製品から商品へ。必要な「バタバタ」

東北新聞バッグ第1号、某企業への納品日が目前に迫って落ち着きません。

外から帰る都度のぞくPCメールには、海山全員メールで検品とかスタンプとかシールとか、準備するもの
の指示が入っていて、頭がめくるめきます。

 

お客様には喜んで頂きたい。満足していただきたい。
古新聞で作った新聞バッグだけれど、最大限できることは手をかけて、商品としての価値を上げたい。
と思っているもので、次々に思いついては思いつきに振り回されている感あり。

で、メールのやりとりでは間に合わず、朝のお餅仕事が終わるとそのままよっちゃん宅へ。よっちゃん宅もまた加工場の仕事とお昼からのテレビ取材と東北新聞バッグ関連で戦場のようでした。

いったん家に帰って娘、孫同道で古川へ。途中病院に寄って検査が終わった夫を拾い、娘、孫をお稽古先に送り、
夫も一緒に待っててもらって、私だけ新聞バッグを入れる袋選びに。

お店の人にも新聞バッグを入れて「どれがいい?」と選んでもらいました。
袋に入れるのは手間なんですが、お店の人が揃って「入れたほうがいい」というので入れます。

新聞バッグを企業のノベルティーとして使って頂くというのは今回が初めてなんですが、こうしてバタバタ
しながら、作ったモノを商品にして世に送り出していくために必要なことを徐々に学んでいってるのだろうなあ、   と思っています。必要な「バタバタ」だね。

 

全て終わったところで、夫に持ってもらうことになった携帯電話購入のためにAUへ。
携帯電話選びはすぐに終わったけれど、契約や使用要領の説明を聴く時間の長いこと、長いこと。
だいたい携帯電話会社の契約内容というのはなぜにあんなに複雑なんですかね。

説明するほうも一人一人に山のように説明しなければならないし、聞くほうも契約内容が入り組み過ぎて
途中からどうでもよくなってくるしで、淀みなくしゃべり続ける説明女性の声が、念仏のように聞こえてきて      眠りそうになりました。

 

明日は検品。最後のふんばりで今新聞バッグ作ってます。
あと、20個ほど、がんばりまーす!

 

 

 

 

 

 

東北新聞バッグproject最終養成講座終了

四万十新聞バッグの本拠地、RIVERから遠路来ていただいた黒田インストラクターの東北プロジェクトに
於ける最終インストラクター養成講座を昨日は南三陸、今日は大崎で催しました。

南三陸は、やっとインフルエンザからほぼ復帰したよっちゃんがドライバー兼調整役で同行。
終わって晩御飯を古川のトンカツ屋さんでご一緒しました。
心配しましたが、よっちゃん、なんとか大丈夫みたい。
インフルエンザで寝ている間も、ひっきりなしに電話やパソコンでの連絡がはいるので、おちおち寝ていられ     なかっただろうと思います。私もうつるかな、と思っていたけど今のところは無事です。

 

そして今日は有備館前の岩出山地区公民館で大崎インストラクター養成講座。
毎回これだけの回数の新聞バッグ講座を重ねて、来てくれる人あるのかな、と不安に思うのですが
今回も新しく力をつけてきたインストラクターたちに加えて、隣町高清水町のフリースクール「まきば」の櫻井主任
さんがスクール生とともに参加してくれました。新聞バッグとフリースクールの新たな繋がりで、この先の
展開が楽しみです。

「まきば」は大震災直後は石巻に滞在し続けて被災した方々の支援に大活躍でした。

 

終わった後、黒田インスタクターとこんな会話をしました。                                  「川の保全、森の保全を目標とする四万十の新聞バッグ」と東北の「経済回復の一助となりつつエコでスロウで手でモノづくりをする生活もこれからは考えよう」というメッセージを内包する海の手山の手新聞バッグ。

四万十新聞バッグのお力添えでここまで歩んできた海の手山の手ですが、たくさん指導していただいて
インストラクターの数も増えたので、東北のオリジナル新聞バッグを作るとか、新聞バッグに入れて似合う商品を
開発するとか、そんなふうにすすめてゆきたい。

 

これで東北新聞バッグプロジェクトのワークショップ及び養成講座は完了しました。
今日誕生したインストラクターの皆さんにも協力してもらって、プロジェクトを完了させたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

キリマンジャロ

東北新聞バッグその他の大量納品日が近づいてきて海山のメンバーは全員追い込みです。

でもそんな中、震災直後からお世話になってきた方々から「今年もイベントやるよー、新聞バッグも売るよー」
とご連絡が入ります。

そんな時はとても嬉しい。どんなに忙しくても少々無理してでも「やりたい!」と思います。

でも問題なのは作り手の忙しさ。
自分の仕事の傍らで新聞バッグを作っているインストラクターに次から次へと頼むわけにはいきません。
ならば「私も」と未熟インストラクターを自称する私も参戦することにしたのですが、趣味ではなくて販売用の
バッグを作るのは難しいです。

中、小はなんとかクリアできたものの大バッグにきて頓挫。

デパートの買い物紙バッグサイズの大バッグは新聞紙5枚でできてます。強度は西瓜を入れても大丈夫。
少々重みのある物でも難なく持ち歩けるし、しっかりしているので倒れず立つので便利です。

この大バッグ。震災後の最初の講習の時から難物でした。5枚の新聞紙を重ねてずれないようにあっちに向けたり、
こっちに向けたり、パズルのような糊付けに四苦八苦しているうちに、周りに後れをとり、ギブアップ。
したままだったのでした。

でも今はそんなことは言っていられない。なんとしてもという意思を以って、鳴子温泉住まいのあやさん宅に
娘、孫同道で大バッグ特訓を受けに行きました。

「冬は家を空けたくないよ。雪で家に入れなくなるから」というあやさんの言葉どおり、綾さん宅の家周りの雪の
凄いこと!!
「まるで山形だわ」時々山形に行く私と
「これは宮城の雪じゃないよ。北海道並みだよー」
北海道の占冠村に暫らく住んだ娘の感想です。

 

大きな炬燵を囲んでの大バッグ特訓はなかなか楽しいもので、手より口の方が活発に動きます。

「ねえ、見て、見て、これ素敵な絵本だよー」
あやさんが仕事場の幼稚園で見つけたという絵本「新幹線」を持ってきました。
新幹線が美しい日本の風景の中を走っています。これまで見たことのない手法で描かれた山や森の風景の
美しさに魅せられます。

「凄いでしょう! きれいでしょう!、これ岩木山から見た津軽半島。行きたいねえ。海山で行こうよ」とあやさん。
「あやさん、山登るの?私月山行ったよ。八幡平も行った。あやさん、どこの山行った?」と娘。
新聞バッグを折りながらの会話です。

「キリマンジャロ」

「えーッ、キリマンジャロ? あのアフリカのキリマンジャロ?」
「そう、行きたかったから行ったんだ。でも上まで登れなかったから下の国立公園見て帰ってきた」
「へェー、アフリカまで行ってキリマンジャロに登るってどのくらい時間かかった?」

なんて暇なような面白いような話をワイワイしているうちに大バッグができました。

私が作った大バッグです。はい。
「やって、やって、進む!」とあやさんにせっつかれて2個作りましたが、家に帰ったら忘れているかもしれない。

このバッグができあがったら、福岡県の大牟田で待っていただいているお客様に送ります。絵柄も作りも
上等を作って送りますので、もう少しお待ちくださいね。

 

 

 

 

 

 

女川のSさん

久しぶりに女川のSさんに電話しました。

Sさんは石巻市女川の仮設住宅で暮らしておられる新聞バッグインストラクターです。

大震災の年の第1回目の新聞バッグ講座の時から海の手さんとしてご一緒に活動してきたのですが、
女川の仮設住宅に入居後、暫らくしてから、くも膜下出血を発症されました。

Sさんの新聞バッグは折り目ひとつにも神経が行き届いた丁寧な作りが際立っていました。
出来上がった新聞バッグは寝押しをしているのよ、と聞きました。

 

そういえば今の人達、「寝押し」なんて言葉、わかるのかしら。
昔はズボンとかセーラー服のスカートのひだひだの折り目をきちんとつけるために、毎晩布団の下に敷いて
寝ました。でも今はベッドだから「寝押し」なんてやれないね。

 

Sさんは旅館のお布団の下とか座布団の下とかに出来上がった新聞バッグを敷いてたんだと思います。

あまりにも仕上がきれいなので、「Sさんの新聞バッグってなんでこんなにきれいなの?」と訊いたら、
「私は紙が好きなの。前は和紙で名刺入れなど作っていたのよ」という答えが返り、紙のことなど何も
知らない私たちは大いに気を強くしたものでした。

 

「いつか和紙を手に入れてSさんに和紙でバッグを作ってもらいたいね」と言っていたのが、くも膜下出血で
倒れるなんて・・・。

でも、Sさんは手術を受けて元気になられました。そして暫らくすると折った新聞バッグが女川から送られて
きました。
「新聞バッグ作りがリハビリになるなんて」
思いがけない効果にみんなで喜んだものです。

 

昨年の夏から秋の間にお見舞いなどはしたのですが、こちらからお願いすると無理をさせるかもしれないので
暫らく電話はしていません。

 

電話に出たSさんはお元気そうでした。そしてうれしかったのはSさんはこの連絡しなかった期間、Sさんなりの
作りたい新聞バッグを作り続けておられたこと。
これまで作り溜めたものをよっちゃん宅に送っていただくこと、府中美術館に収める新聞バッグを作っていただき
たいことをお願いして電話を終わりました。

 

もし新聞バッグがSさんのリハビリに少しでも役立ったなら、嬉しいです。
そして府中美術館にSさんの丁寧な作りの新聞バッグが展示されたなら、Sさんも喜ばれるのではないか、と
思います。なにしろ紙が好きな方なのですから。

 

 

 

 

 

新聞バッグ制作中

天気大荒れです。

強風! 地吹雪!

地吹雪の時は正直、道の駅に行きたくなくなります。
でもお天気悪いくらいで休んではいられないので、行くけど、強風が吹くと雪煙で真っ白になって
前方、車があるのかないのか分らなくなる地吹雪の日の国道は怖い。

 

海山代表よっちゃんが遂にインフルエンザに罹りました。
まあ、罹っても不思議はないような超多忙な日々をよっちゃんは送ってますが、インフルエンザに罹る前の
2日は特にハードでした。
南三陸へ行って帰って夜は古川で11時まで懇親会やって、翌朝は多賀城の会議に出席して、頭がパンパン
になるような話をいっぱい聞いて、「疲れただろうなあ」と思っていたのですが、やっぱり、ネ。

 

で、疲れてその翌日ドーンと休んだその間隙をインフルエンザに捕まった。
私も一度なったけど、普通の風邪と違って、熱が下がっても食べられなくて実にしんどかったのを覚えています。
2度と罹りたくないと思っていたから、よっちゃんも同じ心境でしょう。
早く楽になるように願ってます。

 

よっちゃんは寝てますが、今海山は注文が立て込んでいる状況なので、不肖ながら私も新聞バッグ制作に
参戦することにしました。
このところ時間がある限り新聞バッグを作っています。

不器用なので間違ってばかり。
一応インストラクターではあるのですが、日頃はあやさんとか南三陸部隊とかに折ってもらっているので実際に
自分で折ってみると、いやあー、難しい。折るのは簡単なんだけど、隅々きれいにきっちりと、というのが意外に
難しい、というのがよく解かりました。

今は日本の新聞も英字の新聞も折っています。

一時、英字新聞が不足して困っていたのですが、このところ読んだ新聞を送ってくださる方からお声をかけて
頂いて大変助かっています。
感謝しています。

青山学院大学の図書館から、大阪の役所から、英字新聞を送っていただきました。

イタリア、ミラノのKONさんからはイタリアの新聞を送っていただきました。

それから、滋賀県の会社の社長の社長Tさんからは、だいぶ長期間をかけて集めて頂いたのだと思いますが、
たくさんの布地を送っていただきました。先日南三陸でのワークショップの際に、参加してくれたM仮設の
mucchannに「縫ってね」と頼んだら「縫うよ!」と快諾。
きっと、ポーチとかバッグとかエプロンとかに変身して、お客様にお届けできると思います。

 

皆さま、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

新聞バッグから世界が見える

庭の木。山栗の木。

この雪どこまで降るのかと思っていたら、ここ止まりで雨になりました。
積もらなきゃいいような気がするんだけれど、夜間の低温で朝はツルッツルッに凍るので、これはこれで
困ります。

ここは宮城県北部の岩出山という小さな町。伊達62万石の殿様伊達正宗が仙台青葉城に移る前の居城が
あったところで、(今は城跡だけ。有備館という学問所が残っている)、東京の会社に勤務していた夫の退職後、  突然ここに来て住んだ、と言うと、大抵の人は「えーっ」と驚きます。

「親戚か誰か?」
「いえ、全然。縁も所縁もない。大体東北地方に来たことがない」
というともっと驚かれます。同郷の友人がこの町に建てた山小屋に遊びに来て、「私も住もうかなあ」と思って
住み着きました。それから12年。

当たりでした。空気はきれい。空は真っ青で夜は真っ暗。満天の星にまん丸い大きな月。黄金色の稲穂、
白鳥にガン、伊豆沼、内沼、長沼の蓮の花、蛍、そしてとにかく広い。この広さは東北独特でしょう。
大地震は何度も来るけれど、家も井戸も壊れたけれど、でも来てよかった。

 

 

海の人達とも友達になれました。

先日の南三陸でのワークショップの時に、四万十チームから南三陸の海の手インストラクター部隊に         質問が出ました。
「新聞バッグを作るに当たって、何か困っていること。こうしてほしいと思うこと、言ってください」

昨年から始まったワカメやホタテの養殖の仕事の合間にもの凄い勢いで新聞バッグを折ってくれている
Y仮設のK子さん、S子さんの答えは?

「ダンボール箱がない」
「英字新聞がなくなる」
「英字新聞の絵(写真)を出してくれ、とよく言われるけれど、英字新聞の写真はけっこうひどいのいっぱい
から出すの大変」
「運送料が高い」

 

そうなんだよねえ。南三陸でダンボール箱を手に入れるのは大変なんですよ。
食品スーパーのレジ袋が有料になってから、どこでもそうだと思うけど、うちの近所のスーパーマーケットには    ダンボール箱が山積みされるようになりました。うちの集落は過疎じゃなくて僻地指定なんだけど、ダンボール山積みのスーパーは4店舗くらいあります。ちょっと足を伸ばせばもっとある。
でも南三陸にはスーパーマーケットがない。コンビニか復興商店街くらいしかない。気がつきませんでした。
みんなに苦労かけてたんだ。これから南三陸に行く時にはダンボール箱を運ぼうと思います。

英字新聞が足りなくなる。
これは私たち山の手が鋭意集めるべく努力しています。

新聞バッグの絵柄のこと。
これが面白かった。新聞バッグは文字ばかりだと面白くないので、というか、やはり楽しい色、柄があったほうが
楽しいと思うので、なるべくカラフルな広告とか写真とか入った面を表に出そうとします。

ところがあちこちから送って頂く英字新聞には、けっこうニュース的に生々しい写真が多い。エジプトのデモとか
シリアの爆撃とか。まあ、できることなら殴るとか叩くとか人が傷ついた写真は避けたいです。
「でもその写真が載った同じ新聞がドサッとくる時あるのよ。そんな時には中に入れたりしてけっこう苦労するよ。
だから文字だけでもいいんじゃない?」

 

私もこの頃時間を見ては新聞バッグ折ってますが、日本の新聞を折ると、「いろいろあるけど、やっぱり日本は平和なんだなあ」と思います。

新聞バッグを折って、まさかこんな感想を持緒つようになろうとは思いませんでした。

 

運送料が高い。
海の手山の手で最も「困った」と思うのは運送料の問題。注文頂いた新聞バッグには運送料を頂いていますが、
新聞をいただいたり、頂いた新聞を南三陸、その他に送り、仮設住宅で作り上げた新聞バッグをこちらに送り
返してもらう運送経費が大きい。これをどうにかクリアするのが目下の課題です。

同じ宮城県でも農村の人と海の人は全然違う。
その人も暮らしも知れば知るほど面白く、興味が尽きません。

 

 

 

 

 

四万十新聞バッグ東北プロジェクト最終ワークショップ開催

またもや大雪です。
いやだなあ。風もなく細かな雪がまっすぐしんしんしんしん降る、「これは積もるぞ!」の雪。
夜7時に家を出なきゃならないのだけれど、出られるか微妙。

昨日は午後から夜遅くまで、東北新聞バッグプロジジェクトの日でした。

昨年夏から始まった東北新聞バッグプロジェクト。いよいよ大詰め、南三陸での最終ワークショプです。
場所はNPOみなと未来がある南三陸戸倉の戸倉中学校仮設住宅。
何回行ってもここの津波の跡は、圧巻です。中学校は岬のような突端の高ーいところにあるのに、こんなところまで
波が!?というぐらいまで水が上がって、大きな立木もなぎ倒されています。目の下に海が見えます。
学校は今使われていず、仮設住宅がありますが、その集会所にお邪魔しました。

集会所の中から子供たちが遊ぶ元気な声が聞こえます。

 

今日は、東北新聞バッグプロジェクトワークショップには恒例出席の代表よっちゃん、他に加えて、Y仮設とM仮設の
海の手主要メンバー、K子さん、S子さん、saoちゃん、mutsちゃんにも参加してもらいました。

みなさん、凄く頼りになるインストラクターなんだけど、この東北新聞バッグの中での位置づけを詳しく説明した
ことがありません。今回は直接四万十さんたちからお話しを聞ける良い機会です。

名ファシリテーター畑中智子姉さんには、始まりからを明確に説明して頂きました。

四万十新聞バッグ東北プロジェクトは復興予算に支えられた大きなプロジェクトで、東北の復興に力を尽くす、と
総力上げて先導してくださっている四万十新聞バッグ、東北は南三陸のNPOみなと未来、海の手山の手、
名取の企業ファミリアの三団体が一緒にプロジェクトを進めています。

 

企業のノベルティーとして新聞バッグが世の中に出ていく日を目前に控えて、販売方法、事務的運営、新聞バッグの最後の仕上げなど、会議内容は満載で、これをどう受け入れどうこなそうかと頭がいっぱいに。
5時も過ぎて終了。

急ぎ帰って、これも恒例の懇親会。

これからご縁ができるYAHOOの女性たち、海の手山の手とじっくり付き合ってくださっている仙台放送のM氏、
そしてビッグなお客様、三井不動産やシャープアクオス,ダイワハウスなど有名企業のCMを作っておられるトップCM
ディレクターであり山形の東北芸術工科大学教授でいらっしゃる今村直樹氏。それにほっかぶりんの面々も
参加してくれました。

刺激的な夜の懇親会でした。

そしてまた二日目の明日は名取の㈱ファミリアでワークショップ。

3月からは地元大崎、そして東京自由ヶ丘での2か所で新聞バッグ講座を持つことになりました。

がんばりますので、是非ご参加ください。

 

 

 

 

 

 

梅農場と千葉啓子著『なんだりかんだり』

用事があって梅農場に行ってきました。

梅農場はたぶん東北では1、2を争うくらいの大きな梅園で、海の手山の手の山の手メンバー佐藤氏の家。
大震災の年の遅い春に、梅見の会で、海の手山の手が初めて出会った場所であり、その年の夏から秋にかけて
被災した人たちが汗を流して梅の収穫をして働いた農場でもあります。

梅の花が咲く時期や実がなる時期には、よく来るのだけれど、冬の最中に来ることはほとんどありません。
用事は大体電話かメールで済ませてしまう。

ところが今日見た雪が残る梅林の美しいこと。

雪の梅林もいいですねえ!

 

先日の写真スタジオでの新聞バッグ体験教室に参加してくれた東鳴子のTさんに誘われて、この町からずーっと
仙台よりの町にあるライスフィールドというお店に行ってきました。

ライスフィールドの名のとおり国道に沿ってはいるけれども、たぶん周りが田んぼという中にある、レストラン喫茶の
ログハウス。たぶんというのは全部雪なので田んぼなのか草原なのかわからない。でもお店の前の広い駐車場は
全面に枕木が敷かれています。

 

前にも来たことはあるのだけれど、その時はただのお客だったから、奥様とご主人にお会いしにくるのは初めてです。新聞バッグを置かせていただくお願いにきました。

 

お店の中に入る前の大きな風除室のようなお部屋には、パキスタンのショールや肩かけが。足元にはいくつもの
大甕。何かいいものが入っていそう。お店の中は広い!吹き抜けの天井まで届く柱の大きくて太いこと!
赤い鉄の薪ストーブには赤々と火が入ってます。外の薪小屋には薪がいっぱい。ピアノがあります。周りの
椅子の配置や雰囲気からすると、もしかするとジャズの演奏とかあるのかもしれない。
そんな雰囲気の素敵なお店です。

ロングヘアーのミニダックス、ふーちゃんもいます。

 

奥様は初めて新聞バッグを見て「素敵ねえ」と感心してくださいました。新聞バッグ合格みたいです。

ランチにはコーンと野菜の玄米ピザ。コーヒーとブラウニーとチーズケーキ。

そして思いがけないものと出会いました。

なんと! 啓子さんの本を見つけました。

できたんだ!
啓子さんが亡くなってしばらく経った頃、三本木の手作りパンのお店「青い虹」さんから、啓子さんの本を
友人のみなさんが作って出す、とは聞いていたのですが、あれからちょうど1年。まだ経ってないから間に合ったんですねえ。

私は啓子さんと二人で手拭いを作ろう作ろう、と言いながら結局でき上がって手元に来たのは、啓子さんが亡くなった1日後で、ほんとに間に合わないことでした。

 

啓子さんが自分のアトリエで週に2日開いていたレストラン「風のアトリエ」の料理も載っています。
懐かしくて美味しそう。本の名前は在郷的らいふ「なんだりかんだり」

いかにも啓子さんらしい。見かけられた方、是非読んでみてください。

 

 

 

 

 

 

チベットのフェルトシューズと新聞バッグ体験教室

たまたまですが、テレビでチベットで作っているフェルトシューズというのを見ました。
会社になっていて、社長は女性。そのシューズの可愛いこと、可愛いこと!!。大人用も子供用もブーツも
色とりどり、デザインもバラエティに富んでいてとても素敵。私も一足でも2足でもほしい。

 

その社長さんが言うには、そのフェルトのシューズは手縫いの工房で作られていて、各地から来てそこで
シューズ作りを学んだ女性たちは、自分の場所に戻ってそこで工房を開く。そうして雇用の機会のない
チベットの女性たちに雇用の場を作っているそうです。 続きを表示

新聞バッグ職人教室

東北新聞バッグプロジェクト用の新聞バッグの納期が近づいてきました。

四万十さんからご提示いただいて、東北復興事業東北新聞バッグプロジェクトが始まってから早くも
半年以上経ってしまいました。                                                  一番最初に話をうかがった時点では、話のスケールが大きすぎて、「そんなことができるのだろうか」
「私たちにできるのか」と半信半疑でした。

でも昨年から今年にかけて、(株)四万十ドラマの畦地社長始めデザイナーの梅原真氏、名ファシリテーターの
畑中智子さん、道の駅十和の大黒柱である森岡さん、その他の様々な分野のエキスパートの方たちに
何度も宮城まで足を運んで頂いて、また海山代表のよっちゃんも東京までご一緒したりして、少しづつ少しづつ
実現に近づいてきたのです。

その期日がいよいよ目前に・・・。

失敗は許されない、とまでは思っていないけど、やっぱり仕事はちゃんとやりたい。新聞バッグは折り紙
と一緒。誰でもやれるからこそ、身の周りにいつでもある材料だからこそ、素敵な絵柄や言葉の紙面を選んで
丁寧に作って、手に持った人に「おおッ」これが新聞!?と喜ばれたら嬉しい。

ということで、このところ、手技磨きのための新聞バッグ講座が続いています。
今日も午後から3時間。

今の問題はプロジェクト用新聞バッグが海山オリジナルもじゃくり新聞バッグで製作に手間取ること。
「もじゃくる」というのはここの言葉で皺くちゃにするということらしい。海山のメンバーが皺皺にすることを
「もじゃくる、もじゃくる」というのでこの名がつきました。

まさに絶対に手でしかできない手業です。
普段は取っ手のみの巻き巻き専門職のよっちゃんも、真剣に本体製作に取り組んでいます。

よっちゃんのは念の入ったもじゃくりで新聞紙はまるで布のようになりました。
私がやったら破けました。
こんな不器用で大丈夫なのかな。間に合うのかな。

一夜明けて早朝。

昨日、新聞バッグを一緒に作ったYちゃん。牛の世話をして農業をして介護職もやっているもの凄い働き者です。

手には作りかけの新聞バッグ。
「ここんとこ、どうやるんだっけ? なんとこれで4っつ目よ。いいでしょ、その新聞記事!」

Yちゃん、これまでそんな目ではみなかった新聞紙を新聞バッグ職人目線で見たんだね。
作りかけ新聞バッグの正面は薄墨色の空と海の写真。清い・・・水云々の文字。
「いいねえ。写真も言葉も凄くいい!」

 

昨日の新聞バッグ職人講座に参加した人たち、今日はどんな目で新聞紙面を見ているんだろう。
想像すると楽しくなります。