風邪でダウン

朝起きて、窓の外を見てびっくり!!

ウソでしょう!! この雪!!

真ん中あたりに写っているのは紅色マグノリアの新芽を食べる鳥。

そして、外に出てみると、天地異変か?、と思えるくらい辺り中からジュウジュウジュク、チーチクパーチク、と鳥の
囀り、というか鳴き声が聞こえるんですよ。烏のように大きい鳥ではなくて、シジュウガラのようにちっちゃい鳥が団体で囀る声。

しばらくしたら止みました。

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午前中だけ降るのかと思っていたら本気で降ってこの有様。タイヤをまだ替えてなかったので助かりました。

仙台で60年ぶり。福島で観測以来最も遅い降雪だそうです。OLYMPUS DIGITAL CAMERA

それで、私は大震災以来初めて、本格的に風邪をひきました。

発熱、気管支炎、胸痛、咳、とまあ、にぎやかに全部取り込んで、さすがに寝込んでいます。

2年間1度も寝込まなかったから、よくもったなあ、と我ながら感心しています。

ちょっとゆっくり休んで、治して、仕事に戻ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

小笠原先生 ひとりで家で死ねますか

ゆうべの発熱を抗生剤と解熱剤でどうにか抑え付け、朝のお餅仕事はどうにか普通どおりこなしました。
お昼には友人と会うため再度道の駅へ。

道の駅で開催中の催事で物販中の会社の関連者であるご主人と共にみえたのだけれど、車を降りてからは
単独行動なのだそうです。ではではとレストランで食事をし、ゆっくりとおしゃべりしました。

どんな形でも来てくれると嬉しい。                                                松山から2か月間溜めた新聞紙を持ってきてくれたのでした。ありがとう!!

 

戻って午後は、以前に頼まれていた「みやぎ在宅支援ドクターネット講演会」の会場に夫とともに向かいました。

講演は日本在宅ホスピス協会長、岐阜県の小笠原内科の院長先生、小笠原文雄先生。
演題は「小笠原先生、ひとりで家で死ねますか」

この題名は『おひとりさまの老後』の著者である上野千鶴子氏(東大名誉教授、社会学者)と文雄先生の対談で構成された新刊の本の題名です。
上野千鶴子氏の著書は数々あるけど、とうとうここに行き付かれたか、の感あり。

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会場入り口で本を見つけて、なくならないうちにと1冊購入。

今日の私たちのお役目は文雄先生と看護師さんがたにお土産をお渡しすることです。
この役目があるので、今日は絶対に寝込むというわけにはいきませんでした。

長時間の講演を全部聴くのは夫の体力的にはちょっと無理が生じるのではないかと思われ、お願いして
最後のほうのみ参加、ということにして頂きました。

なんで「オレが呼ばれたのかさっぱり解からん」と言いつつ、会場の席についた夫と私、先生のお話を
わずかな時間に聴いただけなのに即刻引き込まれました。

えーッ、日本の医療ってそんなふうになっていくの!?
えーーッ、在宅ケアって、先生は少なくてもできるんだ! 人と人のネットワークなんだ!
海山ネットと同じじゃないか。
えーーッ、死にそうになっても先生、先生、と大慌てしなくてもいいようになってるんだ!
えーーッ!!

目からウロコ、耳からウロコの連続。

このお話は両親の介護中に聞きたかったですねえ。
さすれば亡くなった後であんなに後悔しなくてもよかったかもしれない、と今思います。

さて、お土産渡す時間が来て、来るまでは「さっぱり解からん」と不承不承の様子を見せていた夫が、さっさと立ってマイクを持ち、「私はガンを持ってます。でも痛くなく動けるので仕事をしています。先生へ自分で作ったお土産を持って来ました」とご挨拶。
あや屋のアラレとよっちゃんなんばん入り新聞バッグセットをお渡しして大役を終えました。

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新聞バッグセット、聴衆のみなさんが珍しげに見ていってくれます。

クリニックからお声がかかった時はびっくりしたけど、行ってよかった。そして新聞バッグセットをお土産に
お渡しできたことも嬉しかった。

三浦ドクター、そして大石mgr.
お世話になりました。楽しかったし、良いお話しでした。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

福岡、津屋崎の春祭りよっちゃん祭

私が育った福岡市の外れ、海のすぐそばに位置する津屋崎で行われる春祭り「よっちゃん祭」に今年も
たくさんの新聞バッグを送らせて頂きました。

このお祭りを主宰するのは福津市津屋崎にあるNPO地域交流センター「津屋崎ブランチ」です。代表は
山口覚氏。津屋崎にある津屋崎千軒という古い商家に新しい視点で新しい息吹を吹き込み、
「新しいカタチの暮らし、働き方、つながりを実現する新しいカタチの地域興しプロジェクト」を実践しておられます。

 

よっちゃん祭で「新聞バッグを販売するので注文します」とお電話をくださったのは大震災から1年たった
昨年の春でした。
以前に私たち海山ネットワークが間借りさせて頂いていたNPOの事務所にお出でになり、お知り合いに
になれたことがきっかけです。

今年は昨年よりも多量の新聞バッグで、それも半数は東北のニュースが載った河北新報で作った新聞バッグ
をご注文頂きました。

大震災以来のこの2年間で、海の手山の手ネットワークは15000枚を上回る新聞バッグを作り、販売してきました
が、被災地の新聞紙で新聞バッグを作ったのは最初の頃だけでした。時が経つにつれて、日本語の特に東北の新聞は好まれなくなり、ほとんどが英字新聞紙の新聞バッグを作るようになりました。

山口さんが河北新聞のバッグを注文してくださったのは、震災を風化させないため、とご説明を受けました。
何かある度に復興など何も進まぬ沿岸被災地に行き、内陸部で被災した私たちも、家や井戸が壊れたり、
水質が変わったり、様々な形で被害を受けたマイナスは今も回復せず、ひきずったままです。

ひきずったまま、昨日の震度5の地震のようにまた来るのではないかと気を許せない日常の中で「風化」と
いう言葉はあまりピンときません。今もまだ放射能の影響の中で私たちは暮らしています。

 

でも、その事実を、今はもう終わったかのような報道される中で、「風化させないように東北の新聞を折ってください」
仰る山口代表は、稀有な方です。
新聞バッグの到着後には「心をこめて販売させて頂きます」というご連絡を頂きました。

 

私たち海の手山の手のメンバーが販売に苦労する日本字新聞バッグを「この先10年販売し続けます」と明言
なさる山口代表は、社会を見る深い洞察としっかりした信念を持たれた力量のある方だと敬服しました。

 

明日のよっちゃん祭、是非おでかけください。

福岡を離れて40年以上。大震災があろうがなかろうが、故郷として格別帰りたいと思う土地ではありませんでした。
でも大震災以後、私が福岡で生まれ育ったという理由だけで、どれほどたくさんの福岡の方々に援けていただいた
ことか、信じられない思いです。

帰りたいとも思わなかった福岡に、今こういう形で近づく日が来ようとは。
戸惑い、驚きつつ、これまで出会った福岡の方々に心からの感謝をお伝えしたいと思っています。

 

昨日から風邪っぽかったのが、今本格的になってきました。外に出ても総毛だつように寒いということは、本格的に
熱が出る前ブレでしょうが、よっちゃん祭のこと書きたかったので、がんばりました。

よっちゃん祭、是非お出かけください。

 

 

 

 

 

 

 

鳴子散策

朝10時、Kさんに手伝ってもらって道の駅でのお餅、花の出荷。

その後は鳴子温泉街の歴史ある喫茶店、玉子屋さんへ。ここであやさんが仕事をしています。
玉子屋のご主人とKさんと私で、お昼過ぎまでの長ーい時間を、おしゃべりしました。
たくさんのことを教えてもらって、楽しい充実した時間でした。

あやさんの仕事が終わってから、Mさんを案内して鳴子温泉名所めぐりへ。

まずは町営駐車場にある足湯へ。
CMで吉永小百合さんが入っていた足湯です。あやかって今日はMさんとあやさんが足を入れました。
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こういうのもあります。玉子は自分で持ってくる。

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足湯に足を入れたり、駅見物をしたり、鳴子温泉見聞が終わった後は、今年初めての林の中の喫茶店
ライムで、オーナーさんに寒い間会わなかった挨拶をし、今年もよろしくと、お昼を食べました。

久しぶりに見る潟沼。

今日の水の色はコバルトブルー。白と青色ともう一色グレーを混ぜて作ったような不思議な色です。
とてもきれい!
「よし、1周回ろう」と元気よく歩き始めたあやさんとKさん。

目覚めたに違いない熊が怖くて、嫌なんだけど付いて行く私。
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山肌からポコポコと白い湯気が立ち上っています。
こうしてみると、この山の地面の下のエネルギーはどれほどのものか、想像すると恐ろしくなります。
でもこういうのは端っこだから爆発しないんだよね。きっと。

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紅葉の時期、落ち葉の時期に歩いたことはあるけど、新芽も出ない時期に歩くのは初めて。
雪解け水が足元を濡らし、数日前の強風で大木が根こそぎ倒れています。

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1周回りました。鳳鳴平の温泉の何かでしょう。ここも湯気。

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帰宅後は27日発送の新聞バッグを4人がかりで折ります。本体、取っ手、補強紙、分業でおしゃべりしながら
の作業は楽しいし捗ります。

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うちの4歳孫からの差し入れ。
孫のおじさんはマルタの人。甥っ子へのプレゼントをみんなで食べてがんばりまーす!
そうだ、新聞バッグをマルタ島へも送ることにしました。

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ほっかぶり市新聞バッグワークショップ2日目

昨夜は四万十インストラクターのKさんには鳴子温泉のあやさんのお宅に泊まってもらって、朝は二人
そろってほっかぶり会場の梅農場へ。

もうこれ以上はない!! というくらいの快晴。風もなくお日さまポカポカ、最高のイベント日和です。

 

お餅仕事を終えて夫、4歳を車に乗せ、途中スーパーに寄って差し入れの水分、お茶その他を大量に
買い込んで会場へ。混んでます。近くの駐車場も遠くの駐車場も満杯。

やっぱり梅農場という場所は強いです。梅はまだ咲いていないんだけど梅林を歩けばちょっとした
梅見気分。大人も子供も犬までも手拭いを欲被っています。

ガンをしてほっかぶりを拒否するのはうちの4歳。ほっかぶるくらいならミニSLにも乗らなくていいそうです。

ワークショップは昨日同様、今日もたくさんのお客様に来ていただきました。

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新聞バッグを完成させたお客様は、大人も子供もみんな「素敵だー!」と笑顔で喜ばれます。
私たちも嬉しいです。

3時終了まで、お客様はびっちり。

夕方ワークショップを終えたKさん、あやさんが帰ってきました。
Kさんはみるも無残なほどクタクタの様子。

そのまま2階に上がってもらってKさん爆睡の夜でした。

 

 

 

 

ほっかぶり市新聞バッグワークショップ

朝7時、夜行バスから電車に乗りついだ四万十インストラクターKさんを出迎えに岩出山駅へ。
暖かい高知から、まだ朝夕は凍ることもある県北までやってきてくれました。

「寒いねえー」と第一声。寒い上にまたもや風が強くて、今日梅農場で催されるほっかぶり市が気がかりです。
屋内ならまだしも強風が吹く梅農場で、バタバタする新聞紙を抑えながら新聞バッグ作りを教える様はいただけません。

風が吹かないことを祈るのみ。

9時、私は道の駅その他へ出荷へ。
Kさんは朝食を食べてもらった後梅農場へ。
午前10時からほっかぶり市は始まります。

お昼前に夫を病院に連れて行ったりした後に、孫を乗せて梅農場へ。
あー、やっぱり梅はまだ咲いませんでした。蕾もまだ硬め。紅梅だけが紅色に枝を染めて咲いてます。
でも梅は咲かなくても、梅園にいれば梅見の気分は味わえるので、けっこうな人出です。

この農場の専務である3代目のSさんはしっかりがんばったんだねえ。道路沿いの草地もきれいに草が刈られて
広い広い駐車場ができてました。停めきれないほどの数の車が停まっています。

講師を四万十Kさんとあやさんで務める新聞バッグワークショップ
ほっかぶりで花粉症だとこんな姿になります。

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たくさん来て頂きました。新聞バッグの作り方を教えるほうも励みになります。

ほっかぶり市目玉のミニSL。ほっかぶらないと乗れません。

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花の生産者仲間のKさん。持ってきた分、ぜーんぶ売れたそうです。よかったね!!

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梅の木を1本1本触りながら、駐車場に向かいます。
それにしても何回来ても広いなあ、と思います。半端じゃなく広いわ。

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終わってあやさんの家(みなし仮設ですが)で、13歳から70歳までの4インストラクターですきやきパーティを
やりました。

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新聞&新聞バッグに囲まれてしゃべって食べて、満足!な夜でした。

10時散会。
Kさん、あやさん、akariちゃんは川渡温泉、藤島旅館へ。
残念ながら、私は真っ暗な夜道を家に向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モノツクリネット情報交換会

明日から4日間ほど、四万十の生え抜きインストラクターのKさんが、宮城見聞にきてくれます。
どうせ来るなら、とよっちゃんたちのお祭り、ほっかぶり市でワークショップをやってくれることになりました。

会場は岩出山の梅農場です。梅の花はまだ盛りとはいえませんが、紅梅は2、3分咲きくらいです。
明日、明後日は暖かそうなので、是非お寄りください。新聞バッグ作りにも是非挑戦してみてください。

今回はKさんにはうちに泊まってもらうことにしました。日頃掃除の行き届かない部屋を大掃除するいい機会
だと思って張り切っていたのですが、なんだのかんだのと用事ができて、全然大掃除できない。

 

困った、困った、と思いつつ、今日は以前から美里町在住愛媛県人会のOさんにお誘い頂いていた会合に
参加してきました。

私とOさんの間では、Oさんが現在美里町南郷高校の生徒さんたちと一緒に取り組んでいるラベンダー栽培の
ことで時々お話合いをしています。そのことで行ったつもりだったのですが、、、。

会合でお会いするメンバーは全員、モノを作る方々でした。

リーダーのSさんはお餅その他の農産物を生産、販売する会社の社長さん。大震災で800戸が失われた仙台市の
荒浜地区に所持されていた田畠が壊滅し、その後に綿を栽培されて、現在は東北コットンプロジェクトを大きく
展開されています。

お父さんの介護をしたことから自力で介護老人施設を作って運営しているMさん、被災後、以前からやっていた織りの仕事を始められた方、自然薯の本気栽培を志すS氏、学校や行政と連携しながらラベンダーの商品開発を
すすめている方、そしてOさん、布でモノ作りのグループを率いているMさん、バラの花でバラ染めをしているHさんたち二人。その他にも今日は都合で来られない方がいるそうです。

みなさん、年齢的には中高年で、ここに移住して以来、この年齢のものつくりの方々が集まっている場に初めて
出ました。驚いたし、楽しいし、感動しました。
これまでわからなかったお餅のこと、縫物のこと、商品の展開のこと、なんでも聞ける。教えてもらえる。

最初のリーダー挨拶&自己紹介が終わったら情報交換おしゃべり会に。
それぞれの製品、ちらし、パンフレットなど見せあいます。

 

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全て手織りです。

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第1回目の今日は、ものつくりネット情報交換会でした。

次はこのものつくりネットに名前がついて、会が設立されるそうですので、楽しみです。
木工とか大工さんとか壁紙貼りとかのベテランの方がおられたら、うれしいけどなあ。

 

 

 

 

 

 

 

桃源院

お昼前に珍しい方から電話がありました。

古川の在宅緩和ケア支援センター「はるか」のマネージャー、大石さんです。4年前に、母が亡くなったら翌日
父も亡くなって、茫然としていた頃からお知り合いになりました。隣接するクリニックでは三浦ドクターに
家族全員お世話になっています。

今日はクリニックに必要なお花を買うことと、4月20日に催される日本在宅ホスピス協会会長、小笠原文雄
先生の講演会のお知らせと、その時に先生と看護婦さんにお渡しするお土産の相談でみえました。

「はるか」では毎週1度、差し入れの食事など作って、スタッフが分かれて在宅で一人とか二人とかで
闘病されている患者さん宅を訪れてお話しをするという、ライフカフェをやっています。

患者さんや介護する家族が日頃感じているつらさや、やってほしいことをスタッフが聞いて、希望に叶うように
先生始めスタッフのみなさんが動く、という医療活動をなさっています。

 

今も時折り思い出す、忘れられない出来事があります。

だいぶ前のことです。大石さんから、ある患者さんのお宅に伺う時に一緒に来ないか、とお誘いがありました。
患者さんや介護なさっている方のお話しを聴くのだそうです。先生にもスタッフの皆さんにも日頃お世話になって  います。役に立つのかどうかわからないけれども、「行きます」と返事をしてガンが進んだ患者さんを介護して
いるおばーさんのお話しを聴きにスタッフに連れて行ってもらいました。いっぱいご苦労があるだろう、と思って。
私も両親の介護がきつかったから、たくさんお話しを聴こうと思って。

ところが、おばーさんの言葉が全然解からない。どんなに耳をそばだてても宮城の方言が聞き取れない。    はァ?と1度聞き返したら、申し訳なくて2度3度は聞き返せなくて、戻ってすぐにこの任務は断念しました。

 

それからずいぶんずいぶん経った時、たまたま行く人が少なかったのか、もう1度松山に同道を誘われました。

今度はお話はする必要がなかった。喉の患部にあてた器具でお話しをされるのですが、はっきり聞き取れて
まったく困ることはなかった。きれいに整理整頓されたお部屋で一人の男性が暮らされていました。         預かっていった差し入れの食事をお渡しするとと、「今は自分が食べたいものを食べたいので、次から辞退したい」 と断られました。若い時のこと。結婚せず、ずっと一人身だったこと。病気になってからのこと。手術をして退院した日に一人でお寺に行って自分のお墓を購入し、人とのお話の機会を持ちたいのでクリニックに出向いたことなど、   器具を喉にあてながらゆっくりゆっくり話をされました。

人の欲みたいなものが全くなくて、ただ生きている今の時間の対話を楽しまれているように感じられて、       私はこの方が好きになり、大石さんにお願いして時々連れて来て頂こう、と思いました。

この身体だが、今の望みは親しい者と一緒に鹿児島に行ってみたいのだそうです。その頃鹿児島に行ってみたいなあと思っていた私は、次に来る時には食事ではなく、鹿児島のパンフレットなど揃えて持ってきましょう。きっと
クリニックの先生やみなさんが介助して連れて行ってくださいますよ。と言って日が落ちる頃においとましました。

翌朝、大石さんから電話がありました。
夜のうちに一人で亡くなられていたそうです。
初めて会って30分ほどしか話したことのない人との別れに泣くのは初めてでした。

お別れに鹿児島のパンフレットを持って行き、ご親戚の方にお渡ししてきました。
お寺は松山の桃源院。風情のある名前から想像すると、桃の花が咲くお寺なのかもしれません。
もう少し暖かくなったら、桃源院に行ってみようと思っています。

 

 

大石さんからご紹介頂いた講演会は、夫が行くことになりました。
よかった、よかった。男の人はなかなか動かないので、時々こうした催しに呼んで頂けると有難いです。

 

夕方から昨日の暴風の庭片付け。枝拾い。

クリスマスローズの葉をどけたら出てきたクリスマスローズの芽。
こういうのがあるから、草取りを人にやってもらえないんです。

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私が動くとおりに付いてくるシロリン。

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土筆が出てました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強風の日に

昨日の夜から凄い風です。

朝いったん収まり、青空も見えて、少しはよくなるのかなあ、と期待していたら、10時頃からまたもや
走っている車がグラグラ揺れるほどの風。車に乗り込んで扉を閉められなくて、でも風に負けたら
扉が壊れそうで、両手で必死でしがみつくなんて経験は初めてです。

やっと直したハウスがまた壊れなきゃいいんですけどねえ。

仙台よりの7つの町で壊れたハウスが30棟ですって。明日になったらもっとたくさんに増えていると思う。
これまでビニールハウス中で育っていた野菜が、強風でビニールを吹き飛ばされて、むき出しになった姿は
無残です。

葉っぱも茎も風に吹きまくられてボロボロに傷んで、再生は難しい。
大体の野菜は、花もですが種を蒔いてからほぼ3か月で収穫できます。春、夏の気温がある時はそうだけど
冬の低温では秋に蒔いたり植えたりした野菜とか、または1月頃に電熱を入れて大事に育てた野菜が
一晩でパーになるのだから、ほんとになんと言っていいんだか。

 

今日は海山初めての新年度会議をやろうとして夜、古川に集合することになってたのですが、集合場所
の近くまで行ったところで、「今日、来れない人二人いるから中止」と連絡が入りました。

業務用食材店で買い物があるので、かまわないんですけどね。

古川の町を走りながら、ふと気づいたこと。
道がなおっている。
大震災で滅茶滅茶に壊れた古川を貫通する江合川の橋の周辺道路。修理が2年経っても終わらず、
ついこの間まで川沿い道路は右にも左にも通行禁止でした。

直れば気になるのは、以前から江合川にいた白鳥のこと。
白鳥のたまり場みたいな場所があって、白鳥もガンもカモも最盛期には駐車場にも上がってきて、車が
停められなくなっていました。白鳥にカッパエビセンや食パンのかけらを与える人もいるので、トンビも
カモメ、鳩、その他の鳥まで集まってくる場所でした。

もう白鳥は帰ってしまったけど、もしかして残っているのがいるかなあ、と橋の欄干越しにのぞいてみたら、
なんと河原の緑の草の上に7、8羽の白鳥が上がってました。やっぱりいたよ。
なんだか嬉しい。やっと終わった、と思っているかな。

 

この風に困っていると思います。飛べないもの。

さて、日を改めて風のない日に新年度の海山会議第1回をやります。
アベノミックスとかでまあー景気の良い話がテレビやラジオから聞こえてきますが、移り変わる世情や
これまで関わって来た方々との連携の中で、この先の計画を決めていく必要があります。

 

ただ、今日本の経済状態は変わっていっているのかもしれない。何十万もする高級な服が売れたり
景気がよくなっているように見えることがいっぱいあるのかもしれない。

 

でも、被災地は何にも変わっていません。
仮設住宅の入居できる期限がもう1年延ばされました。それくらいかな、変化は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本新聞博物館ミュージアムショップ

大雨ですぞ。

今外に出てみたら風はさほどではないけど、横殴りの雨がけっこう強く降ってます。

さっき、東京では洪水警報が出たとか。注意報ではなくて警報だから、あっちこっちで洪水になるくらい
どしゃ降りなんでしょうか。

ここではどこに行くのも玄関先に置いた車に乗ってでかけるので、風が吹こうが雨が降ろうがかまわないですが、
東京は電車に乗ったりバスに乗ったりしなければならないので、体力、気力、我慢力勝負になりますね。
タクシーに乗るったって、簡単じゃないもの。雨の日は。

雨がひどくなる前に、横浜にある日本新聞博物館のミュージアムショップに送る新聞バッグを揃えました。

震災後から日本新聞博物館のミュージアムショップ、ル.サロン.ドウ.ミュゼさんには大変お世話になっています。 海の手山の手ネットワークの新聞バッグを毎月ご注文頂いています。

最初にお電話頂いた時、日本に新聞博物館というものがあるとは全く知らなかったので、そんなところが
あるのか、と驚き、興味を持ちました。私自身が文字とか活字とか新聞とか本とかが好きなので。

興味津々でパソコンで検索してみたら、素敵なところ!
ミュージアムショップのル.サロン.ドウ.ミュゼさんはお店の佇まいも置いてあるものも実に素敵です。
書籍やステーショナリー、その他。たぶん全部新聞に関連しているのでしょうが選び抜かれた品が置かれている
雰囲気です。

 

こんなところに置いていただくのでは、と新聞博物館さんの新聞バッグつくりには拍車がかかりました。
紙面を選んでできるだけお洒落なものを作る。手抜きをしない。きっちり作る、などなど自分に課して、折り手さんに
作ってもらいます。

東北新聞バッグprojectのために、ご注文の指定日より、ずいぶん遅れてしまいましたが、腕に覚えのこれ!という新聞バッグを選んでダンボール箱に詰めました。

 

明日、到着致します。よろしくお願いいたします。

いつか東京に行くことがあったら、横浜まで足を伸ばして行って見たいと思っています。
楽しみです。