新しい病院

昨日のマルタの話。

そういえばMrs.pirotta, こんなことも言ってたなあ。

マルタで乳母車押した人がバスに乗ろうとしたら、運転手が乗客どかせて乗せますよ、って。

いいですねえ。普通で。東京の夕方なんぞの電車にバギーや子供連れで乗るのはちょっと勇気いるもの。

嫌な顔されるから。そうでもない人もいるんだろうけどまあ迷惑がられるほうが優勢。私みたいな世話焼き

おばさんがはいはい、手伝いますよー、と言うのも言いづらい雰囲気がある。だから全員無視。見ないふり。

普通じゃない。

私このごろほんと普通に憧れます。強気をくじき弱きを助けるとかね。普通に親切とかいうこと。

そういえばマルタの男性のナンパはけっこう真剣なんですよ、とも言ってましたねえ。素朴でいい!

うちの孫が大きくなったら学校の休みに行かせるからお願いね、と言ったら

「わかりました。責任もって預かります」って。今、日本で普通にこんなことは言わないでしょう。

何が違うのかなあ、って思います。彼女は外国で奥さんになって日本にいる時とはまるで変わってしまっ

た。格別なお洒落もしてないしほんとに普通なんだけど、ちゃんと腰が据わってマルタでの暮らしの未来を

見据えるしっかりした奥さんになってます。

 

 

昨日から今日にかけて雨。2日も降り続くことは珍しいんですが、今日の雨は雨音たてて本格的に夜まで

降り続いています。長野で地震の被害を受けられた方のご苦労を想います。雪が降らないように、寒さが

きませんように・・・。

 

またもや孫の喘息の前ぶれらしき様子で、初めて新しくできた市民病院に行きました。

今年になっての開院だからまだ数ヶ月か。

でっかーーーい!  3連休明けで周囲の駐車場は満杯なのに、病院の中は人が溢れかえっている

雰囲気が全然ない。ということは余程奥深いらしく(内科なら内科の、外科なら外科の)、以前とは

全然違う。AとかBとかとお洒落な案内表示はあちこちにあるのに、私は小児科が見つけられません

でした。

ERは別入り口になっていてこっちも大きい。先日お世話になりましたが。

医療体制も充実していてMRIからPETまで揃ってます。もう仙台まで行かなくてよくなりました。

孫が診て頂くのは小児喘息外来。そしてなんといっても有難いのは先生がとても優しい。そして

最も驚くべきは以前なら朝行っても昼過ぎまで覚悟していた診察の待ち時間が極端に短くなりました。

少し待つとしても病院中に科別の名前入りの掲示板があって、自分の順番が分かるようになってます。

レストランにいようがドトールにいようがファミマで買い物していようが、掲示板見れば、あ、自分の順番

が来る、と分かるのでとても便利。

 

過疎ではなくて僻地指定の集落に住んで、近くにこんな医療体制の整った病院があるのですから、

ありがたいことです。

孫のおかげで新しい病院を見聞させもらってよかった。面白かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ほっかぶり市&マルタの話

22日、23日と秋のほっかぶり市開催。1日目は風が強くてテントがひっくり返ったりしたけど、2日目はうんと

穏やかでお客さんも多く賑わいました。海山はほっかぶりメンバーではないのですが、海山営業部長

よっちゃんの中ではほっかぶりと海山新聞バッグは両者繋がっているので、海山新聞バッグも毎回何か

かたちで参加させてもらっています。

今回は本部の仕事+新聞バッグで海山インストラクターの黒田さんが参加。

私は孫とマルタから帰国中のミセス・ピロッタことみちこちゃんと一緒に午後から遊びに行きました。

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毎回いいなあ、と思うのはこのイベントの自由さ。飛び入りオッケー! 風の中、楽譜を前に置いて手ぬぐい

ほっ被った早川さんがチェロを弾いてますが、隣りの軽トラは飛び入りのおじさん?

当然野菜も手作りのジャムやドレッシングもその場で作る焼き鳥やスープなどの食べ物も売ってますが、

唄を歌う人もいたりサックス吹く人もいたりして面白い。もっともっと地元の人の参加が増えたら、さらに

楽しくなるだろうなあ、と思います。

孫の目当てはこれです。トランポリン!

1回100円。100円もらっては飛び跳ねてまた走り戻ってきては100円持って行って飛び跳ねています。

これは子供だからできることで、大人はできんと思うよ。

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うちの婿さんの妹のみちこちゃんは現在地中海に浮かぶ島マルタ共和国の住民。里帰りを兼ねて、今

日本人スタッフとして勤めている語学学校(英語)を日本で紹介するために実家に戻っています。

宮城に戻る前も東京や大阪でかなりの数の企業や個人を訪ねて精力的にマルタを紹介しているので

驚きました。マルタでも観光客を増やさなければならないのだそうです。

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マルタというと大抵の人はえっと驚いて、「それどこ?」という質問になりますが、イタリアの南。シチリア島

のちょっと下。びっちりと石の建物に覆われた世界遺産の島です。

何回もマルタの話を聞いたり、だんなさんのトーマスと南三陸に行ったり、今回持参してきて私にくれた

NSTS語学学校のパンフレットを見たりしているうちに、「私も行ってみようかなあ」という気持ちになってきま

した。

飛行機が超苦手なのに・・・・・。 その飛行機に10何時間も乗らなきゃならないのに・・・・・。

午前中は英語の勉強して、午後はマルタの手仕事だの文化などを経験できる講座などがあるんですって。

物価は安い。治安はいい。

「行っといで」と娘に言われています。すぐに戻るのは嫌だろうから好きなだけ行ってくれば、と。

でも語学学校だよ。近頃は退職したシニアの人が多いというけど、何歳くらいの人いるの?

と訊いてみたら、78歳の人もみえましたよ。14歳で3ヶ月いたとか66歳で2ヶ月いたとか、私が知らない

ところで勇気と向上心がある日本人シニアの方々がそんなにいるんだ、と感心しました。

 

明後日は日本を離れる、というのでこの町にできた喫茶店に誘いました。

ここに住んで12年、この町にはちょっと休める喫茶店がなかったのです。昨年あたりから2軒ほどできた

その1軒にきのう初めて黒田さんと行って気に入りました。

紅茶とスコーン。

こういうものがこの町で楽しめるようになったのはとても嬉しい。

温かいスコーンが美味しかったので、珍しく写真を撮りました。

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日本のみなさん。マルタでの語学留学をどーぞご検討ください。マルタの公用語はマルタ語と英語です。

観光にも来てください。みちこちゃんに変わってNSTS語学学校をご紹介します。

 

楽しい1日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オトーサンのレシピ

朝10時、道の駅に出ようとしていたところに電話。

「今日来るんですか?」という従業員からの問い合わせで、あ、お客様が待っているんだな、と納得。

大急ぎで飛ばして行ったら、お餅を買ってくださるお客様が「ずーっと待っていたんだよ」と。

そしてそんなにとびっくりするくらいにどっさりお餅を買ってくださいました。冷凍されるんだそうです。

このお餅、オトーサンのレシピなんですねえ。私はなーんもやってない。夫が亡くなった後、冷蔵庫に

夫が貼り付けたレシピどおりに餡子を煮てお餅をついているだけ。

 

夫は独立した人で、ガンを患ってからも一人で病院に行ってました。テレビドラマなんかで見ると、

ガンになったご主人の診察に不安そうな表情の奥さんが傍に付き添って先生のお話を聞いている、

という場面が多いので、そういうもんだろう、と私も付いて行こうとすると、「何しにくるの?」「先生に

呼ばれたの?」と不思議そうに問われてました。

だから全然行かなかった。診察の結果も夫が一人で聞いて、家に帰ってもほとんど病気の話はせず

普通、ほんとにフツーだったから、最後の入院で先生から状態が悪い話を聞いてもほんと、実感が

湧きませんでした。

それが入院してから、それも定期診察の日に「1日2日入院して様子をみましょう」と言われて入院してから

1週間ちょっとでかき消すようにいなくなってしまった。

 

「まいったなー。突然死んじゃうんだもんなー、そりゃないでしょう」なんてことある毎に思ってたけれど、

いくら抵抗しても、居なくなった人の痕跡はひとつひとつ消えてゆきます。

 

「7、8年前ごまのお餅を初めて食べた時、甘くてうまいなあ、と思ったんだよ」

今朝聞いたお客様のその言葉で、オトーサンの痕跡は消えてないんだと思い至りました。

 

夫は日本の高度成長期をコンピューター一筋に歩んだ人です。

コンピューターで家族を養ってくれて、退職後は自分が大好きなお餅のレシピを作ってお餅屋さんに

なり、都会しか知らないサラリーマンの妻だった私に地方での毎日の仕事を残してくれました。

自分の夫ですがたいしたもんだ、と思います。「私はオトーサンに生かしてもらってるんだな」なんて

考えながら帰る道すがら、有難くて胸が熱くなりました。生きてる時は衝突ばかりしてたのに・・・。

帰ったらまた道の駅から電話。

明日、まとまった数のお餅の注文です。

ありがとうございます。今から気合入れて小豆を煮て餡子を作ります!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日はバルーンフェスティバル&ほっかぶり市

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2、3日続いた時雨もようの天気から一変。昨日、今日うって風もないいいお天気。

明日から岩出山は毎年恒例の一大イベント、バルーンフェスティバルが始まります。

その練習だと思うんだけど、これなんというんですか?背中にエンジンみたいなの背負って空飛ぶヤツ。

道の駅の第2駐車場を拠点にして、朝行ったら空を飛んでて、夕方また行ったらまだ空を飛んでました。

疲れるだろうねえ。楽しいだろうねえ。でも寒いだろうねえ。

見ているだけだったら、夕焼けの空を背景に人が空を飛んでる姿というのはファンタジック。

明日お天気だったら、町中の空にはぷかりぷかり色とりどりの気球が浮かんで、見とれて運転中の車

をぶっつけそうになります。

 

バルーンフェスティバルと合わせて、よっちゃんたちメンバーが主催するほっかぶり市2周年も開催

されます。こっちはJA駐車場が会場です。

海山は取り扱うのが新聞なので、出店かどうか思案中。風が吹けば飛んじゃうからねえ。

 

今日は幼稚園に孫をお迎えに行って、その足で久しぶりに畑の花農場へ。

花栽培は首都圏にいる時に10年、こちらに来てから10年余り続けてきてますが、寄る年波でお餅仕事

との兼業が苦しくなり、2年前に引退、休業。しばらく遠ざかっていた花栽培現場ですが、かつての花作り

の相棒は一人でしっかりがんばっていい花を作ってました。感心した。

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これだけの花を市場出しや道の駅で完売するのはけっこう骨が折れます。

花作りをやめてから暫くは何の花を見ても「あー、もう作りたくない」と拒絶反応が出ていましたが、

2年も遠ざかっていたら、近頃少しづつラベンダーを始めとして、ハーブでも作ってみるか、というような

気持ちになってきました。

時間がある時、やりたい時だけね。

ハウスの中のなーんにも音のない花だらけの空間に佇んでいると、心が落ち着きます。

 

ほっかぶりメンバーは明日の準備でおお忙しの最中でしょう。

毎回とんでもない荒天に見舞われたりするので、2年に一度の超ほっかぶり市、そしてバルーンフェスティバ

ルが成功するようにいいーーお天気になりますように!!

 

 

 

 

 

 

 

誕生日に思う。

今日は誕生日。祝いたい年齢でもないので、普段なら見てみぬふりの普通の日なのだけれど、今日は

家族以外のみなさま方から、おめでとうーと言って頂きました。ありがとうございます!

今日起こった出来事や感想を書いておこうと思います。

まず。

前回書いた孫の幼稚園のこと。書き添えます。

あれだけの衣装は全部先生がたが古着をほどいて縫われた手作りだと先生の説明に聞きましたが、

浦島太郎から白虎隊まで、色、デザイン、全てに感心しました。

凄い力作。先生がたが寝る間も惜しんでがんばって作られたのでしょう。何よりあんなに騒々しく動き回る園

児たちを、どんなふうにしてみんなで踊れるように教えられたのか。ものすごい忍耐と努力だったと思いま

す。

そして前にも書いたけど、徹底して先生方が手や口を出さない。年少さんたちの初めの挨拶はのっけから

行き詰まって、しばし動きが止まり、見ている親たちは固まりましたが、園児たちはあっちを向いたりこっちを

向いたりしながら、どこでどうなったのか、2回3回やり直して無事クリアしました。

運動会の時も同じで、全員に同じ上靴を履かせて駆けっこをさせる、なんてことはなかったです。人間初め

から不平等に生まれてくるのに、駆けっこの時だけ同じ靴を履かせたって仕方ない、と思うんだけどなあ。

昔は靴を履いている子も、はだしの子もおかまいなく一緒に走りました。いい靴履いてたってビリの子もいれ

ばはだしで1等って子もいました。

そういう意味で、孫が通う市立の幼稚園はその子その子の個性のままに、みんな元気で騒々しくて素直で

仲良し。通わせてよかったと思います。

 

なぜこんなことを書くかといえば、今朝のテレビで衝撃的な幼稚園の現状を見たから。

東京都区内の住宅街の幼稚園では、子供の声が騒音ということで裁判沙汰にまでなりそうなんだって。

園児たちの外遊びは週に3回。1時間。外に出る時はお口にチャック。歩くのは忍者の姿。両手の指を

胸の前に組んで、抜き足差し足忍び足。なんなんですか、あれは。子供が元気じゃなかったら、将来の

日本の国は終わりだよ。

住宅街の子供の声が騒音だと言っている人たちは、元気で遊ぶ子供たちが将来のこの国を、自分たちの

後を引き継ぐ大切な小さい人たちなんだ、という認識がないんだろうか。自分たちのこぎれいな生活を

守るために電気は福島で作ってもらい、子供たちは声を出させないようにするのかな。

自分たちだって子供の頃、大きな声で元気に遊んだだろうに。

 

そして俳優の高倉健さん死去の報。

「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」という言葉とともに。

 

夜になって千葉といっても限りなく東京よりの千葉に住む次男とその娘から電話がありました。

昨夜は孫娘の誕生日なのです。今日が私の誕生日で明日が娘の誕生日。3連誕生日。

送ったプレゼントの「ありがとー!」の電話でしたが、またここで衝撃的な事実が。

娘は来年小学生。今私の隣りに住む孫も来年小学生。

隣の孫は幼稚園は越境だけど、小学校は集落の小学校に入ります。お友だちと一緒に越境小学校に

行きたいだろうけれど、なにせ集落の小学校は全校生徒で40人前後。小学校の存続が風前の灯なんだも

の。失くすわけにはいかないので因果を含めて地元小学校に決めました。来年の1年生は10人らしい。

女の子9人、男の子1人。なんというアンバランス。

 

で、都会の女の子の孫の小学校は?というと1学年40人とのこと。えーーッ、都会なのにそんなに少ないの!

なんでそんなに少ないの! 子供いないの? 産まないの?

そしてその40人のうち10数人が中国人のお子さん。その町の違う小学校では全校400人中、100数十人

が中国人のお子さん。

いや、ほんとにショックだった。あと5年もすると数字は逆転するんじゃないですか。

中国人の小学生がいけない、というんじゃなくて、日本人どうした!? どうなっちゃってるの!とどうしても

73歳の私は思ってしまいます。

 

そして最後が現政権の解散総選挙。なんのための解散、総選挙。過半数取り?

そんなことのために大金使うの?

亡くなった夫がいつも言ってました。

「消費税をいくら上げたって経済はよくならない。年金もらえる年齢になっても元気な年よりは、働ける老人

はみんな働けば経済はよくなる」と。そんな絵に描いたように完全じゃないとしても一理はあるな、と。

ということで、私は身体はなんともないのでこれからも仕事を続けていきます。必死で後退に向かおうとする

頭や身体を使うので、認知症予防にはなるかもしれない。

 

なんだかねえ。考えさせられこと多しの73歳の誕生日。

これから先は1年勝負でゆっくりと歩んでいきます。お餅仕事に海山仕事にラベンダーに本に音楽に旅に。

さて、もう新しい1年が始まりました。ひき続きよろしく!

 

 

 

 

 

 

 

 

盛りだくさんの1日

朝4時起き。今日は土曜日。いつもより多いお餅を大急ぎで作って道の駅へ。

普段より早い時間なので、従業員から「こんなに早くどーしたの?」と聞かれちゃいました。

大急ぎで戻って、隣町の幼稚園へ。

越境で隣町の幼稚園に入った孫はもう年長さん。今日は生活発表会です。

この幼稚園はやっぱり広い。同じ敷地に小学校、隣接して老健施設などがあるので、園児たちは時折り

施設のお年寄りを訪問します。

会場は幼稚園の隣の小学校の体育館。床暖房の設備があるので、寒くなくて助かります。

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嵐の楽曲を踊る年長さん。背景が素晴らしい!先生たちの力作に目を惹かれます。

踊りも今風で素敵! 子供たちものりのりで踊っています。

しかし、この衣装を見てください。今日の生活発表会の衣装はぜーんぶ、先生がたが古着屋さんで

買った衣類をほどいて縫って作ったものだと説明がありました。

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フラメンコですよ!赤いスカート、赤い花を持って踊る年少さんの女の子。とっても可愛らしい!

女の子はこんな衣装で踊れるなんて、嬉しいでしょうねえ。

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昨年も思ったのですが、この幼稚園の先生方は舞台上や袖で、子供たちを助けるということが全然ない。

泣き出したり、セリフを忘れたりといったアクシデントは、出演者同士で解決するよう指導になっている

らしく洟をかんでやったり、相談したり子供たち同士で乗り越えています。

ちっちゃくたって侮れない。必ずみんなでクリアします。

どろぼう学校を演じる年長さん。孫はポリスです。

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この市立幼稚園の子供たちはみんなほんとうに元気です。小競り合い、口げんかはあっても、いじめっこや

いじめられっこ事件は、これまで聞いたことがありません。

先生方に感謝! 感謝です!です。

 

お昼で終わり、大急ぎでJA駐車場へ。

私のお昼を買って待機していてくれたあやさんと娘のアカリちゃんとともに石巻遊学館へ。

東関東大震災後、地域の農業のために奮闘してこられた米作り農家「田伝むし」の木村さんが、念願だった

お米のイベントを開催されるにあたり、新聞バッグワークショップをプログラムに加えてくださったのです。

ササニシキの作り手と食べ手が交流することを目的とする「ササニシキEXPO2014」

プログラムは多彩。米麹屋さんのお話やお米の食べ比べ、などなど用意されてました。

黒田さんとあやさんが講師でワークショップ開始。アカリちゃんも小さい子供たちに新聞バッグ作りを教えて

くれました。

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明日日曜日、海山は仙台でのイベント参加です。

家に帰ってもゆっくりはしてられないので、全員でラーメンぎょうざを食べて本日は終了。

本日岩出山の互い市に出店のよっちゃん夫妻は明日は準備のため3時起き。

秋も深まりさすがにこの数日は気温が下がって朝晩冷え込みます。みんな疲れて熱など出さぬよう

明日のイベントを乗り切りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富良野訪問その4ー北の国へー

山並みが美しい富良野の町。

十勝連峰。富良野岳は2000メーター弱の山だからこちらの栗駒山とほぼ同じくらいの高さ。

どんな花が咲いているんだろう。

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ワークショップが終わった後は、短い時間ですが、倉本先生のドラマ「北の国から」ワールドを訪ねます。

 

北の国からの主人公、黒板五郎と純と蛍が暮らした丸太小屋の家。

美術の人が作ったのか塾生の方も手伝ったのか、聞くのを忘れましたが落葉前の琥珀色の林の中に

丸太小屋の家はありました。

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黒板五郎さんの生き方に心から共感している海山の高橋よっちゃん五郎はもう嬉しくて、五郎がそこにいる

かのごとく行動しています。

この石は本当に畑から出る石を積んで作られているとのこと。土を掘れば、これだけの石が出てくる土地の

開墾はどれほど大変な苦労だったろうかと偲ばれます。

 

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石を運ぶ高橋五郎と高橋蛍ちゃん。

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丸太小屋、その後に建てた石の家、雪子おばさんの拾った家。

五郎さんが捨てられた廃棄物で作り上げた拾った家は実に素晴らしく圧巻でした。便利、便利と新しい

便利なものを買っては古いモノを捨てる私たちに、人はこれほどの使えるものを捨てているんだよ、という

強いメッセージがここにはあります。

 

 

日暮れ時、ドラマ「優しい時間」の舞台である喫茶「森の時計」へ。今日の夕食はここでカレーを食べること

にしています。

ドラマの中の設定どおり、カウンター席に座ったお客はミルでコーヒー豆を自分で轢いてコーヒーを煎れて

もらうことができますが、カレーも雪のシチューも大変おいしい。

ドラマの中で森の時計で働く長澤まさみのおねえちゃん役を演じられた森上千絵さんも今日は一緒に新聞

バッグを作ってくれました。

カウンターの中でコーヒーを煎れてくださるのは谷倉さん。おいしいシチューでお腹いっぱいになって、ご飯

を少し残したい私に、簡単には許可をくれない粋な方です。でも私に続いてお腹いっぱいでオーダーした

コーヒーを要らないと言い出した吉田さんのお陰で許可が出て、美味しいコーヒーを頂けました。

ドラマの中の喫茶店ではないけれど、ドラマの中と同様にカウンターの内と外とで会話を楽しめる温かい

雰囲気の「森の時計」。3年がかりで根室のサクラを見に行ったとおっしゃる谷倉さんのコーヒーを頂きに

また「森の時計」と訪れようと思います。

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ドラマに出てくる喫茶店「北時計」はもうありませんでした。

 

夕食の後の語らいは林の中のSo’s barで。石で摘んだ壁がとても素敵です。この石の壁も塾生たちが

アルバイトで積んだのかな?などと想像します。

倉本先生の舞台の看板俳優でもありお店のウエイター(今どきウエイターなんて言っていいのかど

うか分かりませんが)さんでもある男性のサーブでお酒やお料理を楽しみながら、最後の夜の時間が

過ぎました。

 

3日目の最終日は、当別町に向かいます。

チョコレートのロイズ工場で新聞バッグ作成の打ち合わせをします。

昨秋、海山はロイズ社より新聞バッグ10000枚の注文を頂きましたので、これから本腰を入れて

海の人たちとともに制作に取り組みます。

お天気ももよいので、帰途は富良野から一般国道を走ることにしました。

北海道の原生林は白樺が多い。倒木も多い。

「白樺の皮がほしい」と言いだしたよっちゃん。黒板五郎と同じように薪ストーブの着火材料を作りたい

そうです。芦別の峠付近の白樺の林で熊笹をかき分けて白樺の皮剥ぎに踏み込んで行ったよっちゃん、

倒木から大量収穫して戻ってきました。

うれしそう!

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楽しくて大変実りある3日間でした。

何より、30年にも渡る長い歴史のあるテレビドラマ「北の国から」は倉本先生や俳優さんたちやテレビ局

だけの力で作られたものではなく、富良野の町の方々の協力があってこそできた物語だったのだ、と

初めて知ったことは大きかった。そして倉本先生が作られた富良野塾は多くの若者たちを育て、巣立った

若者たちは閉塾された今も町の中に住民として住んで、町のそこここで若い力として浸透し、富良野の町

を活気づけていることも知りました。

ラベンダーの栽培を初め、富良野は私にとって学ぶことの多い魅力的な町でした。

 

この度お世話になりました倉本先生、奥様、みやこさん、谷山さん、吉田さん、塾生の方々、講習に参加して

くださった皆様方に心からのお礼を申し上げます。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富良野訪問その3-新聞バッグワークショップー

今日はいよいよ、本命の新聞バッグワークショップ。

その前に昨日の夕方、「くまげら」さんに行く前に連れて行って頂いたのがニングルテラス。

ニングルテラスの富良野ドラマ館で、よっちゃんはその生き方を憧れて止まない倉本聰作のドラマ「北の国

から」の父さんこと黒板五郎の帽子やジャンパーその他をどっさり買いました。

翌朝、帽子、ジャンパーを身に付けて、高橋五郎化したのがこの姿。

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よく似合っています。今日は五郎でとおすつもりらしいです。

 

ワークショップ準備のため四万十チームより一足早く会場の倉本先生のアトリエ到着。

着いたところで世話役のみやこさんより、「今日の人数が25人ほど」と聞いて大慌て。道具を最初に聞いた

15人分しか持ってきていないのです。でもここが何にもないでもできる新聞バッグのいいところで、大至急

小道具の手作り開始。よっちゃんは定規替わりに芯棒に新聞紙をくるくる巻いて取っ手つくりをします。

折りよく入って来られた塾生さんたちには補強紙やゲージのサイズにダンボール紙を切ってもらって終了。

 

後で倉本先生からも「鋏は要らないの?」と聞かれましたが、これが新聞バッグの素晴らしいところで、

無ければ無くて大丈夫。読み終えた新聞紙と糊さえあれば後はその辺にあるカンカンとかペットボトルとか

代用品できちんとしっかりした新聞バッグができます。今日使う紙押さえは皆さんに知って頂くためにも

お土産のよっちゃんなんばんを使用しましたが、私はいつも虫刺されのお薬、キンカンです。

 

新聞バッグを作る前に四万十チームの梅原真デザイナーの新聞バッグについてのレクチャーを聞きました。

いつもにも増して丁寧でよくまとめられたお話でした。

 

次に新聞バッグ作り開始。四万十の松尾インストラクターの指導のもと、わいわいがやがや皆さん大変

楽しそうに小バッグ作りに取り組まれます。小バッグの後は一班はワインバッグ、もう一班はもじゃくり

バッグを作り上げて終了。

これがみんなの出来上がりバッグ。

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そしてみんなではーーい、ポーズ!

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いつも思うのですが、新聞バッグを作る作業はオリガミを折ることにも似て、折っているうちに皆さん、必ず

といっていいほど笑顔になります。モノを作るって普段やらないけれど、やってみると楽しい!、と言います。

休憩時間に、よっちゃんは倉本先生のお願いして黒板五郎さんの帽子にサインを頂きました。後で伺うと、

帽子にサインを頂くなんて前代未聞とのことです。スタッフの方はずいぶんハラハラなさったと思います。

帽子にサインを頂いたよっちゃんは、勿体なくて被れなくなり、もう1個帽子を買いました。

 

新聞バッグ講習の後は念願だった「北の国から」の黒板五郎さんの丸太小屋の家だの石の家だのを見に

連れて行っていただくことになりました。

 

 

 

 

 

 

 

富良野訪問その2ー富良野塾ー

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F.C.S(フラノ・クリエイティブ・シンジゲート)の谷山氏に案内されて富良野塾に行く途中、夕日に輝く富良野

のあまりの美しさに、車を停めて写真を撮りに走り出て行く一行、宮城3人、四万十チーム6人。

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みんな笑顔。富良野に来て嬉しくて笑顔が止まりません。

 

1983年に脚本家倉本聰氏は富良野の森の中にライターと役者を育てる富良野塾を開かれました。

今は閉塾されているその塾を私たちは見せて頂けるそうです。

 

丸太を組んで作られたログハウス。塾生たちの手仕事で作られたそうですが、ものすごく立派。

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どの建物もすべて塾生たちの手で作られたそうです。

土台の石組みは富良野の土地から出たものだそう。富良野の畠は石だらけなんだそうです。

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食堂。塾生たちが自分で自分の食をまかなう立派な台所がありました。

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この塾の授業料は無料。しかし、ここでの生活の一切を自分で賄わなければならない。ということで塾生は

朝早くから近隣の農家での農作業をして働き、戻って家を建てたりの建築作業、夜は講義。眠たくても講義

という毎日で、塾生OBである谷山氏に「塾での生活はいかがでしたか」と伺ったら「非常に厳しかった」

と笑っておられました。

住む場所から食べるものまで、できることは全て自分の手で作り出して、そして夜は先生の講義を聞く。眠く

てフラフラしながらでも先生の講義を聴く。辛くないはずはないのに、どうしてそこまでして役者やライターへ

の道を志すのか、そこを聞いてみたいと思いました。

 

暗くなりかける中、もしかしたらUFOが見えるかもしれない丘の上へ。

富良野の町が一望できます。

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周りはラベンダーの畑。私がこんなふうにしたい、と切望しているラベンダー畑。

ラベンダーはきちんと手入れをすれば、冬でも盆栽のようにきれいです、

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丘から下って夕食は「くまげら」に招んでいただきました。

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このお店も石が組まれています。天井を這うのは山ぶどう。お店の外壁いっぱいに絡まる葉を落とした

山ぶどうには黒い山ぶどうの房がいっぱいぶら下がっていました。

富良野は不思議なところです。

夜は窓の外に雪を被った十勝連峰を眺める天然温泉付きのホテルに宿泊。明日はいよいよ新聞バッグ

ワークショップです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富良野訪問その1

北海道へ行ってきました。

日暮れに近い冠雪の富良野岳。

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今年2度目の北海道訪問のきっかけは、来年1月10日から富良野の演劇工場で上演される倉本聰作、演

出の新作舞台「夜想曲~ノクターン」。その作品に関連して倉本先生が新聞バッグに興味を持たれている、

ということを伺い、詳細を知りたいこと、北の国からの背景の舞台を見たいこと、富良野の方々に新聞バッ

グを紹介したいこと等などの理由で、直接富良野を訪ねることにしました。

 

旭川へは仙台からの直行便がなく、新千歳空港へ。この飛行機が久しぶりに見るプロペラ飛行機で、

揺れましたー、狭かったー、驚いたーー!

新千歳空港からはレンタカーで富良野へ。2時間半ほどの行程ですが、途中倉本スタッフから「富良野

近辺吹雪で先生が心配なさっている」との連絡が入り、俄かに緊張。雪には慣れてますが、北海道の吹雪

は未体験なので警戒すながら車を進めましたが、何事もなかった。

途中、占冠の道の駅で昼食。日本一の寒さで時々天気予報で地名が上がる占冠は一時期家族が住んで

いたので来たことがありますが、再度来てみるとこんなに小さな町だったのかと・・・・。

広大な土地の美しさよりも、暮らしの厳しさを感じさせられます。

調理場、店内一人で仕切るおじさんのアツアツてんこ盛りミックスフライで昼食。

 

雪が散らつくこともなく無事富良野に到着。

富良野では倉本先生の信頼厚いみやこさんの指示どおりに町の中心街にある喫茶「くるみ割り」に

伺いました。

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テレビドラマ「北の国から」や「風のガーデン」などのロケ現場として登場する喫茶「くるみ割り」は倉本

先生デザインだとのこと。入り口扉にはドラマに出演した俳優たちのサインが残されています。

緑の木々の葉に覆われた夏の「くるみ割り」の写真を見て驚きました。今は葉がないので全然イメージが違

います。

このお店の代表浦田吉氏は富良野のデザイン会議暮らしステーション代表であり、ジェロントロジーの研究

またフットパスをなさっていますが、富良野を代表するラベンダー園、富田ファームの設立に関わられた

お一人だと知り、私はこの出会いに感謝しました。今年岩出山で400本のラベンダーを道の駅の生産者

に配り、来年の開花、穂刺し、再来年以降の花の商品化などなど、私にはラベンダーについて勉強すること

が山積みなのですが、願ってもない先生に出会いました。

奥様のみやこさんに私たちはこれから滞在中、お世話になります。みやこさんは時々倉本ドラマの中にも

登場することがある、倉本先生に協力する「あるの会」の代表をしておられます。

 

ここで旭川空港経由で富良野入りした四万十チームと合流し、倉本先生の秘書の役割をなさっている

谷山氏に、今は閉塾されている「富良野塾」に案内していただくことになりました。