港町、気仙沼

山百合の季節。

咲きました。我が家の庭にも。庭といえるようなもんじゃなく、草を刈ってない藪
ですが。香りだけは凄い。
年々山百合が増えて、我が庭は山返りしている感が強い。
わらびもタラノメもばんばん生えてきます。

土曜、日曜は真山直売所で新聞整理。

12月ではありますが、新聞バッグコンクールを控えて、東北は東北らしい新聞バッグ
のお祭りを考えていて、そのひとつがバッグの形ではなくともなにか「ものを入れる」
形を作ること。

その形はまだ内緒。
新聞紙が必要なことは変わりはないので、使えそうな新聞紙を選び出します。

1日外国の新聞紙を見て思うことは、毎回同じ。
世界は貧しさに溢れている、ということ。

7年間に亘って外国の新聞の紙面を見ているけれど、世界の多くの国で、悲劇的な
出来事も貧しさも変わらずあって、仕事を終える頃には気が沈む。

 

畑の状況。

野田さんの菊がこんなに大きくなりました。

病気もしたし、虫もついたけど、師匠のクリちゃんの指導とお世話で、ちっちゃかった苗
がこんなに大きくなって、8月のお盆の出時を待ってます。

花も野菜も実際に育ててみなければ、何がどうなっているのか分からない。
突然「菊植えてみる?」と問われて、400本もの苗を渡され戸惑っただろう野田さんも
何かある度に畑に呼び出されて、草を抜き消毒をし虫に刺されながらここまで育てて
きましたが、良い経験になったと思う。
花屋の店先に置かれた菊の花束が、これまでとは違って見えると思う。

体で得る経験とはそういうものだから、、、。

 

 

海山女子部&野田mgr.はみちた君に会いに気仙沼に行くことにしました。

みちた君は気仙沼の学習塾の先生。年齢は野田さんとほぼ一緒の英検1級、通訳案内士。
大震災後の東北新聞バッグプロジェクトの時に、気仙沼で一緒に新聞バッグを作って
くれてから交流が始まったクレバー男子。

みちた君に会うのはずいぶん久しぶり。

冬に予定している四万十新聞バッグと東北新聞バッグのお祭りにちょっとばかり知恵を
貸してもらいたくての気仙沼訪問。

日頃から相手をしている純真な子供たちとは違って、大層な年齢のおばさん3人を
伴って現れた野田さんに「よくもまあ、、、」といたく同情しながらも、食べるところ、
見せるところを考えてくれていて、これまでの気仙沼訪問ではまったく気づかなかった
震災一色ではない昔ながらの港町気仙沼を知る機会になりました。

みちた君の塾のすぐ近くにあるマギー審司さんのご実家の駐車所に置かれた大きな耳の
自動車。飾りじゃなくて現役だけれど、これって名所になるのかな?

有名どころのマグロ屋さんで昼食の後案内してもらった気仙沼の港が一望できる高台。

燃え盛る気仙沼の火の海を高台から見下ろし、人を助け自らも無事に震災を生き抜いた
みちた君から聞くお話は迫力があり、山に住む私たちとはまた違う大震災の真実味が
胸に迫ります。

昨年、1昨年と従姉妹に誘われて気仙沼大島に渡った時に見た気仙沼は、津波の傷跡の
ほうが生々しく感じられて、好んで行こうとは思わない土地だったのですが、今回の
気仙沼訪問で、気持ちが大きく変わりました。

復興は全然動いていないのではなくて、少しづつではあっても動いている。       高速道路が繋がり釜石までは近くなり、近く大島までの橋も開通する。新しい家々や
新しいお店たくさんできて、港の周囲の整備も進んでいます。

行きたかった気仙沼ニットはお休み。でもそのお隣りの素敵なお店、さい吉でお魚や
いかいも美味しそうなスープなども買うことができました。

 

気仙沼の帰りは、新しい高速道路に乗り、終点の大谷海岸でいったん45号線に
出、出たついでに菊の師匠の小野寺宅へ。

小野寺さんが鳴子温泉郷で避難していた旅館は中山平のラドン温泉。
ラドン温泉でとても親切に処遇してもらって、その後仮設住宅を経て、高台移転で
今の住宅に暮らす小野寺夫妻ですが、今度はそこに、東京からやってきてラドン温泉
で温泉の源泉熱利用の仕事をする野田さんが訪問してくるなん奇遇です。

 

もうひとつついでに歌津のけいこさん宅に新聞バッグ用新聞紙を届けて、本日の
任務終了。
気仙沼、南三陸訪問の楽しい1日でした。

気仙沼、また行きます。必ず!
ええツ、とのけぞるみちた君の顔が浮かびます。

 

 

 

 

 

盛岡研修&新聞バッグコンクールの話

梅雨が終わったのか終わってないのか、毎日暑い!

昨日古川に行ったら、車の温度計は36度。強冷房に入れてもさっぱり涼しくならず
閉口しました。暑いだけだはなくて蒸すのがつらい。

この間土曜日が来たと思ったら、あっという間にまた土曜日が来て、今日から3連休。
道の駅は朝から大勢のお客様で賑わってます。

この1週間の間にもいろいろなことがあって、10日は出荷組合花卉部会の盛岡研修
でした。

前後は雨。西の方では大雨の大洪水で被害を受けられた方がたくさん出て、笑顔いっぱい
で行くような気分にはなれないのですが、ともあれ雨と雨の間を縫ったような晴れの1日
に感謝して、早朝から花卉部員25名、マイクロバスに乗り込んで盛岡に向かいました。

研修の眼目は盛岡の市全体で取り組んでいる花のハンギングを見ること。市からの委託で
目ぬき通りのハンギングを作っているサン農園さんで実習をすること。

町の見物やオミャゲを買う物見遊山にしたいところですが、なにせ研修なので、バスの中
でも今回同行して頂いた宮城県農業普及センターの水戸さんから、間近に迫った盆菊の
栽培の注意などのお話がありました。

午前11時に盛岡着。
前もって盛岡市役所から案として頂いた見所案内の地図に従って、公園や橋、商店や
役所などに飾られた花を見ながら散策。大変な暑さでみな汗びっしょり。企画した私は
申し訳なさで身が縮むのですが、でも雨よりはましか、、、と。農家の方々だから
きっと足は丈夫だろうと、、、。

ところがこれは大きな間違いで後で反省。農家の方々は畑、田んぼまで軽トラで行く
のだそうで、普段は歩かないとのことだった。

お昼はわんこ蕎麦で有名店「東屋」で。
ここは以前に海山メンバーで来て、高橋よっちゃんが180杯、上条さんが150杯という
記録を出した忘れられないお蕎麦屋さん。
でも今日は団体なので、仕出しのお料理。熱々の大きな出汁巻卵焼きが印象的。

午後が本日メインのハンギングバスケットの実演。
暑い中、ここまでくるとけっこうみな張り切って、それぞれに自分で壁掛けハンギング
バスケットを作成。
帰りにJAの直売処に寄って研修を終了しました。

暑い中みなさん、ごくろうさまでした。
たくさん歩かせてごめんなさい。

 

そして2日置いて、高知県四万十から四万十ドラマの畦地社長が見えました。

今年、手探りながら、新聞バッグの生みの親四万十新聞バッグと大震災時から新聞
バッグを作り始めた東北海山新聞バッグが合同で、新聞バッグイベントをやろうじゃ
ないかという相談です。

先日野田さんと高知の梅原真氏のデザイン事務所まで伺って、土台のところを
話し合ってきた案に、これからどんな肉付けをしていけるか。
畦地さんを迎えて、私たちのミーティングの場八兆で、焼肉を食べもって呑みもって
の濃い打ち合わせでした。

また9月に顔を合わせての打ち合わせとなります。

 

あんまり暑いので、戸外で段ボール生活を始めたシロ。

 

暑い家の中には決して入ってこない。

 

 

七夕音楽祭

7月7日
オサム君とパーシモンしん君とが、七夕の夜に音楽祭をやろう、と企画しました。
楽曲喫茶パーシモンで音楽祭をやるのは、クリスマスに続いて2度目。

初めて開いたクリスマスの音楽祭はお客様はきてくれたけど不慣れなことが多くて、
不手際もあったけど、あれから半年。

 

夏の音楽祭は少しでも進歩した形でやろう、としん君とオサム君は、仕事の合間に柿の木 バンド(ギターはマスターとオサム君、ピアノはしん君)の演奏曲の練習をしたり、案内状を作ったりして、二人だけで開催にこぎつけました。

7日は日中も大騒動。
パーシモン音楽祭は音楽も手作りなら料理も手作り。
私も制作を任された料理を2種。なんにしようかなあ、と考えてクリスマスにも作った
鯖サンドとたぶんお客さんにもというよりこの地の人にはあまり馴染みがないだろう
皿うどんを作ることに。

皿うどんといってもうどんではありません。私が生まれ育った福岡では、大人でも
子供でも当たり前に食べるちゃんぽんと並ぶ皿うどん。固い揚げ麺にたっぷりの
野菜や海鮮のたれをかけた中華麺です。

6時前に作り上げて、前回はピアノを弾いたけれど今回は弾かないよ、という孫を
連れてパーシモンへ。
料理はいっぱい、お客様もいっぱいででなんとか盛況で始まりそう。

オープニングは恒例、松の木バンドから始まって、あとは飛び入り演奏者ということで
私が知らない演奏者が数人。
通りかかりでパーシモンでお茶を飲んだお客様、初めて来て、楽器を弾けるなら是非
演奏してくださいと、頼まれたお客様が、この岩出山だけではなく仙台や古川からも
来てくださってました。

クリスマスに縦横無尽にピアノを奏でてみんなを楽しませてくれたコガワさんは、
時々一緒に演奏なさるというベーシストと一緒にみえてて、どんな音楽が聴けるか楽しみ!

体調崩したりして練習時間が少なかったオサム君も、ボーカルでビートルズの曲を聴かせて
くれました。

今日70歳の誕生日を迎えるマスターもギターで参戦。

一度だけパーシモンにみえて音楽祭に引っ張り込まれたお客様。

一度だけパーシモンにみえて、是非とも是非ともと請われて仙台から来てくださった
東京帰りのお客様。

大変ギターが上手な方で、おおいに音楽祭が盛り上がりました。
ピアノを弾いてくださるのは、時々お店に寄ってくださる学校の先生ですが、今回は
クラシックを弾きますと、丁度仕上がったばかりと聴かせていただいたラフマニノフの
ピアノソナタは圧巻でした。

なにより凄いのはこんな近くでこんな狭い空間で生の楽器演奏を聴けること。

弾いて歌って食べて、宴は進み、終わったあとはマスターの誕生会。
小さなケーキにロウソクを7本立てて祝う70歳。
今の時代、70歳はまだまだやれることがいっぱい。

プレゼントに送った魚包丁で、マスターはこれから料理にも力が入ると思います。

うちの孫まで入れると、76歳から小学校4年生まで、各年代が出揃い、常連の
お客様も新しいお客様も私たち仲間も、そこに音楽があるというだけで、親しく
笑顔がや会話が交わせる手作り音楽祭。

人を繋げる楽器演奏の凄さを実感します。
それにしてもマスターが「自分で取ってくる」と張り切って伐りに行った七夕の笹の
ちっちゃかったこと!
それに比べて大きな短冊に、みんなどんな願いごとを書いたんだろう。

次はまたクリスマスにしん君とオサム君にがんばってもらいましょう。

 

 

 

自然を食べる

昨日と今日は真夏日。暑かった!

滅多に使わないエアコンをついに使いました。

前のPCが終わってやっと新しくなったと思ったら、今度はエコキュートが壊れて
お湯が出なくなり、今日は修理に来てもらいました。

あまりにもエコキュート回りの草が伸びているので、ちょっと刈っておこうと草刈り機で
刈り始めたら、今度は燃料切れでエンジン停止。残りは鎌で刈って汗ダクダク。

猫がぶつかって割れた加工場のガラスを替えてもらおうと、ネットで見つけた町の
ガラス屋さんに直してもらおうと電話をしてしたら、すぐに来てくれたのですが、
イマージェンシイということで滅茶滅茶高くてびっくり。

普通価格の2倍半くらいの料金ということなので、修理を中止しました。
いくらなんだってだせない。ネットには普通価格より低い値段が書いてあったのですが。

 

みたいなことで日常生活はトラブル続き。
これ以上お金がかかることはごめんんこうりたい。

 

ここに住んで17年。来て1、2年して植えたプラムが青い実をびっしりつけました。
例年なら虫や鳥に食べられて、紅く熟す頃には見るも無残な姿になるのに、今年は   どうしたのか、洋風プラムも和風プラムも虫もつかず鳥もくわず健在。

和風プラムはここではばたんきょ(巴旦杏)と呼ばれ、洋風はプラムで品種もソルダム
とか植えたのだけれど、成るまでの時間が長すぎて名前は忘れた。
でも今年は洋風も和風も人間が食べられそうです。

「赤毛のアン」に出てくるピンクの花が愛らしいクラブアップル。
これも紅い固そうな実をびっしりつけているけれど、食べられるのか食べられないのか
どうなんだろう。見るからにまずそうなので採る気になれない。

そしてブルーベリー。
植える時には、ホームセンターで苗木が半額になってたとかで、買っては植え買っては
植えして、何度が草刈機で刈り飛ばしたりしたのだけれど、そんな苦難にも負けず
大きく育って、今年は驚くほどたくさんの実をつけました。

植える時には実なりや収穫のことなど考えていないので、成ってみてこんなにたくさん
なるのか!とびっくり。
木の横を通りかかる度に、横目で見ては「ああ、実が落ちそう、早く採らなきゃ」と
思いつつ、忘れ忘れてほっといて大量の実をついに雨の中で採りました。

大きなボールにいっぱい。
ジャムにするのも冷凍にするのも面倒なので、ボールを横に置いといて、おやつ代わりに
食べているけど、これで少しは目がよくなればいいんだけど、、、と期待しています。

昨日草を刈ったらクルミがゴロゴロ。
去年はリスに食べられたくなくて、落ちたらすぐに拾う、拾うけど処理が面倒で
ほったらかす、という無駄なエネルギーを使ったので、今年は欲張らずリスにも
わけてやって自分でできる範囲で拾って処理をしてくるみ餅の材料を作ろうと思います。
せっかく和菓子教室に通っているのだから、実なりを利用しなくては。

ちなみに今回の和菓子は「水ようかん」でした。
出来上がった水ようかんを青い竹の筒に入れてみずみずしい笹の葉で蓋をして、その   お洒落な清涼感に大満足したのはいいけれど、竹筒から水ようかんの出し方を聞き忘れて、キリで反対側に穴を空けたり、包丁で縦に叩き割ったり無粋なことに。

自然を食するというのは、その季節になると楽しいことではあるけれど、手間も時間も
かかって、ついでに虫にも刺されてなかなか大変です。
そういえば由美さん、蜂に刺されてたけど、どうなったかな、、、。

 

 

新しいパソコン

ここしばらく調子が悪かったパソコン。

急に字が大きくなったり、くるくる動いて画面が安定しなかったり、暗ーくなって
立ちあがらなかったり、ああなったりこうなったり、いつもメインテナンスをお願い
している狩野さんに来てもらって相談してしているうちに、いやもうやめよう、pc
変えようと思うに到りました。

狩野さんに相談して、勧められたのがこれまで馴染んだウィンドウズではなくてMac.
できるのかな、できるのかな、と心配でしたが今日、これまで使っていたウィンドウズ
より、うんと薄くて軽ーいMacPCがやってきました。

 

で、これでブログを、というのが狩野さんの宿題。

今んとこどうにかこうにかなってますが、最後まで行き着けるかどうか。
写真まで入れられるかどうか。
76歳にしての挑戦。頭の体操、ぼけ防止。

一昨日、ひとりでぼんやりしてくて鳴子の森の中にある潟沼に行きました。
森の中を抜けて沼が見えるところまで出て驚いたのは、その水の青さ。
空の色を映して見事なスカイブルー。

おおー、入った!

なんとかなりそうです。

よろよろとMacの練習をします。

 

 

 

 

 

毎年恒例

毎年直売所の表や裏の軒に巣を作るツバメの雛が、飛び立ち前の
大きさに育ってきました。

生産者用の建物の入り口のすぐ上、手が届きそうなところにも毎年
同じツバメなのか違うツバメなのか判らないけれども巣がかけられ、
もう大きくなった雛が4羽並んで大きな口を開けて親鳥を待っている
姿を、お客様が楽しんで見ています。

この時期、毎年恒例で起きるのが雛落下事件。
なんでこの時期になると落ちるのか、毎朝直売所に行く度に裏や表に
飛べない雛が落ちていないか気になります。

先日見かけた表の軒から落ちたらしい雛。
他の兄弟らしき子ツバメは高さは低いながらも縦横無尽に飛び回って
いるのに、1羽一回り小さく見えるこどもツバメがどんなに羽ばたいても
力が弱くて飛べない。もうちょっと! もう1回!、と自分がツバメになったように手に汗握る気持ちで見ているのだけれど、うしても浮き上がれ
ず地面に下りてしまうのです。

飛べない小ツバメから離れず、周りを飛び廻っている2羽の親ツバメが、
地面に下りたままの小ツバメに餌を与えるのを初めて見ました。
思わず手を出したくなるのだけれど、それは絶対やっちゃだめだと言われ
ているのでやりません。

でも気になる。毎日。

 

先日カッフェパーシモンに初めて来たお客さんは、千葉から隣町の
加美町に越してきて、自転車で周辺を探索中のあ・ら・フォーティの
女性。その日は、楽曲喫茶パーシモンを目指して来たとのことでした。

話しているうちにお客さんのリカさんは、パーシモンの壁に貼られた
「北の国から」のカレンダーに注目。
「なんで北の国からのカレンダーがあるんですか?」
と問われて、海の手山の手新聞バッグとここ数年間培ってきた富良野
との関係や富良野塾の話をしました。

するとリカさんから「私も富良野にいたのですよ。独身の頃に富良野で
働いてみませんか、という農業作業員募集の広告に応募してしばらく
富良野のメロン農場で働きました」と驚くような言葉が。

さらに「一緒に作業していた方が2人富良野塾に入ったのですよ。富良野
塾は2年間なので、その後どうなったのか

 

 

 

 

 

盛岡へ

毎日いろんなことが起こります。

昨日は道の駅出荷組合花部会研修の下見に盛岡まで遠征。
今年の花部会の春の研修は、盛岡の街中に飾られる花のハンギングバスケットを
観たいと思っています。

盛岡までは東北自動車道で約2時間。運転してくれるのは部会員の野田さん。
同行者は盛岡に詳しいチヨさん。

しかし、この数日ひと季節戻ったように肌寒くて、宮城よりもっと北の
岩手ではどのくらい寒いんだろう、とちょっと不安。お天気は梅雨入りしたに
しては良好。

盛岡では野田さんが前もってハンギングバスケットに関する情報をお願いしていた
盛岡の情報紙の元編集長、稲子さんが出迎えてくれました。

稲子さんのお話では、最初は毎年花で飾られるカナダのビクトリア州との姉妹
都市交流で始った盛岡のハンギングバスケットだが、今では町ごとに分れて
独自のハンギングバスケットを作っているのだそう。

ご紹介頂いたフキデチョウの通りのハンギングバスケットは、
お花は少し。バスケットが下がっている5月ー10月の間に蔓や葉が長く伸びる
種類を植え込み、バスケットは鉄製。11月にサンクスギヴィングのかぼちゃに
替え、かぼちゃが終ると雪の下でも美しく見える灯りに替える。替えるときには
通りの大人も子供も皆一緒に作業をし、終るとお鍋を食べたり、ソフトクリーム
を食べたり。この町独自のハンギングバスケットとの付き合い方だそうです。

お話を聞くだけで、バスケット作りや雪の中の灯りの情景が浮かぶようでした。

このフキデチョウの通りは静かだけれど、洗練されたぬくもりを感じます。
通所介護施設なのにお年よりも大人も子供も無料で本が読めるという、珍しい
図書文庫。

インドから直接買い付けられた紅茶のお店「しゅん」
偶然も偶然、紹介された紅茶のお店が、自分のお店の紅茶の親元さんだと
わかってびっくり、大慌てのチヨさん。
この「しゅん」のオーナーさんから、ふきでちょうのハンギングバスケットに
ついてのお話をうかがうことができました。

市街のハンギングバスケット。

橋の欄干の外にも、

町の中にも、

 

2時間近く市街を歩き廻って、だいたいの距離感を把握して終了。

 

帰りに前から興味があった紫波町の公民連携で作り上げた新しい町つくりの
モデル「オガールタウン」にちょっとだけ寄り道。

全国に例がない官民連携で町作りが始められたこの町で、最初に作られたのが
図書館。図書館の利用者に向けて、カフェや子育て支援センター、クリニック
に産直マルシェなどが配置され、全国から利用者がやってくるバレーボール体育館、
その利用者のための宿泊施設、と次々に設置されていった新しい町オガールは、
耳目をひきつける美しい町でした。

産直マルシェ、

花売り場。広くて羨ましい。

図書館とは思えない図書館外観、

書棚が白く天井が高い広々とした図書館は、蔵書にレベルが高く1週間ほど
INに宿泊して読破したい、と野田さん、大変気に行った様子。

この図書館では、以前に我が家の長男のお嫁さんと同じ浦安の図書館に
おられた司書のKさんにお会いすることができました。
お会いできてほんとうによかった。これも偶然の賜物。
まさかうちのお嫁さんと同じ図書館の職員だった方が、東北の図書館に
おられるなんて思ってもいないもの。

 

全ての視察を終えて、紫波から岩出山に直行。
帰ってそのまま、公民館での道の駅出荷組合理事懇談会に出席。
9時終了。
帰って餅搗き、というハードな1日、しかし充実した1日でした。

これからこの下見をどうスケジューリングするか、が課題。

稲子さん、しゅんさん、お世話になりました。

 

 

挑戦の日々

洋裁 なんてもうすることはない、と思っていたけれど、昨今の既製品に自分の体型が
会わないことが苦になる、あ・ら・セブンティ4人、思い立って自分たちで洋服を
作ることを決断しました。

洋裁を教えてくれるのは、石巻は渡波の加納さん。
本来は糸を紡ぎ、染め、機を織り、洋服まで仕立ててしまう織り屋さん。
モノ作りネットワークで知り合って、新聞バッグの製作や検品にも協力してもらって
大震災以来のお付き合いになります。

教えてくれるほうは、織物、仕立てのエキスパートだけれど、教わるほうは
若い頃には子供の服など作ったものの、もうミシン糸のかけ方さえきれいさっぱり忘れ
いるうえに、まずもって問題なのは全員揃って老眼で目が見えてない。

それでもみんなそれなりに嬉しくて会場の公民館の和室に10時集合。
先生曰く「簡単な作り方だから1日で出来上がるよー」。
ほんとかね。ほんとにそうならいいんだけれど・・・。
見えぬ目を見開き、昔の記憶を辿り辿り、ひと月に一度の挑戦が始りました。

広い和室の隅々まで散らかし放題で、型紙とり、裁断、ミシンにロックミシンまで
「先生、先生」と呼ばわりながら、全員一応の形が出来て大満足。
いやに順調。なんかどかーんと来るんじゃないかと案じていたら、やっぱり
中盤まできて、私の服は前身頃と後ろ身頃に長さが5センチも違ったまま切断!
信じられません。

3時ごろには止めようねえ、なんて甘いことを言っていたのが、気付けば夕方5時。
時間を忘れました。ウン十年ぶりの服作りは想像しなかったほど面白い。

今日の楽しさに気をよくして、次はウエストゴムのパンツだの、いつか襟付きだの
夢ばかりが膨らみます。

服を作るためには布を買ってみたり、糸を合わせてみたり、自分でもできそうな
型紙探したり。日頃は足を向けることもなかった手芸屋で、新たな楽しみを見つけました。

次は6月の同じ日、第3金曜日。
誰かやりたい人いる? と周囲の人たちに聞いたら一度に3本くらい手があがりました。
次はメンバーが増えて賑やかになりそうです。

 

昨日は午前中は眼科の予約日。
のつもりでお餅仕事を終えて慌てふためいて眼科にとんで行ったら、なんと予約は
来週だったというお粗末。まったく恥ずかしい!

お昼は休日の上條さんと待ち合わせて、新たに鳴子温泉でもと「さとのわ」の店主
みきさんがオープンしたカフェへ。
古い建物を利用してオープンしたカフェはクラシックな雰囲気で、みきさん手作りの
地域の野菜を利用したランチやお菓子が提供されています。

夕方涼しくなってから、野田さんの菊畑へ。
もう少々遅れぎみではあるけれど、とにかく菊を植えたらピンチして開花抑制調整剤
をかけるという一定の経緯を経験します。
野田菊試験場。リーダーは野田、helpはパーシモンの千代さん、上條さん、私。

おおお、細い1本立ちだった苗が、ずんぐりしっかり育ってました。

向こうの杉林の大きい3本の中ほどから熊出てきて帰っていくのだそう。
4人で薬剤をかけ、菊の周りで伸びかけている雑草をとって終了。

今年の秋か冬か、まだ時期は決まってませんが、新聞バッグコンクール東北開催の
打診がきています。

その第1回目の打ち合わせ。

以前高知県四万十で新聞バッグ事業の事務局を任じていた黒田さんが、過去の
資料を持ってきてくれました。
東北で、ここで、新聞バッグコンクールがやれるのか。
これから詰めていきます。

 

 

 

新聞バッグとポンちゃんと。

昨日、一昨日と雨模様で寒い。

初夏とは思えぬほど寒いので、着るものに非常に困る。

新聞バッグの注文で南三陸のけいこさん宅へ行ってきました。4月くらいから
ワカメ、昆布の仕事で忙しい時期に、新聞バッグ制作は頼みづらいのだけれど、
「いいよ」と軽く承知してもらえてほッ。

大震災から7年経っても、東京恵比寿のギャラリー「まぁる」のオーナー、木川
さんからは変わらず、「またお願いねえ」と注文してもらってます。
有難いことです。

大震災後の、ただお金が必要、ただで貰うのはいやなので、手の仕事で少しづつでも
収入をと始めた最初の役割とは、徐々に変わって、販売するのだからちょっとでも
クオリティが高いものを、という姿勢もちょっと変わって、今は第3段階。

これからどのように進んでいくのかこれから考えます。

新聞バッグはあ・ら・伊達な道の駅で販売中。月に1度店内レストランで、
新聞バッグ作りの講習もやってます。全然宣伝していないのでここでPRを・・。

 

ワカメ最盛期の頃は、浜の作業小屋に訪ねていたので会えなかったおばあさんにも
久しぶりに会えて、お互い「元気でよかった」と再会を喜び合い、帰りにはさんさん
商店街でお魚買って、大急ぎで高速走ってUターン。

4時には戻って畑に蓬刈りに行き、日暮れまで丈高く伸びた草を刈りまくってへとへと
の体力を立て直し、夜は蓬茹でてタケノコ茹でて終了。
疲れた!

 

 

翌日は朝のお餅の出荷後に、夜開催予定の野田、理君の誕生会及びパーシモン開店
2周年お祝いのためのお魚を買いに町内のスーパーへ。スーパーといってもとても
小さいお店で新しいお魚があるのが特徴。

ピッカピカの刺身用のでっかい鯛、鰹、平目の中からマスターが扱い易そうな特大
ソイとイカを買ってパーシモンに持ち帰ったところで、
「ポンちゃんがご飯食べなくて死にそうだ」との畑で作業中の花のYおじさんからの
電話で、畑に直行してポンちゃん連れて動物病院へ。

大震災後迷いネコになって別荘地の一番上にあるKさんちに現われた雄ネコポン
ちゃんはKさんの奥さんに可愛がられてのんびり暮らしていましたが、Kさんの
ご主人、奥様ともに病気になって引っ越されることになり、ポンちゃんは花のYおじさん
に預けられて暮らしておりました。見たとこひどく老齢。

獣医先生曰く、「あらあ、ずいぶんご高齢だねえ!」
大きい注射と小さい注射と3本も打ってもらって、帰ってきました。これでご飯が
食べられなかったら、もう諦める年齢だと・・・。

 

夜はパーシモンで小さなお祝い会。

野田さんが宇都宮で買ったたくさんの餃子と手巻き寿司と蝋燭3本だけ立てた小さな
ケーキで唄を歌って、お腹いっぱい食べてビールと焼酎のんでみんなご機嫌で
夜は更けていきました。

 

夜11時、Yおじさんから電話。
「ポンの輔君、おしっこしたよー。水のんだよー。」遅れて「ご飯食べたよー」

凄い! ポンちゃん、今回は生き延びた。

がんばれ、ポンちゃん!

 

 

 

 

 

 

商品を作る

4月20日頃から萌え出した新芽。
1ヶ月で我が家の窓の外は緑一色。冬の間は木々の間から見えていた下の道路は
緑に隠されてすっかり見えなくなりました。

長いゴールデンウイークが終ったら、母の日。

今年はこんな母の日カーネーションを子供から貰いました。

年々歳々、売っているものの形は変わっていくけれど、母の日カーネーションも
昔とはすっかり様相が変わって、このブーケ、冷たくふよふよしたお尻の辺りを
触ると、ゼリーかなにか使われているのかなあと、花屋の母はそんなことが気に
なります。勿論とても可愛らしいのですが。

右にあるのは私は野田さんと一緒にワークショップで作ったハーバリウム。
近頃流行りのハーバリウム。「植物標本」というのがハーバリウムの意味という
ことだけれど、このビンの中身は「植物標本」ではないね。

本当のハーバリウムはほんとうに植物がぎっしり入った標本みたいで魅了されました。
自分が作った花や野草や野菜で「植物標本」ができるなら、そんなハーバリウムを
作ってみたい。

標本ではなくてこのところ翻弄されているのがタケノコと蓬。

今年から裏山の竹林のタケノコを直売所で売り始めた花栽培のYおじさんの、売れ残り
だったり売らなかったしたタケノコを、竹林から運んできては、お餅用の餅米のとぎ汁
で茹でるのが日課になりました。

何するったって当てはないのでけれど、食べられるのを見捨てるのは勿体ないので
茹でては東京や富良野に送ったり、主食のようにタケノコを食べたりしつつ、この
タケノコを長期に保存するにはなどと頭をめぐらせます。

しかし今年はタケノコのあたり年なのか表年なのか、タケノコを茹でるようになって
みて初めて、タケノコってのはこんなに出るものなのかと・・・・。
採る人の重労働、タケノコを茹でて調理してビン詰め加工にしてと、毎日タケノコ仕事で
重労働に労働を重ねるよっちゃん農場、よっちゃん夫妻の疲労に思いを馳せたします。

そして蓬。

東北のこのあたりの蓬はとてもきれいです。
元からここに住んでいる人は当たり前のこととして気付かないだろうけれど、蓬をたまに
見かけるところといえば犬が散歩する小さな公園だったり、舗装されてない(滅多にない
けど)道っぱただったりの埃にまみれた都会の蓬と較べると、緑濃く清潔でとてもきれい。

土地の主以外には、熊や猪、狸に鹿くらいしか歩かないこの地の畑や野原の蓬は、採らない
のは勿体ないほどきれいで、野田さんと相談して採る作戦を開始しました。

私は採って茹でて潰して蓬のお餅に。
野田さんは現在研究中の温泉熱乾燥で蓬のお茶に。

大量に採って茹でて、温泉熱で2日。乾燥させると乾燥蓬のできあがり。
そのまま飲むのもよいけれど、蓬パウダーにして使い手をよくしよう、と乾燥蓬を粉々に
するミルにかけたら、もこもこふわふわ、と出てきたのは百草(モグサ)。
パウダー少量、ふわふわモグサは大量で、初めは何か判らずモグサ茶を飲んだりして最後に
落ち着いたのは蓬茶。モグサは精度を高くするとお灸用になるそうです。

みんなで協力して細かく揉んで袋に詰めて蓬茶ができあがりました。
この蓬のお茶は野田さんの東京マルシェでの商品。

東京でお客様に試飲してもらったら好評だったそう。

パン工房「蒼い虹」のパン職人じゅんこさんは、南三陸の新聞バッグ作りのエキスパート、
けいこさん宅(本業はワカメ養殖)のワカメを乾燥させて細いねじねじ、ワカメ入り
グリッシーニに。
そして新聞バッグ講師黒田さんは、庭の八重桜の花で、桜のお茶に。

桜茶は凄くいい香り。
もったいなくて飲めないわ!

この辺りの生活のなかにある資源を使う商品作りはこれからも続きます。
頭も体も使うけど、楽しい作業です。