四十九日になりました。
東京のお友達がお花を送ってくれました。
子供らも東京から戻ってきて、家の中は大入り満員のゴタゴタです。
由実さんに前もって四十九日には何をお寺さんに持っていけばいいのか、聞きました。、
白いおだんごに果物にお菓子にお花。とは聞いたものの、どんなふうに使うのか解からないので、
由実さん以外の人にもきいてみたら、これが一軒一軒違うのね。ますます混乱して揃えるまでに
疲れました。
明けて四十九日には、集落のお寺、真昌寺の和尚さまに御経をあげて頂いて、いつの日かもう少し時が
経って、浦安の息子が迎えにくるまで夫のお骨を預かって頂くことにしました。それまで夫が大好きだった
この高台のお寺から、黄金色の稲が実る田んぼの1年を見ていてもらおうと思います。
高校生の頃から中年になった現在まで、ディズニーランドにほど近い新浦安に住み着いている息子が、
遂に「うーん、ここはいいとこだね!」と言いました。
私は何の予備知識もなく突如ここに住み着いたわけですが、ほんとにいいところに当たってよかった。
お寺をお暇した後は、築館のまん点という料理屋さんで会食しました。
まん点でご飯を食べるのは、あの火事の時以来です。
何年前だったか、由美さんとオカピと娘と私で出来て間もないまん点の昼食が安くて豪華だというので約束
して食べに行きました。
11時に家を出て11時半くらいに食事がきていざ食べよう、という時に電話。由美さんが365日お世話に通う
私の家の上のほうにある山の中の家が火事で燃えているということでした。由実さんはまん点でご飯を
食べるために、他の人と時間を交代して出かけてきたのでした。
家は全焼。由美さんがお世話をしていたそのお宅のご夫婦は二人とも亡くなられました。
私たちが家を出た時が11時。燃えてるなんてまったく判らなかった。
まん点にくると必ず思い出す事件です。奇しくも今日の会食にはその時の4人の顔が揃っています。
「まん点でご飯を食べるのはあの時以来だねえ」と異口同音。
せっかく息子たちも来ているので、鳴子へ行ってみました。
紅葉はまだだろう、と思っていたのが、
このとおり!
山形県境の分水嶺境田まで行き、帰りはしんとろの湯に入って帰ってきましたが、夜になってダウン。
なんだかしらないけど熱が上がってきました。楽天は負けるし。
明日は病院に行ってきます。