里の秋

栗駒山は冠雪しました。                                                     鳴子や鬼首の標高が少し高いところの紅葉は終わりに近づき、ついに町にも紅葉がおりてきました。

毎日通う道なんだけれども、やっぱり毎回、「きれいだなあ!」と思います。

いつも通る道から鳴子方面の山々を臨んで。

山を越えた向こうは山形の最上です。冬になると、鳴子温泉郷の最初の温泉「川渡」辺りから雪の量が
ぐんと違ってきます。

我が家の近くの紅葉。
「上街道」という案内板は陸奥上街道のことです。昔芭蕉と空良が歩いた奥の細道ゆかりの地。
一関から岩出山に至る11里31町。つまり約50キロの道です。

私のうちはこの先です。家を囲む林の木の葉が落ちて、少しみえてきました。

6、7分車で走ったらよっちゃんちに到着します。よっちゃんちの紅葉は?


家から離れたところに新聞受けがありますねえ。雨に濡れないようにビニールがかけてあります。
私の家の新聞受けも家から離れていて、家の下の県道沿いにあります。

朝刊はきますが、夕刊はきません。
ずいぶん長い間、夕刊が来ないのを、河北新報には夕刊がないのかと思ってました。ただ配達が
ないということだったんです。知らなかった。

よっちゃんちの唐辛子畑の向こうの紅葉。

そしてSさんちの牧場の紅葉。

紅葉最盛期の時よりも少し時期を過ぎた今頃の季節が好きです。

 

 

 

 

 

 

 

インストラクターミーティング

 

毎日時雨続きです。

朝起きた時、外を見て「あれ?雨」。しばらく経ってパーッと日が射し「あ、やっぱ予報どおり晴れなんだ」と
喜ぶのもつかの間、また雲がきてザーッと雨が降り出す。また雲が行ったらお日様きらきらみたいなのが
毎日です。

山形が近いからこんな天気になるんですって。
そのため、何日かに一度は乗って歩けそうな大きな虹がかかります。ここは建物が少ないので、虹は根っこまで
見えます。あっちに出たりこっちに出たりするので、科学に弱い私はどーも納得いかないのです。 続きを表示

晩秋

秋も深まりました。もうすぐ冬。
収穫の最後のアガキをしています。

毎日毎日採ってますがなかなか採りきれない夏ハゼの実。
東京の版画家の岡澤さんに送ったら、「色がきれーーい!!」版画の材料にする、と感動してました。
これ、お酒に浸けたりジャムやソースにすると、深い鮮やかな赤紫色になります。
栄養価も高く、ポリフェノールもアントシアニンもブルーベリーの3倍から6倍というのですから、もっと利用されていい木だと思うんですが、これが増えないんですねえ。

これだけ採りました。ジャムにしようかソースにしようか、考え中です。

放射能の検査もしました。OKでした。問題なし。よかった!

そして、今日は最後の紅葉見物に潟沼に行きました。

 

鳴子温泉に向かって。

晩秋の潟沼。
流石に寒くて、観光旅行のスーツ姿の男性方は見るからに寒そうです。


今年は、春、夏、秋と潟沼の写真を撮りました。冬は残念ながらクロカンスキーでも履かないと来れないんじゃ
ないかなあ。雪で覆われた時も来たいけど。

この潟沼の畔の茶店でラーメンを食べるのが私の秋の恒例行事。何時までも熱々のもやしラーメン
を食べます。茶店のご主人が柿を出してくれますよ。
これで今年の紅葉見物はおしまい。来年の春まで潟沼には来ません。

そして我が家の晩秋は。
家は見えないけど、家を囲む林はかくのごとしです。この辺りのほとんどの家には屋敷林があって、イグネと
いうそうです。ムキダシの家というのはほとんど見かけません。外から来た人は林ばかりであまり人が住んで
いないように思うかもしれない。でも中にはちゃんと人が住んでます。私も。

下の緑は稲刈りの跡。稲を刈った後はこうして新しい穂?芽が緑に伸びています。
上のほうのちょっと濃い緑は牧草を刈った跡。

これらの草が全部黄色になって草紅葉し、木も草も黄葉して柔らかい黄色の世界になります。
日が射すときれいだなー、と見とれます。

さて、今日は田んぼに白鳥がおりているのを見ました。
いよいよ、冬です。
新聞バッグ忙しくなります。がんばろう!
新聞バッグ、お歳暮入れたりするのに最適だと思うのですがいかがでしょうか?

 

 

 

 

みんな、おかえりなさい

グランプリィー おめでとうございます。

よかったねえ!!

「いいよ、いいよ、もじゃくりはいいから・・」と遠慮するあやさんを、「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメッ」っと
鳴子温泉の仕事場までストーカーして、取り上げるようにして送った甲斐がありました。

あのきれいな緑色のお茶畑の新聞バッグ見た時、「わあー! 素敵だなあ」と思ったもの。 続きを表示

全国新聞バッグコンクール、グランプリ受賞!!!!

嬉しいです。

昨日の夜から、海の手山の手ネットワークのインスラクター6人とよっちゃんは、総勢7人で高知県
高岡郡四万十町に向かいました。

南相馬のあやさん、娘の中学1年生の最年少インストラクターakariちゃん、南三陸のんちゃん、さおちゃん、
NPO事務局KJさん、よっちゃんの奥さんみっちゃん、それに黒1点(男性)のよっちゃん。 続きを表示

商品の価値を上げる

大崎市のある大きな会社から新聞バッグの注文を頂けることになりました。

地元というのが嬉しくて、「サンプルがほしい」と言われて、張り切って四万十行き直前のあやさんに
「初めてのお客様だからうんと素敵なの作ってね」と頼みました。

午前中は喫茶店のお仕事、午後からは幼稚園のお仕事で時間めいっぱいだとは思うんだけど
あやさんは翌日には、新聞バッグの大、中、小、もじゃくりバッグを作り上げてくれてました。

ちょっと前、イタリアのKさんからもうさぎのお人形頼まれているので、一緒に前よりも進化した新聞バッグ
を見てもらいたいから日本の文字にしてね、イタリアだから、と頼んでいました。

紅葉真っ盛りのある日、風がびゅーびゅー吹く川渡温泉の待ち合わせ場所で、出来上がった新聞バッグ
を受け取りました。

そして驚きました。たいした出来上がりなんですよ!
なんかもう、ただの物入れる新聞バッグというよりアート作品のような新聞バッグ。
この頃サンプルを頼まれてお見せする度に「素敵ねー!」とまず第一声で聞くことが多いです。作り方が変わったとか特殊な形をしているとか、そういうことではないんだけど、選ぶ新聞紙面で引き立っているのだと思います。
それと丁寧さの完成度。 両方合わせて、私が見ても凄いなあ、と思うもの。

これぞ、手業なんですね。

今度の東北新聞バッグプロジェクトのキーワードはデザイナー梅原真先生が提唱される「タノシムチカラデ」
あやさん、これ作っている時、そして企業さんやお店などからサンプル頼まれた時、「どんな紙面で作ろうかなあ」ときっといろんなイメージを頭の中で膨らませていると思うんです。その時間はきっと楽しいでしょうねえ。

今、この後注文を頂いているお仕事は、化粧品の会社から「これからクリスマスに向かって化粧品などを入れるので、紙面は楽しくて彩があって華やかな。そんなのだったら嬉しいです」と。そう言われると私も新聞見る度に
華やかなの、色が美しいの、と読む以外の目的も持って新聞に相対してます。自然に。

自動車の会社、というのもあります。だから面白い車の写真の紙面を探そうと思ってます。
自分のお餅や花の仕事以外に頭がめくるめいていますので、もしかするとこの時間は私のボケ防止になるのかも・・・。

こんなふうにお客様に喜んでいただこう、と物を作るのが、手で物を作って売るということの楽しさであり醍醐味
だと思います。最初は新聞なんだから200円でも高いと言っていたお客様が、「素敵だねえ!200円じゃ安過ぎない?もっと高くていいと思うよ」なんて言っていただく時には嬉しいです。

お金が儲かる! じゃなくて、仕事の価値を認めていただいて価値が上がったということだから。

新しいお客様はどんなことを望まれているのか、これから知るのが楽しみです。
日本の新聞でも外国の新聞でも新聞には森羅万象、どんなことでも書いてあるので、こちらも選ぶのが楽しみです。

あやさんの日本語ニューバージョンモジャクリバッグ。

ありがとう、って。
これ、イタリアに送ってあげよう。

 

 

 

 

 

 

変化の時&再び四万十へ

海の手山の手ネットワークを始めてから1年7か月。
まったくもって今現在のような姿になるなんて、思いもしなかったのですが、どうにかこうにか続けて
くることができました。

 

どれだけたくさんの方に援けていただいたか。
震災以後は起こってくること、過ぎ去って行くことのスピードが速くて、自分の中にその出来事を
留めておくことができないまま通り過ぎていくことが多かった。でもこうして立ち止まって起こったこと、出会った方、援けていただいたさまざまなことを思い返すと、有難うございましたという気持ちだけではなくて、これだけこれだけ世の中は悲惨な事件が多いのだけれども、それでも人は、この世の中は信ずるに足る、という気持ちがします。

 

1年7か月経って今、海の手山の手ネットワークは変化する時期になりました。
山の手の構成メンバーは4人。よっちゃんを始として自営業者が3人。NPO事務局1人。よっちゃんなんばんも    梅っこ屋もお餅&花屋も事務局もみんな本気に一生懸命がんばりました。

 

何もかも流れたほうも、家、土地が壊れ商売が落ち込んでしまったほうも、残ってすぐに使えるのは「手」しかないので、海と山とが手を取り合って、あるものを使って手を使って物を作り出して、売ってお金を稼ごうよ。         と考えたのが最初。ちっちゃいお金だけど、物を作っていれば人の輪ができ、生活のリズムも作れるし、何にもなくてもあるもので工夫すればこんな素敵なもの作れるよーと世の中の人にメッセージ送れる。 現場からの発信もできる。 何より新聞紙で入れ物作るというのは素朴に基本じゃないか。

 

というような気持ちが基本で始まりました。
そしていつか海の手の人たちの生活再建が成った時には、以前にように山の手が住む内陸部に温泉や買い物に
来てほしい。そしたら私たちもお客様が増えて商いがよくなって税金払えるし、そうなったら東北の経済もよくなるし、ついでに日本の経済もよくなるんじゃないの、というのが海山の野望だったんです。

 

笑えるけど。                                                             でも本気で今もそう思ってます。  自分たちの手でものを作ってお金を稼ぐのが基本。
その形が定着して海の手の人たちのお仕事も増えてきたので、これまで居候させて頂いていたNPOの事務所
を離れて、会社になります。

 

私たちはもともとの仕事を持っているので、海の手の人たちのお仕事を作る会社です。
デザイナーの梅原真氏がいつも仰ること。夢想しなさい、と。夢想してそれを絵に描く。さすればそのようにコトは
動くと。タノシムチカラで夢想せよと。

 

海山ネットを始めてからことあるごとに夢想、妄想が止まらなくなって顔が合えば、コンビニの駐車場(喫茶店
がないので)会議をしたものです。その夢物語が今は現実になって手を繋いだ海の手さんたちはみんな立派な
インストラクターになって、明日から高知四万十ドラマでの新聞バッグコンクールに参加します。

 

私は行かないけど、7人も行くんですよ。ほんと嬉しいです。

その間の雑用は私が引き受けます。
がんばってねー。海山インストラクター。幸運を祈ります。

 

 

 

 

 

 

 

紅葉の鳴子峡

今日は1日よい天気でした。
暖かいし風がない。おまけに道の駅にお餅の出荷に行ったら、走っている車も道の駅に駐車している車も
ちょっとだけ少ない感じがするので、急遽うちの4歳と娘を誘って紅葉の鳴子峡へ。

近くに住んでいるのですが、紅葉の盛りに鳴子峡に来たのは、この10年で1度くらい。                               紅葉シーズンは人も車も混むので、紅葉見物はだいたいちょっと手前の潟沼で済ませます。             沼の畔の茶店でラーメン食べて帰るというのが恒例でした。

でも4歳の孫に見せたいので行きました。喜ぶかどうかわからないけど。

鳴子峡は4年前の内陸部の地震で大きな崩落があってからは、峡谷沿いの遊歩道は閉鎖されていま(す。

そう言えば昨年の震度6強の大震災では、鳴子峡の先にある私が春と秋に楽しみにして行っていた
熱帯植物園(温泉熱源の大きなドームでサボテンがたくさんありました)が完全に潰れました。
沿岸部の被災が大きかったから内陸部の被害は目立たないけれど、けっこう被害は大きかったです。

さて、鳴子峡の今の紅葉。

けっこう人は混んでます。

うちの4歳は、揚げまんじゅうと焼き鳥と焼きだんごときのこ汁まで食べて満腹。

遊んでばかりいる訳ではないんですけど、近くにこういうところがあるものだから、お天気がよかったり
するとつい行きたくなっちゃうんですね。

「ええ? 今から、今日?」と
誘い出された当初は言っていた娘が、「楽しいわ。観光旅行に来ているみたい」と喜んでます。
近場での間に合わせの観光旅行のようなものですが、孫ともども楽しそうでよかったです。

帰ってからが大変。

7時にヤマトが閉まるまでに新聞バッグ130枚、チェックして梱包して送り出して本日は終了。