新聞バッグワークショップ/上野々でスキー

日にちが過ぎるのが早い。

もう2月も10日を過ぎて、あと2週間もしないうちに滋賀県での新聞バッグワークショップの日が迫ってくる。

新聞バッグを作れないわけではないけれど、人に教えることと作ることは全く違うので、教えることができる

黒田さんや上條さんがいないワークショップは想像できないのです。

ましてや私が教える新聞バッグ講座の図はさらに想像できず、日が過ぎるのが恐ろしい。

 

なので、土曜日、久しぶりに黒田、上條、私の3人の顔が揃う、新聞バッグ講座では黒田さんの教え方を

しっかり見て、頭にきざむつもりで臨みます。

お客様は、スーツ姿の男性が7人に女性2人。JTBの方々と市の観光課の方々ですが、のりがついては

いけないので上着を脱いでもらっていざ制作にかかって頂きます。

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海山ネットワークの始まりから現在に至るまでのおおまかな話をした後なので、短い時間になりましたが、

みなさん、上手に初めての新聞バッグを完成されました。

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満開のさくら!

なんと絵になる新聞バッグではないですか。

「楽しい!」

聞こえてきた言葉が印象的。

日頃は大人の生活に紛れて忘れているけれど、こんな小さな工作でも紙を折ったり糊を貼ったりして作れば,

「作るって楽しい」という感覚が甦ります。

 

肝心の新聞バッグの作り方の教え方は、自分がしゃべるほうに気と時間をとられて、ちゃんと見てられなかった。

再度挑戦の必要あり。

 

ワークショップが終った後、町にできた新しい喫茶店に行くことにしました。できたのは知っていたけれど、

機会がなくて1度も行ったことがなかった喫茶店。

私が越してきた15年前は、町には喫茶店がひとつもなくて、ちょっと人とお茶っこするにも困っていました。

ところがここ、2、3年でバタバタとカフェラッシュ。ここの町の人が喫茶店を開くというのはあまりないことなので

他所の土地から移り住む人が増えたということなのでしょう。

そしてこの喫茶店も他所の土地の方。岩手から毎日通ってこられるそうです。

店内はしっとりと落ち着いた雰囲気。想像したよりも広くて、実に精度のいい音でジャズが流れています。

 

サーブしてくださるのは息子さんとそのご両親。

メニューはコーヒーその他の飲み物だけだけれど、「わあ、疲れた、お腹が空いた」と口々に言う私たちに

同情して、たぶん私よりも少しお若いお母様が家族用のパンを焼いて、コーヒーと一緒に出してくれました。

ほんとうに申し訳ない。

コーヒーのみに来て、よそのお宅のパンまで食べてしまうなんて。

必ずどこかで美味しいパンを買って、お返しに来ようと決めて今日の日程は終了。

 

そして今日日曜日。

昨日突然決まった鳴子、上野野スキー場での雪遊びに黒田さんが行くというので、道の駅へのお餅出荷後、

黒田さんの橇滑りの勇姿を写真に撮ろうと出かけてみました。

岩出山は晴れて青空さへ見えるのに、鳴子に近づくに連れて濡れ雪が吹雪いて荒れ模様。

こんなんで雪で遊んで楽しいのかしらん。

行く気が失せて、喫茶たまご屋さんでしばらく遊んで、「ゆっくり行くのよ。無理しないで」と運転の注意を受け

ながらスキー場へと向かいました。

なんと、横殴りの濡れ雪で視界は白いのだけれど、遊んでいる人はいる!

ひとつだけあるリフトも動いている。 でも黒田さんはいない。

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黒田さんを探して、食堂へ。

 

いました。

たまごやさんのマスター、タケシさんと東京から来たお客さんと一緒に緊張と興奮と疲労が入れ混じった

ような表情の黒田さんが!

胸がいっぱいでおなかもいっぱいなのか、普段だったら平らげてしまうカレーのお皿も半分残ってる。

なんだ、どうした?

「滑ったの?」と訊いたら、「滑りました。ウン十年ぶりで」

「リフト乗ったの?」 「乗りました!」

「で、降りられた?」 「歩こうかと思ってけれどスキーで」

で、この表情なんだ!

 

 

はあー、やっぱりスキーって、自転車乗りを覚えたら忘れないのと同じで、何年経っても滑れるんだ!

東京からみえている、今月に入って2度目の鳴子だというお客様は80歳だそう。

ええ~、うらやましい。だったら私も滑れるのかもしれない。

こんなに近くにこんなにゆるーいスキー場があるんだから。

テレマークというスキーしかやったことがない私は、普通のスキーだったらまったくの1年生。

教えてくれる人がいることだし、スキー板も短くなったみたいだし、新たな興味がふつふつと。

でも骨折したら元も子もないので考えどころです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議は続く

昨日はお昼に花山お蕎麦屋さんでお蕎麦を食べながら、出荷組合花卉部会のランチミーティング。

そろそろ始まる花の時期。どんなふうに花を売っていくのか。2時間話し合って終了。

その後場所を移動し、喫茶店で市の観光関係の方との打ち合わせ。

まだよくわからんのだけれど、大震災後の6年後の今、復興の新たな段階に入ったとのことなんですが、

のみこめなかったので、次に機会によく訊いてみます。

 

新聞バッグは大震災直後の気持ちも生活も大混乱している時に、とにかく生活再建のために失った仕事を

作リ出そうと、沿岸部の人と一緒に始めた活動だけれど、年数が経つうちに仕事作りとはまた違う要素も生まれ

てきました。足がある生き物のように1人で歩いて、各地の人と知り合いになり、イベントの主要品目になったり、

演劇を連れてきたり、学校の教育事業に使われたり、様々な分野で顔を広げています。が、でもやはり

大震災後に始まった仕事に他ならないので、その基本にある復興という言葉は無視できない。

 

その基本を表立たせず胸の底に据えて、この先新聞バッグに何ができるのか。

新聞バッグがどこに歩いていくのか、何が起こるのかさっぱり分からないけれど、楽しみです。

伸び代はまだまだあると思うから。。

 

今日は道の駅出荷組合の理事会会議。

正月が明けてから次から次の会議続きだったけれど、役員の改選を含めて、ようやく来期に向けての諸々が

決まり、これから2月半ばの総会を経てまた新たな年度が始まります。

あ・ら・伊達な道の駅は開業16年目に入り、古くなった建物の外装工事と裏の大駐車場の工事が終わり、

今は表側駐車場の大工事中。車が1台も見えないのでお休みのように見えるけれど、お休みではありません。

5月には新装なった道の駅にお客様をお迎えできると思います。どうぞお立ち寄りください。

 

今朝は大雪。

今の積雪からみたら、道の駅にお餅の出荷に行ったら、帰ってきてうちへの上り坂を登れる自信がないので、

今日の仕事は大雪休みにします。

手持ちぶさたにテレビを見てたら、2020年の東京オリンピックは「復興オリンピック」という文字が・・。

復興オリンピックって、意味はなんだろう。

丁度新聞バッグとオリンピックについて考えつつある今、ひっかかる言葉なんだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想ミーティング

この2、3日、風が強く風花が舞い寒い。

ここに来て15年間使ったガス台。3つあるコンロの1個が点かなくなったり、グリルが壊れたり、だましだまし

使っていたけど、いよいよ騙せなくなってきたので、午前中はコンロの交換。

しかし、驚いた。今のガスコンロというのはなんでもできるのです。

カスタマイズ機能というのがついていて、、油の加熱防止にガス自動ストップ、消し忘れても自動消火、焦げ付く

前に自動消火するらしいし、調理の際も料理別の温度の設定やら、トーストまで焼けるらしい。

いろいろいっぱい書いてあるけど、難しいことはできないので読む気なし。普通にガスに火をつけて鍋かけて

料理をする。それなら普通のガス台を買えばいいのだけれど、うちのキッチンに合うのは、この普通がないんだわ。

レンジフードと連動になっていて、ガスをつければレンジフードが動くという仕組みになってると説明されたけど、

これは断りました。ガス着火と連動してレンジフードが動くなんて寒いし、自分がつけたい時に回す。

便利一途の近代文明へのささやかな抵抗。でも実は歳をとるばかりの私には本当は有難い装置なのかも

しれません。

 

午後、今夜の海苔巻きパーティ兼海山ミーティングの準備のために買い物へ。

なんのパーティかというと、黒田さんの新住民歓迎とmichikoちゃんの帰国歓迎&もうすぐ出発のお別れと

上條さんの白鳥キャンドル最優秀賞受賞のお祝い、とふたつみっつ重なっている海山事業のうち合わせ。

今夜の講師は、弁当作りで海苔巻きの腕を磨いているよっちゃん。なんでも巻いていいそうなので、私と黒田さん

は海鮮、孫はソーセージなど、上條さんは海苔巻きに巻く揚げ物を持って登場。

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適材適所。それぞれに役割を担って今夜の食事ができあがりました。

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みんなで食べながら、海山ミーティング開始。

ロイズ新聞バッグの終了を間近に控えて、これで少しゆっくりなるかという矢先ふたつの事業案件が現われ

ました。ひとつは仕切りなおしての教育事業。もうひとつは新聞バッグ×オリンピック。

学校の修学旅行に新聞バッグ作りを組み込ませるというのは過去5年間にやってきたことの新たな始まり

ですが、オリンピックというのは大きすぎて全然想像がつかず、妄想に次ぐ妄想ミーティングで終了。

 

明日は教育事業の方との第1回目の打ち合わせをやります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会議、蜜ろうそく作り。

昨日の朝の雪。

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午後から道の駅の会議があるのでうんざりしていたら、お日様が出て見事に溶けた。

陽があたればすぐに溶ける。これが岩出山のいいところ。

 

会議は道の駅出荷組合の年度替わりの諸々。予算やら役員改選やら来期に向けて重要事項を決めて

いく必要かつ重要な集会です。

私が部長を務める花部会は、気合の入ったお母さんたちが揃っているので、今年やるイベント類は

既に決まってます。

ラベンダー栽培の方向づけやら、新品種の菊の栽培、ドライフラワーの充実、講習、研修、イベント開催

などなど、そんなにやるのォ、と圧倒されるほど密度濃い。

なにはともあれ年度替わりの重要な部分はこれで終わりました。

 

ほっとしたところで、今日は、道の駅へお餅出荷後に温泉へ。

のつもりで鳴子温泉に向かっていたら、中山平温泉の蜜蝋燭つくり(スノーランタンフェスタ)の席がまだ空いてるよ、

と連絡が入り、急遽中山平へ。鳴子を越えて中山平温泉まで行くと積雪の量が俄然増えます。

会場はしんとろの湯敷地内のコミュニティセンター。

中に入ると50名ほどの大人こどもが会場を埋めてました。

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私、蜜蝋燭を作るのは初めて。どんなものかどんなふうに作るのかもまったく解りません。

最後の飛び入り参加で、指定されて席に着いたのはグループA。Aの仲間はお母さんたち、子供たち、そして

我ら海山女子部+S由美さん。

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作り方の説明の前に、今日の講師である山形県朝日町から来られた蜜ろうそくの森キャンドルの安藤さんの

お話があります。

まずは蜜ろうそくの原料である蜂の巣と蜂についてのお話。

これが滅法面白い。蜂ってそんなに種類いるの?蜜蜂の巣は紙で、人間は密蜂を真似して紙を作った。

近頃は蜂が少なくなってしまっているけれど、蜂がいなくなったら人間は食べるものがなくなってしまう。

蜂は近くに自分の巣がなかったら刺さない。

地蜂は生きたくもを10匹以上閉じ込めていて、それを1匹1匹食べて生きている。地蜂がいなくなったら自然界

蜘蛛だらけになっちゃうよ、などなど、大人も子供もこれまで知らなかった蜂の話に引き込まれて時間を

忘れそうでした。

 

 

解り易く蜂の話をしてくださる安藤さん。手に持っておられるのはオオスズメバチ。

これまでたくさん刺されたので、刺されてももう腫れもしないそうです。蜂が作ったものを頂くのだから、刺されても

仕方がないね。

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いよいよ、蜜ろうそく作り開始。

蜜蜂の巣からできているという材料をお湯で温めて、手や板で形を整えながらキャンドルを作る。

と言ってしまえば簡単みたいだけれど、私はまったくアート感覚ゼロ人間。

なんとか共同課題のスノーランタン用キャンドルだけは作ったけれど、自由制作は想像もつかない。

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このキャンドルをプラスティックのコップに入れて雪の中に置いて灯を灯す。ということらしい。

隣りで上條さんが作っているのは、トムとジェリーが食べかけているようなチーズ。と思ったら突然白鳥に

変更。S由美は味噌玉?惑星のようなりんごのような丸い玉。まったく形が思い描けない私はネズミの顔。

 

白鳥ができあがってきました。長い首を伸ばし羽を広げ今にも飛び立ちそうな白鳥。最後になんかヘンと

足がないのを思い出して大急ぎで足をくっつけてみんなで提出。

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なんと、海山のトップアーティスト上條の白鳥が、最優秀賞をゲットしたではないですか!!

飛び入り参加の結果だから、もうおかしくって笑いがとまりません。

インタビューまでしてもらいました。

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大震災から6年。南相馬から鳴子温泉に移り住んで新聞バッグを作り始めて、アーティスト上條はいくつ賞を

取ったことやら。今回の賞品はゆきむすびのお米と中山平の漆小屋の漆のお箸。

センター内で作られたお握り、トン汁、お汁粉を頂いて、今日は終了。

窓の外ではスノーランタンの準備が始まってました。

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今日の最後の締めは温泉。

11月以来、お風呂代わりに入っている温泉の成分表。

改めて見て、熱い理由がわかりました。  なるほど!

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よそ者として

久しぶりに本格的に雪。

今は15、6cmだけれど、このまま降り続けたら明日の朝には20cmを超えるかも。

雪の中、小学校へ孫を迎えに。

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3時半に授業終了。でも4時まで待っても遊びほうけて全然来ない。

さすが東北の子供たち。 降りしきる雪なんてまったく平気。

 

このところ、年度替わりで会議が続いてます。

その間を縫って、ロイズ新聞バッグの発送。

2年近くかかって、いよいよ10000枚のロイズ新聞バッグは終りに近づいてきました。

 

時間が押しているので、今回は上條さん、黒田さんらいつものメンバーに由美さん、マレーシアから

帰国中のmichikoちゃんも加わってくれて、ワイワイガヤガヤ進んでいきます。

強いて言えば、特徴は由美さんを除いて余所者ばかり。

michikoちゃんはここの生まれだけれど、東京の大学からそのまま外国に行ってしまったので

感覚的にはずいぶん違ってしまっている。

20代、40代、50代、60代以上がごっちゃになって女子会開いているようなもんで、この時間けっこう

楽しいのです。 仕事が終ってなくなったら勿体ないような気がする。

うちの狭いリビングだから足の踏み場もないのですが。

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昨日は突然、ピアノの先生がうちに寄ってくれました。

先生は北海道の生まれ育ち。お父様のお仕事で北海道のあちこちに住まわれた経歴をお持ちなので、

北海道気質なのか、繊細、かつ豪快。お話していて大変面白い。

先日富良野へ行った話しをすると、「富良野ってなーーんにもないところなのよね」と。

普通だったらラベンダーだの「北の国」からだの今の富良野のイメージで捉えられるところを、自分が

育ったそれらがない以前の北海道の姿で話されるのが新鮮に感じられて興味深い。

先生とお話すると、北海道が今の姿になるためには激烈な人と自然との闘いがあったのだろう、と

想像させられ北海道の歴史や人に惹かれます。

 

 

先生と入れ替わりで、この集落に家を買った黒田さんが最後の手続きを終えて寄ってくれました。

これから家持ちのここの住民になった黒田さんは、道の駅の生産者にもなってくれることに

なっています。

他所の土地から来たものが、この町の住民で構成される生産者出荷組合に参加をすることについて、

道の駅で仕事をした経験を持つ娘ともどもの四方山話。

 

私は引っ越してきて翌年にできた道の駅の出荷者になることを役場から依頼されるかたちで参加。

最初の頃は習慣も東北の人の気質も言葉も解らないまま(なにせ一度も東北に来たことがなかった)、

失敗と周囲の人をも唖然とさせるアクシデントを繰り返しつつ15年生産者を務め、図々しくも出荷者の

人に許して頂いて長い間役員をも合わせて続けてきました。

 

やったこともない生産者をやるようになって、仕事をすることは楽しかったけれど、楽しい気持ちばかりでは

なかった。 理解できないというか、怖いというかそんな場面も多々ありました。

配偶者がここの生まれ育ち、などの事情があればまた違うのだろうけれど、黒田さんのように私のように全く

この土地と関連性のないものが、関連性のない町で生きることを選び、仕事をすることは、なかなかの大冒険で

相応の勇気と、知恵と、退かない覚悟が必要なのだと、年月を重ねながら学びました。

 

定着して生きる人々と私のように日本のあちこちを転々として移動しながら生きてきたものが融合して生きる。

たいした経験をさせてもらえているものだと思います。地道で辛抱強く動かない農耕民族の中に、あちこちの世界

を見てきた落ち着きのない牧畜狩猟民族が1人紛れ込んで、「あれ捕まえる」とか「これ拾う」とか大騒ぎしている

感もありで。 なにもかも許してもらえてできること。感謝いっぱいです。

 

黒田さんには美しいこの土地で、温かい集落の人たちのご親切に助けてもらって、楽しく過ごしてほしいと

願っています。熊本に戻られた80歳もお母様もまた来てくれるでしょうから。

 

雪は止んだ模様。雪明りはなし。

明日はまた会議です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走る」鑑賞

富良野演劇工場での「走る」上演は午後7時から。

 

午前中の時間はたっぷりあるので、朝食の後は新プリンスホテル付近の散策へ。

前来た時には気づかなかったのだけれど、ここのスキー場はホテルの敷地というか、ホテルを出た

ところからリフトが登っているので実に便利。

だから外国人が多いし、10月に予約をしてもキャンセル待ちなのか、と納得しました。

 

雪中散策。

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スノーモービルを見つけて乗ってみることに。

よっちゃん、みっちゃん、由美さんは一人づつのスノーモービル。

私は二人乗りの後ろに乗せてもらうことになったけれど、4人とも初体験。

私を乗せてくれるのは、茨城から富良野へ移住してきて玉ねぎとメロン農家をやっているという山川さん。

農閑期の冬はこうして雪遊びの現場でお仕事なさっているとのこと。

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運転に慣れない間は、山川さん先頭に立って背後を見ながらゆっくりゆっくり。

慣れてくると、「スピード出します!」と宣言して時速40キロ~50キロ。

緩急のカーブにアップダウンがある林の中のモービル走行は、ハンドル握っている人はいいだろうけど、

後ろに乗せてもらう私は振り落とされないようにするだけでせいいっぱい。

景色や動物の足跡を楽しむ余裕もなく、面白いかどうかも分からず終了。

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走った3人は「おもしろーーーい!!」と大変に楽しそう。

私は鼻が痛かった。

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午後はタクシーで町に下り(またもや運転手は野原さん。馬の話を聞きます)、富良野マルシェで地場産品を

物色。さすが、富良野、じゃがいも、玉葱の種類が多いのと、他所の土地の人が富良野で農業という仕事に

就くという事情が垣間見えて興味を魅かれます。

 

午後6時半富良野演劇工場へ。

「屋根」公演以来、どんなお芝居なのかと息を詰めるように楽しみにしていた「走る」公演。

チケットは完売。昨夜の居酒屋の若主人も、とれないので3月の凱旋公演を観ると言っていたくらいだから

よほど評判なのでしょう。

 

幕が上がってから、下りるまで、舞台上では時のマラソンを駆ける男女が走る、走る、走る・・・。

それぞれの人生を背負って走る、走る、走る・・・。

スーツを着たサラリーマン数十人が日本の経済を、家族の生活を背負って走る、走る、走る・・・。

企業戦士を任じて高度成長期を駆け抜けた夫が見慣れたスーツ姿で、舞台上を走っているような気がして、

胸が熱くなりました。やっとゆっくり歩き始めたら、なんと早々に天に向かって駆け上がってしまいましたが。

 

最初に観た「ノクターン」とも次に観た「屋根」とも全然違う舞台でした。

物語りを観るのではなく、さまざまな事情を背負って走ったり、息切れして歩いたりしている自分を思わず

重ねてしまう「走る」。

観てよかった、そして是非多くの人に見て欲しい舞台でした。

 

舞台が終った後の「くまげら」で。

楽しむのは山賊鍋。もうお会いして何度目かになるマスターのお話を聞くのも楽しい。

神経を使う仕事で本当にお疲れだろうに、制作スタッフのみなさん、がお顔を見せてくれました。

遅いのにご飯も食べてないらしいのに本当に申し訳ないです。

くまげら

呑んで食べて楽しい宴の後、店を出ると深夜1時。気温マイナス18度の夜は寒くて寒くてじっと立って

いられないほど。

富良野の夜は寒いんだ、と実感しました。

本当に心優しい富良野GROUPの方々。お世話になりました。ありがとうございました。

そうだ、演劇工場長がふざけて撮った自撮りの写真。

どうしたらこんなふうに撮れるのか!

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高木誠さんの木のお人形

昨日、「走る」の福島県郡山公演を観に行き、富良野の居酒屋に忘れてきたカメラがやっと戻って

きたので、ブログ再開します。

富良野塾2期生、高木誠さんの木のお人形の作品を何点か。

楽器を奏でる妖精たち。

この箱も楽器も帽子も服も色をつけたのはなく、自然の植物の色と聞いて仰天。

信じられます?

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説明できません。

なんか楽しそうじゃないですか! 足まで楽しそう!

大きい耳はきっとよく音が聞こえるのだろうと思う。

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高木さんの心には何が入っているのだろう、と思わせられる圧倒的なお人形の数々。

僅かに残った販売可の作品を1点購入。

お人形が好きな娘へのプレゼントだけれど、私も心が荒れた時、不安な時、寂しい時、悲しい時、

手も足も体全体も楽器も植物で作られた、この妖精たちを見ると心が落ち着くのではないかと思います。

 

高木さんの作品展は喫茶くるみ割りで1週間で終り。

タイミングのいい時に富良野に来て、お人形たちに出会えて感謝!

 

 

1月の占冠(シムカップ)道の駅。

時にマイナス30度になるらしいけれど(2、3日前にマイナス30何度になったらしい)、私たちが来たこの日

は、たぶん少し暖かい日でさほど寒さは感じません。。

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日本人よりも外国人乗客のほうがが多い新千歳空港ーホテル直行のスキーバス。

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富良野の町、へそ歓楽街の居酒屋の夜。

いなせな若だんな、と土瓶酒。

よっちゃん、みっちゃん夫妻は気持ちよく呑んで酔っ払い、カウンターの向こうでは外国から来たおじさんたち

が談笑し、酒を飲み、日本料理を楽しむ不思議で和やかなな光景。

「北の国から」でこのカウンターでお酒を飲んでた五郎さんと中畑のおやじさんがきっとびっくりしてるでしょう。

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自宅から25時間もかかって富良野に来たというスエーデンのおじさんたち。

短い国際交流タイム。

楽しい時間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年1月 富良野へ

倉本先生の「走る」を観るために、厳寒の富良野に行ってきました。

 

冬の北海道に行く時は、空模様だけが気がかりですが、案の定空港に着くと、こっちは晴れでも

新千歳が雪(だけではなく後でJALの事故があった、と知ることになる)で大幅遅延。

2時間近く遅れて無事新千歳空港着。昼食を終え、かろうじてホテル直行のスキーバスに間に合い、

一路富良野へ。雪で遅延の割には千歳地方、気温は高め。

「なんだ、このくらいか。もっと驚くほど雪が多くて寒いほうがよかった」と冬の北海道初めてのよっちゃん

がうそぶいています。

 

昨年1月の富良野行きと同様、空港もスキーバスのお客もファミリーの外国人だらけ。東洋人の

顔は少なくほとんどが西欧系の方々で、日本人の休暇の取り方との違いを実感させられます。

新千歳から1時間ほどは、自分の車でも走れるような路面状況、途中休憩の道の駅占冠から先は

白く凍てつく北の大地に様子が変わり、そこをバスはばんばん進んで行きます。

 

新プリンスホテル到着後、すぐに連絡しておいた喫茶「くるみ割り」の浦田さんから連絡が入り、

今日は浦田氏もおられ、幸運なことに「くるみ割り」を会場にして、できればお会いしたいと願っていた

木のお人形作家、高木誠さんの個展が開かれているというので、タクシーで富良野の町へ。

 

これも書いておきたいのだけれど、タクシーの運転手さんは女性の野原さん。

なぜかこの先、タクシーを呼ぶ度に野原さんとお会いすることになります。

野原さんのお父さんは馬橇を持っていた方で、馬とともに育った野原さんのお話はひと昔前の

北海道の暮らしを彷彿をさせ、実に面白い。馬に興味があるよっちゃんは大興奮で質問を浴びせます。

 

秋に来た時にはお忙しくでお会いできなかった浦田氏は、富良野の町に「暮らしのステーション」を設立

して町つくりの活動をなさる傍ら、、ラベンダーの専門家でもいらっしゃるので、岩出山に苗を購入するに

あたり大変お世話になりました。奥様のみや子さんには最初に新聞バッグで来た時からお世話になりっぱなしです。

 

そして木のお人形を作る高木さん。

前回初めてお会いしてそのピュアーな人柄に完全に魅せられ、またお会いしたいと切望していましたが、

ここで憧れの妖精のお人形に会えるとは思いもしませんでした。

高木さんの作品は新プリンスホテルのロビーに「森の楽団」木の人形のオーケストラ、として展示され、

ニングルテラスのショップ「森の楽団」では仲間の方の作品が販売されています。

 

妖精のお人形とは、高木さんの心の中から生み出される、木と植物のみで作られた可愛らしかったり、怖い

ようなお顔の妖精人形。精巧な楽器で音楽を奏でていますが、体も眼も髪の毛の全てが植物。

比類のないお人形の姿の写真をUPしたいのだけれど、最後の夜、テンションが上がり過ぎた居酒屋で、

カメラを忘れてきてしまったので載せられないのがホント残念。

 

ほぼ全てに赤丸がついた中で3個残った作品から選んで、1個購入しました。娘へのお土産、家宝にします。

前に伝えはしたけど、さほどピンと来ていなかったらしいよっちゃんは部屋中に並ぶお人形と高木さんに

心から圧倒されたらしく、釘付け状態。本当に来てよかった、見て会えてよかった、の時間でした。

 

夜は浦田さんに紹介されて50年の歴史を持つ、へそ歓楽街の居酒屋「炉ばた」へ。

細い路地には大きな赤提灯が下がり、正しい居酒屋の風情。中に入るとほぼ枡型のようなカウンターの真ん中

には炭火の炉に柄杓で熱燗の酒をくみ出す大きな土瓶がかかり、粋で丹精な顔立ちのご主人が注文を

とってくれます。演歌が聞こえて今にも暖簾を分けて黒板五郎さんが入って来そうな雰囲気。何を食べても

大変に美味しい。

なのですが、なぜか最初にいた日本人のお客さんが退出すると、どんどんどんどん西欧人のおじさんたち

ばかりが増えて、ついには20人ほどのお客の全てが私たち4人を除いて図体の大きな英語を話すおじさんたち

一色となってしまいました。

 

これは一体どういうこと?

なんで外国人がこんな居酒屋に来るのか。ここに住んでいる人たちか。それともスキー旅行の外国人?

ついに好奇心を抑えきれず、よっちゃんの隣りに座る外国人おじさんに「どうしてこの居酒屋を見つけたの?」

と質問開始。

なんと彼ら7、8人おじさんグループは、スエーデンから富良野にスキーに来たとのこと。

普段から日本食レストランで日本食を食べているので箸使いは上手。ほとんどみな50歳くらいで、富良野には

スキーをしに来た、居酒屋は調べて見つけた、スエーデンの自宅から富良野まで25時間かかった、

等々、スエーデンのおじさんたちの休暇の楽しみ方に感心したり、羨んだり。

 

どれもこれも美味しくてたらふく食べ、よっちゃん、みっちゃんは土瓶酒で酔っ払い、冷え込む富良野の第一夜

は楽しく過ぎていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走る」を観に行く。

朝焼け!やっと晴れる。

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家の中から外を見ると、陽射しで暖かそうなのに、外に出るとマイナスでやっぱり寒い。

昼の暖かさで解けた雪が夜になると凍って、玄関前の木の階段はツルッツル。

 

でも明日からはここの寒さとは質がまったく違う、寒ーい富良野へ向かいます。

今年の1月に富良野の演劇工場で観た倉本聡氏脚本演出の「屋根」。

あれから1年の時間が経ち、同じ時期にまた富良野演劇工場で「走る」という演劇が上演されます。

 

人はなんのために走るのか。

何に向かって走るのか。

今度の倉本劇場「走る」は中村龍史氏との共同演出で、出演者は舞台の上のその人の場所で走りに走る

というこれまでに観たことがない過酷な舞台。と説明されていますが、走りながら人と人との会話が進められ

られる演劇って想像がつきません。

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観るのは楽しみなんだけれど、寒さが怖い。天候が荒れるのも怖い。

 

今年の1月は行きは問題なくて、観劇も皆さんとお会いできたことも大変楽しかったのですが、帰りが悪天候

で新プリンスホテルから直行バスで新千歳空港までは無事行けたものの、その先が動けなくなってまる1日

空港で過ごし、千歳のホテルに一泊。早朝飛行機の乗務員さんたちが乗るバスに乗せてもらって空港に

向かうという体験をしました。天候のことだから半ば諦めてはいるものの、できれば勘弁してほしい。

 

富良野の町中にある浦田さんの喫茶店くるみ割りでは、木のお人形作家、高木氏が作る森の音楽隊の

展示中とのことで見せていただくのが楽しみです。

どうぞ荒れませんように、大雪になりませんように・・・。

土曜日に戻って、その後はロイズ新聞バッグの発送仕事が待ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外からの眼、内からの眼

あんまり寒いので、昨日、今日はほとんど出ないで家ごもっています。

15日、鳴子で東大大学院教授のロバートキャンベル先生の講演があったので聴きに行ってきました。

題して「湯治文化ビジネス創造プロジェクト」。キャンベル先生の講演と外から鳴子に来た方2名と鳴子温泉の

若主人1名のパネルディスカッションの2部構成。

先生の講演の内容は、主題どおりで湯治という鳴子にしかないお湯の文化を活かして大崎全体の生き方を

考える。その中心にあるのは「ゆたかさとは何か」

 

キャンベル先生にお会いするのは久しぶりです。

大震災直後、先生が自ら発案されて、鳴子温泉で二次避難中だった沿岸部の方々に「読もう」という文学講座

を開かれた時に、図々しくも私は文学講座が目的ではなく、始まったばかりの海山の復興に向けたスローガン

のような言葉を翻訳していただきたくて、先生にお目にかかりに行ったのでした。

その時私は先生についての知識が何もなくて、翻訳をお願いした後、先生の講座に参加させていただき、

その時に先生が教材として選ばれた本。テーマは「音」で幸田文、川口松太郎ともう一人(名を忘れた)の作家

の作品にある音を読み解く講座でした。アメリカ人なのにその選ばれた本、そしてその解釈に私は驚愕してしまい、

それから講座に通うことにしたのでした。

 

テレビを見ないのでテレビの中の先生については知らないのですが、ほんとうに心細やかな優しいお人柄で

私たちが足を崩しても1時間でも2時間でも正座を崩されない先生の長い足が印象に残っています。

 

翻訳については先生も驚かれたのでしょう。「あなた厚かましいですねえ!」と仰りながらも講座が終った後、

電車の時間を気にしながら、今見ると赤面するようなスローガン的言葉を翻訳してくださいました。

その後数回の講座の後、病気をされて講座は中断されました。

切羽詰まった状況であったとはいえ、東大大学院の著名な教授でいらっしゃる先生のところに突如現われて

翻訳をお願いし、「あなた厚かましいですねえ!」と言わしめるような人間は後にも先にも私くらいだろう、と

今は穴があったら入りたい心境。本当に厚かましい。でも願いに応えてくださった先生に感謝しています。

 

で、講座の内容。

印象に残った2点。

ひとつは外からの目と内からの目。

アメリカ人の先生は日本に於いても外から来た人で鳴子でも東京という外から来た人。

私も同じ、外から鳴子や岩出山、大崎を見る人ですが、「岩出山の有備館と温泉がある鳴子はとても近い。

すぐ近所に見える」という先生の言葉に共感しました。

 

岩出山と鳴子。鳴子には温泉があるけれど、どちらも四季の彩が美しい静かな小さな町でお隣同士。

車で走っても30分とかからない。だから余所者の目から見ると鳴子も岩出山も同じ地域に見えるのですが、

実際にはこのふたつの町は、ここに住む人たちにとってはとても遠い町らしい。

というのが、ここに15年住んでも、なんでだろう、と謎でした。

湯治文化ビジネスは湯治だけでは成り立ちにくい。そこに周辺に点在する歴史や伝統の文化などなど、様々な

ものが縒り合わされて、大崎の大きな魅力になると思うのだけれど、そこはそこ、という現状。

「とても近い」というキャンベル先生の言葉でなにかが始まるかもしれません。楽しみです。

 

それともうひとつは、

世界に今広がりつつある「排他主義」。

それとは逆の思想が日本のこの地方の小さな町に潜在しているようだ。

大変大きな話ですが、という前置きをしたうえでの先生のお言葉が私の心にスッポリと納まりました。

都会で暮らしている時には持てなかった人を受け入れる余裕が、この土地の人々と暮すようになって持てるように

なっているような。その辺りに答えがあるのではないか・・・。

 

有意義な講座でした。

次の機会を楽しみに待ちます。