物々交換

よっちゃん祭り開催中の福岡、津屋崎。今日は雨とか風とかの天気予報で気がかりです。
昨日の土曜日に、私の中学1年の時からの親友がよっちゃん祭りに行ってくれました。
「山口さん(津屋崎ブランチ代表)に会ったよ。たくさん人が来てたよ。津屋崎には古い昔からの              家が残っていて、ゲストハウスにする計画をすすめているそうよ。今度あんた来た時連れて
行くから」という報告が夜きました。

今朝、出荷先の駐車場で同じ集落のIUさんから、「ちょうどよかったあ」と声をかけられ、「Tちゃんんへ」と
娘の息子(3歳)が好きなたくさんのお菓子を渡されました。

えー? なんでもらうんだろう。

遠慮しても無駄なのでとりあえずいただいて、つらつら考えてみるに。

これは花のお礼なんですね。                                                       春の花では定番のパンジーやビオラは、秋に売る花なら8月に種をまき、春に売る花なら
10月に種をまきます。その両方が今はハウスの中にありますが、夏用のマリーゴールドや
ペチュニア、ベゴニアなどの寒さに弱い苗のためにハウスを空けなければなりません。

そのために今は花の大安売り。
昨年は大震災で花を売るどころではなかったので、石巻や南三陸の被災地で植えてくださるという所に
花を運びました。子供さんたちが亡くなった大川小学校に、と言われた時は、花なんか植えていいのかしら。     土があるのかしら。誰も花など見ないだろうと躊躇しましたが、ボランティアや捜索の方々が花を見て
笑顔になられたと聞いてうれしかったです。

今年も気仙沼や南三陸には運んだし、1ケース1000円販売もやりました。後少し残る分は毎年ですが
近所の欲しい人にあげます。

そしたらお礼が来ます。残る分を上げているんだから、要らない分をあげているんだから、お礼なんかいらない。
何にも要らないと言っても、何やかやともらうことになります。
昨日は、新しい品種だ、といってほうれんそうをたくさんもらったし、その日の朝はいちごと採れたての青菜を2種類もらった。その前の日はきのこを最上のきのこ屋さんからたくさんもらい、そうだ、近所のYUちゃんから混ぜご飯を炊いたといって、パックでもらった。

お花をあげなくてももらってます。卵は産み立てだからと20個くらいもらったし、大根、揚げ、トマト。キャベツはここ2日続けて10個くらいもらった。お米はトータルで60キロくらいもらったかもしれない。よっちゃんは(よっちゃんなんばんではなく女のよっちゃん)蓬餅用にと蓬をたくさん摘んできてくれたし。
こうして数え上げると、えー、私もらって暮らしてるわ、改めて感じ入るくらいに毎日のように何かもらってる。

この辺りの人は手ぶらで訪問ということはほとんどないです。青菜でも大根でも何かを持って訪ねてくれます。私も何か持ってゆきたいんだけど、何にも持っていくものがない。 私が作った野菜など恥ずかしくて持っていけないし、かといってケーキやお菓子を買って訪問する文化はここにはありません。 お金では人も物も動かない土地柄です。

で、私には花とお餅しかない。
自分にとっては不要な花あげて、こんなに毎日のようにいろいろもらっていていいんだろうか               と思うのですが、これが「ここの暮らしなんだよー」と集落の人に言われます。

蓬を摘んで来てくれたよっちゃんは、ご主人と子供さん二人が亡くなって、一人暮らしなのだけれど
周りの人がいつも気にかけて、温泉でも買い物でも一緒に行って不自由ないみたい。野菜も花もいっぱい作って
いて、また私がそれをもらってます。

まだここは物々交換と助け合いが生きている世界です。。
「寝たきりになったら私が面倒みるよー」と米農家で牛を飼っていて、トマト作って野菜作って
優秀なヘルパーさんでもあるyuさんに言われてます。
地震や山崩れで埋まっても、必ずや誰かが気づいてくれるだろう、と確信しています。

 

 

 

 

物々交換” への1件のコメント

  1. そう言ってもらってありがと。都会で暮らしている時は、孤立というんじゃないんだけど、孤独というか
    単独というか、人のお世話になる生活ではなかったので、感謝とか周囲に対しては思わなかった。
    でも今のように貰ってばっかりいて、何か起こるたびに周囲の人のお世話になっていると、みんなの
    お蔭で暮らせてます、と掛け値なしの感謝態勢になります。

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