那須の修道院へ

このところ3、4日置きにあっちに行ったりこっちに行ったりで、今日は那須トラピスト訪問。

去年は行けなかったので、2年ぶりに修道院のお友達に会いに行きます。お友達の名はeikoさん。

朝のお餅仕事を終え、古川から新幹線で新白河へ。

新白河で東京から来るお友達と待ち合わせて、タクシーで20分ほど走って修道院に到着します。

国道から修道院に至る静かな森の道に入ると、あたりは別世界。瑞々しい緑の森が続き、点在する

聖ヨゼフの山の家など広大なお庭は目立たないけれど、よく手入れされていて実にきれいです。

 

久しぶりの修道院。ここは正式には厳律シトー会那須の聖母修道院といい、「祈り、働け」という言葉を

モットーに朝早く起きて祈り、働き、早く眠るという単純な生活を修道尼たちは送っていて、食べるものは

出きるものは農業で自給、働く仕事は一般的にも有名なガレットというお菓子を作っています。

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壁で区切られていてよくは見えないけれど、覗ける部分で見る限り、薔薇のお庭が見事に美しそう。

「見て頂きたいんだけど」とeikoさんは言うけれど、おおっぴらに一般人に見せる、ということはない

ようです。

 

修道院の正面玄関のベルを鳴らすと、何年も前からおられるシスターが出て来られました。

売店担当かどうかは解らないけれど、ガレットやお土産を買うときにはこの方にお願いします。

修道服の色はグレー。eikoさんは白。どんな違いがあるのか解りません。初めて来た頃から較べると

だいぶお歳を召されたような感じがします。

今の時代、様々な心の事情で俗世を捨てて修道院に入る、というような方は少なくなっただろうから

私たちの一般社会の高齢化はこんな場所にも及んでいるのかもしれない。

 

ふた月ほど前、以前にeikoさんの著書「黄金の翼に乗って」のことを書いた私のブログを読んだ、という方

からメールが届きました。eikoさんがまだ修道院に入る前に親しくされていたご友人で、現在は ブラジル

在住。私のブログを日本の裏側のブラジルで見つけて連絡をくださるなんて、インターネットは

凄いぞ!と改めてその威力を思い知りました。どうぞ修道院にお出かけください、というわけにもいかない

ので、修道院の住所をお教えしたらブラジルからお手紙が届いたそうで、よかった、よかった。

 

私たちの訪問もそうですが、神への祈りと働く、のみの静かで単純な生活に、1年に1、2度、こういう

ハプニング的な出来事が起こるのも、eikoさんにとってはとても楽しみなようで、笑ってしゃべって

思い出話にも花を咲かせてあツという間に時間は過ぎ、お暇の時間になりました。

 

eikoさんのご主人は音楽界で偉業を遺されたマルセル・グリーリ氏。著名な方です。

そして私たち3人は渋谷のカルチャーセンターの教室生仲間。ご主人が亡くなられた後、トラピストに入って

祈り働く日常を過ごすeikoさんを1年に1度訪ねるようになりました。

 

来年また来る日までお元気でいてほしい。何時どうなるか分からない年齢の私たちは、お互いの切なる

願いです。そして1年に1度喧騒の俗世界から離れて、静かな修道院で過ごさせて頂く1日は、私に

とっても心休まる大切な時間。

宿泊施設があるこのトラピストは、宿泊されている旅行者の姿を見ることもあります。

 

新白河駅まで戻って新幹線に乗り、東京駅に着いたものの、夕方のラッシュ時の人混みの凄まじさに

恐れをなして、KITTE(元東京郵便局)上階の和食屋さんで夕食。

時間を稼いで電車に乗りましたが、まあ、乗車時間の長かったこと。久しぶりの夜の国電。人に揉まれ

ながらの立ちっ放しの1時間あまりはけっこう応えました。日頃から車ばっかり乗って楽しているから

こういうことになる。 反省!

明日は三鷹市にある中学校に打ち合わせに行きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日は福島そして東京へ

もう梅雨に入ったのかなあ。

雨ではないけど、なんとなく湿っぽい1日。

もう梅雨入りなのだったら、暑くなる前にラベンダーやウツギやハニーサックルなどの挿し木をしなきゃ、

と気が焦ります。今は殆ど花はやってなくてお餅屋専門みたいなんだけど、それでもやっぱり春に

なれば、種を蒔こうかなあ、と思うし、湿っぽくなると挿し木が気になる。体に季節が沁みついたように。

 

午前中は、お餅仕事で道の駅。午後は新幹線のチケットを買いに古川へ。

明日はまたもや福島。今度は猪苗代ではなくて那須のトラピストに友だちに会いに行きます。

その後は自宅に戻らず、同行の東京の友人宅に一泊して、明後日午前中は東京都内の中学校へ。

秋に行われる学校行事×新聞バッグのお話をしに行きます。

 

由美さんから電話がかかってきて、先日から見せてもらう予定の中古物件の鍵を借りて来たから

「みんなで見よう!」

中古物件を見るのにみんなでというのもおかしなものですが、由美さん、黒田さん、黒田さんのお母さん、

うちの娘に孫まで加わって、みんなで今は誰も住んでいないお宅を拝見させて頂きました。

集落の中にある広くて日当たりが良い物件だから、みんなでお金を出し合って買おうか、とひと時期

盛り上がった物件。夢を語り合って楽しい時間でした。

 

ひとつの忙しさが終わるとまた次、という具合に次々といろんなお話がきます。

 

2年前に6000枚もの新聞バッグを注文してくださった三菱東京UFJ銀行の企業GUROUP「みどり会」さん。

その担当者のT部長から、ついこの間開催された日本ダービーの新聞紙でバッグを作ってほしい、という

依頼がありました。そしてダービー直後に送られてきた馬の顔の新聞紙で新聞バッグを作り、T部長に

送ったところ、T部長は日本ダービー新聞バッグをあちこちのお知り合いに配ってくださったとのこと。

競馬ファンの方に喜んでもらえたら嬉しいです。

 

それより何より嬉しいのは、ひとつの仕事が終わってずいぶん時が経っても、東北を、新聞バッグを

海山を忘れないでいてくださること。

 

明後日の都内のM中学校も同じです。2年も前に東北を訪ねてくださった時に、鳴子温泉の旅館に先生を

お訪ねして、震災のこと、復興のこと、そして子供たちのことを時間を忘れて話し合いました。

明後日の学校訪問は、その時の続きです。

2年も経過して「続き」ができるなんて、なんて素敵なことではないですか。

 

今直売所では、筍が終わりに近づき、青梅が出てきました。さくらんぼももうすぐに出ます。

トラピストと学校に何をお土産に持っていこうか、ととても楽しみ。

あ・ら・伊達な道の駅名物のロイズのチョコレートも(宗一さんの梅農場の梅が入った岩出山限定梅味チョコ

レート)、新聞バッグも毎朝私が作るお赤飯もお餅も持って、トラピストに行ってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉本聰講演会/新聞バッグ講習at栗原

本日はけっこう真面目に降る雨。

一作日は猪苗代、昨日は50名弱の新聞バッグ講習、と2日続きのハードワークでくたびれ気味の

骨休めで家でぼんやりしています。

 

福島県猪苗代で行われた倉本聰氏の講演会に行ってきました。

今日と違って快晴。風もなく絶好の遠出日和で、かつて2度登った磐梯山の勇姿を久しぶりに眼前で

仰ぐことができました。ついこの間まで東京に向かう時に新幹線の車窓から見た真っ白に雪を被った

磐梯山は今は緑の山。胸が透くような光景です。

 

倉本先生がいつもご本や新聞で意見を述べておられる「これから人々はどう暮せばいいのか」

「少し昔に戻ったほうがいいのでは」というお話は私には納得のいくことばかり。

ただ私のようにかつては都会で暮らしたけれど、今は田舎に移り住んで第一次産業に従事しています、

というような人間は納得いくけれど、都会の便利なマンション暮らしのような人には納得いきかねる、

というお話ではないか、とも思います。以前先生が新聞に「そうはいっても・・」という小文を書かれて

いましたが、理屈は解るが「そうはいっても・・・」というほうが今の世の中では多数でしょう。

 

そんなことを思いながら、壇上でリラックスして話される倉本先生の講演を聴きました。

講演会の後は、主催団体「どうする!自然・いのち・暮らし」研究会議のテーマを話し合う「話し場」という

場が設けられていましたが、今回は参加せずに帰ってきました。田舎に移り住んで15年。何時の間にか

私は、土や光や水や森の生き物など、自然を相手に自分の手足や知恵を使って格闘するように生きる

人たちとしか話を弾ませられなくなっている自分を感じます。

 

3月半ばの「屋根」公演時、全国26公演地に付き添っての長旅で、大層お疲れの様子だった倉本先生が

お元気になられていて、とても嬉しく思いました。これからもお元気でたくさんの大切なお話を聴かせて

頂きたいと願います。

 

 

明けて12日は宮城県北部郵便局の局長婦人の会での新聞バッグ講習の日。

本当に有難いことにこれで3度目の講習です。小バッグ、中バッグ、と作ってきて、今回は大バッグを

作りたい、とのご希望ですが、新聞紙5枚を重ねて作る大バッグに挑戦されるのは、今日初めての参加

という方々。教える側も力が入ります。

ここが始まり。

新聞紙5枚重ねはけっこうきつい。肩がこります。くじけずがんばってほしい。

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若い奥様方はやっぱり手際が素晴らしい。全員、立派に大バッグができあがりました。

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思ったよりも早く2時間弱で全員の新聞バッグが完成。その後は皆様の中に混ぜて頂き、

お弁当を頂きながら、普段はしょっちゅう利用するけどその内情は詳しく知らない、郵便局事情に

ついてさまざまなお話を伺いました。

これだけたくさんの奥様方を見ると、いかに私たちの暮らしの身近に郵便局が存在し、私たちが

便利に利用しているかを実感させられます。

楽しい時間をありがとうございました。

 

お隣りのヤマボウシが咲きました。今年もやっぱり凄い!迫力があります。

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宿題/明日は福島

3月の「屋根」公演当日の午後、会場に到着された倉本先生からお呼びがあり、よっちゃんと二人

先生の控え室にうかがいました。何か劇公演の手筈が悪かったのか、と緊張していいる私たちに

先生と奥様のチャコさんは「けっこう高かったのよ」と高知で購入されたという段ボール製のバッグを

手渡してくださいました。常に新聞バッグを作っている私たちのために、参考になれば、とわざわざ

買って持って来てくださったのだと思います。

 

でもその段ボールバッグは立派過ぎて、作ってみようと思っても手も足も出ない。

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時間をかけて、できることなら段ボール工場まで見学させてもらって、段ボール+新聞のバッグを

作れたらいいな、というのが今年の宿題だったのですが、なんと海山の新聞バッグアーティスト

あやさんがかわいらしい段ボールバッグを作ってくれました。

段ボールは先生に頂いたバッグのようにお洒落ではないのですが、使用したのは海山で発送に

使っている海の手山の手段ボール箱。

 

材料は正真正銘のありあわせ。お金はかけずに手間だけかけたお洒落なバッグです。

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明日は福島県猪苗代で倉本先生の講演会があります。

完全制覇ではないけれど、宿題の研究途上を見ていただこうと持って行きます。

81歳の倉本先生が2時間もお話なさる、これからの暮らしについての講演会をしっかり

聴いてきます。

 

道の駅直売所のバーコード室の入り口の真上に建設されたツバメ住宅。

私がちょっと大声出すだけでも、やあと手を降り上げただけでも、住宅から覗ける大きな口が

パカッと開きます。幾つも大口が見えるけど何羽いるんだろう?無事に巣立ってほしいなあ。

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秋田青森研修旅行

2年に1度の道の駅出荷組合の1泊研修旅行の今回の行き先は秋田、青森。

なんといっても凄かったのはりんご。圧巻過ぎて言葉が出ない。

 

青森研修は以前、道の駅のオープン後、しばらくして八戸方向に行ったことがあるけれど、、その時も

延々続くりんご畑や木箱山積みで売っているりんごに、はあ、やはり青森はりんごなんだなあ、と

納得した覚えがあります。が、今回はそれ以上。

東北道を秋田方面へと分ける安代ICから最初の目的地五所川原まで窓外の景色は見遥かす彼方

までりんご畑一色、そして林や森を覆いつくすような白いニセアカシアの花。

これだけのりんごが全て人が食べるかジュースになるかで消化されるのか、と思うと気が遠くなる思い。

 

五所川原では津軽名物立佞武多の館を見学。

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青森で有名なねぷたは40数箇所で独特のねぷたがあるのだとのこと。

館の中に納められた重さ19トン、高さ23メートルの五所川原のねぷたは実に丈高く巨大で圧巻でした。

 

次は道の駅鶴田で情報収集及び買い物休憩。この道の駅、名前の鶴田とプロレスラーの

ジャンボ鶴田を掛け合わせたのか、パン工房のパン、シュークリームやケーキ類、豆腐など、どの商品も

ことごとくびっくりするほど巨大。

名前がバケツ豆腐という豆腐は7、8人分くらい大きいし、1個のシュークリームでも5人分くらい大きい。

どんな人がこんなにでっかい食べ物を買うんだろ。

研修旅行は自分たちとは違う道の駅を見て、いろいろ研究をしたり参考にしたりするのだけれど、ここの

パンやお菓子のでっかさはまずびっくりのほうが先立ちました。

 

弘前到着。気温29度、陽射しは強く汗が吹き出すくらい暑い。

新緑の桜の並木が見事な弘前城公園でも、この後訪れる津軽藩ねぷた村での津軽三味線の演奏場

でも多くの外国人観光客の姿を見ました。日本人観光客より数多く見えるアジア系、西洋系の外国人観

光客は、宮城を通り越して青森まで来るんだろうか。気になるところです。

 

道の駅「いなかだて」、道の駅「虹の湖」を経由して1日目の泊りは十和田湖畔の宿。

日頃忙しい日常の出荷業務を慰労する意味もあって、夕食後は3次会まで大賑わい。

 

2日目の朝は小雨模様の十和田湖遊覧船周遊から。

遊覧船なんて、と思っていたけれど、乗ってみれば船でめぐる十和田湖は大きくて静かで、深い青い

湖面に航跡や風で描かれる水の模様はきらきらと輝いてかつて見たことがない美しさでした。

ただ、今の時期、人が少なくてもの寂しい感じ。

東北は広くて大きいから、少々の人が来てもパラリとして寂しく感じるのかもしれません。

狭くて人がいっぱいの九州なんかだと、ぎゅうっと詰まって賑やかに感じるのかも。

 

火山の噴火で落ちたままの大岩小岩、高く低く幾条にも流れ落ちる滝、薄いピンクの谷ウツギの花、

ぎっしりと林床を埋める羊歯、白く波頭を立てて水が走る渓流を車窓から眺めつつ、奥入瀬を通過し

道の駅「こさか七滝」を経由して昔鉱山で栄えた秋田県小坂へ。

小坂では明治の芝居小屋康楽館で芝居を観ることになってます。

 

またもや「芝居?」と半信半疑だったけれど、

明治の芝居小屋康楽館は文字通り、明治43年に誕生した日本最古クラス、国の重要文化財として、

今も現役という芝居小屋で、その和洋折衷の建物の風格に驚かされました。

客席は昔ながらの狭い桟敷に赤座布団。お弁当とお茶も手渡されて、弁当を食べながらの観劇で

よしとのことで恐る恐る食べ始めたらブーと開始のブザーが鳴って真っ暗になっちゃった。

舞台の真下で生まれて初めて観る大衆演劇。出し物は常打芝居の劇団三峰組。座長の三峰とおるさんの

女形姿の美しさ、人情芝居、思いっきり派手な舞踊ショーなどで1時間半、たっぷり楽しませて頂きました。

大変面白かった。気に入った。また観たい。また来たい。

ヨノナカにはまだまだ自分が知らないことがいっぱいあると実感させられます。

 

7月初めの公演は、ほんものの歌舞伎だそうです。

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一行40数名。首都圏から来た私も未だ名古屋弁がぬけないHさんも韓国人奥さんのKさんも全く

違和感なく仲間に入れてもらって、和気藹々と楽しい旅でした。

帰着したその足で、道の駅で始まった外国人観光客向けの英会話教室へ。

 

2日間、お餅から離れてゆっくりしたので、また明日から仕事に励みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日は青森

「一度ガーデン見においで。まだガーデンのガーくらいだけどね」

生産者仲間のOさんに言ってもらって、昨日お天気のいいお昼にこの町に15年住んでまだ行ったことのな

い沢沿いの集落を訪れました。

 

わお、どこを走っても緑濃い杉の山、浅緑の照葉樹林、野菜が育ち始めた畑、田植えが終わったばかりの

みずみずしい田んぼ、やっぱりどこもかしこも綺麗です。

県道からだいぶ深まったところにそのガーデンはありました。

カフェも作って10月にオープンだそう。Oさんのガーデンではなくて娘さんが作っているとのこと。

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これほどの広さのガーデンをよく娘さん一人で作ったなあ、と感心。植物が大きくなる速度は遅く、しっかりし

たガーデンを作るには7~8年はかかると思う。それでも足りないくらいなのに、5年でここまで立派に育てら

れたなんてよほど植物がお好きなんでしょう。

見事に地面を覆うヒメイワダレソウ。 オープンが楽しみです。

 

ガーデンより驚いたのは、あちこちに点在するOさんの畑。

働き者とは知っていたけれど、いやもう言葉もないほどの働き方で、けっこう距離のある畑から畑を軽トラで

案内してもらいながら、こんなに数ある畑に様々な種類の作物が実り、雑草ひとつ生えてないのには驚嘆しました。

そのうえOさんは漬物屋さんでもあります。これから漬物用のきゅうりなどたぶん何百本も植えて、梅干用の

梅を800キロも漬けるんだって。60代半ばで私とどっこいの小さい体で一人で。

 

私の集落で親しい由美さんが、牛、野菜、田んぼ、ヘルパーさん、それに奥さんとお母さんの役目を果たし

ながら働きまくるのを見て常々驚いていたけれども、Oさんも同じような働きぶりで、都会で生まれ育ち会社

勤めで給料もらってこんなふうには働かなかった(違う働き方だった)私からみると、違う星の人のような気

さえします。

 

15年前ここに越してきた時に私が最初に驚いたのは、ここの女の人はなんて働くんだろう、ということだっ

たけれど、やっぱり今も驚いて、怠惰な自分の日常を反省。明日から真面目に動きます。

 

そして今日はやはり生産者仲間のAさんの畑を見学。広ーーい畑で今日も昨日と同じように感心して帰って

きました。

明日から道の駅の研修旅行で青森。

午後は請求書発行したり新聞バッグ発送したりで大忙し。

でもお餅仕事から離れて、青森を楽しんできます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家を売る。

ピアノの先生のお庭で見ました。

この花何の花? 蔓性ではありません。樹木です。

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このところ休みなしに仕事を続けていたらちょっと疲れてきて、今日、明日、明後日と予定が入っていない

3日間を何もしない日と決めた。朝夜のお餅仕事以外は掃除とかアイロン掛けとか日頃やらねば、と思いつ

つ、伸ばし伸ばしにしてきた仕事をやる日。そして注文に間に合わず、日々プレッシャーがのしかかる新聞

バッグ折りを、ついに「自分でも折ってみようー」と心新たにした日。(長い間折らなかったので全然自信がな

い!)

のつもりだったのだけれど、お昼ごろ、昨夜遅く「家が売れちゃったのよ。だからすごくすごく落ち込んでる」と

電話を

くれた友人から「今からそっちへ寄っていい?」

ということで、売りたい家が売れたのに何故それほど気持ちが落ち込むのか、という話を聞きました。

 

友人81歳。一人で家1軒売るなんてほんとに大変。これまでの人生で家を3軒買って3軒売った私は、家の

売買がどれほどエネルギーを使う大仕事であるかよく解ります。夫がいてさえ大変なのに、80歳を超えた

専業主婦が、自分一人で買主と熟練の不動産屋相手に自分の意思をはっきりさせて売買を成立させるの

は、ねえ、大変だわ。

もたもたうろうろ自分でもはっきりしない考えを言葉を捜しているうちに、相手のペースに巻き込まれて

「あれえ、これでいいのかなあ。これで決まっちゃうの?」などと動きを追いかけているうちに交渉成立してし

まうと、消化不良状態で、今彼女はその渦中にあるようです。

 

自分が消化不良状態でありながら、不動産屋や買主さんに迷惑をかけない心遣いをする彼女を見ている

と、なぜ年寄りが被害に合っても被害に合ってもオレオレ詐欺にひっかかるのか、そのカラクリが見えるよう

な気がします。

だって優しいんだもの。

どんなに理屈めいて話していても「もういいから。私は歳だからなーんにもいらないから」。

行き着くところはそこ。

売るのは売るとしても、これから住む新しい住まいを探すのは、一人ではなくて私も一緒に付き合うことにしました。

 

気持ちを変えて外に出て、岩出山から一迫へとドライブ。直売所で野菜を買って、ソフトクリームを食べて、

せっかく来たのだから見学でもと、二人連れ立って老人施設へ。連れでもいないと私も見る機会がないので。

私が気に入っているこの老人施設はツーバイフオーの瀟洒な小さい2階建て。椋で張られた室内は木の香

りがして明るく、外に出れば商店も図書館も近い。90歳の叔母から老人施設探しを頼まれた時に見つけて

大層気に入り、いずれは私も、と思っていたのですが、入居のネックは介護度2以上であること。

 

彼女81歳、私74歳。車を買い替える度に、毎回これで最後かなあと思うのだけれど、今彼女が乗っている

でっかい4駆の車を見ると、やっぱり最後じゃないのかなあ、と自分の未来が描けなくなります。

何時までどうなるの?今のところは二人とも介護2にはほど遠い。

 

ともあれ、あと5年もそんな日々が続けられる保障は全くないんだから、歩いても車に乗っても動けるという

ところに家を探そう、というところで意見が一致しました。

オレオレにならぬよう二人して気を引き締めて助け合いの精神で・・。

 

家の周りの散策を終えて帰宅すると既に夕方の気配。

眠くならないうちに新聞バッグ制作に挑戦。しましたが間違う、間違う、洒落にならないくらい失敗作の山。

と、「こんにちわー」と黒田さんが寄ってくれてたすかった。

間違いから脱却した後の新聞バッグ、これだけできました。うれしい!

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「しっかり覚えて新聞バッグ外交してきてください」

黒田さんから言われた言葉をまもって、これから行った先で新聞バッグを教えます。自分が忘れないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家を見に行く

5年前、海の手山の手を立ち上げた頃にしばらく一緒に活動したKさんが、現在事務局長を務めるNPOが

移住促進事業を始めたことから、退職後の田舎移住者である私は、空き屋とか田舎体験とか移住に関連

するあれこれに時折りお付き合いする機会が出てきました。

 

昨日はmichikoちゃんのマルタ共和国在住時の知り合いである香川さんが東京から見えて、

彼が運営するシェアハウスに関連するボータルサイトの話をうかがいました。名前は聞いたことが

あるけど実態は何も知らなシェアハウス。もう東京などの大都会では当たり前の暮らし方となっていて、

東北では仙台や石巻でもシェアハウスはあるんですよ、と聞いてびっくり!

へえー、そうなんだ。若い人ばかりで住むという認識ではなく、ひとつの家に年配者も若者も居住部分を

シェアして暮らすという暮し方。

おお、80歳くらいを過ぎて仕事ができなくなったらどうしよう。頭がボケてなくても行く先は老人施設くらい

しかないのか、と考えていた私は、自分の人生の最終の一歩手前くらいの居場所をひとつ見つけた

ようで心強くなりました。

 

このサイト、ハウスシェアだけではなく、仕事や暮らし方の体験などというのもあって、なかなか面白い。

しかし、30前の普通の若者がパソコンひとつ持って世界を廻って仕事をする、というようなことができる時代に

なっているんだねえ、今は、と驚いたり感心したり。

 

 

そして今日は以前から庭に咲く藤の花が見事だから「見においで、見においで」と誘ってくれる川渡の

友人宅にお邪魔しました。藤の花を観賞するだけではなく、田舎暮らしのために買った大きな家を80歳

過ぎた今、処分したいので、見たい人を連れてきて、との要望に応えて、見たい人との4人連れで。

自慢するだけあって白と紫色の花房を長く垂らした藤の花の見事なこと!

DSCF2268        住んで20年の藤。  見上げれば首が痛くなるほど高く伸びた朴、マロニエ、夏椿、などの大木。

引っ越してきて間もなくご主人を亡くし、以後一人暮しで年を重ねて、もう自分では家の手入れも庭の手入れも

出来ないから、家を売りたくないけど売りたい、という彼女の気持ちはよくわかる。5年後の私も同じようなもの

だろうから。でも見れば見るほど手入れが行き届いたお庭も家も簡単に手放すには勿体なくて、部外者の私の

ほうが彼女の潔い決断にあれこれといちゃもんつけたくなるのです。願わくば彼女の思いのこもったお庭や家を

大切にしてくださる方との出会いがありますように。

 

帰途、以前から「一人で住んでいる自宅が何かの役に立てれば嬉しいから」と家を見に来るように誘ってくださる

直売所生産者仲間のT子さんのお宅に寄ることにしました。

道の駅からもJRの駅からも歩いて数分の閑静な場所にあるT子さんのお宅は、家までの道は狭いけれど、

行き着いてみれば敷地も家も広くて大きくて、辺りの家々も同様にやたら奥行きが深い。

T子さんは70歳半ば。数ヶ月前に突如家に隣接する敷地に加工場を作り、あれよあれよというスピードで

惣菜の許可をとって道の駅にご飯ものを出荷し始めた気骨のある方です。

機会があって加工場は見せて頂きましたが、家はまだ。

「26畳あるから何かの時に使って」と見せられたお部屋は、お庭に面したお座敷が3つきれいに整えられて

いて、お布団もお膳や食器の用意もある。飲食の許可もとりました、とのこと。

 

それこそ移住を希望して一度町を観てみたい、という方々にとっては安心できる有難い休憩場所です。

T子さんのようなこの町で生まれ育った年配女性の案内や説明があったらさらに親しんでもらえると思う。

何より70歳を超えて生産者を始め、さらにいずれは私はできなくなるから、加工場や家を地域や社会のために

使ってほしい、と言われるその考え方、心意気に敬服します。

 

いいもの見せてもらって楽しい1日でした。

睡蓮が咲いてました。

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ロイズ新聞バッグ5月発送終了

4月末の新聞バッグ発送は、大雨に阻まれて2箱(150個)で終わってしまいました。

こんなことやってたら10000万枚の新聞バッグを約束日までに納品できるかどうか危うくなるので、今月は

気合を入れてたくさん送ることに。

折り手さんから集まってきたのは何個かわからないけれど、相当数。いつもの検品メンバーでは足りなさそう

なので、あやこさん、黒田さん、何時ものメンバープラス新聞バッグ制作初心者のmichikoちゃんまで動員して

検品、袋詰めをして、大段バール箱に7箱(525枚)の新聞バッグを発送を終了しました。

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あー、よかった。けれどもそうこうしている間に他のオーダーが入ってきて、新聞バッグ制作はけっこう追い込まれて

いる状況で、お待たせしているお客様、すみません。

 

ロイズバッグを受付時間ギリギリで持ち込んだヤマトで、「今回は多いよー」と言ったら「よく続きますね」と

言われちゃいました。

ほんとに! 私もそう思います。最初はとにかく生活再建のためのお金稼ぎだったから、5年先までも続くだろう

とは想像しませんでした。今もこうしてあちこちから送って頂くUSED新聞紙を使って作った新聞バッグを注文して

頂けるのは、やはり新聞バッグそのものの完成度が高かったり素敵だったりで、震災後の生活再建ツール以外

の価値が認められてきたのかなあ、と考えたりしています。

 

こんな新聞バッグを黒田さんが作ってきました。

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ワンピースの新聞バッグ。 かわいくてかっこいい!

人に上げたら喜ばれると思います。私ももらったら嬉しい。柄も形も素晴らしい。

だから続くんだね。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノアさん、またね。

詳しいことは解らないけど、たぶんイスラエルのオリンピック選手団の何かのお仕事で、ノアさんが日本に

戻って来ました。といっても本当はイスラエル国籍なのだから日本に来たというべきか。

 

春に栄養士の資格をとって東京の食糧学院を卒業した時に、「イスラエルに戻る前に新聞バッグのインストラクター

になりたいからそちらへ行ってもいいですか?」と問い合わせがあったのに、私は倉本聰作の「屋根」公演で

目いっぱいでノアさんの頼みを受けることができませんでした。

「だったら5月にオリンピックのお仕事で日本に行くからその時に」と言われたのに、5月はゴールデンウイークの

10連休で来る日も来る日も餅ばかり搗いてヘトヘトで、またもノアさんの希望を叶えられなかった。

 

何日か前、そうだ5月だ、とはッと思い出して、メールをしたらなんと10日も前から日本に来ていて、もうすぐ

出国とのこと。ほんと、間に合わない私。頭が働かない私。がっかりです。

日本人で、50代も半ばで、イスラエル人のご主人と死別した後、イスラエルに於いての食事の改善を目指して

栄養士を志すなんて女性は滅多にいないと思うのに、さらに帰国後は、オリンピック選手団のアシストをする仕事を

獲得し、この2年ほどはオリンピック関係で世界を廻っているという行動力。

 

一昨年とその前年、うちに来て泊ってくれた時にノアさんと話して強い印象を受けたのは、勉強や暮らし方に向き合

う姿勢が稀に見るくらいストイックであること。

学校では若い同級生に混じっての勉強の日々。東京で借りたマンションの1室では授業に追いつくために1日

何時間もも勉強漬けだと聞いて、よければお友達になったら、と紹介したフリー刺繍家の天野先生とそのご主人と

親しくなって、時々家を訪ねたり食事を一緒にしたりしてると聞いて喜んでました。

 

今回の来日、日本のオリンピック関係者との通訳の役目が大きいようで、東京まで会いに行くわ、という私に

「スケジュールが調整できなくて時間がとれない。ごめんなさい。今日は森さんと一緒でした。いい方ですね。

オリンピックを成功させて東北や熊本を元気にしたい、と仰っていましたよ」

オリンピックの森会長。いろいろあるからなあ、うーーん・・・。

 

それともうひとつのノアさんの特徴は優しいところ。

克己心が強くて行動力があり心優しいノアさんは、きっとイスラエルと日本のために力を尽くして良いお仕事を

されるのだと思う。

時が来たらどこかで会いたいな。ノアさん、またね。世界のどこかで怪我しないよう気を付けて。

 

深夜です。どおーーっと雨が降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の来日も日本のオリンピック関係者との通訳の役目が大きいようで、東京まで会いに行くわ、という私に

時間がとれない。ごめんなさい、

ごめんなさい、と電話がありました。