一周忌

早いもので夫が亡くなってからもう1年が経ちました。

相変わらず実感がない。顔は見えないけれど、そこら辺のどこかにいつもの顔でいるような気がしている

日常です。

子供たちが帰ってくるというので、ちょこちょこと掃除をして、由美さんに頼んで真昌寺の和尚様にお経を

詠んで頂く手配をしてもらってその日を待ちました。が、前日ぎっくり腰になって屈めなくなり、またもや

由美さんのお世話になりました。

お花を持ってお線香を持って、由美さんの手できれいになった納骨堂の前に立ち、辺りを眺めると、どこ

までも広がる黄金色の海。実りに実って黄金色の穂を垂れた稲田は今が一番きれいな時です。

もう直に稲刈りが始まれば辺りは短い間に秋の色に変わります。

 

一周忌は夫が生きている時にはやったことがない、家族旅行を実行することにしました。

夫がいる時には子供や子供の家族とみんなで旅行に行こうなんて考えたこともない。それが夫がいなく

なると全員一致でどこかに行ってみようか、などと考えるのだから、全く以って不思議です。

鳴子温泉は近すぎて何時も行くので、子供たちにとっては初めての仙台の奥座敷、秋保温泉に行くこと

にしました。

 

しかし、とんでもない天気。秋保までの道は豪雨の中。高速ではとても走れないので、車を2台連ねて

2時間かけて秋保に向かいました。

夜中雨。外に川があるのかと聞き間違うほど、ザーッともドーッともいう雨音がして不安になります。

泊まった宿の露天風呂は凄かった。屋根があったりなかったり、四つか五つ連なった露天風呂という

のは初めて見ました。秋保温泉というのは鳴子とは全然違うんだね。軒並み旅館が大きい。客が多い。

ホテル、旅館の中に遊ぶところ、飲むところ、マッサージに、ゲーム場、なんでも揃っているので、カラコロ

下駄の音を鳴らして温泉街をそぞろ歩きというのはここにはない(らしい)。

 

さて翌朝は、有難いことに晴れ。

まず目指すは秋保大滝。

秋保大滝の入り口にある秋保大滝不動尊。願望成就の不動尊と聞くので手を清め、しっかりと手を合わせ

ました。正式には滝本山西光寺。山形県の山寺、立石寺の奥の院とされます。

DSCF2205

植物、生き物問わず、山のもの、野のもの、の焼酎漬けビン詰めがずらりと並んだお土産屋。

DSCF2207

以前に何回か花のことで伺ったお花の生産屋さんに行ってみたくて、夢の森に向かいました。

大震災以来はじめてです。

こんなところにまで大震災の影響が及ぶとは思ってもいなかったのだけれど、現実は厳しくお花屋さんは

一部が地震で壊れて形が変わり、その他のお店もずいぶん様がわりしてました。良くはなっていなかった。

寂しくなってました。お店の前でかわいい首輪を付けてもらった猫たちが遊んでました。

DSCF2211

今、道の駅の花き部では、この秋にラベンダーの苗をみんなで栽培しようと準備をすすめています。

たくさん植えて苗をつくって販売するのもよし、咲いた花や香りのよい茎を利用してクラフトの試作を

するのもよし。お客様に喜んで頂ける商品を作るためには生産者も工夫と勉強。ということで

ハーブが栽培されているお店へ。商品作りのヒントをもらいます。

DSCF2232

DSCF2213

DSCF2215

天井からつるされたドライフラワー。乾燥も色も素晴らしい!紫陽花と紅花。

DSCF2224

DSCF2226

DSCF2229

息子に娘に嫁さんに婿さんに孫。ぞろぞろ連なっての旅でしたが、楽しかった。

亡くなった夫のお陰で、新たな家族イベントが始まりました。

一周忌から始めて毎年1回家族総出の旅を続ければ、また新たな心の交流が始まることでしょう。

明日は孫の運動会。昨年は夫の他界で参加できなかったので、今年は総出で応援です。

晴れますように・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全国こけし祭り

隣町の鳴子温泉で1年に1回「全国こけし祭り」が行われているらしいのですが、私は未だ行ったこと

ありません。どのくらい面白いのか、どれくらい混むのかも判らない。のですが、昨年行った黒田さんが

「面白い、面白い」というので、お餅の仕事を終えたら早めに孫連れで行ってみることにしました。

会場は鳴子温泉の街中というのではなくて、温泉街を通り過ぎてちょっと山の方に登った鳴子小学校の

体育館。臨時駐車場の校庭では、東京やその他からのおしゃれなこけしグッズを販売するテントが

並んでいました。

DSCF2180

こけしってあんまりよく見たことなかったけれど、こうして見ると品が良くてかわいいんだなあ、と思います。

まだ素敵なのがあったけど、撮影ご遠慮ください、ということだった。

小学校体育館内の会場。

素敵にお店が作られてました。

 

DSCF2195

全国の系統の違うこけし作りの土地から来られた工人さんたち。

木地を削る工法もその土地独自なんだろうか。非常に違っていて見飽きません。

足に注目。

身体を斜めに構えて両足で踏みながら削る工法。

DSCF2190

これはまた全然違う削り方でした。

DSCF2194

DSCF2193

申し合わせたわけでもないのに、この会場で本日お休み中のよっちゃん、みっちゃん夫妻と会い、海山

重要インストラクターのあやさんと会い、海山メンバー勢揃いに加えて、東北村の忍さんにまで出会えて

楽しい時間を過ごした後は、ついでに久しぶりの潟沼に寄ってみました。

 

クレー射撃場の駐車場が車でいっぱい。今の時期、射撃という遊びが流行っているんですかねえ。

クレー射撃というのがよくわからんけれど、どっち向いて撃つんだろう。山のほう?沼のほう?

まだ紅葉の色もない潟沼。少し濁ったコバルトブルーの水の色がとてもきれいです。

DSCF2196

DSCF2197

そうだ、休憩の椅子で横手のヤキソバを食べている時にご一緒した鳴子のお寺の和尚様が、「寺に

ものすごく大きな鯉やヤマメなどの魚がたくさんいるから見にいらっしゃい」と誘ってくださいました。

こけし祭りの時に行われる奉納相撲(東北の高校生の相撲だそうです)の役をなさっているとか。

お寺は教会に較べて入りにくいです。

と言ったら、そんなことない、そんなことない。相撲の前にはみんなに座禅を組んでもらう。座禅でも

お話でもいつでも来てくれていいからね。と言って行かれました。

思わぬ収穫。今度行ってみよー!

ヤキソバがお好きらしい和尚様は、横手ヤキソバの前には石巻ヤキソバを召し上がったそうで、

お店の人が笑ってました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小樽のさんま

DSCF2179

ショーエイさんの奥さん、たかちゃんが北海道で獲れたさんまを持ってきてくれました。

もう、そんな季節になったんだねえ、と感慨深い。

ショーエイさんは南三陸は志津川港の漁師さん。今は志津川は津波で流されてないので

ショーエイさんは遠く北海道でさんま船に乗ってる、ということです。

震災後2年経った去年からショーエイさんが船に乗ると、秋刀魚を頂けるようになりました。

たかちゃんから「お父さんに」という伝言なので、まずは夫の遺影の前に。

「そうか、そんな季節か」と喜ぶ夫の笑顔が見えるようです。

 

大震災の夏、沿岸部の方々が、2次避難場所である鳴子温泉から仮設住宅に入って行く時に

戻ろうか、ここに住もうかと迷うショーエイさんご夫婦は、まずはしばらくの間ということでしょうが

避難で住んだこの土地を選んで家を借り私たちの町の住民になってくれました。

あれから3年。お孫さんが生まれ、ショーエイさんはさんまが獲れる時期には北海道で船に乗り、

たかちゃんは家の周りにたくさん花を植えて、よっちゃんちの南蛮の栽培をし、重要な労働力として

農作業の手伝いをしてくれたりしています。

御礼の電話をした時に、「ショーエイさん、何時帰ってくるの?」と聞いたら、まだまだ。こっちにきてから

(さんまがこっちまでくる、ということ?)だから11月くらいかね」と。

 

ということは、さんまってヤツは北海道からずーっと下って宮城で獲れるようになるってことですか?

やっぱり私は海のことは何にもわからんのだな、と反省。と同時にもうちょっと海について、わかるように

なりたいもんだ、とも思います。

 

田んぼの稲が濃い黄色に色づいてきました。もうじきに稲刈りが始まります。

少ーし涼しくなって、道の駅のお客様も増えたのか、私が作るお餅が売れるようになってきました。

毎日お餅をついて、毎晩餡子を煮て、毎朝搗いたお餅を包丁で切って道の駅直売所に持って行って

ますが、暑い間のお餅の残ること残ること。でも今は残らなくなりました。

近頃以前とは違って、売り上げた額よりも、お客様がお餅を買ってくださることに、しみじみ有難いなあ

と思います。

50代の終わりまで、モノを買うのも移動するのも人の手のサービスまでお金で買う都会での消費者

専門だった私ですが、ここに住んで生まれて初めて生産者になって、10年お餅を作り続けてやっと

少しは生産者らしくなってきたのかなあ、と自分では思っているんですが・・・・。

 

 

 

 

 

 

秋田見聞

2年に一度の道の駅出荷組合の研修旅行。今年は秋田県の道の駅視察。泊まりは男鹿半島の

男鹿観光ホテル。行ったことがないのでよく解りませんが、男鹿半島はナマハゲがいるところらしい。

一行45名、7時半に出発して東北道を一路盛岡へ。盛岡から日本海側を目指して道の駅「雫石あねっこ」

向かいます。ここはまだ岩手県。

「あねっこ」では、運営に携わる会社の方と出荷組合長のお話をうかがいました。東関東大震災で客数が

激減した大打撃に加えて、昨年の大雨土砂崩れの傷跡も生々しく、生産者の苦労お同じ、がんばっていきまっしょい、という意気込みも同じ。

同じ道の駅の生産者として、これからも自然災害に見舞われない平穏と商売の繁盛を祈るばかりです。

いくつかの道の駅の見聞を重ね、男鹿観光ホテルに到着。

ホテル6階の窓から見た男鹿半島の海に向かって広がる広大な樹海。これにはびっくり!こんな大きな
深い樹海を見るのは富士山麓の樹海以来です。

DSCF2122

ちなみにホテルの地下にあるお風呂は樹海。風呂に入れば樹海を見られるのかと期待しましたが、真っ暗で何も見えず。8階にあるお風呂は眺望が素晴らしい!とは入った人の話です。

 

夜は8時半に宴会を切り上げてナマハゲさんの太鼓ショー。ド迫力でした。

ナマハゲさんの後はホテル内で2次会。カラオケで唄って唄って唄って、終わったらラーメン屋に繰り出して
終了。ということだったようですが、私は途中で失礼したので終了時については不明。

道の駅オープンしてから13年。すっかり頭が白くなった生産者の方たちは楽しそうでした。

2日目の初っ端は男鹿半島、入道崎。

広い広い広い広い草原の先には広い広い広い広い海があたかも「地球は丸いんだよ」というようにまーるく広がっています。

DSCF2130

DSCF2134

お土産屋の前で睨みをきかすナマハゲさん。

包丁持ってこれは怖いわ!

DSCF2144

南の風と北の風がぶつかっていつも冷たい風が吹くので「名づけられました」という寒風山。

展望台は台のほうが回って四方を見下ろせるようになっています。

海も干拓で5分の一残された八郎潟も一望の下。

DSCF2146

 

1日の行程表の中には「国家石油備蓄基地」という馴染まない文字が・・・。「これは何?何でこんなところを
見るの?」と訝しんでいるうちに到着してしまいました。

ここは北海道備蓄基地に次ぐ日本で2番目に大きな日本の石油の備蓄基地なのだそうです。

見かける人の全員の頭にはヘルメット。もしや・・・、と思っているうちに全員ヘルメット着用の指示が出て、
生産者一同青いヘルメットを被り、バスで基地内を回ります。

DSCF2160

地上タンクと地下タンクがありますが、基地内はきちんと整備されて実にきれい。とにかく火災事故が起こらぬように、念には念を入れて更に念を入れて、二重にも三重にも備えがなされているのが解りました。

DSCF2174

地下石油備蓄タンクの清掃が行われているのを見学。石油が空になって沈んだ蓋の上で作業中の作業員がアリのように小さく見えます。

DSCF2163

DSCF2173

はい、ここで時間切れ。

毎日の暮らしの中でこれだけ石油を使っていても、備蓄がどうなっているかなんて想像したこともなかったのですが、ここで仕事をする人たちに石油は護られているのだと知りました。

 

日頃生産物を直売所に運ぶだけの日々で、時間が違えば生産者同士、顔を合わせることも少ないのですが、こうして旅に出れば、これまで話をしたことがない人と同室でお布団を並べて話し込んだりして、また
新たな付き合いも生まれます。

楽しい2日間でした。

また2年後、みんな元気でしっかり働いて研修に出かけられますように・・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

当別町見聞

仙台藩支藩岩出山藩主従が明治維新後に入植し、開拓した当別町をロイズ社のO次長に案内して

頂きました。

どこもここも北海道特有の大変にだだっ広い空間。どこまでも続く真っ直ぐな広い道を、どこをどう通って

行ったのか分かりませんが、、到着した伊達家ゆかりの神社や伊達家別邸がある辺りの町の佇まいは、

道が狭く、なんとなく岩出山に似た佇まい。

DSCF2109

岩出山藩伊達家10代当主伊達邦直公が奥方と共にたくさんのお客を迎えた邸ですが、急な階段を上った

2階には邦直公と奥方が家来から開拓の進捗の報告を受ける等身大のお人形がありました。

がっしりしとした板作りではあるけれど、こんなところで寒かっただろうなあ、と当時の苦労が偲ばれて、

胸に沁みます。

DSCF2112

邦直公が祀られた当別神社。

DSCF2116

当別駅傍にある昔のレンガ倉庫を利用して作られた「ふれあい倉庫」生産物直売所。

ここでは姉妹都市岩出山の産物も地元生産物に混じって置いていただいています。

棚で私たち生産者の仲間である梅農場の梅干しを見つけました。近々よっちゃんなんばんも

当別の町の方々に味わって頂けることになると思います。

DSCF2106

北海道に来た感想。

でっかかった! 広かった! チョコレートワールドも工場の会社も大きかった!

とうもろこしのお茶や一束300円もする生で食べるアスパラガス、ぜーんぶコーラの自販機、いろんな

カレー屋さん!ものすごい量の玉ねぎ畑。その他その他・・・。

今回はこれで帰りますがまた来たい北海道でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

石狩川

石狩川

DSCF2100

ひまわり。

DSCF2098

昔、若い頃、本庄睦男の『石狩川』という本を読みました。今は絶版になってもうないけど、角川か岩波かの

文庫本だったと思います。内容は、明治元年、戊辰戦争に敗れた仙台藩の支藩の殿様と家臣が生き延び

る道を蝦夷地に求めて石狩川に沿う当別開拓に赴く、とい地味な小説ですが、何に感動したのか私は

この小説に感銘を受けて長く記憶に残りました。

 

50代の終わりに田舎暮らしを志して縁もゆかりもない大崎市岩出山(その頃は玉造郡)に移住してきました。

町の観光名所である伊達家の学問所、有備館に初めて行った時、学問所の壁にかけられた当別開拓の

版画を見て、「ここがあの石狩川の出立の地であったのか」と大変驚きました。町では知らない人も多い

ようだけど、私は「ここの先祖の人たちは凄いんだ」とずーっと思ってました。

現在、岩出山と当別は伊達繋がりで姉妹都市です。そのご縁で私たちの道の駅には、北海道当別にある

チョコレートメーカーROYCE’コンフェクトの販売コーナーがあります。ロイズチョコレートは北海道以外では

売られている場所が少ないので、たくさんのお客様がロイズチョコレートを買いに来られます。

 

東北大震災が起こって間もなく、ロイズは多量のチョコレートを沿岸で被災した方たちのためにと北海道から運んできてくれました。

そのチョコレートを沿岸部に届けに行った道の駅社員そしてよっちゃんたち出荷組合役員は、被害の状況

に衝撃を受け、チョコレートは配れるような状況ではなかったのですが、そこから何ができるのか。何を

したらいいのか・・・。と考え妄想し、新聞バッグを作って仕事にする海山ネットワークが生まれました。

いわばロイズチョコレートは海山ネットの産みの親。

そんなことを思っているところに、小さな出来事がいくつか重なってその結果、海山はロイズ社から新聞バッグの注文を頂けることになりました。

まだ何もわからない雲を掴むような話なので、この度、いろんなことを知るために当別のロイズ社ふと美

工場にお邪魔することになったのです。

 

と、なんと、ロイズ社の工場は、あの『石狩川』の著者、本庄睦男の生誕の地に建っているのでした。

DSCF2081

DSCF2080

ご案内いただいたO次長のお話では『石狩川』の文学碑もあるとのこと。

DSCF2088

DSCF2085

こんなところで、大昔に読んだ小説『石狩川』と本庄睦男とめぐり合おうとは・・・。意外や意外です。

本庄睦男のお父上は佐賀藩からの入植者とのこと。またもや偶然に私も佐賀藩の下級武士の末裔。

佐賀の乱で命を断たれた係累の子孫である私は、歴史が違っていたならば、私とて当別生まれであったかもしれない、と不思議な感慨を持ちました。

石狩川、スウェーデンヒルズを見せて頂いた後は、岩出山藩主従が不屈の魂と精神的団結で切り拓いた

当別の町に案内をしていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行ってきました、北海道!

ほんとにほんとに不思議なご縁で、何かに導かれるように北海道に行ってきました。

目指すは北海道、当別町にある㈱ロイズコンフェクトふと美工場。

私が住む町岩出山町と北海道、当別町は姉妹都市であり、私が毎日出荷する道の駅には、世界に

店舗を展開するロイズチョコレートを販売するコーナーがあります。

この度ご縁ができて、ROYCE’チョコレート×海山新聞バッグの物語が始まることになり、よっちゃんにとっては初めて、みっちゃんにとっては20年ぶり、私は7年ぶりで北海道に足を踏み入れることになりました。

今北海道は一番いい季節です。暑くもなく寒くもなく玉ねぎ、じゃがいも、とうもろこし、野菜、メロン、収穫物もいっぱい。よっちゃんは蟹を食べて、じゃがいもを買って帰る、と張り切ってます。

さて、快晴の千歳空港に降り立ってびっくり!

右見てもROYCE’、左見てもROYCE’、ROICE’の看板だらけ。駐機中の飛行機のボーディングブリッジの横っ腹にもROYCE’。北海道ではロイズは超有名な会社なんだと理解しました。

ふと美工場に向かう前、空港内のロイズ直営店にお邪魔してみました。

と、ここは、このチョコレート売り場は想像を絶するチョコレートワールド!

超かわいくてポップでこんなチョコレート屋さん見たことありません。

DSCF2067

DSCF2068
よっちゃん、みっちゃん、私は、スゲー!、凄ーい!!、すげー!!!の連発。
30回くらい言ったかもしれない。

チョコレートの原料、カカオの木。

DSCF2071

このカカオの木の実をどんなふうに使って、どんな歴史があって、今の甘ーい、食べればニッコリ笑顔になるチョコレートになったのか。チョコレートの嫌いな人ってあまりいませんからね。

最初はカカオの実をすりつぶした液体でした。おいしいものではなかった。それから・・・それから・・・?
チョコレートに関するミニ博物館のようにチョコレートにまつわる品々、そしてその歴史が展示されてます。

DSCF2072

DSCF2073

DSCF2074

向かいのショウウインドウの中では機械がぐるぐる回って、チョコレートを作る工程が見られるようになってます。

DSCF2075

 

チョコレートワールドを堪能した後、ロイズ本社とふと美工場へ向かいます。

DSCF2092

石狩川に沿った田園に中に建つROYCE’ふと美工場。

DSCF2094

これからこのご縁を大切にしていいお仕事をしてゆきたい、と思っています。

 

夜は札幌市内で席を設けていただいての会食。

社長、取締役、次長のお三方には大変よくして頂いて、よっちゃん、みっちゃん、と私、ビール、ワイン、お酒をせっせと飲んで思いのたけをお話させて頂きました。

会社で用意して頂いた代行車で宿泊先のホテルに向かう途上での運転手さんの話、

「ロイズの社員で会社の悪口を言う人はいないですよ。みんな良い会社に入ってよかった、と言います」

 

凄い、凄いばかり言っていた1日目は終わりました。

明日は当別の歴史を探ります。

 

 

 

 

 

 

 

追悼 米倉斉加年氏の死を悼む

直接には全然存じ上げない。一度お電話をして奥様とお話したことはあります。

亡くなった母の幼馴染がその頃の大河か朝ドラか、同じドラマに出演されていたので、幼馴染の住所と

電話番号を聞くためにお電話をしたのでした。

それよりも米倉氏は、私が12歳の時からずーっと仲良しの友だちのご主人の大学時代の大切な

お友だちでした。その友人のだんな様がガンで亡くなってから後、米倉さんと奥様から折りに触れては

よくして頂いている、と友人から聞いてました。

春に福岡に戻った時に、「米倉さんがご病気なんだ」と聞いて、私も夫を亡くして間がないので、ああ、

また一人と気落ちしました。

あまりテレビドラマなどにはお出にならないようにお見受けしていたのですが、今年になってあるドラマ

のヒロインの祖父役でおみかけしました。お顔もやつれていないし、体格もしっかりと見えたので、ああ、

大丈夫なんだ、と嬉しく思っていたのが、今日の突然の訃報。

さっき友人に電話をしてみたら「病気ではなく大動脈瘤の破裂なんだって」と。友人の落胆を思うと、私も

胸が痛みます。

 

福岡出身で、素晴らしい俳優であり、格調高い絵を描かれる方でした。

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

 

 

明大付属中野中学校、高校のみなさんと・・・。

22日

明大付属中野中学、高校の生徒のみなさんに新聞バッグを作ってもらう日。
と一口に言ってしまえば簡単だけど、みなさんが今日を迎えるまでには、長い日数と先生がたやJTBの
Mさんの思いのこもった手数や気持ちがかかっています。

今回東北に来てくれたみなさんは応募してくれた中学3年生15人と高校1年生15人だそうです。そのスケジュールを見て驚きました。着いた日から南三陸に入って全部流された志津川の町を徒歩で歩き、さんさん商店街を視察し、震災を受けた人の話を聞くというハードなもの。ホテルに入ってからも、グループディスカッション、振り返り、と寝るまで全てが勉強みたいなもので、驚きました。

新聞バッグ作りの当日の午前中は、南三陸戸倉での船に乗っての養殖体験、それから2時間近くかけて
山側に来て新聞バッグ体験というのですから、疲れて眠くなるよねー。ということで、私たちはできるだけ
楽しく新聞バッグを作らなくっちゃ、と考えてます。

よっちゃん農場のインターン生3人は、今日は午前中はトマト農家での研修。ということなので、午後は
新聞バッグ作りのお手伝い要員かたがた新聞バッグを一緒に作ってもらいます。

新聞バッグ作りに必要な道具や新聞紙、資料などは、黒田さんが万端整えてくれました。

会場は、思い出深い鳴子公民館。

私たちが、新聞バッグを作ろうと思い立って、四万十から来てくださった畦地社長、黒田さんに初めて
新聞バッグ講習の作り方の講習を受けたところです。9時から5時まで1日かけて大、中、小のバッグの
作り方を必死の思いで教わったけれど、覚えられなかった。あれから3年、もう5万枚くらいの新聞バッグ
を折ってきているのだから、1枚1枚の積み重ねというのはバカにならないです。

午後1時から体験講習始まりのはずが40分遅れて到着。
新聞バッグつくりの前にはよっちゃんが1時間お話をします。
海山の始まりから目標、これからのこと等々。

なぜか黒板に日本地図を描くよっちゃん。アメリカ大陸まで入ってます。
DSCF2031
これまでの講習で1時間のお話というのはなかったのですが、この大切な1時間、よっちゃんは立派に
役目を果たしてくれました。お話が終わって先生から
「高橋さん、お話が上手ですねえ」とお褒めの言葉を頂いたし、私もこれまでで最高のお話だったと
思いました。

黒田さんがメインインストラクターを務め、あやさん、よっちゃん、奥さんのみっちゃん、私のアシスタントで
新聞バッグ制作開始。今回は時間を充分頂いているので、みんな上手に折り進むことができました。

DSCF2037

今夜は鳴子泊まり。そしてまた明日22日は道の駅で再会です。

体験講習が終わった後は、名物カレーライスを食べに全員で道の駅に移動。が、残念、時間が遅すぎて
カレーはなくなっていました。仕方がないのであるもの食べ放題、アイスを食べケーキを食べして終了。

 

23日は朝9時前、道の駅に集合。

社長にお願いして、大震災当時の道の駅のお話などをしていただくことになりました。もう忘れてしまった
けれど、道の駅では311当日から1日も休まず営業し、海のほうから逃げてきた方たちに1日500食の
炊き出しをずいぶん長い間続けていたように覚えています。ガソリンがないので、道の駅にあるディーゼル車1台を循環させて社員や野菜を運びましたが、我が家はその中継地点でした。

「日本一売り上げが多い道の駅を目指すのではなく、日本一お客様に来てもらえる道の駅を目指したい」
とは社長のお話ですが、いいこと言うなあ、と感動。

昨夜ホテルに入ってから、みなさんで書いたという感想文と中学生代表、高校生代表からお礼をお手紙
を頂きました。みなさん、ありがとう。
道の駅の駐車場で大きく手を振りながらお別れです。「また来てね!」と心から思います。

インターンさんたち3名&よっちゃん夫婦が岩出山ハムに視察に行くというので同行させてもらいました。
ハム屋さんは知っているけれど、中を見るのは初めてです。
大変よく売れてるハムで炭火で焼くスペアリブがおいしい。

ご主人のお話によれば、元々は完全なお米を作る農家で(それでお宅が田んぼのど真ん中にあるのだと 納得。以前から変わったところにあるな、と不思議に思っていました)、46歳でハム屋さんに転職されたそうです。何時も思うのですが、ものを作る人の話は実に面白くて興味がつきません。

インターンさんたち3名はこれから石巻に向かい、その後帰京するとのこと。
ほんとに泊まってもらってよかった。イスラエルのノアさんも、マイちゃんもツカちゃんも会えてよかった。

こうして海山は次から次へと新しい人とご縁が繋がってゆきます。
楽しい4日間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くるみちゃん畑とバーベキュー

日々はこうして過ぎていきます。速いこと速いこと!

20日

お餅作りを手伝ってくれるというので、ノアさんも早朝に起床。日本名はお持ちなのだけれど、イスラエル人のお医者さまと結婚され、ユダヤ教徒になられてお名前がノアさんと呼ばれるようになったそう。

 

20年も勤めた大使館を辞めて、日本に戻って2年間、食糧学院に入って栄養士になるための勉強を
なさるなんて凄いねえ! 簡単にはできないことだと思います。当地にインターンで来られても、よっちゃんちのとうがらし、豆、うちのお餅に米、何にでも興味を持って実に意欲的。黒田さんちに宿泊の若い二人も
含めて、こういう若い人が、日本の食糧庫と言われる東北の農業に目を向けて、なぜ農業が衰退
するのか等々、現場を見て体験して感じて考えてくれたらほんと、心強いです。

 

今日はよっちゃん農場で納豆用大豆くるみちゃん畑で作業とのこと。天気は快晴、カンカン照り。
昼過ぎ、他の用事も合わせて、黒田さんと孫と一緒にクルミちゃん圃場まで出かけてみました。
家周りにはクルミちゃん畑らしきものはないので、遠くにあるんだろう、とは思っていたけど、この畑の
環境は凄かった。

 

うちの畑も他所のことは言えないくらい森に囲まれているけれど、よっちゃん農場クルミちゃん畑はさらに
奥。どうみても熊、狸、カモシカ、ハクビシンなどの動物の遊び場という感じ。
この暑さの中で3人は大豆の葉っぱに埋もれて作業中でした。

DSCF2022

よっちゃんの腰にぶら下げた熊除けの鈴。

DSCF2023

こんな可愛らしい鈴じゃ間に合わないと思うんだけどなあ。

ラジオ鳴らさなきゃ危ないよ。

 

晩御飯は黒田さんちで焼肉パーティ開催。
家で大急ぎで明日のお餅の仕込みを終わらせ、孫と一緒に参加。

家の中。ワイン、ビール、野菜にお肉に玉子、焼けるものは何でも焼いて盛り上がってます。

DSCF2026

家の外。
男一人のよっちゃんは、蚊を除けながら焼き焼き係りに専念。

DSCF2028

 

明日は明大付属中野中学校、高等学校生が、東北研修旅行の新聞バッグ講座に来てくれる日。
よっちゃんが生徒さんたちに海山ネットの話をすることになっています。
どんな話をしてくれるのか楽しみ。

今日も充実した1日が終わりました。楽しかった!