港町、気仙沼

山百合の季節。

咲きました。我が家の庭にも。庭といえるようなもんじゃなく、草を刈ってない藪
ですが。香りだけは凄い。
年々山百合が増えて、我が庭は山返りしている感が強い。
わらびもタラノメもばんばん生えてきます。

土曜、日曜は真山直売所で新聞整理。

12月ではありますが、新聞バッグコンクールを控えて、東北は東北らしい新聞バッグ
のお祭りを考えていて、そのひとつがバッグの形ではなくともなにか「ものを入れる」
形を作ること。

その形はまだ内緒。
新聞紙が必要なことは変わりはないので、使えそうな新聞紙を選び出します。

1日外国の新聞紙を見て思うことは、毎回同じ。
世界は貧しさに溢れている、ということ。

7年間に亘って外国の新聞の紙面を見ているけれど、世界の多くの国で、悲劇的な
出来事も貧しさも変わらずあって、仕事を終える頃には気が沈む。

 

畑の状況。

野田さんの菊がこんなに大きくなりました。

病気もしたし、虫もついたけど、師匠のクリちゃんの指導とお世話で、ちっちゃかった苗
がこんなに大きくなって、8月のお盆の出時を待ってます。

花も野菜も実際に育ててみなければ、何がどうなっているのか分からない。
突然「菊植えてみる?」と問われて、400本もの苗を渡され戸惑っただろう野田さんも
何かある度に畑に呼び出されて、草を抜き消毒をし虫に刺されながらここまで育てて
きましたが、良い経験になったと思う。
花屋の店先に置かれた菊の花束が、これまでとは違って見えると思う。

体で得る経験とはそういうものだから、、、。

 

 

海山女子部&野田mgr.はみちた君に会いに気仙沼に行くことにしました。

みちた君は気仙沼の学習塾の先生。年齢は野田さんとほぼ一緒の英検1級、通訳案内士。
大震災後の東北新聞バッグプロジェクトの時に、気仙沼で一緒に新聞バッグを作って
くれてから交流が始まったクレバー男子。

みちた君に会うのはずいぶん久しぶり。

冬に予定している四万十新聞バッグと東北新聞バッグのお祭りにちょっとばかり知恵を
貸してもらいたくての気仙沼訪問。

日頃から相手をしている純真な子供たちとは違って、大層な年齢のおばさん3人を
伴って現れた野田さんに「よくもまあ、、、」といたく同情しながらも、食べるところ、
見せるところを考えてくれていて、これまでの気仙沼訪問ではまったく気づかなかった
震災一色ではない昔ながらの港町気仙沼を知る機会になりました。

みちた君の塾のすぐ近くにあるマギー審司さんのご実家の駐車所に置かれた大きな耳の
自動車。飾りじゃなくて現役だけれど、これって名所になるのかな?

有名どころのマグロ屋さんで昼食の後案内してもらった気仙沼の港が一望できる高台。

燃え盛る気仙沼の火の海を高台から見下ろし、人を助け自らも無事に震災を生き抜いた
みちた君から聞くお話は迫力があり、山に住む私たちとはまた違う大震災の真実味が
胸に迫ります。

昨年、1昨年と従姉妹に誘われて気仙沼大島に渡った時に見た気仙沼は、津波の傷跡の
ほうが生々しく感じられて、好んで行こうとは思わない土地だったのですが、今回の
気仙沼訪問で、気持ちが大きく変わりました。

復興は全然動いていないのではなくて、少しづつではあっても動いている。       高速道路が繋がり釜石までは近くなり、近く大島までの橋も開通する。新しい家々や
新しいお店たくさんできて、港の周囲の整備も進んでいます。

行きたかった気仙沼ニットはお休み。でもそのお隣りの素敵なお店、さい吉でお魚や
いかいも美味しそうなスープなども買うことができました。

 

気仙沼の帰りは、新しい高速道路に乗り、終点の大谷海岸でいったん45号線に
出、出たついでに菊の師匠の小野寺宅へ。

小野寺さんが鳴子温泉郷で避難していた旅館は中山平のラドン温泉。
ラドン温泉でとても親切に処遇してもらって、その後仮設住宅を経て、高台移転で
今の住宅に暮らす小野寺夫妻ですが、今度はそこに、東京からやってきてラドン温泉
で温泉の源泉熱利用の仕事をする野田さんが訪問してくるなん奇遇です。

 

もうひとつついでに歌津のけいこさん宅に新聞バッグ用新聞紙を届けて、本日の
任務終了。
気仙沼、南三陸訪問の楽しい1日でした。

気仙沼、また行きます。必ず!
ええツ、とのけぞるみちた君の顔が浮かびます。

 

 

 

 

 

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