追悼ミサとバスレー画集

毎年6月になると東京の友人と誘いあって訪ねていた那須トラピスト修道院の
友人、グリーリ・栄子さんが亡くなって1年が経ち、東京四谷の聖イグナチオ教会
で行われた追悼ミサに参列してきました。

今年の6月には訪ねるつもりだったから、「帰天されました」という突然に訃報に
衝撃を受けました。

私のブログで俗世界では知ることのできないグリーリさんの消息をお知りになりたい
方もいるだろうけれど、栄子さんの死を口に出したくなくて口を噤んだままでした。
が、今日のミサで、ようやく栄子さんが自ら望んで神様に導かれて御許に行ったのだと
納得できました。

良いお家に生まれ育って音楽や文学の才能に秀でていた栄子さん。会う時は何時も
笑顔でエネルギッシュで、尼僧の姿になっても華やかさを失わない方でした。

普通の世界におられる時は数冊の著書を出し、著名な音楽評論家であるご主人とともに
世界の舞台で活躍された栄子さんは、ご主人とご子息を亡くされた後に修道院に
入られることになったのだけれど、その時は70歳。
70歳で修道院に入るのは実は困難なことなのだ、と神父さまが述懐されていました。

70歳まで普通の世界で生きた者が、若い時分から沈黙の世界で生きてきた人々とともに
修道院の中で暮らすという、その心のうちは察することもできないけれど、栄子さんは
いつも「でも私の居場所はここなのです」という言葉で締めくくられました、と、それも
神父さまのお言葉でした。

お昼だからかガランガランとなり続ける聖イグナチオ教会の鐘。

栄子さんとはこれでお別れです。
良い出会いでした。

 

中央線の電車の中で、娘へのクリスマスプレゼントを何にしよう、とぼんやりと考えて
いる時、クレール・バスレーの画集を欲しがっていたことを思い出しました。
検索していて、目に入ったのが吉祥時にあるお花屋さんに画衆がある、と。
なんで本屋じゃなくてお花屋さんなのかはわからないけれど、とにかくそのロビニエという
お店がある吉祥時の駅に50年ぶりくらいに降り立ちました。

わあ、変わっちゃった!
駅の前の横丁はまだ健在。大きなビルが立ち並び、お洒落なお店が軒を連ねていて。
この雰囲気、今は最も若者たちに好まれる町なのではないかと・・。現在田舎者の推察ですが。

駅前からかなり歩いた通りの奥にその目立たないけれどとてもお洒落なロビニアはありました。
ロビニアとはフランス語でロバの木のこと。壁に大きなバスレー作、ロバの木の絵が架け
られています。店の置かれたお花は数は少ないけれど、クオリティの高さは抜群。そのへんの
お店には見られない珍しい色合いの花が置かれています。

訊ねてみたらクレール・バスレーさんの画集は出回ってなくて、フランスからこのお店に
送られてくるとのこと。3巻の画集が発刊されているけれど、第1巻、第2巻はもうない。
手に入れられそうなのは第3巻のみ。その第3巻も問い合わせなきゃわからない、ということで
もう勢いで、7,8センチの超分厚い画集を注文。高そうだけど、来たら来た時のことで。

 

友人とふたり、吉祥時をふらりふらり、楽しい散策でした。

 

 

 

りんごを買いに。

1年に1度、新聞紙を送ってくださる相手方にお礼を贈ることにしています。

古い新聞紙を溜めて贈って頂いているので、お礼はこの土地の生産物がいいかなと・・。
そんなことで、昨年は直売所の優秀な若手農業者ゆーじ君の甘ーい玉蜀黍だったけど、
今年の夏は雨続きで玉蜀黍とタイミングが合わず、りんごを送ることにしました。

わが町岩出山の林檎は少し時期が過ぎたので、一関に本宅がある千代さんの案内で
岩手県藤沢市りんごの園へ。
東北に住んでみると、りんごの産地は有名な青森だけではなく、青森から福島まで
さまざまな土地で栽培されていることがわかります。

岩手県はとてもとても大きくて山や緑が実に美しいところだけれど、昔西のほうから
逃れてきキリシタンが隠れ住んだという藤沢は、山また山また山。
岩出山では保存住居以外にはほとんど見られなくなった茅葺屋根の人家が、軒先に洗濯物
が干されて、そこここに見られます。

目的はりんご園だけれど、ついでに以前から行きたかった藤沢町の大籠キリシタン殉教公園に。
キリシタン殉教公園は江戸時代のキリスト教の布教とキリスト教を信じるキリシタンの殉教の
歴史を伝えるために作られた公園、というくらいが私の知る範囲だったのだけれど、
その地に刻まれた傷ましい歴史を忘れさせるような美しい公園でした。

300人以上の殉教者を悼みながら登る300段の階段の先には真っ青な空。

敬虔なクリスチャンである、花の山の登山家、田中澄江氏、作家の加賀乙彦、遠藤周作氏の
碑が建てられています。

階段を登り上がったところにあるカリヨン。

そして今日の目的、船越保武氏の彫刻が置かれたクルス館に到着しました。
が、休館日だった。残念、船越氏の像は見られません。

それにしても待っててくれたようなこの青空。

キリシタン殉教教会。

こんな山の中にりんごの木があるの?というような山の奥まったところにある大きなりんご園。

10種類ほどのりんごを全部味見してみて、味がわからなくなり基本に戻ってコンテナで購入
したのは来年まで保存がきくという「ふじ」。
りんごは寒いところに置けば来年まで充分保存できるそうです。

藤沢から一関に向かい、一関のコーヒー屋さんで休憩、日暮れて岩出山に戻りました。

これから新聞紙のお礼状を書き、コンテナりんごを段ボールに詰め替えて、7年間
近くも新聞紙を送り続けてくださる青山学院大学、その他に送ります。
喜んでいただければいいな。

 

 

 

山の文化祭

お餅仕事の後、上條さんと鬼首の山の文化祭へ。

岩出山は晴れなのに、鳴子を過ぎる頃から雨。鬼首も当然雨。
積雪の心配をしたけれど、2日前の雪はすっかり溶けて、山はうっすらと雪をまとった冬の
姿に変わっていました。

山の文化祭というから、山に関連するあれこれが展示されたり、説明されたり。
というような文化祭を想像して来てみたのだけれど違った。
鬼首の小学校の子供たちの絵や写真、お年寄りの制作物が展示され、お母さんがたの手作り
漬物や野菜などが販売されている文化祭でした。

それはそれで面白く、新聞バッグを作る私たちと兄弟分のような催しの写真を見つけました。
海の手山の手ならず、海の子山の子交流事業。
山の人と海の人が手を取り合う構図は一緒です。

鬼首は蕎麦の産地。
今年の夏は雨が多くて、収穫はさんざんだった、と聞きましたが、石臼で挽いたそば粉を
うって作った新蕎麦を頂く機会に恵まれました。

格別の蕎麦好きではなく、新蕎麦にも心惹かれない私なのですが、ここの出来立てお蕎麦は
実に美味しかった。
このお蕎麦1杯100円。こんな値段で挽き立て蕎麦を頂くだけでも心苦しいのに、ご飯まで
頂いて恐縮至極。
前に座った元料理人らしきご老人から、里芋やかぼちゃの目からうろこの保存術をお聞きしました。

 

満腹で戻って、午後からは真山の直売所で店番しながら新聞整理。

震災後の忙しかった時期から較べると、送って頂く新聞も新聞バッグの注文もぐっと
減ってしまったけれど、それでもなくなったしまったわけではなく、相変わらず新聞紙
は送って送って頂いていて、新聞バッグもゆっくりと作り続けています。

整理するのは大変だけど、6年間も新聞を溜めては送ってくださるご好意に感謝します。

黄色くなって使えない新聞紙は道の駅の冷凍もの包装紙に、選んだ新聞紙は南三陸に運びます。
フランスのル・モンド紙やドイツのフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング紙や
イギリスのフィナンシャルタイムズ紙に包まれた冷凍のおまんじゅうやお肉や凍みっぱなし。
お客様がびっくりするかも・・・・。

 

 

 

山形芋煮の会

11月だというのに積もるほどの雪。
なんなんですかねえ、このひどい寒さは。

昼過ぎ、こんにちわー、という声で外に出てみると、運転手のおじいさんが亡くなって
から道の駅に出荷に来なくなっていたとみこさんが、大根と白菜と柿と銀杏が入った
袋をぶら下げて立っていました。

とみこさんは86歳。とても元気で目も耳も達者だけれど、足が不自由で杖をついて
歩きます。白菜を採ったので持ってきてくれたとのこと。
誰に連れてきてもらったのかと思ったら、ホンダの大きなワンボックスカーを
運転して我が家までの急坂を登ってきたのは、82歳の私よりも体の小さな妹さん。
ほんと、びっくり。集落の農家のおばあさん姉妹の底力には驚愕しました。

鳴子温泉のエコタウン化協議会キックオフミーティングに参加してきました。
私たちにとってはあったかいお湯に入って気持ちがいい、だけの温泉。
でも温泉には熱源というものがあって、そのエネルギーを使えばいろんなことができる
と聞いています。熱いお湯で温泉卵もできるし、温熱で乾燥するとか、温熱で野菜や花の
ハウス栽培をするとか、お餅や花を作る私にとっても電気ではない温泉熱での乾燥は
大変興味があります。

大変面白い取り組みなので是非がんばってほしいところですが、それにしても感じた
のは温泉の人と、温泉のお湯に入るだけの人とのかけ離れ方。私が温泉に接するのは
お湯に入るだけ。その背後がどうなっていうのかまったく解らない。
鳴子に行っても鬼首に行ってもいくつもある温泉地帯は地熱があるということだけが
わかるんだけれど、それがどんな経路で温泉かけ流しのお湯になるのか。
そういうこともこれから知る機会ができるかもしれないという期待が膨らむキックオフ
でした。

そして今日は昨日からの雪にも負けず、かねてからの計画どおり柿の木芋煮の会実施。
宮城の芋煮は味噌仕立てで、山形の芋煮は牛肉たくさん、里芋牛蒡たくさんの清まし
仕立てらしいのですが、今日は故郷山形を熱愛するマスターの完全山形風。

作るのはマスターとオサム君。
午前10時から厨房に入ったオサム君とマスターの奮闘でお昼には純山形風芋煮鍋完成。
正式には外の寒風の中で熱々の芋煮を食する計画だったのだけれど、寒さと雪降りで急遽
喫茶パーシモン店内で開催。いつものメンバープラスお客様も一緒の混合芋煮会となりました。

間で来月開催予定のクリスマス音楽会に向けて日々練習中の演奏の披露。

演奏だけ練習しているのかと思ったら、澄んだ少年のような声のオサム君が歌います。
手作りクリスマス音楽会当日には、その他その他でどんな楽器が飛び出すやら。

今日の芋煮会には由美さんが、自分で漬けた漬物数種類と、ご主人のススムさんが
丹精した新米を数種類。よっちゃん、みっちゃん夫妻は、商品作り真っ最中のゆずいちみ
(いちみゆず)を持参。
こういう集いで、新しい味や研究中の商品に出会わせて貰えるのもまた楽しみのひとつです。

芋煮の後は残り汁を利用してカレーうどんに変貌して〆。
第1回目芋煮会、楽しかった、美味しかった!

 

 

 

 

 

柿の木誕生会

11月半ばを過ぎて、急激に寒くなりました。

17日18日の土日はイベントが盛りだくさん。
江合川の川原では毎年秋の恒例岩出山バルーンの日。
スコーレハウスでは秋のほっかぶり市。
ほっかぶり市ではよっちゃん農場テントに少し場所をお借りして、野田君温玉の
初販売。

野田君は元東京のテレビマン。
旅行番組を作って全国の温泉行脚をしたことから今は鳴子在住の温泉ソムリエ
&温泉観光士。温泉にはまって温泉卵作りにはまって温玉製造士に。
研究に研究を重ねた結果の「鳴子の源泉、かけ流し温玉」を本日から発売開始
です。

お手伝いは地域興し協力隊員のオサム君。地域を元気にするためには総力を
上げて協力を惜しまない真面目なオサム君とふたりで温玉初売り。完売を期待します。
横についているのは販売のベテランよっちゃん、みっちゃん夫妻だから、温玉
売りのみならず、たくさんの学びの場になることは間違いなし。

明日日曜日の予報は雪。
急ぎ家に帰ってタイヤ交換のために近所の車屋さんへ。最初に持って行った娘の
車のタイヤ交換はスムースに終ったのだけれど、次に私の車を持って行ったあたり
から急に人が増え、のったり寝ていた猫がどけられるほど椅子も満杯。
ガソリンスタンドでは2時間待ちとか。
夕方までかかって2台分のタイヤ交換とオイル交換終了。

夕方冬の早い日暮れで薄暗くなってからパーシモンの千代さんと温玉販売を終えた
オサム君から「mont-bellへ行こうよ」とけっこう熱心に誘われ、なんでこんな
時間からと訝しみつつ、仙台泉のアウトドアショップ「mont-bell」へ。

これから必要なスキー用ジャケットなどを見て、11月の誕生日ラッシュ(孫18日、
私19日娘20日信君21日)のプレゼントなど買い、なんで来たのかわからぬまま帰宅。

翌19日は私の76歳の誕生日。
この歳で誕生日を祝う気持ちなど全くないのだけれど、FBなどというもので年齢は
外までばればれ。外でも内でもおめでとう、と言ってもらい、ただでも落ち着かない
気分のところに、夜はパーシモンの若いマスター信君と一緒の誕生会をやって頂ける
とのことで、出向きました。

テーブルの上の料理は、全てオサム君の手作り。早い時間に厨房に入って汁ものから
煮物まで作ってくれたそう。今時の若い男子の全く気負わない料理や家事に向かう
姿勢や器用さには実に驚かされます。
クライマックスはケーキカット。クラッカーが弾け、happybirthdayを唄い終ると
出てきました。こんなのが・・・・・!

驚いた。こんな蝋燭があるなんて。
そして昨日のmont-bellの意味がここに来てようやく判明。

柿の木登山メンバーからのプレゼントは、私が「とんでもない、そんなの
履けない」と着用をしり込みしているアウトドア用きゅうきゅうタイツ。
そして冬用アウターシャツ。

山のスキーはやったことあるけど、やったことないゲレンデスキー。
今年の冬はスキーを楽しむ柿の木メンバーに混じって、ゲレンデの下のほうで
行ったり来たり遊んでみるかと考えています。

76歳の誕生日、忘れられない夜になりました。
心から感謝、感謝です。

 

 

 

 

荒尾岳へ

たぶん今年最後の山登りに行って来ました。

行き先はオニコウベ(鬼首)の荒尾岳。
数日前の低温、荒天でどうなることかと心配したけれど、最高の好天。
青空、風なし、気温高し。うれしい~!

しかしながらまずは仕事。お餅を作って道の駅に置いて、パーシモンの土屋夫妻と
合流して、メンバーが待つ鳴子の駐車場へ。今日はよっちゃん、みっちゃん夫妻も
初登山で参加してくれましたが、お天気よくてほんとによかった。

荒尾岳は吹き上げ温泉の先、八つが森登山口からはいります。
1000メーターに満たない山だけれど、ブナの樹林の中に作られたジグザグの登山道は
整備されていて歩き易く、敷き詰められたようにブナの実いっぱい。椎の実ドングリも
いっぱい。でも落ち葉もいっぱいで油断をすると滑りそう。

普通の人の足では登り1時間半、下り1時間だそう。でも私がいるので、2時間で上等
とは思うものの、なにせ歳をとってからの登山再開だから思うようにスピードが出ない。

山行は今回が初めてだというよっちゃん夫妻の脚力には驚くばかり。
普段、筍掘りや竹の間伐で竹林を歩き廻って鍛えられた体力でぐんぐん高度をあげていく
実力に敬服。この夫妻には私はなんでもかでも感心しっぱなしです。

若者2人に前後をガードされながら2時間弱で頂上到達。
登ってくる途中のブナの樹林も素晴らしかったけれど、頂上から一望する栗駒山の美しい
こと。今は葉を落とした木々が真っ赤に染まる10月頃に是非また登ってみたい。

 

待望のお食事タイム。
若い人がいる今時の山のお食事タイムは、昔と較べて目を見張るものがあります。
山の道具はなにもかも高機能でお洒落。コーヒーだって、ミルで豆挽いて本物志向。
ああ、せっかくのコーヒー、ひっくりかえしちゃった!

下りは普通の足で1時間、私が混じって1時間半。
汗ばむほどの温かさで、さほどの疲れもなくちょうどよい具合の山でした。

本当に楽しかった。
一緒に行ってくれるみんなに心から感謝です。

山からおりたら、よっちゃん夫妻はお仕事へ。
残り一同は汗を流しに温泉へ。私とチヨさん夫妻には初体験の農民の家へ。
311の大震災の時、東松島の方たちの避難場所だったこの農民の家だけが自炊で、
私たちの直売所から週に2度野菜を運びました。
「ご恩は一生忘れません」などというお礼状を後に頂いたりした農民の家。
どんな温泉だろう、と思っていたのですが、入ってみると想像とは全く違っていてびっくり。

想像していたよりずーっと大きい。湯治用のお風呂は混浴、男女別いくつもあって、廊下
では生活用品や衣類や靴が売られ、ゲーム機もいっぱい。
温泉に入ってゆっくり寛いでまた温泉に入って1日過ごすという湯治文化の本拠地。
今日は社交ダンス大会も催されていました。

山行と温泉が終ると、私は今日の餅つき仕事へ、野田さんは古川へ仕事へ。
遊んだり仕事をしたりと大忙しの1日でした。

もう11月半ば。もう一度くらい山に行けるかどうかなあ。

 

 

 

鬼首温泉郷半日散歩。

お天気がいいから、お天気が良すぎるので。。

朝のお餅仕事を終えた後、帰らねばと思いつつ、秋の抜けるような青空があまりにも
もったいなくて、上條さんを誘って午後から鬼首へGO。

久しぶりの鬼首。
スキー場あり、山あり、草原あり、牧場あり、いくつもの温泉あり、ダム湖あり、火山噴火後の
カルデラという特異な形状を活かして、渓流沿いに熱湯が吹き出る地獄谷あり、地熱発電所
あり。こう書くとなんとも凄いところではないですか。

上條さんの自宅は鳴子温泉の最奥。
自宅からすぐ上の鳴子ダムに沿ううねうね山道を進むとまもなく鬼首に入ります。
紅葉シーズンは終ってしまって、山の木々は葉を落す前の深い黄葉。ほぼ赤褐色。
赤褐色の森の木々がダム湖の青い水色に映えて、なんとも美しい佇まいです。

ちょっと寄ってみよう。。
好奇心の強い上條さんの提案で、これまで気付かなかった吊り橋?へ。
ここは車では行けません。車を止めて歩いて行くところ。

新しいバイパスの橋

次は、吹き上げ地獄谷を散歩に。



地獄谷は渓流沿いの遊歩道。流れを挟んであちら側、こちら側にボコボコ音を立てて
湧き出るいかにも熱そうな湯溜。立ち上がる湯煙。

川の流れは一見冷たそうだけれど、手を入れてみれば40度くらいだったり60度くらいだったり
あっつっつ・・・・というくらい熱かったり。

この地面の下全体にこの熱があるのかと思うと、地球そのものを感じさせられます。

カルデラ大地をぐるりと廻れば片山地獄や地熱発電所を見ることもできるのですが、それほどの
時間もなく、最後はワイナリーがある吹き上げ高原へ。
正面にどっしりと構えた岩山のかむろ岳を望み、見晴るかす緑の草原、草を食む黒牛。

山の端を彩る残照。

右を見ても左を見ても本当に美しい鬼首温泉郷。

規模は違うけれど故郷九州の阿蘇山麓を思わせるような、富良野の麓郷にも似ている
ような。

最後に観光案内冊子で見たお豆腐屋さんの豆腐を訪ね訪ねて探し当て、豆腐と油揚げ
を土産に買って、本日の鬼首散歩を終わります。

鳴子温泉から30分もかからない鬼首。
この地球の息吹きが感じられる美しい山郷をもっともっとたくさんの人に知ってもらって
訪ねてほしいと思います。

 

 

 

 

晩秋

久しぶりのブログ。
パソコン不調になってからしばし中断しましたが、新装なって再開します。

怒涛のようなお餅つき三昧の紅葉シーズンも先日の3連休でやっと終り、普通の日が戻って
きました。毎日元気に1日に2度道の駅に通って、疲れてないつもりだったけれど、けっこう
全身くたびれてるなあ、と感じる昨日今日。

11月4日5日の高知で開催された新聞バッグコンクールには、海山からの出展は高知大学
チームといつもお世話になっている滋賀県の角川さんの作り手による滋賀チーム。
本家東北海山は今回は出展なし。
ということで、現地には高知大学のサキナちゃんとアヤネちゃんに行ってもらって、コンクール
の報告をもらいました。

なんと高知大学チームからの1点で高知銀行賞受賞。
なにより初めて嗜好を凝らされた大量の新聞バッグが並ぶコンクール会場を見たサキナちゃん
とアヤネちゃんがびっくりしたり感動してくれたりしたのが嬉しいことです。
同じ高知。これをきっかけに四万十と高知大学が繋がればいいな、と思います。

こちらも4日は古川の穂波クリニックで、研修に来た東北福祉大学と静岡大学の学生たち
30人ほどとお餅ワークショップをやることに。

患者さんを訪問して現地研修を終えた学生たちに、搗いたお餅を楽しんでもらいました。

 

それにしてもこの3日ほどのお天気の良いこと。
これまでの悪天候を一掃するような連日の青空と温かさ。
これまでちょっかい出されて迷惑至極だったサヴァが、貰い子に出て行ったので、生き返った
ように日向でくつろぐシロ。

ウイークエンドの道の駅の空に浮かぶバルーン。

 

 

 

 

動画・新聞バッグの作り方

9月の終わりから10月下旬にかけて、身内が亡くなったり、時を同じくして私の郷里福岡
から親戚部隊が東北の紅葉見物にやってきたりで、ジタバタすること約2週間。

ようやっと通常の生活が戻ってきて、昨日くらいから溜まった雑用仕事を片付け始めました。

新聞バッグ仕事もみっつくらい重なっていて、そのひとつが高知県で行われる全国新聞バッグ
コンクールへの参加。
海山でも東北新聞バッグとして何度か出品してきましたが、今年は趣向を変えて、新聞バッグ
の講習をした先の方々に参加してもらうことにしました。

海の手山の手ネットワーク滋賀チームと海の手山の手ネットワーク高知チーム。
滋賀チームの代表は㈱ウルズの角川社長にやって頂いて、高知チーム代表は高知大学の佐藤先生。
それぞれに初めてお会いしてからの物語があります。

滋賀県のほうでは皆さん楽しんでバンバン作られているようだけど、高知チームでは作り方
が怪しくなっているという連絡をもらい、どうやって作り方の指導を安定させるか、という相談をしました。
そこで思いついたのが動画。
遠隔地へ口で説明するのはとても難しいので、今の世の中、もっとも利用されているIT機器を使うのは
どうだろう、と。

場所は喫茶パーシモンをお借りして、モデルは上條さん、カメラの協力者はオサム君。

「ちょっと待って、ちょっと待って、今のは言い方がまずかった」とカメラを止めること数度。
店内に流れるジャズをバックミュージックに、傍らの話声やカチャカチャと鳴るコーヒーカップの音
なども混じえながら、海山初の新聞バッグ作りの動画が出来上がりました。

その後オサム君に編集してもらって携帯で見てみたら、これは大変にわかり易い。

これに英語の文字を載せたら、英語版もできるね、とモチベーション上がりました。

そして10月第2火曜日の夜は、定例カレーの集いの2回目。
持ち回りの俄かコックがカレーを作ってみんなで食べる、というだけの集まりではなく、カレーを
食べながら、自分たちが住む町のことを考えましょうよ、という集い。

2回目のカレー制作者、野田さんのメニューはドライカレー。
2時頃からパーシモンの厨房でキャベツを切ったり鉄鍋で炒めたり、熱心に務めを果たしていました。
第1回目同様、会場のカガモクさんで野田さんがプレゼンするのは鳴子温泉を元気にするブレスト。
ブレインストーミング、略してブレスととは集まった者でアイデアを出し合う、新しい形の会議の方法だとのこと。

聞いたことがない言葉で、何がどうなるのかよくわからないけれど、古川から岩出山、川渡温泉に
鳴子温泉、県境を越えて山形県の最上町まで、それぞれの土地から来て集う者たちが、温泉を
元気にするアイデアを飾らず恐れず出してもいいよ、ということのようです。

実践に向けてまたみんなでアイデアを出し合うというもの面白い。
ブレストではなくても、古くから日本には「3人寄れば文殊の知恵」という言葉があるのだから。

それにしても日々のお天気の悪いこと! 困ってしまいます。
稲刈りは終わらないし、農作業は大変だし、紅葉シーズンだというのに意気上がりません。
明日は晴れますように。。。

 

 

 

 

鳥海リベンジ

なんだのかんだのと忙しくしているうちに日が過ぎて、ブログの間が空いてしまいました。

月曜日、爽快な晴れの日、念願の鳥海リベンジの日を迎えました。

この日のために、無理やり時間を作って、1時間歩いたり、200段の神社の階段を登ったり
下ったり、城山の急坂を一度も止らず登り上がってみたり。
それでも同行のみんなに迷惑をかけるのではないか、と恐れおののいたりもしたけれど、
もう待ったなし。

5時に起きて大特急でサンドイッチを作り、6時パーシモン集合。
マスターとチヨさんと3人、マスターの運転で秋田県飽海郡、鳥海山登山口鉾立駐車場へ。

同行の野田君は仕事を終えた後、昨夜のうちに鉾立に入り、山小屋に一泊。
早朝発で頂上まで行き、外輪山を廻って下山、後発の私たちと御濱小屋で合流予定。
もう1人の若い同行者オサム君は、一作日から栃木県の鬼怒沼に登って下ってその足で
鉾立に向かい、車中泊で先発ということになっていたけれど・・・。

3時間ちょっとで鉾立駐車場着。
鳥海ブルーラインの樹木はうっすら紅葉。
昨夜着の新潟の高田さんとかのうさんの姿が見えました。
こんな大きな山に登る時には、2百数十回も鳥海山だけに登り続けている高田さんがいて
くださるとホッとします。
そして1月置きに障害者登山のサポートをなさっているかのうさんが、足取りの遅い私の
横で「ゆっくり、ゆっくり」と声をかけてくださると、逸る気持ちが落ち着きます。
先発しなかったオサム君も一緒に9時半過ぎに出発。

思ったよりも雲が多いけれども、雨の中を登った前回を思えば視界は上等。

ゆっくりゆっくり登って、途中かkら高田さんの案内で主要コースではないルートを登らせて
もらいましたが、進むにつれてびっくり。ものすごいチングルマ(高山の花)の群生。他にも
イワカガミにハクサンイチゲにイワタバコにその他その他。広大なお花畑の中を歩きます。

お昼を過ぎて、食事を済ませ、最後のひと登りを経て御濱神社、御濱浜小屋に到着。
残念ながら完全にガスに覆われて、下界は真っ白、何も見えず。時折り切れた雲の間から
頂上の一部が姿を現します。その頂上から降りてきた野田君が待ちくたびれ顔で登場。

全員揃ったところで下山開始。
下山を始めて間もなく、浮き石に乗ったかなんかで左足首負傷。
山に登り始めて20年。手首は何度か折ったことはあるけれど、足を傷めるのは初めて。
大丈夫だろうと思っていたら大丈夫ではなくて、だんだん痛さが増し歩けなくなりました。

野田くんからもらった傷み止めを飲み、テーピングをしてもらいそれでも下れず、左右から
抱えられてえっちらおっちら長い時間をかけて下山しました。
ああ、恥ずかしい!
でもおぶわれないで下れただけでもましです。

駐車場近くまで下りたところでガスがきれ、夕焼けに照らされた鳥海山が姿を見せてくれ
ました。
その後、温泉のお風呂に入るのも大変なことになってしまったけれど、ほんとにほんとに
楽しい鳥海山リベンジでした。
来年はもっと足を丈夫にして、お花畠を見に行きます。

連れていってくださった高田さん、助けてくれたみんなみんな。ありがとう~!