ドイツの新聞

気温が低い、低いと言っていても、もう6月半ば。
春花壇に植え付けたパンジーやビオラもさすがに伸び伸びになって終わりが近づき、夏花壇用の花苗を
植え付ける時期になりました。

今日から植え付けることになっている、道の駅の花壇を見に行ったら、まあ、なんとシルバーのサントリナが
こぼれるように大きくなってまん丸い黄色の花茎がたくさん立ってました。大変元気よく育っています!

今は道の駅の花壇のサントリナだけど、これは私のサントリナなんです。

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道の駅ができた当時、花壇に何にも植えるものがなくて、その頃ハーブを作っていた私が、家から持って
来て植えました。それから11年、今も枯れずに生き残っています。毎年今頃になると、刺し穂をとろうなかあ、
と思い出します。

以前はいくつかあったハーブガーデンも近頃は少なくなってしまったので、これだけ咲いたサントリナは
今はあまりないかもしれない。もしかすると貴重なサントリナかもしれないです。今年は少し刺し穂をとって
家でも増やそうかしら。

花がないので生産者仲間のMさんがいちごを植えました。2、3年後には一面に実がなって、観光バスで
きたお客様が窓からみつけていちご摘みをする方もいました。私も6時の閉店時間を過ぎると、いちごを
たくさん摘んで持って帰るのが楽しみでした。

 

今日は朝から夫の病院の検査日。抗がん剤の投与日で朝一で病院へ。
それから道の駅の直売所、その他を回ってお餅の仕事を終え、夫からの「終わったよ」の連絡がくるまで
新聞バッグ作り。初めてドイツの新聞で作りました。ドイツの新聞は白黒の写真が少なくてきれいなカラー写真
が多いです。

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この新聞は、東京、自由ヶ丘の産経カルチャーセンターで海山の新聞バッグ講座を受講なさったSさんが、送って
くださったのです。ドイツ語だから言葉は全然わからない。文字も読めない。でもカラーの色合いはとても
きれいでお洒落です。作っていて楽しい。Sさんは折紙をなさる方なのです。

何かある度にこうして、新聞バッグがなかったら決して出会わないような方にお会いするのがとても有難いことです。
新聞バッグに出会わせてもらって、メールを送ったりお手紙書いたりするのも楽しいです。

そういえば、しばらく外国を一人旅なさっていた海山の大切なお客様でもあり仲間でもあるTさんから、新聞で
作った封筒の写真が送られてきました。この間もあやさんが作った封筒に魅せられたけど、やっぱり
私は封筒には魅せられます。封筒用に新聞バッグが作れない半枚サイズのドイツ新聞をとっておくことにしました。

草刈りの時に庭で撮りました。植木鉢が横倒しになったまま、地植えになって咲いています。

なんて名前だろう。斑入りの宇津木です。
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夫を迎えに行って、草を刈って、新聞バッグに取っ手をつけて今日はおしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

細倉マインパークに行ってきました。

今日も合間合間で雨。ドーッと降ったかと思うと、すぐに晴れあがり、しばらくするとまたドーッの繰り返し。
落ち着いて農作業という日和でもないので、かねてからうちの4歳孫と約束していた、細倉マインパークに
行くことにしました。

細倉マインパークというのは、宮城県栗原市にある細倉鉱山跡と利用した観光坑道です。細倉鉱山は
806年~876年に鉱山が発見され、伊達藩やいくつかの会社で運営されてきた鉱山です。1987年に
鉱山は閉山になりました。

周囲には炭鉱の雰囲気が色濃く残っていて、炭鉱の住宅跡(映画、東京タワーのロケ地)や鉱山資料館などが  あります。数年前、福岡県飯塚の炭鉱育ちである母を鉱山資料館に連れて来た時、母は「懐かしい」と
喜びましたが、88歳の母を坑道に連れて入るのは躊躇われたので、私も坑道に入ったことはありません。

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切符売り場のおじさんに「中は15℃くらいですよ」と言われてえーッ!?
地下だから外よりも少しは温度が低いだろうとは想像したけど15℃はちょっと着ているものが涼しすぎて
不安になってきました。入ると外に出るまで40分とのこと。長い!そんなに長いのか。
くたびれたら「戻ればいいわよ」と言ったら「1周するようになっているので・・・」
またも不安。

でも今更止めるわけにもいかず、突入。

まず坑内事務所を通ります。

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一瞬私まで鉱山の人かと思ったら人形でした。
ここで4歳孫はアウト!「おじさん、怖いよー、行きたくないよー」「マインパーク来なければよかった」
しがみついて離れず抱っこで前進。

坑道はけっこう暗く長く涼しく、そしてもの凄く立派です。いやー、ほんとに凄い!!
人間、ここまでやれるのか、と感動を覚えるほどりっぱな坑道です。観光用安全を確保するために
たくさん手を加えてあるのだとは思いますが、それにしても元の坑道の深さ、大きさは想像を超えてました。

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暗い坑道では怯え、明るい場所に出ると元気になる4歳は、砂金採り場では張り切りました。
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20分かけてちっちゃいちっちゃい金を3個ゲット。ママへのお土産です。

下ったり登ったり、長いかと思ったけれどあっと言う間の40分でした。

ここは大変見ごたえのある坑道だと思います。大都市近郊ならばきっとお休みには大勢の観光客で賑わう
くらいの規模の観光坑道だと思うのですが、いかんせん奥まった田舎のことで、人も車も少なくて静かなものです。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

今度は暑くなってから涼しさを味わいにゆっくりと来てみたい。

きのう、ブログに名前がわからない白い花のことを書いたら、銀塩写真さんからそれはハリエンジュではないかと
教えて頂きました。そのハリエンジュが、ここはハリエンジュの森ではないかと思うほど、周囲の山々にたくさん
咲いていました。ハリエンジュ(ニセアカシア)という木は土留めかなんかに役に立つんでしょうか。
なんであんなにハリエンジュだらけなんだろう。とても不思議だった。

 

 

 

 

 

 

山法師

久しぶりにお湿り程度の雨。
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でもこんな雨じゃどうにもならんのです!
畑の家の裏の池は危機的状況。金魚や小魚を助けたいけど、山から水が流れてきてできた池なのでどうにも
手の打ちようがありません。ひたすら雨乞いするのみ。

それでもこんな日こそ苗を植えなきゃと、生産者仲間のお豆腐やのNさんは産直のトマト苗を買って行きました。
私も今日こそはクリスマスローズを植えなきゃと思っているんだけど、午前も午後も人と会う約束があるので
できるかどうか。

去年は気づかず食べそこなったので、今年こそはと楽しみしていたmyさくらんぼ。肥料をやってないので極小粒
だけど甘くて美味しい。昨日鳥がどんどん食べているのを見つけて今朝は大慌てで採りました。
上のほうはもうなくなってた。

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そういえば外猫の餌はカラスが食べてる。そのカラスはうちの周りに居ついてしまってしょっちゅう屋根から
下をのぞいてます。その話を梅農場のSさんにしたら「オレ、カラスに免許証獲られた!」と言ってました。
免許証をカラスに持ってかれた人も珍しいわ。

午前中はKIITOクリエイティブ・デザインセンター神戸からみえたTさんと元海山代表よっちゃんも交えて
道の駅レストランでお話ししました。10月に行われるKIITOの催しの下調べ中とのこと。
旅館までお迎えに行ったついでに雨でけぶる潟沼にご案内しました。

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古川駅まで送って帰り道、この4、5日緑の木々の中にやたらに目につく白い花が気になって写真を撮りました。
この花は何の花?
フジの花房のようですが、蔓ではありません。木からそのまま咲いている。

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こんなふうに咲いてます。けっこう大木です。そしてこの木がたくさんあります。

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ヤマボウシが咲きました。
これはうちの貧相なヤマボウシ。これでも年々少しは大きくなっているみたいです。

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そしてこれがお隣りのヤマボウシ。こんな威風堂々たるヤマボウシはまず滅多に見られないと思います。
今年は当たり歳だと思う。150年くらい経っているかもしれない、と隣家のご主人は仰ってました。
見てください。この姿!!

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夜7時からもう一度人に会ってクタクタになりました。
明日はちょっとゆっくり過ごしたいです。

 

 

 

 

 

 

新聞紙封筒

小さい注文が重なって、昨日、今日と新聞バッグの作り続けで肩がガチガチになってきました。

新聞バッグインストラクター兼折り手といえど、みんな仕事を持つ身なので、注文数を多量に「折ってね」と
頼んだら負担をかけそう。ということで各折り手さんに2、30個ずつ頼んでは集めて送る、ということを
やってますが、今日は「できたよーッ」と元気よく鳴子温泉からあやさんがやってきました。

彼女の作る新聞バッグの素晴らしさは言うまでもない、のですが、
新聞バッグを入れてきたダンボール箱に貼りつけてあった伝票入りの新聞紙封筒が私は気に入った。

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荷物を送る度に添付する納品伝票やお礼状などを入れる封筒が茶色というのは、気に入らないなあと前から思ってました。
かといってお洒落な封筒などは高くて買えない。

新聞紙で作れないかしら、と思うこと度々。でも忙しくて試し折りをする時間なんてとれなかったのですが、彼女は
ちょっとの間に工夫して作ったんですね。しかも、腕には新しい折り方の手提げ新聞バッグをふたつもぶら下げて。

この封筒、今度彼女の家に行って習ってきます。伝票の幅で私も作ろう。新聞の柄を選んで作ったら絶対に素敵な
オリジナル新聞紙封筒ができます。

昨日の朝日新聞に昨日ワールドカップ出場を決めたサッカー選手の面々が写った大きな写真があったので、
展示用新聞バッグを作るために彼女に渡しました。そのうち新聞バッグの展示会でもやろうかしら。

 

彼女とも話したんですが、大震災前は新聞で何かを作ろうなんて全く思ったことはなかったんですから、ひょうたんから駒というか、思いがけないことで作る楽しさを知りました。

このところ毎日夕方に1時間の草刈りをしています。長年放っておいた荒れ庭をガーデンにしようと目論んでいます。
頭上になだれ落ちるように咲いたモッコウバラ。10年くらいになりますか。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

草刈って草掘り起こしたところには、売れ残りの宿根草を植えていくつもり。今日は植え込み用にとドバッと
小さいクリスマスローズが置いてあったので植えます。がんばります。

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行と新聞バッグ作り

毎日、快晴。
快晴は有難いようなもんですが、有難いことばかりでもなくて、雨が降らないので畑の家の裏にある小さい池の
水が干上がってきました。大きくなっていた金魚や、何かわからないけど、勝手に繁殖していた小魚がこのままでは
死んでしまいそう。

水を入れてやったりしたけど、とても間に合わない。畑への切り花の定植も雨さえ降れば手間がかからず終わるん
ですが、ホースで水を入れてもすぐに乾くので気が揉めます。

そうだ! 熊の足跡の写真と撮りました。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

山から下りて来る順路?は草が寝倒れているのですぐにわかります。大体同じところを降りてくる。
で、畠を縦に歩いたり横切ったり、背中をゴシゴシしたりして、隣との境の竹藪の下に下りていくようです。

ついでにエリンジュームも食べとこうかなあ、と食べたんだろうか。
切り花を採るために、昨年植え付けて枝茎が6、7本経ったエリンジュームの茎がない姿。

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とうもろこしの時は仔熊の足跡もあったけど、ことしは今のところは大きい熊です。
ここに来た時、駐在のSさんが「真山の熊はイタズラしない良い熊だ」と言っていたけど、そう願いたいものです。

 

昨年からお話しを頂いていた、首都圏の中学校の修学旅行のプログラムに新聞バッグ作りを組み込むという
打ち合わせのために下見に見えた先生とお会いしました。

このお話しについては、だいぶ前にお話しを伺った時点からずーっと考え続けています。

私の学校時代も、私の子供たちの学校の修学旅行の時も、あまり修学旅行の形は変わらず、京都や奈良に
日本古来の建築物を見に行くとか、ディズニーランドに行くとか、今自分がいるところにはない文化や人の暮らしを
見たり知ったりする修学旅行だったと思うのですが、実態としては楽しい物見遊山のような旅行でした。

その証拠に友達と一緒で楽しかったことくらいしか記憶にない。

でもここのところ修学旅行の姿勢が変わってきたということのようです。
体験型修学旅行、というのか、修学旅行を利用して子供たちに普段の生活では身近に見られない暮らしの体験を
させる。それ自体は大変良いことだと思うので私は大賛成なんです、が、、、、。

 

今回、修学旅行先に東北地方を選んで頂いたということは、

当然、生徒たちが体験することの中には、東関東大震災のその後がテーマになるでしょう。
家や学校や商店街や橋や道路などがかつてないほど壊れた内陸部の地震、そして人々の家や命、命を繋ぐ産業
までことごとく壊し、海にもっていってしまった津波。

それがどういうことであったのか。そこから人々はどう立ちあがって元の生活を取り戻そうとしているのか。

そこを伝えるということだろうけど、とても難しい。

私が首都圏から宮城県北部の農村地帯に移住して10年あまり。都会は私が生まれ育った場所であり、農村は
全く未知の場所でしたが、10年暮らせばだいぶわかります。思い違いも多々あるけれど。

都会はお金がベースで衣食住、お金でモノを買って暮らしが成り立ちます。
ここはお金はあまり役立たない。最低限のものは買うけど、住むも食べるもまず自分の手や体を使って目的を   達成することがとても多い。
人手が足りないからと言って、人がいないのでお金をいくら積んでも誰も来てくれないけれど、人と人と良い関係の
中ではただでも手伝ってくれます。お金は大事だけど、暮らしのベースではない。

先日来た福岡の友達が、「みんなものすごく働くんだね」と言ってましたが、その通り、みな、もの凄く働きます。
私も越してきた時、「農業の人はこんなにも働くのか!」と衝撃を受けました。

このことすら伝えるのが難しい。
都会と農村の暮らしの違いだけでも、距離がとても遠いのです。いつの間にか遠く遠く離れてしまっている。

ましてや未曽有の大災害で叩きのめされた東北と、地震の前と何ら生活が変わらない首都圏。

せっかくの機会ですもの。まだまだ考えます。未来を担う子供たちに、お魚や海藻などがどうなって自分たちの食品になるのか、漁業を生業とする沿岸部を見てもらって、津波の語り部さんのお話しを聴いてもらって、一粒の種が  どうなってお米や野菜になるのか、内陸農村部で農業体験してもらって、そして自分たちの手でモノを作り出すことがこんな風に大切で楽しいんだよー、と新聞バッグを作ってほしい、と思います。

生徒さんより先に先生に体験して頂いたらどうだろう。先生が「よかった!いい体験だった!」と実感されたら、きっと
子供たちにも良い体験なんだと、思うんですけどね。

 

 

 

 

 

出ました! 熊が

昨日までは、夕方になるともたなくて、「ちょっと寝ます」とベッドに横になったりしていたのだけれど、今日は
そんなことありません。

午前中はミーティング、午後は花壇の花を注文して頂いた近所の小学校に伺ったり、夕方には伸び放題の
草を刈りました。引っ越してきた頃にはなかった(あっても解らず草刈り機で刈り飛ばしていたのだと思いますが)
山百合が増えて来ました。

百合のタネが飛ぶってことはないんじゃないかと思うんですが、あっちこっちのブッシュの中にすっくりと真っ直ぐの茎を伸ばしています。去年なかったところからも2、3本づつ出てくる。
豪華な山百合の花が咲くと、辺り一面に強い百合の香りがします。

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昨日も今日も良いお天気です。
昨日は暑いくらいだったけど、今日は少し温度低め。
道の駅から帰る途中で、近所のYさんご夫婦が田植えをしているところに行き合いました。それをうちに帰って
うちの4歳孫に言ったら、「Yちゃんの田んぼに行く、Yちゃんの田んぼに行く」とうるさいこと。

根負けして集落の奥まったところで田植え中のYさんのところに行ったら、ご主人のSさんに真新しい田植え機
に乗せてもらいました。

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この田植え機のスピードの速いこと!びっくりした!!
時速何キロくらい出るのかわからないけれど、たいしたスピードで6条の苗をどんどん植えて行きます。
なんか凄く賢く見える。この田植え機ってどんな人が考えたんだろう。

このハイテク田植え機での田植えと周囲に年年増え続ける耕作放棄地を見ていると、もう米作りの形は変わらざる
を得ないのかなあ、なんて考えます。

そして最後に今日のビックニュースは、我が畑にクマが出ました。
うちの畑担当によれば、耕した畑にぼっこぼっこと大きな足跡があって、「エリンジュームを3株食ってた」と。
「エリンジューム? 熊ってエリンジューム食べるの?」
エリンジュームというのは青紫色の星のような花をつける宿根草です。そんなもん食べるんだ!

2年前、とうもろこしを植えたら、見事に3段に分けた畑のとうもろこしを全て食べられました。1回くらい勝てるかと
思ったんですが1回も勝てなかった。以心伝心のように採ろうかなあ、と思ったその夜くらいに食われる。この繰り返し。以来、熊の餌作りをしているみたいなのでトウモロコシ作りは止めました。

この辺りでトウモロコシを作る人はほとんどいません。

今は筍が出る時期なので筍を食べるために近くにいるんだそうです。
ここに越してきた時、畠の家の隣の方に「筍が出る間は熊はどこにも行かないでその辺で寝てるよ」と言われて以来
竹林の中で寝ている熊の図が頭に焼き付いて離れなくなりました。

 

今年も無事に熊と共存でますように。熊が殺されるのを見るのは嫌なので、山の実りが多い年になるようにと
祈ります。とにかく爆竹鳴らしてラジオ鳴らして熊と会わないように気をつけなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

2013年版福幸あっぱっぱ

朝、道の駅直売所からの帰り道、南三陸の菊の師匠、Oさんの奥さんから電話がきました。

「今からそっちに行くところ」
大急ぎで家に帰って間もなく、お二人がみえました。菊の仕事が一段落したということでしょう。

ついでに私がつい先日縫製をお願いしたあっぱっぱも持って来てくれました。

今年の分のあっぱっぱです。去年の分はおかげさまで完売致しました。

ダンゴウオのアッパッパです。
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ダンゴゴウオは成魚が体長1.5から1.8㎝ほどの大人の指の先ほどの小さいお魚。お腹の下に吸盤があって 海藻などにくっついているんだそうです。
東日本大震災の後、志津川の海にダイバーが生き残りのダンゴウオを探しに潜って、「いる、いる、生きてるよー」と
叫んでましたっけ。
南三陸のホテル観洋の売店などでダンゴウオの写真集など販売してますが、ミドリダンゴウオというのもいて
一度は見てみたい愛嬌のある魚ですね。

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もうひとつはダイナミックなとうがらし柄。

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3-4歳くらいの大きさのお子様にちょうどよいサイズ。本染め手拭い1枚で作りました。
手拭いなので汗かいたら洗って干してすぐ乾きます。
南三陸の縫製工場でお仕事をしていた方が縫ってくださるので、仕上がりはとてもきれいです。
手早いので、これから4-5歳用とか柄を選んで大人用とか作って頂きたいと考えています。

シルクスクリーンでの手染めの手拭い、本染め手拭い、新聞バッグセットなどとともに仙台のろっけんぱーく
にお願いして販売致します。海山ショップや直接海山ネットでもお送りできます。
1枚1600円。よろしくお願い致します。

 

数日前に行って、なかなか復興が進まない、というより山側のほうにはボツボツ建物など建っているけど、前に
町があったところはなーんにも変わらない南三陸町のことについて、ご夫婦とお話ししました。

「あれでなんか変わっているんですか。2年過ぎてもなんにも進まないようにみえるけど、遅すぎません?」と私。

奥さんのムッチャンはさばさばしていて「なんといっても自分の家を持たないと落ち着かないからねえ」と
まずは仮設住宅を出て、自宅を持つことが第一の希望。既に2年以上にもなる仮設の暮らしで、ストレスで
身体をこわしている方がとても多いそうです。
ご主人のO氏も勿論家を持つことは最も重要だけれども、どうしても以前の生活の残影を引きずってしまう。
と仰ってました。

「普通常識的に考えればあるはずの町の核が作れない。学校があって商店街があって住宅があってという町の  中心のようなところを作る場所がないんだよね」とも。

防潮堤の計画もあって高さが8.7mとか。その高さで並行して国道45号線が新設されるとか。
聞きかじりですが、ただ聞くだけでもウーームと考え込んでしまう復興計画です。
いつになったらそんな工事が始まるのか解からないし。せっかくとった1兆を超す予算も、現場が進まないために
繰り越しになってしまうということで。

海に面した眺望のよい場所にあったO夫妻のお宅を越えた波は17-8m。8mくらいの防潮堤では
津波を防ぐ役には立たないだろうし、海なんか見えなくなってしまう。だったら普通の防潮堤でいいんじゃないの? もう海の近くに人は住まないのだし。

「ねえ?!」
ウーム、ウーーム、と答えが出ない問答でした。

O氏が仰るように「だから逃げる練習したほうがいいの」
そうかもしれません。

これから、震災後に避難していたラドン温泉に入って帰る、と鳴子温泉に向かわれました。

 

 

 

 

 

産経カルチャーセンター新聞バッグ講座

珍しく今日は雨が降ってます。午前も午後も雨。

庭にある図抜けて背が高い朴の木が白い花をつけています。丈高く枝をいっぱいに広げた堂々たるミズキの木の
白い花がこの町の至る所で目立ちます。
しかし、手入れをしない自然の木というのは、どうしてこんなに大きくなるんだろうか。

10年余り前引っ越し記念にと頂いたスモークツリーのでっかいこと!大きくなり過ぎ!
正直大きすぎて向こうの景色は見えないし、うちの中も暗くなるしで「伐りたいなあ」と思っているのだけれど、
なかなか実行に移せません。木は伐りにくい。なんだか悪いことしているような気がして。

 

呑気に木の話なんか書いてますが、実は胸の中はジリジリジリジリ。

今日は産経カルチャーセンターの講座の日で、風邪と今日の午後に古川保健所で食品衛生講習を受けねば
ならないために東京行きを見合わせた私は、あやさんのことが気になって頭から離れません。
車を運転しながら、カルチャーセンターのお教室で、目いっぱいテンション上げて一人で新聞バッグの作り方を   教えているるあやさんの姿を想像するとなんか泣けてきそう。

私が行けないため、四万十のインストラクターKさんに「誰か東京在住の助っ人をお願い」と頼んだのですが、
頼まれた方はまだインストラクターになり立てのようで、実力のほどがわかりません。

あやさんがいい加減の人ならさほど心配しないのですが、真面目のうえに良い人なので、短い時間の中で
自分が持つ技術の全部を惜しみなく教えようとするのです。ブレーキ役の私は今日はいません。
どうしているのかなあ、と気がかりで気がかりで・・・。

 

午後から古川に出て、食品衛生講座に出席。4時までの講座です。この講座を受けて食品取扱従事者証と
新しい営業許可証をもらいます。だからどうしても受けなきゃダメなのです。
身体は痛く頭も痛く、我慢し続けの3時間。

終わって買い物して帰宅。

寝たいところですがあやさんの電話を待つ間新聞バッグの制作に励みます。
夜8時半、電話がかかってきました。

「帰ってきたよーー。ものすごく大変だったよーー!」
「ええーーッ!!??」
やっぱりねえ。一人で10人教えるのは大変なんです。小を作りたい人もいれば中がいい、という人もいれば
大を作りたいんですが、という人もいる。その要求に全部応えようとする彼女ですから、大変に決まってる。

大体被災するまで彼女も私も新聞バッグなんか作ったことないんだから。
「大バッグ作るなんて思わなかったから、新聞が足りなかったよー」
大のバッグは新聞紙5枚で作ります。簡単ではないので初めて作ってもなかなか覚えられるものではないです。
でもこの際だから欲張ってあれもこれも作りたいという気持ちもわかるしなあ。

 

カルチャーセンターの方に日本の新聞紙までもらってどうにか役目を果たしたようで、無事終わってほんとよかった。

これで私も安心して休めます。

あやさん、ご苦労様でした。そして助っ人になってくれたTさん、寄ってくれた版画家の岡澤さん、
お世話になりました。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

間に合わない1日

先日ともだちと一緒に南三陸に行った時は寒かった。
連日用事が多くて疲れているので、まずいなあ、風邪ひくんではないかと用心はしていたんですが、やっぱり、
きっちりと風邪をひいて、そしてその風邪の身体中が痛いこと!

熱より咳より身体中が痛いのに閉口しているところに、今日はこなさなければならない用事がふたつあり、
寝ているわけにはゆきません。

ひとつ、明日は東京は自由が丘の産経カルチャーセンターの新聞バッグ講座の2回目。受講生の方にお渡し
する道具やお土産を今日のうちに梱包してセンターに送らなければならないことと、講師を勤めるあやさんと
会って、切符を渡したり、詳細を詰めとかねばならない。

というわけで、朝のお餅仕事を終えた足で、あやさんのアルバイト先の鳴子温泉の名物喫茶店「玉子や」さんへ
向かいました。今日は店主のMさんもおられて、大震災後3年という今の時期の商売の難しさや、これから
どうすべきか、鳴子温泉にお客さんに足を運んでもらうにはどんな方法があるのか、などなど論議、雑談する
こと1時間半あまり。その間、なんというか、やっぱりお客さんが少ないんですよ。勿論「玉子や」さんも外を
歩く観光の人々も。

鳴子温泉はほんとにお湯がいい温泉地です。お湯の質が9種類だかあって、よりどりみどり。好きな温泉に
入れます。お休みには是非鳴子温泉に来てください。

 

仕事が終わったあやさんと自宅に戻って道具の梱包作業。3時半すぎて終わって、荷物をあやさんに託し
私は大急ぎでもう一つの用事の現場である道の駅へ。

今日は横綱白鵬さんとその他のお相撲さん、宮城野部屋のご一行様15人ほどが、道の駅に来る日なのです。
先日社長からその話があって、出荷組合の理事会で「お餅つき」をしようと決めたのですが、今日は4時から
お相撲さんたちにお餅をついて頂くことになってます。
役員は2時半集合だったけど、身体が痛いのと梱包作業でそれは無理なので見送りました。

でもまあ、後片づけくらいは、とこの際だから孫も連れ、大急ぎで道の駅に駆けつけましたが、なんとまあ4時    には終わってしまい、お相撲さんは帰りのバスに乗り込むところでした。見えたのは白鵬の笑顔だけ。
それにしても白鵬さん、優勝直後ではないですか。よく来てくれたなあ、と感心しつつ見送るだけでした。

男性役員全員出ているので、風邪っぴきの年寄りは、後片付けも失礼して帰宅。
4歳孫にお餅つきもお相撲さんも見せてやれず、こんな時に風邪をひいて身体中が痛いなんて、自分の間尺の
合わなさにうんざりした今日でした。治りたいので全部の仕事を止めて10時間くらい寝ます。

 

 

 

 

また会う日まで。

なんとかお天気がもちそうな土曜日の朝。
早朝から打ち上げる花火の音が響きます。この町では全部の学校(小学校、中学校は判らない)の運動会。

すぐ近くにある小学校も今の生徒数は全部で35人と聞いたので、学校に行く子供がいなくても地域の住民が
できるだけ多く行ったほうがいいんだろうなあ、と思うものの、今日は先日立ち上げた「ものづくりネットみやぎ」の
副代表になられた宮城イーストファームの赤坂社長が推進なさる「東北コットンプロジェクト」の綿の種蒔きの日。

両方行くのは無理なので、運動会は来年までお預けにして、ともだちも一緒に綿のタネまきに行くことにしました。

この話は記すことが多いので後まわしにします。

1日過ぎて今日日曜日は、4泊してくれたともだちが福岡へ帰る日。

昨日の夜は「お世話になったから」とたくさんのお肉と野菜を買い込んできて、うちの家族のために鉄板焼きの
大盤振る舞いをしてくれました。日頃食事の用意をする役目の娘が「おいしーッ」と何度言ったことか。
よほど美味しいんだな、と私も嬉しくなりましたが、当の私は風邪ぎみで喉が痛いのと片側の歯を抜いたのとで全然
意気があがりません。

夜中に薬を飲んで、朝はちゃんと5時半に起きられました。喉も痛くない。

いつもどおり彼女と一緒にお餅を作って、一緒に道の駅に行き、あと2軒二人で出荷先を回りました。
二人一緒に11月生まれなので、お互い71.5歳。いつまでこんなことやれるのか。

帰宅してお土産などの荷造りをして、仙台空港に向かいます。
飛行機は午後3時ちょっと前。私たちシニアというの?おばあさんというかおばあさん以前というか、その年齢の
私たち高齢者は、歳をとるごとに身体の我慢は効かず、物忘れはひどくなり、いいことは全然ないのですが、
ありがたいことに飛行機運賃が日本中どこへ行こうが1万円なのです。彼女は12000円になったと言います。

で、12000円でJALに乗って福岡に向かって飛び立ちました。

i家では面倒見ている3匹の猫。他所の駐車場を借りて50万円もかけて作った立派な犬小屋に、彼女に
運良く出会えた犬や猫たちが彼女の帰りを待っています。昨年ご主人を亡くした後に、乏しいお金を使ってなぜ犬小屋を建てたかというと、「どうして?」とは訊かないけれど、自分に何かが起こった時のためだと思います。
子供のいない彼女にとって彼女の生を支えてくれた犬たちやねこたちは彼女の人生の同伴者です。きっと保険も かけて、自分が居なくなった後を託す人も決めていることでしょう。

明後日は体が少し不自由な方々にテニスのコーチをする日だそうです。
そして自分自身も闘病をしながらテニスのコーチを続けておられる師の生徒でもあります。
1日でも長く彼女が健康でテニスを続けられるように、そして大好きな犬たちや猫たちとともに過ごす時間が
続きますようにと祈ります。

 

 

家に帰ってからが大変。
今日はうちの4歳孫が風邪で発熱。私も怪しいので家の中で二人でマスクをし、娘も一緒に注文の新聞バッグの
製作です。
6時までに間に合うか。必死で作って間に合わせ、ついでに毎月多量にご注文を頂く横浜の新聞博物館へ
送る新聞バッグを、㈱レンゴーさんのご支援で作って頂いたダンボール箱に詰めました。

手が短い私の両手では抱えきれないほどの大きなダンボール箱。外には「海の手山の手」と「東北新聞バッグ   プロジェクト」と印字されていて、新聞から新聞バッグになりますよーという絵もデザインされています。

あっちこっちのスーパーマーケットを貰い歩くダンボール箱ではなく、私たちだけの感動的ダンボール箱。

送り終わったら、発熱で外に出られない4歳孫のアニメのDVDを返して借りに古川へ。
今日は1本50円だって。ドラエモンやウルトラマン、何個も借りてあげました。最高!!