ああー、びっくりした!

日暮れ時、犬のご飯がないので10分ほど走ったところにあるスーパーマーケットに出かけました。

半ば暗くなりかけた県道を走っていると、ライトの中にのっそりと黒い影が・・・。大きいィ!

なんだ、なんだ。目の前に立っているのは牛。前に子牛が牧柵から出たのは見たことあるけど、

今いるのは子供じゃなくて大きい大人の牛。よかったー、ぶつからなくて。

胸を撫で下ろしていると、何を思ったか牛がヒズメ(?)で道路を蹴るようにして、ものすごく元気よく

道路を駆け出しました。早いんだわ、これが・・。えーッ、どうする、どうする、と唖然と見送った後、

ハッと気づいて、牛の持ち主のSさん宅に知らせに走りました。

あんまり慌てているものだから、いつも見慣れている入り口が分からない。早くしないと車とぶつかる。

灯りが灯っている居間らしいガラス戸を厚かましくも外から「すみませーん、開けます」と勝手に開けて

「牛が走って行っちゃいましたよー。あっち、あっち」と知らせ終わったら急にドキドキしてきた。

 

スーパーから帰るときの怖いこと。捕まったかなー。牛と人間の関係がよく分からないものだから

簡単に捕まるのかどうか不安でおっかなびっくり帰ってきました。でっかい牛はいなかった。

よかった。久しぶりの超びっくりでした。

 

数日前、道の駅から帰ってきた時、下の道路のうちへと入る入り口付近で、一番上に住むIさんち

の箱入り息子とおぼしき柴犬がもう一匹の白茶の犬と仲良く遊んでました。えーッ、いいのかなあ、

家、出てきちゃって。

車の窓から眺めているうちに、2匹そろって嬉しそうに県道を走って行ってしまいました。

そして夕方、出かけようとしたとき、仕事から帰ってきたIさんの奥さんとバッタリ。

「あのー、お宅の犬って赤い首輪してる?黒と茶のぶちぶち模様だよね」

「そう、芝虎。赤い首輪だよ」

「あのね、お昼ごろ、女の子の犬と仲良くどっかに走っていっちゃったよ。あっちのほう」

「ヒエーーッ! 脱走したんだ。捕まらないよ。あーどうしょう、探しにいかなくちゃ」

奥さんもすごくびっくりしてた。

 

びっくりすることいろいろある春ですが、牛は女の子探して外に出ませんよね、どうなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

今年度第1回海山ミーティング

昨日、今日、なんでこんなに寒いの?というくらい寒い。

珍しく早々と夏タイヤに換えてきたのに、なんと翌朝は雪でした。おまけに雪まじりの強風。

植物を育てて生計をたてるものにととっては、ほんとうに待ち遠しい春です。

 

さて、よっちゃんと海山代表を交替してから、初めての海山ミーティングをやりました。

大震災の1月ほど後に海の手山の手新聞バッグを製作し始めてから3年。今は新聞バッグの販売だけ

ではなく、他県からの修学旅行の生徒たちに大震災以来の物語を伝えつつ、防災やエコなど普段から

大切にしなければならないメッセージをこめた新聞バッグ製作体験。または介護老人施設に於いての

指先を動かしたり、頭脳を活性させたりするための新聞バッグつくり、などなど、新聞バッグの役割も

増えて来ました。

 

とはいえ、海山ネットとしても初めての体験。ひとつ新しい事態が起こるたびに、メンバーが顔を合わせて

意見を言い合い、新しい仕事の形を切り拓いていきたいのですが、全員が本来の自分の仕事があります。

ということで、その休みにあわせて、これから月1、土曜日にミーティング開催としました。

今日はその1回目。

ミーティング場所はわたしんち。ご飯を炊いてお握りと卵焼き作って、コーヒー煎れてスタート。

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これから8月まで次々に大きな仕事が控えています。

6月に新聞バッグ製作体験をしてくれる修学旅行の生徒は200名。200名のこどもたちにどうしたら楽しく

有意義に新聞バッグを作る体験ををしてもらえるか。その具体的方法やら伝えたいメッセージやら、

4人頭を寄せて真剣に考え、論議は白熱します。

 

そして明日は高知銀行さん向けハート型新聞バッグの最終発送日。

昨年に続いて2年目の東北に向けて大きな注文をしてくださって、大変感謝しています。

高知銀行さんのお仕事が終わったら、週末には梅農場で「大ほっかぶり市」が開催されます。

 

宣伝されてないからご存知じゃない方も多いだろうけど、岩出山の佐藤農場の梅林はそれはそれは

壮観です。福岡での子供時代、毎年遠足で大宰府天満宮(梅の名所)に行ってた私が、これは凄い!

大宰府より凄い! と驚いたくらい梅林の梅は枝を伸ばしてトンネルを作っています。

「大ほっかぶり市」では新聞バッグのワークショップもやります。

たくさんのお客様のご来場をお待ちします。

 

願うはお天気。早くあったくなってほしいーー!

 

 

 

 

 

 

図書館と森の喫茶店

これまでの人生、ほんとにあちこち夫の転勤で転居してきましたが、いつも近辺に図書館がありました。

千葉県の市川市にまだ今のような立派な図書館がない頃には、江戸川の橋を渡って江戸川区の

図書館に通ったりしていました。お洒落でたっくさん本がある新浦安の図書館にも通ったし、ラブラドール

2頭の散歩とセットで白井市の大きな図書館にも行ってました。

 

ここに来たのは12年前。里山と田園に囲まれたこの土地は静かで人情厚くとても住みよい土地なんだ

けれど、残念無念、図書館がない。隣り町には大きな図書館があるんだけど、町の人ではないので

貸してもらえない。

ハードカバーの本は高くて買えません。絵本も高いし、時折本屋で文庫本を買ったり、ブックオフで古本

買ったり、たまの旅行の時だけ、飛行機や新幹線の中で読むんだ、と自分に言い訳して少し値が張る本

を買って嬉しくなったりしてました。

 

2年後か3年後だかに古川に新しい図書館ができるんだそうです。今もあるにはありますが、一番の

問題点は駐車場が狭い。昔の住宅地の中に建つ古い建物なので、10台くらいしか停められない狭い

駐車場に無理やり車を入れると、後しばらくは行きたくなくなっちゃう。

 

ところがこの4月1日から特別嬉しいニュースがありました。

私が住む大崎市と隣り町の加美町が連携して図書の貸し出しができるようになり、、加美町にある

大きな中新田図書館で私たちも本を借りられるようになったのです。中新田町は音響設備が整った

バッハホールや図書館、バラやハーブが咲き乱れるやくらいガーデンなど、文化施設が比較的、

備わった町で、今日は早速娘と孫と3人分の図書貸し出しカードを作りに行ってきました。

 

図書館に入って大きく息を吸い込むと、図書館の匂いがします。懐かしいにおい!

書架が全部見渡せる位置に立つと、自分の知らない世界を全部手にしたような得した気分になります。

 

本を5冊ずつ借りて、以前から一度行ってみようと娘と言っていた、別荘地の森の中のティールーム

に寄ってみました。全ての調度がイギリス風に整えられた、この辺りでは珍しい「上品」というのか

素敵な空間。暖炉は赤々と燃え、蝋燭には火が灯り、紅茶も渋くないし、スコーンもイギリス風ケーキ

などもあって、いいいんですけどね、

出てくるまでが遅ーい。いくらなんでも私たちのこと忘れられているんじゃないの、と心配になるくらい

紅茶が出てくるのが遅かったーー。よっぽど時間がある時にのみ寄ってみます。

 

 

今朝は津波予告時間前の5時くらいからハラハラしながらテレビを見てました。

津波の高さ40センチ。上昇中というのは心臓によくないね。

「今度きたらもうトドメだ!」なんて思ってテレビを見つめるさなかにグラグラグラと今度は地震。

震度4? 3? 何も今地震来なくても・・・。津波が重なっちゃうんじゃない?

311からまだ3年。仮設住宅に入ったままで、まだ新しい生活の再建がなされない前にまたの津波というの

は、沿岸部の方たちにとって気持ちが暗くなる出来事であろうと思います。

ほんとうに何事もなくてよかった。

でも今、外はひどい雨が音を立てて降ってます。桜が咲いていたら散っちゃうくらいのひどい雨。

いったいどうなっているんですかねえ・・・。

 

 

 

 

 

酒蔵一の蔵へ

酒蔵一の蔵のベテランマネージャーであるYMさんにお忙しい中、少し時間を割いて頂いて

松山の一の蔵本社までお話しに行ってきました。

YMさんは石巻の方で、お話していても近頃少しお元気がないように見受けられます。

とてもお忙しいのでそのせいもあるかもしれないけれど、今日お話してみて、一の蔵のお仕事が

忙しいだけではなく、石巻やその他でいろいろと骨身を惜しまず支援のための活動をなさっている

被災地の現状を憂いて元気をなくされているのがよく分かりました。

 

大震災から3年経過した石巻では、被災地以外からの支援の手によって得られた復興グッズなどを

作って売る手仕事がなくなり、動きがとれなくなっている高齢者が多いこと。今建設が進められている復興

住宅に入れば家賃が発生するし、かといって今のまま仮設住宅に居続けることもできない。

 

などの心労から、体調を崩す、だけではなく気持ちが追い詰められて心が病む、または自ら死んでしまう

人が多く出てくるのではないか、と心配されていました。

今年の3月11日、石巻のある大規模仮設住宅のこの3年間を追う、というNHKの報道番組で、住民の

約三分の一の預金が10万円以下である、という事実を知って私は言葉を失いましたが、それは嘘でも誇張

でもない。ということでした。

 

私たちに何ほどのことができるというものでもありませんが、もしただ手持ち無沙汰で籠もり気味である、と

いう仮設での日常ならば、みんなで一緒に手を動かすという楽しみにでもなれば、と大量注文の新聞

バッグを折りたい方に折って頂きたい、とお願いしてきました。

 

今朝のチリでの巨大地震で発生した津波が明日の朝には北海道から東北沿岸にも到達するそうです。

大地震から3年たって、海には船も戻り、岸壁の工事も進み、ノリだのワカメだのの設備も整ってきて

います。

心から、大きな被害が出ませんようにと祈るばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英文折り方説明書

新聞バッグの折り手さんを増やさなければならないこともあり、ここのところ講習が続いて、

ちょっとヘタリ気味。

土曜日は雨。それもザアザアの本降りの中、マルタに帰るミッチャン、トーマス夫妻とご両親も

お誘いして手造り家具と手作り週末蕎麦の店「愉多工房」にお蕎麦を食べに行きました。

せっかく生真面目インストラクターあやさんがあれだけ大騒動で気迫を込めて、休憩も許さない

ほどの情熱で教えたのに、肝心のトーマス君は私の顔を見るなり「アイ・フオーガット云々・・」

「何いってるの。きのうはわかったと言ったじゃないの」と言ったら、「やっぱり、一度ではダメだから

折り方の説明書に英文ほしいなあ」と。

ンだっちゃねー。

それは納得するわ。私たちも最初に習った頃、頂いた折り方の説明書と睨めっこしてたもの。

ということで、たまたま東京から電話をかけてくださったチームワンネスのOHさんに相談したら、

「いるいる!最適の人が。翻訳が仕事の人いるよー」

そんなわけで、追々、英文の折り方説明文が作れると思います。

紙で何かを折る、という文化がないところの人に、まあ、簡単とはいえない新聞バッグを作ってもらう

のは、トーマスが言うように「クレイジー」かもしれないけれど、でも作りあげれば笑顔です。

東北新聞バッグプロジェクトの中核をなす梅原先生は「日本最後の清流simantoriverから生まれた

新聞バッグは世界共通言語になるだろう。そのコンセプトは、県境、国境を越え、東北~世界~地球

との新たなコミュニケーションツールとなる」とおっしゃっています。

これまで中国の方々、台湾の学生たちなど200名を越す外国の方に新聞バッグ講習をやってきたけれど

今考えると、準備不足だった面が多々あり、新聞バッグの作り方を教えるためのコミュニケーション

ツールというのは必要なんだなあ、と実感します。

大騒動にならないためにも、気迫疲れしないためにもネ。

 

 

 

 

 

 

マルタインストラクター講習第2弾

きのう、今日のあったかいこと。急に気温が上がって暑いくらい。

朝一で古川で修学旅行の打ち合わせに行くはずが、週末のお餅仕事でちょっと遅くなり、よっちゃんに

任せて私はマルタインストラクター講習第2弾実施。

今日の講習生は、この間教えたミッチャンだけではなく、そのだんなさんのトーマスもやるというので

二人そろって我が家に来てもらいました。

教えるのは鳴子からやってきたあやさん。あやさんはもう相当人数の講習をこなしてきて、新聞バッグの

作り方を教える、覚えてもらうことに非常に熱心です。その情熱は言葉の壁をつきやぶり、お互い言葉

なんか通じていないんだけど、まるで通じているかのように講習は進んでいきます。が、その騒々しいこと!

もう、おかしくって仕方がない。

「あやさん、そりゃ何語かね」と言いたいような言語であやさん、無理やりトーマスに教え込む。

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あやさん、混乱してミッチャン相手にイエスとかノーとか言いながら、二人同時進行で大バッグ、小バッグ、

とまったく手抜きさせずに完成させました。

トーマスの作品。三つ折りバッグ。

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ミッチャン、トーマス、二人してこんなに素敵な作品ができました。

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作りながらトーマスと話したこと。

マルタの言語、マルタ語は驚いたことに今まで聴いたことがない柔らかい不思議な響きがします。

口ごもるような変わった響き! アラビア語に近いんだそうです。

マルタには学校で図工という課目がないのだそうです。小学校でも絵を描いたり、工作したりはしない。

だからみなさん、不器用なのかもねー・・・。

新聞バッグ作りの間には紙ヒコーキ制作まで盛り込みながらの、てんやわんやの講習でした。

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マルタに帰って二人で新聞バッグを作れば、学校でこどもたちに教えることも可能だと思います。

ミッチャンは以前に学校に折り紙を教えに行ったことがあるそうだから。

笑ってばかりの楽しい講習でした。また来年、日本にきたらもっとたくさん覚えてもらいます。

作り方とあやさんのパッショネイト、忘れないでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルタ共和国インストラクター誕生を目指して。

昨年に引き続き、今年もキャンペーンノベルティグッズとして2500枚の大量注文をしていただいた高知銀行

さんの納期が目前に迫り、他にも大量注文を抱えていて、なんとも身体も頭も忙しい昨今ですが、ここにき

て急に「新聞バッグ折ってみようかなあ」という人が増えてきました。

折り手さんが周囲に声をかけてくれているせいもありますが、マルタ島から里帰りしてきて、「新聞バッグ、

面白い。作ってみたい」というミッチャンみたいな人も現れて、海山の代表インストラクターあやさんは

連日、大忙し。

マルタ共和国の新聞バッグインストラクターになってほしい(と私が目論んでいる)ミッチャンの講習は、

鳴子温泉のあやさんの自宅でやりました。マルタ共和国ってどこ?と大抵の人が言うくらいなじみのない

地中海に浮かぶ島マルタの普段の暮らしを聴くのはなかなか興味深いです。

物価が安く治安がよく海が美しいタイムやフェンネルやマロウなどのハーブが自生している島。よーし、

老体にムチうって何時か行ってみよう。

「やりたい」というだけあってミッチャンなかなか覚えよく手が器用です。

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ミッチャンが作った最初のA4バッグ。よくできています。

DSCF1507あやさんが新聞紙で作った帽子ならぬバッグなんだけど、見ると被りたくなる新作バッグ。

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1回でやるのは無理なので、次回はマルタに帰国する前、もう1回やります。

そしてマルタで海山インストラクター誕生になってくれればうれしいな!!

 

明日はお隣りの加美町宮崎にあやさんと二人講習に行きます。

酪農関係のご婦人方のようで、この辺で見かける黒和牛ではなく、ホルスタインとあえるかもしれない。

楽しみだけれど、いやー、なかなかへばり気味でもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南三陸へ

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いつ、解体されるんだろう。

南三陸では防災庁舎は震災遺構として遺されないと決まったようです。

 

南三陸に行ってきました。

孫5歳とうちの婿さんの妹のミッチャンとそのだんなさまと一緒に行きました。

ミッチャンのだんなさまは、ヨーロッパの地中海に浮かぶマルタ島のマルタ共和国のおまわりさん。

世界遺産があるマルタ島は小型犬マルチーズの発祥の地だそうで、ミッチャンちにはマルチーズではなく

チワワとブルテリアがいるそうです。国語はマルタ語と英語。家ではマルタ語、外では英語を話すそうで

必然的に今日は日本語と英語のゴチャゴチャ語で推移します。

孫は日本もマルタも関係なくトーマスおじちゃん、と呼んでますが・・・。

 

ミッチャンにとってもトム君にとっても初めて見る防災庁舎。今日はお線香を立ててお参りしました。

さんさん商店街でお昼を食べた後、歌津のけいこさん宅へ。

ミッチャン、トム君に手伝ってもらって持参した河北新報を倉庫に運びいれ、出来上がった新聞バッグ

を車に積み込んだ後、お宅にお邪魔してお茶を頂きました。

 

この時期に来るといつも出してもらって嬉しいのがワカメの茎やメカブや昆布などの海草のお惣菜。

どれを食べても実に美味しいです。魚は食べるけれど海草を食べる習慣がないトーマス君も、「そんなに

一度に食べたら胸焼けするよ」とけいこさんに止められるくらいの勢いで「おいしい」と食べてました。

 

帰る前に、海の近くの作業小屋に案内して頂きました。作業小屋は津波で全て流されたけいこさん宅の

跡地に建てられています。ここで海から運んできたワカメを湯通しして塩をまぶし、茎とワカメに分け、という

ような一連の作業をするわけですが、船から機械から諸道具に至るまで、、わかめ養殖に必要な全てを

失ってまた最初から揃えていくというのは、経済の面でも精神的な意味合いに於いても大変なことだなあ、

とつくづく思わされます。

 

断片的な会話の中ででも、津波の後、鳴子温泉に避難して、その後に仮設住宅に移り、また諸事情で

今のご親戚の家に移って、作業小屋を作り舟を買い、というこの3年の奮闘を理解したらしいトム君が

「彼らは強いなあ。自分だったら元の場所でまたもう一度なんてやれないかもしれない」と言っていました。

私にもミッチャン夫妻にもたくさんのワカメと茎を頂きました。

ミッチャンはマルタにワカメや茎を持って帰るそうです。

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今マルタには60人ほどの日本人がいるそうで、気候と治安がよいことから増える傾向にある。とのこと。

新聞バッグが気に入ったミッチャンは新聞バッグの作り方を覚えて帰ってマルタでやってみると

言いだしました。マルタで初インストラクター出現ということになるかもしれない。楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

第14回一関男子ピアノクラブコンサート

春のお彼岸の中日だというのに、昨日の午後からまたもやのドカ雪。

私が住む別荘地区では3月に入ってから4回目の除雪車出動で、ほんとお世話になってばかりで

心苦しいです。

岩手県の一関で行われる男の子ばかりのピアノコンサートに行って来ました。雪はどうかなあ、と恐れて

いたのですが、積雪はうちのほうがよっぽど多い。

ピアノコンサートの会場は一関の駅に近い、世嬉の一酒造の石蔵レストラン「クラストン」。かつては米の

精米蔵であった石蔵を改造したという実に風情のある建物でした。

岩手県一関はうちから1時間くらいで行ける町なので、これまで通り過ぎるだけだったのですが、こうして

歩いてみると整然とした通りとレンガや石作りの建物が多い静かな美しい町です。島崎藤村の文学碑が

あり、藤村のゆかりの地であるとは始めて知りました。

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石蔵レストラン「クラストン」

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うちの5歳の孫がここで男の子ばかりのピアノコンサートに出させていただくことになっています。

全然上手ではないのだけれど、いくら「来年にしたら?」「出なくてもいいんだよ」と出場辞退を勧めても

「ボク、がんばる」と言い張るもので、ドキドキの出場となりました。

 

孫がピアノに行くようになったのは友人でもあるピアノの先生から、「岩手で男の子ばかりのコンサートが

あるのよ。出てみない?」と言われたのが発端だったような気がします。

実行委員も出場するのも大人から幼稚園児まで全員が男の子で運営されていて、女の出る幕はないの

よ、ということで、「面白いなあ」とすっかりその気になったのでした。

 

孫の演奏曲はイギリス民謡の「おやすみなさい」

まだ指の力も弱くてたどたどしいので、大きいお兄さんが連弾をしてくれることになりました。

始まるまではド緊張。始まったら感極まって涙出てきた。

幼稚園の年中さんからOBの大人のお兄さんまで26人もの演奏でしたが、上手な演奏ももうちょっとの

演奏もほんとに素晴らしかった。ピアノを弾きながら天空の城ラピュタの「君をのせて」を唄う小学生M君の

ボーイソプラノの歌声は心を洗われるようでした。

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孫は来年も出るそうです。

コンサートを終えて、石蔵レストランに立ち寄りました。

隣の人が食べているのに釣られて注文したドイツ料理のアイスバイン。

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これは大変おいしい。キャベツの酢漬けとよく合います。

普段お酒は飲まないのですが、小さなグラス入りの4種類のビールセットという赤や黄色の透き通った

色合いのビールをみていたら、美味しそうでジュースのようになんだか飲みたくなりました。

 

日常を離れたような楽しい1日。でも実に寒かった!

お墓に行きたいので、とにかく明日1日雨も雪も降らんでほしいものです。

 

 

 

 

 

 

東北復興ソシアルビジネスメッセ

先日、仙台で東北復興ソシアルビジネスメッセという催しがあり、その事例発表に四万十ドラマの畦地

社長が出られるので、新聞バッグの展示も兼ねて参加してきました。

日々、自分たちがやっていることで一生懸命で、他にはどんなことをどんな方々がやっておられるのか

知らないのですが、こうして一同に会する機会があると、絵、織物、紙、布、糸、(ロケットというのもありまし

た) 等、実に様々な材料で多種多様なモノ作りの活動があることに驚かされます。

私たち海山ブースではこれまで販売してきた定型の新聞バッグ、そしてこれから売り出すハート型バッグを

展示しました。けっこう足を止めてくださるお客様が多くて心強いです。中には「道の駅で買ったのよ」と

買ったバッグを見せてくださるお客さまもいました。DSCF1441

そしてこの機会を利用して、以前から1、2度ご連絡の機会をもった老人介護関連の会社の若い男性

社員さんに新聞バッグの体験講習もやっていただきました。こうして習得された新聞バッグづくりが

老人介護に活かされるならうれしいことです。以前くも膜下出血で倒れたインストラクターさんが手術後、

新聞バッグを作ってくれた時、みんなで喜んだことが思い出されます。

 

今「日本の新聞で。できれば河北新報で」という新聞バッグの注文をふたつほど頂いています。

ひとつはニューヨーク、ひとつは毎年春のお祭りで河北の新聞バッグを購入販売してくださる福岡のNP0

さんですが、私たち宮城の住民がにとって最も身近な地方紙「河北新報」。

可能なら新聞バッグは河北で折りたいというのが本音のところですが、いかんせん「河北新報」はなんと

いっても被災地情報満載の新聞なので、災害から丸3年を迎える3月11日までは「うーーむ」と唸りたく

なる記事が多い。

 

でもそれが河北新報という新聞の特質であるなら、そこのところをなんとか工夫で乗り切りたいと、

海山営業広報部長よっちゃんは、この会場でばったり出会ったかねてからの知己であるデザイナーさんや、

これまた時を見たようにふらりと姿を見せた河北新報の畠山氏と共に、 考えたことを形にするべく

時を忘れたような熱論が続きます。

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きっと新しい何かが生まれるだろうなあ、と思える力強いディスカッション。

 

ノウハウ移転事業についての畦地氏の事例発表。ちょっとピンぼけ。

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よっちゃんにとっては、大事なほっかぶり市をみっちゃんに任せてのソシアルビジネスメッセ参加でしたが、

収穫いっぱい、新たな出会いや希望がみえる実りある1日でした。