野菜入れバッグ講習/国際ガールストーク

まだ10月の初旬だというのに、朝晩初冬のように寒い。

今からこんなに寒かったらこの冬はどんだけ寒くなるんだろう、と不安。

すっかり秋景色の中、一昨日はとなり町田尻の社会福祉法人施設で新聞バッグの講習。

講師は上條さん。私は相変わらずの口だけの補助役兼付き添い。なんの付き添いだか・・。

うちから車で15分くらいの隣の町なのに行ってびっくり。赤ベコがいました。

赤牛は九州の阿蘇あたりにはたくさんいるけど、東北では見かけません。それも肉牛というのでさらにびっくり。

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牛ってなんか人が良さそうで、近くに寄るとなんだかんだと声をかけたくなります。

「こんちわ」と言ったら、じーーーっとこっち見てる。

 

さて、今日の講習はここの施設で作った野菜を販売するためのものだそう。

見せてもらった野菜は、珍しい細いレッドパブリカ。ピーマン、枝豆など。

入れる数量を考えながら、スタンダードの新聞バッグを教えるのではなくて、野菜に合わせた形を

ああしてみたり、こうしてみたり。

決まったところで講習開始。

初めての新聞バッグ作りだというのに、講習を受けてくださった3人の職員さんたちは、とても面白そうに

いくつもいくつも作って笑顔。中のお1人は取っ手作りがとても上手。

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3時間でこの数!

どこで新聞バッグと出会われたか、というと一昨年のアースデイの時。

海山ブース、海山と親戚筋の田舎郡東北村ブースの傍にブースを作って品物を売ってました。ほっかぶり

市でも販売したころがあります、ということで前からのお知り合いの仲だった模様。

3時間の講習が終った頃には、日も落ちかけてすっかり寒くなり、疲れと寒さで風邪ひいたような気分になり

夜の道の駅会議は欠席することにしました。

 

夜、3ヶ月の予定でマレーシアで仕事に就いていたmichikoちゃんが戻って顔を出してくれました。

7年近いマルタ島での生活を終了させて日本に戻り、仕事のため次はマレーシアに行って、帰ったら

日本に落ち着きます、なんて言っていたけど、久しぶりに見るmichikoちゃんは元気そうで、「また行くな。

マレーシアが気にいったな。日本には戻らないんだな」という雰囲気充満。

 

なにやら面白いお土産もらいましたよ。

なまこ石鹸だって。昔サイパンの海に入った時、水底に隙間がないほどナマコがいるのにぎょっとして、

海に入りたくなくなってしまったけれど、あのナマコ?

包装が素敵。参考になる。

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台所でお勝手仕事をしながら聞く、アラフォー娘とアラサーmichikoちゃんの国際ガールストーク。

聞くともなく聞いての感想は。

「日本という国籍があってよかった!」

タイの国王が亡くなってその後を次ぐ王子の刺青いっぱいの身体をニュースの写真で見ると、「おお、

国王が変われば国の政治も変わるかもしれない」「今まで歓迎された外国人が疎まれるかもしれない」

なんてことを考えます。

難民の増加で悩むヨーロッパの国々も然り。アジアの国々もちょっとした何かの変化で滞在外国人の

生活環境にも変化が起こっても然るべし。そんな時帰る国があるというのは幸せなことだと思う。

あと10日もすればまた日本を離れるアラサーmichikoちゃんに私が贈る言葉は、

「よその国の人を好きになってもすぐにその国の人にならないでね。日本の国籍もちゃんと持っとくのよ」

わかったようなことを言いました。まだ30歳になってないんだから。

 

しっかり働いてお金を貯めて、私も来年の春休み、孫連れでマレーシアに行ってみよう~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出会う/新聞バッグコンクール

朝、道の駅への出荷後、四万十で行われる「新聞バッグコンクール」の参加賞を届けに、鳴子温泉に行く

途中、ウオーキングストックを両手にせっせと温泉街の道路を歩く西田社長を発見。

西田社長というのは、1年のうち、5月と8月と10月に1ヶ月間鳴子温泉に逗留して、東鳴子温泉の

逗留旅館から鳴子温泉の喫茶店、たまご屋さんまで晴れても雨でも毎日歩かれている千葉県の

会社社長さん。けっこうな距離なので、これを毎日歩けば相当な足腰の鍛錬になるだろうと推察します。

年齢は私と同じ70代半ば。

 

私は西田社長とたまご屋さんで出逢いました。

いつもたまたまなんだけれども、何度もお会いするうちに、豪放磊落でどんなお話をしてもホッホーホッホー

と笑っていらっしゃる朗らかなお人柄が大好きになって、年3回鳴子に来られる日が楽しみになりました。

口癖は「200歳まで生きる」

私は200歳までなんてまったく生きたくないけれど、人生最終盤、こんなふうに明るく元気に生きられたら

いいなあ、と思います。

その他にもたまご屋さんで、たまたまお会いして、また、たまたまお会いすることになってという具合に

徐々に徐々にお知り合いになる方が増えてきました。

喫茶店という場所には、いろんな境遇のいろんな職種のお客様がいらっしゃって、コーヒーを飲みながら

お話するので、勉強にもなるしとても面白い。

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西田社長と並ぶのは、埼玉からみえる佐藤さん。

こけしについて実に詳しい、岩手について実に詳しい、たぶんその他にも詳しいことがいろいろありそうな

佐藤さんとも、たまたまなんだけれどもよく出逢います。

「たまご屋人名録」というような本でも書いたら面白いかもしれない。

 

上條さんと一緒に上野々スキー場のレストハウスでランチ。

ここのお昼のおまかせ定食は、食材豊富で安くて美味しいお勧め品。

料理の腕前がいい、とかではなくて、食べる人の身になって気持ちが込められたような昼ご飯。

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いよいよ年に1度の四万十、RIVERに於いての新聞バッグコンクールが開催されます。

材料が新聞紙という性質上、毎年毎年新しいデザインを、というわけにはいかないのだけれど、昨日仕上げられた

上條さんの岩手国体新聞バッグを見て、今年はこの新聞バッグを出品したいと思いました。

これまでコンクールに出品されるデザイン豊富な新聞バッグを見てきて、新聞紙を編んだり色を塗ったり、驚く

ほどの素晴らしい工夫をされた新聞バッグが多いのですが、私の好みとしては、町や人や出来事を輝かせる

ようなそんな新聞バッグが選ばれたらいいな、とそんなことを思います。

 

最初に出品したのは5年前。東日本大震災の年の秋で、東北に住む私たちの手元には悲しい記事の新聞紙

しかなくて、そんな新聞紙で作った新聞バッグを出品したことを思い出します。

他所の土地の新聞紙と私たちの新聞紙の記事のあまりの違いに違和感を感じたり、ショックを受けたりしましたが、

今は普通の紙面になって、記事を楽しめるようになりました。

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何度見ても素晴らしい岩手国体新聞バッグ。

よっちゃんは新しい新聞バッグを思いついたとかで、今「おらの新聞バッグ」を制作中。

どんなのができるか楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海/新聞バッグは素晴らしい!

朝、道の駅で両手に菊の花束を持ったお客様から[どっちがいいと思う?」と訊ねられました。

60年配のとても優しいお顔立ちの小柄な男性のお客様で、問われているのは、手に持つ菊の花束と

まだバケツにある千日紅の花束とどっちがいいと思う? と。

お墓に持って行かれるのだったらやっぱり菊のほうがいいのではないか、と。日持ちもいいし・・。

という私の言葉から、「実はね、うちの息子のお墓に備えたくて」と、亡くなられたのはたった一人の

息子さんだということで、石巻の海でほんとうに気持ちが優しくて病気ひとつしなかった息子さんがたった

1日で亡くなってしまった、とお話を聞かせてくださいました。

見ず知らずの私なのに。

 

聞いているうちに私も息子さんの海での死が、残念で残念で仕方がないような気持ちになりました。

こんな素晴らしいお父さんなのだから、きっと優しい素晴らしい息子さんだったのだろう、と思って。

そしてふっと、数日前に南三陸のけい子さんのうちに行ったことを思い出しました。

新聞紙をヤマトに運んで発送するつもりが、用意している間にヤマトに運ぶくらいだったら直接持って行っちゃおう

とばかりにけい子さんに連絡もせず、南三陸まで走っていったらけい子さんは留守。

新聞紙を玄関口に積んで、そのままUターンして帰ってきました。

 

その帰り道、志津川の土盛りの山の合間合間からチラチラと覗く海を目に入れながら、そうだ、私は

夫が亡くなってからずーっと海に行っていないんだ、ということに気づきました。

そして「海には行きたくないな」という自分の気持ちにも初めて気づいた。

 

そのことを思い出して「海に行かれます?」とお客様に聞いたら、「海が見えたら目を背ける」って。

同じですねえ、と二人で笑ってお話しました。

私がお勧めしたとおり、菊の花束を買われたお客様が、息子さんの分までずっとお元気でいらっしゃるように。

そんなことを思った道の駅の朝でした。

 

いよいよ10月の連休。1年で1番忙しい紅葉シーズンの始まり。

お餅を搗く量が普段よりぐんと増えるので、シーズン中、失速しないよう体力温存、ゆっくりしっかりお餅屋

稼業をがんばっていかなければならないのだけれど、新聞整理もほうってはおけないので、このところ直売所

当番の日は新聞整理と日課が決まってます。

 

出荷後、直売所に行ったら、上條さんが依頼した岩手国体の新聞バッグを作って持ってきてくれました。

10月1日の全国酒の日と岩手国体の際の岩手日報新聞紙。

その紙面が生きるように、とお願いしておいたら、こんなふうに素敵に作ってくれました。

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そしてこっちは記事を生かした素敵な小バッグ。

こうしてみると、新聞バッグは未だ東北の生活を補うひとつの商品ではあるけれど、そこを超えて、新聞紙を

使った手の仕事としての価値を感じます。

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もうすぐ新聞バッグコンクール。

よっちゃんは新作発表するらしいけれど、この岩手国体新聞バッグもコンクールに出場してほしい。

だれか作って~~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本業に復帰/新聞整理/移住

10月2日日曜日。

午前4時に起き、温泉に入って昨夜のほろ酔い気分を振り捨て、今日はそれぞれの中断した仕事に戻ります。

午前8時までに古川の事務所に出勤する黒田さんを盛岡駅に送り、途中、東北道のSAで朝食をとり、

よっちゃん夫妻&上條さんは稲刈りに。上條さんは今日は機械が入らないスマッコ刈り(田んぼの隅っこの

稲を手刈りする))担当だそう。

私は家に戻ってあんころ餅を搗き、道の駅へ出荷。その後は直売所の当番をしながらの新聞整理。

 

先月まで農協に置かせてもらっていた新聞紙を直売所に引越ししてからの新聞整理なので、山積みの

段ボール箱は整理しても整理してもなかなか片付きません。

9月半ばに、黒田さんが直売所の前の家を購入して引っ越してきました。

直売所まで歩いて来れるようになった引越し片付け中のお母さんが、ひょっこり顔を出してくれて「手伝いますよ」。

申し訳ないと思いつつ、有難いお言葉に甘えて手伝ってもらってずいぶん仕事が捗りました。整理した新聞紙を

折り手さんが待つ南三陸や古川の復興住宅に運びます。

 

夕方古川まで出て、帰りに岩出山町内に滋賀県から越してきた新しい住民、長澤さん宅へ。

富良野GROUPの新しいお芝居、倉本聡作「走る」に向けての準備期間が始まり、滋賀県大津市の集客協力を

打診されて、滋賀県なら長澤さんだ、とお願いに伺いました。

長澤さんが越して来られたのは今年の春。ご主人、奥様、お二人ともの教職を退職されてからのこの先の

新しい暮らしをこの岩出山で始められる、という選択をされたご夫婦で、森の中の仕事を希望されたご主人は

森の木の伐採のお仕事に、そして薬草研究家の奥様は、石巻のハマナス復興プロジェクトを手伝いながら

アルバイトにお仕事もという生活を始められました。

 

もうひとつ、奥様の希望は岩出山の町に小さい絵本図書館を作ること。

時折りお宅の前を通る度に、表のガラス扉越しに、少しずつ増えていく絵本を「増えてくなあ」楽しみながら

眺めていたのだけれど、今日行ったら大人の本も増えて、工夫を凝らした本棚に並んでました。

こんなふうになったら、外を通る人も「この店なんだべな」という気持ちになって、絵本図書館にも入る人増える

んじゃないのと思ったら、さにあらず、「高校に勤めることになったのよ」と聞いてびっくり。

 

え? 学校の先生はもうやらない。これからここでのんびり暮らすんじゃなかったの?

ほんとに人生不思議なもので、私も60歳でここにきて、花を植えてハーブ園をやろうかなあ、と考えたことは

あったけど、まさか仙台市場に行くような花屋になって、そのうえお餅屋になるなんてまさかまさか想像した

こともありませんでした。でもこの15年、生きてる間にそうなっちゃたんだねえ。

長澤さんもたまたまのことで、少し離れた町の高等学校に先生として復帰することになったのだそう。

他所の土地から来た先生だから、この土地の良いところも足りないところもたくさん気づいて、それをこの地

の純粋で素直に育った子供たちに伝えられる良い先生になられることだろう、と思います。

勇気と決断力がなかったら、まったく違う土地に飛び込んで生きよう、とは思えないから。

 

長澤さん宅に入って行ったら、奥様はセンター試験を受ける高校生に1対1の勉強指導中。

お邪魔をしないように、森の中で木を伐る肉体労働を頑張っておられるご主人とお話してきました。

教職とはまったく畑違いのお仕事なのに、なんだか楽しそう。おまけに少し頼もしくなられたようにも見えます。

新しく選択された人生を生き生きと過ごされている姿は、傍から見ていても嬉しいし安心します。

肝心の集客協力のお願いは、京都や大津の舞台関係のお知り合いを紹介してもらえることになり、こっちも

なんとかなりそうでほっと一安心。

 

真剣な表情で高校生に向き合う長澤奥さんの姿を見ながら、なんだかわからないけど嬉しいような気持ちに

なって帰って来ました。

なにが嬉しいんだろう。新しい生活を始めた人の足が、徐々に地に着いていくさまを見せてもらえるのが嬉しい。

そんなとこかもしれない。はっきりしないけれども。

家に戻ると、南三陸からの移住者、たかこさんからのサンマが届いていました。img_0319

たかこさんの後主人は純粋の漁師さんで、今は北海道でサンマ漁。

東日本大震災からのご縁が続いて、こうして私も北海道のサンマを頂ける幸せ。

こないだ歌津のむっちゃんから頂いたサンマは塩焼きで食べたので、今度は全部3枚におろして今夜のオカズは

蒲焼です。孫が喜ぶわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新聞バッグワークショップin岩手/きき酒/乾杯/鶯宿温泉

10月1日、日本酒の日。

岩手県酒蔵組合主催の第15回世界南部杜氏サミットで新聞バッグワークショップをする日。

もうひとつの大イベント、岩手国体開催初日でもあります。

午前4時起き。お餅をついて丸めてあんころもちに仕上げて8時道の駅へ。

家に戻り、道具の準備をして待機中のよっちゃん夫妻、黒田、上條、のメンバーとともにいざ岩手県盛岡へ。

雨が降ったり止んだりの日々なのに、幸運にも今日は快晴。

高速道を走りながら見る岩手の景色の美しいこと。黄金色の稲田は刈り取りを待つばかり。

 

「新聞バッグにお酒を入れて」という企画のお話を、岩手のお酒作りの老舗、わしの尾酒蔵さんから頂いた

のはもうだいぶ前のことです。以来、お酒を入れる新聞バッグのサンプルを作ったりの準備期間を経て、

サミット当日の今日は、「親子で新聞バッグを作ろう」ということで、お子様づれのご家族に新聞バッグの

作り方のワークショップをやることになりました。

当初の予定では、初めての講習なので作り易い小バッグということになっていたのですが、岩手日報さんが

用意してくださった国体開催の新聞紙面があまりに素晴らしいので、急遽紙面の全体が生きる大バッグ作り

に変更。

 

5年半新聞バッグ作りをやっていて、初めての方、それも小さい子供さんにまで、のっけから大バッグを

作ってもらうなんて、こちらもやったことのない暴挙というのか挑戦というのか・・・。

大バッグは新聞紙5枚重ねて作るので小さいお子さんにはなかなか困難な部分があると思います。

でも作り始めた以上は、全員に仕上げて頂きたいので、こちらもメインインストラクター以下、本気ムードでの

対応です。

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だいぶ大変な面もあったけれど、小さい子供は子供なりに大人はちゃんと大人なりに、みなさん立派に

大新聞バッグを作り上げてくださいました。

作ったドーッ!の図。

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ワークショップが終って第2部は、前回わしの尾さんにお邪魔した時に、よっちゃんが乗り気になって「海の手

山の手酒の会」というチーム名で申し込んだ「いわてきき酒まつり」。

無論メンバー全員きき酒大会に出るのは初めて。普段はお酒を飲むこともないので、全く勝手が解らないながら

神妙に順番を待ち、この小さい杯を持ってきき酒に臨みます。

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5問マッチング競技。時間は9分。

チーム、個人、上位2名は東京で開催される全国きき酒選手権大会の出場権を得る。

5種類のお酒を20回味わう形なんだけれど、まあ、思ったよりわからないこと、わからないこと、全然わからん!

お手上げ状態。10点満点の1点もとれる自信なし。

きき酒を飲んでしまった上條さんが4点獲得しました。呑んだだけあって立派!

 

そして第3部は全国一斉イベント「日本酒で乾杯パーティ」

ご好意でこのパーティにも参加させていただくことになりました。

会場には南部杜氏で有名な岩手のお酒がぎっしり並び、会場の外では、先日初めて新聞バッグ作りに挑んだ

わしの尾社長トモさんの力作、お酒が入った三つ折り新聞バッグがずらりと見事に出来上がってました。

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午後6時、全国で一斉に「乾杯」をするのだそうで、私たちも一緒に「カンパーーイ!」

日頃は馴染みのない岩手のお酒をあれこれ飲ませて頂いて、全員楽しい気分で宿泊先の鶯宿温泉へ。

 

日本酒の日があることも知らなかったし、岩手できき酒まつりがあることも知らず、毎年全国一斉に同じ時間に

「乾杯」がなされていることも全く知りませんでした。

でも今回初めて参加させていただいて、大変楽しかった。

何より、これまでさほど興味を持たなかったお酒に親しみが湧き、これから寒さに向かう今、少しづつ嗜んで

来年もきき酒大会に出場できたらいいな。

ほろ酔い気分で鶯宿温泉の夜が更けていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラベンダー剪定、部会ミーティング/新聞バッグ発送/夜会議

今日のできごと。

朝、道の駅出荷からの帰り道。

サトーさんちの牛が牧柵から外に出て道っぱたで、ばくばく草を食んでいるのを発見。

車を停めて窓を開け、「こんなところにいてもいいの?」と言ったら、真っ黒の大きな大人の牛なんだけど、

私がモノを言う度にいちいち食べるのをやめて、なんか言ってる? というような顔をするのがおかしい。

でもそうしてもいられないので(交通事故になる)、、急ぎ家に帰って「サトーさんの牛出てたよー」と由美さん

に報告しました。後は由美さん任せ。

 

 

怒涛の月末が終了! ほーんとに大変だった。

昨日28日は道の駅出荷終了後、家に帰って資料を作り、午後から道の駅に戻ってかねてから計画して

いた出荷組合花部会員でのラベンダー剪定を実施。

腫れ物のように思っていたラベンダーが、野菜と同じような逞しい植物だと知って、部員のお母さんたちは

伸び放題だった3年生のラベンダーをバチバチ鋏で丸坊主に刈ってすっきり剪定。

こんなふうになりました。ついでに私が道の駅オープン当時、家から持って来て植えたハーブのサントリナ、

カレープラントも15年ぶりに短くカット。来年は揃った花を見せてくれるはずです。

来年まで花壇があったらのことだけど・・・。

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剪定が終わった後は、レストランに移ってアイスクリームを食べながら、10月末に行われる道の駅と出荷組合

合同の秋の感謝祭、「サンクスフェスティバル」の花卉部会としての出しものについて協議。

花の部会としては、花壇苗、切花、ドライフラワー、多肉植物、山野草、宿根草、の栽培者が揃っていることも

あって、緑の相談コーナーを設けるとともに、、クリスマスやサンクスギヴィング用のドライフラワー講座、葉牡丹など

を使っての正月用寄せ植え講座、多肉植物寄植え講座などのあ・ら・伊達ミニカルチャー開講予定。

ブースの中、サンプルリースや花束、寄せ植えなどをを、吊るしたり置いたりして盛大に飾りつけてお客様に

楽しんで頂くことにします。

 

私が留守中のその時間、うちでは上條さんが明日発送のロイズ&大阪用新聞バッグの検品、袋詰め作業に

孤軍奮闘。物凄い勢いでその日のうちに海山用大段ボール箱5箱分、検品、袋詰め、箱詰め作業を終えて、

時間ギリギリでヤマトまで運んで行きました。

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海山女子部の女性たちを見ているとその仕事ぶりがほんとに凄いなあ、と感心を通り越して唖然とさせられます。

南三陸のけい子さんは仙台の病院でご主人の手術に10日も付き添いながら残りの日数であの作りにくい

大新聞バッグを250枚も仕上げていて、ほんとうにどうすればこんなに早く正確に作れるのか、と不思議。

「ワカメもそうなんだ。お母さんがいなければワカメもホタテも始まらない」

ご主人がそう言われるけれど、その言葉どおり、海山ネットはけいこさんや上條さんや教えることのエキスパート

黒田さんがいなかったら存続しなかっただろう、と今思います。

 

 

「袋が足りないよー」という上條さんの要請で道の駅から古川に直行。

戻ってお餅の仕込みをして、夜は6時からまた道の駅で会議。

ほんとにまあ、今日はご飯食べる間もなくて、車の中でお握りをかじりながら会議に出て、9時半に終了。

帰宅してお餅を搗いて、バンタンギュウーのすさまじい1日でした。

「大丈夫か? 加減しろ」とはみなさんに言って頂くけれど、とにかくとにかく締め切りだけは守らざるを得ず、

明日もロイズ新聞バッグ発送に向けてがんばりまあーーす!

 

そして翌29日は、

分散して作業していたロイズバッグを全部集めて、午後までの仕事を終えて夕方「発送するよー」と駆け込んで

きた上條さんの手で、今月は6箱分をヤマトに運ぶことができました。

終ったあーー! どうなるかと思ったけどお約束分ちゃんと作って送れて終了しました。

 

新聞バッグを作っていてもそれは本職ではなく、本業を持ちながらの仕事なので、物凄い勢いで仕事をする

海山女子メンバーの背中を見ながら「仕事人」という言葉が浮かびます。

お疲れさまでした。今日は終ったけれど、1日休んだら次はみんなで岩手でお酒と一緒の仕事です。

がんばります。 楽しみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高知からのお客さま、そして南三陸

雨ばっか振って困ります。

そんな雨続きの天候のなか、9月22日から25日の日程で、高知大学の佐藤先生が北海道十勝視察

の帰り道、海山の話を聞きたいと、岩出山に寄ってくださいました。

先生にお会いするのは3度目。大崎の農業の研究調査をする大学、大学院の先生方のチームのお一人

なので、以前調査にみえた時にお会いしました。

今回は海山の話を主に訊きたいということなので、メンバー皆忙しく落ち着いてお話できる場所、時間が

厳しく、途惑われたと思いますが、仕事をしながら話せるようにうちに泊って頂くことにしました。

 

23日は朝道の駅の出荷が終った後、鳴子のたまごやさんへ。ここでは海山の重要メンバー南相馬から

自主避難中の上條さんが働いています。たまごやのオーナー宮本氏と上條さんと少し話した後は

鳴子のお食事どころ高橋亭で昼ごはん。

高橋亭は、大震災直後、東大大学院のロバート・キャンベル先生が鳴子温泉で始められた「読もう」という

読書講座で初めて上條さんに出会った思い出深い場所。その時は話をすることもなく講座は終りました。

 

上條さんとの会見が終った後は道の駅へ。私は帰宅して夜の「佐藤先生を迎えて夜ご飯会」の準備。

せっかくの機会なので、10月1日の聞き酒練習会を先日頂いたお酒でやろうかしら、と思ったのだけれど、

90食もの弁当注文を抱えて重圧でテンパッテいるよっちゃんが無理、無理というので中止。

高知大学の地域協働学部という聞き慣れないけど先が楽しみなような学部でこれから教鞭をとられる

佐藤先生を囲んでよっちゃん夫妻、黒田、上條、私の海山メンバーは食べ、大真面目に語って3時間。

良い時間を過ごしました。

 

翌23日は朝道の駅、次いでほっかぶり市、その後南三陸へ。

私には1ヶ月ぶりの南三陸。佐藤先生にとっては震災後に見て、5年近い時を隔てて見る南三陸。

私の感想。「なんか、家が建ったのかなんだかこの一ヶ月でますますさっぱり道が解らなくなったー!」

佐藤先生の感想。「変わらないですねえ。5年経ってもこんなに変わらないなんてショックです」

変わったといえば何にもなかったところが土の山だらけになっているのだから変わったんだけど、

でも心情的に言えば変わってないんだわ。5年半の時間はどこ行った?という感覚。

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これは土盛りの上に作られた新しい道路。

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けい子さん宅では心臓の大手術を乗り越えて無事退院されたお父さんが(けい子さんのご主人)が

元気な笑顔を見せてくださって一安心。だったのだけれど、聞けば先日の台風で、北海道から取り寄せて

タネ付けしたホタテも漸く揃えた道具も、ぜーんぶ流された。

「また一からやり直し」とけい子さん。

ほんとうに人生、一歩進んではまた戻りくじけずまた一歩進んだらまた戻る、の繰り返し。

今年はまだ船に乗るのは無理だけど、来年は体調取り戻して前のように船で働くお父さんに戻ってほしい、

せつにそう願います。海があるんだもの。体さえあれば大丈夫。私でさえそう思えるようになりました。

この土地では秋の今時分、栗の実が落ちると拾って栗だんごを作るそう。

小さな栗をだんご粉でくるんで醤油と味醂と砂糖で味付けした栗だんご、素朴で甘くておいしいだんご!

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けい子さんちの後は、仮設住宅から出て移転した小野寺むっちゃん宅を初訪問。

一度訪問したいと思い続けていた新しいむっちゃん宅は、前に住んでいた仮設住宅にほど近い道路沿いの

住宅団地の中にありました。

流されてしまった家よりもだいぶ小さいけれど新しい家。仮設住宅の暮らしが長引くに連れてだんだん健康

じゃなくなっていたむっちゃんは、新しい家で落ち着いたのか心身共に元気になってました。

でも私の菊の師匠の小野寺とーさんは、やはり心臓の手術後、菊の栽培は以前より負担の様子。

むっちゃんとは鳴子温泉に避難していた頃の思い出話に花が咲きました。

むっちゃんたち縫製工場におられた方々が避難されていたらどん温泉。ここの女将さんに本当に温かく親切

にして頂いた、とむっちゃんは昨日のことのように話してくれます。

女将さんがくれた布で、みんなで手縫いで作ったエプロンとバッグを持っての記念写真。

あんなに切羽詰った状況だったのに、皆さんの嬉しそうなこの笑顔。

私が福岡で飛び込みで掴んだ縫い物仕事は、この中のどなたかが5年経った今も継続してお仕事を続けられて

いいるそうです。

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「友だちも親戚もたくさんの知っている人が亡くなったよ。失ったものは本当に大きかったけれど、

でも得たものも多かったよ」

気負いないむっちゃんの言葉が、深く深く心に染み渡ります。きっとそうなんだ、と・・・。

 

佐藤先生のおじさんが志津川におられる。でも家は解らない、とのことで、けい子さん宅で尋ねてみたら、

けい子さんもおばあさんも小野寺むっちゃんも、佐藤先生の叔父様のクリニックの患者であることが判明。

津波に洗われて何もかもなくなってしまった志津川で今も内科クリニックを開業なさっているということは、

大変な困難の中で診療を続けて来られたに違いありません。

また新しいご縁を頂きました。

明日は最後の日。梅農場を訪ねるつもりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新聞バッグ講習/祖父母参観/地熱乾燥ふらわー

一作日は雨。

その雨の中、盛岡から高速を飛ばして岩手の酒蔵メーカー、「わしの尾酒蔵」の社長トモさんと岩手日報の

社員アキさんが、岩出山の私たちのところまで新聞バッグの作り方を習いに来られました。

雨が昼ごろから強まって心配していたけれども無事到着。道の駅の裏の地区館に会場を作って講座開始。

トモさんとアキさんは、ここで習った新聞バッグの作り方を戻って社員の方などに教え、10月1日のお酒

の日までにたくさんの新聞バッグを作り、お客様に差し上げるお酒をそのバッグに入れるのだとのこと。

であれば、絶対に底が抜けない丈夫な新聞バッグを作ることが必須。

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お二人ともがんばって何個も作りしっかり覚えて帰られました。

お酒に日に行われるきき酒大会に出場を申し込んだ海山のために、お酒を頂きました。これから月末までの

間に私たち5人はちびちびお酒を飲んでお酒の味がわかる練習に励むべっちゃ。

 

そして昨日21日は、孫の学校で祖父母参観。

祖父母参観というのはこういう田舎でしかやれない学校行事だね、きっと。

都会ではおじいちゃんおばあちゃんは大抵別に暮らしているので、成り立ちません。

体育館で生徒、おじいちゃんおばあちゃんが集まって、今日の場の担当のお母さんたちが子供たちと一緒に

準備してくれた生徒たちが栽培した野菜で作ったカレーを食べさせてもらいます。

カレー作りは学年に合わせて作業が違っているらしく、わが孫2年生の担当はじゃがいもの皮剝き。

みんな家から持参したご飯にカレーをかけてもらう仕組みになっていますが、私はご飯を持ってくるのを忘れた。

忘れたというより、そんなことは全く思いもしなくて、恥ずかしいことにご飯を頂くことになりました。

ご飯をもらうようなドジなおばあさんはたぶん私一人だったに違いない。

「おばあちゃんは毎日ごはんを作ってくれます。おばあちゃんのご飯は美味しいです。おばあちゃん、ありがとう」

敬老の日に相応しい、高学年の生徒に読み上げられる作文を聞きながら、うちの孫なら私のことをどんなふうに

書くだろう。

「うちのおばあちゃんはお餅を作っています。その他に新聞バッグも作っています。いつもうちにいません。

ご飯はあまり作らないので、ママが時々ご飯をあげます」などと孫の作文を想像しながら忸怩たる思い。

 

カレーをご馳走になった後は、教室に移って授業の参観をしたり、子供と一緒のお楽しみタイム。

幼稚園の参観のときから感じていたのだけれど、ここの子供たちは自由奔放というか、ほんとに縛りがなくて

明るくて元気がいい。生徒の数が少ないので(全校で50人未満)、それぞれがそれぞれの性格、行動を

熟知していて、毎日泣いていようが怒っていようが乱暴だろうが、その子はそんな子だと理解されてる印象

を受けます。

2年生9人、3年生5人、合わせて14人の教室はこんなに広くて、子供たちは跳んだり撥ねたり転がったり。

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私も仲間に入れてもらって楽しい一時間を過ごしました。

 

そして今日はまた雨。けっこう強く降ってます。

古川のNPO事務局のジュンコさんから「譲ってもらった花の乾燥がうまくいって、とても綺麗な色に仕上がりました。

今日開催されるグリーンエネルギーシンポジュウムの会場に飾ったから見てください」という電話を頂いて、午後か

ら会場の市民会会館へ。

グリーンエネルギーというのは、電気に代わる自然のエネルギーをどう作り、どう使うか、というシンポジュウムで

大崎市での実行事例は豊富な温泉地熱を利用するもの。ジュンコさんが使ったのは、かつて私が花を共に栽培

した花のおじさんが育てた花で、その花を温泉熱で乾燥させた出来上がり具合はとても気になります。

うまくいくならこれから是非利用させてもらって、花の新たな展望を開きたい。

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ひとつ問題発覚。

短時間での乾燥は色落ちせずカラリと元の花色まんまに見事なドライフラワーに仕上がっているけれど、

会場に置いたら会場の湿気を吸ってしまってなんとなくドヨーン傾向。ピンと上を向いていた花が俯き気味。

なかなかうまくいかないもんですなあ。課題多々。

ひとつひとつ解決しようと工夫をするので、毎日が楽しく生きられているような。そんな気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富良野でラベンダー修行

雨が降るんじゃないかとヒヤヒヤもののお天気だけれど、朝ホテルのカーテンを開けると晴れ! 嬉しい。

午前中は、今回私のラベンダー修行のために彩香の里をご紹介いただいた浦田 吉氏の喫茶店「くるみ割り」で

奥様のみや子さんに時間をとっていただき、久しぶりにゆっくりお話できました。

 

午後からいよいよ彩香の里へ。

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富良野には何度も来て、ラベンダーで有名な冨田ファームや他のラベンダー園は見たけれど、彩香の里に来る

のは初めてです。浦田さんには佐々木社長をご紹介いただきました。

佐々木社長が見えるまでに、売店でおそばを注文して昼食。

ここのお蕎麦はお出汁が黒い。北海道の出汁は黒いんでしょうかねえ。私九州人の薄味なのでちょっとびっくり。

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ラベンダーの栽培方法を苗から教えてください、と突然浦田さん経由でお願いして、宮城県から独りで現われたのが

若い人ではなく70代半ばのおばさんということで、内心驚かれたんじゃないかと思うけれど、佐々木社長とスタッフ

の牛島さんは私を軽トラに乗せて、畑から畑へと案内してくださって、苗作りから植え付け剪定まで細かく丁寧に

説明していただきました。

その結果私のラベンダー栽培知識は(もともとないようなもんだけれど)、全く間違っていた。

あんまり違っているものだから最初のうち、何を言われているのかが分からなくで戸惑いました。

ほんとうに来てよかった。教えて頂いてよかった!

 

まずラベンダーは花を採った後、1回剪定するのではなく2回3回と剪定してきれいな形を作る。ということ。

そんなこと知らないので、岩出山のラベンダーは花を採った後、翌年の春までめちゃくちゃ。

きれいに形作った剪定をするので、冬雪を被っても盆栽のようにきれいだし、芽吹けば夏の花の様子が想像して

花の時期に見てみたいという気持ちにさせるのだと納得。

 

ラベンダーの畑。

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苗の畑。

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長いものは30年でも咲くというラベンダー園のラベンダー。

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今回の訪問でよく分かったのはラベンダーは畑で栽培する野菜と同様の植物。

枯れることが多いので気難しいのかと思っていたけど、全然そうではないんだわ、と納得。

岩出山に戻ったら早速実践作業をやってみます。

 

夕方いったんホテルに戻り、夜は富良野GROUPのスタッフ穂ちゃんに誘ってもらって観劇へ。

富良野演劇工場で劇団チョコレートケーキによる演劇「治天の君」

主演はチョコレートケーキの西尾友樹氏、松本紀保さん。松本紀保さんは女優松たか子さんのお姉さんだけど、

お顔はお兄さんに似てる。

そしてこのお芝居には想像もしていなかったのでびっくり。出て来る人は大正天皇、明治天皇、昭和天皇

と天皇家のお話で紀保さんは貞明皇后という配役。扱っている題材は大正天皇の崩御にまつわる話で、

こういう事実を参考にした物語が作られる、ということが意外で驚いた。

セリフは宮中言葉で仕草も物語りの進行も天皇家。明治、大正、昭和の天皇や有栖川宮家だのが

出たり入ったりするので、観ているこちらも妙にしゃっちょこばって肩に力が入り、見終わると疲れました。

でも改めて考え直したいようなお芝居だった。

ホテルに近いソーズバーで穂ちゃんと二人遅い夕食をとりました。

横浜から富良野に来て倉本先生や周辺のスタッフの方たちに育てられている24歳の賢い穂ちゃん。

これからが楽しみです。力強いいい人生を送ってくれるといいな。

 

朝は5時に起きる決心で寝たのだけれど、昨夜の疲労がたたって起き損なって6時半ホテルを出発。

せっかくの朝食券、もったいないな、と思うけど、飛行機のチケットがとれるかどうか分からないので放棄。

新千歳空港まで来たとおりに一般道で帰りたいのだけれど、高速を使いたがるナビに手こずっていく先を

高速のない岩見沢と設定。まず岩見沢までのつもりが、岩見沢で行く先変更したところが、やっぱりナビに

「高速、高速」と指示されて止むを得ず高速で札幌へ。札幌で下りたらまた「高速」へと言われてまた高速に

乗り、千歳で一般道へ。目標値を通り過ぎたらしく、突如としてナビが「Uターンしてください」

Uターンしたらレンタカー屋があったけど、4車線だよ。こんなところでUターンさせるの?

 

初めてナビというものを使って新千歳~富良野まで運転しました。でもどの高速をどんなふうに走ったのか

さっぱり分からずずいぶん長い間高速を走ったような気がします。おかげで多少は早く着いて飛行機のチケットは

とれ、無事宮城に帰還することができました。

「ナビの言うことは無視すればいいのよ。すぐ違う道を教えてくれるから」と帰って娘に言われたけれど、無視なんて

しなれないこと、ナビ相手でも思いつかなかった。

これからもうちょっと勉強します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富良野でラベンダー修行

富良野へラベンダー修行に行って来ました。

9月半ばのラベンダー園。 彩香の里。

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台風被害中の富良野。

被害の様子はどうなんだろう。空模様はどうなんだろう、と心配しつつ、雨模様の仙台空港の飛び立ち、

1時間10分で新千歳空港に降り立つと晴れ。ついてる!

連日の忙しさも手伝って今回の富良野行きは超特急。チケットもとらず天気予報も見ず、予約したのはホテル

とレンタカーのみ。行き当たりばったりだけどなんとかなるつもりで。行くチケットはなんとかなった。

 

ホンダレンタカーで車を借り、初めて使うナビの訳わからなさに音を上げながら、一般道を江別、岩見沢、三笠

を経由して富良野へ。このルートを走るのは3度目。しかし、このナビというヤツは何故こうも高速に乗せたがるの

か。

9月半ばの道央は稲が真っ黄色。まだ刈り取りが始まっていないところを見ると、米に関しては宮城も北海道

も作業時期は違わないのかもしれない。ナナカマドは紅い実をつけ、紅葉はまだ始まっていない。

 

10年ぶりくらいの独り北海道。娘の引越しを手伝いに行き、引越し疲れの娘を助手席に乗せて、美瑛から室蘭、

青森から宮城まで走ったのは60代半ば。あれから10年経って、まだ独りで運転できるかしらと不安がない

わけではないけれど、走り出してみれば独りの気楽さでなんだか嬉しい気分。

3時間で富良野到着。

流石に運転疲れで何をする気にもならず、富良野GROUPの谷山さんにとってもらった宿泊場所、プリンスホテル

でゆっくり休憩。のつもりが、谷山さん、「屋根」でお世話になった石川さんからご連絡を頂いて、急遽夕食を

ご一緒することに。新聞バッグと「屋根」だけのご縁なのに、富良野を訪れる度に気を配っていただいてありがたい

ことです。

新富良野プリンスホテルのそばのニングルテラスをちょびっと歩いてみました。

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ドラマ「優しい時間」の舞台、喫茶「森の時間」はまだ健在です。

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F・C・Sの取締役谷山さん、そしてスタッフの石川さんには、前回ゴールデンのお母さんたちとの富良野訪問の際

にもお世話になっていて、毎回ご馳走になるばかり。ほんとに申し訳ないなあ、と思って「ちょっとだけ」と思い

つつ行くのですが、結局はお話が面白くてお酒を飲みながらついつい長い時間を過ごしてしまう。

そんな楽しい場なのですが、今日は凄いニュースが待っていた。

なんと石川さんが、二人目の赤ちゃんのパパになるのですって。それも今日にでも!

ええっ、なんでそんな日に来るんですか。来なくていいのに~。

 

気持ちワタワタしながらも楽しい時間が過ぎて、石川さんが帰る時、入れ替わりに新しいお客さんが現われました。

初めてお目にかかる高木さん。プリンスホテルのロビーに置かれた木の人形のオーケストラ「森の楽団」の

作者で、富良野塾の卒塾生でありながら、今はお人形を作るのがお仕事。谷山さんが声をかけてくださったそうです。

 

高木さんとの出会いは私には衝撃的でした。お話すればするほど、高木さんの特徴はうちの娘にそっくり。

小さい頃からのできごとを聞いてもやっぱり娘とそっくり。敏感で、集団が苦手で、音楽や絵が好き、お人形が

好き。気象とかさまざまな変化で頭が痛くなり易いんですよねえ、と笑いながら高木さんと娘の類似点を話して

いたら、唐突に確信的に「素晴らしい娘さんですねえ!」と高木さん。

「田舎に住んだのも、今お餅の仕事をしているのも全部素晴らしい娘さんがいるからですよ!」

そうなのですか?  でも高木さん、まったく言葉に迷いがなく揺らがない。

 

いや、驚きました。そんなこと言われたことも思ったこと一度もなかった。

でも考えてみると、その通りでラブラドールのセツと春に出会えたのも、岩出山に住んだのも、今お餅屋を生業

にしているのも、そのもともとは娘の発案。16年生きて最後まで看取ったミックス犬のチビももとはと言えば、

交通事故で瀕死の重傷だったところを娘が助けたからウチの犬になりました。

そうなんだねえ。改めて高木さんと娘に感謝。ほんとうにお会いできてよかった。

 

今高木さんが作られているのは楽器を奏でる木の妖精たち。高木さんの頭や胸のなかにはさまざまな物語り

がどっさり溢れそうになっているに違いありません。冬には個展が企画されているとか。行きたいな、見たいな。

 

明日は本題のラベンダーのお勉強。

ナビを頼りに彩香の里に向かいます。