世田谷ボロ市前半終了

土曜日はあいにくのお天気だったけれども、日曜日はポカポカの好天に恵まれて、世田谷ボロ市
「記録的な売り上げになりました」とチームワンネス代表の大谷さんから電話がありました。

 

2日間で30万円だそうです。

180センチくらいの小さいブースで土曜、日曜で30万円売り上げるというのは、これはたしかに
記録的な数字です。すごいです。よく買って頂けたなあ、と思うと同時に大谷さんたちの販売へ
向かう準備の賜物だと思います。

 

今年は私は行けなかったけれど、昨年のボロ市には見聞のためうかがいました。押すな押すなというくらいに
たくさんの人の流れの中で、世田谷代官屋敷のすぐ近くのリブフォーライフ本田美奈子基金のブース内に
朝から夜まで立って、気仙沼や南三陸の物産を並べて販売してくださっていた姿を思い出します。

 

その時に気仙沼の公園仮設住宅に住まわれるUさんご夫妻と知り合いました。Uさんの奥様は仮設住宅で
ふっころというふくろうの人形を作っています。その人形も今年は売れたそうでよかったです。海の仕事を
なさっていたご主人が今はお仕事を休まれているのでずっと気にかかってました。

 

チームワンネスさんは大震災直後から気仙沼で炊き出しなどの支援をされました。その後は年2回の
世田谷ボロ市への参加や「南三陸からの手紙」という津波被害に合った方々の手記を本に作り上げて
日本中、またアメリカまで販売されたり、の支援活動をなさっています。

 

もう2年も近い時間が経っているにも関わらず、大震災のすぐ後も今も同じように淡々とこの東北の現状を
しっかりと把握されて、掛け値なしの支援活動を続けられるチームワンネスの皆様に深い敬意を覚えます。

 

今回販売してくださった物は南三陸のワカメ、貝の飾りものや気仙沼のふっころ人形、海山ネットの新聞
バッグに布小物に手拭い、その他その他で、よくこれだけ集めてくださったものだと感心しました。

 

後半の1月には私も参加したいと思います。

チームワンネスの皆さま、ありがとうございました。関係者の皆さま、お世話になりました。
そして買ってくださった東京の方々ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

Nさんのサンタクロース

今日は何日かぶりで晴れだったけど、風が強くて折れた竹の枝が道路を飛んでました。
でもとりあえずは雪が溶けたので助かりました。

もうすぐクリスマス、そしてお正月。
買い物で黒豆が目に止まって、「今年は黒豆煮ようかなあ」と買いました。昨年はおせちを作る気には
なれなかったけれど、大震災から2年近く経った今、今年は少し作ってみようか、という気持ちになってます。

木口版画家の岡澤加代子さんがクリスマス用のハンコを作ってくれました。

新聞バッグにつけてみました。黒いハンコは海山のロゴ。どんどん押したかったので押してみました。

新聞バッグのポケットに入っているのはドーン先生からのお手紙。
黒の新聞バッグはフィギュアスケートのユズル選手。かっこいいですねえ!

 

道の駅の生産者仲間のNさんは、鳴子温泉のもうちょっと先の雪深い中山平の出身です。

子供の頃、サンタクロースはいるんだ、と心の底から信じていたそうです。でも、なぜか何軒かの
よその家にはサンタクロースは来るらしいのだけれど、N少年のところには来ない。何故来ないのか
不思議で不思議で・・・。煙突がないから来ないのか、と考えるけれど、煙突がなくても来るところには
来ている。じゃあ雪が深いからか、と雪を掻いたそうです。靴下も新しいのは履かないでクリスマスまで
大事にとっていたんだ、と。

 

Nさんのところは子だくさん。昔は6人7人兄弟は普通でした。そんな歳が何年も過ぎてある時
サンタクロースはいないんだ、と知ったそうです。お父さんもお母さんも切なかったろう、と。               それからサンタクロースが大嫌いになった。だから子供にもサンタクロースがいるなんて言わなかったよ。

そう私に話してくれました。

道の駅でNさんとお話しするようになってから10年余りになります。10年通して、彼は大変に働き者で
心優しい人だと思ってきました。そう、どんな時でも手伝ってくれるし、手伝ってくれなかった時はないです。

小学校の時には学校に上がらない妹たちを連れて学校に行ったそうです。かわいそうに思って先生たちが
弁当のおかずをくれて有難かった。中学に上がったら、牛乳を配る仕事を始めた。最初にもらったお金を
お母さんにあげた。「おふくろは涙を浮かべて喜んだよ」
そして牛乳の仕事をしたお金で自分で中学を卒業したそうです。
お父さんのお仕事は炭焼きだったので、みんなと遊ぶことはなく、1日何キロもの遠い道のりを兄貴と二人で背中に炭を背負って往復した。それで5円だか50円もらえるのがとても嬉しかった。兄貴に負けたくなくて、おんなじくらい
の袋の炭を背負っていたから、後ろから見ると炭俵が歩いているみたいだったと思うよ。あはははは・・。

 

カンカン拾って売ったよ。そのうち知恵が回るようになって缶の中に石入れて売ったら、ばれてうんと怒られた。
あはははは・・。おれ、苦労はまったく平気。子供の頃のことを思えばなんだってできるよ。

Nさんは東京で働いていたこともあります。そして今は町でお店をやってます。
その話を聞いて、Nさんがどうして優しいのか、とても忙しいのに、お米作ったりブルーベリー植えたりイチジク植えたりと好奇心が赴くままにいろんなことやって、刺繍も大好きで、という明るさと強さがあるのか。その源がわかったような気がしました。子供の頃からの辛抱が今の彼を作っているのだと。                          そして数十年前の東北の農業の暮らしの厳しさも垣間見せてもらえた気がします。

 

私は福岡の市街地の生まれ育ちだけれど、戦後でやっぱり貧しかった。サンタクロースなんていると思っていたかどうかさえ覚えてません。
「Nさんのサンタクロース」は素敵なお話しでした。忘れたくないので書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

それが全てではない

きのう、マウントカーネル高校の生徒たちの心優しさや迅速な行動力について書いた翌朝に、
アメリカではまた学校内での銃の乱射で26人もの犠牲者が出たというニュースを知りました。

そのうちの20人は5歳から10歳までのこどもたちです。うちの孫は4歳です。まだあどけない天使のようなこどもたち。こんなかわいい小さな子を銃で撃たれて失くすなんて、津波でも地震でもないのに。

片方では中学、高校の子供たちが他国の災害のために懸命にみんなで努力して応援メッセージを作って
くれる。そして時と土地が違えば同じ国で育った若者が銃を乱射してこんな無残な事件を起こしてしまう。

「それが全てではない」という言葉を具現化しているような出来事で、実に胸が痛みます。 続きを表示

マウントカーネル高校の生徒たち

Kさんからのお手紙を一部ここに載せておきたいと思います。

生徒たちの写真は「絆」という報道写真集に載っています。

『日本へのがんばれメッセージ収録の日は学校側は体育館使用の許可を出しただけで、学校や先生からの
強制ではなく、生徒主体、自主参加でのビデオ収録だったため、先生も含め、まったく何人集まるか
予想がつかないイベントでした。 続きを表示

ドーン先生からの手紙

以前に大分県の風神雷神という喫茶店を経営なさっているIさんから、「私の東北」という名の寄付金を
頂いたことがあります。

「私の東北」とはなんだろう?と考えてみたのですが答えが見つからず、失礼とは思いながらも
「私の東北」とはどういう意味ですか?とお訊ねしました。

「昨年の東北大震災の時には所持していた絵を全て売って支援のお金を作った。
今年はもう売る物がないので、全介護の息子さんがデイサービスに行く日に開く喫茶店の売り上げを
1週間蓄えたお金を寄付金として贈りたい」という説明を頂きました。 続きを表示

2012年 世田谷ボロ市

季節外れに(?)寒いので、鍋作ったりおでん作ったり、あったかいものばかり作っているような気がします。

今日も昼間のうちにおでんを仕込んでから、世田谷ボロ市に送る新聞バッグの準備。

 

12月15日と16日、今度の土曜、日曜と来年の1月15日と16日の4日間、東京世田谷で世田谷ボロ市が開催
されます。400年以上の歴史を持つ東京を代表する一大イベントということで、昨年は大震災以来、
炊き出しとか冊子の作成とかで東北応援を続けてくださっているチームワンネスさんのお誘いで、海山ネットも
新聞バッグその他を販売させていただきました。

 

今年で2回目です。紹介の紹介と言う形でチームワンネス代表のスターリジャパン(株)社長のO氏から今年も
声をかけていただき、とても有難く思っています。

 

ブースは世田谷代官屋敷傍のNPO本田美奈子基金。売り上げ代金の一部を病気の子供たちの絵本を作る
費用に役立てていただくことになっています。

 

昨年は初めてのことでもあり、私も東京まで見に行ったのですが、その店の多さ、人の多さには度肝を
抜かれました。なんと700店ちかくの露店が軒を並べているのだそうです。

 

今年は海山ネットでは新聞バッグセットともじゃくり新聞バッグ、そして布で作ったポーチやエコバッグなど
用意しました。宮城にいては東京のお天気、よくわからないのですが、是非皆様のお越しをお待ちしております。
全国新聞バッグコンクールでグランプリを獲得したあやさんやインストラクターニューフェイスの新聞バッグを
組み合わせてセットにしました。モジャクリ新聞バッグはクリスマスプレゼントの包装代わりにどうぞ。

そういえば昨年東京から戻って世田谷ボロ市の話をしたら
「あら、なつかしいなあ、ボロ市。私ボロ市でアルバイトしてたんだ」とあやさんが言いました。
なんと、近所で学生寮に住んでいたのでボロ市でバイトをしてたのだそうです。

 

そのあやさんが福島で被災して、新聞バッグのインストラクターになり、作った新聞バッグが世田谷の
みなさまに見て頂ける。世界は繋がってるんですねえ。

 

宮城は早々と雪の日が続いて意気が上がりませんが、世田谷ボロ市、お天気がよくなりますように、
と祈っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

愉多工房のこと

昨夜週末蕎麦屋さんのHさんから「蕎麦プリンの試食に来ない?」と電話。

Hさんの本職は家具作り。その腕を活かして自分でお店を作り、そば打ちを学んで週末だけ
お蕎麦屋を開いている男性です。だいぶ前から蕎麦粉でのプリン作りに挑戦していて、もう今では
Hさんが作る蕎麦プリンは、「愉多工房」というお蕎麦屋でも食べられますし、近所のスーパーや
道の駅でも売ってます。

 

なぜ試食かといえば、Hさんが冬用蕎麦プリンを作り始めたからです。冬用というのは、要するに
温かいプリンのこと。やっぱり夏の味わいとはちょっと違うかもしれないので、お餅の仕事が終わった
後で食べに行きました。

温かいので夏の冷たいプリンとはちょっと違う感じがします。娘は大好きだと言ってました。
私にはちょっと量が多いかな。

プリンを持ってハイ、ポーズ!

お蕎麦屋さんじゃないような造りでしょう。
外見はぐっとクラシックです。

中はこんな具合で、喫茶店のようなお蕎麦屋さんです。
蕎麦プリンだけではなく、ルバーブを育ててルバーブジャムやいちじくジャムを作ったり、漬物を漬けて
朱色の塗りのお椀で出してくれたりします。

そういえば以前はなかったのにいつの間にかCAFEの看板が出てました。

家具職人さんなので、いろんなまな板がお店で売ってます。
私は小さいまな板を買いました。

岩出山に来られた時には、愉多工房でこだわりのお蕎麦をどうぞ。温かプリンや蕎麦ねっけなどおいしいです。
今度、クリスマスタグをつけたもじゃくりバッグを置かせてもらおうと思ってます。

 

今日は、15日からの世田谷ボロ市の準備です。昨年のボロ市には世田谷まで見にいきましたけど
凄い人だった。

本田美奈子基金のブースで販売させていただきますので、お近くのかた、是非お寄りください。

 

 

 

 

 

 

 

手作りプレゼント

朝はけっこう雪が降りしきっていたのですが、7時頃、どんよりとした雲の向こうにうっすらと太陽が。
「お日さまだ!」
みるみる雲が切れて、ほんとにお日さまが顔を出し、雪が止んでパーッと明るくなりました。
冬になると、お日様ってありがたい、としみじみ思います。

そして出動。この景色。 道は圧雪でちょっと緊張します。

12月も10日。これからお餅は最盛期を迎え、新聞バッグはクリスマスバージョンを迎えます。

一昨日、東京の版画家の岡澤さんに、新聞バッグにぶら下げるクリスマス用のタグを作りたいのだけれど、
消しゴムハンコを作ってください、とお願いしました。

サンタとか、ツリーとか、トナカイとか、クリスマスらしいもの。

そうしたら岡澤さんが「わかった!」とたった一晩で、ツリーとかトナカイとかのハンコを彫って、吊り下げる
糸までつけたタグを4、50個も作って送ってくれました。「大きいのが必要だったら言ってください」とお手紙
まで添えて。

 

私はこういう時、人の本気度を感じてしまいます。岡澤さんがどれだけ本気で私たちを援けようとしてくれて
いるかを感じます。岡澤さんは「自分も力を与えられている」と言ってくれるのですが。

 

午後に地元企業の方とお会いし、お話しする機会を得ました。
こちらとのご縁もまたよい方向に進んでいきそうです。お土産にトナカイと雪の結晶のタグを下げた
モジャクリ新聞バッグを差し上げました。ドライの千日紅を飾ってみました。

中にクリスマスプレゼントを入れて、いかがでしょうか。

 

この新聞バッグも中に入っているものもタグも花も、全部手で作ったものばかりです。

 

 

 

 

 

 

更に大雪

昨日から季節外れの大雪。

季節外れというのもヘンだけど、12月の10日にこの大雪というのは、私がここに住んで12年の間にも
なかったような気がします。

引っ越した歳の冬に60センチくらいの大雪が降って(千葉から連れてきた黒ラブラドール2頭、体重30キロ
くらいあるけっこう大型だったのですが、その体がスッポリ埋まるほどの積雪)、ダマサレタ、と思った
ことがありましたっけ。「東北といっても雪はたいして降りませんよ」と不動産屋さんに言われていたからね。

 

その年は四苦八苦して冬を越し、よし来年からはゴミ捨てもスキーを履こうなんて思っていたら、どんどん
雪が降らなくなって、1月でも雨が降ったりするようになってました。

ところが昨冬は一転。雪はさほどでもないけれど、、マイナス10℃とか15℃とか、この辺の人でも経験の
ない寒さが続いて、水道管は破裂するし、ハウスの野菜も全然伸びなくて赤ちゃん葉のような野菜を道の駅
で売るようなことになりました。

さて、今年はどうなるんでしょうか。

寒さの最中に地震など、津波など絶対きませんようにと祈るばかりです。
金曜日の地震はちょっと、昨年の地震を思い出させる揺れ方でしたから。

今朝はお餅の出荷で家を出ることは出たものの、(下りの坂道)、除雪車が入っていないので帰るに帰れず
(登り坂道が4駆でも登れない)、そのまま町に出てふらふら買い物してました。

海山の仕事はよっちゃんちでやってくれて助かりました。

今、窓の外、デッキの手摺の積雪は20数センチになってます。

明日も大変そう!

 

 

 

 

 

 

 

大雪

凄い雪ですよーッ。外は真っ白。夕方からのの雪では除雪車は来ないので早々と家に帰ってきました。

今年は早いです。例年にないくらい大雪が早い。

明日は滋賀県の化粧品会社のT社長のところにまとまった数の新聞バッグを送る日です。そのつもりで
インストラクターのみんなに数割り振って「送ってね」と頼んだのですが、予報は大雪。
なんかちょっと不安になってきています。

 

加えて12月15日、と16日かな。東京のチームワンネスさんから今年も世田谷のボロ市で海山ネットの
新聞バッグその他を売ってくださるという連絡がきました。販売場所は昨年と同じNPO本田美奈子基金のブース
をお借りできるそうで、売り上げの一部を絵本の製作費に寄付します。

その準備もあるので降りしきる雪の中、よっちゃんちまで「もじゃくり新聞バッグ」をとりに行きました。
雪がフロントガラスに向かってぶち当たってくるようで運転しづらいことと言ったら。

よっちゃんちは薪ストーブが赤々と燃えて部屋中あったかい、あったかい! 猫のメルがあったかい部屋の中の
黄色い猫用部屋の中で丸まってました。子犬のチョビは犬小屋の中に引っ込んでじーっと外を眺めてます。

冬の景色です。

 

この間から仲間に頼んでいた、新生海山ネットワーク用リーフレット(チラシ)ができました。
とても素敵です。もうすぐお客様にお届けできます。

大きく新聞バッグの写真が載っていて、「英字新聞バッグをくださるかたいませんか」と書いてあります。
そんなふうにお願いした覚えはないのですが、よっちゃんや私が英字新聞、英字新聞と頂ける方を
探しているので書いてくれたみたい。

これから東北新聞バッグプロジェクトでたくさんの新聞バッグを制作することになるのですが、英字新聞が
足りません。名刺の裏にも「英字新聞ください」と書きたいくらい英字新聞を必要としています。

 

今日、よっちゃんに何人かの方から新聞をくださると連絡があった、と聞きました。
ありがとうございます。プロジェクトは長く続きます。不要な英字新聞お持ちでしたら是非お譲りください。