ご馳走ランチ

晩秋の北海道。

今年は暖かいのか、北国の紅葉は、想像していたほどには進んで
いませんでした。
東北に比べて紅い色が少ない。黄色い紅葉というのもへんだけど
全体的に木々の葉は黄色に染まっています。

これから向かう富良野の「風のガーデン」、そしてガーデン街道の
主だったガーデンの今季閉園は10月10日だとのこと。

病み上がりでも今の時期に私が富良野に行きたいのはみっつの目的
があって、ひとつは閉園時のガーデンの様子と閉園後の冬支度を
見たいこと。

もうひとつは、薔薇の庭のローズヒップを見たい。
それと一度は行ってみたいと憧れていた新イタリア料理レストラン
ル•ゴロワ フラノでランチを頂きたい。

ル・ゴロワ フラノは倉本聰氏がメニューの監修やデザインなどを
された「創」の思想に基づいて創設されたレストランとのこと。

シェフは東京表参道のフランス料理レストラン「ル・ゴロア」の
大塚シェフで、その奥さまが「フランス料理が専門で今からイタリア
料理は、とお誘いを受けた時に迷ったのですが、倉本先生から
自分は80歳でも新しいことに挑戦していると仰って頂き決心したの
です」とお聴きしました。



ということなんですが、閉園後のガーデンなんて観光客には見られる
わけがないので、今回はできるだけ閉園直前のガーデンに入って
植物の様子を見、閉園後は今繁盛している全ての宿根草を根元から
切ってしまうという北海道の庭の冬支度を、その作業を担うN君から
情報収拾しようと思います。


晩秋とはいえ、「風のガーデン」の花々はまだ健在でした。
薔薇の庭の薔薇の実、ローズヒップさえ、まだ実を落とさずに豊か
な姿を保っていました。

閉園したらこのヤギたちは本来の自分のおうちに帰るそうです。

咲いた花を切らなければ、こんなふうに実を実らせる原種の薔薇群。
しかしこんなふうに大きく育ち広がった薔薇の木を風雪に折れない
ように雪囲いするってどんな仕事?
トゲトゲじゃないですか。恐ろしい。

憧れのトマトのような「はまなす」の実。
1個でも2個でも貰って食べてみたいのだけれど、言う勇気がなくて
いまだ食べられません。


N君のお仕事仲間であるガーデナーの方々に訊いてみると、閉園翌日
から全ての宿根草を根元から切ってしまうとのこと。
刈り払い機でも鎌でもなく全て「鋏で切ります」と聞いて驚き、
「全部ですか」と尋ねたら「全部です」と言われてまたびっくり。

全部ということは植えて3年のものでも15年のものでも切ってしまうと
いうことなのか?
「植物は切れば芽が出る」というのは確信的にわかるけど、植えて
15年のものを切っちゃったら翌年15年の姿に戻るのかしら。
そこのところが消化しきれなくて我が庭の20年来の植物たちを私は
切れずにいるのです。全ての古い葉がなくなって新しい瑞々しい葉
に覆われた20年来の植物たちを思い描くのですが。

そこのところを学びたい。今回は。


さて、お昼の時間。
見るだに敷居が高かったル・ゴロへ。

完全予約制。
こんな時期ですが、さすが、席は全て埋まっています。
窓の外は緑一色。遠くに馬たちも見えて素晴らしい景観。

で、ランチメニューは、というと、うわ、これはお高い。
普通にランチを想像していた3倍以上。
すごく美味しいんだと思います。

奥様のご挨拶もあり、その後に舞台「屋根」の時から数回お会い
したことがある女優、Rちゃんに遭遇。このレストランで結婚式
を挙げたそうです。素晴らしい。お幸せそうでした。

そしてランチは。
海のものも山のものも畑のものも大変に美味しく食の細い私が
全部戴いてしまいました。

目を奪われてしまったデザート。
食事の写真を撮らない私が美しいアイスの写真を撮りました。

食材、料理、その美味しさ、美しさ、スタッフの応対。
そのどれをとっても文句のつけどころのない素晴らしいご馳走
ランチでした。

そして最初に驚いた代金のほうは、どのようなシステムになっている
のかわからぬままにN君のおかげでgo to の恩恵に預かりました。

今回の宿泊は久しぶりに新プリンスホテル富良野。

街のホテルに戻らねばならない面倒がないままに、食事後はホテル
周りのニングルテラスやcafe森の時計などをぶらぶら。
ホテル内、ニングルテラスなど明らかに前回来た時よりも観光客の
姿が増え、通常どおりとはいかないまでも活気が出ていました。

ホテルレストランでの食事は避け、夕食は街へと出たものの、これが
思惑外れで簡単ではありませんでした。

フラノ名物スープカレーのお店に行ってみれば開いていない。お蕎麦
屋も開いていない。街中や駅周辺、ぐるりぐるりと回ってもお腹を
満たせそうな店は1軒も見つからず、テイクアウトできそうなところは
コンビニくらい。

朝がセイコーマートで夜がセブンイレブンではあまりにも悲しすぎる
のであっちを探したちこっちを回ったりしながらいつの間にやら
富良野の街を離れ、暗い夜道を20分も走ってやっとたどり着いた
のはなんとネパールカレーのダイニングレストラン。

富良野でネパールカレーを食べることになろうとは、、。
なりゆきにびっくりですが、ホームセンターとおぼしき一角に煌々と
灯りがあるのが嬉しいし、夕食が食べられるのも嬉しい。

ここはネパール人経営の本格的ネパールカレーのお店ということで
成功して旭川やその他の町にもお店があるのだとか。
メニューは多彩。彩りも多彩、そして量が凄い!

私がオーダーしたなんとかという(ロマンティックな名前でしたが
忘れた)セットは、カレーと30センチ以上はあろうかと思うナンと
サラダとお茶碗にご飯までついていました。

ようやくお腹を満たしてホテルへ帰還。

晩秋の富良野の町は静かです。

明日は一緒にきてくれるというfcsのすいちゃんと一緒に特別町民に
してもらっている東川町と裏大雪に向かいます。







旅のはじまり

今朝は今年初めての霜が真っ白におりて、畑の切り花がメチョメチョに
なりました。メチョメチョ。この辺の方言かな。
使いものにならなくなって、これで追われていた切り花の仕事が終わり。

秋が深まるにつれて、果実も木の実も実って、木から下ろしては処理に
忙殺されます。今日はキウイを完全制覇。まだ柿も夏ハゼの実も残っている。

今年の冬はやたら暖かいかと思うと急激に寒くなって、北海道からはもう
雪の便りが、、、。
富良野に行く途上でいつも通っていた岩見沢の積雪が40数センチとか。
11月初めで信じられない数字ですが、10月初めの北海道は例年になく
暖かかった。



10月1日からは東京からもOKになったGo to の影響で空港や空港のお店の
混雑はどうなのかな、と多少の不安も持ちながら向かった空港の状況は、
というと、、、。

仙台空港。出発は珍しく朝ではなくて夕方5時。
こんな時間の駐車場はどうなんだろう。満杯で駐車に手間取って時間が押す
のでは、という心配は杞憂で、少なくはないけど多くもない。
国内線が飛び始めても、国際線が飛ばないということはこういうことだったか
と改めて現状を見て拍子抜け。

Go to、Go to とテレビの画面で見る混雑した空港の状況。
そんな場面もなく人の少ないカウンターで手続きをし、スムーズに荷物検査
を通り抜け、5時には機上の人となりました。機内では全員マスクを着用、
沈黙の1時間。

そして北海道新千歳空港の状況は。
前回よりは人の動きが出ている気はするけれども蜜というにはほど遠い。
閉まっているお店や時短のお店が多い気がします。

今夜の宿はエアターミナルホテル。ということで空港から外に出る必要はない
けれど、ホテルのレストランは休みで空港内のレストラン等での夕食を余儀なく
されました。でもね、なんだかやってるのかやってないのだかわからない店が
多いレストラン街。

せっかく来たんだから、これ食べよツというモチベーションが全然上がらない。

待ち合わせていたN君が富良野から到着。Sちゃんと3人合議のうえ、無難に
回転すし屋に入ることにしました。

肉も魚も海産物も豊かで美味しい北海道。
北海道で初めて食べる回転すしが嬉しくて、あれこれ吟味して食べようと
張り切っていたのだけれど、入店したのが7時過ぎ、オーダーストップ7時半
閉店8時で焦って選んで飲み込んで全然ゆったりできませんでした。


一夜が明けて新千歳空港の朝。

お天気は最高。
真っ青な空の下、広い広い空港の滑走路は見晴るかす彼方までなーーんにも
いない。
見えるのはホテルの窓下に駐機したANA小型機のしっぽのみ。

コロナ禍の飛行機がいない飛行場。


どうなりますか。今回の北海道の旅は。

またセイコーマートの鯖おにぎりを朝食に富良野に向かいます。


お米がきた。

夏に訪れた時に、町の株主になった北海道上川郡東川町から、お礼のお米が
届きました。

前から食べてみたかった東川米「ななつぼし」

さすが東川町。
お米が入った段ボール箱にも配慮が行き届いて、ほんの少額で株主(特別
町民)にしてもらった私が嬉しくなるようなお手紙が添えられていました。

たったこれだけの一行でも、見たものの心が温かくなる言葉。荒々しい自分の
日常を振り返って反省させられます。

町役場の課の名前も行政も大変ユニークな東川町が、これからどのように
変化し発展していくのか楽しみです。

その株主たちが集まる株主総会が10月に開催されるというので、これは
行かねばと楽しみにしていたら、コロナでお流れに。残念。

この株主制度の特典には、日数の限定はあるけれど宿泊施設が無料で使える
というのがあり、秋の東川町や大雪山周辺を歩いてみたくもあり、夏に山の
ように購入したスエーデン製のリネンを直接目で見て買いたくもありで、
「やっぱり行こう」とSちゃんと北海道に行くことにしました。


しかし今の自分の状況としては病み上がりの身。
言い出しにくかったけれど言い出して、家族の了解をとり病院では検査を
受けて、再び晩秋の北海道に向かいました。

長いお休み

久しぶりのブログ。

10月の半ばになって、紅葉はどれくらい進んだかなあ、と紅葉見廻りに行って
きました。
最高潮だと聞いた栗駒山へ行くつもりでいたら、曇って山容は見えず、変更
して秋田県の秋の宮温泉郷へ。

途中通りかかった鳴子温泉郷の紅葉。
想像していたよりも色付いていて、驚いたのは鳴子峡周りを歩く人の数!
近隣の人だか遠くからの観光客だかわからないけれど、コロナ騒動の前に
戻ったような賑わいでした。
9月初めの土曜日、発熱もなく食欲不振もなく咳もなく、普通の体調なのに、
「あれ? ちょっと痛いかな」という程度で左胸の上部に軽い痛み。

その日は普段通りにお餅仕事をし、直売所の店番もして時々感じる軽い痛み
だけで夜を迎えたのだけれど、翌日曜日の朝は「ん? これは仕事はやめた
ほうがいいな」と感じるくらいの痛みに変化してました。

そして夜。痛みは脇の下に移って更に強くなり、右にも左にも動けない。
天井向いたまま身動きをせずに一晩を過ごし、翌月曜日の朝、娘の車に乗せ
られて病院へ。

身体状況は全く悪くなく、ただ脇の下が強く痛むという症状から肋間神経痛
であろうという診断を受け、念のためとレントゲンをとったら、先生の
表情がみるみる変わってそのまま市民病院送りに。

血液検査だのCTだのの検査を経た結果の病名はなんと「肺炎」でした。
血液検査の数値は悪かった。
なのに何の症状もなくて肺炎に罹り、胸水まで溜まっているという病状。
いや、恐ろしい。
高齢者の肺炎は無症状が多いとは聞くけど、私が体現してるということか。
それもこんな時期に。コロナと間違われるでしょう。

でもコロナ検査で待たされる、ということもなくすぐに治療が始まり、薬を
飲みながらの家での絶対安静。薬が効かなかったら入院という形で診て頂ける
ことになりました。

「呼吸が苦しくなったらすぐ来てください」
との先生の言葉で、これでコロナ検査で時間がかかったりしていたら、短時間
で病状が進み、死んじゃったなんてことになるのかも。
と日頃の不摂生を反省。

朝、昼、晩の食事は娘任せ。病院へも娘夫婦に連れていってもらうという有様
でほぼ10日間薬をきちんと飲んでベッドでの絶対安静を守っていたら、痛みが
軽減。
9月はほぼひと月、長いお休みをとることになってしまいました。
体の状況は悪くないけれど、胸の痛みはなかなか引かず、時間がかかりました。


そして10月初めの早朝。
日頃からお世話になっているTさんから「枝豆ができたからとりに来て」と
連絡がありました。
5時半くらい。Tさん、よほど早くから畑に出られているらしい。

「ありがとうございます。明日でもうかがいます」
とお返事したその日の夕方。
「本日お昼に肺炎で入院しました。退院は14日以降になります」との肺炎連絡。

Tさん、まだ70歳にはなっておられないと思うのですが、日頃からトラクターに
乗ったり重機を動かしたり、休みなくよく働かれます。
翌日奥様に伺ったら、朝早く畑に出て枝豆とって湯がいて、疲れたからと
一眠りして起きたら体が動かず、救急車で病院に行かれたとのこと。

驚いていたら今度は朝のワイドショーに出ているタレント氏が肺炎で緊急
入院とのニュース。まだ若いのに。
仕事に穴が空けられないからか4日間の入院で、少しの安静期間を置いて
番組に復帰していたけれど、肺炎は肺を傷めたり、気管支を傷めたりして
後遺症が残ることもあり、クセになる病気です。

ご用心、ご用心。

人のことは言えないのだけれど、私も無理をしないように気をつけながらの
活動開始です。






またもやの北海道(十勝)

北海道の旅の最後の日を書く前に、自分がダウンしてしまってドクター
ストップがかかる、というていたらく。

今回のドクターストップで、熱もなく咳もなく食欲も普通で自覚症状は
ゼロでも、体の中で何かが動いて突然病気になって現れる、ということが
あるのだ、とよくわかりました。用心、用心。
だいぶ元気になりました。

北海道に戻って、旅の終わりの日の最初の訪問先は、広尾町の大森ガーデン。

訪れるのは4度目です。
富良野のfcsの谷山さんのご紹介で、3年ほど前に伺ったのが最初で、
その時にはガーデンデザインや1000種を超える宿根草栽培では日本でも
第一人者でいらっしゃる大森氏にガーデンの隅々からナーセリーに至る
までご案内をいただき、そのご親切に心から感謝、恐縮しました。


東京から日高山脈の麓、十勝に来られて、最初は野菜の栽培から現在の
ガーデン経営に至るまでの数々の困難や、十勝の気候の厳しさなどを伺い
ましたが、そんなご苦労を少しも感じさない大森さんの温かいお人柄と
ガーデンの美しさに魅了された忘れがたい時間でした。


以来広大な畑のお仕事にもお忙しい大森さんにはなかなかお目にかかること
は叶わないけれど、今回もご子息のケンタロウ氏にご厄介をかけました。



大森ガーデンの美しさは言葉で語れるようなものではなく、ただ歩いて
花の美しさ、色の美しさ、木々の美しさを見るのみです。

駐車場がある前庭。

これは今回初めて見る前庭の作りですが、これがどのようなことになるのか
想像がつきません。植栽されているのは特殊なタイム一色。
春にはピンクの小花がびっしりと咲かせる這性タイムです。

広い2階にギャラリーを備えたcafe脇から始まる大森ガーデン。

手入れが疎かなところが全く見受けられない7月の大森ガーデン。

夏がだいぶ進んだ時期に来た昨年とは、盛りの花も庭の色も異なります。
無駄なものがない美しく整えられたガーデンですが、ここでは群れから
外れて飛んだこぼれ種もこぼれた場所でそのまま大きく育っています。
整えられているけれどのびのびとして大雑把。育てる人の温かさを感じます。

大森ガーデンではお庭を見るだけではなく、1000種類を超える宿根草が
栽培、販売されていてこれも必見。

我が家ではケンタロウ氏にお願いして送ってもらった白樺が、鉢の中
でスクスク育っています。もちろん他の花々も。



大森ガーデンを心ゆくまで楽しんで、次は十勝千年の森。

十勝千年の森は、大森ガーデンのように個人経営ではなく、千年の森の
創始者、運営者である十勝毎日新聞社が、大量の紙を使う新聞社が
植樹をして森を造っていけば、カーボン(二酸化炭素)をオフセット
(相殺)できるという構想のもとに、1000年後の未来に遺す財産と
して作られている広大な森には、メドウガーデンやアースガーデン、
キッチンガーデン、ファームガーデン、と4つのガーデンがあります。


人なつこいヤギが遊ぶファームガーデン。農の庭。


どこまでも緑波打つアースガーデン。大地の庭。
広がりの先がどこまで続くのかわかりません。

キッチンガーデンの小さなカフェでソフトクリームを食べるのが毎回
立ち寄る度の楽しみです。
例年ならここでは中国語が聞こえないことがないのに、閑散として
静まっています。


いつも時間が押して入らないままだったメドウガーデン、野の花の庭。
を初めて歩くことにしました。
踏み込んですぐにこれは!?と驚愕、感動・

細い小道の」両側に植えられた背の高いグラス。背丈も株も花も巨大な
クリーム色のスカビオサ(西洋マツムシソウ)。
そのグラスとマツムシソウの間をびっしりと埋めるアルケミラモリス。
その有様は、まるでアルケミラモリスが原。
アルケミラモリスは夏一期咲の宿根草ですが、一株一株増殖させていく
性質であり、この黄色い小粒の花の種を振りまいて増やせる花ではない。
のに、どうしてこういうことができるのだろう。

ところどころに配置されている丈が高い大株、同系色のスカビオサが
見事に場を締めているという素晴らしさ。世界有数のガーデンデザイナー
ダン・ピアソン氏の設計だと思いますが感服しました。


その先を進むと、こちらはやはり同系色のコレオプシスデージー。
こっちもまるでコレオプシスデイジーが原。
これも植えてほうっで置けば年々増える花だけど、それにしてもここまで
にするにはどう栽培するのか。
私などにはどう考えてもわかりません。



本当に素晴らしいものを見せてもらいました。
決して忘れられない目にも心にも焼き付けた千年の森のお花畑の風景。



最後の訪問先は紫竹ガーデン。

もう90歳をいくつか超えられたと思いますが「紫竹おばあちゃん」の名で
親しまれている園主紫竹あきよさんが作られたお庭です。
昨年の5月にに訪れた時には、白樺の真っ白い樹々の下をびっしりと埋めて
色とりどりに咲きそろった球根の花々がとても見事でした。







でもことしの夏は花園のお花があまり良い状態ではないではなかった。
また来年、訪れようと思います。
人気ものの紫竹のおばあちゃんにも是非お元気でいていただきたい。



今年の夏もいい旅ができました。
また秋に。
それまでに新型コロナが少しでも落ち着いていればいいのですが、、、。






またもやの北海道(帯広)

野付半島に入ってみるとけっこう距離が長い。

ここも来るのは2度目だけれど、こんなに距離が長かったか。

ところどころで目に入る『ナラワラP』の立て札。これがなんなのかさっぱり
思い浮かばず、見事にかつて来た野付半島を忘れ果てている。

細くなったり広くなったりする道路を車止めのある終点まで。ここから先は
30分ほどの歩きでトドワラ地帯まで行けるらしいけれど、先の工程が長い
今回は断念。

終点の駐車場に車を置き、辺りの風景を見渡したところで
「あ、シカ!」とSちゃんの声。
そこにあるのはシカの姿ではなくてシカの角。草むらから黒い小枝のように
何本も突き出ているのは雄ジカの角なのです。
周りにもたくさんいる鹿も重そうで立派な角をつけた雄ジカです。

ここに来て「ナラワラP」が何かが判明。
この野付半島というところは、海水に侵食された樹木が立ち枯れて白骨化
したような木々が立ち並ぶ風景が有名なのだけれど、「ナラワラ」がミズナラ、
「トドワラ」がトドマツが海水に侵食されたところだとわかりました。

侵食は今も進んでいるために、中央を走る道路の両側には白く立ち枯れた
木々や塩を吹いたような白い干潟や湿地などの不思議な光景が見られます。

そしてこんなところにも少ない地面にしがみつくように咲くハマナス。

全長26キロメーターに及ぶ日本一長い砂嘴であるこの野付半島を、私は
白骨のような木々を観光資源にしているところかと思っていたけど、
そうではなくて明治の初めから開拓、開発された古くからの歴史がある
半島なのだと今回知りました。

野付半島ネイチャーセンターに行けば、この半島独自の動物や植物などの
さまざまな展示とともに、野付半島の歴史が説明されています。

私が驚いたのは、この地またはこの地以外の土地でたくさんのこどもを
取り上げた助産婦さんの歴史、そして紹介展示。
厳しい環境の開拓地で、自らも多人数の子を産み育てながら、国を護る拓く
源であるこどもたちの出産を手助けする助産婦や保健婦を職業とする女性
たちが、こんなにもたくさんいたのかと、ひとりひとりの写真を見ながら
その業績の偉大さに頭が下がりました

旅先の土地で地域文化の展示はよく見ることがあるけれど、お産婆さんの
歴史の展示というのは初めてで、そういう企画そのものにおおいに感動
しました。




野付半島を出て、別海町、標津町、中標津町などを通り抜けながら目に
入ってくるのは、いかにも北海道らしい広大な牧場や定規で仕切ったような
畑が広がる大農業地帯。遠くに連なる防風林。



この北海道の農地で見かける防風林は前から気になっていたのだけれど、
中標津町に入って、330度(30度は山)の角度でこの農業地帯と地平線を
眺望できるという開陽台に立ち寄ったら、そこの看板に書いてありました。

格子状防風林。北海道自然遺産。
明治の開拓時に農地や人々の生活をまもるために180m幅の林帯を3300m
間隔で配置したもので、木の種類はカラマツ、トドマツ、雑木。
農地を風や雪から護り、もちろん人の暮らしや道路も護るという重要な
役割を持った防風林で提唱したのは開拓顧問のケプラーさん。

しかし遠くから見るとわからないけど、幅が180mもある林帯は野生動物の
棲家や移道路にもなり生態系保持にも役立っている、と読んで、大変に納得
しました。


格子状防風林は大きすぎて空からしか見られない景観だとのことで、
その片鱗を中標津町の開陽台展望台から望めます。

「あ、アリみたい」
望遠鏡を覗いたSちゃんの言葉の先に見えるのは、広大な牧草地にツブツブ
小さく見える乳牛。ゴロゴロしてます。


展望台の2階カフェの看板メニューは地元特産の蜂蜜ソフトクリーム。
ソフトクリームの蜂蜜を食べてしまったら、牛の帽子を被ったおじさま
スタッフが奥から出てきて、大サービスで再度蜂蜜をかけてくれます。





次に立ち寄るのは阿寒湖。
ここではカムイコタンに行ってみたい。
と思って寄ったのですが、残念ながら、「アイヌの古式舞踊」や「コタンの
人々が演じる人形劇」などが見られるアイヌシアターはお休み中。


というより、北海道では観光名所の阿寒湖もほんとに人が少なくて、
アイヌ芸術の木彫品やお守りなどが並ぶ民芸品のお店にも人影がなく、
観光客として申し訳ないような気さえします。


ひとつふたつお店に入って、アイヌ模様のマスクとコロボックルを買いました。
お店の方から紹介されて、阿寒温泉の宿「鶴雅」に行き、静かで重厚な
ギャラリーで、阿寒湖畔に住みつき、たくさんの作品を遺された瀧口政満氏
の心洗われるような彫刻に出会わせてもらいました。

このお店の店主さんは未だ熊を見たことがないのだそう。
この私が家の近所で4匹もツキノワグマと出会ったのに、ヒグマはよほど
用心深くて森の奥から出て来ないのかしら。

阿寒湖に来たはずが、結局阿寒湖は見ずじまい。
後で気付けば鶴雅は阿寒湖畔の宿。ちょっと外に出て歩けば湖畔に出られた
ものを、まったく気付かず惜しいことをしました。


もうひとつ瀧口政満氏2代目のお店が民芸品店の中にあったのに、それも
気付かなかった。
いずれにしろ、アイヌコタンは一晩泊まってゆっくり歩いて、アイヌ文化に
触れ、楽しみたいところでした。また来たい。




寄り道は阿寒湖を最後にして一路帯広へ。
最後の夜は帯広泊まりです。

ずいぶん長い道のりを走って帯広に入り、いったんホテルで休んでから、
いざ夕食に夜の街へ。帯広の夜はもうこれで4度目。

休んでいるところも多くなかなかよい呑み食い処を見つけられずにウロウロ
歩いてやっぱり最後は居酒屋へ。

入るとなんと入り口で検温。
居酒屋で検温は初めてで、まったく大変なことです。コロナは。
店内はカウンター席と仕切られた客席がいくつか。案内されたのは
カウンターでカウンターの中は女将さんらしき女性。

入店者があるたびにカウンターの中から手を伸ばしてまずは検温、次は
お酒を作ったり料理を出したり、そしてまたお客さんに検温。

ひとりの客が帰ると、スタッフが座席の裏表からカウンターの隅々まで
消毒液で拭きます。釣られて私も臨席のお客が気になってきます。
お酒を飲んで、料理を食べてはいるものの、その感染防止の緊迫感で
何を食べたのかどんな味だったか、記憶にございません。



最後の1日は十勝のガーデンを訪ねます。






またもやの北海道(羅臼ー熊との共存)

北海道の話からちょっと外れますが、
昨日、歯医者に向かう途中、農協をちょっと過ぎた辺りで、黒い生き物が
2匹田んぼ側の藪から出てくるのを発見。なんと、これが仔熊!

春仔というのか、まだ危険もなにも知らないちっちゃな仔熊で、停めた私の
車の周りで、あっちにいったりこっちにいったり道路で遊んだり、なんとも
可愛らしい。

母熊が近くにいるはずだから車外には出られないけど、集落内のことでさて
どうしようと思案。作物を食べられたとか畑に足跡を見たとかだったら
見過ごすけれど、怪我人が出ては困るので、友達の農家の由美さんに
「仔熊がいるからなんとかして」と連絡して歯医者に急ぎました。

そしてまた今日の昼時、帰宅途中でもうちょっと大きい熊に遭遇。
今度は危険を学んでいるようですぐに森に入っていきました。
またもや思案。騒ぎたくないなあ。熊の親子が死ぬのも嫌だし、人が怪我
するのも嫌だ。今までに怪我した人をふたりも見てるから殊更そう思います。


ウトロの居酒屋で見た「あなたとヒグマの共存のために」という冊子を
思い出しました。
ヒグマが生息する北海道では、根底にその思想があってのヒグマとの
付き合いだろうけど、この地域にいる熊との付き合いは生活圏が重なり
過ぎて難しい。
親子が森に戻ってくれるのを祈るばかりです。




さて4日目の北海道。

旅の間は改めての朝食はありません。

朝は北海道の地元コンビニ、セイコーマートで熱々の大きなお握り(塩鯖や
塩鮭など北海道の美味いもの入り)やちくわパンなど買って車中食。

北海道に来始めた頃は、セブンイレブンやファミマに寄っていたけれど、
今ではすっかりオリジナル食品を作って頑張るセイコーマートファンです。


世界自然遺産である知床峠を越えて小1時間で半島の反対側の羅臼へ。
ウトロや羅臼はこれまで見た富良野や美瑛などとは全く違う、また他の
面での北海道の感じさせられる土地柄です。


羅臼に到着するや否やN君はメイン道路(海辺にそう道路)をもうこれ以上は
道がないというどん詰まりの相泊地域までまっしぐら。何かと思えばもう
5年越しに入りたいと思っていた日本最東端の相泊温泉に入りたいのだそう。

空は灰色、空との間も見えない海も霧が巻く灰色で、晴れていれば見える筈の
北方の島国後島も船の影もまったく見えません。

道沿いの家々は、道路から一段低く浜に建てられた番屋で、家屋の際まで
引き上げられた船をところどころで見かけます。海は近く波が洗い。
ここは漁師の仕事場。冬を見たわけではないけれど、季節をとおしての暮らしや
仕事の厳しさを感じさせらる佇まいです。


もうこれ以上先には行けない相泊地域。この先はヒグマが住む場所。


相泊温泉の立派な看板がありました。

そして温泉は、というと、、、。

えー!
この温泉、どんなことになっているの。
女の人も入れるのか。脱衣場の期待はしないけど、せっかくここまで来た
のだから、いざ、まあ、とにかく、、。

この蛸壺のような丸い石はなんだろう。足場が悪いし降りにくい。
加えて波しぶきを被りそうに波が洗い。

温泉は男用、女用に板で仕切られていました。夏場だけらしい。当然脱衣場
はなし。


大変率直な相泊流入浴心得。

男湯からは、念願のお湯に入れたN君の歓喜の悲鳴が聞こえてくるけど、
しかしこのお湯もの凄く暑い。5秒と足を浸けていられない。
ほんとに不思議。こんなに寒い土地で波打ち際からすぐのところになんで
こんなに暑いお湯が沸くのでしょうか。

女ふたりは熱過ぎるお湯に足先だけを浸けては出し浸けては出しして温泉
気分を味わいました。

ここに来るまではN君の執着を笑っていたけど、いやあ、もうこれは病みつきに
なりそう。行けるものなら最南端も最北端も入ってみたくなりました。



羅臼の町に戻って純くんの番屋(ドラマ北の国からの純君)で食事をと
思ったら、残念ながらお休み。今だけなのかこのコロナの状況でずーっと
お休みなのかわかりません。



ちょっと倒れそうに傾いだ純くんの食堂。
中はきれいです。

羅臼の道の駅は風や雪に大丈夫なようにこんなふうになっていました。

カニだの昆布だのの海産物を売っている店内はかなり広い。

羅臼を出てお昼に食べた蕎麦や丼はホタテが満載。


食事をする度に思うのですが、入る店入る店、客と客との間が仕切られていて
一度も3蜜の不安を感じませんでした。

午後は野付半島へと向かいます。

またもやの北海道(ウトロまで)

2日間楽しんだ富良野を出て道東へ。

南富良野から狩勝峠を越え(霧で絶景が全然見えず)、新得町を経て、
また峠を越え、然別湖の湖畔を眺め、延々走って糠平湖へ。

樹林から時折り顔を覗かせるのは蝦夷シカ。
昨年もう少し遅い時期に来た時には、逆側の大雪山から走ってきて、
北海道で最も標高の高い三国峠で休憩。まだコロナもいなくてログ
ハウスのcafeでコーヒーを飲んだりソフトクリームを食べたりした
けれど、今回はそんな場所もなく走りっぱなしでタウシュベツ橋梁
まで来ました。

旧国鉄士幌線で使われたコンクリートアーチ橋梁群のひとつである
タウシュベツ橋梁は、上士幌線が廃線になったあとダム建設で湖底に
沈み、水嵩が少なくなった1月頃から湖面に姿を現し、増水する6月
頃からまた湖底に沈む「まぼろしの橋」と言われる橋梁です。

去年は水も橋梁も見えていたけど、さて今年は沈んでいるのかな。

増水してないね。

水が少ない。展望台から遠くに眺める橋梁はまだバッチリと姿がありました。
近くに行くには申請が必要。ヒグマとバッタリ、ということもあるので
散策はなし。

糠平湖から元に戻る道の途中で「東大雪自然館」に寄りました。
東大雪の自然や生態系の展示も素晴らしかったけれど、それより入り口で
まずは検温。次いで名前と住所を記入させる、というコロナ対応にびっくり。
こんなに人が少ないところで。
万全ということはないにしろ、ここまで対策をとる姿勢に感心しました。
夏休みに入ると人も増えてくるだろうから。



足寄の町の道の駅、銀河ホールで一休み。
足寄町は歌手松山千春氏の生まれ故郷。松山千春一色に彩られたホールから
朗々と流れる名曲「大空と大地の間で」を聴きながらの昼食。
張りのある声もいいけど、いかにも北国の生まれらしい力強い歌詞もいい。
元気をもらって、網走に向かいます。

網走に向かう途中の斜里長町で通りかかった通称「天に続く道」。

北海道にはこういうまっすぐまっすぐの道は多いので、道内違う場所にも
天国に行けそうな道が他にもあるのかもしれません。





網走に行ったら網走監獄に行ってみたいな、を思っていたけど、
近づいたら急に行きたくなくなった。
北海道開拓に力を尽くした受刑者たちの監獄での厳しい生活の跡
を観て、珍しいか、想像したいかというと、そんな気持ちには
なれそうにないので止めました。


ずいぶんな距離を走ってきて、ついに見えた海。オホーツク海!

左にオホーツク海、右には広大に広がる濤沸湖。その間に広がる
細長い砂丘の真ん中を国道と鉄道が貫くこんな地形は珍しいの
ではないか、と私的には思うのですが、その雄大な景色は言葉で表せ
ないほど美しく、車窓から言葉もなくみとれるのみ。

砂丘をびっしりと埋める緑は小清水原原生花園。
30年ぶりの再訪です。

右オホーツク海、左濤沸湖。
大きすぎる風景。何枚撮ってもうまく撮れない中からの1枚。


まだ7月の中旬で、花盛りだろうと期待してきた原生花園は、残念ながら
花の盛りを過ぎてました。残り咲きのピンクのハマナス、黄色やオレンジの
スカシユリ、エゾキスゲ、ナデシコやノコギリソウなどが海風に揺れて
いました。ああ、クロユリを見たかった。

海辺へと続く遊歩道。

ここの砂は鳴き砂である、という大きな看板を見つけて、砂浜を
ゆっくり歩いたり踏みしめてみたり跳び上がってみたりするけど、
いっこうに砂は鳴らず。

しかしオホーツク海はなんという茫漠たる海なのか。海の向こうを
想像し、流氷が寄せる海と雪に埋もれる浜辺を想像し、流石の騒々しい私も言葉
をなくし海を眺めて立ち尽くすひとときでした。

濤沸湖側に咲くノハナショウブ。

原生花園を離れて知床半島ウトロへ。


日が落ちる前に到着したウトロは、「ここからが世界遺産」という
看板を見たのみで町の様子はわからず宿泊所へ。

港では大きな建物が大きな工事をやっているようで、観光船も出る
ようだけれど、町中の建物の数は少なく静かな佇まいです。

今夜の宿はホテルとは趣が違って、ドミトリー形式。つまりは男性用
大部屋と女性用大部屋に、昔風で言うならお蚕棚のようなベッドがあり、
部屋に入るのも暗証番号を打つという形式ですが、年寄りの私は勘弁して
もらって、寝具とテレビのみある個室をあてがってもらいました。

初めてのSちゃんは嬉しいー!と喜んでいるけれど、この曲者の暗証番号を
忘れて出入りもままならない自分を想像すると恐ろしい。
大部屋はSちゃんひとりで誰もいませんでした。

さて、夜の食事は? というと食堂は1軒も開いてないらしい。
なんとか食べられるのは夜7時に開く居酒屋のみと聞いて、7時に出かけて
行きました。
慣れない土地での居酒屋。おそるおそる扉を開いて紫煙うずまく店内に
車を駐める場所は?と声をかけると、橋のところ。グーグルで調べて、と
意外な返事が返ってきて「?」。 え、もしかして不親切?

もうなんとなく腰が引きかけるところを踏ん張って(踏ん張らないと夕食抜き
になる)店内に。カウンターには寛ぐ地元の女性男性が3人ほど。
カウンター内で料理を作るのは男性ひとり。
旅の3人は奥の席へと案内されました。




旅情というのはこういうもんだと思います。
日常とは全然違う雰囲気。聞こえてくる言葉。海に関わる地元の人たち。
暫くして入って来たのは背中にギターを背負った男性がひとり。ギターを
弾いて唄うのかと思ったら唄わなかった。
そのうち扉から高倉建でも現れそうな気配の北の酒場なのでした。

しかし長かった。
7人もの呑んだり食べたり話しかけたりする客の、相手をしながら動き回って
料理をするのはマスターひとり。
そこを分かっていながら美味しそうなメニューに幻惑され、いろいろ頼んで
手間をかけて、2時間近くも北の酒場に居座った夕食でした。

帰りぎわには「時間かかってすみません。観光ですか?」とマスターから
暖かく声をかけてもらって嬉しい気持ちになりました。
グーグルにはびっくりしたけど、いい。グーグルでもヤフーでもいいけど
元気でお店を続けてほしい。


明日は羅臼から知床半島を廻ります。行けるところまで。

また長い1日になりそうです。









またもやの北海道(富良野)

富良野2日目は富良野を廻り、その後東川町旭川の先、東川町へ
というスケジュール。
遠慮したのだけれど、fcsの谷山さんのご厚意で、車を出してもらって、
スタッフのすいちゃんにまで出てきてもらって、という贅沢な1日となり
ました。

その前に再度、趣味ではない食べ物の写真をもう一枚。
これ、ホテルの朝食です。
今回の旅程でただ1回だけ食べるチャンスがあるホテルの朝食ですが、これ、
大変においしい。

大きなホテルなどのバイキングの朝食よりも、量、質ともに私の好みに合う
ということでもあるのだろうけど、野菜は当然としてベーコンが特に美味しい。
厚くて柔らかく、今回一緒のSちゃんも、ここの朝食は美味しいですねえ、と
褒めることしきり。

感心して、サーバー役の支配人の方に北海道の農業についてお話を聞かせて
もらい、大変楽しい朝食時間となりました。

富良野巡り第一番目は、現在のN君の仕事場でもある風のガーデンへ。

倉本聰脚本で2008年に放映されたドラマ「風のガーデン」の舞台として
作られたガーデンは、12年経った今では木々も花もしっかりと大きく
なりみっしり茂って見事な景観のお庭になっています。


新型コロナの影響で6月末まで閉園されていたので、花々は最盛期だけれど
人の姿はまばら。

客観的にみれば、ガーデンは、デザインした空間(庭)に花や樹木を
その生態に合うように美しく植栽する、というものですが、数ある北海道
のガーデンを巡ってみると、それぞれにコンセプトがあり個性が違う、と
いうことがわかって興味がつきません。

「風のガーデン」は、花々は太く大きく、草などの邪魔ものは見事に取り
除かれカッチリと仕立てられたお庭です。春の球根から秋の紅葉まで
どの季節に訪れてもいつも美しい。

4月の初めはまだ雪の中なのに、たった3ヶ月あまりでここまで育つ
植物のパワーの凄さ。

次は丘陵一帯を埋める葡萄畑に囲まれた六花亭カンパーナ。
言わずとしれた北海道の銘菓、六花亭が富良野で経営するお土産&cafeの
お店。葡萄が実っていない今は葡萄棚の緑の中のカンパーナ。
ここもやはり人影はまばらで緊張感が緩みます。

広いテラスから臨む山々と富良野の町。連なる山々の名前は何度聞いても
覚えられません。十勝連峰?

そして次がいよいよ今が盛りのラベンダー見物。
ラベンダーは富良野中どこにでも咲いてはいるけど、なんといっても
老舗は富田ファーム。
例年ならラベンダーも凄いけど観光客も凄いという富田ファームですが、
行ってみたらなんと、、、。

えーっと驚くばかりに人が少ない。喜ぶべきか悲しむべきか。
こんな富田ファームは初めて。だけど花を愛でるには絶好のチャンス。
来年もこうだったらほんとうはよくないんだろうけれど、こうであってほしい
ような複雑な気持ちで、眺めるラベンダー畑でした。

北海道に来ていつも思うのは、草だらけで放置されている土地を見かけない
ということ。うちの近所にはいくらでもあるんだけど。

冬になると雪で覆われるスキー場なども、夏になるとラベンダー以外の夏
の花々、色とりどりのマリーゴールド、サルビアなどが植栽されて見事な
景観を作っています。

そしてこういう花々を見るといつもながらむくむくと湧き出す疑問。
高温発芽、高温育苗で、低温ではなかなか大きくならないマリーゴールド
やサルビアが、なぜこの寒い土地で2、3ヶ月でこんな姿にできるのか。
ハウスで加温?といっても辺りにはメロンやスイカのハウスが見えても
花苗の育苗ハウスみたいなのは見えないのだけど。どうなっているんだろう。
実に不思議で仕方がない。

そしてこれだけの花苗の需要。春や夏にタネを蒔いて、花壇の花を栽培
してもお盆が過ぎて秋には作った苗の売り先に苦労する花苗栽培当事者と
しては、こういうところで花を作れば楽に食べていけるのでは、などと
あらぬ方向へ考えが走ります。

パッチワークのように美しい美瑛の段丘の畑を見ながら旭川を通過し、
東川町へ。


旭川から車で20分ほど。旭川空港から7キロという立地の大雪山の麓に
広がる東川町は「写真の町」「大雪山の伏流水で上水道がない町」
「外国人の日本人学校がある町」「移住者で人口増の町」等々、その
ユニークな町づくりが面白く、再度訪れたいと思っていた町です。

前回来た時に興味を惹かれたのが町の株主制度。町の株主になってこの町
を応援するという制度ですが、今回は早速町の中心部にある図書館の窓口
で手続きをしてもらい、晴れて株主になりました。
株主になると町づくりに参加させてもらえて寄付金はふるさと納税。
この町産のお米ももらえることになりました。新米が楽しみ。

なにをする、というのでもないけれど、町つくりに工夫を凝らし、元気よく
人口を増やしている町に関連するのは、こちらも元気をもらえて楽しい気持ち
にさせてもらえます。

最後に連れて行ってもらったのは、N君お勧めの北の住まい設計舎。
町外れのずいぶん奥まったところにある設計舎は、これがびっくりするほど
お洒落。ランチをとれるcafeあり、パン工房あり、ショップでは北欧の商品
が販売されてました。

そこで見つけたのがなんと北欧製の糸と布。
気仙沼のマルティナさんの毛糸のように鮮やかな色とりどりの毛糸は、夏
真っ盛りの今は買う気持ちにはならないけれど、日頃から探し求めている
布には目が眩みました。

北欧の布って、お国柄なんでしょう。大変に幅が広い。日本の夏用布の倍
くらい幅広。そのうえ値段も高くない。
ということで、日々縫い物に夢中のSちゃんと私は、遠方に来ていることも
忘れて北欧リネンの布を数メートルずつ購入。嬉しいけど重かった。

富良野に戻って夜は、今回の旅のハイライト。大事な用があります。

これまで手放すことができず大切に持っていた、木彫家だった母の遺品の
木彫の道具を富良野に託すことにしたのです。

私の母は子供を成人させた50代の初めから90歳で亡くなるまで、寝ても覚めても絵を描きデザインをし、木を掘り続けた人でした。小さいものは小皿から手鏡
まで。大きいものは大小のレリーフ、テーブルから壁まで留まることなく木を
彫っていました。教職を終えた父が母を助け、二人三脚の作品作りをして
いましたが、86歳で福岡から宮城の私のもとに来て6年を過ごし、ふたりは
同じ日に亡くなりました。

大量に遺した彫刻刀や鑿などの道具をどうするか、が私の終活の大問題だった
のだけれど、富良野で素晴らしい木のお人形を作っておられる高木誠さんが
引き受けてくださることになり、安堵しました。

嫌なお顔をせずに受け取ってくださった高木さんは、父が研いだ刀の刃を見て
「まだ40年は使えるよ」と言ってくださった。
高木さんのお人形作りで、母の道具が少しでも役にたってお人形が生み出され
れば、「こんなところで私の刀が」と喜ぶ母の顔が目に見えるようです。

長い間ひっかかっていた任務をこんな形で終えることができて、久しぶりに
お会いする谷山さんや太田さんとの食事もお酒も美味しかった。

ほんとうに楽しい1日でした。










またもやの北海道(その2)

旧岩出山藩士が艱難辛苦に耐えて、北の大地に新天地を求め作り出した
石狩の町、当別。
町の佇まいは今私が住む岩出山のお城周りの町なみを彷彿とさせるものが
ありますが、訪問したいのは当別駅舎の隣にある赤煉瓦のふれあい倉庫。

倉庫といっても直売所ですが、そこにもう長年親しくさせて頂いている
狩野菊恵さんがいます。
時々岩出山にみえた時にお会いしますが、今回はこちらからの突然の
訪問で「ウヒョー!」と驚いてくれました。

ひと時期は新聞バッグを販売して頂いたこともあり、岩出山名品よっちゃん
なんばんや佐藤農場の梅干しなど取り扱って頂いています。

しばし歓談。
昼食は北海道名物、ふれあい倉庫名物のスープカレーを食べて大満足し、
次の目的地富良野へ。

北海道に来て、車の窓から外を見ていつも目に止まるのは住宅のお庭。
住宅の形はそれぞれにまちまちのデザインなのだけれど、お庭が広くても
狭くても、刈り込んだ松が植えられ大石小石が置かれた日本庭園作りの
お庭が大変多い。

今では本州の家の庭作りではまず見られなくなった日本的な庭の作りが
なぜ北海道にはこれほど多いのか不思議な気持ちがします。植木屋さん
もお仕事があっていいのかもしれないけれど。

富良野では新聞バッグや倉本先生の舞台「屋根」の誘致でお世話になった
cafeくるみ割りの浦田ご夫妻をお訪ねしました。

ご夫妻は「くるみ割り」に「暮らしのステーション」という活動拠点を
置かれて毎年素晴らしい活動を続けられています。

昨年は大人も子供も老人もみーんな一緒に「森に分け入る」という
ワークショップの開催中で、たまたま訪れた私は富良野高校の生徒たちと
一緒に並んで富良野高校の美術の先生のお話を聴く幸運に恵まれました。


陽が傾きかけた夕方、陽が落ちる前の共済農場、麓郷の展望台へ。

例年ならラベンダー最盛期のこの時期、富良野はどこに行こうと中国の
観光客や日本の観光の人々でいっぱいなのですが、やはり人影もなく
静かです。

一面の麦の畑

野生化して群れ咲くルピナス。

沈みゆく夕日。共済農場の夕暮れです。

食べ物の写真を撮る趣味はないのだけれど、夕食をとった居酒屋の卵焼き
には驚きました。

でっかいよ〜! 食べきれない〜。