毎年恒例

毎年直売所の表や裏の軒に巣を作るツバメの雛が、飛び立ち前の
大きさに育ってきました。

生産者用の建物の入り口のすぐ上、手が届きそうなところにも毎年
同じツバメなのか違うツバメなのか判らないけれども巣がかけられ、
もう大きくなった雛が4羽並んで大きな口を開けて親鳥を待っている
姿を、お客様が楽しんで見ています。

この時期、毎年恒例で起きるのが雛落下事件。
なんでこの時期になると落ちるのか、毎朝直売所に行く度に裏や表に
飛べない雛が落ちていないか気になります。

先日見かけた表の軒から落ちたらしい雛。
他の兄弟らしき子ツバメは高さは低いながらも縦横無尽に飛び回って
いるのに、1羽一回り小さく見えるこどもツバメがどんなに羽ばたいても
力が弱くて飛べない。もうちょっと! もう1回!、と自分がツバメになったように手に汗握る気持ちで見ているのだけれど、うしても浮き上がれ
ず地面に下りてしまうのです。

飛べない小ツバメから離れず、周りを飛び廻っている2羽の親ツバメが、
地面に下りたままの小ツバメに餌を与えるのを初めて見ました。
思わず手を出したくなるのだけれど、それは絶対やっちゃだめだと言われ
ているのでやりません。

でも気になる。毎日。

 

先日カッフェパーシモンに初めて来たお客さんは、千葉から隣町の
加美町に越してきて、自転車で周辺を探索中のあ・ら・フォーティの
女性。その日は、楽曲喫茶パーシモンを目指して来たとのことでした。

話しているうちにお客さんのリカさんは、パーシモンの壁に貼られた
「北の国から」のカレンダーに注目。
「なんで北の国からのカレンダーがあるんですか?」
と問われて、海の手山の手新聞バッグとここ数年間培ってきた富良野
との関係や富良野塾の話をしました。

するとリカさんから「私も富良野にいたのですよ。独身の頃に富良野で
働いてみませんか、という農業作業員募集の広告に応募してしばらく
富良野のメロン農場で働きました」と驚くような言葉が。

さらに「一緒に作業していた方が2人富良野塾に入ったのですよ。富良野
塾は2年間なので、その後どうなったのか

 

 

 

 

 

盛岡へ

毎日いろんなことが起こります。

昨日は道の駅出荷組合花部会研修の下見に盛岡まで遠征。
今年の花部会の春の研修は、盛岡の街中に飾られる花のハンギングバスケットを
観たいと思っています。

盛岡までは東北自動車道で約2時間。運転してくれるのは部会員の野田さん。
同行者は盛岡に詳しいチヨさん。

しかし、この数日ひと季節戻ったように肌寒くて、宮城よりもっと北の
岩手ではどのくらい寒いんだろう、とちょっと不安。お天気は梅雨入りしたに
しては良好。

盛岡では野田さんが前もってハンギングバスケットに関する情報をお願いしていた
盛岡の情報紙の元編集長、稲子さんが出迎えてくれました。

稲子さんのお話では、最初は毎年花で飾られるカナダのビクトリア州との姉妹
都市交流で始った盛岡のハンギングバスケットだが、今では町ごとに分れて
独自のハンギングバスケットを作っているのだそう。

ご紹介頂いたフキデチョウの通りのハンギングバスケットは、
お花は少し。バスケットが下がっている5月ー10月の間に蔓や葉が長く伸びる
種類を植え込み、バスケットは鉄製。11月にサンクスギヴィングのかぼちゃに
替え、かぼちゃが終ると雪の下でも美しく見える灯りに替える。替えるときには
通りの大人も子供も皆一緒に作業をし、終るとお鍋を食べたり、ソフトクリーム
を食べたり。この町独自のハンギングバスケットとの付き合い方だそうです。

お話を聞くだけで、バスケット作りや雪の中の灯りの情景が浮かぶようでした。

このフキデチョウの通りは静かだけれど、洗練されたぬくもりを感じます。
通所介護施設なのにお年よりも大人も子供も無料で本が読めるという、珍しい
図書文庫。

インドから直接買い付けられた紅茶のお店「しゅん」
偶然も偶然、紹介された紅茶のお店が、自分のお店の紅茶の親元さんだと
わかってびっくり、大慌てのチヨさん。
この「しゅん」のオーナーさんから、ふきでちょうのハンギングバスケットに
ついてのお話をうかがうことができました。

市街のハンギングバスケット。

橋の欄干の外にも、

町の中にも、

 

2時間近く市街を歩き廻って、だいたいの距離感を把握して終了。

 

帰りに前から興味があった紫波町の公民連携で作り上げた新しい町つくりの
モデル「オガールタウン」にちょっとだけ寄り道。

全国に例がない官民連携で町作りが始められたこの町で、最初に作られたのが
図書館。図書館の利用者に向けて、カフェや子育て支援センター、クリニック
に産直マルシェなどが配置され、全国から利用者がやってくるバレーボール体育館、
その利用者のための宿泊施設、と次々に設置されていった新しい町オガールは、
耳目をひきつける美しい町でした。

産直マルシェ、

花売り場。広くて羨ましい。

図書館とは思えない図書館外観、

書棚が白く天井が高い広々とした図書館は、蔵書にレベルが高く1週間ほど
INに宿泊して読破したい、と野田さん、大変気に行った様子。

この図書館では、以前に我が家の長男のお嫁さんと同じ浦安の図書館に
おられた司書のKさんにお会いすることができました。
お会いできてほんとうによかった。これも偶然の賜物。
まさかうちのお嫁さんと同じ図書館の職員だった方が、東北の図書館に
おられるなんて思ってもいないもの。

 

全ての視察を終えて、紫波から岩出山に直行。
帰ってそのまま、公民館での道の駅出荷組合理事懇談会に出席。
9時終了。
帰って餅搗き、というハードな1日、しかし充実した1日でした。

これからこの下見をどうスケジューリングするか、が課題。

稲子さん、しゅんさん、お世話になりました。

 

 

挑戦の日々

洋裁 なんてもうすることはない、と思っていたけれど、昨今の既製品に自分の体型が
会わないことが苦になる、あ・ら・セブンティ4人、思い立って自分たちで洋服を
作ることを決断しました。

洋裁を教えてくれるのは、石巻は渡波の加納さん。
本来は糸を紡ぎ、染め、機を織り、洋服まで仕立ててしまう織り屋さん。
モノ作りネットワークで知り合って、新聞バッグの製作や検品にも協力してもらって
大震災以来のお付き合いになります。

教えてくれるほうは、織物、仕立てのエキスパートだけれど、教わるほうは
若い頃には子供の服など作ったものの、もうミシン糸のかけ方さえきれいさっぱり忘れ
いるうえに、まずもって問題なのは全員揃って老眼で目が見えてない。

それでもみんなそれなりに嬉しくて会場の公民館の和室に10時集合。
先生曰く「簡単な作り方だから1日で出来上がるよー」。
ほんとかね。ほんとにそうならいいんだけれど・・・。
見えぬ目を見開き、昔の記憶を辿り辿り、ひと月に一度の挑戦が始りました。

広い和室の隅々まで散らかし放題で、型紙とり、裁断、ミシンにロックミシンまで
「先生、先生」と呼ばわりながら、全員一応の形が出来て大満足。
いやに順調。なんかどかーんと来るんじゃないかと案じていたら、やっぱり
中盤まできて、私の服は前身頃と後ろ身頃に長さが5センチも違ったまま切断!
信じられません。

3時ごろには止めようねえ、なんて甘いことを言っていたのが、気付けば夕方5時。
時間を忘れました。ウン十年ぶりの服作りは想像しなかったほど面白い。

今日の楽しさに気をよくして、次はウエストゴムのパンツだの、いつか襟付きだの
夢ばかりが膨らみます。

服を作るためには布を買ってみたり、糸を合わせてみたり、自分でもできそうな
型紙探したり。日頃は足を向けることもなかった手芸屋で、新たな楽しみを見つけました。

次は6月の同じ日、第3金曜日。
誰かやりたい人いる? と周囲の人たちに聞いたら一度に3本くらい手があがりました。
次はメンバーが増えて賑やかになりそうです。

 

昨日は午前中は眼科の予約日。
のつもりでお餅仕事を終えて慌てふためいて眼科にとんで行ったら、なんと予約は
来週だったというお粗末。まったく恥ずかしい!

お昼は休日の上條さんと待ち合わせて、新たに鳴子温泉でもと「さとのわ」の店主
みきさんがオープンしたカフェへ。
古い建物を利用してオープンしたカフェはクラシックな雰囲気で、みきさん手作りの
地域の野菜を利用したランチやお菓子が提供されています。

夕方涼しくなってから、野田さんの菊畑へ。
もう少々遅れぎみではあるけれど、とにかく菊を植えたらピンチして開花抑制調整剤
をかけるという一定の経緯を経験します。
野田菊試験場。リーダーは野田、helpはパーシモンの千代さん、上條さん、私。

おおお、細い1本立ちだった苗が、ずんぐりしっかり育ってました。

向こうの杉林の大きい3本の中ほどから熊出てきて帰っていくのだそう。
4人で薬剤をかけ、菊の周りで伸びかけている雑草をとって終了。

今年の秋か冬か、まだ時期は決まってませんが、新聞バッグコンクール東北開催の
打診がきています。

その第1回目の打ち合わせ。

以前高知県四万十で新聞バッグ事業の事務局を任じていた黒田さんが、過去の
資料を持ってきてくれました。
東北で、ここで、新聞バッグコンクールがやれるのか。
これから詰めていきます。

 

 

 

新聞バッグとポンちゃんと。

昨日、一昨日と雨模様で寒い。

初夏とは思えぬほど寒いので、着るものに非常に困る。

新聞バッグの注文で南三陸のけいこさん宅へ行ってきました。4月くらいから
ワカメ、昆布の仕事で忙しい時期に、新聞バッグ制作は頼みづらいのだけれど、
「いいよ」と軽く承知してもらえてほッ。

大震災から7年経っても、東京恵比寿のギャラリー「まぁる」のオーナー、木川
さんからは変わらず、「またお願いねえ」と注文してもらってます。
有難いことです。

大震災後の、ただお金が必要、ただで貰うのはいやなので、手の仕事で少しづつでも
収入をと始めた最初の役割とは、徐々に変わって、販売するのだからちょっとでも
クオリティが高いものを、という姿勢もちょっと変わって、今は第3段階。

これからどのように進んでいくのかこれから考えます。

新聞バッグはあ・ら・伊達な道の駅で販売中。月に1度店内レストランで、
新聞バッグ作りの講習もやってます。全然宣伝していないのでここでPRを・・。

 

ワカメ最盛期の頃は、浜の作業小屋に訪ねていたので会えなかったおばあさんにも
久しぶりに会えて、お互い「元気でよかった」と再会を喜び合い、帰りにはさんさん
商店街でお魚買って、大急ぎで高速走ってUターン。

4時には戻って畑に蓬刈りに行き、日暮れまで丈高く伸びた草を刈りまくってへとへと
の体力を立て直し、夜は蓬茹でてタケノコ茹でて終了。
疲れた!

 

 

翌日は朝のお餅の出荷後に、夜開催予定の野田、理君の誕生会及びパーシモン開店
2周年お祝いのためのお魚を買いに町内のスーパーへ。スーパーといってもとても
小さいお店で新しいお魚があるのが特徴。

ピッカピカの刺身用のでっかい鯛、鰹、平目の中からマスターが扱い易そうな特大
ソイとイカを買ってパーシモンに持ち帰ったところで、
「ポンちゃんがご飯食べなくて死にそうだ」との畑で作業中の花のYおじさんからの
電話で、畑に直行してポンちゃん連れて動物病院へ。

大震災後迷いネコになって別荘地の一番上にあるKさんちに現われた雄ネコポン
ちゃんはKさんの奥さんに可愛がられてのんびり暮らしていましたが、Kさんの
ご主人、奥様ともに病気になって引っ越されることになり、ポンちゃんは花のYおじさん
に預けられて暮らしておりました。見たとこひどく老齢。

獣医先生曰く、「あらあ、ずいぶんご高齢だねえ!」
大きい注射と小さい注射と3本も打ってもらって、帰ってきました。これでご飯が
食べられなかったら、もう諦める年齢だと・・・。

 

夜はパーシモンで小さなお祝い会。

野田さんが宇都宮で買ったたくさんの餃子と手巻き寿司と蝋燭3本だけ立てた小さな
ケーキで唄を歌って、お腹いっぱい食べてビールと焼酎のんでみんなご機嫌で
夜は更けていきました。

 

夜11時、Yおじさんから電話。
「ポンの輔君、おしっこしたよー。水のんだよー。」遅れて「ご飯食べたよー」

凄い! ポンちゃん、今回は生き延びた。

がんばれ、ポンちゃん!

 

 

 

 

 

 

商品を作る

4月20日頃から萌え出した新芽。
1ヶ月で我が家の窓の外は緑一色。冬の間は木々の間から見えていた下の道路は
緑に隠されてすっかり見えなくなりました。

長いゴールデンウイークが終ったら、母の日。

今年はこんな母の日カーネーションを子供から貰いました。

年々歳々、売っているものの形は変わっていくけれど、母の日カーネーションも
昔とはすっかり様相が変わって、このブーケ、冷たくふよふよしたお尻の辺りを
触ると、ゼリーかなにか使われているのかなあと、花屋の母はそんなことが気に
なります。勿論とても可愛らしいのですが。

右にあるのは私は野田さんと一緒にワークショップで作ったハーバリウム。
近頃流行りのハーバリウム。「植物標本」というのがハーバリウムの意味という
ことだけれど、このビンの中身は「植物標本」ではないね。

本当のハーバリウムはほんとうに植物がぎっしり入った標本みたいで魅了されました。
自分が作った花や野草や野菜で「植物標本」ができるなら、そんなハーバリウムを
作ってみたい。

標本ではなくてこのところ翻弄されているのがタケノコと蓬。

今年から裏山の竹林のタケノコを直売所で売り始めた花栽培のYおじさんの、売れ残り
だったり売らなかったしたタケノコを、竹林から運んできては、お餅用の餅米のとぎ汁
で茹でるのが日課になりました。

何するったって当てはないのでけれど、食べられるのを見捨てるのは勿体ないので
茹でては東京や富良野に送ったり、主食のようにタケノコを食べたりしつつ、この
タケノコを長期に保存するにはなどと頭をめぐらせます。

しかし今年はタケノコのあたり年なのか表年なのか、タケノコを茹でるようになって
みて初めて、タケノコってのはこんなに出るものなのかと・・・・。
採る人の重労働、タケノコを茹でて調理してビン詰め加工にしてと、毎日タケノコ仕事で
重労働に労働を重ねるよっちゃん農場、よっちゃん夫妻の疲労に思いを馳せたします。

そして蓬。

東北のこのあたりの蓬はとてもきれいです。
元からここに住んでいる人は当たり前のこととして気付かないだろうけれど、蓬をたまに
見かけるところといえば犬が散歩する小さな公園だったり、舗装されてない(滅多にない
けど)道っぱただったりの埃にまみれた都会の蓬と較べると、緑濃く清潔でとてもきれい。

土地の主以外には、熊や猪、狸に鹿くらいしか歩かないこの地の畑や野原の蓬は、採らない
のは勿体ないほどきれいで、野田さんと相談して採る作戦を開始しました。

私は採って茹でて潰して蓬のお餅に。
野田さんは現在研究中の温泉熱乾燥で蓬のお茶に。

大量に採って茹でて、温泉熱で2日。乾燥させると乾燥蓬のできあがり。
そのまま飲むのもよいけれど、蓬パウダーにして使い手をよくしよう、と乾燥蓬を粉々に
するミルにかけたら、もこもこふわふわ、と出てきたのは百草(モグサ)。
パウダー少量、ふわふわモグサは大量で、初めは何か判らずモグサ茶を飲んだりして最後に
落ち着いたのは蓬茶。モグサは精度を高くするとお灸用になるそうです。

みんなで協力して細かく揉んで袋に詰めて蓬茶ができあがりました。
この蓬のお茶は野田さんの東京マルシェでの商品。

東京でお客様に試飲してもらったら好評だったそう。

パン工房「蒼い虹」のパン職人じゅんこさんは、南三陸の新聞バッグ作りのエキスパート、
けいこさん宅(本業はワカメ養殖)のワカメを乾燥させて細いねじねじ、ワカメ入り
グリッシーニに。
そして新聞バッグ講師黒田さんは、庭の八重桜の花で、桜のお茶に。

桜茶は凄くいい香り。
もったいなくて飲めないわ!

この辺りの生活のなかにある資源を使う商品作りはこれからも続きます。
頭も体も使うけど、楽しい作業です。

 

 

 

 

 

いちばんいいのは笑っていること!

怒涛のゴールデンウイークが終わりました。

長かった!

あ・ら・伊達な道の駅出荷組合花卉部会では恒例の花市「オナゴスターズの
花マルシェ」を開催。
長い連休中の前半が4月29日と30日、後半が5月5日と6日で、道の駅直売所
の前にテントを立て、4人の部員が各自栽培した花を並べ、お客様と直接対応
して花を販売するという花市は、一昨年の秋から始めて今回で4回目です。

昨年の同時期に開催した花マルシェでは、花が咲いてなくて葉っぱしかない
苗を販売するのに苦労したので、全員前もってタネを蒔いて花が咲くように
準備をしました。その努力のおかげで今回は花の満艦飾。

加代子さんのメイン商品は直径40センチほどにも育った鉢植えペチュニアと
各種花苗。こうみさんのメインはレタスやキャベツ、などの野菜苗に手作り
布商品、ドライフラワーに目玉は採り立て「こごみ」。ちふみさんは釣り鉢
仕立ての新種ペチュニアに寄せ植え鉢もの、目玉は多肉植物、サボテン類。
私は春苗、ガーデニング素材の宿根苗やらなんやらかんやらの混合。

花の種類が多いのと、栽培説明つきなのと、すぐに値引きをしたりおまけを
つけちゃったりするのとで、なんとなく人が寄ってきて来客は絶えず。

なのですが、しかし歳をとるとどうしてこうも計算できなくなるのか不思議。
ボケているのではありません。余計なことはいくらでも言えるのだから。
私だけじゃなくて60代後半から70歳の母ちゃん兼ばあちゃんの4人全員、
お客様が立て込むとすぐに計算がわからなくなり、4人顔を見合わせるともっと
わからくなり笑ってばかり。
慣れない体面販売、お客さんを前にすると上がるみたいで。

笑ってばかりの現場はお客様にとっても楽しくみえるのかもしれません。

足りなくなった商品はご主人が補充で家から持って来て、家族総出の賑やかな
マルシェ前半はしっかりした売り上げを上げて終了しました。

中二日を開けて後半戦。
は厳しい天候状況から始りました。
花は同じように揃えたけれど、風が強い。気温が低い。雨っぽい。
気温が低いのも寒くて耐え難いけれど、強風に煽られるテントを抑えて
踏ん張った足、腰が痛い。と言う状況でしたが、相変わらず「お母さんたち、
口がうまいね」と言われながらも時間どおりの販売で商売繁盛。

最終日は2人が用事で来られず、4人分の商品を加代子さん、私の2人で売って
各々の金庫に代金を入れるという態勢。計算苦手の頭はそれなりに緊張します。
お天気は前日よりまし。最終日とあって客足が絶えません。
午後から、菊300本の摘心作業を終えた野田さんが助っ人に来てくれて大助かり。

話は脱線しますが、先日菊苗をとりに南三陸まで運転、運搬をしてくれた
野田君は、なりゆきで余剰の苗300本をクリちゃんの畑に植えることになりました。
もと東京のテレビマンの野田君。まさか人生の半ばで自分が菊の花栽培に手を
染めようとは想像もしなかったと思いますが、なんでもやってみなきゃわからん、
と果敢に挑戦しています。面白い!

最終日に参加できない二人の花苗を完売するために、時間延長してイベント終了。
この花マルシェは、今日の売り上げを伸ばすことが目的ではなく、5月の緑が
美しいこの時期に、道の駅直売所では、生産者が栽培した多種類の花々を直接
お話しながら販売する花市を継続して行いますよ、
と定着させるのが狙い。

計算できない、できないと言いながらも、笑って食べて売ってしゃべって楽しく
イベントを終了しました。笑いあって楽しければ成功とします。
しかし、このゴールデンウイークのお客様の多かったこと!
史上最高の売り上げ、人出だったようだけれど、イベント終って駐車場から出る
のに四苦八苦、嬉しい苦労ではありますが・・・・。

たくさん来ていただいたお客様、ありがとうございました。
夏、お盆には盆花の販売。秋には感謝祭で花マルシェ秋バージョンを行います。
ご来店をお待ちします!

 

 

 

 

 

 

 

お盆菊栽培講習会

あ・ら・伊達な道の駅花卉部会菊生産拡大プロジェクトの
菊苗配布と菊栽培講習会第2弾。

ということで、まずは今年の盆菊用苗を、彩穂、育苗をお願いしていた花農家さんに
受け取りに南三陸へ行くことになりました。
当日はあいにくの雨。

花農家さんに苗をお願いするのは昨年に続いて今年は2度目。
なんだけれども昨年はお互い不慣れで、苗を運び出すにも車に積むにもやたら
手間取ってしまったので、今年はそんなことのないように車2台、人員4名、鋏や
ビニールテープなど準備怠りなく整えて向かいました。

菊の花の色は赤白黄色の3色。花が咲いていれば区別がつくのだけれど、小苗では
花がないので全ては緑色の葉っぱ苗。
ちょっと油断をするとごちゃ混ぜになってどれがどれだか分からなくなってしまうのです。

1時間半かかって現場到着。
ありがたいことに今年はすぐに運び出せるように準備されてました。

少なく見えるけれど、これでほぼ4000本に近い菊の苗。赤ちゃん苗です。
この小さな苗が大きくなって1本の菊の花になります。

準備して頂いていたおかげで、手際よく積み込むことができました。

積み終えるとすぐにゆっくりする間もなく、道の駅にUターン。。

道の駅では畑の準備を終えた花卉部会員が苗の到着待っています。
途中の道の駅に寄って大急ぎの昼食をとり、雨の中を一路道の駅へ。

到着するとすぐに待ち構えていた花卉部会員のみんなが、わらわらわらと寄ってきて、
それぞれのやり方で手際よく、各自の希望の本数を獲得し、車に積んであっという間に
分配、苗代支払い終了しました。
孫の病気でとりに来れない部会員の苗を自宅まで持っていったら、夕方5時をまわって
本日の作業終了。けっこう疲れた!

 

そしてその翌日は、購入した花苗の栽培講習会。
宮城県農業普及センター花担当の水戸氏と石川氏に来てもらって指導を受けます。
机の上の勉強だけでは足りないので、現場での講習を含めて講習会は毎回花栽培農家の
加代子さんのお宅と圃場をお借りして行っています。

毎回花卉部員はみんな熱心で、今回集まった講習者は10数名。
少しづつ少しづつ菊の栽培者が増えていっているのが心強いです。

水戸氏が用意してくれた栽培スケジュールに沿って、植え付けや摘心、開花時期調節、
菊の病気や害虫、薬剤のことなど頭に詰め込みながらのお勉強。
日の長さに開花が影響を受けるという特殊な性格を持つ菊は、病気をし易い、そして
虫からも好かれるという栽培には手がかかる花なのです。

机のお勉強が終ったら、次にはハウスに入って実地のお勉強。

しかしまあ、ものすごい数の幼苗! と加代子さんのハウスに来る度に
思います。
この小さな豆粒ほどの苗を1本1本黒ポットに上げて、または畑に植え付けて、肥料
を与え消毒をして3ヶ月くらいかかってようやく花は開花にこぎつけます。

花がこんなふうにしてタネ蒔きから苗になって、1本立ちして切り花やポット苗に
なるのだとは、たぶん花を買う人は想像もしてないと思うけど、、、。

 

今回講習を受けた苗は5月初めには畑に植え付けられて、今回の講習とおりの
作業を経て、8月10日前には店頭に並ぶことになっています。予定では。
あくまで予定では・・・。
暑かったり寒かったり雨が降ったり風が吹いたり、さまざまな自然の影響を受けて、
赤白黄色が一斉に開花とはいかないのが悩ましいところなんだけれど、今年も
お盆をめざしてがんばります。

どうぞお盆にはあ・ら・伊達な道の駅でお盆の花をお買い求めください。

 

 

南三陸へ

東京からフリー刺繍家であり昭和女子大名誉教授でもある天野寛子先生がみえました。

先生は大震災以来深く関って来られた陸前高田(高田の松原刺繍プロジェクト)、そして
福島以外、南三陸などは見ていないということで、先生のご所望で南三陸と石巻にお連れ
することにしました。

なかなかハードな行程なので宿泊は、大震災時、ただ1軒だけ津波を耐え抜き、避難や
捜索に重要な役割を果たした志津川のホテル観洋に泊ることにしました。
震災後1年ほど、新聞バッグを置かせてもらって何度も通ったホテル観洋。食事はしたこと
あるけど、泊るのは初めてなので楽しみで黒田さんも誘いました。

何をするにもまずはお餅つきで、お餅仕事を終えたあと、一路南三陸へ。
天野先生が南三陸で一番にやりたいことは、志津川のさんさん商店街にあるNEWS STAND
カフェSATAKEを訪れること。
SATAKEはさんさん商店街の駐車場のどまん前、一番目立つところにあるカフェで、各種
新聞、南三陸グッズ、本や絵本、お土産などが置かれています。

元々は大正12年創業の米、塩、事務機などを扱う店舗だったのだけれど、津波で店舗流出後、
廃業した新聞販売店を引き継いでカフェのある新聞屋を始められたそうです。
そのことが紹介された新聞記事を読んだ先生は即刻ご自分の刺繍画集を送られたそうで、
突然贈られたSATAKEさんは驚かれでしょうが、今回は贈った先生との初対面。

SATAKEの後は本業はワカメ養殖、大震災後は新聞バッグをたくさん作ってくれてる
歌津のけいこさんのところへ。お宅ではなく家屋流出跡地に作られた作業小屋へ。

奥の家は流失しなかったけれど、誰も住んでいないそうです。
そしてなんと、津波後7年の桜が咲いてました。
けいこさんによれば「アメリカ人が植えたんだよ~」

桜の足元には石のプレートが。植樹した人の名前が彫り込まれています。
何度も来ていたけれど、こんなプレートがあるなんて気付かなかった。

こんな桜が4本ほど育っています。こういうプレートを見ると改めて、日本の
そして世界のたくさんの人たちに支えられて今日があるのだと実感します。

たまたま訪れた日はわかめ作業の最終日。
食べきれないほどのたくさんのワカメや昆布、茎ワカメなどを頂きました。

次は高台移転で気仙沼よりの新しい家に住んでいる、むっちゃん宅へ。
むっちゃんのご主人は漁師さんではなく、元は外国航路の船員さん、船を降りた
後は菊農家。鳴子温泉の避難先で知り合ってから私たちに菊栽培を教えてくれた
師匠です。

むっちゃんから懐かしい写真を見せてもらいました。

むっちゃんたちが避難していた中山平のラドン温泉は流失した縫製工場の
方々がいる旅館で、温泉の女将さんが用意してくれた布でみんなで手縫いで
作ったお揃いのエプロンと手提げを下げた記念の一枚。
厳しい状況であったにもかかわらず、皆さん、明るい日差しの中で明るい
表情です。

「女将さんは布をくれただけじゃなくて、みんな1人1人に針箱を用意して
くれたんだよ」
写真を見ながら口にしたむっちゃんの言葉に驚きました。
布をくださったのは知っていたけれど、一人一人に針箱を作ってくださるとは
なんと心温かい方かと女将さんに感服しました。

 

むっちゃん宅を辞した後はとっぷり日暮れた海沿いの道をホテル観洋へ。
町も道も作っている途中なので、実にわかりづらくてうっかりするとすぐに迷い
そうになります。

初めて泊るホテル観洋。
津波で3階までは水が入ったそうだけれど、実にきれいで大きなホテルです。
夕食のお世話をしてくださる従業員さんは大阪出身。大震災時ボランティアに
来てそのまま結婚して住み着かれたとのこと。そういう人はたぶんいくらもいる
だろうし、その気持ちがわかるような気がします。

卓上で炊く蛸釜飯を美味しく頂き、大海原を眼前に露天風呂に浸かり、初日終了。

目覚めると、海を背にしてウミネコが挨拶に来てくれました。

 

 

 

高知の旅

高知の旅の3日目

2日の夜はみんなで楽しく食べて呑んでお開きは午前さま。
お酒を呑んで日付けが変わるまで外にいるなんてことは普段はまずないこと
なんだけれど、今回の旅はほんとうに楽しくて深夜まで外で遊んでました。

3日目の予定は、ホテルの観光案内パンフで見つけたよもぎのお餅「いりもち」
を買いたくて、四万十川に負けない清流、仁淀川が流れる仁淀川町へ。
次に仁淀川に沿うお茶の名産地池川町に寄り、最終目的地本山町に行って大切な
用を済ませた後、再び海峡を越えて伊丹へ戻るという、かなり過激なスケジュール。

本山町までは佐藤先生、咲菜、彩音ちゃんも同行してくれることになりました。

野田さんの希望で最初に坂本家のお墓へ。坂本家ご一族の墓石はあるけれど、竜馬
さんのはないらしい。京都にあるのか。

桜の花びらが舞い散る小高い場所にある坂本家の墓所。
どの墓石の前にもお花が供えられてきれいに整えられていました。

近頃では四万十川とともに清流で名高い仁淀川。
仁淀川に沿う直売所でいりもちをGET。
いっぱいの蓬と小麦粉とあんこで作った蓬ホットケーキのような蓬焼饅頭?
昔からこの地方で食べられてきた伝統のおやつでしょう。

仁淀川の町中にかかる橋の欄干から川面を見下ろしてみると、水は水底が見える
ほど透き通っていて緑がかって蒼い。
この蒼さを仁淀ブルーと言うのだそう。

 

橋を渡って旧くからのお茶の名産地、池川町を散策。
ここの茶畑は家のすぐそば。家々の前や横や道路沿いに垣根のように茶畑が連なる
というかつてみたことのない茶畑風景。
生活密着型茶畑というのか、新芽摘みの時期はどんなふうになるんだろう、と
想像したくなります。

茶作り農家のお母さんたちが立ち上げた池川茶園工房カフェで川の流れを見ながら休憩。
カフェの名物はお茶を素材にしたスイーツ類。
茶畑プリンに茶畑パフェ、その他もろもろ。

甘いものを満喫したら、今度は川原に下りて水遊び。
ほんと、この辺り、遊ぶことには事欠きません。大学の教官である佐藤先生が
学生よりも早く一番に川に入るのがおかしい。まあ、入りたくなる川ではありますが。

 

最後の目的地は本山町。
ここでは、昨年の冬に富良野で富良野の皆さんと約束した富良野演劇工場、工場長の
太田さんの生誕記念の桜の木を探します。

太田さんは50歳。
50年前に植えられた桜の木を探しは、太田さんのお父様の元部下である清水さんご夫妻
が手伝ってくださることになっています。

しかしこの本山町、かつて新聞バッグで町おこしの舞台になって頂いた小さな山間の町
ですが、実に桜の木が多い。右を見ても左を見ても満開の桜、桜、桜・・・。
誕生を祝っての植樹の木になぜ桜が選ばれたのかと不思議に思っていたのだけれど、この
桜を見て初めて納得しました。この町で生まれたのなら桜だと。

清水さんは本当に温かい方で、初めて出会うどこの誰ともわからぬ私たちを四国の水がめ
と言われる早明浦ダムに案内してくださり、お昼ご飯までご馳走になり、その後も
この町出身の作家大原富枝文学館、その代表作「えんという女」の主人公えんの父親
野中兼山像まで見せていただくという、お礼の言葉もないほどのお心遣いを頂きました。

高さ106メートルの大きな大きな四国一のダム。橋の真ん中で本山町と土佐町に
分かれています。

そして太田さんの桜は、というと見つかりました。
初めに植えられた場所が遺跡になり、ほど近い小高い場所にある小さな公演の中に
移植されていました。
桜の木が多い静かで喉かな美しい公園です。
その中で太田さんの桜は、50年の歳月を経た大きさに成長していました。
こんなに美しい公園に自分の桜があるなんでほんとうに羨ましい。

持参してきた高橋よっちゃんが書いた新しい生誕の木札は、残念ながら公園内の
ため立てられないけれど、今日の記念写真を撮ったら太田さんに送ります。

 

全ての役目を果たして、佐藤先生、咲菜、彩音ちゃんたちと夏休みの再会を約束して
別れ、伊丹に戻ります。

高知再発見!
さらに行きたいところはたくさん。
ほんとうに楽しい高知の旅でした。
清水さんにも太田さんのお父様にもお世話になりました。
心よりお礼を申し上げます。

 

 

 

高知の旅

昨日もいいお天気だったけれど、今日も快晴。

高知の町は緑がきれいです。
街路樹などの公共の木々も、ホテルの建物周りの植え込み、同じくビル、商店、
個人の家々も玄関前や通路際に木や草花を植え、枝を切り葉を揃えてきれいに
手入れが行き届いています。
通りを歩くと緑が目に入って実に気持ちがいい。心が和みます。

でも車も路面電車も一緒に狭い道路を走る街の交通環境は、なかなかハードで
他所から来たドライバーにとっては判りにくい極みの道路状況。
電車の軌道の上を走ったり、線路を渡って右折したら渡りきらない間に電車が
きちゃったり、心臓が縮むような思いも度々。
ちなみに「あんな時はどうなるの?」と聞いたら「ビーッと警笛をならされますよ!」
とのことなので聞くだに心臓が縮みます。

日本一の清流で名高い四万十川は高知市内から2時間。
今回の四万十訪問は、大震災後から新聞バッグで大変お世話になった、四万十ドラマ
の畦地社長にお会いしに行きます。

四万十ドラマ(株)では、立ち上げから10年、その始まりから本年3月31日まで運営に
携わってこられた四万十とおわ道の駅の営業を、管理指定者の変更に伴い終了され、
4月1日から新しい事業を展開されます。

そんなお忙しい時に大変申し訳ないのですが、今年から昨年よりも少し充実させて
月に1度あ・ら・伊達な道の駅で開催予定の新聞バッグ講習のご報告やら、この先の
新聞バッグ活動のお話やらをさせていただこうと畦地社長に面会をお願いをしたのでした。

畦地社長が待っていてくださったのは、道の駅に隣接する「おちゃくりカフェ」。
四万十川の流れを見下ろす素晴らしいロケーションのカフェは、四万十ドラマの経営で
この先も続きます。

カフェの自慢は栽培から加工まで綿密に携わっておられる四万十地栗を利用した洋菓子
の数々。私たちもご馳走して頂きましたが、大変美味しい。

ケーキも美味しいけれど、眺めも抜群。お茶を頂いたあとは、たまらず川原に下りて
水遊び。

おちゃくりカフェで、ほんとうに偶然にこの度四万十支店長になられた高知銀行の
岡田支店長にお会いしました。

海の手山の手は、高知銀行の岡田氏のご配慮で、たくさんの新聞バッグの注文を
沿岸部のけいこさんたちの手仕事として渡すことができたのでした。

第2のステージに向かってやる気まんまんの畦地社長とお話して、安心して高知に戻り
以前から行きたかった牧野植物園へ。

牧野植物園は高知が生んだ植物分類学の父と言われる牧野富太郎博士の業績を称えて
作られた日本有数の総合植物園。
以前から行きたい、行きたいと思っていた憧れの場所。
入ってみるとこれは大きい。これまで見たことがないほど広大な植物園で、植え込まれて
いる植物は数知れず。1日かけても見切れない植物園でした。
夕方ちょっと寄ってなんて植物園の端っこを齧っただけのような感触で、遠くに見える
巨大な温室見学を泣く泣く諦めて閉園のアナウンスが聞こえる植物園を後に桂浜へ。

見上げても顔が見えないほど丈が高い坂本竜馬の立像。
竜馬さんは太平洋を眺めてすっくと立ってます。
打ち寄せる荒々しい波音が聞こえる夕暮れ時の桂浜。

明日は仁淀川へ行きます。