祝、東北村開村

昨日、3月11日は1日中、気が滅入るというのではないけど、普段よりもトーンダウンしてしまった気持で、
テレビを見たり、考えたりして過ごしました。

被災者にとって、1年という区切りに何か意味があるのかな。道の駅とか自分の商売とかというと、やっぱり震災前と後では、お客様の数も売り上げも変わってしまった感があるし、うちの地面は亀裂が入ったままだし、建物は傾いたままだしなあ。亡くなられた方だって、いっぱい見つかってなくて、今だって、毎日のように捜索があっているのだし。少しでも立ち上がった方たちは、これだけ復興したよ、と1年の意味もあるだろうけど、悲しさとか苦しさとか寂しさとか、そのまま続いている人は昨日の続きだからなあ。 続きを表示

南三陸町からの手紙

今日3月11日は、去年の大震災の日。この地に来て10年余り。何回も震度5とか6とかの地震を体験したけれど、
本心からあれほど怖いと感じたことはなかった。何かに捕まって耐えられる、という揺れではなくて、右へ左へと体が振り飛ばされるような揺れがやっと小さくなって、車に乗り込んだら、ガタガタガタガタ体と指が震えて、ハンドルが握れなかったことを思い出す。東京にいる子供に無事を知らせようなんてことは全く頭になくて、ここにいる家族や知り合いが生きてるか、生きてるか、とそれしか思わなかった。 続きを表示