土砂崩れ

土曜日は久しぶりに晴れ。

うちの上の自分で建てたログハウスに住むNさんは自力で土砂をどけると朝からねじり鉢巻で奮闘中だけど、人力

で除けられるような土砂じゃありません。流れ出た土砂よりも恐ろしく感じるのは、土砂で埋まった側溝から溢れ

た水が表土を洗い流し、道路の低いところを削りえぐり取った深い溝。いくつもいくつもの口が開いた溝にタイヤを

とられそうで危険このうえなし。

緊急ということで由美さんのだんなさんのお友達の業者さんにみてもらいました。今の状況ではどこの業者さんも

道を塞いだ土砂を除けるのに大忙しだと思いますが、午後修理に入ってもらえることになって一安心。

 

今日は夫の命日で3回忌。バタバタしながら近所のお寺さんでお経を上げて頂きます。我が家のマネージャー由美

さんも一緒に来てお団子作ってお供えしてくれました。

その後は中山平温泉の旅館琢秀でお昼ご飯、温泉(うなぎ湯)休憩。あれやこれやゴタゴタしていて大忙しの

夫の命日だけれど、生きている人間も大事なので、あの世でオトーサンが「いいから、いいから」と言っているに違い

ありません。

帰ってみると、道は修理の真っ最中。 大口開いてた溝はきれいに埋められていました。

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まだ修復途中の土砂崩れ現場。

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大雨が降っても側溝が土砂で埋まらないように、新たにU字管の工事してきれいで安全な道に直すにはどの

くらいお金かかります?

とちょっと聞いてみたら100万円はくだらない、ですと・・。ガーーーーン!!!

先の内陸地震ではボーリングのポンプが壊れ、その2年後の東関東大震災ではまたもやポンプが泥を噛んで壊れ、

加工場は斜面を滑り落ちてお金かかったのに、今度は100万円! 3ケタなんて信じられない数字だわ。

 

夕方土砂崩れで家に閉じ込められている畑の花のおじさんのところに食糧の供給に行ったら、自力で脱出した後

でした。車1台通る道を自分で掘るのはずいぶん骨が折れたことでしょう。丁度救援の方がみえているところで今日

明日中には通れるようにするそうです。

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ついでに集落の中を見て回ったら、崩落はどこもかしこも息をのむほどひどい。

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これあっちこっちの崩落ではなくて、おじさんちから300メーターくらいでこれだもの。町全体でどれくらい崖崩れが

起きたのか相当なもんだと思います。

雨の威力、自然の力。今回はほんとに怖いと思い、本気で考えねばと思いました。今のところは家と人間は

大丈夫だったけれど、想定外が起こる前に。

 

今朝の新聞は黄金色の田んぼの頭も見えないほどに冠水した湖の中の町のような大崎市、古川周辺の写真が

載っています。胸が潰れそう。稲刈り前、大豆の収穫前。大震災で直した家がまた水没の方もおられると思う。

でもへこたれないで進みましょう。100万円にはへこたれるけれど・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大雨の後

ああ、やっと1日が終わったというのが今の心境です。

昨夜は強烈な雨音で眠れなかった。明け方外を見ると、田んぼは無事。冠水していない、とほっとしたのもつかの間

以前に私も花の栽培していた畑の持ち主、花のおじさんから「出入り口の崖が崩れて出入りできなくなった」とTEL。

そのうち、よっちゃんちの田の畦道もなくなり、橋が落ち、朝のうちで町内60箇所以上の救援要請が既にあることが

判明。

度々かかる電話で話しながら外を眺めると、どうもうちの敷地の色がヘン。泥色に見える。

ヘンだなあ、と思って外に出てみると、この通り上の家までの私道で3箇所も斜面が崩れて道路を塞ぎ、流れ出た

土砂は我が家に押し寄せてました。車の車輪が沈むくらい。

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土砂の堆積よりも問題なのはたたきつけるような雨にうたれてあちこちに穴が開いた道路。

タイミング悪く熱を出した孫を病院に連れて行くために車を出したところが、やっぱり泥に埋まって、掘ったり押し出し

たりしてようやく発進。この土砂の重いこと!

たっぷりを水を含んだこれほど重い土砂を掘って掘って人を救ける自衛隊や消防隊員の方々のご苦労が心から

偲ばれます。

 

明日は夫の命日で東京から息子二人が嫁さんと戻ってきます。どうやって迎えに行けばいいんだ、と頭を悩ませ

ましたが、夜にはどうにか家族の顔がそろいました。実に疲れる1日でした。

雨はやみました。今晩降ったら本気でやばい、と怖かったけれど止んでくれてよかった。外の泥んこの処理は

これから考えます。

それよりも家が流れたり浸水したりの栃木や古川の方々がとてもお気の毒です。大震災で壊れた家の修理を終え

た方も多かったでしょうに・・・。昨夜は眠れなかったでしょうから、せめて今夜ひと晩暖かく過ごされますことを祈ります。

 

とにかくまたもや一歩一歩。家も人間も無事、怪我もないのだからなんでもできます。

たくさんの方からお見舞いのお電話をいただきました。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豪雨

夜になって雨足が強くなって今凄い雨!

外の明かりを消しに行って、屋根から落ちる水の量の凄さに不安になって戻ってきました。

このまま数時間降り続いたらただじゃ済まない感じ。

寝る気になれない。

この長雨の中なんとか保っていた穂が黄色になった田の稲が、さすがに倒れかかってきたところにこの雨では

明日はひどい光景になっているかもしれない。日照りの中で種まきして一生懸命に水かけして少し育った白菜など

の幼い苗も、切り花も相当傷むことになると思う。

 

切ないですねえ。自然災害ばかりはどうしようもないから。

栃木あたりはもう雨のピークは過ぎたんだろうか。鬼怒川が決壊してなお雨が降り続いたら、さらに被害がひどくな

る。人も動物も大震災の時と同じようにひどい目に合う。

この異常気象が地球の温暖化によるものなら、ほんとに真剣に暮らし方を考えなきゃ、必死で働いて立派な家を

建てたって壊れたり流れたりしたら結果マイナスだもの。

 

それにしてもこの恐ろしいような雨音が聞こえる中での、テレビのお気楽深夜番組。

凄い違和感がある。

雨、いつまでこの調子で降るんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴子温泉こけし祭り

数日前から坐骨神経痛だかなんだか、腰の後ろから足までが動くたびに痛くて歩くのしんどい。

日曜日。

高清水の公民館で新聞バッグの講習。受けてくださるのは郵便局関係の奥様方で、インストラクターを務めた

黒田さんによれば、大バッグ作りを楽しまれたそう。また11月にもお会いする予定になっています。

連日雨。降り止まない雨の中、私は今日から岩出山を訪れてくれる埼玉の認定NPOハンズオンの吉田さんをお迎え

に新幹線の古川駅へ。富良野でご一緒して楽しい時間を過ごし、山小屋に泊めて頂いて以来の再会。

今回岩出山に来て頂くのは、海山ネットのこれまでの活動を振り返っての検証。そして整えて今後の展開を考える

相談をしたいから。

市民活動の広報の専門家の吉田さんには私たちにとって初めてのファシリテーションをやって頂くことになってます。

 

でもそれは明日にして、今日は講習を終えた黒田さんと合流して、1年に1度の鳴子温泉こけし祭りに向かいます。

本当は昨日、土曜日に行われるハリボテのこけしが鳴子の町を練り歩くのを見たかったのだけれど、昨今のこけし

ブームで小さな鳴子温泉の町はやたら混むというので止めました。今日は練り歩きはないので、会場の鳴子小学校

体育館で展示されたさまざまの系統のこけしを見るだけ。

 

雨で午後3時半というのはちと時間が遅く、会場は半ば片付いてがらんとしていました。でもそこにないこけしは売れ

たと聞いて改めて「へー、今こけしはそんなに売れるんだ!」と嬉しい気分。

吉田さんは早速こけし絵付け体験。

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吉田さん、震えるほどにこけしを握りしめ、緊張して顔を描いてます。

昨日町を練り歩いたハリボテコケシを見つけて「入りたーい、入りたーい」

そんなもんですかね。私、全然入りたくない。

顔が見えない手だけの写真の意味がないようなコケシハリボテ体験記念写真。中味はMrs.YOSHIDA。

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中味はMs.KURODA。

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中味は仕事を終えて駆けつけてきたMrs.AYAKO。

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想像したより重い。これで歩くのはちょっときつい、というのがみんなの感想でした。

短い時間をしっかり楽しんだ後は喫茶店たまごやで店主宮本さんを囲んでひとしきり座談会。

その後は全員川渡温泉玉造りのお湯に入って帰宅。娘が用意してくれた夕食を囲んで深夜12時までの意見交換。

楽しい1日でした。明日はミーティング&初のお勉強。何が起こってくるのだか楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の終わり

やっと、やっと雨止みました。ほんとは今日は雨だったらしいけど、晴れた。

だいぶ前から始めた家の外回りの塗装、全然できなくてちょっと塗っては中断、またちょっと塗っては中断で

なかなか進まない。曇りでも乾いたふうに見えるので、寄っかかったりして既にブラウス1枚Tシャツ1枚ズボン1枚

ペンキくっ付けました。ペンキってとれないらしい。そこをなんとかと知り合いのクリーニング屋さんを拝み倒し中。

でもどうにか玄関と勝手口は終了。外猫を歩かせないようにするのが大変だった。

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上の家の奥さんが入院する前に「初めてプルーンに実がなったから、食べられるようになったらとってね」と言われて

いたのを思い出して、久しぶりに無人のお宅に行ってみました。誰かが採ったらしくほとんどの実はなかったけれど

いくつか採り残されているのを収穫。

いやー、おいしい! 美味しくてびっくり。過去、道の駅で買って食べたことはあるけど、こんなに美味しいとは思わ

なかった。気持ち撤回。プルーン植えたい。何年で成るんだろう。今植えて10年後じゃちょっと遅すぎる。生きている

かどうか解らないから迷うなあ。

そして気が付いたこと。

できたばかりのころはどの家には人がいたけど、いろいろな事情で人がいなくなった別荘地。空き屋になった家の

庭にいろんな実がなってます。

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これ何の実ですか? 何本も大きくなった木があって、びっしり実をつけてます。美味しそうに見えるのでおそる

おそる採って食べてみました。お腹痛くなるかなあ、と思いながら。硬そうにみえるけど柔らかくて甘い。

これたくさん採ってジャムにしたらいいんじゃないかなあ。その他にも秋だから、いろんな木がいろんな実をつけて

ます。これ全部食べられるんじゃない?と思ったら胸騒ぎというかドキドキしてくる。

再度行ってじっくり実の研究をしてきます。

 

8月から水を怖がる孫をスイミングに連れて行き始めました。思い返してみれば自分の子供3人もスイミングスクー

ルに行かせていたから、スイミングできちんと教えてもらったほうが早く泳げるようになるだろうというババ心です。

長い間ご無沙汰していたスイミングプール。自分が泳いで周りも大人というプールではなくて、小さい子供が泳ぐ

スイミングスクールを見るのは何十年ぶり。見てびっくり!

たくさんいる子供たち。もちろんレベルは何段階にも分かれているけれど、4種目泳ぐ子供たちの泳ぎっぷりの

素晴らしいこと。次男が行ったスイミングで魚のように泳ぐ男の子がいたことを思い出しました。

9月になったら子供たちは学校帰りに直接プールに来るようで、床にはランドセルが投げ出され、夏休みの時には付

き添いの親たちが座っていた椅子は子供たちに占領されてました。水着で頭にはゴーグルつけたまま、あるいは

立ったまま、ずらりと並んで物も言わずわき目も降らずに真剣な顔で宿題をやってます。

ぎりぎりまで勉強をして、それからプールへという段取りらしく、見ているだけで面白い。

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小学校に入った孫のおかげで、いろんなものを見せてもらって楽しいです。

もっとも孫が水を怖がらずに泳げるようにならなければ、私が楽しがっていたって仕方がないんだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

演劇を観る

この夏、台湾に行った時に、最後の夜にタイペイ・アイを観ました。

「台北戯棚」。中国の伝統ある芸能、京劇です。夜8時くらいまでに劇場に行って8時半開演、9時半終了という

スケジュール。暑い中を1日中ふらふら見物に出歩いた後の観劇はけっこう体力的にきつくて、娘に誘って

もらったものの最初は気乗りがしませんでした。

「伝統ある芸能なんだけれど、存続し続けていくことはけっこう大変で、いろいろ続けるための努力をしている。

ということだったから、行ってみようと思ったのよ」

後で娘にそう聞きましたが、開演前のロビーでは役者さんが京劇独特の顔を真っ白に塗る化粧をする姿を見せる

コーナーがあったり、二胡を弾く娘さんが座っていたり、演し物のお人形を見せたり、等々お客が楽しめるように趣向

が凝らしてありました。

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今日の演目は西遊記。最初に出てきたのは孫悟空一行を騙そうとする妖怪が姿を変えた村娘。顔も頭の飾り物も

衣装もきれいで絢爛豪華。猪八戒も沙悟浄も三蔵法師様もわかり易くて華やか。

ミャーミャーと聞こえる京劇独特の抑揚ある節回しの言葉は、舞台脇の電光板に韓国語、英語、日本語で翻訳文

が表示され、舞台で何をやっているのか解るようになっています。私たち日本人も前の座席にずらりと5人家族で

並んでいる西洋人もそれなりに解る。

 

昼間の疲れと眠気で機嫌悪く、「ばーちゃんが帰るなら僕も帰る」と言っていた孫が、舞台が始まったとたんに口は

あんぐり、眼は釘付け。始まる前にちょっとだけ「孫悟空」の物語りの解説をやってたから、孫悟空と猪八戒や沙悟

浄の区別はつくようで、分身の術で3匹になった孫悟空に驚き、「なんで3匹もいるのか」訳が解らぬ様子。それなり

に熱心に観てました。こういう姿を見れば、もう1回舞台を見せてやりたいなあ、と思うのです。

 

観終わってからの私の感想。「見てよかったー!」

そういうことです。来た時とは全然違う。時代が進む毎に見る人が少なくなる伝統芸能。これを続けるということは、

魅力ある舞台を作ること。舞台だけではなく運営のための努力も怠れない。大変なことなんだなあ、と思いました。

またの機会があれば、中国でも台湾でも本場で違う演目も是非見てみたい。

連れてきてもらって感謝です。

 

来年の春にこの町の小さな公民館で、倉本聰脚本、演出の舞台「屋根」が上演されます。そのプロモーションDVDを

今日見ました。見終えて言葉が出なかった。やっぱり舞台は理屈で語るものではなくて観てなんぼのものなんだと

実感。こういう演劇を毎年作り続け、観客に見てもらい続けるということは実に力が要る、大変なことなんだ、と富良

演劇GROUPの方々とお会いする度に感じます。

最初は全国で上演される倉本聰氏の演劇を自分の町で見れたらいいなあ、というくらいのシンプルな願望だったの

が、時々観ることができることにするにはどうしたらいいんだろう、と妄想が広がっていきます。

 

俳優さんたちがプロデュースするコミュニケーションのワークショップのあるんだそうです。

聞くとか話すとか表現するとか演技指導だとか、今の時代の日本人にとってはなかなか身に付かないコミュニケー

ションのプログラム。子供や先生、社会人、企業向けにもプログラムがあるのだと聞いて、俄かに興味が湧きまし

た。富良野では修学旅行で取り入れる学校が多いそうです。

自分が受けてみたい、と私は思うんだけれど、あちこち声をかければ、私もやりたい、、という人もいるかも・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンチはチャンスに

明日はロイズ新聞バッグの発送日。

発送日の数日前から鳴子のあやさんが仕事を終了後、うちにやってきて新聞バッグの検品をしてくれる

というのが恒例になりました。手が空いてれば娘も参加します。

この二人非常に手も眼もいいので、全部任せて安心。その代わりばーちゃんの私は娘に代わって孫の

送り迎えなどを担当。昨日はスイミングで今日はピアノ。コンサートが間近い。

といいつつ、昨日も新聞バッグの発送あり、今日も発送を忘れちゃいけない。昨日発送したのは、お誕生日

のプレゼント用ということなので、新聞バッグセットを朱色の包装紙で包みました。お誕生日のプレゼントに

新聞バッグを贈ってくださるなんて、なんと嬉しいことでしょう。リボンもつけたかったけれどなかった。

喜んで頂けたらいいのだけれど・・。

 

しかしこのところのお天気の悪いこと。長雨でクルミの実がボタボタ落ちてきました。稲穂はすっかり黄色に

色付き、今年はことのほか実付きがいい緑色のイガイガ山栗の丸い実が雨に濡れています。

 

そして今日はロイズ新聞バッグの発送日。

どうにか雨も止んで、いつもの作業会場公民館のホールを借りて10時から袋詰め開始。

今日は仕事がお休みの黒田さん、毎月1度発送の時には石巻から出てきてくれるKさん、Hさん、そしてヘルパー

さんの仕事の合間に顔を出して手伝ってくれる由美さんに私、というメンバー。

さすがに5回目ともなると手際がよくなりました。各自自分の分担を勤めて午後2時に終了。

6箱、450枚送り出すことができました。バンザーイ! やっと終わった。

昨日は1日中検品して、なお間に合わず娘も私も深夜1時まで眼をシパシパさせながら検品やったりチラシを

折ったりしたのでけっこうしんどかった。

 

でもせっかく2時に終わったのだから続いてうちで石巻のふたりにまだ教えていない新聞バッグの講習。

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そしてその後は、モノ作りの情報交換会に移行。

仕事を持ちながら機織や染めをするKさんのバッグから出てくる小物を見せてもらって、一同感心が止まりません。

今、毎晩針を持ってチクチク刺しているというのがこの刺し子の小銭入れ。

これは品が良くてとても素敵。10月11日の海山マーケットで新聞バッグに詰めて売ってくれるかもしれないので、

まず私の分1個予約。でもこの針目でたくさん作るとなるとなかなかだよねえ。

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そして韓国のお友達からもらったという韓国の赤い可愛いお布団で作った小物入れと、お友達が作った布袋。

どちらも丁寧な仕事でこういうのはほんと、見せてもらうだけで楽しい。Kさん、今年から庭で育てている藍で

藍染も始めるということなので、頭の中はやりたいことできっといっぱいに違いありません。

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小物を作らないHさんが作っているのは、お洋服。新聞バッグもたくさん作ってもらっているけど、これから縫い物の

腕も上げるそうです。こっちのほうでも私の分1枚注文しました。

 

お茶っこしながら新聞バッグを折ったり、小銭入れに感心したり、洋服を頼んだりしながら、みんなで共通する思いは

『津波が来なかったらこんなことやってなかったよねえ。津波が来なかったら今も仕事に行ってたよねえ』

 

そうなんです。津波がなかったら、こんなふうに海の人、山の人、一緒になって物作ったり、一緒に売ろうなんて相談

することなんてなかった。大震災後、復興には町の復興、人の復興とがあるけれど、まず人が復興しなければ、

元気な町の復興なんてあり得ない、なんて私たちは言っていたけれど、4年半経った今、こうしてひとつの物が出来

上がる度に晴れ晴れとした笑顔でわいわい話し合える物を作る仲間と一緒にいると、「みんな元気になったんだな

あ」と感慨深い。ピンチをチャンスに変える人のパワーは凄い! です。

 

 

明日から黒田さんは気仙沼で仕事。気仙沼でどんなことが起こっているのか、土産話を聞くのが楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とんだ1日

朝、道の駅に行く前に、洗濯物を洗濯機に入れようと扉を開けたら、ザアーーッと水が流れ出てきて、

ヒェーーッ!  どこがどう詰まったのだか判らないけど、洗濯機いっぱいに水が充満していたみたいで、どうするどう

すると慌てているうちに水は部屋まで流れ込んで床一面水浸し。

「アーッ、階下に洩れる!」恐怖の感情。

階下には洩れないのです。今はマンションじゃないんだから。でも長年染み付いた集合住宅感覚は今も抜けず、

まず慌てふためいて、後気づくという習性は悲しいもんです。

ありったけのバスタオルで水を吸い取ってから道の駅へ。

 

 

今日は南三陸にロイズ新聞バッグをとりに行く日。急いで行って急いで帰って来なければ日が暮れる。

午後、家を出て走り始めて20分後、ハンドルの上部でパカッパカッと見たことのない警告灯の点滅が・・・。

なに? これ、何の警告灯? 見たことのない形。

走っていいのか悪いのか、路肩に車を停めてトリセツは?と探すが見つからない。そーだ、家で見てその

ままなんだ、と思い出す。

じゃあ、通りすjがりのガソリンスタンドで見てもらおう、と入ったら、速度が落ちたので警告灯がかき消す

ように消えちゃった。時速30キロ以下では点かない。40キロ以上になるとパカッパカッ!

なーに? どうなってんの? 後の手段はなんとか大きい町まで走ってホンダを探して見てもらうこと。

が、ホンダがなかなか見つからない。コンビニに停めて104に番号聞いて電話をかけたら、本日ホンダは

お休みさせていただきます、と。もうほんとについてない。

じゃあ、警告等の形ならどこの車も同じだろうからとニッサンに入ったら、またもやお休み。

南三陸までまだ1時間もかかるのにどーしよう、と次に三菱自動車に入ったら開いてました。

 

修理の方と営業の方が二人も出てきて、車を工場に入れてみてくれました。

よその車の客なのに、待っている間にお茶でもどうぞ、とコーヒーまで出して頂いて。

で、診断は古い機械でエンジンを見たので完全とは言えないけれど、南三陸へ行って戻るまで大丈夫と

思います、ということでした。きちんと見られたわけではないので代金は不要です、と。

 

三菱自動車さん、ほんとに親切でした。都会にいた時の自動車さんとは全然違う。

お名前を伺わなかったけれど、ありがとうございました。おかげさまで、南三陸まで行って、新聞バッグを

山ほど積み込んで無事戻ることができました。発送が終わり次第点検に出します。

 

そんなわけで午後4時をだいぶ回って南三陸歌津に」到着。

 

けい子さん、おばあさん、さおりちゃん、だんなさんも一緒でいっぱいお話してお魚を頂いて新聞バッグを

満載にして帰路につきました。走り始めて30分ほどして、今度は「ガス消したかなー」と気になってきた。

まだ1時間以上かかるというのに、なんで朝点けたガスのことを今頃思い出すんだろうか。

こんなに真剣に運転したことない、というくらいに真剣にスピード出して走りに走って夜7時に帰着。

やっぱりガスなんてついてなかったよ。

いよいよ私の頭は老衰になってまいりました。疲れた。まだまだ洗濯機の水をくみ出すという大仕事が

待ってます。とんだ1日だった。こんな日もあるのね。

 

でも新聞バッグを持って帰れたので、明日から検品を始めます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の庭、私の家

今度の富良野再訪は、10月11日にあ・ら・伊達な道の駅で開催予定の海山マーケット用新聞バッグ入りラベンダー

の仕入れの話、及びラベンダー研究会、そして来春の「屋根」公演に向けての情報収集などが目的でした。

が、合宿宿泊は1日だけにして、2日目3日目は前から憧れていた吉田さんの山小屋に泊めて頂くことにしました。

吉田さんの山小屋があるのは富良野から車で1時間ほどの南富良野。

野外学校があったり、カーリングの練習場があったりの自然いっぱいの町です。

 

元富良野塾生と吉田さんご夫婦が力を合わせて建てたという山小屋は原生林の中にありました。

小屋の横を流れる川では、声をあげてパドルを動かす黄色い救命胴衣の子供たちが乗ったラフティングボートが

が流れ下り、小さな蝦夷リスが樹を駆け登る素晴らしい環境。

倉本ドラマ「優しい時間」に使われた小屋だそうです。

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ここでの2日間はこの小屋から出発。林の中の道をドッコンドッコン揺られながら国道に出、そこから吉田さんが

紹介してくださる方のところへあっちに行ったりこっちに行ったり。

 

最初に連れて行って頂いたのが「私の庭」でした。庭の作り主は坂井さん。今は南富良野でラベンダー刈りのお仕

事をなさっている67歳の男性。会話の終わりにアッハッハ、アッハッハと笑い声をくっつけて話される楽しい

方です。

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「私の庭」という看板。

核心を衝くネーミングでまず目を奪われますが、それにもまして目を奪われるのがるのがこの見事に刈り込まれた

広大な芝生。それも西洋芝ではなくて日本芝。ここまで広がるってずいぶん年数がかかるはず。

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これは凄いです。ここまで刈り込むって相当念入りに手入れしなきゃこうはならない。

見渡せば、周りには誰もいません。人っ子一人影も見えない。庭沿いを走る真っ直ぐの道路には1台の

車の往来もなく・・・・。じゃあ誰がこの庭見るんだろう。人、いないよ。

 

「誰も見なくていいんですって。村の人はなにやってんだ、と見向きもしてくれないけどいいんですって。自分で

作って自分が嬉しいお庭なんですって!」との、吉田さんの説明。

 

凄いじゃないですか! 誰も見ない、誰も誉めない庭をこれほど見事に楽しげに作り上げる坂井さんの美意識と

根気と世界観に感服。私はほんとに驚いた。そんな人これまで会ったことない。

坂井さんのお庭ワールドには植物だけではなく、動物も音楽も神様も人も共生しています。

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お庭で放牧された手作りの牛たちと、庭の隅に置かれたクラシックビールのカンカンで作ったグランドピアノ。

だいぶ前に作ったのだけれど、冬の雪が来る時には壊して仕舞ってまた作るので、大変。そろそろやめて

壊そうかと思っている、と坂井さん。もったいなーい。

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お庭の真ん中辺りに作られた小屋のデッキには椅子やテーブルとともにCDプレーヤーが置かれていて、スイッチを

ONにするとドラマ「優しい時間」のテーマ曲が流れ始めます。

見る人も聴く人も全然いないところで聴く音楽は、ぜーんぶ私のもんだよーという満足感がじわじわと。

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お庭から出たところの森の中にも新しく作ったという教会と小屋がありました。

大草原の小さな家と書かれています。うちの娘が大好きだったテレビドラマ、大草原の小さな家の中からインガルス

一家の父さん、母さん、メアリーやローラが出てきそう。

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敬虔なクリスチャンであるインガルス一家が日曜日に通う教会の窓はステンドグラスで作られています。

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十字架! 椅子!ホンモノみたい。

こういうものを作るのは冬雪が降る間の手仕事で、次にはこの教会の周りをターシャさんの庭のように花で埋めた

い。あれだけの花を咲かせるには時間がかかるので、今から取り掛からねばならない。やりたいことがいっぱい

あって忙しいんだ、と言いながら坂井さんはアッハッハ!といかにも楽しそう。

 

お庭を見た後は「私の家」に招待して頂きました。

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この家はご家族と一緒に暮らす家とは別の、坂井さんだけの「私の家」

光栄にも私たちは入れて頂いて、坂井さん独自のお部屋でご自慢の音楽を聴かせて頂くことになりました。

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小さな音楽ルームには久しく見なかった蓄音機やレコードなど坂井さんの宝物がどっさり。ご自分で修理した

古い蓄音機、たくさんのレコード、大好きなコーヒー、そしてウイスキー。暖炉もあります。

久しぶに荷蓄音機でかけるレコードで青江三奈や五輪真弓の唄などじっくり聞かせて頂き、ずいぶん研究して作り

上げたという美味しいイモモチをお土産にもらってお暇しました。

 

誰にも関係なく自分だけで完結した自分だけの世界を楽しむことができる坂井さん。

羨ましいです。こういうふうに生きられるようになりたい。お友達になれてよかった、また来年行こう。と思っていたら、

なんと今日お手紙を頂きました。

そしてなんと、坂井さんは以前に新聞バッグを50個も作ったことがあるんですって。今思い出したって。

 

こんなところで新聞バッグが出てくるなんて、ほんとびっくり。

こうやって人は出会ってゆくんだなあ、と不思議なご縁を嬉しく思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登米へ

お盆も最終日。思ったよりもお餅の仕事が忙しくてちょっと疲れ気味なんだけど、海山女子部でそろって出かけられ

日も少ないので、今日は黒田さん、あやさんと3人で前から行きたかった登米市登米町に行きます。

登米市がとめしと読み、登米町がとよまちょう、というのが不思議です。

 

宮城の明治村と言われる登米町は、大きく蛇行して流れる大河北上川に沿うしっとり落ち着いた歴史の残る町。

明治21年に建てられた教育資料館や登米伊達家の武家屋敷跡、明治22年に建てられた警察資料館など、東北

育ちが一人もいない海山女子部にとっては以前から一度見たい、行ってみたいところでした。

 

家から1時間ほど車で走ってまず到着するのは観光物産センター「遠山之里」

ここで登米町の地場産品やお土産を買ったり食事をしたりすることができます。親切な係りの人に町の案内をして

もらえます。うちからたいして距離も離れていないのに売ってるものは矢張り登米独特の産物が多くて新鮮。

塩アイスというのを食べたかったけど売り切れ。あやさん、私は瓦せんべい。黒田さん、はちみつを購入。

 

そのまま歩いて隣りの教育資料館へ。

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明治21年に建てられた登米小学校。木造建築の温かさと西洋建築の堅牢さが融合した和洋折衷のデザインの

建物で子供たちが通っていた時代そのままのお教室や裁縫室などが再現され、オルガンの音に合わせて小学唱歌

が流れています。小学唱歌って今知ってる人いるのかしら。

設計者はこの後行く予定の登米警察署の建設にも携わった日本建築の棟梁、山添喜三郎氏。明治時代の半ばに

日本の大工の巧の技と西洋建築の知識の両方を取り入れて建物を作ったこういう建築家がいたことに感動します。

そしてこれらの建物や当時使われていた資料を、これほど丁寧に大切に保存してきた登米市という町にも、その

姿勢に感服します。

 

今はもう歳を重ねてしまった海山女子部3人も、往時を偲んで学問のススメを再現しました。

黒田さん、教育勅語。あとの二人は、サイタサイタ、サクラガサイタ・・・の音読。

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心に残ったのは、保存されていた学級日誌。

私が生まれた昭和16年11月19日の日誌には出征する兵士を歓送したとの記述があり、「そうか、私が生まれた

時にはもう日本はもう戦争をしていたのか、と少なからずショックを受けました。自ら中国へ兵隊さんを送っていたと

いうことです。そして12月8日午前11時に大東亜戦争の宣戦布告との記述。その後にはあそこが陥落とかここが

陥落とかの日本軍の勢いのいい記述があり、これはほんものの日誌だと思うと実に生々しいというか、身が震える

ような気持ちになります。

思えば私が生まれる前から日本はずーっと戦争をしていて、4歳の時にメタメタに負けて終戦。終戦というより敗戦

なんだよね。それから食べるものも仕事もなかった戦後の混乱の中を私は育ったわけで、みんな貧乏だったなー、

とシミジミ思い出します。

 

教育資料館の後は警察資料館へ。

ここも同じように和洋折衷木造の素晴らしいデザインの建築で、中には昔のパトカー、白バイなども展示されていて

楽しみながら見られるように保存展示されています。

 

あまりにもゆっくり丁寧に遊びながら見たものだから2箇所見たところで夕方になり、それぞれの日常雑事に戻る

ことにしました。登米にはまだまだ見るところがたくさんあります。

伝統芸能伝承館「森舞台」、武家屋敷春蘭亭、秋の薪能。楽しみにしてまた行きます。