イスラエルの刺繍

新しい新聞バッグです。

卵入れバッグ。中も外もふあふあ! たまご屋さんとパン屋さんにサンプル送ります。

気に入っていただければいいのですが・・・。

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東京に行って来ました。

強烈に濃い2日間でした。

1日目宿泊は叔母の家。私にとってはたった一人残った叔母で92歳。母の妹で92歳の叔父と二人、千葉県

我孫子で暮しています。

お餅仕事を終えて家を出る時には大雨。新幹線に乗って首都圏に近づくに連れて雨は小ぶりに。

普段だったら上野まで行って常磐線で我孫子というルートで行くのだけれど、今叔母のうちにはアメリカから

帰省中の従妹がいるので気が大きくなって、以前から気になっていた大宮経由で東武電車に乗るというルート

をとってみました。

使えるか、大宮。もし使えたらこれからは東京まで出ないで大宮経由で東京まで行こう、と張り切って大宮駅

に降りたのでしたが、東武電車は長かった。乗るまでも距離があるし、乗ってから1時間以上は長すぎた。

柏で降りてJRに乗り換えたら、上野経由よりも時間オーバー。これからは時間がある時のみ大宮で下ります。

すっかり耳が遠くなってにこにこ笑顔の叔母と一方通行の四方山話に興じて1日目は終了。

 

2日目は、「是非どうぞ。お昼を一緒に」と誘ってくださった渋谷区恵比寿のギャラリーまぁるのオーナー、木川

さんのお言葉に甘えてまぁるへ。本当は誘って頂くような立場ではなく、大震災以来5年間、月に一度は新聞

バッグとよっちゃんなんばんを注文し続けてくださる稀有なお客様なのです。

「まぁる」、フランス語で「Malle」は「めぐる」という意味があるんですよ、と今回初めて伺いました。

「まぁる」さんでは年間お休みがあるの?というくらいにスケジュールをいっぱいにして、多彩な絵画や原画や

工芸品を展示されている画廊で、年に2度は東北支援のチャリテイーを開催して、震災遺児のためのあしなが

基金に協力してくださっています。

今はアフガニスタンや近辺の国で出土する古代石で作られたアクセサリーが展示されています。

 

お昼過ぎ、「屋根」大崎公演にやってきて公演を手伝ってくれた吉田さんが来てくれて合流。

「屋根」を巡る反省やこれからの話をみっちり2時間。新聞バッグに関してのたくさんの提案ももらいました。

 

夕方、フリー刺繍家の天野寛子先生と待ち合わせて、3人でFA2画廊へ。

ここではイスラエルからみえた刺繍家Batiaさんの刺繍の展示とオープニングセレモニーに参加の予定です。

何故私と天野先生がここへ来ているのかは謎。

2年前の宮城来訪時、海山で新聞バッグを習い覚えたノアさんが、イスラエルに帰国する前にイスラエル

大使館の文化担当と会った結果の成り行きで今日のこの日この時間がある、としか説明のしようがないのだ

けれど、初めて見るBatiaさんの刺繍は衝撃的でした。

天野先生の刺繍画を初めて見た時も、こんな刺繍画があるのかと、その美しい強烈さに言葉をなくしましたが、

額の装丁もなく布のまま壁に貼られたBatiaさんの刺繍画もまた強烈に胸をうちます。

 

Batiaさんのご両親はホロコーストを生き延びられた方で、自分はホロコースト2世だ、と仰ったけれども

ホロコースト2世という言葉を私は初めて知りました。

刺繍はホロコースト2世そのもの。

お仕事は刺繍家でありファミリーセラピスト。

イスラエルでは女性も義務付けられている兵役を8年間務めたトラウマを、針と糸を持つことで治していった

等々のお話を聴かせて頂きましたが、やはりBatiaさん本人から聞くお話は、本で読むのとも映画で見るのとも

違う感じがしました。

 

「人生は驚きの連続である」とは何かの本で読んだことがある言葉だけれど、正に然り。

私の人生も驚きの連続には違いなく、頭の中がしっかり疲れた2日間でした。

帰ってその報告をメールでイスラエルに送ったら、間なしにノアさんから「5月」に日本に戻って会いに行きます、

と返事がきました。イスラエルだよ。やっぱり驚きます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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