真室川へ

ノアさんが来てから、健康年齢維持のためのスクワットだの腹式呼吸だのを教えてもらって
やり始めたものだから、足が痛い、ふくらはぎが痛い、腹筋が痛い、背中も痛い!
あれもこれも、月末鳥海山に登るため、動ける年寄りでいるためと思ってがんばります!

山形への途中にある堺田分水嶺でスクワット!

 

今日は山形県真室川町で開催されているモノヅクリビトの祭典へ、ノアさんも加わった海山女子部
で向かいます。私が入ると平均年齢が一期に増して60歳越しになり、申し訳ない。

よっちゃん農場の高橋君が行って、大満足だったらしい真室川の手仕事の祭典。
どんなものだろうと好奇心に駆られて見に行くことにしました。

公民館を利用した会場は、1階2階の各部屋から廊下、和室まで利用して、趣味の域ではない
伝承された手仕事の数々が展示、実演されてました。
真室川の人ではない仙台からの出展者も何人か。

これがそのひとつ。
ドイツの藁で作る飾りもの、ストロースター。
これはほんとにびっくりしたのだけれど、このストロースター、ドイツの新聞紙を東京大学から送って
くださる桜井さんから、「以前住んでいたドイツで近所の奥さんが集まって作っていたクリスマスの
飾りものなのですよ」と冬になるとプレゼントされる繊細な藁の飾り物とおなじもの。

こんなところで見るなんて!
あまりにも繊細なのでクリスマスツリーに飾るのがもったいないような気がしていたのだけれど、
ここで見るストロースターはただ繊細じゃなくて素朴で力強い。

聞けばこのストロー飾りを作っておられるのは女性お二人。
仙台の方で、大震災後、なんとかという名前の麦を津波被害を受けた田で栽培し、このストロー細工を
作り始めてワークショップなどをしている、というお話をうかがい、大震災後の手作り仕事として
始まった新聞バッグとの共通点を感じて親近感を持ちました。

次は笹巻き。
これはどんなふうになっているのか、と前から疑問だった「笹まき」に挑戦。
しかしこの笹の葉の色、巾、の見事なこと。
「なんの種類の笹ですか」とうかがったら「普通のササ」ということで。

笹の葉で巻いたお菓子を作ってみたい私には、願ってもない挑戦のチャンス。
が、見るは易し、やってみたら全然易しくない。
2枚合わせた笹をくるりと舞いて、もち米を入れるまではできても、口で咥えた細い乾燥した草で三角の
端っこを巻いて結んでまた巻いて結んで、と言われても全然できない。
笹に巻いた餅米は蒸すのではなくて煮るのだそうです。

その他にも草や稲や麦や山葡萄のつるやあけび蔓など山野にあるものを利用して、籠に編んだり、
器や飾りものに編んだり、いかにも山形らしい手工芸がほんとうに素晴らしい。

来てよかった。いいものを見せていただきました。

今山形はさくらんぼの真っ盛り。
どの直売所に行っても店頭にぴかぴかのさくらんぼが並んでいます。
が、さくらんぼは、岩出山の私の集落の常子さんの苦節10年さくらんぼ(販売するまでに10年かかった)
を毎日もらっって食べているので、山形では目の保養。

 

山形に来たら是非一度は行ってみたい巨木ばかりがあるという「幻想の森」に行ってみたかったのだ
けれど、舗装なしの林道を20分以上走ると聞いて断念。
またいつか必ず訪れて、巨木の森に入ってみたいと思います。

山形へ行った帰りには必ず寄りたくなる堺田分水嶺で休憩。
よくよく説明を読んだら、奥羽山脈の中央であるここ堺田で、用水路のような小さい流れが突き当たりで
ふたつに分かれて、右へ行けば太平洋、左に流れれば日本海というのは、地理とか科学的には不思議
じゃないのだろうけれど、ちょろちょろ流れる水を見ているとやっぱり不思議。
太平洋まで103キロで日本海までほぼ113キロくらいで、10キロしか違わない、ということは
やっぱりここは日本列島の横幅の真ん中なんだ!

と妙に納得して帰路へ。

明日からノアさんは新聞バッグ作りの特訓。
私は来週始めに予定している高知大学の授業&ワークショップの準備。
そして上條さんは梅農場での梅採り開始。
いよいよ遅れていた梅収穫のハイシーズンに入ります!

 

 

 

 

サバちゃん・ノアさん来日

2週間ほど前から我が家に現われた子猫ちゃん。

最初は逃げまわってご飯も食べなかったけれど、少しづつ少しづつ近づいてきて、子猫用
キャッツフーズも食べるようになり、前住猫のシロに疎ましがられながらも、落ち着いて
来ました。オスかメスかも分からず、名前も適当に「サバ」と読んでますが、器量よしなの!

イスラエルからノアさんがやってきました。
ポーランド航空で、テルアビブからワルシャワ、7時間待って乗り継ぎ日本まで10時間。
やっぱり聞くだに遠いイスラエルは、砂漠の中にある国だそうです。

ノアさんが初めて岩出山に来たのは3年前。栄養士の資格をとるために日本に戻って入学
した東京の食糧学院から夏のインターンとしてよっっちゃん農場に来たのが最初。
たまたま新聞バッグの講習日と重なったことから新聞バッグを覚え、海山の新聞バッグを作る
考えに共鳴して、イスラエルや世界に新聞バッグを発信しようと、インストラクターの資格を
取得するために、わざわざ岩出山にやってきてくれました。

イスラエルに戻ってからのお仕事はイスラエルオリンピック委員会のコーディネーターと
スポーツインストラクターで、選手の栄養指導などをするそうです。

まず到着を知らせようと、イスラエルにはないという梅農場へ。

急ぎ畑からトラクターを走らせて戻ってくれた梅農場社長の宗一さんの話によると、今年の梅
は、実なりも少ないし、色付きも遅く、作業のタイミングが例年とずれて困るんだとか。

50年の梅。白加賀、最も普通の梅干用の梅。

 

次は、ノアさんにとってはとても懐かしいよっちゃん農場へ。
あいにくよっちゃん夫妻は出かけた後で不在でしたが、よっちゃんのお父さんと、日本&イスラエルの
政治、宗教、文化について四方山話。
実に面白くて時間を忘れます。ユダヤ教とイスラム教とキリスト教のみっつの宗教が存在する
イスラエル。
ノアさんによると、ほんとうに日本の国と日本人は素晴らしいのだそうですが、ノアさんの思いを
裏切らないようにそうありたいものです。

 

朝から動き続けのノアさんには悪いのですが、急ぎの新聞バッグの注文を確定させるために
夕方から上條さんも呼んで、パーシモンで新聞バッグミーティング。
作るのはラベンダー用の新聞バッグ。作るのは先日講習を受けてくださった新人の方々。
作る形と分担を決め、明日は山形探索のスケジュールもついでに決めて、やっと帰宅。

夜ご飯のおかずを何品か作って持ってきてくれた由美さんも加わって、黒田さんちの茶の間
でノアさん持参のイスラエルのワインでかんぱーい!!

今日からほぼ10日間、新聞バッグを覚えたり、練習したり、講習を手伝ったり、ご飯を作ったり、
ノアさん大忙しになると思いますが、是非たくさんのことを経験して、たくさんの東北の人と
お友達になってイスラエルに戻ってほしいと思います。

ノアさん、海山女子部、由美さん、今日はお疲れさまでした!

 

 

 

採った!!

道の駅から帰って、大きな葉の陰にいくつもの実をぶら下げたヒメ胡桃の大木2本の下に立ち、
じーっと葉裏を見上げると、あれ?
あきらかに実が少なくなっている。 さては知らぬ間に落ちたか。

東京の苗屋で買ったヒメ胡桃の木が、どれほど大きくなるかも知らず、適当に斜面に植えて
15年。想像だにしなかったほどの大木になり、たくさんの実をつけるようになって数年立つけれど
まともに実を収穫したことなし。
斜面を転がり落ちて行方不明になるか、リスが持って行ってしまうかで、まともに採ったことが
ない胡桃の実を、今年はリスに負けぬよう取りたい!

急ぎの用事を後回しにして、斜面にへばりつき、枯れ葉をかきわけ、採った!! 採りました。

まだまだ木にくっついているので、この倍くらいは採れそうです。リスに勝てばだけれど・・。

この果肉を腐らせて、中の硬い種を取り出して、二つに割って料理に使う。 楽しみです。

そしてベランダから見上げる今年の栗の花の咲きっぷりの凄いこと!

雨風などの天候の変動で、このまま全部が栗の実になるってことは難しいかもしれないけれど、
それでもこれだめの花が全部実になったら、今年のうちの秋の庭は、栗だらけ、イガだらけになります。

先日行われた近くの千本松の草刈りでは、いくつもの熊の寝床が見つかったとか。
時期になれば町中至るところで見られる山百合の根っこがイノシシに食べられて壊滅状態とか。

栗だの山百合の根だのを食べに、熊やイノシシにうちの庭に来られたら本当に困るんだけれど
ほんとにどうしたもんだか、考えます。

 

先日の奥の細道トレッキングの第2弾で、栗駒山に行って来ました。

先日リーダー役を引き受けてくれた高田さんと、障害者登山のサポートをなさっている加納さん、
と奥の細道を完走したチヨさんは表コースを栗駒頂上まで。
70代半ばの西田さんと私は大事をとって世界谷地で湿原散策。
のつもりが久しぶりに入る世界谷地は木道工事中で木道を歩き始めて、5、6分で行き止り。
全体廻れば相当歩けるのに、残念でした。

湿原はニッコウキスゲとワタスゲとヤマツツジの最盛期。7月になれば一面にイワイチョウの白い
花が咲き、8月に入ると山はもう秋の気配を感じます。

完全に晴れという天気ではないのだけれど、空気は澄み切って栗駒山は頂上までくっきりと
雪がまだらに残る姿を見せています。
いわかがみ平で、西田さんはのんびり。私は熊除けにラジオミュージックを大音響で鳴らしながら
下山中の3人を迎えにちょっと登山。

次に行きたい鳥海山行の練習のつもり。

気持ちの良い1日でした。

7月の終りに鳥海山に連れて行ってもらえることになりました。
この年で山に行けるなんて至福の極み。
鳥海山は途中まで行って、体調不備で下りた山。
頂上までは普通でも5時間かかる山だから、ほんの1、2時間のところまででも行けたら充分。

体調管理をして、歩いて足の力をつけて、何年ぶりかだけれど、水泳にも行こうかと思うくらい
気持ち張り切ってます。気持ちだけだけど・・・。

 

 

 

 

富良野な日 最終日

最終日は、朝からよっちゃん農場訪問。。

イグネに囲まれた100年か150年かの歴史を持つ、東北の農家作りのよっちゃん宅。
北海道では見られない住まい方に、「これはまさしくやすらぎの郷だ」と久保さん。

高橋君がこれから力を入れようとしている竹林に入ってもらうつもりでしたが、あいにくの
小雨で断念。佐藤梅農場へと向かいました。

待っててくれた社長の宗一氏、そしてお父さんと歓談。
お父さんが昔北海道で大きく山芋を商っていたという話。富良野の隣町、芦別が一番売れた
という話。初めて聴く佐藤農場2代目の話は大変興味深いです。
梅農場には孔雀がいます。自然現象で減ったり増えたりするという孔雀は何羽いるか
分からないけれど、今日は珍しく羽を広げているところを全員で見物。

次は太田さんの希望で、噂には聞くけれど、まだ行ったことがない町のらーめん屋へ。

このらーめん、美味しいという評判は聞いているけれど、女将さんがちょっと厳しいということで
好きな人、好きではない人と2派に分かれる町の名物店であるらしい。
住宅地の奥まった場所にあるただの住宅と見まがう作りの庭に床机を並べて、お客は開店前から
長蛇の列。店内は実に静か。物を言う人もなく、みな黙ってらーめんができるのを待ち、
目の前に丼が置かれれば黙って食べて「ごちそうさま」で終了し、お金を払って外に出る
というこれまで経験したことのない静かならーめん店。「美味しい!」と全員大満足でした。

次は私たちの職場である道の駅へ。
岩出山の文化的遺産、伊達家甲冑を身につけると、流石俳優さん、上背のある久保さんは
見事りりしい伊達武者に。

負けず役者魂を見せて、切られるよっちゃん。

 

 

大変楽しくそして実に貴重な富良野の方々との時間でした。
本当に聞いてよかった4人の方々のお話。初めてその価値が胸に響いたコミュニケーション
ワークショップ。どれもこれも初めてで、実に有意義。機会があれば是非もう一度こんな
機会を設けたい「富良野な日」でしたが、分不相応にも私たちがたてた企画に、お忙しいなか
お出でいただいた太田さん、久保さん、谷山さん、岩本穂さんに心から感謝します。

ありがとうございました。

 

 

 

富良野な日おぼえ書き

本番11日は、こけしの絵付けから始りました。
登良屋さんのお湯の印象を訊いてみると、「とてもよかった」とのこと。

昨夜の歓迎会にも出席して頂いた桜井こけし店で、こけし工人桜井さんの指示を受けながら
絵付け開始。
けっこうみんな緊張して描いています。

どれが誰のだかわかるかな?

右から2番目は間違いなく太田さん。太田さんの個性がこけしにも乗り移ってる!
左端は谷山さん。整ってます! 二子ちゃんのお父さんだから似てる。
久保さんと穂ちゃんのはわかりません。どっちなんだろう。

メインイベント富良野GROUP4人の講演&ワークショックの会場は鳴子公民館。
100人以上入る大ホールですが、残念ながら参加してくださるお客様は想像以上に少数。
前夜の歓迎会で明るく素直な姿を見せてくれていた鳴子温泉郷の若者も会場作りの手伝いに
来てくれていて、心強い限り。

そしてなんといっても嬉しかったのは、今回是非飛び入りでも参加してほしかった元富良野
GROUP石川さんからの電報。
富良野GROUPを離れてテレビの仕事に移った石川さんは、朝の生番組担当になったので
お願いするわけにはいかなくなったのです。是非とも楽しい朝の番組をやってほしい。

壇上に並んで、富良野のこと、富良野GROUPのこと、演劇のこと、演劇を中心に据えた、人と
人の心を繋ぐワークショップや、町作りのことなど、自分の歴史をも率直に交えながら語ってくれる
太田さんのお話の内容は素晴らしいものでした。

なぜすばらしいのか。
それは頭で考えた理論ではなく、富良野で演劇に関ってから20年、自ら体験し、自ら苦闘して
培われた今現在の取り組みのお話だから。
これほど示唆にとんだ話を、聴こうとする人が少ないというのは、ほんとうに残念。としか言い
ようがありません。

続くコミュニケーションワークショップも素晴らしいものでした。
ワークショップの内容は拍子ぬけするほど簡単なものばかり。でもその簡単なはずのプログラム
に参加するうちに、自分がいかに人の動向に気付かずにものを言い、行動しているかに気付かされ
てきます。ほんとに簡単なプログラムなのに・・・。

でも簡単でみんなでやれるので成功すれば嬉しい。自分が成功しても嬉しいけれど輪になった
10人全部が一緒に成功すればもっと嬉しい。成功する度に輪になった10人全部が大切に思えてくる。
コミュニケーションワークショップとはこういうものなのでしょう。

富良野の小学校は全校でこのワークショップが実施され、そのための予算も計上されているとのこと。
子供だけではなく、大人も、認知症予備軍の老人にもきっと役に立つコミュケーションワークショップ、
いつかまた実施できる日を作りたいものです。

参加人数は大変少なかったけれど、大変役に立ち、楽しかった「富良野な日」が終了しました。
遠い富良野から、お忙しい4人に来て頂いて本当に感謝です。

 

本番の後は、無礼講の宴。
別イベントで本番に参加できなかったよっちゃんみっちゃん夫妻も帰ってきて、陶芸家のO先生の
山小屋をお借りし、土間に七輪とバーベキューセットを持ち込んで、豪快に庭から採った筍焼き、
肉焼き、野菜焼き。そして食卓に並ぶのは由美さん手作りの筍料理。

久保さん、谷山さん、太田さんの、実に厳しい富良野塾での2年間の共同生活の話を聞きながら
夜は更けていきます。
気持ちが優しいみっちゃんは、呑みながら酔いながら、1日の作業の終わりが見えない農作業や
人と人の修羅がぶつかる苦しさを聴くうちに、涙うるうる。

みんな酔っ払ってそのまま討ち死に。
明ければお別れの最終日です。
よっちゃん宅で竹林に入ってもらい、梅農場に行って、ラーメン屋に行って、道の駅にも行く予定。

 

 

 

 

富良野な日おぼえ書き。

待ちかねたような、怖いのでその日が来なくていいような気持ちで迎えた6月10日。

ついに富良野から、富良野GROUPを代表するの4人方々が仙台空港に到着しました。
自前で作ったチラシでの紹介文は「北の国から。倉本聡哲学を実践する4人がやってくる」
としました。

ちょっと写りが悪いのですが・・。

富良野演劇工場の工場長の太田さんは、演劇を中心とした町つくりや人と人との心を繋ぐ
コミュニケーションプログラムなどで大活躍なさっています。
そして、数々の舞台やドラマに出演されている看板俳優の久保さん。
倉本先生の傍らで、倉本作品の物販などのプロデュースなどをなさっている谷山さん。
以上は倉本聡氏の私塾、富良野塾卒OB。
そして、その3人の方々をサポートする横浜生まれのスタッフ岩本穂ちゃん。

よっちゃん農場、高橋君の考えで、昼食は名取のゆりあげ港でということで、5年ぶりのゆりあげ港
に行ったのですが、休日でもなく朝でもないので、仮設仕立ての店は閉り、静かで寂しい光景
でした。朝市で賑わいを取り戻しているとは聞いたのですが、全体見渡せば、大震災後とさほど
変わったようには見えず、5年や6年の歳月ではどうにかなるものではない、と実感。大震災後に
建てられた慰霊碑に車の中から黙祷。

鳴子に到着し、まずは鳴子温泉の名湯、滝の湯に入ってもらってその後、鳴子の隠れ宿、
登良屋さんで大歓迎会を開催。

この登良屋さん、お蕎麦屋さんだと思っていたけど、今回お客さんが泊れる温泉旅館だと
初めて知りました。観光客が知らない、土地の人だけが知っているお湯や宿が、鳴子温泉
にはまだまだあるのかもしれません。

登良屋さんの大広間に通されてびっくり。
見たこともないほどのこけしが集まってました。もともとこの登良屋さんもこけし工人さんのお宅だと
いうことで、その家系図が凄い!
鳴子のこけしの歴史の古さ、奥深さに驚かされます。

登良屋さんに用意して頂いた山ほどのご馳走を頂きながら、鳴子のこれからを担う若者たちや
現在活躍されている方々にもご参加願って、富良野×鳴子、岩出山の交流会開催。
会話も弾んで、お酒も弾んで10時に終了。
早朝富良野を出られた4人はお疲れだったと思います。

そもそもなぜこの「富良野な日」を開催することになったのか、といういきさつについて説明すると、
倉本先生に新聞バッグに興味を持って頂いたご縁で、海山メンバーは富良野へ行く機会が
多くなり、富良野滞在時には大変お世話になりました。
そのご縁の続きで昨年春には岩出山のスコーレハウスで舞台「屋根」の公演をして頂く機会を
得て、スタッフ、俳優さんたちとも近しくなり、舞台上演以外でも活躍されている演劇を中心とする
社会的なお仕事について一度お話を聴く機会を得たいと思ったのでした。

そのお話や実践プログラムは翌日の「富良野な日」で体験できることになっています。

宴の後、男性3人は登良屋さんに残り、海山女子部&穂ちゃんは、初めて泊る西多賀温泉に移動。
まさか10時も過ぎてチェックインするとは思われなかったらしい西多賀の湯の女将さんの優しい
お心遣いで、本来10時までらしい名湯の評判が高いお湯にゆっくりと浸からせて頂きました。
そして西多賀の湯では初めての湯治部屋を体験。
あっという間の1日。明ければいよいよ「富良野な日」。
乞う、ご期待!

 

 

菊栽培現地講習&英会話の夕べ

出荷組合役員の福岡研修、戻ってすぐに富良野からの4人をお迎えして「富良野な日」。
次は身内の手術の日、そして今日は組合花卉部会の菊苗現地講習会。

と続く怒涛のような1週間。
何から呟いたらいいのかわからない慌しさだが、ここで呟かなければ忘れてしまうので、
まずは今日の講習会から。

昨年秋から企画し始めた道の駅で菊の花を販売するプロジェクト。
東日本大震災で知り合った縁を頼って、南三陸から8000本の苗を仕入れて、菊を育てて
みたい会員に配ってほぼ1ヶ月。
どんなふうになっているかなあ、と最もたくさん菊を作って栽培歴も長いカヨちゃんの畑に
集まり、県の農業普及センター花担当者にもお出で願って、今日の菊圃場での現地検討会
となりました。

初めの予想では参加人数10人程度のつもりだったのが、なんと20人近くも集まって全くの
予想外。なんでこんなことになったのか、というと、原因はイノシシ。
ここ2、3年北上してこの辺りにも出没し始めたイノシシ被害がこのところ顕著になって、植えた
野菜を食べられる生産者が多くなったのです。

いったんやられるとまた植えたらまた食べられる。
野菜がダメなら花を植えよう、という理由から参加者が増えた模様ですが、しかし、まずイノシシ
をなんとかしなければ・・・。花では野菜ほどの収入は得られないことは確か。
熊に狸にハクビシンにカラスにカモシカにいろいろ食われて苦心しているというのに、イノシシ
被害まで現われて、「ほんとうに腹立つわ!」では済まない心境です。

カヨちゃんちの畑で立派に成育中の菊やラベンダーを見せてもらって、お昼で終了。
次は開花前講習、秋は来年の挿し穂のための冬作業など、お勉強することは山ほどです。

夕方、孫を連れて道の駅の英会話教室へ。
リー先生、今日は野菜の写真を見ながら英語で野菜の名前を教えてくれました。
野菜ってこんなにあったの! というくらい数多い。
アメリカに大根があって、アメリカ英語でDAIKONというなんて、驚くじゃないですか!
でもゴボウはないそうです。

終って黒田、上條と一緒に喫茶パーシモンにより、新聞バッグの相談。
これからラベンダーを入れる新聞バッグ作り、ロイズ新聞バッグの検品作業、道の駅での
定期講習など、新聞バッグの仕事も続きます。

一緒に来た孫は傍のテーブルで宿題を済ませ、お店に置かれたグランドピアノで、「トルコ行進曲」
「フラメンコ」、その他、気合の入った音で聴かせてくれました。
明日は、楽しかった「富良野な日」を呟かなければ・・・。

 

 

 

情熱

日曜日、朝一で道の駅にお餅出荷。
駐車場の新装なって車が停めやすくなり、朝10時で直売所内は通り抜けもままならない
ほどの大混雑。ありがたいことです。

道の駅から戻って、当番日である真山直売所へ。
そこへ早朝から弁当100個受注のよっちゃん農場にhelpに行っていた上條さんと、納品が
終ったよっちゃん夫婦も現われて、上條さんが持ってきてくれたよっちゃん農場特製
シューマイ弁当を食べながら、しばしプチミーティング。

よっちゃんが今年出し始めたシューマイを初めて食べる機会に恵まれて嬉しい!
自分の竹山に出る筍を徹底的に利用して、煮たり焼いたりと素材を商品を変えようとする
よっちゃんの努力を、私は前から素晴らしいと思っています。
で、初めての筍シューマイの味は?というと、うーーむ。美味しいけれど、もうひと味なにか
あってもいい気がするんだけれども。 じゃあ、何かというとわからない。
熱々の時の味と冷たくなってからの味の違い?
そこを突き詰めていくのが、商品開発の苦しみでもあり醍醐味でもあるのでしょう。
でも次見つけたら、やっぱり買います、私は。 だから美味しいのです。

お腹を満たしたところで、午後は、かねてから注文を受けているラベンダー入り新聞バッグの
形の確定に東松島の赤坂農園へ。

イーストファームみやぎの赤坂社長が東日本大震災以後にボランティアさんたちの力を借り
ながら、植え広げられてきたコットンプロジェクトの綿畑。 その隣にラベンダー畑がある、と
聞いたけれども、私はまだ見ていません。

初めて来た時には、山を切り崩してばかりで、耕した畑に参加者一同、畑に張られた紐に沿って
3粒づつの綿の種を蒔いたのでしたが、3年ぶりに来てみたら、綿の畑がものすごく広大になっている。

それだけでもびっくりなのに、隣接するラベンダー園もまた広大。
コットンプロジェクトの後から始めたのだから、まだ年数も4年くらいと思うけれど、よくこれだけ植え
つけたものだと、感心しました。
その広い広い広ーーいラベンダーの畑の中にポツンと独り鍬をふるっている人が見えます。

ラベンダーを育て、ラベンダーを製品化して日本のあちこちで販売しようと努力を重ねている
ラベンダーcom. の副社長オオコダさんが独りで草取りに奮戦しているのでした。
オオコダさんは元先生。農家の人ではないので、普通の服にネックレスまでして、一心不乱に
草取りをしている姿をみると、その情熱に頭がさがります。
それにしても、このラベンダー畑に独りではあまりに人が少なすぎる。
でもオオコダさんは全く意に介さず、連日用事がない限りは畑に来て草取りに励んでいます。

ラベンダーの畑の隣にはハーブ園ができてました。
ここのハーブはりっぱです。カモミールは真っ盛り。何種類ものカモミール。何種類ものタイム。
アーティチョークが立派な花を咲かせているのは珍しい。健康そうないろんなハーブがあります。

場所的にはちょっとではなく、相当分かりつらいところにあるけれど、案内してもらえれば、
綿花もラベンダーもハーブも楽しめる農園。
赤坂社長とオオコダさんのたゆまぬ努力で、たいした農園に育ってました。 文句なしの脱帽!
来週からラベンダー園はお客様に開放されます。綿はまだ植えたばかりの赤ちゃん苗なので
楽しむというようにはなっていないけれど、ハーブ園はすばらしい!

昨年のラベンダー祭りには5000名のお客様がみえた、ということでしたが、今年はもっと増えるかも。
新聞バッグの大きさを決め、ラベンダーとハーブを楽しんで帰ってきました。

6時からは再び道の駅に戻り、花卉部会の掃除。
それから帰って明日のお餅つき、ということで大忙しの日曜日が終わりました。

明日明後日と「富良野な日」の準備をし、明々後日からは福岡研修。
しかし、寒くてここに越して初めて、6月にストーブをつけました。
どうしちゃったんだろう。この寒さ!

 

 

 

 

 

アースデイ・菊苗プロジェク・漆工房

日曜日。

仙台でイベント出店のよっちゃんに代わって2017みやぎおおさきアースデイへ。

今回海山はアースデイイヴェントに参加していないのですが、よっちゃんからの連絡で
今年初めてアースデイおおさきに参加中の富良野自然塾を訪ねることになりました。

昨日来て今日はアースデイ終り次第に富良野へ戻るというとんぼ帰りでみえていたのは
自然塾の小川さん。よっちゃんが3年ほど前に富良野自然塾を訪ねて「地球の道」という
プログラム参加でお世話になった方です。

「今まで地球がどのように生きてきたのか」に思いを馳せながら、地球の1万年を1メートル
に見たたて歩く「地球の道」。は午後1時半から、ということで参加者募集が始ってました。
参加する人が思ったより多くて意外。
アースデイだから、当然かもしれないけれど、いずれにして「地球のことを考えよう」という人が
増えるというのはいいことです。

アースデイ、今回で3度目だけれど、年々参加者が増えているような・・。
変わった出店が増えているような・・・。
「植物まとう」と看板があって、前にこんな姿の若者が座っていたけれど、何売ってるところだろう。

2年前、よっちゃんが初めてドラムを叩いた舞台前では、アフリカ人らしき人が太鼓を叩いて
ました。回りでは、みんなで手拍子叩いて盛り上がり中。
アースデイに似合ってる!

月曜日、

昨年から企画してきたあ・ら・伊達な道の駅出荷組合花部会の菊苗購入、分配、最終日。
朝から部長、課長に南三陸に出張してもらって、彼岸用菊苗4000本運んできてもらいました。
菊苗なんて容易には手に入らないと思っていたけど、有言実行。やってみれば、ちゃんと実現に
こぎつけました。

南三陸に行ったり来たり、運んできた苗を運んだり、水をやったり。それなりに大変だったけれど、
一致団結、凄いパワーで実現にこぎつけた部会のお母さんたち、ご苦労さまでした。
後はお盆と彼岸に8000本の花を咲かせるだけ。

言うは易し。育て上げるのはなかなかなもんですが、病気や虫に負けない丈夫な菊がお盆の
花売り場に並ぶことを夢見て、がんばっていきましょう!

 

火曜日
菊が終ってほっとして、お昼のお膳を頂きに中山平の佐藤漆工房へ。
同行者はたまごやのゆうこさん、近所のナナちゃん、ピアノの佐々木先生。
ついでに居合わせたばかりに、訳もわからず車に乗せられた西田さん。

ここのお食事は予約が必要です。
漆工房は中山平の奥の奥。その時期には森中がクリスマスイルミネーションのようになる蛍の
生息地の隣り。超ビッグサイズのゴールデンレトリバー、ラック君が出迎えてくれます。

アトリエの中は数々の漆塗りの作品と焼き物が展示され、購入することもできます。
そして美しい漆塗りのテーブルに、漆のお椀やお皿に盛られた彩りの美しい豪華なお昼ご飯。

お昼に食べるにはもったいないようですが、鳴子に来て前歯4本も抜いて残った前歯が1本しかない西田
さんは、時間をかけてもぐもぐもぐ全部食べてしまわれました。

大変おいしいお昼ご飯でした。

 

たまごやで

このところの熊情報。 頻繁なのでご用心!

数日前の朝は、小学校前のータリー付近で乗用車と衝突事故。1.2メートルほどの熊。
怪我してるから気をつけるように、と小学校から連絡。

その隣の市民農園駐車場で1.5メートルの熊。それは昨日。
その他子連れのお母さん熊。 という賑やかさ。
農園にはラベンダーの草取りに行かなきゃならないので、実に困る。

と言う状況のなか、奥の細道では熊と出会わずラッキーでした。
「奥の細道トレッキング」のその後・・・・。
みんなけろりと普通の生活に戻り普通に仕事をしているのに唖然。
あれだけ歩いたのに。まったく平気みたい。凄い人たちです。

6月11日の「富良野な日」が近づいてきたので、なんやらかやらでミーティング続き。
午前11時半、喫茶たまごやにヨッチャン夫妻も集合して第1回「富良野な日」準備の打ち合わせ。。
仕切るのは「富良野な日」なるこ実行委員長の宮本マスター。
岩出山実行委員長のよっちゃんは当日他イベントで不在となるので、その代理をも宮本
マスターに務めて頂くことにしました。

同じ時間、窓際の定番席では、毎日東鳴子から歩いて終点のたまごやに立ち寄る西田さんと
逗留旅館から、「おはよう」訪問に来る高田さんが、コーヒーと紅茶を飲みながら語り合ういつもの
朝の風景。

こちらのミーティングのところどころで二人の会話が入ったり、西田さんから全員にお菓子が配られ
たり。この自由で不思議な空間に、「いいですねえ。倉本ドラマの『優しい時間』のようだ」とヨッチャン。

富良野を舞台にした倉本先生のドラマ「優しい時間」では、喫茶店「森の時間」のカウンター席に
馴染みの住民や外からの来客がやってきては一緒に日常を語ります。
みんないろんな幸せや不幸せを抱えながらもここにいる間は、その幸不幸をいったん置いといて
「森の時計」の時間を一緒に過ごすのです。                            「

西田さんも高田さんもマスター夫妻も私も高橋夫妻も、昔からの知り合いではないのだけれど、
でもここにいる時は、お互いの歩んできた人生の違いに関らず、構えず笑って時を過ごす
優しい空間であり優しい時間。たまごやの時間!
ドラマには「森の時計」のマスターを中心とする親子の葛藤や、長澤まさみさんと二宮君の恋の話
などのあらすじはあるけれど、描かれているのは「森の時計」での時間なのだ、と私は勝手に思って
います。

そういえば、奥の細道トレッキング中、西田さんは24歳のシンスケ君に「シンスケ、おまえなあ・・」と
西田さんが大事と思うことを話しているようでした。
「北の国から」のソウタ兄ちゃんみたいだな、と私は思ったりしてました。

窓際のテーブルとこちらのテーブルは話がごちゃごちゃ飛び交いながらも終了。
いよいよ「富良野な日」に向かって、実際的な準備がスタートします。
せっかく富良野から、倉本先生とともに「森の時計」のカウンターに座った人たちが来てくださるのだもの。
聴く人と、話す人が同じ舞台でトークできるような、そんな場を作りたいと考えています。

たくさんの方の参加をお待ちします。

千葉の友人から今年も花が送られてきました。

詳しい事情は分からないけれど、友人が花を栽培するお友達のところを訪問し、私にもお裾分け
のお花を贈ってくれているのではないかと、推測しています。
いつも立派な向日葵と薔薇。
友人はもう10年も毎年送ってくれています。ありがたいことです。