いじめの動画&バースデイパーティ

見たいとも思ってなかったんだけれど、昨日から報道されている中学3年が小学生を殴る蹴るの動画
を、今朝の民放のテレビでやっていたものだからつい見てしまいました。

長-い動画。現地の教育委員会がこれを「いじめ」と認定すると言ってました。
なぜ「いじめ」と認定するのかと問われて「場合によれば命にも関わると認識させるために」
と答えていました。が、大きな子供が小さい子供を大けがするくらい殴ったり蹴ったりして、それを動画にまで撮っているのに、「それは命に関わることだよ」と認識させるために「いじめ」と認定するの?

これが「いじめ」?

一体「いじめ」という言葉の定義は何?どこからどこまで?
これは暴行だよ。傷害。大人だったら逮捕される暴行事件なのに中学生だったら「いじめ」になるのですか。
この暴行現場には何人もの傍観者がいる訳で、「ちょっとずれてますねえ」とコメンテイターの人が言って
たけど、ちょっとじゃないです。完璧ずれてる。

ほんとうに本気になって子供と対峙する大人が増えてほしいと思います。
私が子供の頃の大人は怖かったですよ。習字の道具を忘れたら道具箱で頭を引っぱたかれていたし、
夏の体育授業の水泳では棒でつつかれて泳がされていた。立たされるし、座らされるし、職員室に
呼び出されるし、気が抜けませんでした。正しい場合もあるし、理不尽な場合もある。でも大人はそんな
もんだと思ってました。

でもね、先生が生徒の財布を盗んでみたり、警察の剣道では日本一の警察官が児童ポルノ売買に
関わったり(昨日、一昨日のニュースですよ)、子供を導き市民を守る尊い職業に就いたはずの大人の
未熟で醜い行いが連日テレビや新聞やネットで報道されるのです。

単純に、大人にも子供にもビビらない強くて謙虚な大人がもっと増えなきゃならないと思います。
子供をかわいがり、恐れず、叱る大人が。

 

さて、長野の続きは誕生会です。

車の中で判明したのですが、奇しくもよっちゃん奥さんみっちゃんと、あかりちゃんは同じ誕生日でした。

えーッ! どうしよう。どうしよう。
みっちゃんが誕生日と知ってオカザワさんと私はプレゼントの準備をしていたのですが、あかりちゃん
のことは知らなかった。さあ、大変。販売の間を縫ってコソコソコソコソ。二人で会場を見て歩いて小さな木の実のンダントを選びました。オカザワさんは東京から長野までのバスの時間に赤い糸と緑の糸でとうがらしを編み上げました。

誕生会の会場は、オカザワさんが予約してくれた千曲市の屋代駅すぐ近くのイタリアンレストラン。
ラフォーレというお店です。このお店の付近の町の雰囲気はそれは素晴らしい。古い家もモノもとても
素敵に今も使われています。

前以って頼んでいたよっちゃんからみっちゃんへの花束も届きました。
ハッピバースデイみっちゃん、ハッピバースデイあかりちゃんの始まりです。
他のテーブルのお客様も拍手で祝ってくださいましたよ。

少々ウルウル気味のよっちゃん。

宴たけなわの最中、突然電気が消えました。
運ばれたきたのは大きなフルーツピザ。ラ・フォーレさんからの贈り物でした。

これはお店の入り口の灯りです。

ほんとに楽しいバースデイパーティでした。まさか長野でみんな一緒にこんな夜が過ごせるなんて。
みーんな楽しかったと思います。

店主の順子さん、息子さんやお店の方々、お店のお客様、一緒に祝っていただきまして、
ありがとうございました。

 

 

 

道の駅の会議&長野で

昨夜は昼間は講演会。いったん帰宅して夜は道の駅の会議でした。
道の駅出荷組合の役員になって10年になります。10年ひと昔というけれど、オープンした頃とは
ずいぶんいろんなことが変わってきました。

まずみんな歳をとった。10年だもの。生産者も会社の従業員も。もともと若い人は少ない組合員だから
50歳は60になり、60は70歳になったわけです。役員と言うのは大体50歳前後だったから、そろって
60歳前後になりました。まあ、私のような例外も何人かはいますが・・・。

このままじゃどうなるんだろう、と思っていたら今年は理事会に関係してなかった若い人たちが
理事会に入ってくれました。

理事会の中で話題になったのは「この先の10年」
10年先を考えるのは絶対に必要なことだけれど、農業中心のこの町の農産物直売所を担う力は
これからの1年1年の若い人たちの経験の積み重ねにかかっています。

真のリーダーは1年にして成らず。                                              私たち10年選手の役員はなるべく控えめにして、若い人たちが活躍する場を応援したいと
思ったことでした。それでこその10年構想でしょう。
私のような10年選手が居座って10年先を語っても何もならない。いないのかもしれないのだから。

 

さて、長野の続きです。

南相馬から昨年の3月12日にバスで避難して以来鳴子温泉で暮らしているあやさんが新聞バッグ
インストラクターとしての初めての講座が始まりました。
ヘッドセットのスピーカーをつけたあやさんの講習の素晴らしいこと、明確で解かり易いこと、驚きました。
カッコイイこと!! 感心しました。感動した。

都会のカルチャーセンターの講師としても立派に通用します。

あやさんの講習の間はよっちゃん、みっちゃん、私はアシスタントとして駆け回ります。
で、解ったのは15人くらいが限度だということ。それ以上はいかにあやさんが優秀な講師でも
みなさんによーく解かっていただくのは無理があるということがわかりました。

そしてもうひとつ。流れも重要だと納得。

まずよっちゃんがこれまでの経緯とこれからやろうとしていることを説明。
新聞バッグの作り方の講習だけだったら、ただの新聞バッグ教室です。そうではないんです。中身が重要
なんです。とよっちゃんが説明して初めてなぜ遠い東北から来て新聞バッグの講座なんぞをやって
いるのかがわかっていただけました。

そしてみなさんに作っていただく新聞バッグにはお名前のタグがついています。
私が講習生一人一人のお名前を聞いて、大急ぎでオカザワさんから作って頂いた小さな「いろは」のハンコ
でタグにはんこを押します。それをきれいな彩の紐で結びます。というようなことをやっているので、時々
講習に見とれて忘れたりして大慌て。でも出来上がるとmy新聞バッグになるのでみなさん喜んでいただけ
ました。

と、今度は講習を終えたあやさんが私にハンコの物語をみなさんにお話しして、とつつきます。
オカザワさんはあんずの里の娘さんです。
その娘さんが、今年3月、東京新宿の東北村の催事にみえて、「私も手伝います」と言ってくださり、すぐに
宮城に来てハンコを作り、次には長野に呼んで下さり、今こうして新聞バッグを作って中味をお伝えできて
います。

とお話しているとみなさん真剣に私の拙い物語を聞いてくださっているのがわかります。
ほんとに有難いことでした。得難い経験です。

出口で講習を受けた方々から言っていただきました。                                  「来年も是非きてください。必ず来ますから」と言っていただきました。なんと嬉しい!!
夜はオカザワさんから紹介してもらった美味しいピザのお店でみっちゃん、あかりちゃんの誕生会でした。

今日はここまでで終わります。

 

 

初めての講演

驚いたことに私に講演の依頼をして下さる方がいました。

いやー驚いた、驚いた!

でも今私は、特に長野に行ってから、知らない方の前で「話そう」と「話すように努力しよう」
と考えるようになりました。なぜかというと伝えたいことがあるから。

私が伝えたいことは新聞バッグの中味です。海の手山の手ネットワークはたくさんの新聞バッグ
をインストラクターに作ってもらって販売してますが、新聞バッグの制作代を被災地や借り上げの
仮設住宅で暮らすKAさんやsaoちゃんやKEIKOさんに稼いでもらうのも重要な目的のひとつです。

でもそれだけではないのね。
津波や原発事故で家から離れて何にもなくなっても、今ここにある紙や紐や糸、残ったモノで         でこーんなに素晴らしいモノができるんですよー、と伝えたい。新聞バッグは商品ですが、
バッグの中味には大きな意思と大切な思いが詰まっているのです。あるモノを使おう。モノを
大切にしよう。自分の分で生きよう。分を超えるとお金お金となり、人と人との繋がりも想い合う
心も失くしていくんですよー、と。

いっぱい持ってたらなかなか言いにくい上っ面の言葉だけど、なにせほんとに何にもないものだから
言えます。自信を持って。

というようなことを今日、聞いてくださる裁判所の女性調停員の方々にお話しすることにしました。
聞いてくださるのは素晴らしい方がたでした。中に木綿のちじみの着物に博多帯をきっちりと締めた
Tさんがいらっしゃいました。手には見事にコーティングされた英字の新聞バッグ。                うれしい! この粋な組み合わせ!

調停員というのはトラブルを抱えたたくさんの市民の重たい問題を聞いて一緒に考える、気が抜けない
大変なお仕事だと推察します。一人一人しっかりとした意見を持たれていて、講師の私のほうが
お話をひとつひとつ聞きながら学ぶことの多い貴重な時間でした。

呼んでいただいてまたひとつ世界が広がった、という気がします。
私たちが長野に行っている間に、九州の方から「応援するよ」とご連絡をいただきました。そして今日は
下関の布でモノ作りをする方からも「応援をするよ」と連絡がきました。

こんなことがあるので、人と人との出会いがあるので、人と人との出会いは海山ネットのかけがえのない
財産なので、これからも出かけていこうと思います。

さつき会の皆さま、今日はほんとうにありがとうございました。
とても楽しかった。お会いできてよかった、と心から感謝しています。

 

 

 

 

 

一路長野へ(その2)

朝6時。たいしたもんです。みんなほとんど寝ていないのに時間ぴったりに玄関に勢ぞろい。
昨日の残りのお握りをかじりながら今日の会場の元オリンピック会場の長野エムウエーブに向かいます。

長野の町に入ると目立つのは山。多分2000メーター級くらいの山々に町がぐるーッと囲まれてます。
宮城は周辺ほとんど緑だけれど、山波は遥か遠くに連なり、近くにあるのは筍を採ったり茸を採ったり
する里山です。あとはまっ平の平野なので、ずいぶん違った風景です。

長野エムウエーブはアルファベットのMの形をした、元アイススケートの会場である大きな建物
でした。8時から入館。販売準備を始めます。

先に長野入りしたオカザワさんが手伝いを兼ねて迎えてくれました。ご一緒のお友達のMさんは
この催事のプロデユースを担当されています。

10時開館、販売開始です。

前にオカザワさんから聞いていたとおりものすごく大きな会場で、様々な分野が様々な工夫を
凝らして出店しています。食べ物、飲み物、地場産品、自動車、住宅機器  木工、etc.
そして真ん中に広ーい会場が作られているのがカルチャー講座の教室。
海山ネットの新聞バッグインストラクターあやさんは14日、午前と午後の2回、ここで新聞バッグの
講習をやることになってます。

SBC(信越放送)の取材を受ける代表よっちゃん。

新聞バッグ講習が始まりました。次から次であやさんは休む間がありません。

初めてのカルチャー講座で先生を勤めるあやさんです。

 

 

今日はここまでで止めます。

 

 

一路長野へ(その1)

13日、出発当日。

なんてったって海山主要メンバーは各々が生業を持つ身なので、一日めいっぱい働いてこれから
留守する2日間の生産物と用事を片付けてからの出発となります。

事務所へは行きたいけれど全然行けず、隊長よっちゃんに後はおまかせの形で自分の生産物と
何となく自分の役割分担になっている海山ネットのメッセージカードやポップの準備をしたところで
時間切れ。ちょっと遅れて7時半に事務所着、事務局KJに見送られていざ長野へ、いや、その前に
仙台へ。 続きを表示

あっぱっぱ

明日から長野へ行きます。長野市のエムウエーブで行われる大人の文化祭2012に参加、出店します。

今回の出店の中心にするのは新聞バッグ。

ちょっとおしゃれな「もじゃぐり新聞バッグ」です。皺加工バッグをもじゃぐりと名付けました。
うちの草だらけの庭で夕日を浴びたエリンジュームと竹盆栽。こんなふうにも使えます。

そして南三陸から縫い終えたあっぱっぱが送られてきました。

ダンゴウオちゃんです。かわいいです。

一味違うダンゴウオさんです。

ダイナミックなとうがらしとおもちゃ箱のようなとうがらし

 

次はわかめ。大きなわかめと平目。

そしてさんま。このさんまのあっぱっぱを見た時には笑ってしまいました。

さんまのあっぱっぱを着た子を想像してみてください。あまりの意外性に笑えてきます。

全て東北にとって大切な産物です。希望の産物。

これからサイズが大きい物、ズボンなどにも取り組みますが、南三陸の縫製者の方たちは腕も確かだけど
速いです。1枚2000円で販売します。赤ちゃんへのプレゼントなどにもご利用ください。

販売は海山ネットワークで行なっています。よろしくお願いいたします。

最後に山の手メンバーのひとりごと、にはそぐわないかもしれないけれど、大津のいじめられて自殺した
中学生のことで一言。

ご両親の無念はいかばかりかと心が痛みます。

警察の強制捜査が学校に入ったことで、今朝のテレビであるコメンテイターが「慎重であるべきだ」と
発言してました。その是非についてはしっかり考えてないので、すぐには答えがでませんが、
ただひとつだけ言えるのは、自分の経験からみて、子供たちは、特にいじめという行為を実行した
子供たちは大人が怖くないのです。親も先生も、見つからなければ警察も怖くない。

いけないことはいけないと厳しく戒める大人が周りにいない子供たちは不幸です。ここから考えることが
必要なのではないか、と思います。

私の子供は私に言いました。だから一緒に闘うことができました。                          昔のことですが、思い出しても緊張する出来事です。息子や娘の子供たちに同じことが起こってほしくない。「慎重にあるべきだ」などと人ごとのようなことを言ってないで、大人は本気になってどうしたらいじめがなくなるか、どうしたらいじめが防げるか、どうしたら死なせずに済むか、死に物狂いで研究してほしいと
願います。子供は宝です。

 

 

値段をつけるのは難しい

朝5時から深夜12時までずーっと仕事をしっぱなしでやっと今日の分を終了しました。

終了ではないんだけど、もう疲れて残りはあした回しです。

明後日は長野なので、その準備をしているのですが、なんか忘れてないかと思うと不安が消えません。

今日は一日日々の仕事と長野の準備で家を出たり入ったり、あっちに行ったりこっちに行ったり。
何日か前テレビに生出演したよっちゃんは注文殺到の上に長野の準備で、その忙しさたるや
大変なことだろうと思います。

だからできるだけ電話をしないで、自分でできることは自分でと、メッセージカードの文章作ったり
持って行く商品の値段をつけたりしているのですが、文章作るのも楽ではないけど、新しい
商品に値段をつけるのはもっと気を遣うというのか、いくらにしていいのか解からないというのか。

私は直売所やスーパーマーケットでおもちや花を売っているけど、それは直売所値段なんですね。
遠くの商店に置いてもらう値づけではない。

海山ネットで販売する商品は遠くのお店で販売することもあるので、その場所での値段をつけなければ
ならないのですが、不慣れで、すぐに直売所値段になってしまいます。どこが違うのかといえば、自分で
作って自分で持って行くから、タネ代と材料代とお店の手数料以外はほとんど乗せません。安いのかも
しれないけど、自分で作っているから、まあ、いいやと100円とか200円とか切のいい数字になってしまいます。

ところが遠くのお店に置いてもらったり、繁華街のお店で販売する時には、手数料は高いしガソリン代、駐車場代、商品のラッピング代、などなど細かにお金がかかっているのですが、これを値段にのせることが
なかなかできない。これが駄目なんですねえ。自分は販売者なのに、すぐに購買者側に立ってしまって、
安く安くしようとする。

 

今日は知り合いの人に聞いて、「ふんばらなきゃ駄目なんだよー」と助言いただきました。
材料と手間がかかったものは、その分と、その先も商品が進化、展開できるように値付けをしなければならない。素敵ないいモノ作っていくために。

そうなんですよねえ。売りたいために安くしたり、エイ、いいやと安くしたりしていたら、、素敵ないいモノのを作れないし、価値は伝わらないし、そこで働く人の給料も上がらないですよねえ。材料だってやすいのを買いたくなっちゃう。

だって値段が安かったらたくさん売らなきゃ回転しないし、従業員の給料だって高くは払えないもの。
そういうふうに考えていったら、流通の値段の仕組みがわかるような気がします。

アドバイスを頂いたから、エイッとばかりに値をつけて「あっぱっぱ」販売します。

縫ってくれているのは南三陸の仮設住宅の方々です。仙台ろっけんぱーく、や長野で初売りです。
近々HPにも載せます。よろしくお願い致します。

 

 

 

長野へ

週末に長野に行きます。

ここに来る前、山に登っていた時にはずいぶん軽井沢とか霧ヶ峰とか行ったけれど、まさか宮城から
新聞バッグを持っていくことになろうとは、想像もしませんでした。ほんとに人生わからないもんです。

宮城からみると長野はほんとに遠い。車で行きますが、正直体力に不安が残る。

さて、今回本気で宣伝販売するのは新聞バッグ。いろいろなバリエーションがあります。新聞紙5枚で
作るーまるでパズルのような作り方のー大新聞バッグ、中も小もありますが、またこれがトート型だったり
まちつきだったりなので、全部は持って行けず、中心にするのは皺加工新聞バッグです。

新聞を皺くちゃにして作る新聞バッグは難しいです。皺くちゃにするのも難しいし、合わせるのも大変。
でも出来上がったバッグはふんわりして風合いが優しく好い感じです。素敵ないいモノです。

是非長野のみなさんに宮城の仮設住宅ではこんな素敵なものを作っています、と伝えたい。
南相馬から避難してきたKAさんも、こんなに新聞バッグ作りの凄腕になってます、と伝えたい。

新聞バッグを東北以外でも知ってもらって広がったら、南相馬や石巻の「やってみたいなあ」と思っている
方にも作ってもらえます。小さいけれども被災地の方への自活応援です。

私たち山の手メンバーと、そして新宿高島屋でご一緒した東北村のメンバーも一緒に販売します。
全員自分たちの商品も販売しますが、よっちゃんやみっちゃんや私と共に、南三陸タカちゃんの娘さんノンちゃんと南相馬のKAさん、娘のakariちゃんも一緒に行けるのが嬉しいです。

しっかり売りたいです。全て自分たちの手で作った商品ばかりなので自信を持って胸を張って売れます。
これでたくさん売れたら、ほんとに絵に描いたような東北の経済の復興なんですが。

 

長野の皆さんにも新聞バッグの作り方を知って頂く場を作ります。新聞紙との付き合いが深まれば深まるほど、古いものを利用して、新しい素敵ないいモノを作り出すのは、「おおー!」とみんな揃って声を
上げるような新しい発見があり、また楽しい瞬間です。

お天気がよいことを祈ります。

 

 

素敵で良いモノ

東京在住の版画家のオカザワさんから、お願いしていた手拭いのタグが送られてきました。
手拭いの柄が何なのかが解かる工夫をしたい、と言ったら急いでハンコで作ってくれました。

ダンゴウオ(南三陸や北海道の海に棲む小さい可愛い金魚のような魚です。津波でさらわれて
しまったのかと探したら、ちゃんと岩にくっついて生き残ってました)とワカメです。

とうがらし(海山ネットの二人の男性大黒柱の生産物はなんばん唐辛子と梅です)
とうがらしと梅にはお世話になってます。感謝と東北復興への希いを込めて作りました。

ハンコでこんなものも作れるのよ、と素敵なポチ袋も入ってました。

こういうものが自分で作れるなんて、これまで考えたこともなかった。

私は紙が好きで、時間がある時には文房具屋さんに寄り、便箋だのハガキだの手帳だの買ったり
するのですが、私の好きなものが、それもとびきり好きなものが向こうから近づいてきてくれた、
という気がします。

「素敵だ、素敵だ」と大喜びの私に「誉めすぎよ」とオカザワさんは笑ってますが、オカザワさんの
モノ作りの根っこの姿勢は、お洒落なモノを作るのではなく「素敵で良いモノ」と作ること。

今日事務所で南相馬から避難中のKAさんが新しく作った皺加工の新聞バッグを見ました。
小さいものはもう売り出して仙台のろっけんぱーくで販売中ですが、今日新たに見たのは大きい
A4以上の皺加工新聞バッグです。その完成度の高さには、「うーん、素晴らしい!」と唸るばかり。

彼女は昨年7月に、海山ネットではこれからリサイクル新聞紙を使って新聞バッグを作ろうと決めて
四万十バッグの講習を受け、インストラクターになった10人の中の一人です。
とても研究熱心で工夫を重ね、新聞バッグ作りのエキスパートになってきました。
決して手をぬかず、「素敵で良いモノ」ばかりを作ります。

じゃがいもが似合うような素朴な新聞バッグも、高い値段をつけるほうが妥当と思えるほど丁寧に
デザイン性豊かに作られた新聞バッグも、彼女にとって向き合う姿勢は真剣勝負なのだと思います。

新聞バッグが売れればその代金の一部は仮設住宅での収入になり、手拭いが売れれば新聞が被災地に行き、新聞バッグになって戻ってくる運送費になります。手拭いで作った子供のあっぱっぱが売れれば、
その縫製代金は仮設住宅での収入になります。

素敵でいいモノを作ります。よろしくお願いいたします。

 

 

がれきの話

新潟の友達から電話がかかってきました。エッセイ教室仲間です。

神奈川に住んでいる時には、家の中で格別何もしてない奥様だったのに、故郷新潟に戻ってから10年、
太極拳と出会い今では日々が太極拳とともにあるベテランになってしまいました。

「そろそろだね」
そーなんです。もう次の「みず」発行の時期が近づいてきました。1年の速いこと! 続きを表示