音楽のまちで

たまたまのことから、この4月に隣りの加美町にオープンする国立音楽院、宮城キャンパスに行って来ました。

今年初めての開校なので、最初に入学してくるのは高校生10数人と聞きました。加美町は「田んぼの中の音楽堂」として全国に知られているバッハホールがある町で、バッハホールを中心にして、年に何回かの定期演奏会その他さまざまな音楽活動が行われ、音楽がある町作りを提唱し、着実に歩みを進めています。車で走れば30分もかからない田んぼの中の小さなありふれた町だけれども、音楽堂他図書館などの文教施設はしっかりと充実していて、伊達政宗の城下町として学問所やお城跡などの歴史遺産は誇るけれども、本だの音楽だのの文化施設は貧しい私たちの町とは性質が違う町です。

今は廃校になった小学校を利用して開校される国立音楽院は、町の中心部からだいぶ離れたのどかな田園の中にありました。緑豊かな実に美しいロケーション。人家は遠く、ここではどんな楽器をどれだけ鳴らしても、その音を聴けるのは森の動物たちくらい?というような音楽の学校には絶好の環境。学校の入り口には元の学校の名と、校歌が刻まれていました。

加美町立上多田川小学校。

最終の生徒数は12名だった、と聞きました。最初に学校が建てられた時にはもっとたくさんの子供たちがいたのでしょうに、最終的には12名になって学校が閉ざされる。人が少なくなるということは、こんなことになるのかと自分の集落の人口減を顧みて末恐ろしさを感じます。多田川小学校は昔ながらの小学校ではなく、木造バリアフリー、オープン教室の新しい学校です。こんなに新しい機能性の高い新しい学校に建て替えて、どうして廃校にならなくてはならないのか。

私たちの町も来年は合併で4つの小学校が一斉に廃校になるという現実の前に、希望溢れる校歌の文字を辿ると、何故こんなことになっていくのかというやり場のない思いがこみ上げます。

広々とした運動場に立派な更衣室が備えられたプール。寂しかった運動場やプールも今年からは、音楽院の生徒さんや町の音楽イベントなどで賑わうでしょう。

国立音楽院宮城キャンパスはオープンキャンパス最終日ということで、東京から来られた副学長さん、若い女子スタッフさんにキャンパス内を案内していただきました。小学校に手を加えず、そのまま利用した学校内部。実に清潔で驚くほどきれい。

ギター製作科の教室。同じようにバイオリン製作科の教室もあります。この他にも弦楽器リペア、管楽器リペア、ピアノ調律、音楽療法科、大震災被災楽器の修理などなど学ぶ課目は盛りだくさんで、準備されているピアノや防音室その他楽器や録音機器やコンピューターに至るまで新品ばかり。この音楽院で学ぶ生徒の宿舎や卒業してからの音楽関係の仕事へのサポート、全ては町の運営によるもので、ここに投入される予算はどれほどのものかと天を仰ぐ気持ちになりました。

最初の高校1年生はこの地の人だけではなく、全国各地から。遠く岐阜からくる生徒もいるのだそうで学院で教える先生方も含めると、これまでにない人の増加も望めるというもの。またこの音楽院のカリキュラムには農業体験が含まれています。

加美町は音楽と農業を融合した暮らしを作ることをテーマに音楽の町作りをします、という町長の言葉のとおり、加美町には全ての子供がバイオリンを習えるという場が置かれています。

うちの孫もいつかは・・・・。

今はピアノで四苦八苦。ピアノをちゃんと弾けるようになりなさい、と先生から言われそうだけれども。

今日のキャンパス訪問には自分でも思わないほどの衝撃を受けました。税金は見えるかたちで使われるほうがいい。温かくなって辺りが緑色に変わる頃、また来てみたいと思います。その頃にはいろいろな音を聴くことができるのかもしれない。 楽しみです。

海山女子部、山形探索

海山女子部3人は、日曜日、珍しく休みを合わせて山形へ行ってきました。

東北生まれでも育ちでもない女子部3人は、東北の風物がもの珍しく行ってみたいところばかり。

でも今はまだ雪が溶けたばかりの4月初め。さくらんぼも薔薇もないので金山町のガッコ蕎麦へ

行ってみることにしました。

鳴子温泉を通過して新庄を右折。東北の大幹線道路13号線を秋田方面へ。

金山町は以前に行った時の印象は「木」の町。だったのだけれど、今回改めて来て感じるのは

白壁の蔵、大きな木造の家々など、昔ながらの歴史の面影を残す美しい町でした。

 

町の中を流れる川にかかる木の大橋。

周りはまだ雪解けの風景で、岩出山にはいなくなった白鳥の姿がまだ見られます。

1時間あまり車で走るだけで、残雪の量も寒さも太平洋側の岩出山とはまったく違うことを実感。

 

町の景観を壊さないように、観光用看板は立っていないけれど、こんなふうにマンホールに観光客の

ための表示がなされています。

明治時代に金山町を訪れた旅行家のイザベラ・バードは、金山町を「ロマンティックな雰囲気の場所」

だと「日本奥地紀行」に書いているそう。

農業用水路、大堰。

 

町のところどころで見るお休み処の屋内に置かれたライトアップの案内板。

 

まだ雪解け時期の今の季節は無人だけれど、観光の時期にはお茶を飲めたり、案内の方が

おられるようです。

 

そして本命の谷口がっこ蕎麦。

 

閉校になった小学校を利用して、村のお母さんたちが蕎麦を手打ちする名が通った蕎麦どころ。

なつかしい~! 昔の学校の講堂だ。これ講堂に畳み敷き?

こんなビロードのような紅いカーテン、私の小学校にもかかってました。

 

 

国道からだいぶ入った山の中ですが、がっこ蕎麦の駐車場には車がいっぱい入っていて人気の

ほどが伺えます。私たちも評判を聞いて来たけれど、こんな形でも廃校になった学校の利用は

できて続けていけるのだ、とお母さんたちのパワーに感服します。

 

いろいろ面白そうなものがありそうな新庄、千年だんごの大石田町、温かくなったら鮭が上るという

鮭川町、真室川温度で有名な真室川町。行きたいところはやまほどあるけど次回を期待して帰路へ。

往路とは道を違えて赤倉温泉経由で途中、分水嶺のある堺田に寄り道。

真っ白の雪の時期、人気のない単線の堺田駅のホームに立つと、映画ぽっぽやを思い出します。

しかし分水嶺というのは何度見ても不思議。

太平洋側と日本海側の分ける川の源がこんなに小さい流れなんて、誰が想像できます?

そして誰が見つけたんだろう。

 

ここ、何度来ても飽きません。

珍しいお土産いろいろ買って、大変楽しかった。また行きます!

 

 

 

 

 

 

 

東京・美緒さんコケシ・サンドレシピ・ラベンダー・富良野教室

突然、気温上昇。超あったかい!

極端にあったか過ぎ。春というのはもうちょっと段階的に温かくなるのじゃなかったけ。

 

週初め、東京に行った時には、上野の桜満開。

道行く人は春らしい軽装。私は宮城に戻った時のことを考えて1枚脱いだものの内心不安。

大腿骨折で入院したおばの様子見に行き、とんぼ帰りで大崎に戻った夜の気温は3度。

ほーら、やっぱり寒いじゃないか!

 

翌火曜日、斉藤さんと一緒に松井美緒さんに会いに仙台へ。

ここから急にあったかくなりました!!。急激な気温の上昇で車の中エアコン入れたいくらい。

突然こういう温度は困るのです。草が伸びる。ハウスの花が徒長する。梅農園の梅の花が

短期間で咲き、散ってしまう。

 

仙台まで運転するのは春らしい装いの斉藤さん。私は助手席。

仙台まで時々行くというので安心していたら、高速下りて市内に入ったとたん「私3車線の道路

走るの初めてですよ」ととんでもないカミングアウト。

目指す美緒さん宿泊のホテルまでの4車線道路を斉藤さんも緊張しただろうけれど、私も同様に

緊張しつつ、どうにかホテルに到着。

いやあ、ほんとに偉かった。対面道路しか運転したことのない人がよく市街地4車線を運転しました。

「今日は私の4車線記念日!グレードがあがりました!もう日本中行けそう!」と勇者気分で

はしゃいでいたけど、私は無意識でも疲労したらしく、帰ってばったり寝てしまいました。

 

久しぶりにお目にかかる松井美緒さんには、美緒さん作のこけしに作家さんのサインをして

頂きます。見た人が思わず悲鳴を上げてしまうような斬新なデザインの美緒さんコケシは、さらに

新しい女の子のコケシも誕生中とのこと。手元に届くのが楽しみです。予約も受付中。

 

彩りの美しい創作のお料理でも今ご活躍の場をお持ちと聞いて、厚かましくも以前から

依頼されていた私の町の喫茶店の軽食用サンドイッチのレシピをお願いしました。

そしたら2日も経たないうちに、こんなに美味しそうな焼きトマトサンドイッチレシピを送ってくださいました。

作り易さも材料の保存し易さもオーダーへの応じ易さも全て考えられた野菜いっぱいのサンドレシピ2種。

付け合せのサラダなども考えてくださっています。

そのセンスと手早さと的を外さない確実さと美緒さんのお気持ちの優しさに感謝、感動しました。

ありがとうございます。美緒さん。

 

そして水曜日。

美里町から石巻でラベンダー栽培をやっているラベンダーコムのオオコダさん来訪。

知り合ったのはほぼ4年前。大震災、2年後くらいのこと。

東松島の塩害の地に綿を植えて綿製品をとろうというコットンプロジェクトに加えて、土地を

開きラベンダー栽培をやるので、その製品を売ったり作ったり、何かご一緒にできませんか?

というお誘いでした。

その頃はまだラベンダー苗を小さくて数も少なかったのだけれど、植えつける苗を増やして一番大変な

草取りもがんばりとおして、今は始まりの頃よりも倍の面積、10000万本のラベンダー園に成長し、

ラベンダー祭りを開催したり、保育園や学校の子供たちや施設の老人たちが楽し場になっています。

ついては以前にお話していたラベンダーと新聞バッグのコラボの件。

ラベンダー入り新聞バッグの販売先をたくさん探しましたので、新聞バッグを作ってください。

という嬉しいお申し出でした。

 

新聞バッグが売れることより、オオコダさんのこの4年の熱意に感心しました。

花が咲くのは6月末から7月。 柄を選んで新聞の用意をし、ラベンダーに似合う新聞バッグを

作ろうと思います。

 

木曜日。

6月10日から岩出山を訪問してくださることになった富良野の方々に、お話をして頂く場をどう

作るか、鳴子温泉、喫茶たまご屋のマスターに場所の選定や参加者への声がけの協力をお願い

しました。

詳細については決まり次第にチラシやFBでお知らせしようと思います。

道の駅に美緒さんコケシを買いに来てくれた孫のピアノの先生が鳴子温泉まで来てくれました。

上條さんと一緒に高橋亭で昼食。

東京にコケシにサンドレシピにラベンダー、加えて富良野教室の準備などなど、盛りだくさんの

1週間が過ぎるのは速いこと、速いこと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニュースと春!

次から次へといろんなことが起こってくるので目が白黒してしまいそう!

本日のニュースは・・。

黒田さん、ラベルのデザイナーで新人デビュー。

黒田さんが道の駅から依頼された瓶のラベルのデザインを見せてもらいました。

いかにも黒田さんらしい抑えた色使いと瓶の中身の物語とがマッチして思わず私の口から出た

感想は「わあ! 美味しそう!」

もともとは東京でデザインと編集の仕事をしていた黒田さんは、大震災後、東北に来てくれた

海山の大切な仲間。以来、海山の印刷物関係はデザイン、編集、その他、紙になって手元に

届くまで全て黒田さんに支えられています。

 

お勤め人としての生業の他にデザインの仕事をするのは大変だろうけれど、学んだ技術と才能は

活かせる場で是非活かしてほしい。夜中に仕事をする本人は「眠い!」と言ってますが・・・。

 

そしていよいよプロ野球のシーズン開幕。

合わせたように松井美緒さんのコケシも道の駅で販売開始です。

その美緒さんが仙台に来られるのでコケシにサインを頂くことにしました。

こちらもコケシの新人作家さんデビユー。

美緒さんコケシは売れてほしい。そしてご主人(松井稼頭央選手)が所属する楽天イーグルスには勝って

ほしい。ということで、野球のことにも選手のことにも無知な私も、海山メンバーとともに今年は球場に

出向いて楽天の応援をするつもりです。チケットはどうやって買うのかしら。

そして楽天イーグルスの2匹のマスコット、あれはなんなのか。動物? 鳥?

 

まだニュースは続くのですが、今日はここまで。

日曜日の本日は直売所当番。

温かいとは言いにくいような陽気ですが、それでも直売所の佇まいは春めいてきました。

赤や黄色のパンジー、辺りに響くピーーーという焼いもの音、白い煙、直売所の後ろの釣堀り

は噴水の水しぶきを上がり、岩魚釣りを楽しむ家族連れの姿がみえます。

今年はこの直売所で石巻の加納さんに来てもらって、みんなで縫い物や織りを教わるつもり。

私はここで新聞バッグとラベンダー屋をするつもり。

旅の途中、是非お立ち寄りください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデン食堂花見弁当・第2回編集会議

週半ば、仙台より旅行企画会社仙台リビングさん来訪。

4月半ばに企画された、この町にある佐藤農場の梅の花見と生誕450年伊達政宗の歴史を巡る旅の現地視察に担当者が来られました。この旅のなかで私たちがお引き受けしたのはゴールデン食堂のお花見弁当。ゴールデン食堂というのは、昨年の春、岩出山で倉本聡作の舞台「屋根」を上演した際役者さんたちの食事を賄うために作った、本物の食堂ではないけれど、農家のお母さんたちが持ち寄りの食材で20種類近い料理を作った幻のような食堂です。

場所は公民館の和室だったけれど、看板や品書きがあまりにも立派だったから、ほんものの食堂と間違えたお客様が「何か食べられますか」と立ち寄られたりしました。舞台が終った後も、必要な時には集合して料理を作るゴールデン食堂として今も時に活躍の場をもらっています。お餅屋の私が担当するのはスイーツ。出たばかりの柔らかな蓬を摘んで餡入りの草もちを作ろうかしら、などいろいろ考え中。せっかく来て頂いたので、不肖余所者の私が町をご案内することにしました。

まず最初に、メインとなる梅農場。

白い梅はまだ蕾が硬く、広-い園内のところどころに散りばめたように満開の紅梅。社長の宗一氏によれば早咲きの梅なのだそう。

連翹も少し咲き始めています。

宗一氏自慢の梅のトンネルの小径。 満開時には見事です。

路の右側には連翹が、左に植え込まれているのはさつき。

古い梅の木は150年くらい経っているものもあり、全部で何本あるのかは分からないので、自分で数えて、とのこと。まだ花が咲かない梅林をちらりほらり梅見のお客様の姿が見受けられました。

梅農場の後はお城跡に行き、有備館に行き、最後に私が好きな内川の散策路へ。

たぶん地元住民はあまり行かないところだと思うのですが、有備館の広いお庭の裏手を流れる内川に沿う道は、水の流れも山の木々も美しいとっておきのような散歩道です。そして、ただのお城を護る用水だと思っていた内川は、世界かんがい施設遺産なのだと今日知りました。そういう遺産があるのだとは驚いた!

翌日の夜は第2回目編集会議。

それぞれの仕事を終え、夜7時に黒田さんちに集まり、まず炊いたご飯に味噌屋の小泉君持参の3種の味噌をまぶして味噌お握りを作り、メンバー自作の持ち寄り惣菜と粕汁で腹ごしらえをしながらのミーティング。間で小泉君作の味噌玉も試食。本日のメインイベントは発行物のタイトルをつけること。この1日2日私が考えぬいたものは却下。呻吟しながらどうにかこうにかタイトルが決まりました。あまりにも破天荒なのでここでは言えない。内緒。出来上がってからのお楽しみにします。

全体の割り振りと、ひとりひとりが担当する文字数を黒田さんがテキパキと決めてくれます。もとデザイン、編集業務に携わっていた黒田さんが、とても頼もしく思える夜でした。

そして翌金曜日はロイズ新聞バッグ、検品、袋入れ、箱詰め作業。上條さんと二人真面目に仕事をして、今月の作業終了。

3日くらい寒い日が続いて間に温かい日が1日ほど。それっとばかりに庭に出て、篠竹切ったり枝を払ったりしているのですが、寒いので一向に捗りません。3日でいいからぽかぽか陽気のあったかい日が欲しい。

クリスマスローズ満開。あっちこっちで勝手に出てきたクロッカスが蕾を膨らませています。

明日、明後日、また忙しい週末に突入。

 

コケシと新聞バッグと菊栽培

昨年の秋に南三陸での新聞バッグ講習でお世話になった雑誌ストーリー編集部の千田さんが、

松井美緒さんのインスタグラムへの投稿を送ってくれました。

美緒さんは、南三陸でお話した、「支援はするほう、されるほうお互いさまで対等に」という私の

気持ちを受け止めてくださってありがたいことです。

そしてついに美緒さんコケシが道の駅に到着した模様。まだ販売されてはいないけど、もう

予約あり。新作は男の子で楽器持ってます。かわいいよ!!

 

 

陽が当たる側の白いクロッカスの蕾が今にも開きそうに膨らんでいるけれど、やっぱり寒い。

蓬は採り頃。だと解るんだけど採れば仕事を増やすだけなので、なかなかその気になれない

のがつらいところ。

しかし、3月の末にこの寒さは、あまりないと思うのですけどね。

 

寒い寒いとぼやきながら日曜日は上條さんと二人、直売所でロイズ新聞バッグの袋詰め作業。

早いもので2年近く作り続けてきたロイズの新聞バッグの製作ももう終りに近くなりました。

今月と来月くらいで終了の見込み。折り方も折り手さんに教える作業も時間がかかり、作った後の

検品作業にも手がかかる新聞バッグでしたが、これまで毎月作ってきた災害住宅にお住まいの

折り手さんと思うと、日本中の企業で1年に1度でも包装用だの祝いごと用だのに新聞バッグを

使う機会を持ってくれたらなあ、と甘い考えかもしれないけれど、やっぱり願います。

 

今日は朝から、道の駅出荷組合花卉部会の菊栽培講習会。

昨年の夏の調査の結果、出荷組合では菊の生産量が少ないと解ったので、今年はお盆と彼岸用の

小菊と輪菊の生産に取り組むことにしました。が、花の中でも特に定植の時期とか日照の時間など

気難しいことが多いうえに病気もし易い菊栽培は、未経験者が多く新たなる冒険。

 

農業普及センターの花担当者、農薬担当者に来て頂いての2時間の菊のお勉強でしたが、ラベンダー

以外の花とはここ2、3年離れてる私は聞くうちに、だんだん現場感覚が戻ってきて息が詰まりそう。

しかし、南三陸からやってくる小菊と輪菊。

今年のお盆には瑞々しい菊の花束を直売所にいっぱい並べてご先祖さまに喜んで頂きたいものです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・になったつもりで・・。

庭の枯れ草を押し上げてクロッカスが咲き、福寿草が咲き、蕗の薹も蕾を開きかけている

というのに、朝晩の寒さのきついこときついこと。

昨日の朝は「?」と首を傾げるほどの横殴りの雪。  日中は暖かくなって夕方寒いーーッ。

そして今朝も雪。

いったんぱーっと明るくなってほかほかと暖かくなったので、ちょっと庭やろうかな、と思った

けれど、合間合間に雪が降るので、完全に戦意喪失。

 

前回の0回編集会議に引き続いて、1回目は岩出山町内にあるお味噌屋さんで取材。

今はお味噌屋さんだけれど、もともとは麹屋さんらしい。今の若だんなは5代目ということだから

陸奥一の大名伊達政宗の城下町であった岩出山では、戦のための兵糧などで、麹や味噌が

発達してきたのではないか、というお話。なるほど。

道理でこの小さい岩出山町内には古くからの味噌屋さんがみっつもある理由がわかったような。

 

味噌についても麹についても、聞けば聞くほど話は現代の食の動きや傾向にまで広がって

興味がつきない濃い3時間の取材でした。

しかし、温度で発酵の度合いが進んだり進まなかったりする発酵食品、味噌や麹を作る現場の

めちゃめちゃ寒いことだけは身に沁みて解りました。

あとはこの取材がどんなふうにまとまって出来上がるか、そこが問題なのです。

 

これを書いているうちに、外は見るからに暖かそうになってきて、意を決して庭へ。

今年初めての庭掃除。今のうちにやっとかなくては、草が伸び始めると手に負えないことに

なります。

花木の細枝を切り、絡まった蔓を引っ張り外して、去年の落ち葉や枯れ草をどんどん掻き落とし

ながら、なぜか何時も感じるのは説明し難い恐怖。

なんか怖いんです。蛇とか蛙とかそんなのが怖いのではなくて、草とか木とか棘とか、そんな

自然のもので思わぬところで痛い目に合いそうな怖さ。

ほら、ありました。古い茶色になった去年のいが栗。これを掴むと手袋していてもめちゃ痛い!

へっぴり腰で枝やら草やらと格闘するうちにすぐに嫌になって帰りたくなるのだけれど、そんな時には

90歳でも庭仕事をしていたターシャ・チューダーさんになった気でがんばり続けます。

 

がんばった結果、だいぶきれいになりました。手前がプラム、向こうがくるみ。

いっぱい実はなるけれど、プラムは鳥が、くるみはリスが全部食べてしまうので私の手には入りません。

 

どこからとこなく現われたシロが、やっぱりつかず離れずついてきます。

5時で終了。

 

その後はお餅仕事。

週末、作るお餅の量が多いときには、今度は機械になったつもりで仕事に励みます。

明日は土曜日、がんばろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男子ピアノコンサート

本日は珍しく終日雨。

こんな日は日頃の疲れが出るのか、くらげのようにぐにぐにゃになって、怠惰な1日を過ごして

しまいます。

昨日は1年に一度開催される岩手県一関の一関男子ピアノコンクールに行ってきました。

我が家では4月に小学校3年生になる孫が出場しますが、4歳から始めたピアノでコンクールに

出場するのは4度目。今年は「ライオンキング」から、エルトン・ジョン作曲の「愛を感じて」という

少し難しい曲を弾くことになってます。

このコンクールは、出演者も運営者も幼児から成人まで全員が男性というのが特徴で、

ステージ、楽屋は女性立ち入り禁止。小さい子のお世話も大きいお兄さんたちがやってくれます。

 

男子だけのピアノコンサート開催のきっかけ、というのは、2000年に一関バッハフェスティバルに

賛助出演した一関出身の東京6大学ピアノ連盟の男子学生たちが、東京6大学ピアノ連盟の

活動に刺激を受け、一関男子ピアノクラブを発足させた、とのこと。以来毎年開催され、今年は

第17回目。

次々に卒業していくので、毎年実行委員長も委員も変わるのは当然のことですが、今年は昨年よりも

実行委員が若返って、委員長、副委員長が高校1年生、委員には中学生までいるのには、本当に

驚かされました。

伝統あるこんな大きな催しを、実際にはこのコンクールの出演者でもある高校生、中学生が代々の

実行委員から引き継いで運営されていくというのは驚異です。

 

毎回オープニングで実行委員によって演奏されるのは、ビートルズの「Let It Be」。

小学校1年生の時のオープニングで初めて聴き、いつか弾きたいという思いを8年間抱き続けて、

今回「Let It Be」を弾く中学2年生の男子。

女の子が出演するコンサートの衣装の華やかさはないけれども、その分、ピアノから流れてくる

音だけに耳が集中します。

 

小学校6年生が弾く「エリーゼのために」、難しそうだけれど弾きこなしました。

中学1年生が弾くドビュッシーの「アラベスク1番」、素晴らしさに聞き惚れました。

孫が師事して頂いている先生の教え子さんたちも、小学校6年生でG・ランゲの「花の歌」、その

お兄ちゃんは、久石譲作曲「Summer」、中学2年生のバッハ「ピアノ協奏曲」。

そしてうちの孫は長い曲をきちんと終わりまで弾くことができましたし、最初のコンクール出演の時に

連弾をしてくれたKお兄さんは北海道の大学から戻って見事な演奏を聴かせてくれました。

このピアノそ弾く男子の多くが、ピアノだけではなく、サッカーや野球、水泳、剣道などの体を動かす

スポーツにも力を入れている事実に感じるものがあります。

どの演奏を聴いていても、幼い時から辛抱強く師事してくださった先生と同伴されただろうお母さんの

姿が重なりました。

 

そして毎回感心するのは、演奏時間4時間半という長い時間を小さい子も大きい子も静かに演奏を

聴いていること。我が家の孫も一番前の椅子で、前を向いたまま演奏を聴いていましたが、日頃の

ちょっと退屈しても、まだ終らないの、というような態度とは全然違う。

実行委員長の高校生二人は学校で応援団長ということで、ピアノコンサートへのエールをホール全体に

響き亘る大声を張り上げてくれました。応援団は裸足でやるんだね。

 

清清しい1日が終わりました。

また来年この男の子たちがどんなふうに成長するのか、とても楽しみです。

 

先生のご指導のおかげで、男の子たちの素晴らしいピアノ演奏を楽しませてもらえています。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

こけし作家さんデビユー

今日は雨。

春のお天気は雪だったり雨だったり目まぐるしくて、寒暖差にやられたのか珍しく体調不良。

朝一で、道の駅のHP用だかの写真撮影で農産直売所に役員召集。

動いていないようであっても毎日あそこここで、目まぐるしくコトは動いてゆきます。

これから文化事業にも取り組もうとする道の駅は、4月から新聞バッグワークショップや英会話

講座などを準備中。無論私も参加しますが、どのように花開くか楽しみです。

 

松井美緒さん。

昨年の秋に南三陸で新聞バッグの作り方を覚えてくださった美緒さんは、楽天イーグルスの

松井稼頭央選手の奥様で、ご自身がモデルさんでもあります。

もの凄いがんばり屋さんで、秋に初めてお会いした時には、石巻マラソンに初出場した直後。

マラソンを始めてまだ数ヶ月。なのに今は毎日3時間以上走ってます、と聞いて、よくは知らない

マラソンなのに、思わす「がんばり過ぎではないですか」と留めたくなったほどでした。

 

美緒さんの更なる目標は京都マラソン。

フルマラソンに出場し、時間内に完走すると聞いてびっくり。

そうしたらほんとうに今年2月、フルマラソンに出場し、ゴール2キロ前で肉離れを起こしながらも

時間内に完走された、と聞いて驚き、言ったことは本当に実行してしまうその精神力の強さに

驚嘆しました。

普通ではやれない、というよりやろう、と思わないでしょう。

いかにもスポーツウーマンという外観ならまだしも、美緒さんはまったくそんな風ではなくて、

モデルさんらしく華奢で小柄で美しい二人のお子さんを子育て中のお母さん。

 

野球選手の奥様としてもフル回転の日常でしょうに、その美緒さんが東北とのご縁で、作って

おられるのがコケシ。

秋の石巻マラソン後に南三陸で習い覚えて作った80枚の新聞バッグに、美緒さんデザインの

コケシ80個を入れて東京でのイベントで販売するという話を聴き、最初にそのコケシを見せて

もらった時にはその斬新さに度肝を抜かれました。

こんなコケシ見たことない。こういうコケシもあるのか、と驚いたものでしたが、鳴子という古くからの

伝統こけしが伝わるこの場所で、見る人の反応は意外にも「かわいいー!」だとか「あらっ、素敵!」

だとかの好意的な言葉ばかり.。

伝統こけしは伝統こけしとして大切なものではあるけれども、新たな感覚で作られたコケシもまた

今の洋風な感覚の部屋とか暮し方に、置き易い、プレゼントにし易い、などという受け入れられ方

があるのかもしれない、と納得しました。

 

その美緒さんが作ったコケシが、この度、道の駅でデビューすることになりました。

新人作家さんのデビューでもあります。

以前に見せてもらったコケシに加えてまた新しいコケシも出現の模様。

どんなコケシが現れるのか楽しみです。  きっとまたびっくりするだろうなあ!

 

 

 

 

 

 

 

 

第1回目理事会・第0回編集会議

昨日、今日、びっくりするような大雪。

降り続けてくれるならいいのだけれど(良くはないけれど)、降ったり止んだりするので

行動の見当がつけづらくて難儀する。

こんな積雪では道の駅出荷に行っても、戻ってきたらうちまでの坂を登れない、と

休むつもりになったところで、パアーッと陽が差すと、春の雪はみるみる溶けて、こんな

日に仕事休んでいいのか、という気持ちにさせられる。

今朝も15センチほどの積雪。これじゃダメだと諦めたところで一転明るくなり、11時も過ぎて出勤。

 

昨夜は、降りしきる雪をうらめしく思いながらも今年度初の理事会に出席。

今年の目標は、ともすれば脱線して、延々時間ばかり長くなる理事会の時間短縮を目指して

いかに効率よく会議をすすめるかがテーマ。

と同時にピリリと引き締まった理事会をするためには、前段階の出荷者の部会や3役会

などの動きの充実が必要になってくるので、どうなるかなあ、と期待していたら、見事に

整理整頓されて、会議の書類も薄くなり、昨年より1時間も短い会議となりました。

やったね、成功!

 

理事会役員といっても、生産者として野菜採ったり、加工品作ったりは一般会員と変わらない

仕事量なので、、夜、夜中に働くお豆腐屋さんや私にとっては夜の会議はなかなかつらい。

それを長年続けてきたよっちゃんは今期ついに脱出に成功。

なに、そこで時間ができたところで、あっという間に忙しくなってやっぱり時間に追われるように

なるのです。生産者とはそうものだ、と近頃つくづく分かってきました。

 

そして今夜はお握りミーティング。

場所は新しく居を構えた黒田さんち。

海山の仲間に同じ思いを持つ人にも加わってもらって、かねてから考えていた旧玉造郡の

モノやヒトやコトを外に伝えるフリーペーパーのような出版物を作れないものかという会議。

先日滋賀県の角川社長から送って頂いたクリスマス島の塩で握った塩結びと、漬物作りの生産者、

栗ちゃんから教わった「栗ちゃん風キムチはっと汁」とみっちゃん浅漬けでまずはお腹を満たして

各自の視点や伝えたい思いを出し合います。

それぞれに出来そうな役割分担を担って、次の第1回編集会議に持ち寄ることに。

さて、どうなることか。

クリスマス島塩結びは大変美味しかった!

北海道は南富良野の坂井英男さんから、手づくりのいももちがどっさり届きました。

坂井さんは一昨年の秋、坂井さん自作の素敵なガーデン「私の庭」で一度だけお会いした方で

その時は、やはりひとりコツコツ作られている「私の家」で大切になさっているレコードで演歌を

聞きながらメロンを頂きました。

北海道に行く度に孫への土産に買ういももちですが、坂井さんのいももちはチーズまで入って

どこの土産物屋のいももちよりも絶品。お年賀状だけのやりとりでしたが、こうしてイモモチを

送って頂くなんてほんとうに嬉しい。

 

南三陸の小野寺師匠から今年初めての海の産物をいただきました。

ワカメに茎ワカメに、ふのり、ひじき、メカブ。

潮の香りが漂ってくるようです。真ん中にあるのは研究中の味噌玉。

 

いよいよ申告の日が迫ってきて、内心は火の車。

明日、明後日は申告の準備に専念します。