「ノクターン」の新聞バッグ

秋の終わりに新聞バッグ講習に出かけて行った富良野の倉本聰先生より、来年1月に公演がスタートする

「ノクターン、夜想曲」の舞台の時に使用する新聞バッグの注文を頂きました。

ノクターンのテーマが福島の原発なので、使用する新聞は福島民友です。倉本先生が富良野で購読されて

いる新聞をいただいてきたので、あやさんと黒田さんが新聞バッグに作ってくれました。

とても素敵です!

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これをもう相当数作らなければならないので、福島民友新聞集めを始めました。

宮城と福島は隣り同士。なんとなく、まあ大丈夫だろうと多寡を括っていたら、これが簡単ではなくて

焦りました。宮城の河北新報ならお願いして頂くこともできるのですが、伝も無いのによその土地の新聞を

多量に頂くというのはなかなか難しい。甘かった。英字新聞のようにはいかなかった。

何事にも時間がかかるということです。

 

1月初旬の納品日まで、もう時間もなくなってきました。もしや、と思って富良野でお世話になった「くるみ割

り」のみやこさんに電話をしてみたら、ありました。持ってらっしゃる分と先生のところに溜まっている分を

吹雪が行っちゃったら送ってくださる、ということでホッ。本当にホッ!ああー、よかった。

先生の奥様はたった1回の講習だったのに、その後50個も作られたとのこと。楽しんで作られた新聞

バッグは素敵です。きっといろんなデザインを折られるようになると思います。

 

途中まで作って新聞の到着を待っている南三陸のけいこさんが、暮れまでには馬力全開で作ってくれるでしょう。

その後はお正月だもの。お正月は休んでもらわなくちゃね。

 

宮城県沿岸部に住んでいるけいこさんやその他のみなさんに来年こそは、少しでも良い年になってくれれ

ばと願います。まだウニやホタテの処理場さえできてないのだから。

お正月が終わったら、まず富良野で「ノクターン」の公演が始まります。新聞バッグをどんなふうに使って

いただけるのか、楽しみです。見たいなあ、そして作ったけいこさんに見せたいなあ、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大雪の1日

降ったー、降りました。大雪。

昨日はこのくらいでした。お迎えに行った幼稚園の園庭。DSCF2579

お隣の小学校では高学年の子供たちが雪掃きをしてました。

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そして一晩明けたらこれこのとおり。

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除雪車に雪をどけてもらわなければ車を出せなくなりました。

うちのチビはえらい!!家なき子だったもんで推定年齢しか判らないのですが、10何歳か?

ヨボヨボのヨレヨレ、耳は聞こえず目は見えず声は出なくなり、鼻だけは活きてるみたいで、

ご飯は時間がかかるけど食べます。このチビがえらいのは人間なら重症認知症的動きしかしていないにも

関わらず、ちゃんと用足しに外に出ます。24時間いつでもというのが付き合う私としてはちょっときつーい

ところなんだけど、毎回凄いなあ、と感心します。近頃は外に出ても側溝に落ちたり、斜面を滑り落ちて

いたりするので気が許せませんが。

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深雪でなかなか場所が決まらず苦労してます。横で私は「チビ、早くしてくれ」と震えてます。

 

昨日も今日のお餅は休み。

車が出せないので孫の幼稚園も休み。

今日はタブレット用眼鏡をかけて、公明正大にほとんど文句を言われずゲームができます。DSCF2589

 

午後になってやっと除雪車が入ってくれました。が、まだ雪は降り続いてます。

どこにも行かず何もせず、雪だけを見て1日過ごしています。

よっちゃんとこ、雪かき大変でしょうねえ。片手じゃできないから。黒田さんも道路まで出るのに雪かきで

アゴ出してるでしょう。まだ12月半ばなのに、こんな雪で除雪の予算を使ったら後が大変だと思う。

明日は仕事をします。今から餡子を煮ます。

のつもりだったけど、また凄い勢いで雪が降り続いています。明日は50センチくらいになるんじゃないのかなあ。

異常事態ですよ、ほんと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空しい気分の夜

寒ーーい! 昨日から超寒い。雪は予報のようには降っていないけれど、ばりばりにシバレまくってます。

明日から少しでも暖かくなりますように。じゃないとクマモンの黒田さんが可愛そう。南国うまれだからねえ。

選挙が終わりました。なんともなんともむなしい気分。

 

20年余り前、日本の高度成長の波が下降線を辿り始めたころ、企業界ではトップをきるくらいのスピーディ

さで夫の会社でリストラが始まりました。対象は1500人。

夫はその頃50歳前か越えたかの年齢で、大学を出てそのまま会社に入ってそこ以外には知りません。

どうしようかなあ、と悩んだかどうかわ分からないのですが、二人で話し合ったことは覚えています。

夫が勤務するのは外資のコンピューター会社。夫だけではなくて自分も働いていたので、会社の歴史は

私なりに理解しています。指折り数えてみると、会社が始まって社員が増えて業績が良くなって悪く

なって、大量リストラに行き着くまでざっと50年。

そんなもんだろうなあ、と思いました。ひとつのことが永遠に続くなんてことはないのだから、まあ、

一巡りで50年。だとすれば、しがみついていても仕方がないので、、会社の建て直しは若い人らに任せて

辞めたほうがいいんじゃないのと意見が一致し、子会社に移りました。

辞める考え方としては珍しいのかもしれないけれど、ひと巡り50年というのは案外自分の中では説得力

があり、近視眼的にものを見ないでいられる私なりの視点になっていました。

 

でもなんだか近頃このひと巡り50年というのが、怪しくなってきたような気がします。

ひと巡りというのは私の中では自然の摂理みたいなものだけれど、その芯のところが崩れてきて、30年で

一周なのか80年で一周なのかわからなくなってきました。これは怖いよ。

 

この土地に越してきてから13年。いいところでした。道を歩いていれば地区館の窓が開いて「お茶飲んで

いがいん?」と声がかかり、お茶をご馳走になったり、夏には都会の子供を迎えて集落の家々でホーム

ステイをさせたりしてました。今よりも人が多くて賑わいがありました。

都会者の私は、この先きっと移住者も増えて、賑わいも増すだろう、と夢のようなことを考えていたのですが

実際には人口はどんどん減り、空き屋は増える一方。休耕田は柳の林になり子供の声を聞くこともなく、寂しくなりました。

来た頃の賑わいはもうありません。

「地方再生」「地方再生」

今度の選挙の候補者の遊説で何度この言葉を聞いたやら。何をどう地方再生するのか分かりませんが、

もうターニングポイントを過ぎたような気がします。間にあわへんよ。

別に悲観的になっているわけではないけれど、簡単にできもしないことを聞くのは空しいです。

 

普通なら選挙が終われば、次には国政はどう変わるのかと期待をもって見守りたいところだけれど、

今度ばかりは変わるも変わらないも同じ路線で突っ走っていくのでしょうから、期待の持ちようもない。

生まれる子供の数が増えるとも思えないし、学校生徒の半分近くが外国人というのも進むでしょうし、

登下校の子供たちに危害が及ぶ心配をしなければならない、というのも女子供の貧困が深刻化すると

いうのどうもならんでしょう。

全て私が育った頃にはなかったことばかり。

 

景気回復といったって、沿岸部では未だにウニやホタテの処理場もないというのに。

ああ、空しい夜です。寒いから寝よう。

 

 

 

 

 

 

葉牡丹、そして一人で生きる覚悟

今年の葉牡丹はよーくできています。

作ったのは以前一緒に花を作っていたAさん。私は年寄りになったので、昨年から花作りは休職してお餅屋

のみやってます。でもやってなくったって花の仕上がりが気になります。

これ多粒蒔きの葉牡丹です。小さいポットに幾粒かの種を蒔いて小さく仕上げる葉牡丹です。

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わずか10cmほどの高さでこのように色を出すのはなかなか難しいのです。

こちらは12センチポット植えの葉牡丹。葉が多く、色も良く出てとてもできのいい葉牡丹。

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葉牡丹はとどのつまりはキャベツです。どーやってキャベツを花のように作るのかなあ、という疑問にお答え

します。まず200穴くらいのプラグにキャベツじゃなく葉牡丹の種を一粒一粒蒔いて、芽が出て3、4センチく

らいになったところでポットに上げて定植します。これからが大変で9cmポットなら9cmポットに合うくらいの

大きさの葉牡丹に、10.5から12センチポットならそのポットに見合う大きさの葉牡丹に作り上げていかな

ければなりません。葉牡丹は植えておけば勝手に葉牡丹になるのではなくて肥料をやったり、やるのを中

断したりして、目標の大きさに作りあげるのです。

肥料をやり過ぎるとキャベツのようになり、少なすぎるとどんどん下葉が落ちて茎が鶏の足のようになるとい

う、手のかかるやっかいだけれどうまくいけばバラの花と見まがうような美しい葉牡丹が出来上がります。

育つ前にはモンシロチョウと青虫の闘いをくぐりぬけねばならず、ハウス内の温度が高いところに置けば

キャベツ色に変色し、畠に植えた切花用葉ボタンは雪が降ると重みで茎が曲がったり、不運にもフラワー

ネット際で全部首が折れちゃったー、ということもあります。

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これほど手間がかかる葉牡丹をどうして作りたいのかなあ、と私は毎年思うのですが、葉牡丹を作り始めた

人は完成を目指したくて止められなくなるみたいです。

 

Aさんも葉牡丹作りに熱意を燃やす花の生産者ですが、市場出荷する葉牡丹やパンジーその他の花壇

用の花を一人で作っています。繁忙期のときだけフリースクールの若者たちに手伝ってもらいながら。

 

今朝早く一人暮らしのAさんから「激痛で足が動かなくなった」と電話があり、自ら呼んだ救急車で病院に

運ばれていきました。救急車に乗せる前に様子を見に行ったら、ちょっと動いても悲鳴を上げるくらいの

激痛のようで焦りました、胸がドキドキした。

一人で花を作って暮らす人の足がダメになったらどうなるか。

昨夜福岡の中学校の時からの友だちと話しました。私もそうですが、彼女もご主人が亡くなって一人暮ら

しです。ご主人が亡くなって彼女が最初にやったことは、大枚はたいて、彼女が面倒みている犬猫のために

しっかりした家を作りました。何匹もいるのでお友達と世話しています。ご主人の遺品を少しづつ整理して、

3年経った今年は蔵書を全て処分したとのこと。自分がいつどうなってもいいように、という心の準備です

が、私もその気持ちがよくわかります。わかるんだけど、気持ちがついてゆかなくて、まだ何にもやってない。

 

でも、今日は思いました。ほんとに突然何が起こるかわからないんだなあと。

何時何が起こってもいいように、保険証や重要物件はすぐに役たたせられるようにしておかなければならないんだなあと。

まあ、気持ちだけはそういう覚悟で毎日を生きているつもりでしたが、救急車を見送った後、身辺見回して

みれば中途半端なことばっかり。

一人で暮らすって、究極は自分で始末するって覚悟をしとかなければダメなんだなと、思いました。

今日は土曜日。Aさんは神経ブロックで傷みを止めてもらって戻ってきました。入院にならずにほんとに

よかった。たくさんの花の潅水はしばらくは私が引き受けます。

月曜日になったら、きっちり検査してもらってちゃんとよくなって、、来年はさらに素晴らしい葉牡丹を作って

ほしいと思います。

 

今夜はものすごい星空!  シバれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岩出山で演劇を

先日、新聞バッグワークショップで富良野の倉本先生をお訪ねした時に、夜のお酒の席で、倉本先生作の

お芝居の話になりました。来年1月上旬、富良野での上演を皮切りに全国で公演が予定されている

「ノクターン夜想曲」。その他にも倉本聰作、演出の舞台は「ニングル」や「谷は眠っていた」「今日、悲別で」

などいくつもありますが、再来年公演されるのは「屋根」という作品だそうです。

演劇にうとい私は知らなかったのですが、聞けば倉本先生の舞台は宮城では仙台、名取、登米でも上演

されていたとのこと。それならば私たちの町にも来てもらいたいねえ、という内輪話になりました。

 

ここ岩出山にはスコーレハウスという立派な文化施設があります。あまり大きくはないけれど、客席はたぶ

500くらいはあるし駐車場も広い。お芝居ひと公演でいくらくらいお金がかかるのかも知らず、演劇グループ

の方の「屋根は素晴らしい作品ですよ」という言葉に魅了されて、再来年ならもしかするとできるかもしれ

ないと、淡い期待を持ちながら帰ってきました。

暫くして、北海道の先生の会社の方から演劇の公演には文化庁助成金の申請ができますよ、という連絡が

ありました。残念ながらスコーレハウスはその演劇にはちょっと小さいけれど、古川の文化会館なら席数、

舞台の広さなども大丈夫かも、というお話。  助成金の申請をするには関連する役所にお願いせねば

ならず、親指を切って手が痛いよっちゃんは、忙しい仕事の合間を縫って古川の役所に足を運んでくれ

ました。

 

でも突然動き出したお芝居の話なので、実感もないしなかなか話が前に進みません。そうこうするうちに

話は市の主だった方や道の駅の社長にも聞いていただく機会を得て、少しづつ動き始めました。

そして今日地元の教育委員会に行ったよっちゃんの話では、やっぱりスコーレハウスがいい、という声が

多数。客席が小さいならば、近くの鳴子温泉に泊まってもらって2日に亘る公演に、という声もあった、

そうで、私はよっちゃんのそのメールを読んで笑ってしまいました。

 

だって楽しくないですか?

お芝居の公演で、それも超有名な倉本聰先生の演劇で、舞台が小さすぎるので俳優さんたちには温泉に

泊まってもらって翌日もお芝居してもらうなんて、そんなことできるかどうか全然わかりませんが、あったら

楽しいなあ、と思って。でも演劇公演中の俳優さんたちは温泉なんかに浸かっていたら緊張が途切れ

て良い演技ができなくなっちゃうのかもしれないですね。

 

やっぱり可能ならこの町のスコーレハウスにきてほしい。そしてこの町の学校の生徒たちが、小学校も

中学校も高校もみーんなほんものの演劇に触れられる機会ができたら嬉しいなあ、と思います。

が、どうなんだろう。今はまだ可能かどうか全然解りませんね。見たいなあ!「屋根」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷ったら進みなさい。あきらめないで!

時々孫のピアノのレッスンについていきます。

クーちゃん先生は私のお友達です。孫がまだ3歳にもならない頃、先生と私の共通の友人であるケイコさん

が週2回開くレストランに行った時に、「孫に何かを習わせたい」という話になりました。ケイコさんは絵の先

生であり、造形作家であり、エッセイストであり、ピアノもバイオリンもよくする方です。「4歳になったら連れて

いくよ」という約束をしたのですが、その時既にガンを患っていたケイコさんは間もなく亡くなりました。

4歳になった時に私はケイコさんとの約束どおり、クーちゃん先生のところに孫を連れて行きました。

戦中戦後育ちの私はピアノなんぞはやったことがありません。習ったのはソロバンくらい。

こんな小さい子にピアノを教えるなんてできるのかしら、と実は半信半疑でした。 私としてはべつにピアノの

演奏家になってほしいわけではないのです。ただ楽譜がよめて楽器が弾けれ ば、人生においての楽しみ

が増えるんじゃないかなあ、と思ったことと、学校の時にはホルンを吹いていた 私の3人の子供らは、大人

になっても音楽好きであること。もうひとつ、今私が住んでいる家は山の中にあ り、他所の人と出会う機会

は作らなければありません。つまり社会との接点がないということで、それじゃあ まずいだろうと。そんな理

由で通うことにしました。 たったひとつの約束ごとは、休まないこと! 続けること!

嫌がるかなあ、と思ったけれど、全然嫌がらない。どうも好きみたい。 ということで、以来2年、相変わらず週

に1度通い続けています。

凄いなあ、と思うのはピアノのピの字も知らなかった孫が楽譜を読み、両手で弾けるようになったこと。

これは孫がどうとかいうことではなく、ひたすら先生の指導のお陰です。 付き添う私は、孫がピアノを弾く

間、大抵の時はすぐに眠たくなって夢うつつ。なのですが、先生が 時には厳しく時には優しく孫に発する言

葉は耳に入ってきます。 ご挨拶は?から始まって、「うん」じゃないでしょ? 「はい」でしょ。「適当にお返事し

ちゃダメでしょ。ちゃんと 考えてからお返事してください」等々、ピアノだけではなく言葉使いも態度も指導し

てくれています。 そんな中でこの間は印象的な言葉がありました。

孫が迷って自信をなくして指が止まりそうになる時。 「止めちゃダメ。止まっちゃダメ。諦めないで。迷ったら

進みなさい。あきらめないで!」

指のひと弾きごとに、「できた」「できた」「ほーら、できた」「できた」「ほーら全部できたでしょ!諦めなかった

らできるんだよ!」 「えらかったねえ!凄かったねえ!ハイ、好きなシールあげるよー!」

孫は嬉しくて一人でできたような気になって、張り切って大好きなシールをもらいに行きます。

DSCF1852                      「止めちゃダメ。迷ったら進みなさい。諦めないで!」といつもいつも言われていたら、その言葉は身体に 沁

みこんで、自分の言葉になっていくんだろうなあ、と考えていました。

孫は先生が大好きです。 ピアノの後で少しだけ時間が重なるRちゃんと並んで声を出すレッスン。

最初の頃は恥ずかしくて小さな声しか出なかったけれど、今では大きな声で歌うようになりました。

Rちゃんも先生が大好き。 「大きくなったら先生みたいな人になりたい」とお手紙をもらって、先生は感激して

ました。  クーちゃん先生はピアノだけではなく、大切なことをたくさん教えてくださる先生です。

良い先生にめぐり会いました。感謝です。

 

 

 

 

 

 

 

中味のあるバッグ

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初雪です。地域差が大きくて、古川では降ってない。逆方向の鳴子へ行ったら一晩で6、70センチの積雪

だったそうで、今朝行ってみてびっくりしました。

朝一でお餅出荷の後、サンプル新聞バッグをとりに鳴子温泉の喫茶玉子屋さんへ。玉子屋で働く

あやさんを待って再度道の駅へ。待っている間オーナーの宮本さんから19日に開村する「子供の村東北」

のお話をじっくりうかがいました。開村にこぎ着けるまで、寄付集めに奔走されていましたが、とうとう子供の

村オープンの日を真近に迎えられてよかった!よかった!子供の村東北は開村後の何年かの運営は寄付

でまかなわれるのだそう。引き続き私もできることで協力していきたいと思っています。

 

今日は北海道の当別から㈱ロイズコンフェクトのO部長が道の駅に見える日なのです。

この機会にこれから1年半以上かけて作ることになるロイズ新聞バッグのデザインを部長に見て頂くことに

しました。ロイズ新聞バッグの表はチョコレートの広告の新聞紙で、中は頂いた英字新聞を使用します。

秋の初めにご注文を頂いてから、チョコレートを入れる新聞バッグとしてサイズやデザイン、取っ手

の長さなど試行錯誤をしながらサンプルを作りました。

丈夫で使い易くチョコレートがちゃんと入って「私はロイズのバッグです」と主張のあるバッグ。

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まだ未完成です。

モノを入れる新聞バッグを作るのは、空のバッグを作るよりも、入れるモノを活かそうという

張り合いがあるので、楽しいものではあります。

この新聞バッグを手にしたお客さんは喜んでくれるでしょうか。新聞バッグを手にして喜ぶお客様を見たら

新聞バッグを作った折り手さんもまた嬉しいよね。きっと!

 

もうひとつ中味を入れる新聞バッグの注文を頂きました。

富良野の倉本聰先生のお芝居のチケットやパンフなどを入れる新聞バッグ。こちらもこれからしっかりしてい

て使い勝手がよくて用途が終わった後も役立ってデザインもよろしい、という新聞バッグ。を考えます。

 

こちらから営業ってことはほとんどないのですが、こうして皆さまのおかげでお仕事を頂いて海山は

続いていっています。ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪空にUFO!

ついに初雪。去年より遅いのか早いのか分からないけど、ついに冬が来たーという感じ。

昨日の夜から「雪降りますよー」という予報だったけど、朝起きたらほんとに雪でした。

おや、まあ、本格的だわ、と思っているうちに霙まじりの雪というか雪まじりの雨というか、音を立てて

降る最悪状態。こんなんじゃあお客さん来ないわ、のんびりゆっくり道の駅までお餅の出荷に行ったのは

10時半頃。道の駅の正面入り口から入って雪ザクザクの道路をぐるーっと裏手の駐車場に向かいました。

空はどんより白いような鉛色。鳴子に近い道の駅では霙ではなく雪が降っていました。

広ーい駐車場の向こうには連なる里山の端が薄墨色に浮かんでみえます。その上空何百メーターかの空

に大きな大きな井桁のような、というか2、3階建てのビルのような四角い物体が浮かんでいます。

なんだろう、あれは。あんなところに建物あったっけ?

あんなところにと言ったって空なんだけど・・・。物体は薬剤散布かなんかしているような感じでゆっくり非常

にゆっくり右に左に鳴子のほうに動いていきます。鉛色の空に消えそうなんだけどまた出てきてどっしりと

浮かんで動いています。鳥? 白鳥? ガンの塊り?

白鳥やガンがあんな巨大な団子のような塊りかたするわけないし。

目が離せなくて、駐車場に沿った道路の一番奥まで行ってまた戻ってきましたが、物体は消えません。

一番奥に停めた車から降りてきたレストラン担当の従業員Sさんに「あれ、あれ、あの空に浮かんでるの

なあにー?」と叫んでみました。Sさん一生懸命空を見てました。見えたかな?

雪がますます激しくなって空も辺りも白くなったら物体は吸い込まれるように見えなくなりました。

 

仕事を終えて、レジの人に言ったら「見間違えじゃないの?」

やっぱりねえ、まあ、そう言われるよねえ。でもほんとに浮かんでたのです。なんだか「北の国から」の蛍

ちゃんの気分。

誰かどこかで見ていませんか。

パソコンでUFOの目撃情報というのを見てみたら、11月半ばに鳴子から帰る途中の岩出山で見た、と

いう人がいましたねえ。

ほんとにあれ、何なんだろう。とても不思議!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よっちゃんその後

雨が数時間置きとか1日置きとかにドーーッと降ってくるいやな天候が続いています。薄暗くて動き

ずらい。早く雨よ、止んでくれ。郵便屋さんも道路工事の警備の人もびしょ濡れでかわいそう。

10年来の馴染みの郵便配達おじさんに、「冷たい雨にビッチョ濡れで大変だねえ。早く晴れるの

祈っているよ。風邪引かないでねえ」と叫んだら「んだーー!慣れてるよー」とどーってことない

笑顔で下って行っちゃった。

 

さて、負傷後のよっちゃん宅には見舞いに行ってまいりました。いちおう見かけは元気でしたよ。

白い包帯ぐるぐる巻きにした左手を上に掲げて話すよっちゃんを見かねて、「吊るしたら?」と助言。

怪我したことのない人は楽になる方法というのは未知の世界のようですが、掌の手術2回、腕がぶらぶらの

大掛かりな骨折が1回、手首骨折3回か4回、大火傷1回という怪我の倉庫のような私にとって、

痛みからの解放というのは最重要課題なので、あの手この手に通じています。

昨晩はもの凄--く痛かったとのこと。まだ痛みは続くよ。痛み止め飲まなきゃやってられない。

 

怪我って身体の内面には関係ないみたいですが、けっこうなショックを受けていて手当てを受けて

落ち着いたらものすごく疲労していて、熱が出たりすることがよくあります。

私が訪れた時は元気だったよっちゃん、午後に到着したロイズ新聞紙10000枚を受け取った後、

具合が悪くなって発熱して寝込んだ様子。

 

3、4日はやつれると思うのでゆっくり休養してほしいと思います。親指はどうなるのか解らないので

考えないこと。時間はかかっても必ずいつかは動くようになるから、それまではこれまでこだわり

続けた手作業を一時中断したほうがいいか、と。電気で動く蓋閉め機だとか充填機だとか

上條機(いつも手伝う上條さん)だとかと仲良くするのがいいんではないか、と私個人としては思います。

とにかく怪我はつきものだし、時間はかかるけど必ず治るので気持ち落ち込まないでほしい、と。

10000万本の注文のうち、まだ200本しかできてない。ガハハハハとミッチャンと一緒に笑ってましたが、

もう1週間もすれば本番作業は始まります。

海山女子部もできる限り手伝います。

 

なんてことを言いながら私は珍しく風邪を引いたのか、極端に動きが悪くなり、今朝はお餅仕事もお休み

しました。日曜日だというのに、ああ・・・・。

 

黒田さんは一人でがんばってます。昨日は4回目の古川での新聞バッグ講座。石巻の方、古川の方、

仕事として新聞バッグを折れる人を確実に増やしていっています。感謝です。

 

外には出られないので、締め切りに遅れている同人誌「みず」の原稿書きで今日一日を過ごします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よっちゃん負傷&夜そば会

昨日までの雨は夕方になって霙に変わり(気温3度)、これはヤバイよ、とドキドキ。

今年の秋はあったかいので気が緩んでまだタイヤを替えてないんです。雪になったら冬タイヤなしでは

上るも下るもアウト。どうだ?と朝を迎えたらこれが10月並の暖かさ。上着も要らない。

午前中は普通にお餅で、午後は娘に頼まれて孫の付き添い。

午後6時からは黒田さんと一緒に、生産者仲間のハガさんのお店、愉多工房(手作り家具と蕎麦のお店)で

新蕎麦の夜会に行くことになっているのですが、そのちょっと前に、携帯で「よっちゃん、負傷!」を知りました。

ちょっと訊いた限りでは、丸のこで木と一緒に自分の親指まで切っちゃったみたいで、「こりゃ重症だわ!」と

いうのが私の直感。いや、えらい時期にどえらい怪我を・・・・・。昨年も受けてピリピリになっていたよっちゃ

んなんばん約1万本の納品日が12月半ばだというのに。そのうえ、明日はロイズ新聞バッグ1万個のため

の特注ロイズ広告新聞紙10500枚がよっちゃんちに到着することになっているのです。

 

いやあ、肝が冷えました。

しばらくしてよっちゃん自身のメールが・・・。軟骨粉砕、神経は大丈夫のようだけれど、腱や筋については

内側、外側と縫った傷が少し良くならなければ分からないと。まあ、当分親指は休業でしょう。奥さんの

みっちゃんも大変だけど、海山も男手がなくなって女子部でがんばらねばならなくなりました。

がんばるっちゃねえー!!

いよいよ、ロイズの新聞紙が来てロイズ新聞バッグ作成の本番がきました。これから2年近くをかけて、

折り手の方たちにきちんとした新聞バッグを作ってもらおうと思います。

 

そして夜は初めての夜蕎麦会に参加。

少食人間の私としてはコース料理は苦手なんですが、愉多工房店主ハガさんのモノ作りに向かう姿勢が

好きなんですねえ。

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新蕎麦は2種類。香りや味が違うらしいけれど、蕎麦通ではない私にはわかりません。つるつるしたお蕎麦

を水、オリーブオイル、からみ大根、かんずりなどで味わう、という趣向。蕎麦コースが終わった後は、

彼が漬けた大根薄切りの漬物、いちじくソースのプリン、コーヒー、初めて焼いたというアップルパイまで

出てきました。大根は種から、いちじくも自分で育ててソースを煮て、パイ皮も自分でこねて焼いて、と

全て始まりから自分の手でという徹底ぶりなのですが、その畑が工房の横を流れる一級河川江合川の

川原で作っているのだから、私は感心します。その他ガレットとか蕎麦せんべいとかマフィンとか作りたい

ものの探究心は止むところがない。そしてその試行錯誤の時間がとても楽しそう。

楽しそうに作ったものが、まずいわけないですよね。

 

そして今日のビッグニュース! ピカ一ニュース。

夏に修学旅行で新聞バッグの作り方を教えた神奈川県の中学3年生のS君から、「お誕生日おめでとう」と

ケーキが送られてきました。そしてS君とお母様のお手紙も。

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なんという幸せ者ですか、私は!

S君は試験が終わったらまた私たちに会いに宮城に来てくれるそう。

お母様は、全話見た「北の国」からを今子供たちに見せたいドラマだと。倉本先生にお見せしたいような

お手紙をくださいました。

こういう本当に嬉しい思いがけないできごとや、S君やS君のお母様のような方々の温かいお言葉が

私たち海山の活動を繋げ、支えてくださっているのだと感謝の気持ちでいっぱいです。

 

ケーキ美味しかったですよ。

S君、S君のお母様。ありがとうございました。試験が終わったら宮城にいらしてください。

肝が冷えたり、嬉しかったり、大変な1日でした。お腹もいっぱい!