米つくりの話

田植えが終わった出来立てホヤホヤのうちの前の水田。

蛙の声がまばらに聞こえます。
なぜ蛙は夜になると轟くばかりの大合唱をするのでしょうか。不思議だ!

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これから秋の稲刈りまで、田の稲がだんだん大きくなって稔るまで見るのが楽しみです。低温が続いたり、熱帯の
ように暑い日が続いたりすると、自分が作っているわけでもないのに、大丈夫かなあと稲の心配をします。

豊かな光景、と言いたいところだけれど、昨日は直売所の生産者仲間の方から「米を作るということ」がどういう
ことかを聞いて、日本の農業の貧しさを痛感させられました。農業が貧しいんじゃなくて、いくら労働しても
農業をやる人の暮らしが豊かになるようになっていない農政が貧しいのです。

この水田に水を入れるためには1反6000円のお金を払わなければならないのですって。全然知らなかった。
広い田んぼは手放して、自家用のお米のための2反歩くらいを作る人はよく見かけるけれど、大体1町歩とか
1.5町歩とかのお米を作っている農家も多いんだと思います。

で、1町歩だったら6万円払って固定資産税や電気代払って、肥料やトラクターや田植え機やコンンバインなんかの
機械代や油代払って車を何台も持って、そして1町歩から上がるお米が安かったらどうにもならんじゃないの、と
素人の私は考えます。サイドビジネスに野菜売っても、ホウレンソウ100円キャベツ100円だもの。

私たち都会でサラリーマンやってた人間の給料は、桁が違うくらい上がりましたよ。結婚した頃は何万円かの給料で一家で食べてたもの。それが今は都会で暮らすならウン十万円くらいの給料を貰わなければ暮らしてゆけない。で、その割合でいうなら、農産物というのはいくらくらいからいくらくらいに上がったんだろう。1円だったホウレンソウが100倍の100円になったということはないでしょうから、30円が3倍くらい?

 

そんなことを考えると、自分が、そして都会の人間がいかに自分が食べている米や野菜の背景について何にも
知らないか思い知らされます。

 

先日東京に行った時、渋谷のビルのエスカレーター脇にあるピザとスパゲッティの店に入りました。
ピザのお金が1枚1700円。東京の人間なら「そんくらいするわよ」という値段ですが、こっちでは仰天するほどの
高額です。どうして1700円なのかをもっと知る必要があるのかもしれないなあ、と思います。

ここに来た頃、、お米がなくなって農協にお米を買いに行きました。「10kください」とお願いしたら「ない」と
言われて大変びっくりしました。私は農協を何をするところだと思っていたのか。たぶん何も思っていなかったのだと思うけど、お米は買えるところだと思っていたのだと思います。

都会で暮らす給料を貰って暮らす生活と、普通にいう田舎、そこで行われる農業という暮らしとの距離があまりにも
遠すぎる。農についての情報の断片でも聞き齧られるような暮らしではないので、都会にいては米作りの苦労も
野菜作りの苦労も想像もつきません。テレビで見る最先端の農業を見て、「そうか、農業はあんなふうに進んでいるのか」と思うだけです。

一緒に1700円のピザを食べながら「これから野菜なんかも工場で作れるようになるんだね」と友人が素晴らしい  進化であるかのように言うのを聞いて愕然としました。                                    良いことだ、と思っていたそうです。そう思っていない人もいるけれど、そんな風に思っている友人もたくさんいます。
「工場で大規模に野菜作るようになったら日本の中山間地は潰れるよ」

戸惑った表情を浮かべる友人に、何からどう説明したらいいものか。
たかだか10年ちょっととはいえ、過疎と労働力、人不足に苦しむ中山間地に住む者として、少しでも農業の実情を
伝えられたらとは思うのですが。

直売所でお話しした生産者の方は、その名前だけで品物が完売できる品質の良い野菜やキノコや果物を周年、途切れないように生産されていました。でもこの10年の加齢と重労働でお疲れの様子がはっきりと見て取れます。
「今の農業は子供に継がせたくない職業。自分で終わりだ」
吐き捨てるように言われる言葉に、何にも言えません。そうだろうなあ、と思うだけ。

 

世界で一番の農業大国といわれるオランダでは、都市部に住む者や子供たちに国の基幹産業である農業が
どのように理解されているんだろう。知ってみたいな、そんなことをこの頃思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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