春らしい1日

新聞バッグとお餅仕事と道の駅その他の会議が続いて、流石にちょっと疲れ気味。

おまけに痩せ細ったチビがいるので、日中も夜中もなんとなく気が抜けずに過ぎていく日々ですが、今日は

今年になってほんとうに春らしい暖かい一日でした。

もう時期遅れで採り時とは言えないのだけれど、孫が「土筆」を採るというのでお付き合い。

DSCF0226

DSCF0228

福岡生まれ、福岡育ちの私は子供の頃から土筆だいすき。子供の頃に住んでいた家の前の九州大学構内の

草っ原で、できるだけ長ーい土筆を摘んで袴をとって卵とじにして食べてました。

ここ東北の人が食べる山菜の中に土筆は含まれません。あんなに美味しいものどうして食べないんだろうと

卵とじに煮付けた土筆を近所の知人に食べてもらおうとしたら、「そんなもの食べないでも食べるものはたくさんある」

と断られました。絶対に食べない。味見もしてくれない。なんでだろう。

まあ、私も東北の人たちが時期を待って「うまい!」と食べる「あいこ」だとか「しどけ」だとか草との区別がつかない

山菜は15年住んだ今でも食べたことがない。食べたい気持ちにならないので、やっぱり同じなんだねえ。

なんかあくが強い気がするのです。

 

まったく寒くないので、3本鍬を持って草とりかたがた蓬を摘もうと玄関脇の斜面に降りると、何時の間にこんなに

増えたのか、わらび林みたい。放射能値の問題で現在大崎の野生わらびは販売が規制されています。

DSCF0227

70歳を過ぎた私が食べたところで何の問題もないのだけれど、うーーん、採りたくもないので採りません。

こないだ由美さんが「しいたけがいっぱい出てる」

けど、うーーん、やっぱり食べない、と言っていたのと同じ。

 

この山間の別荘地に住んで15年。夫が亡くなり私も年を重ねて冬の雪と夏の草との闘いが辛くなってきました。

昨年頃から、山間を出て少し町場にすもうかなあ、と気持ちが動きかけています。

でもこうして春になると、とたんに山が楽しくなる。

誰が植えたか、多分私自身が植えたんだろうけれど、忘れているうちに満開に咲いた枝垂れ桃の花

きれいです!!

DSCF0229

 

 

 

 

 

 

うるし小屋

植物療法士の長澤京子さんに誘って頂いて、鳴子温泉の先、中山平にあるうるし小屋で昼食を頂くことになりました。

漆小屋というと、うるしを使ったというか塗った容器などが展示されているところ、という認識はあったけど、食事が

頂けるとは今まで聞いたことがない。

なんだか自信がないまま久方ぶりに中山平の漆小屋を目指しました。うるし小屋って、国道からだいぶ入った

山間にあります。たぶん冬は屋根を越すくらいの積雪があるところだと思うけど、見晴るかす野や田畑は雪が

溶けて春の装いでした。そしてまたたぶんここは湧水が豊富なところで、岩出山に越して来たばかりの頃、湧水に

惹かれて林の水辺リを歩いたことがあります。それときれいな水があるという理由からか源氏ボタルがとても多く

生息するところで、初めて蛍見物に来た時には森全体がイルミネーションかクリスマスツリーのように光るのを

見てほんとに驚いた! ただ殆ど宣伝されていないので、夜は真っ暗で蛍の光は明るいけれど、足元は全く

見えず蛍見物の場所としては有名ではありません。

わかるかなあ、と不安だったけど着いた! 久しぶりに見るうるし小屋。ここのご主人がうるしを採ってうるし塗り

をなさってます。かなり有名。

DSCF0220

まもなく長澤さん一行の到着して、特別に予約した昼食を頂けることになりました。

これがまあきれいなこと。

DSCF0221

漆の器に盛られた山菜料理。山菜は一山超えればすぐの山形からのものだそう。

ここはまだ山菜は出てないのと、採れるもの採れないものがあるので、現地調達ではありません。

久しぶりにゆっくりした山のお食事でした。長澤さんと生徒さん一行はこれから山形に入られ、明日は薬草料理の

講習をなさって滋賀県に戻られるとのこと。楽しい時間でした。

 

 

食も水も断って2週間ほどにもなる我が家の愛犬チビ。

DSCF0223

これまでダックフンドのナナ、黒ラブラドールのセツ、1歳半年下の黒ラブラドールの春、と我が家の犬家族は

みんな14、15歳と長生きしてくれたけれど、その最後は病気にかかって病院のお世話になりました。

でもこのチビだけが、生きている命を自然に終えるという姿を私に見せてくれています。

生を終える前の猫が姿を隠すという話はよく聞きますが、隠れた後はこんなふうにして過ごすのかと・・・。

痛くもかゆくも苦しくもなさそうで深く深く眠り、用足しは外に出たそうなので日向の草の上に横たえます。

何よりこうして世話をさせてもらえることで、私は自分の心の安寧をチビからもらっている。

毎晩寝る前に「チビありがとう」と言って自室に入るのですが、チビは毎朝触ると片方だけの目をくるりと開けて

生きていてくれています。感謝です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打ち合わせふたつ

もじゃぐりバッグが終わってほっと一息休憩して、昨日、今日は新しくお知り合いになった方との打ち合わせ。

昨日19日は、仙台在住のこれから雑貨屋さんを始めようとするよっちゃんと同じ年齢の男性でした。

40歳を過ぎてどうしてそれまでの社会的にも重要な安定した仕事を辞めて、雑貨屋さんをやりたいのか。

その答えをうかがってみました。やっぱり人はやりたいことって、心の中にあるんだね。勇気を奮い起こして

やりたかった雑貨屋さんを開き、新聞バッグとも関わってくださろうとしているOさん。是非がんばってほしいです。

 

そして今日は先日一度お会いしたことがあるNPO経営体質改善サポート宮城の千恵子さん(絵本セラピ

スト)とよっちゃん同席でお会いしました。 5月の連休に浜松で開催される浜松祭りで新聞バッグ及び

よっちゃんなんばんをを販売してくださることになりその打ち合わせですが、千恵子さんは多方面に多彩に

活躍されている方なので、非常にお話が面白い。このご縁からまた新たな展開が始まりそうで楽しみです。

 

そしてまったく別の話。

一昨日、石巻沖で転覆した船が南三陸志津川港に曳航されてくる。船の所属は歌津漁協、というテレビのニュース

を見ていて、はッとしました。

もしやこの転覆した船の乗組員は新聞バッグを折っている海山メンバーと関係のある方ではないだろうか。

迷いながら電話をしてみるとやはりそうでした。

「もうダメだと思うよ」

現在捜索中の34歳、37歳の若い2人についての言葉を聞いて、改めて海の仕事の有り様と関連する方々の

覚悟に思いを深くしました。

打ち合わせの喫茶店から出てショッピングモール内を歩く途中、花屋で働くのんちゃんを見かけて声をかけました。

のんちゃんのお父さん、ショーエイさんは今は津波後で、海から離れて暮らしてますが南三陸の生え抜きの

漁師さん。昨年から秋刀魚船に乗ってます。 今回の海の事故でもう亡くなられた20歳の乗組員はのんちゃん

の知り合いだそう。

「危険な仕事だねえ」と言ったら、「うちのお父さん、生きてるのが不思議なくらいですよ」とのんちゃん。

また秋刀魚船の季節がきます。

強風や大雨、訳のわからぬ天候不順の昨今、海で働く方々のご無事を祈りたい。

海の手山の手でお仕事を始めて以来、 ほんとに海の事故が人事ではなくなってしまいました。

捜索中のお二人が早く見つかりますように・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大詰めそして終了!

4月17日。

昨日までの必死の検品を終えて、今日は袋入れ、箱詰め、発送までの作業。

発送作業は人数も多くなるので、常々事務所を使わせてもらっている近くの農協へ。

今日仕事が休みの黒田さんは9時前から、私は朝のお餅仕事、あやさんは玉子屋さんでの仕事を終えてから

作業に加わります。

遠距離にもめげず来てくれた石巻の織り屋のかのうさん、女川からS夫人、そして近所の折り手さんのOさん

も来てくれて心強いです。

でもやっぱり間に合うか、新聞バッグの数は足りるか、と胸がドキドキは変わりません。

DSCF0212

「大丈夫かなあ、足りるのかなあー」

「大丈夫じゃないですかねえ。ぎりぎり?」

「ひゃあー! 破れてる。あーーー、もったいない」

口も動き手も動き、合間にはパンつくりからケーキ作りの話まで、話題はつきません。

DSCF0216

これ、もじゃくりバッグといいます。 よそから頂いた新聞紙を揉んで揉んで布のように柔らかくして仕立てる

一手間も二手間もかかった新聞バッグです。東北新聞バッグプロジェクトで高知銀行さんのノベルティーとして

採用して頂いたのがこのバッグだったので、手間がかかることを承知のうえで、本年最後になる高知銀行さんの

お仕事をもじゃくりで締めくくることにしました。

が、やっぱり紙を揉むのは大変! 揉んでるうちに破れる、擦れてよれよれになる、ふわふわなので折りにくい、

などなど折る人の苦心がひとつひとつのバッグに表れていて、ダメでも使いたいという矛盾した心境に取り付かれて

なかなかこの検品は疲れます。

が、そうもいってられないので、いよいよ箱詰め作業開始。

DSCF0214

DSCF0219

そしてついに出来ました。今日のところは10箱。

この大きな海の手山の手の名前が入った大きなダンボール箱は、ダンボール会社のレンゴーさんが作って

くださった支援品です。 普通は使わずスーパーのダンボール箱で間に合わせて、これぞという時に使用します。

たくさん作っていただいたのですが、ずいぶん使いました。

黒田さん、あやさん、私の3台の車に乗せてヤマトへ。とうとう発送開始。残る4箱は明日詰めて発送作業完了

の予定です。

 

終わったところで、私は会議で道の駅へ。

家に戻ったのは9時。一人、黒田さんはまだ箱詰め作業中でした。ゆっくり確実に作業を進めるつもりだったんだけ

れど、結局はこういうギリギリ仕事になるのです。

明日で終了。 がんばりますよーー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

引き続き検品。

朝5時、起きてチビの様子を見に行きます。

大丈夫だった!

朝日が昇って暖かくなる頃、もう5日も飲まず食わずなのにやっぱり用足しは外に行きたいそうです。

チビを出すと、弾丸のようにシロがとんできます。チビは耳も聞こえず目も見えず、我関せずなのに、なんなんだろ。

そしてなんとなく近くでゴロゴロゴロゴロ。

DSCF0205

起きたついでに新聞バッグの検品開始。

その後お餅仕事を終わらせて道の駅へ。

道の駅では今日から新しく大きくなったチョコレートのロイズのお店がオープンしました。

正式なリニューアルオープンの日は18日、土曜日です。

 

道の駅からまっすぐ帰宅して新聞バッグ検品再開。

午後2時過ぎに仕事を終えたあやさん、その後仕事が終わった黒田さんが来てくれて、3人体制で

検品続行。

DSCF0206

DSCF0208

みんな一生懸命に作ってくれているんだけれど、それでも糊剥がれ、破れ、歪みなど見逃せない不完全品が

出てきます。

夕方からは黒田さん、道の駅出荷組合のミーティングへ。

私は美里町で行われるものづくりネットワークの2ヶ月に1度の会議へ。

9時半に戻って今度はお餅つき。いやあー、慌しいことで・・・。

 

明日は新聞バッグの本格的梱包、発送日。明日、明後日で、3年間3回に及んだ高知銀行さんのノベルティー

用新聞バッグの仕事が終わります。

忙しいより何より、企業で東北支援として新聞バッグを使っていただくという初めての試みを決断してくださった

高知銀行さんに心からの感謝をこめてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

1年に1度でいい。少量でいい。多くの企業に会社の紙袋の代わりに新聞バッグを使っていただくことができたら

なあ。それはほんとうに大きな東北への応援になる。

大震災後、4年間海の手の方たちと新聞バッグを作り続けてきた実感です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連日検品

4月17日、福岡県津屋崎のよっちゃん祭に向けて、4月20日、高知銀行さんの締め切りに向けて、新聞バッグ

検品の真っ最中。

まあ、一人暮らしだからいいっちゃいいけれど、私の家のリビングはすごいことになってきました。

座る場所もないほどダンボール箱の山、山、々。

南三陸から石巻から近所のメンバーから届くダンボール箱入りの新聞バッグを検品に次ぐ検品の毎日。

流石に疲れてきました。

手癖でゆがんだ新聞バッグを見続けているとあやさん曰く「酔いそうだ」

DSCF0194

4月15日の今日は、5時半まで検品をやって、その後道の駅出荷組合の花き部会ミーティングへ。

これからゴールデンウイーク。お客様で混雑する5月連休を、限られた空間の花売り場をどのように無駄なく活用

させて花や野菜の苗を販売するかを話し合います。

8時に終わって外に出るとざーざー降りの雨。昼間は晴れて暖かかったのに。

よっちゃん祭分は発送終了しました。高知に向けてはまだまだ明日も明後日も検品作業。

 

そんな私の横でチビが静かに音も立てずに寝ています。

DSCF0192

交通事故で片ほうの目をなくして以来ずーっと残った目はひとつで平気で生きてきました。

事故の後我が家にきたので年齢はいくつかわからないけど、うちのオトーサンの大事な愛犬でした。

 

さて、もうひと仕事、がんばります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨のほっかぶり市

DSCF0164

4月11日。

1年に一度、岩出山の梅の名所、佐藤農場で催されるほっかぶり市はあいにくの雨。

それでもこのところ気温が下がったおかげで、梅の花は散らずに見事に満開でした。

東北の人は遠慮深いのであまり宣伝されていませんが、この佐藤農場の梅の古木は7000本だか8000本だ

かあるそうで、満開の時期には梅の花のトンネルができます。私の故郷福岡の大宰府天満宮よりも、水戸の梅林

よりも、埼玉の権現堂堤の桜並木よりも見事だと思います。時折り農場で飼われている孔雀の声が響きます。

春と秋の2日続きのほっかぶり市には毎度参加する海の手山の手ネットワークですが、大敵の雨には負けて、

本日はお休み。

お休みといっても、勤務の都合で朝5時から仕事に出ている黒田さんも、お餅屋の私も、自分の仕事をしたり、

新聞バッグの検品したりで大忙し。特に海山の資料作りを引き受けてくれている黒田さんには、あれもこれもでご苦

労かけています。

 

雨の中、今日のほっかぶり市を目指して、石巻から石巻メンバーが作った新聞バッグを持ってきてくれた加納さんを

迎えに佐藤農場へ。雨でもほっかぶり市にお客さんは来てくれてました。

これは加納さんがお土産に持ってきてくれたご主人が焼いた天然酵母パン。酵母菌もご主人が作られたそう。

ご主人はパン屋さんではなく、元漁師さん。

DSCF0165

このパン甘いです。砂糖じゃなくて酵母の甘さ。大変よくできたおいしいパンです。

 

ちなみにパンを乗せた白い大皿は私の手作りで、50代の始め、田舎暮らしを志した頃、畠を借りて野菜作り

の練習とともに陶芸を始めました。田舎に行ったら何かになるかもしれないと4年ほど続けたけれど何の役にも

立たなかった。その時の名残りの重たい電動ろくろが、今も倉庫の中にどーんと居座っています。

その電動ろくろを今日加納さんと一緒に来られた女川のSさんが、女川で役に立つように使い道を考えて

くださることになりました。大きなものなので、どうしようかと思い悩んでいたけれど女川で使ってもらえるの

だったらとても嬉しい。

機織り屋の加納さんの織りの生徒さんであるSさんは私と同じ73歳。長い間お菓子を作ってこられた方で、今も仙台

で先生について菓子作りを学ばれているそうですが、なんと、私も教えてもらえることになりました。

これで、お菓子を作りたい、作りたいと言い続けていた私の願いが叶った!! よかった、嬉しいー!!

 

 

ほっかぶり市は雨で残念だったけど、そのおかげで私は自宅でSさんとの新しいご縁をいただきました。

明日日曜日は晴れの予報。佐藤農場の満開の梅とほっかぶり市をたくさんのお客様が楽しまれますように・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南三陸へ

4月9日。入学式の翌日は、お天気がいいので「間に合うか、間に合うか」と気になっているもじゃくり新聞バッグの

回収に南三陸に行くことにしました。

本当はその前に、3月の雪が降る日に木の切り株にぶつけた車の修理と、タイヤ替えをやりたいんだけど、なんせ

寒いので、このままタイヤ替えちゃっていいの? という気がしてやめました。

ごたごたやってたら遅くなって午後2時に出発。まっすぐ行けば1時間半で着く距離。が、眠くて眠くて危険状態に

なってきたので、途中の道の駅「もっこり」に寄って売り場視察。きれいな野菜がそろってます。種類が多い。うちの

道の駅より品数が多いです。負けてるね。おばあさんへのお土産に地産のいちごを買ってGO!

 

道中やたら見るのは水仙。植えた水仙、植えないで勝手に球根増やして咲いてる水仙。民家の庭も畠も田の畦も

川土手も白や黄色の水仙だらけ。佐沼の北上川支流の橋の下にはひと塊り、居残りの真っ白な白鳥の姿が見え

ました。

 

たっぷりの水をたたえた今日の北上川の美しいこと!北上川はほんとうに大きな大河です。紅色や白の梅は満開。

桜はちらほら咲いているとこいないとこ。木々の芽吹きはもう始まっていて、森や林はうっすらと萌黄色です。

今年はいつもの年より季節の動きが速い。でも温度は冬に戻ったように寒い!

 

そして南三陸志津川へ。このかさ上げした赤土色の山が連なる景色は、なんといおうか、感想の言葉が出ません。

海は見えなくなった。見えるのは一段ではなくて2段とか3段とかに積みあがった茶色の山。行列するダンプカー、

大型トラック、パワーシャベルや他の重機類。高い山の上にちらりと見え隠れする新しい住宅。これを復興が進んで

いるとかいないとか、理解不可能。 ただただすごいなあ、と思いつつ車を進めます。

 

途中休憩したので4時になってけい子さん宅に到着。わお!、しばらく来ない間に、向かいの造成地には数棟、新

築の住宅が立ち上がっていました。

けい子さん宅ではわかめの仕事が終わって、これからはメカブの収穫が始まるとのこと。いつもにこにこ穏やかな

おばあさんと娘のサオリちゃんと一緒につかの間のお茶っこタイムを楽しませて頂いた後、車にぎっしり新聞バッグ

を積み込んでもらってUターン。

今度は眠たくならずに6時半に大崎到着。

これから積んできた新聞バッグの検品作業に入ります。

 

今日見た志津川から歌津に向かう国道45号線の風景を見て思うこと。

すごくお金かかってると思う。これからも。でも一方で被災した東北各地の小中学校の建設は遅れている。

このままだと、仮設を出られないまま小学校、中学校を卒業する子供たちがたくさん出てくると思う。

グラウンドもないし、家に帰っても遊ぶ空間もない。みたいな状況は今も続いているんだけれども、そっちの

ほうは後回しなの?

何よりあのかさ上げの土地は何になるの?と土地の人に聞くと「解らない」と答えが返る不思議。

「町とかショッピングセンターができる土地じゃないの?」と聞くと「違うよ」と答えが返る不思議。

 

いや行く度にふしぎだなあ、と思います。

あのたくさんのダンプカー、トラック、パワーシャベルや重機類、工事の人たち。視界の全部がそればっかり、というと

ころを走っていると、なんか胸がざわざわしてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おめでとー!! 一年生

寒ーい! 関東地方では80年だか90年ぶりだかの雪ということで、今日娘の入学式を迎える息子から

「吹雪だ」とメールがきました。

今日4月8日は孫の小学校入学式。こっちは男の子で千葉にいる同じ年の女の子の孫も入学します。

梅は満開。桜はまだ。うちで満開に咲いているの桜と同じ仲間の小さいりんご、クラブアップルの花。

DSCF0155

朝のお餅仕事を大急ぎで片付けて、小学校へ向かいます。入学式に参列するのではなく、幼稚園の卒園のときと

同じく写真係り。

新1年生は9人。女の子が6人と男の子が3人。最初に男の子は一人だけ、と聞いた時には思わず一迫小への越境

を考えたけど、その後男の子の転入生が2人増えてめでたく3人に。

学校は家から車で5分。車が危険だからなのか、熊が出没するからなのかよくわからないけど、ここは車通学です。

幼稚園の時とは雰囲気が全然違う山を背にした学校。全校生徒で50人きれるくらいなので、高学年のお兄さん、

お姉さんがよく面倒みてくれるとのこと。

DSCF0153

ここで学ぶのは2年間。その後はこの町に五校ある小学校は統合されることが決まっています。

子供が急速に増える見込みはないものね。ここは9人でも隣の集落の小学校の1年生は3人。その向こうは5人

ということで、統合は免れない状況です。

お昼までの入学式が終わって、ランドセルを背負った孫が戻ってきました。

そして頂いたものをたくさん、見せてくれました。

何十年かぶりでみる小学校教科書の絵の美しさにびっくり!今の子供はこんなに素敵な教科書でお勉強

するんだ!進化したものですねえ。そして野球の楽天チームからは楽天の帽子。ディズニーランドからは

被災地の新一年生にディズニーの文房具。そして極めつけの記念品は、自治会からの熊よけベル。

DSCF0156

これ、冗談ではなくて大真面目なんです。

「去年は熊は15回出ました。みんなランドセルにこの熊よけベルをつけてください」と先生のお話があったそうです。

これまで遊んでばかりいたけど、ここからお勉強もしてもらわなくては。

 

翌朝、初めての登校。

学校に行くのが楽しそうーーー!!

DSCF0159

 

 

 

 

 

 

 

 

納品間近。

昨日は雨。今日はからりと晴れない曇り空。夜になって小雨。

気温が下がって寒い。

海山雑用部長よっちゃんは、インフルエンザB型の予後。

入れ替わって奥さんのみっちゃんが今日からインフルエンザBに突入。

ということで、大震災翌年から復興支援として大量の新聞バッグを注文してくださった高知銀行さんの3度目の

納入期日が迫り、なんとなく私の心は落ち着きません。というか「間に合うかなあ」「間に合わないんじゃないかな

あ」という不安が胸をよぎって、うん、やっぱり落ち着かない。

 

インフルエンザ中であっても、よっちゃんはパソコンで必要な連絡などはやってくれています。

新聞でバッグを作るんだもの。その数を折り手さんに頼めば、べつに難しいことはないでしょ?

落ち着きの悪い私にそう言ってくれる人もいるのだけれど、新聞バッグはできあがってきちんと見なければ糊貼りが

足りなかったり、逆に多すぎてくっついて剥がれなかったり、取っ手がでこぼこだったりと完成品にしては「うん?」と

いうようなのが数出てくるんです。その数が多量だったりすると致命傷になる。

南三陸、石巻、古川、その他で作ってもらった新聞バッグを集荷して、検品して、袋に詰め、シールを貼り、海山

ダンボール箱に詰めて発送するまでが全工程。

 

今回は時間切れになるかもしれない、という思いと、もうひとつ高知銀行さんのお仕事は最初に3年は続けますと

仰って頂いたとおり今回で3年目ということでこれが最後。その思いもあって第1回目の被災の翌年と同様、

四万十の折り手さんにも応援をお願いしました。

もともとこのプロジェクトは高知県四万十の元祖新聞バッグチーム、四万十ドラマの事業で、東北支援のために

企業ノベルティとして高知銀行さんに繋いでいただいたお仕事なのです。

 

1年目は四万十チームの応援も得て無事納入。しかしこの時は、新聞バッグ作りが本職ではない私たちは実に

苦しかった。でもそのお陰で力を抜くことを知り、目標は復興支援ではないことも分かってきました。そして2年目の

昨年は海山だけで無事納入。そして今年は最初の時よりだいぶ少ないけれど四万十の応援を得てたぶん無事納

品、ということになろうとは思うけれど、ほんとうにほんとうに有難いことだったと感謝しています。

数が多いので最初の年、まとまった金額の折り賃をみなさんに渡せるので感動したものです。まだお仕事がない

時期だったから。

海山ネットワークとしてなかなかお礼を申し上げる機会もないのですが、ありがとうございました。

高知銀行さま、四万十チームのみなさまに心から御礼を申し上げます。

 

そして時を同じくしてNPO津屋崎千軒の山口代表にも春のよっちゃん祭で(海山雑用部長よっちゃんとは関係ない

祭です)販売される新聞バッグを多量ご注文いただいています。こちらも3度目です。昨年は福岡の津屋崎に

お邪魔して楽しい時間を過ごすことができました。納期に遅れないようにしっかりした品物を作って納品したいと

思っています。

ハラハラしていても仕方がないので、さて、腹を据えてがんばります。

 

全然関係ない話だけれど、今日のニュースの菅官房長官と沖縄知事の会談について。

知事が指摘された何度も菅氏が発言する「粛々と」というあの言葉。私あの「粛々と進める」という言葉の使い方が

「なんと強引無礼な言葉の使い方か」と嫌いだった。日本の現政府はしょっちゅう言うじゃないですか。

太平洋戦争直前生まれで戦後育ちの私は、沖縄知事の仰ることの全てはよくわかる。納得できます。

そのうえに「粛々を言われれば言われるほほど心が離れる」と指摘をされたので、胸がすいた。

詩吟の「川中島」で「べんせいしゅくしゅくよるかわをわたる~~」というのがあるけれども、「粛々」というのは

ひっそりと静かなさまを言うんでしょう。相手は命をかけてモノを言っていても、ボクらにとってはそれは雑音と

同じ。動じず静かにコトを進めます、と言っているんだね。

知事の指摘に対してして菅氏、即「これから「粛々は使わない」というのは、お手軽というのか。普段から考えて

モノ言ってないのか、わざと言っているのか、なんなんだろうねー、と思いました。

 

べんせいしゅくしゅく~~よる~かわを~~わたる~~~・・。節まで思い出してきた!