこリストの実行は叶わないけれど、餡子を利用したり、饅頭の
包み方を極めたり、一緒にやりたい、やらねば、がいろいろ。
話がつきない楽しい時間でした。

 

そして一昨日は、パーシモンお休みの千代さんと一緒に石巻の加納さん宅を訪問。
早いもので、突然思いついて始めた洋裁教室ももう5回目で、それぞれに上着を
作ったり、ズボンやモンペを作ったりで実績が上がったのかどうか。
作った数だけは増えてきました。

今回の教室で思わず3枚1度に布を裁ってしまった私は、無理やり作り上げて通算
5枚。それぞれに長さが違うという恐ろしさ。でも着られます。着られると思う。

洋裁教室で先生をやってくれている加納さんの本業は石巻の織り屋さん。

工房で初めて織物の現場を見た千代さんは、さっそくホームスパンのマフラーに
気持ちを惹かれ、「自分で作ったら」と言われてすっかりその気に。
作ってもらいたいです。私の分まで。

 

加納さん宅を辞して復興なった女川へ。

名店このりで名物の穴子の天ぷら丼を頂き、山ほどの魚を買って帰路に。

途中、東松島のコットンファーム赤坂農園に寄りました。

お餅や米飯を商品とする会社、イーストファームの赤坂社長が大震災後、塩害で
傷んだ土地に塩に強い綿の種を蒔いて始められた東松島コットンプロジェクト。
7年経った今では、綿畑は最初の頃よりもずっとずっと大きくなって、棉についで
広大なラベンダー畑、ハーブの畑も拓かれて、年間5000人ものお客さんやたくさんの
ボランティアが農作業の手伝いに訪れる、名が知られた農園になっています。、

なんと、誰もいないだろうと立ち寄った農園に作業着姿の赤坂社長がいました。

白いふわふわの綿の花はまだ咲いていて、咲き終わりにピンク色になった花から
丸い緑の綿ボールに変わりつつある時期。

写真は撮ったけれど、残念、パソコン、アイホンのどっちがどうなったか判らない
けれど、写真がここにUPできません。

この緑ボールが弾けて白い綿に実るのは秋。
11月には盛大に収穫祭が行われます。紅葉の時期の日曜日はお餅の仕事も最盛期。
なかなか綿の収穫には参加できないのですが、一度は来て収穫してみたい、と
広大な綿畑に立つと思わせられます。

収穫した綿は大阪の紡績会社に出荷され、その後アパレル各社によって、布や服や
ジーンズなどになるのだそうで、私はそのサークルの完成に感動します。
作ったものは最後まで役立ってほしい。
種を蒔き育てて見て終わりではつまらないので。

 

そして週の中間では、7月半ばから福島で開催されている倉本聰点描画展に倉本
先生が来られ、一緒に谷山さんもみえると連絡が入り、急遽福島へ。

月末にみんなで点描画を見ようと予定していた福島行きは反古になり、谷山さんに
用事がある野田さんと二人で福島中央部にあるとうほう文化センターへ。

この点描画展、先生の点描画だけではなく、これまで書かれた数々のテレビドラマ
の作品や北の国からの関連資料などなどなどなど、もの凄い量で驚きました。
みごたえあります。倉本聰という人の仕事の凄さに胸がふるえます。

是非たくさんの人に見てほしい。

そしてまた帰りには猪苗代のハーブ園に寄って視察。
昔私が田舎に行ってハーブ園をやりたいな、などと老後の夢を追っていた頃には
まだたくさんあったハーブ園は、その後にどんどん数を減らしました。
その中で猪苗代は今も隆盛のハーブ園ですが、まあ、夏の終わり花も終わりという
時期でもあるので、大きいけれど花も人影もまばら。

目立つのは、というより確実に記憶に刻まれるのは、ハウスの中、天井いっぱいに
枝葉を広げ濃いピンクの花を咲かせているブーゲンンビリア。
こんな年数の経ったブーゲンビリアを見られるのはここだけじゃないだろうか。

忙しい1日の役目を終え、遠い町なみが眼下に広がるハーブ園のベンチで休めば、
涼しい風が吹き抜け、右手には長く裾を引く青紫色の磐梯山が眺められる美しい夕方の
風景に心が休まります。

 

そして最後は昨日。
岡山大学大学院の藤井先生と高知大学の佐藤先生が岩出山を来訪。
ご一緒に鳴子温泉の鈴木みきさんのcafeさとのわで昼食をご一緒にということに
なりました。

1年に2度ほどお会いする藤井先生の研究のテーマはこの大崎の農業ということ
であるらしく、毎回たくさんの取材をして帰られます。
今回は、今道の駅出荷組合花卉部会で進行中の「岩出山の菊生産拡大プロジェクト」
に題材を絞ってお話しました。

言ってしまったことはやらなきゃならないので、自分へのモチベーションアップも
兼ね、これから進めなきゃならないこと、岩出山を菊の生産地にしたいこと等々。

できるかどうかはともかく、県の応援を頂きながら営々とやっていればなんとか
先が見えてくるのではないかと、、、。

 

忙しい1週間でした。
来週は少し静まるのかどうか。

なにはともあれ、写真をUPできるようにします。

 

 

 

 

夏休み

夏休みも後半に入って、今日は孫のロボット大会。

WRO2018(World Robot Olympiad)は世界の若者を対象にしたロボットの大会
だそうで、小4の我が孫が出場するのは春の個人戦に続いて今回は団体戦。
前回は通うお教室の大会に初出場で、今回はWROの団体戦に初出場だとのこと。
要するにロボット新人。

1回目の東北大会の時は優勝して東京での全国大会に出場したものの、自分ごとではないアクシデントで敗退の憂き目を見て、悔しさのあまり号泣して具合が悪くなりました。

WROの出場は二人ひと組で孫の相方はタイ人のT君。
同じロゴスクールの仲間。

お餅の出荷を終えて大急ぎで仙台まで走って、ギリギリせーふ。
子供達が力を合わせて必死にロボットを動かすってどんなもんなんだろう。

そんな気持ちもあっての初観戦でしたが、あまり聞き慣れないロボット大会だという
のに見ている人も出場人数も多くて意外です。

孫&T君の背中にはアラダテナマチのゼッケン。
自分たちで命名したチーム名。モンキーズとかイナズマとか福島からの参戦らしい
イワキとか。

小学生の部も中学生の部もあり、みんな自分で工夫に工夫を凝らして作ったロボット
を、大会までグループで集まっては練習に励んでこの日を迎え、熱戦を終えての
評価はいかに?

孫&T君チームは、なんとライントレース部門で2位を獲得。
エキスパート部門で3位を獲得して各々2枚の賞状を頂きました。
どれほどの能力の優勝なのかいまひとつわからないけれど、毎日練習に励んだ努力が
こんなかたちで実ったということで、まずはおめでとう!

頑張った甲斐あったわ、とは本人もだろうけれど、この暑さの中、連日仙台まで
孫を連れて通ったパパママ二人。ごくろうさまでした。

学校の友達だけではない、また違った場所で違った目標に向かって共に智恵を絞り、
力を出し合う仲間を得て、幸せな夏休みを過ごせたようです。

その分、この先の残りの夏休みは、地獄の宿題浸けとなりますが。

 

昨日は急に必要が出て、ガーデン見物に行きました。
ガーデンといっても見てみたいイングリッシュガーデンが東北にあるのかないのかも
わからないので、1箇所だけその名を知っている岩手県の舘が森アーク牧場へ。

18年前の道の駅オープンの際に、役場の方から請われて急に花を売ることになり
地図で調べて、まだ雪が残る3月下旬無理を言って開けてもらってハーブや宿根草
の苗をわけてもらったこところです。

今回改めて行ってみると、よくこんなところまで独りで来たな、と思うくらいの
山の中。そして小さいと思っていたアーク牧場が実に大きな規模の循環型農場で
あるのにびっくり。そのロケーションは、こんなに美しいところだったのかと、、、。

牧場あり、ガーデンあり、レストランあり、ハムソーセージ工房あり、小麦の畑あり、
実った麦で焼いたパンがあり、ガーデンで栽培したハーブのお茶があり、、。

英国風ガーデン。

もうひとつ直売所を見て、帰りに蓮満開の伊豆沼に寄り道。

もう8月半ばで、例年ならお盆過ぎには実しかないはずの沼はまだ花でびっしり。
蓮舟もまだ運行中でした。

 

この日本一かもしれない蓮の花の風景は、咲いたらみるべし。
見なければならない、と勝手に思い込んで人に勧めていますが、まだ咲いてる。
見てないかたは行ってください。

台風がきたらおわりだから。

 

 

盆花初出荷

お盆。

なのですが、昨日、一昨日の暑かったこと!

35度。この東北の宮城県北部でこんなに暑いことはないので、みんな冷房のある
場所を探してうろうろ。うちも冷房はつけないけれど、冷房がないうちが多いのです。

普通だったら夕方には気温が下がるのに下がらず、夜になっても暑いまま。
翌朝の直売所の話題は「暑かったねえ」一色。ほんと暑さ疲れしました。

きのうの夕方、雷ゴロゴロ、どーーっと雨が降り出して、やっと30度超えから
解放され、避難していた車の下から出てきたシロ。

8月11日から13日まで、わが道の駅農産組合花卉部会は、お盆花出荷の正念場。
お盆用の菊やアスターを春に定植して、消毒、整枝、摘蕾と世話をしてきた各花の
生産者は、早朝、夕方に花を切って切って束ねて道の駅に運びます。

お盆に合わせて花がどーんと一斉に開花してくれれば問題はないのだけれど、今夏は
高温で花の開花に抑制がかかって、咲かない。そこがお盆花の生産は博打と
いわれる所以なのですが、、、。。

野田さんもかろうじて1、2輪花が開いた菊を切って初出荷。
残りものだったから色が揃いませんが、健康によく育っているので完売してます。

 

宮城はお盆のお花の大消費地とは、首都圏にいる時から聞いていましたが、とにかく
お盆は性別問わず、年齢問わず、一人のお客様が5束も10束もお供えの花束を
買って行かれます。

お盆前の出荷打ち合わせのための芽そろい会で、県農業普及センターの水戸さんから
お墓用は短く、仏壇用は長くと、切り花の丈の長さまで違いがあるのを聞いてびっくり。

花が咲かない。花が足りない、と大騒ぎしながらも今年のメインイベント、盆花の
集中テント販売は終了。

花の販売担当の社員、そして花を作る生産者、私たちの盆、彼岸用菊の生産拡大
プロジェクトを農業普及センターの方々も目いっぱい動いて頂いて感謝しています。

あまりにも暑いので、自分のお墓まいりはお盆の中日の夕方になってようやく実行。
お花、お茶、お水に梨、水ようかん、飴2個がもう供えられていました。

私も持って行った黄色と白の小菊を花活けに加えて、これは「野田さんが作った
菊だよ」と夫に報告。
夫もきっと喜んでいることでしょう。

 

 

美緒さんと菊と西瓜

東京から松井美緒さんが岩出山にみえました。

東京のパルコでご主人の松井稼頭央氏とご一緒にお目にかかっていらいだから2年ぶり
くらい?
あ、その後に仙台のホテルでもう一度お会いしましたっけ。

今回は美緒さんがこれから進められるお仕事の中によっちゃん農場調味料や海山の
新聞バッグも入れてくださるというお話をもってきてくださったのです。

新聞バッグはこの先どの方向に?
という今の状況のなかではほんとうに有難いお話です。

いろいろ楽しくお話して、びっくりしたのはマラソンのこと。
美緒さんと初めてお会いしたきっかけはマラソン。
石巻マラソンでハーフマラソンを走るついでに新聞バッグを教わりたいというお申し出
があってお会いしたのでしたが、マラソンを始めて間がないのにハーフ?と聞いて
驚いたものでした。

その後数ヶ月してフルマラソン、また数ヶ月でフルマラソンで肉離れという経緯だった
から今は怪我も癒えて、またマラソンを再開されたのかと思いきや、
「走るの好きじゃないからもう走らない」という美緒さんの反応にびっくり。

よくよく聞いてみれば、雑誌モデルのお仕事でフルマラソンを走ったのだそう。
いくらお仕事で必要だとはいえ、常人が数ヶ月でフルマラソンを走れます?

きれいなお洋服を着て美しい姿を私たちに見せてくれるモデルというお仕事は、実は
頭から爪の先まで自分を精進させるお仕事なのらしい、と認識を新たにしました。

みんなで喋って笑ってテンションあがりまくって、ご飯を食べたキッチン城山の
おばあちゃんから「騒ぎすぎ!」とお目玉。

これから折々に話し合って、お仕事を進めていきます。
笑って笑ってやっと笑いを留めたすまし顔の1枚!

 

いよいよお盆が目前に近づいてきました。

道の駅花卉部会の菊プロジェクトの圃場では出荷を待つばかりに花が咲き揃って
きました。

 

この花を3日で切り終えて花束にして売り切るという壮絶な仕事がこれから始まります。

盆花のベテラン加代子さんが初めて栽培したトルコキキョウもこんな立派な花束に
なりました。

 

毎日のように足を運んで手助けしてくださる宮城県農業普及センターの菊プロジェクト
担当の水戸さんや石川さんにはほんとうに感謝です。

今日野田さんの菊を見に行ったら、丈、花の開き具合、ボリューム、全てお盆に
ピッタリ当たって運の良い採花になりそうです。

 

今日食べたスイカの大きいことといったら。

そしてもらったこの西瓜パンにびっくり。

西瓜ずくしだあ!

 

 

 

 

 

あゆ

暑い日々。

一昨日は朝道の駅に行く途中の山道で子狐がひとりで遊んでた。

昨日は朝道の駅に行く山道でまたなんだかわからないもの2匹見た。
茶色で細いイノシシ型の小さいのが2匹。リス?って思ったけど、リスが2匹で一緒に
いるなんて見たことないからやっぱりウリ坊か。

野田さんが国道で超デカクラスのイノシシ君と遭遇。轢かなくてよかった、あんな
デカいのとぶつかったらひとたまりもないと胸を撫で下ろしていたけれど、その
超デカイノシシはガードレールをよっこらしょという感じで超えていったそうな。

昨夜うちに来た上の別荘に住んでいるオサム君は、「牛が3頭道路を歩いてました!
あんな時どうしたらいいんですか?」と目を丸くしていたけれど、まあこんなところに
住んでいれば時折そういうこともあるのです。

 

その牛たちのおうちの主人もご一緒に今日は我が集落の夏のイベント「焼肉会」

焼肉だけではなくて、ほんとうは早朝5時から草刈りだったのだけれど、高齢で仕事
持ちの私は、草刈りは免除してもらって焼肉会のみ参加させてもらってます。

折悪しく法事に出ている孫を会館まで迎えに行って戻る途中、雨がザアーッ!
部落の集会所まで戻った時は本降りで傘がなければびしょ濡れになるほど。

でも焼肉会は粛々と土砂降りの雨の中で進行中。
草の上に敷いたブルーシートはたまり水状態に。その中に靴下の足を泳がせて
雨音を聞きながら、なかなか涼やかな焼肉会ではあります。

 

いやあ、田舎ならでは・・・。

こうして1年に1度の焼肉会などに参加してみると、正月の新年会とはまた違って
テントの周りを飛び回る子供達の数が増えたことに驚愕。

うちの孫まで含めても2、3人しかいなかった筈が小学校から幼稚園くらいまで
含めて10人ほどにも増えてました。
子供が育って孫が生まれて、他所から子供連れのご家族も移り住んで来られて
この数に。ほんとに楽しみ。子供がたくさんいるって、明るい光景です。そして
若いお母さんも増えた。

子供だけではなくて、当主が亡くなられて空いていたお宅にも「50年も離れてましたが
神奈川から戻ってきました」、と新しいご当主が。

雨の中でも炭火を熾し、肉を焼いて野菜を焼いて最後に焼きそばまでは普通だけれど、
びっくりしたのは大量の小さい鮎!

簗漁なんかをするような川べりの茶店の鮎焼きとか串さし鮎とかしか食べたことのない
鮎。あんなに立派で大きくない小さい鮎を見るのも初めてなら食べるのも初めて。

こんなに小さいの食べて法律に触れないですか?
写真撮っても食べても大丈夫? と尋ねて笑われた。

 

喜ぶ私に「お土産に」と焼いた小さい鮎を頂きましたが、これを唐揚げにすると
さらにうまいよ、と。今夜は揚げます。

 

なんとなく全身濡れて帰ってきて着替えて今から道の駅の掃除に。

雨は降り続き、遠雷が響いてます。

 

 

暑い!

今日、初めてイノシシを見た!(ような気がする)

道の駅からの帰り、車の進行方向を横切った2匹、大小。猫じゃない、犬じゃない、
狸、狐じゃない。カモシカのように大きくない、となればイノシシ?しかいないもの。

先日クリちゃんちの菊の畑を見に行った時、ひとりでいいからと言う私に、いろいろ出る
からと付いて来てくれたクリちゃんは、ある時30頭もの団体のイノシシを見たそうな。
よかった、2匹で。5頭もいたら慌ててハンドル切り間違えるかもしれない。

クリちゃんの菊畑。

 

今日は暑かった。

朝道の駅にお餅を出荷後、大急ぎで加美町どさんセンター直売所の方々がみえることに
なっている加代子さんに行ったら、これが明日の間違いで、暫く間近に迫った盆花販売
の話をして真山直売所へ。

真山直売所では数日前よっちゃん宅から運ばれてきた、震災直後の支援品の残りの
整理をするために、石巻から織物、洋裁の先生、加納さんが来てくれてます。

新聞バッグをやったり菊を栽培したりで、思うように使うことができなかった着物や
布地や手芸品、それにミシンまで。
こんな整理をやっていると、7年前の大騒動の時期の悲喜こもごもが思い出されて
話題がつきません。

石巻の渡波は被害がひどかったところだけれど、「どうやって助かった?」など
話題は超リアル。今だからこそこんな聞き方、答え方ができるけれど、加納さんに
しても南三陸にしても話を聞けば、ほんの一瞬の間の違いが運命を分けた、という
そんな気がします。

織物から染め、縫い物まで全てをやれる加納さんのおかげで、私には全く見分けが
つかない着物布地の選別を終え、要るもの要らないものに分け、動かなくなっていた
ミシン3台、全て直してくれて終了。

 

動かないミシンを油をさしてドライバーであちこち回して動くようにし、違う機種の
ミシンに糸を全部かけ、ロックミシンまで自由に繰る加納さんみたいな女性は滅多に
いません。

そのうえ安い授業料で着物のほどき方から、洋服に作り変えて縫い方まで教えて
くれるのだからほんとに感謝。
これからは直売所に据え付けたミシン2台とロックミシンで、縫い物をやりたい
人が必要な時に来て洋服やじんべさんなどを縫える場所にするつもりです。

 

不要なものは全て車に積んで、クリーンセンターへ。
この町のクリーンセンターは紅葉の名所の麓に位置していてロケーション抜群。
汚いゴミを扱う場所なのに、常に掃除が行き届いているクリーンセンターは私の
好きな場所なんだけど、それを言うと周りが笑う。

 

ゴミ捨てが終わった後は、草刈り。
草を刈る前に、木でも草でも立っているものには全てに絡んで絡みついている
葛の蔓を鎌で切りまくって本日の仕事終了しました。

暑かった!

超しんどい1日でした!

 

 

 

 

 

港町、気仙沼

山百合の季節。

咲きました。我が家の庭にも。庭といえるようなもんじゃなく、草を刈ってない藪
ですが。香りだけは凄い。
年々山百合が増えて、我が庭は山返りしている感が強い。
わらびもタラノメもばんばん生えてきます。

土曜、日曜は真山直売所で新聞整理。

12月ではありますが、新聞バッグコンクールを控えて、東北は東北らしい新聞バッグ
のお祭りを考えていて、そのひとつがバッグの形ではなくともなにか「ものを入れる」
形を作ること。

その形はまだ内緒。
新聞紙が必要なことは変わりはないので、使えそうな新聞紙を選び出します。

1日外国の新聞紙を見て思うことは、毎回同じ。
世界は貧しさに溢れている、ということ。

7年間に亘って外国の新聞の紙面を見ているけれど、世界の多くの国で、悲劇的な
出来事も貧しさも変わらずあって、仕事を終える頃には気が沈む。

 

畑の状況。

野田さんの菊がこんなに大きくなりました。

病気もしたし、虫もついたけど、師匠のクリちゃんの指導とお世話で、ちっちゃかった苗
がこんなに大きくなって、8月のお盆の出時を待ってます。

花も野菜も実際に育ててみなければ、何がどうなっているのか分からない。
突然「菊植えてみる?」と問われて、400本もの苗を渡され戸惑っただろう野田さんも
何かある度に畑に呼び出されて、草を抜き消毒をし虫に刺されながらここまで育てて
きましたが、良い経験になったと思う。
花屋の店先に置かれた菊の花束が、これまでとは違って見えると思う。

体で得る経験とはそういうものだから、、、。

 

 

海山女子部&野田mgr.はみちた君に会いに気仙沼に行くことにしました。

みちた君は気仙沼の学習塾の先生。年齢は野田さんとほぼ一緒の英検1級、通訳案内士。
大震災後の東北新聞バッグプロジェクトの時に、気仙沼で一緒に新聞バッグを作って
くれてから交流が始まったクレバー男子。

みちた君に会うのはずいぶん久しぶり。

冬に予定している四万十新聞バッグと東北新聞バッグのお祭りにちょっとばかり知恵を
貸してもらいたくての気仙沼訪問。

日頃から相手をしている純真な子供たちとは違って、大層な年齢のおばさん3人を
伴って現れた野田さんに「よくもまあ、、、」といたく同情しながらも、食べるところ、
見せるところを考えてくれていて、これまでの気仙沼訪問ではまったく気づかなかった
震災一色ではない昔ながらの港町気仙沼を知る機会になりました。

みちた君の塾のすぐ近くにあるマギー審司さんのご実家の駐車所に置かれた大きな耳の
自動車。飾りじゃなくて現役だけれど、これって名所になるのかな?

有名どころのマグロ屋さんで昼食の後案内してもらった気仙沼の港が一望できる高台。

燃え盛る気仙沼の火の海を高台から見下ろし、人を助け自らも無事に震災を生き抜いた
みちた君から聞くお話は迫力があり、山に住む私たちとはまた違う大震災の真実味が
胸に迫ります。

昨年、1昨年と従姉妹に誘われて気仙沼大島に渡った時に見た気仙沼は、津波の傷跡の
ほうが生々しく感じられて、好んで行こうとは思わない土地だったのですが、今回の
気仙沼訪問で、気持ちが大きく変わりました。

復興は全然動いていないのではなくて、少しづつではあっても動いている。       高速道路が繋がり釜石までは近くなり、近く大島までの橋も開通する。新しい家々や
新しいお店たくさんできて、港の周囲の整備も進んでいます。

行きたかった気仙沼ニットはお休み。でもそのお隣りの素敵なお店、さい吉でお魚や
いかいも美味しそうなスープなども買うことができました。

 

気仙沼の帰りは、新しい高速道路に乗り、終点の大谷海岸でいったん45号線に
出、出たついでに菊の師匠の小野寺宅へ。

小野寺さんが鳴子温泉郷で避難していた旅館は中山平のラドン温泉。
ラドン温泉でとても親切に処遇してもらって、その後仮設住宅を経て、高台移転で
今の住宅に暮らす小野寺夫妻ですが、今度はそこに、東京からやってきてラドン温泉
で温泉の源泉熱利用の仕事をする野田さんが訪問してくるなん奇遇です。

 

もうひとつついでに歌津のけいこさん宅に新聞バッグ用新聞紙を届けて、本日の
任務終了。
気仙沼、南三陸訪問の楽しい1日でした。

気仙沼、また行きます。必ず!
ええツ、とのけぞるみちた君の顔が浮かびます。

 

 

 

 

 

盛岡研修&新聞バッグコンクールの話

梅雨が終わったのか終わってないのか、毎日暑い!

昨日古川に行ったら、車の温度計は36度。強冷房に入れてもさっぱり涼しくならず
閉口しました。暑いだけだはなくて蒸すのがつらい。

この間土曜日が来たと思ったら、あっという間にまた土曜日が来て、今日から3連休。
道の駅は朝から大勢のお客様で賑わってます。

この1週間の間にもいろいろなことがあって、10日は出荷組合花卉部会の盛岡研修
でした。

前後は雨。西の方では大雨の大洪水で被害を受けられた方がたくさん出て、笑顔いっぱい
で行くような気分にはなれないのですが、ともあれ雨と雨の間を縫ったような晴れの1日
に感謝して、早朝から花卉部員25名、マイクロバスに乗り込んで盛岡に向かいました。

研修の眼目は盛岡の市全体で取り組んでいる花のハンギングを見ること。市からの委託で
目ぬき通りのハンギングを作っているサン農園さんで実習をすること。

町の見物やオミャゲを買う物見遊山にしたいところですが、なにせ研修なので、バスの中
でも今回同行して頂いた宮城県農業普及センターの水戸さんから、間近に迫った盆菊の
栽培の注意などのお話がありました。

午前11時に盛岡着。
前もって盛岡市役所から案として頂いた見所案内の地図に従って、公園や橋、商店や
役所などに飾られた花を見ながら散策。大変な暑さでみな汗びっしょり。企画した私は
申し訳なさで身が縮むのですが、でも雨よりはましか、、、と。農家の方々だから
きっと足は丈夫だろうと、、、。

ところがこれは大きな間違いで後で反省。農家の方々は畑、田んぼまで軽トラで行く
のだそうで、普段は歩かないとのことだった。

お昼はわんこ蕎麦で有名店「東屋」で。
ここは以前に海山メンバーで来て、高橋よっちゃんが180杯、上条さんが150杯という
記録を出した忘れられないお蕎麦屋さん。
でも今日は団体なので、仕出しのお料理。熱々の大きな出汁巻卵焼きが印象的。

午後が本日メインのハンギングバスケットの実演。
暑い中、ここまでくるとけっこうみな張り切って、それぞれに自分で壁掛けハンギング
バスケットを作成。
帰りにJAの直売処に寄って研修を終了しました。

暑い中みなさん、ごくろうさまでした。
たくさん歩かせてごめんなさい。

 

そして2日置いて、高知県四万十から四万十ドラマの畦地社長が見えました。

今年、手探りながら、新聞バッグの生みの親四万十新聞バッグと大震災時から新聞
バッグを作り始めた東北海山新聞バッグが合同で、新聞バッグイベントをやろうじゃ
ないかという相談です。

先日野田さんと高知の梅原真氏のデザイン事務所まで伺って、土台のところを
話し合ってきた案に、これからどんな肉付けをしていけるか。
畦地さんを迎えて、私たちのミーティングの場八兆で、焼肉を食べもって呑みもって
の濃い打ち合わせでした。

また9月に顔を合わせての打ち合わせとなります。

 

あんまり暑いので、戸外で段ボール生活を始めたシロ。

 

暑い家の中には決して入ってこない。