荒尾岳へ

たぶん今年最後の山登りに行って来ました。

行き先はオニコウベ(鬼首)の荒尾岳。
数日前の低温、荒天でどうなることかと心配したけれど、最高の好天。
青空、風なし、気温高し。うれしい~!

しかしながらまずは仕事。お餅を作って道の駅に置いて、パーシモンの土屋夫妻と
合流して、メンバーが待つ鳴子の駐車場へ。今日はよっちゃん、みっちゃん夫妻も
初登山で参加してくれましたが、お天気よくてほんとによかった。

荒尾岳は吹き上げ温泉の先、八つが森登山口からはいります。
1000メーターに満たない山だけれど、ブナの樹林の中に作られたジグザグの登山道は
整備されていて歩き易く、敷き詰められたようにブナの実いっぱい。椎の実ドングリも
いっぱい。でも落ち葉もいっぱいで油断をすると滑りそう。

普通の人の足では登り1時間半、下り1時間だそう。でも私がいるので、2時間で上等
とは思うものの、なにせ歳をとってからの登山再開だから思うようにスピードが出ない。

山行は今回が初めてだというよっちゃん夫妻の脚力には驚くばかり。
普段、筍掘りや竹の間伐で竹林を歩き廻って鍛えられた体力でぐんぐん高度をあげていく
実力に敬服。この夫妻には私はなんでもかでも感心しっぱなしです。

若者2人に前後をガードされながら2時間弱で頂上到達。
登ってくる途中のブナの樹林も素晴らしかったけれど、頂上から一望する栗駒山の美しい
こと。今は葉を落とした木々が真っ赤に染まる10月頃に是非また登ってみたい。

 

待望のお食事タイム。
若い人がいる今時の山のお食事タイムは、昔と較べて目を見張るものがあります。
山の道具はなにもかも高機能でお洒落。コーヒーだって、ミルで豆挽いて本物志向。
ああ、せっかくのコーヒー、ひっくりかえしちゃった!

下りは普通の足で1時間、私が混じって1時間半。
汗ばむほどの温かさで、さほどの疲れもなくちょうどよい具合の山でした。

本当に楽しかった。
一緒に行ってくれるみんなに心から感謝です。

山からおりたら、よっちゃん夫妻はお仕事へ。
残り一同は汗を流しに温泉へ。私とチヨさん夫妻には初体験の農民の家へ。
311の大震災の時、東松島の方たちの避難場所だったこの農民の家だけが自炊で、
私たちの直売所から週に2度野菜を運びました。
「ご恩は一生忘れません」などというお礼状を後に頂いたりした農民の家。
どんな温泉だろう、と思っていたのですが、入ってみると想像とは全く違っていてびっくり。

想像していたよりずーっと大きい。湯治用のお風呂は混浴、男女別いくつもあって、廊下
では生活用品や衣類や靴が売られ、ゲーム機もいっぱい。
温泉に入ってゆっくり寛いでまた温泉に入って1日過ごすという湯治文化の本拠地。
今日は社交ダンス大会も催されていました。

山行と温泉が終ると、私は今日の餅つき仕事へ、野田さんは古川へ仕事へ。
遊んだり仕事をしたりと大忙しの1日でした。

もう11月半ば。もう一度くらい山に行けるかどうかなあ。

 

 

 

鬼首温泉郷半日散歩。

お天気がいいから、お天気が良すぎるので。。

朝のお餅仕事を終えた後、帰らねばと思いつつ、秋の抜けるような青空があまりにも
もったいなくて、上條さんを誘って午後から鬼首へGO。

久しぶりの鬼首。
スキー場あり、山あり、草原あり、牧場あり、いくつもの温泉あり、ダム湖あり、火山噴火後の
カルデラという特異な形状を活かして、渓流沿いに熱湯が吹き出る地獄谷あり、地熱発電所
あり。こう書くとなんとも凄いところではないですか。

上條さんの自宅は鳴子温泉の最奥。
自宅からすぐ上の鳴子ダムに沿ううねうね山道を進むとまもなく鬼首に入ります。
紅葉シーズンは終ってしまって、山の木々は葉を落す前の深い黄葉。ほぼ赤褐色。
赤褐色の森の木々がダム湖の青い水色に映えて、なんとも美しい佇まいです。

ちょっと寄ってみよう。。
好奇心の強い上條さんの提案で、これまで気付かなかった吊り橋?へ。
ここは車では行けません。車を止めて歩いて行くところ。

新しいバイパスの橋

次は、吹き上げ地獄谷を散歩に。



地獄谷は渓流沿いの遊歩道。流れを挟んであちら側、こちら側にボコボコ音を立てて
湧き出るいかにも熱そうな湯溜。立ち上がる湯煙。

川の流れは一見冷たそうだけれど、手を入れてみれば40度くらいだったり60度くらいだったり
あっつっつ・・・・というくらい熱かったり。

この地面の下全体にこの熱があるのかと思うと、地球そのものを感じさせられます。

カルデラ大地をぐるりと廻れば片山地獄や地熱発電所を見ることもできるのですが、それほどの
時間もなく、最後はワイナリーがある吹き上げ高原へ。
正面にどっしりと構えた岩山のかむろ岳を望み、見晴るかす緑の草原、草を食む黒牛。

山の端を彩る残照。

右を見ても左を見ても本当に美しい鬼首温泉郷。

規模は違うけれど故郷九州の阿蘇山麓を思わせるような、富良野の麓郷にも似ている
ような。

最後に観光案内冊子で見たお豆腐屋さんの豆腐を訪ね訪ねて探し当て、豆腐と油揚げ
を土産に買って、本日の鬼首散歩を終わります。

鳴子温泉から30分もかからない鬼首。
この地球の息吹きが感じられる美しい山郷をもっともっとたくさんの人に知ってもらって
訪ねてほしいと思います。

 

 

 

 

晩秋

久しぶりのブログ。
パソコン不調になってからしばし中断しましたが、新装なって再開します。

怒涛のようなお餅つき三昧の紅葉シーズンも先日の3連休でやっと終り、普通の日が戻って
きました。毎日元気に1日に2度道の駅に通って、疲れてないつもりだったけれど、けっこう
全身くたびれてるなあ、と感じる昨日今日。

11月4日5日の高知で開催された新聞バッグコンクールには、海山からの出展は高知大学
チームといつもお世話になっている滋賀県の角川さんの作り手による滋賀チーム。
本家東北海山は今回は出展なし。
ということで、現地には高知大学のサキナちゃんとアヤネちゃんに行ってもらって、コンクール
の報告をもらいました。

なんと高知大学チームからの1点で高知銀行賞受賞。
なにより初めて嗜好を凝らされた大量の新聞バッグが並ぶコンクール会場を見たサキナちゃん
とアヤネちゃんがびっくりしたり感動してくれたりしたのが嬉しいことです。
同じ高知。これをきっかけに四万十と高知大学が繋がればいいな、と思います。

こちらも4日は古川の穂波クリニックで、研修に来た東北福祉大学と静岡大学の学生たち
30人ほどとお餅ワークショップをやることに。

患者さんを訪問して現地研修を終えた学生たちに、搗いたお餅を楽しんでもらいました。

 

それにしてもこの3日ほどのお天気の良いこと。
これまでの悪天候を一掃するような連日の青空と温かさ。
これまでちょっかい出されて迷惑至極だったサヴァが、貰い子に出て行ったので、生き返った
ように日向でくつろぐシロ。

ウイークエンドの道の駅の空に浮かぶバルーン。

 

 

 

 

動画・新聞バッグの作り方

9月の終わりから10月下旬にかけて、身内が亡くなったり、時を同じくして私の郷里福岡
から親戚部隊が東北の紅葉見物にやってきたりで、ジタバタすること約2週間。

ようやっと通常の生活が戻ってきて、昨日くらいから溜まった雑用仕事を片付け始めました。

新聞バッグ仕事もみっつくらい重なっていて、そのひとつが高知県で行われる全国新聞バッグ
コンクールへの参加。
海山でも東北新聞バッグとして何度か出品してきましたが、今年は趣向を変えて、新聞バッグ
の講習をした先の方々に参加してもらうことにしました。

海の手山の手ネットワーク滋賀チームと海の手山の手ネットワーク高知チーム。
滋賀チームの代表は㈱ウルズの角川社長にやって頂いて、高知チーム代表は高知大学の佐藤先生。
それぞれに初めてお会いしてからの物語があります。

滋賀県のほうでは皆さん楽しんでバンバン作られているようだけど、高知チームでは作り方
が怪しくなっているという連絡をもらい、どうやって作り方の指導を安定させるか、という相談をしました。
そこで思いついたのが動画。
遠隔地へ口で説明するのはとても難しいので、今の世の中、もっとも利用されているIT機器を使うのは
どうだろう、と。

場所は喫茶パーシモンをお借りして、モデルは上條さん、カメラの協力者はオサム君。

「ちょっと待って、ちょっと待って、今のは言い方がまずかった」とカメラを止めること数度。
店内に流れるジャズをバックミュージックに、傍らの話声やカチャカチャと鳴るコーヒーカップの音
なども混じえながら、海山初の新聞バッグ作りの動画が出来上がりました。

その後オサム君に編集してもらって携帯で見てみたら、これは大変にわかり易い。

これに英語の文字を載せたら、英語版もできるね、とモチベーション上がりました。

そして10月第2火曜日の夜は、定例カレーの集いの2回目。
持ち回りの俄かコックがカレーを作ってみんなで食べる、というだけの集まりではなく、カレーを
食べながら、自分たちが住む町のことを考えましょうよ、という集い。

2回目のカレー制作者、野田さんのメニューはドライカレー。
2時頃からパーシモンの厨房でキャベツを切ったり鉄鍋で炒めたり、熱心に務めを果たしていました。
第1回目同様、会場のカガモクさんで野田さんがプレゼンするのは鳴子温泉を元気にするブレスト。
ブレインストーミング、略してブレスととは集まった者でアイデアを出し合う、新しい形の会議の方法だとのこと。

聞いたことがない言葉で、何がどうなるのかよくわからないけれど、古川から岩出山、川渡温泉に
鳴子温泉、県境を越えて山形県の最上町まで、それぞれの土地から来て集う者たちが、温泉を
元気にするアイデアを飾らず恐れず出してもいいよ、ということのようです。

実践に向けてまたみんなでアイデアを出し合うというもの面白い。
ブレストではなくても、古くから日本には「3人寄れば文殊の知恵」という言葉があるのだから。

それにしても日々のお天気の悪いこと! 困ってしまいます。
稲刈りは終わらないし、農作業は大変だし、紅葉シーズンだというのに意気上がりません。
明日は晴れますように。。。

 

 

 

 

鳥海リベンジ

なんだのかんだのと忙しくしているうちに日が過ぎて、ブログの間が空いてしまいました。

月曜日、爽快な晴れの日、念願の鳥海リベンジの日を迎えました。

この日のために、無理やり時間を作って、1時間歩いたり、200段の神社の階段を登ったり
下ったり、城山の急坂を一度も止らず登り上がってみたり。
それでも同行のみんなに迷惑をかけるのではないか、と恐れおののいたりもしたけれど、
もう待ったなし。

5時に起きて大特急でサンドイッチを作り、6時パーシモン集合。
マスターとチヨさんと3人、マスターの運転で秋田県飽海郡、鳥海山登山口鉾立駐車場へ。

同行の野田君は仕事を終えた後、昨夜のうちに鉾立に入り、山小屋に一泊。
早朝発で頂上まで行き、外輪山を廻って下山、後発の私たちと御濱小屋で合流予定。
もう1人の若い同行者オサム君は、一作日から栃木県の鬼怒沼に登って下ってその足で
鉾立に向かい、車中泊で先発ということになっていたけれど・・・。

3時間ちょっとで鉾立駐車場着。
鳥海ブルーラインの樹木はうっすら紅葉。
昨夜着の新潟の高田さんとかのうさんの姿が見えました。
こんな大きな山に登る時には、2百数十回も鳥海山だけに登り続けている高田さんがいて
くださるとホッとします。
そして1月置きに障害者登山のサポートをなさっているかのうさんが、足取りの遅い私の
横で「ゆっくり、ゆっくり」と声をかけてくださると、逸る気持ちが落ち着きます。
先発しなかったオサム君も一緒に9時半過ぎに出発。

思ったよりも雲が多いけれども、雨の中を登った前回を思えば視界は上等。

ゆっくりゆっくり登って、途中かkら高田さんの案内で主要コースではないルートを登らせて
もらいましたが、進むにつれてびっくり。ものすごいチングルマ(高山の花)の群生。他にも
イワカガミにハクサンイチゲにイワタバコにその他その他。広大なお花畑の中を歩きます。

お昼を過ぎて、食事を済ませ、最後のひと登りを経て御濱神社、御濱浜小屋に到着。
残念ながら完全にガスに覆われて、下界は真っ白、何も見えず。時折り切れた雲の間から
頂上の一部が姿を現します。その頂上から降りてきた野田君が待ちくたびれ顔で登場。

全員揃ったところで下山開始。
下山を始めて間もなく、浮き石に乗ったかなんかで左足首負傷。
山に登り始めて20年。手首は何度か折ったことはあるけれど、足を傷めるのは初めて。
大丈夫だろうと思っていたら大丈夫ではなくて、だんだん痛さが増し歩けなくなりました。

野田くんからもらった傷み止めを飲み、テーピングをしてもらいそれでも下れず、左右から
抱えられてえっちらおっちら長い時間をかけて下山しました。
ああ、恥ずかしい!
でもおぶわれないで下れただけでもましです。

駐車場近くまで下りたところでガスがきれ、夕焼けに照らされた鳥海山が姿を見せてくれ
ました。
その後、温泉のお風呂に入るのも大変なことになってしまったけれど、ほんとにほんとに
楽しい鳥海山リベンジでした。
来年はもっと足を丈夫にして、お花畠を見に行きます。

連れていってくださった高田さん、助けてくれたみんなみんな。ありがとう~!

 

 

 

台風一過

台風!
昨日は午後から雨が降りだして、夜も雨。台風っぽくない雨。

朝起きると、庭の木々が大揺れに揺れていて、今台風が近辺を通り抜けている様相。
しばらくして叩きつけるような雨が音を立てて降り、30分ほど経ったら静かになって、白い雲と青空が。
ええ? これで終り?

もう終っちゃったんでしょうか。

こういうこともあろうか、と一応普通分くらいに搗いたお餅を持って、少し遅れ気味ながら道の駅に出動。
今日は台風だからお客様は少ないだろう、という予想は大きく外れて、直売所は大混雑。
鳴子に近い道の駅ではもっと強風が吹き荒れていて、直売所に置いたバケツに入った花束が、
表自動ドアと裏自動ドアが同時に開く度に外へ吹っ飛んでいきます。

田んぼの稲はめちゃめちゃに倒れているけれど、でもこの程度の被害で済みありがたいことでした。

 

そして、今日は高知からきた若い女子学生のことを少し。

高知からやってきた第1日目は、丁度折りよく開催日に当たった、川渡温泉カガモクさんのCafeで
コケシ作りに参加してもらうことにしました。
カガモクさんご夫妻の奥様は川渡温泉出身で、今はコケシ作りを本業とされるご主人は県外出身。
東京での生活を止めて川渡温泉の奥様のご実家に住まいを移し、ご主人手作りの建物でCafeを
開いて、人が集まる場を作ってゆきたい、という目標を持っておられます。

地域を学びたい女子学生、アヤネちゃんとサキナちゃんには願ってもない学びの場。
カガモクさんにお願いすると、快く引き受けてくださり、二人はそれぞれに小さいコケシを作った
後、ご夫妻は、たくさんお話をしてくださった、と後で伝えてくれました。

第1夜は翌日の政宗公祭りに備えてパーシモン泊。
お店の手伝いをしてもらい、宵祭りの世界甲冑大会や夜店見物。翌日の本祭りでは武者行列や
よさこい踊りなど、本通まで見に行って楽しんでくれたと思います。

3日目は、南三陸訪問。
私自身も移転後に初めて行くさんさん商店街。

仮設店舗に変わりはないけれど、お店の作りは新しくなりました。
売っているものも都会からのお客様向きにお洒落なものが増えました。
地元のお客さん向きというより観光客向きなので、この先もお客さまが途切れないことを
願います。

震災後6年以上経って、やっと食品スーパーができました。
道路がまったく新しくなってしまったので、行き易いのか行きにくいのかわかりません。

さんさん商店街から見る景色。

この新しい志津川の町は10メーター以上嵩上げした土の上に建っています。
ということはこの土地の下に元の志津川の町があるということなんですが、ここから見ると、
そんなところに?という位置に、多くの犠牲者を出した防災庁舎が保存のために新しく塗られた
赤色の姿を上部だけ見せています。
一般道路に沿っていた元の位置の時は、通りすがりに寄ってお線香などあげていたのだけれど
今は近づけるのか近づけないのかわからない。

菊のお師匠さんの小野寺さんと新聞バッグを折ってくれているケイコさん宅を訪問。
ケイコさん宅で2人は、来年は長期滞在してワカメ養殖を手伝う、と力説していました。

翌日はよっちゃん農場訪問。
日々忙しいよっちゃんも時間をとってちゃんと迎えてくれて、二人のこの先の目標の話を
じっくり聞いてくれました。

帰る当日は農家の由美さん宅を訪問。
専業農家で米を作り、野菜を作り、牛を飼い、地域の老人にとって有能な介護福祉の仕事を
する由美さんの話をたくさん聞けたと思います。

その他にも地域協働学という学問を学ぶ二人に会ってほしい人たちはいるのですが、それは
また次の機会に。

たまたまのことで、12日の夫の命日で帰省したふたりの息子たちも、彼女たちに会って
話す機会に恵まれました。

短い滞在でしたが、アヤネちゃん、サキナちゃんの岩出山訪問は、私たちにとっても大変
刺激的な、素晴らしい時間でした。
来年は春休みいっぱい、夏休みもいっぱい時間をとって、また来てくれるのだそうです。
来年の祭りには見るだけではなく、自ら甲冑を着て馬にも乗って参加してほしい。

サキナちゃん、アヤネちゃん、ありがとう。
そして、彼女たちの滞在中、いつも一緒にいてくれたノダ君、オサム君、ありがとう。

 

 

 

 

祭り

今朝のシロとサバ。

この10日ほど、次々と訪問客が続くという非常事態のような日々が過ぎて、今朝からは普通の日に戻りました。

岡山や広島、北海道など各地の大学から大崎という地域を調査にみえた先生がたは、岩出山、石巻
南三陸などたくさんの場所に行って、たくさんの方に会われて聞き取り調査を尾wられました。
何時の日かこの調査がまとめられて本になったら、その時は是非読ませていただきたいです。

そしてその後に高知大学から訪ねてきてくれたのは、3年前に日本で初めて作られたという
地域協働学部1年生のサキナちゃんとアヤネちゃん。前に高知大学にお邪魔したときに、「今度
遊びに行っていいですか?」と訊ねられて「是非是非」と返事をしたら、夏休みになってほんとに
きてくれたのでした。

折りしも、岩出山では年に一度の大祭、政宗祭りの当日。
喫茶パーシモンで刀剣美術展に次ぐ2度目のカレープロジェクト予定の日でもあり、地域を学ぶ
ということも含めて、手伝ってもらうことにしました。

どうしたって平均年齢高めのパーシモンに若いお嬢さん2人と前にも手伝ってくれた中新田の
マコトちゃんが加わると、パアーッと明るくなって花が咲いたよう。

今回は外の祭り見物だからと、マスターは駐車場にシートで屋根を張って、パーシモンテラス
を作りました。

ビールもジュースも用意して、ここで休めば風が吹き通って気分は申し分ないのだけれど、
蚊に襲われるのを忘れてた。
蚊に刺されながら、川沿いに並んで西瓜を食べる休憩中のノダ君、オサム君、マコトちゃん。

踊りや武者行列が通る本場は本通りなのだけれど、テラスの前は行列の準備をする広場なので
朝から伊達政宗公や政宗公の家来トップ5くらいが乗る馬が用意され、馬のいななきが絶えず
聞こえます。

いよいよ政宗公祭りの始まり。

先頭は政宗公の下から慶長遣欧使節団を率いて太平洋をローマに渡った武将、支倉常長と
お供の女性たち。

その後、毛槍隊、武将隊、いろいろ続いて白馬に跨った政宗公登場。

馬が大きい!
朝に連れてこられて、午後の祭り開始まで待ちくたびれたのかまっすぐ歩かない!

カレー大作戦は成功したのか成功しなかったのかは別にして、カレーを出しては外に行列を
見に行き、またカレーを出しては行列見物で祭りの日が終わりました。

本日、祭りの行列参加予定の我が孫は、発熱して欠席。
残念でした。

祭りが終ってみんなで記念撮影。

楽しい1日でした!

栗駒山へ

メールサーバーの大掃除が終わりました。
私にはなんのことだかわからないけれど、PCのメインテナンスを引き受けてくださるK氏によれば、もうブログ解禁。

その間にあんまりお天気がよいので、急に思い立って栗駒山に行ってきました。

当地に引っ越して来ない前には首都圏から来て3回ほど登った栗駒山。
ここに来て2度登って以来、もう登山はできないと完全に諦めていた栗駒山。

それが月に一度新潟から鳴子温泉に湯治にみえる高田さんに「山に行こう」と誘っていただいてから、半信半疑。
ほんとうに登れるようになるんだろうかと疑いながら毎日4キロ5キロを歩き階段を登り
して勢いづいたところで、いざ栗駒山へ。

表コースで標準なら頂上まで1時間半らしいけれど、私の足なら休み休みで2時間。

ゆっくり歩いて辺りを見回せば、イタドリは黄色に色付きかけ、ナナカマドは真っ赤な実をたわわに実らせ、下草の陰には、思いがけず梅鉢草が・・。
標高が上がれば上がるほど梅鉢草が多く咲いています。

 

心臓の手術をしたご主人と奥様がお互いを励ましあいながら、行けるところまでとゆっくりとした
足取りで登っていかれます。通り過ぎるとき、ご主人の唄声が聞こえました。

1時間登って視界が開けたところで、久しぶりに高所から見下ろす山の景色の雄大なこと。
湿原も点在する池糖ももう秋の色に染まりかけています。
そして山に来ると必ず感じるのは雲が近い。
瞬時に辺りを白く濁らせながら雲が体の周りを通り過ぎてゆきます。

頂上直下、東栗駒山への分岐まで来て、ここで終了としました。
頂上まではもうすぐ。
なんだけれども、「だましだまし登ったら?」と行き交う登山者には勧められるんだけれども、頂上までの丸太の階段がどうも曲者みたいで断念。登りよりも下りで靴のかかとがひっかかりそうで怖い。
もうちょっと足が上がっていれば進むのだけれど、小さな段差でも躓くくらい私の足は上がっていない。

東栗駒山への続く稜線の美しいこと。
あまりの美しさに心惹かれて、東栗駒山まで行き、めちゃめちゃ段差がある下りでどろどろになりながら、枝にぶら下がり、岩にしがみついて下った苦い経験があるのです。
いつか行けたら、登山道が整備されていたら、と心を残しながら下ります。

次は表コースではなく、須川から登って昭和湖まで行こうと思います。
そこから上は本格的登山コース。遊歩道的ではないので、行けるかどうか。
とりあえずはウオーキングを続けましょう!

楽しく美しい栗駒山行でした。

 

 

 

聞き取り初日

広島、岡山、北海道、高知などの5大学の先生方が来訪。

8月27日から9月1日までの予定で、農村のこと、農業のこと、移住者のこと、様々な事情で、
沈みつつある地方の小さな町のこれからの展望、などなどを、聞き取り調査されるそう。
全国で4地域選択したなかのひとつが大崎で、聞きたいこと調べたいことがたくさん
おありのようですが、米以外でさしたる生産物がない大崎地方で、何を調べようとしておられる
のか今ひとつピンと来ていません。

先日伺って授業で話をさせてもらった高知大学の佐藤先生が聞き取り調査をしようとされている
のは、なんと私たち新聞バッグを作っている海山で、先生の一生懸命のお気持ちに接する度に
私たちでいいのかしら、と不安になります。

とにかく後で、しまった、無駄な時間を使ってしまった!、と後悔されないように、到着された27日から
出発される9月1日まで、細切れのようにスケジュールを立ててみました。

27日の午後は、同じ移住者でこけし人形制作者であり、自力でお店を建ててCafeを開業された
川渡温泉のカガモクさんご夫妻と、地域起こし協力隊員のオサム君にインタビュウー。
場所は初めて入るカガモクCafeですが、まずここのコケシに圧倒、魅了されました。

焼きたてドーナッツに小さい小さいこけし。
手元にも、窓にもテーブルの脚にも、目がいった先にびっくり箱を開けたように小さなかわいいコケシ
がいて、まるで不思議の国のよう。

窓にもコケシ。トイレにも・・・。

佐藤先生の質問は微に入り細に渡っていて先生の本気度が伝わりますが、大学の先生方の
ターゲットを絞った研究の真剣さを初めて実感しました。
時間がいっぱいになり、仕事を終えて同席してくれた黒田さんの聞き取りは後日ということに。

 

翌28日は佐藤梅農場。

もう梅を採る時期は過ぎていて、今は梅干作りの真っ最中。
たくさんの働き手さんたちがお仕事をされるなか、宗一社長は長時間、時間を空けて聞き取りに
付き合ってくれました。

家屋脇の大きなハウスの中では、梅を干す作業の真最中。
観測史上初めてという今夏の長雨に翻弄されて、梅干し作業は干したり取り込んだりひっくり返したり
空模様を見ながらの気の抜けない状況のようです。

開花時期には梅の花がトンネル状になる通路で、刈り払い作業中の会長、宗一社長のお父様にも
開拓2代目として若かりし頃のお話を伺うことができましたが、現代のように便利のよい機械もない
お金もない、丈夫な身体とよく考える頭脳だけが頼りの開拓農業の話の面白いことといったら・・・。
いくら聞いてても聞きあきません。
次に先生たちが見える時には、今度は梅農場の2代目のお話をじっくりうかがう時間を作りたいと
思います。

 

翌29日は、佐藤農場を超えようとの心意気で、これまでにない農業に挑みつつあるよっちゃん農場
代表、高橋博之君。
新聞バッグや道の駅役員ではいつも一緒に仕事をやっているけれど、農業者として何を目指すのか
私もじっくり聞いてみたい。明日の聞き取りが楽しみです。

 

 

 

ピアノ発表会とこけし祭り

午前中はお餅仕事。

道の駅まで行ってから、今日が土曜日であることに気付き愕然。
毎日天気が悪くてお客さんが少ないので、少なくていいだろう、とちょっぴりしか搗か
なかった。土曜日、日曜日は普段来れないお客様が来てくださるので、実はこんなに
たるんでいてはいけないのです。

午後は3年生の孫のピアノ発表会。
会場は隣り町のバッハホール。
いったん家に戻って用事を済ませ、ぎりぎりで開演時間に滑り込みセーフ。
田んぼの中の音楽堂として全国的に有名なバッハホールで、僅か9歳でスタンウエイ
のピアノで演奏させてもらえるなんて、果報者です。
田舎じゃないとこんな幸運には恵まれないね、きっと。

演奏する曲目は「秋のソナタ」と「フラメンコ」

4歳から始めたピアノ。
孫が習いたいといったわけではなく、4歳になったら連れておいでね、と50代で亡くなった
敬愛する友人ケイコさんとの約束を果たしたくて、ケイコさんが親しかったピアノの先生に
お願いしたのが始りでした。
ほんとうに丁寧に我慢強く教えて頂いての今日の日です。

立派に引き終えてほッ。
佐々木先生、ありがとうございました。

9月2日3日は鳴子温泉こけし祭り。

会場の小学校体育館いっぱいに並べられた新旧大小のこけし人形の展示を見たことはある
けれど、夜行われる献湯式及び温泉神社の神事を見たことがないので、海山女子部3人
見に行くことにしました。
車で行くのは無理なので、有備館駅前から陸羽東線の電車に乗って鳴子温泉駅へ。

駅前で、こけし祭りに合わせて粋な和服姿のノダ君とカメラを携えたオサム君にバッタリ。

お揃いの和服で献湯する娘さんたちの先頭はあかりちゃん。

神主さんの祝詞のあとお湯が桶に汲まれます。

神社の中で献湯されたお湯はお庭の一部に納められて式は終了。

 

一連の神事の間、町ではハリボテこけしの行列が通りを練り歩くということなんだけれど、
同じ時間なので、見逃してしまいました。
これは見たかった。

なんで同じ時間にやるのか、観光客としては両方見られなくてほんとうに残念。
来年は温泉神社の献湯式もハリボテこけしの行列も太鼓も全部見られるように期待します。