音楽のまちで

写真が逆さになっているのを教えて頂きました。なおします。

たまたまのことから、この4月に隣りの加美町にオープンする国立音楽院、宮城キャンパス

に行って来ました。

今年初めての開校なので、最初に入学してくるのは高校生10数人と聞きました。

加美町は「田んぼの中の音楽堂」として全国に知られているバッハホールがある町で、バッハホール

を中心にして、年に何回かの定期演奏会その他さまざまな音楽活動が行われ、音楽がある町作り

を提唱し、着実に歩みを進めています。

車で走れば30分もかからない田んぼの中の小さなありふれた町だけれども、音楽堂他図書館などの

文教施設はしっかりと充実していて、伊達政宗の城下町として学問所やお城跡などの歴史遺産は誇る

けれども、本だの音楽だのの文化施設は貧しい私たちの町とは性質が違う町です。

 

今は廃校になった小学校を利用して開校される国立音楽院は、町の中心部からだいぶ離れたのどかな

田園の中にありました。

緑豊かな実に美しいロケーション。人家は遠く、ここではどんな楽器をどれだけ鳴らしても、その音を

聴けるのは森の動物たちくらい?というような音楽の学校には絶好の環境。

 

学校の入り口には元の学校の名と、校歌が刻まれていました。

加美町立上多田川小学校。

最終の生徒数は12名だった、と聞きました。

最初に学校が建てられた時にはもっとたくさんの子供たちがいたのでしょうに、最終的には12名に

なって学校が閉ざされる。人が少なくなるということは、こんなことになるのかと自分の集落の

人口減を顧みて末恐ろしさを感じます。

 

多田川小学校は昔ながらの小学校ではなく、木造バリアフリー、オープン教室の新しい学校です。

こんなに新しい機能性の高い新しい学校に建て替えて、どうして廃校にならなくてはならないのか。

私たちの町も来年は合併で4つの小学校が一斉に廃校になるという現実の前に、希望溢れる校歌の

文字を辿ると、何故こんなことになっていくのかというやり場のない思いがこみ上げます。

 

広々とした運動場に立派な更衣室が備えられたプール。

 

寂しかった運動場やプールも今年からは、音楽院の生徒さんや町の音楽イベントなどで賑わうでしょう。

 

国立音楽院宮城キャンパスはオープンキャンパス最終日ということで、東京から来られた副学長さん、

若い女子スタッフさんにキャンパス内を案内していただきました。

小学校に手を加えず、そのまま利用した学校内部。実に清潔で驚くほどきれい。

 

ギター製作科の教室。

同じようにバイオリン製作科の教室もあります。

この他にも弦楽器リペア、管楽器リペア、ピアノ調律、音楽療法科、大震災被災楽器の修理など

など学ぶ課目は盛りだくさんで、準備されているピアノや防音室その他楽器や録音機器やコンピューターに

至るまで新品ばかり。この音楽院で学ぶ生徒の宿舎や卒業してからの音楽関係の仕事へのサポート、

全ては町の運営によるもので、ここに投入される予算はどれほどのものかと天を仰ぐ気持ちになりました。

 

最初の高校1年生はこの地の人だけではなく、全国各地から。遠く岐阜からくる生徒もいるのだそうで

学院で教える先生方も含めると、これまでにない人の増加も望めるというもの。

またこの音楽院のカリキュラムには農業体験が含まれています。

加美町は音楽と農業を融合した暮らしを作ることをテーマに音楽の町作りをします、という町長の言葉

のとおり、加美町には全ての子供がバイオリンを習えるという場が置かれています。

うちの孫もいつかは・・・・。

今はピアノで四苦八苦。ピアノをちゃんと弾けるようになりなさい、と先生から言われそうだけれども。

 

今日のキャンパス訪問には自分でも思わないほどの衝撃を受けました。

税金は見えるかたちで使われるほうがいい。

温かくなって辺りが緑色に変わる頃、また来てみたいと思います。

その頃にはいろいろな音を聴くことができるのかもしれない。 楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海山女子部、山形探索

写真が逆さになっているのを教えていただきました。なおします。

 

海山女子部3人は、日曜日、珍しく休みを合わせて山形へ行ってきました。

東北生まれでも育ちでもない女子部3人は、東北の風物がもの珍しく行ってみたいところばかり。

でも今はまだ雪が溶けたばかりの4月初め。さくらんぼも薔薇もないので金山町のガッコ蕎麦へ

行ってみることにしました。

鳴子温泉を通過して新庄を右折。東北の大幹線道路13号線を秋田方面へ。

金山町は以前に行った時の印象は「木」の町。だったのだけれど、今回改めて来て感じるのは

白壁の蔵、大きな木造の家々など、昔ながらの歴史の面影を残す美しい町でした。

 

町の中を流れる川にかかる木の大橋。

周りはまだ雪解けの風景で、岩出山にはいなくなった白鳥の姿がまだ見られます。

1時間あまり車で走るだけで、残雪の量も寒さも太平洋側の岩出山とはまったく違うことを実感。

 

町の景観を壊さないように、観光用看板は立っていないけれど、こんなふうにマンホールに観光客の

ための表示がなされています。

明治時代に金山町を訪れた旅行家のイザベラ・バードは、金山町を「ロマンティックな雰囲気の場所」

だと「日本奥地紀行」に書いているそう。

農業用水路、大堰。

 

町のところどころで見るお休み処の屋内に置かれたライトアップの案内板。

 

まだ雪解け時期の今の季節は無人だけれど、観光の時期にはお茶を飲めたり、案内の方が

おられるようです。

 

そして本命の谷口がっこ蕎麦。

 

閉校になった小学校を利用して、村のお母さんたちが蕎麦を手打ちする名が通った蕎麦どころ。

なつかしい~! 昔の学校の講堂だ。これ講堂に畳み敷き?

こんなビロードのような紅いカーテン、私の小学校にもかかってました。

 

 

国道からだいぶ入った山の中ですが、がっこ蕎麦の駐車場には車がいっぱい入っていて人気の

ほどが伺えます。私たちも評判を聞いて来たけれど、こんな形でも廃校になった学校の利用は

できて続けていけるのだ、とお母さんたちのパワーに感服します。

 

いろいろ面白そうなものがありそうな新庄、千年だんごの大石田町、温かくなったら鮭が上るという

鮭川町、真室川温度で有名な真室川町。行きたいところはやまほどあるけど次回を期待して帰路へ。

往路とは道を違えて赤倉温泉経由で途中、分水嶺のある堺田に寄り道。

真っ白の雪の時期、人気のない単線の堺田駅のホームに立つと、映画ぽっぽやを思い出します。

しかし分水嶺というのは何度見ても不思議。

太平洋側と日本海側の分ける川の源がこんなに小さい流れなんて、誰が想像できます?

そして誰が見つけたんだろう。

 

ここ、何度来ても飽きません。

珍しいお土産いろいろ買って、大変楽しかった。また行きます!