祝、東北村開村

昨日、3月11日は1日中、気が滅入るというのではないけど、普段よりもトーンダウンしてしまった気持で、
テレビを見たり、考えたりして過ごしました。

被災者にとって、1年という区切りに何か意味があるのかな。道の駅とか自分の商売とかというと、やっぱり震災前と後では、お客様の数も売り上げも変わってしまった感があるし、うちの地面は亀裂が入ったままだし、建物は傾いたままだしなあ。亡くなられた方だって、いっぱい見つかってなくて、今だって、毎日のように捜索があっているのだし。少しでも立ち上がった方たちは、これだけ復興したよ、と1年の意味もあるだろうけど、悲しさとか苦しさとか寂しさとか、そのまま続いている人は昨日の続きだからなあ。

と考えていたのが本音。
でも振り返るためには意味があるんだ、と今日は思いました。
世界中で人々が手を繋ぐ原発反対。私も反対!絶対反対!人も生き物もなんという犠牲だろうか、と心底思います。そして原発に関しては、ほんとのことが語られてない。ほんとうの報道もされていないと、事ある度に疑っています。

いろんなことを振り返る時、いろんなことを間違いそうになるんですねえ。
例えば道の駅のお客様。今年はほんとに強烈に寒い日が多くて、野菜が成長せず、お客様に喜んでいただく品揃えもできなかったのですが、近頃少ーし温かくなって、新鮮野菜が増えてきました。お客様も多くなってきました。

するとここで「前と同じに戻った」と間違いそうになるのですが、お客様の数は同じでも、お休みになると沿岸部から
たくさん来て頂いていたお客様は、たくさん見えてない筈です。お客様はたくさんでも、前と同じに戻ってはいないんだ、と私は肝に銘じて忘れてはいけないと思っています。「前と同じになった」、と安心したその瞬間から、被害を受け、さまざまな困難で苦しむ沿岸部人や土地のことを忘れてしまうから。

 

今日は凄い日です。田舎郡東北村の開村日です。
HPの素敵なこと!! 感動しました。
開村までの関係者のご苦労はほんとに大変だっただろうなあ、と心より労いたいです。

佐瀬村長、宮川さん、竹岡さん、松浦さん、三浦さん、皆さま、ほんとうにほんとうにご苦労さまでした。
みなさん、東北村を訪問してみてください。楽しいですよ!!

そして終わりにダ、ダーン!

さて、これは福岡の友人が送ってくれた棟方志功の版画カレンダーです。「新聞バッグにしてね」と友人から
言われましたが、こんなので作っていいのかなあ、と心配で、新宿高島屋でお知り合いになった版画家の
OKさんのところに送って見て頂いたら「大丈夫ですよ」とのこと。

和紙でバッグを作りたいと望んでいた女川のインストラクターSさんに作ってほしいけど、Sさんは今病気療養中。
是非送って指のリハビリに棟方志功バッグを折ってほしいなあ。

30年分くらいあるから、びっくりするようなバッグがたくさんできると思います。

 

 

 

 

祝、東北村開村” への1件のコメント

  1. 「人の痛みは何年でも我慢できる」という意味の諺がありますが、1年経っても沿岸部の復興の状態が進んでいないことを内陸部の私たちは忘れてはいけないことですね。

    新聞バッグの作り方はいろいろな素材をおしゃれなバッグに変身させるという本当に良い技ですね。芸術品も身近になる感じです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA