高知の旅

高知に行ってきました。

いくつか用事を重ねての今回の旅で、同行者は野田さん。

野田さんが一緒のおかげで、通常なら新幹線で東京まで。東京から飛行機で高知まで
とするルートを、仙台空港から兵庫の伊丹空港まで飛行機で飛び、その後レンタカーで
淡路島経由で高知に入るという初めてのルートで行くことになりました。

旅好きの私はもうこれだけで、新しい土地が見られることにワクワクします。
そして独りの時はチケットをとったり宿を予約したりするわずらわしさも全て開放され、
野田さんにお任せで行けるという気楽さ。野田さん、ほんとにありがとう。

午前4時起きでお餅を作って道の駅に出荷。
同じく道の駅出荷者の野田さんは、留守する3日間分の温泉卵を出荷後、空港へ。
3日間販売する分の温泉卵制作に一晩中かかったようで、野田さん相当眠そう。

仙台からほぼ1時間10分ほどで伊丹空港着。
昔大阪に住んでいた私には、30年ぶりくらいの伊丹。
その後レンタカーで高知へ。

走り始めて間もなく、本州神戸と淡路島を結ぶ世界最長の大吊橋、明石海峡大橋を
渡ります。渡るとすぐに淡路島サービスエリアに到着。

初めて渡る明石海峡の海は凪いで波静か。

サービスエリアで客を出迎える超でっかい観覧車。
その下で一際目につくスターバックスマーク。
海を見下ろす実に立地のいいスターバックスは、お客が溢れんばかり。

淡路島SAから見る明石海峡大橋です。絶景!

サービスエリアの大きなショップに置かれている土産物は、京都、神戸、淡路島産の品々。
京都、大阪が近いせいか、外国人観光客が多い。

淡路島を走りぬけ、次は淡路島と四国徳島県を結ぶ大吊橋、大鳴門橋を渡って
ついに四国上陸。眼下の海は鳴門海峡。
ずいぶん高いところを渡っている橋なんだけれども、車の窓から見下ろす遠目でも
視界一面に渦巻く波の白い波頭が見てとれます。

明石の海はべた凪ぎだったのに、鳴門の海は波が渦巻いていて、ほんとうに不思議。

四国に入ると周囲の景色は両側から迫る山また山に一変。
広々とした平野の向こうに紫や白い山並みを見せる東北の山々とはまったく違う風景。

以外なのは常緑樹の深い緑の中に咲き進んで花色が白みがかった満開の桜が多いこと。
高度は低いけれどみっしりと樹木で覆われた四国の山は桜が多いことがわかりました。
そして次から次ぎへと現われる数えきれないほどのトンネル。短かったり、どこまで
続くのかと思うほどの長ーいトンネルをいくつもいくつもぬけて高知へ向かいます。

午後4時過ぎ、高知市に到着。
私が高知に来るのはこれで4回目。
今度は新聞バッグ関係のみではなくて、高知大学チームの佐藤先生、春休みを利用して
つい1週間前まで鳴子に滞在して、地域協働学部のフイールドワークにフル活動だった
咲菜、彩音ちゃんと、昨年の春に新聞バッグ作りに協力してくださった森先生、その他の
方々と合流することになってます。

何が始るのかな。

まずは高知特産のあらゆる食材で作った一品料理が集まり、また暇な人も暇じゃない
人もとにかく集まって、飲んだり食べたりするらしい「ひろめ市場」を見学。
というより、何かを食べてみたいので一巡、二巡、三巡・・・。まだ夕方なのに
座る椅子も見つけられない喧騒。いつも人のいない田舎にいるのでとにかく凄いわ。

立派な鰹のたたきを頂きました。多量のにんにくを使うのだ、と知りました。

夜はみなさんとの再会を祝って「ととや」で祝杯。
森先生のパートナーさんとお会いできて感激でした。

明日は四万十町へ行きます。

 

 

4月になったら

久しぶりのブログ。

しばしダウンしていたpcを今日いつもメインテナンスをお願いしているKさんに
みてもらいました。

ブログ書かなかった間に起こったさまざまな出来事。わすれるんじゃないかと
心配だったけれど、ぼつぼつ記していきます。

それにしても大震災直後から使っている私のPC、こないだも不調になってかなり
大きな(私からみれば)部品交換をしてもらったのだけれど、今日もやっぱり
壊れている部品の交換が必要だそうで、そろそろ買い換える時期なんじゃないか
という結論になりました。

たまたま他の用で隣家からやってきた小3の孫。
Kさんがいるのを見て、自作のロボットを見せたくてうちから運んできました。

この2年ほど親に連れて行ってもらって通った仙台のロボット教室で1回3時間
頭をひねってプログラミングに励んで作ったロボットが、先日行われた東北の
ロボット競技大会で優勝したのです。

まさかまさかの快挙なのだけれども、彼を囲む周りの大人は「よかったね!
凄いね! 立派だったね!」と誉めるものの、孫がそのロボットを作るのにどこを
どう工夫したか、と説明してくれても、プログラミングの素養などない頭では
何を言われているのかわからないのです。

ところがkさんは違いました。
いや、これはりっぱ!。たまたま勝ったのではなく、ちゃんと勝てるように考えて
プログラミングして狙いどおりに勝てた成功なのですよ。
と仕事柄の本職の言葉として孫の勝利を称えてくれました。

いいなあ、素晴らしいなあ、小学校3年生くらいで自分の力でこんな成功事例を
経験することはとても幸せなことだとも・・・。
嬉しく、ありがたい言葉でした。

もうひとつ大事なことは自分で作ること以外、例えば電池とかバッテリーとかにも
目を配ってとりこぼしのないようにすること。その部分を不備にしたままで競技に
臨んでもし勝てなかったら全力でやり切った感がなくなる。
そこまで準備して負けたなら自分の力が及ばなかったのだと納得できる。

ほんとうにその通りだ、と納得できるkさんの助言でした。
その日のうちに電池を買って、値段が高い予備のバッテリーはもうちょっと後で
手に入れることにして、4月初めには東京で行われる全国大会に出場します。

そして昨日は毎年一関で開催される「第18回男子ピアノコンサート」に出場し、
ギロックのピアノ曲を間違えずにきちんと弾くことができました。

これはどんな時も決してマイナス思考に向かうな、と導いてくださる
佐々木先生のおかげです。
そして付け加えるなら、この男子ピアノクラブコンサートを率いる実行委員が
昨年は高校1年生、今年は高校1年生と中学生だ、ということに毎回ですが
驚かされます。

これまで通った全校生徒50名に満たない小さな小学校が統合で閉鎖され、4月から
孫は町の中心部にある小学校で4年生になります。
1年生から3年生までひとつのクラスで女子8名、男子2名。遊び相手で親友は
お互いずーっと同じ1人だったという特殊な環境。

大きい学校に行くのはほんとうに不安だと思うけれど、Sさんやピアノの先生に
励ましていただきながら、乗り越えていってほしいと願ってます。

 

 

 

ひとの温もり(太陽のマルシェ初参戦)

3月の第2土、日の太陽のマルシェに初めて参加してきました。
私が行ったのは土曜日のみで、今日日曜日は、よっちゃん夫妻、温玉の野田さんが
奮戦中です。

温泉卵は道の駅出荷分も重なって、温玉製造者野田さんは大奮闘。
源泉かけ流し温玉は、多量の卵を湯につけると卵の冷たさで温泉の温度が下がるんだ
そうで、多量に作るには時間勝負。
パーシモン仲間に高知大の咲菜、彩音ちゃんも加わってラベル貼りやら卵詰めやら
大騒動の後の深夜の出発となりました。

今回宮城勢がマルシェに持参したのは、よっちゃん農場ラインアップ商品に野田温玉、
岩出山佐藤梅農場の梅干。それに震災後7年の今、海の手山の手新聞バッグも日曜日が
311であることから販売をお願いしました。
売れなくともいいのです。思い出す人がひとりでもいてくれたら・・・の思い。
お店の総称として岩出山ほっかぶりを引き継いで「ほっかぶり」。
全員手ぬぐいほっかぶっての参戦です。

よっちゃん、野田さん部隊が出発した後に、私のみお餅出荷を済ませて新幹線で参加。
ということで上野から地下鉄に乗り継いで、勝鬨駅上の会場には11時前に到着。

もう人は出ていてそれなりに動きはあるのだけれど、普段の私たちの出店現場とは
違う静かな雰囲気。いつも言い慣れ聞き慣れている「いらっしゃーい!!」の大声や
対面のお客さんとの他愛ない会話で弾ける大笑いもなし。やっぱりここは東京の
中心部。高層ビルに住む人たちの売り買いは、静かなお話のなかでなされるのか。

しばし借りてきたネコ状態。そこを脱してからは調子が戻ってきました。
それにしても野田さん銘名の温玉名称が舌を噛みそうで呼ばわりにくい。
名称を簡単にして「鳴子の源泉かけ流したまご」でお客さんに宣伝することにしました
が、でも待てよ。都会のお客さんに「源泉」とか「かけ流し」とか分るんだろうか。
考えてみれば私も岩出山に来るまでは分りませんでした。
やってみて初めて分る課題続出です。

 

午後は私のみ現場を離れて、ししゅう高田の松原プロジェクト「つながった心の風景」
に参加中の天野寛子先生を訪ねて新宿マインズタワーへ。

先生を激励した後は老人施設入居中の叔父叔母を訪ねて千葉県我孫子へ。
顔を見るなり「会いたかったよ~」と涙をこぼす叔母には驚いたけれど、前の施設に
いた時よりも、表情も言葉もぐんと豊かになって、施設の違いでこれほどにも叔母の
様子が変わることを実感しました。
いろいろわからなくなっているけれど、まだ私の顔もわかるし、本もたくさん読むことが
できる。忘れたという字の練習用に手持ちのノートとペンと読みかけの本を渡して帰ります。

帰りの電車で考えたこと。

2度目のマルシェではまたマルシェの新しい面を見せてくれました。
各店舗に並べられ、工夫が懲らされたさまざまな商品。お菓子もパンも果物も野菜も厳選
された材料が使われ、健康に良く見かけも素敵だけれど、でも土や緑や太陽からはだいぶ
遠く離れたような・・・。
遠慮のない大きな声や笑い声や人と人が触れ合う温もりが少ないような・・・。

初参戦の岩出山ほっかぶり部隊は、最初は戸惑って静かだったものの、瞬く間に調子を
取り戻し、宮城の看板の下、源泉かけ流したまご、の呼び声と笑いを響かせました。

よっちゃん商品を生み出す、よっちゃん農場の広く高い青空や黄金色の稲田、野田温玉
を生み出す鳴子温泉の数ある源泉、かけ流しの湯、マルサの手作り梅干しを生み出す
広大な梅農場。そんな風景の中で毎日身体を目いっぱい使って働き、屈託無く笑い合える
日々の暮らしのどれもが温もりのある人の暮らしの宝物のように思えます。

今日は3月11日。
新聞バッグにお客様が気付いてくれたらうれしいのですが。

新幹線を待つ間の本屋で嬉しいものを見つけました。
私が通った渋谷の教室の先生、高田宏氏の「言葉の海へ」が新しい文庫本になって
店頭に並んでました。

 

 

 

 

 

 

手術終了

目の手術が終わりました。

いやあ、ほんとに怖かった。

怖かった、疲れた、ほっとした、が気持ちの順番。

目が2個でほんとによかった。2度とはやりたくないです。

 

2月末日の手術当日は大雪。ひと晩で20数センチも積もって、時間に遅れました。

翌日の眼帯を外してもらう日は大雨。積もった雪が溶けました。

その翌日、抗生剤もらう日は大強風。

3月2日のその日は高知大学地域協働学部の咲奈ちゃん、彩音ちゃんが岩出山に来る

ことになっていて、東京駅で新幹線運転見合わせで足止め。

新幹線古川駅から鳴子温泉に向かう陸羽東線も終日運休になりました。

というアクシデントで、止む無く術後ゴーグルというごっつい眼鏡をかけて古川駅まで

お出迎え。

運転再開した新幹線でようやくやってきた咲奈、彩音コンビと、昨年12月の富良野行き

以来の再会をしました。

今回は昨年の滞在期間より倍以上長い20日まで滞在したいというふたりの希望で

東鳴子温泉の大沼旅館に学生湯治をお願いしたら、快く受け入れてくださいました。

感謝です。

女将さんの旅館のお仕事を手伝わせていただきながら、地域住民との交流などの

フィールドワークもしっかり行うようにとの大沼さんのご好意でした。

 

2日後の5日には高知大学の佐藤先生も鳴子温泉到着。

佐藤先生は6日7日の二日間に渡って、新聞バッグインストラクターの講習を

公民館で受けることになっています。

 

先生や女学生君たちの来訪やら申告やら2回目の太陽のマルシェやら、バタバタと

用事が重なる3月上旬。

どうにか間に合った新しい目で精進します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間

左目の手術から1週間。

最初のうちは眼科通いと安静。
安静も限度もので、安静にして横になっていると調子が狂ってくるので、
眼科の帰りに山形まで雪見に行くことにしました。

冬の間の一番雪が多い時期に雪を見に行くというのも恒例で、まず山形と宮城を
分ける堺田駅へ。

堺田駅から新庄方面へ。

堺田は何で有名かというと、海抜が低い位置での分水嶺があるところ。
雪がない時ならすぐ目の前の日本海と太平洋を分ける流れの前はこのとおーり。
雪の大山で看板しか見えない。

山形をもうちょっと奥までと進み赤倉温泉スキー場へ。

スキー場ではまばらなお客さんと自衛隊隊員のスキー訓練が行われていました。
因みに自衛隊では、車の運転練習も操縦訓練というのです。
そう書いた札がナンバープレートの横に提示されてます。

帰りに、上天気だからとパーシモン一行がスキーに行った鬼首温泉スキー場に
寄ってみました。

やってます。
先頭はマスター、野田さん、若マスターのしん君、お母さんの千代さん。

ほぼ70歳でこんなふうに滑れるのだからスキーは素晴らしい。

目がこんななので、私は今は見るだけ。

目がだいぶ落ち着いてきた昨日は、温泉工学を研究なさっている浜田先生のお話を
聞きに行きました。ほぼ日本中の温泉に関連なさってきた浜田先生のお話は
汲めども涸れない泉のように、次から次へと新しい話題が出てきて滅法面白い。

そして東北のように寒い地方では温泉熱によって地熱やハウスの温度が上げられれば、
冬でも野菜や花、加工食品や乾燥食品が作ることができたり、また作ったものを
温泉地観光に繋げられるなど、さまざまな可能性が広がることを改めて感じさせられました。

もう一方の目の手術を明日に控えた今日は、道の駅で朝から宮城県農業普及センターの
花&野菜担当のお二方と今年度と次年度のプロジェクトの進め方の打ち合わせでした。

「案」として「地域資源を活用した中山間地域での演芸品目の生産拡大」ということ
だけれど、いやはや大変なことになってきた、とプレッシャーを感じます。
ともあれ、もう2月末。タネまく時期で迷う時間もないので3月半ばから課題消化に向けて
進みます。

 

明日は右目の手術。
怖さは変わりません。やっぱり怖い。
今新しくなった左の目で見る世界は青みがかったクリア。
古い目で見る世界はベージュがかった埃っぽい色で右目と左目で見る色が違う。

明日で長年お世話になった目とお別れです。
それにしても、こんなことができるのだ、と現代の医術の進化に驚嘆します。

明日は早朝から病院に行く予定ですが、雪が降るそうで困る!!

 

 

空が青い!

白内障の手術を受けてきました。

白内障の手術後の友人を眼科へ送って行って、ついでに自分もと診てもらったら、
両目白内障と診断されて、2週間後には手術が決まったという急転直下。

えーッ、受ける人が多い白内障手術は2ヶ月待つんじゃないの?
心の準備が全然できてない。

という私の逡巡もなんのその、手術日当日は迫ってきてついに、昨日手術を受けました。
前日も怖かったけど、当日も怖かった。
手術中も「これはちょっとした恐怖体験だ」と思いつつ残り時間を数えてました。
目だから、見えているから怖いんだね、きっと。

手術時間は短く10分程度だったろう、と思います。
大きな眼帯を貼り付けてもらって終了。
モノとの感覚が掴めなくて歩くのもおっかなびっくりと相成りました。

白内障手術で新しく入れるレンズは単焦点レンズと多焦点レンズの2種類があり、
単焦点レンズは遠いか近いかどちらかに焦点を合わせるレンズで、遠くに
合わせれば近くが見えず、近くに合わせれば遠くが見えないというレンズ。
つまりは遠近どちらかの眼鏡がいずれ必要になるかも、の保険内診療のレンズです。

もうひとつは多焦点レンズ。このレンズは遠くにも近くにも焦点を合わせられる
眼鏡が要らない便利なレンズだけれど、保険外の診療になります。

昨年の秋、たまたま声をかけられて、加入している医療保険の見直しをした際に
勧められて先進医療特約に加入しました。
手元が見えなければ困るお餅作りが生業なので、迷わず多焦点レンズを選択。

手術後はさすがに疲れて動けず、仕事を休んで安静に過ごし、今朝病院に行って左目に
貼り付けられた大きな眼帯をとってもらいました。

そうして新しいレンズで見た世界は、

明るい!
空が青い。
みんなが見ている空はこんなに青かったのか。

よく見えるようになったかどうかは、まだ不安定なのでわかりません。

これからお薬をのんでたくさん目薬をさして、来週は今度は反対側の目の手術です。
やっぱり怖いし、気は進まないけれど、両方の新しいレンズの目で見る空は
どれほど青いのだろう。

そう想像すると楽しみでもあります。

 

 

 

 

 

伝えるということ

我が家の雪だるま君をご紹介。

 

毎月1度、第2火曜日の夜に川渡温泉のcafeカガモクさんで、地域の諸々を
語り合い実践しつつ、ついでに毎回違うカレーを食べる「カレーの集い」
をやっています。

各々の仕事の都合などもあって集まる顔ぶれは毎回違い、話し合う内容も
違うという集いですが、今回で7回目。

ということで火曜日の夜、マイナス5度の雪降りしきる真っ白の圧雪国道を
慎重に運転しながら川渡に向かいました。

雪道に慣れたとはいえ、フロントガラスに小雪が叩きつける夜の運転は
不気味で、普通なら平気な道が倍にも長く感じられます。

なんでこんな夜に40分もかかる川渡まで来たのかというと、それは昨年の
12月に野田さん、理君、高知大の佐藤先生、女子学生の一緒に訪ねた富良野の
ワークショップについてのプレゼンを野田さんがやるからです。

前々回、富良野に行く前に私がやったプレゼンはうまくいったとは思えません。
段取りが下手なために、聞いている人には富良野で実施しているコミュケーション
ワークショップを鳴子、岩出山で実施したいという私の希望は、いまいち解り
づらかったと思います。

オサム君制作のバレンタインに因んで作ったというチョコレート入りカレーを
ご馳走になった後、野田さんのプレゼンが始りました。

始まりは富良野という町についての説明。地域、産物、歴史。
次いで富良野といえば人々が思い浮かべるのはラベンダーとドラマ「北の国から」
次いで富良野の産物としてのラベンダーの歴史。
「北の国から」の歴史。
そこから導かれていく現在の富良野。富良野で実施されている倉本聡スタッフによる
演劇を下地にしたコミュニケーションワークショップ。

みんなの顔も耳も野田さんのパソコン画面に向かって集中しているのが見てとれます。
特別な飾り気もなくこれみよがしの技法もない素直な野田さんのプレゼンテーション
ですが、みんなが集中して聞いているという点で納得しました。

自分が見てきたもの、思いを伝えることはとても難しい。
野田さんのプレゼンを聞いて、雪の中、固まりながら川渡温泉まで運転してきた
甲斐がありました。

因みに帰りも怖かった。

翌朝の雪景色。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてづくし、二日目

初めて泊るカプセルホテルの朝食は部屋から出てラウンジで。

普段ホテルで食べるメニュー満載の朝食バイキングをもっともっと簡素にしたような、でも
温かい数種のパンやミルクやハム、卵、野菜、必要なものは全て揃う朝食でした。

ぐっすり眠ってシャワーを浴びて必要な食事が食べられればそれで充分。
昔那須の修道院の宿泊所に泊って感じた過不足のなさを思い出したカプセルホテルでした。

 

毎月第2土曜、日曜日に開催されるという太陽のマルシェ。
どんな市なのか全く知らないのですが、6000個の卵が2時間で売れるという話をテレビで
聞いたことがあります。
だいたいどんな卵だったら1日で6000個も売れるのか。

その現場を見たいので、10時オープンのところを9時には到着して見聞することに。
9時、現場に到着したらもう卵を待つ人の長い行列ができてました。
行列を整理する係りの人の配置もされています。

 

場所は勝鬨駅前の児童公園。太陽のマルシェという名前から想像していた大きなものではなく
物販ブースとワークショップブースとキッチンブースが寄り添う白いテント屋根が連なる
こじんまりとした市でした。

児童館

その角の端っこに位置して件の卵ショップ。栃木の卵屋さんで3種類の卵があり、今日の卵は
8千何百個とかの凄い量。販売が始まってどんどん行列が動くかと思いきや、そのスピードは
ゆっくりゆっくり。これほど並んだ長い行列でも、次から次にお客をさばく売り方ではなく、
卵を買う人の各々に対面販売しているのが見てとれました。買う量にも制限があって1人
2パックまで。。
これはある意味凄いことで、3時間も並ぶ長蛇の列を前にすると、待たせてるという脅迫観念に
動かされて、行列を流す、さばく、という売り方になりがちなのですが、ここにはそれがない。
8千何百個かの卵は3時間かけて完売になったと思います。

この石市の主催は月島一帯を開発する住宅開発会社で、目的は市の売り上げではなく、
増すシェを開催することによる町の活性化で、もう4年継続されているとのこと。
場所は築地に近く、昔息子の入院で聖路加国際病院に毎日通った頃とはすっかり
町の様子は変わってしまって、数十階建ての高層住宅ビルが林立する住宅地に
変貌していました。

お客の年齢層は若年から年配まで。ベビーカーの赤ちゃん連れから子供連れ、小さい
犬を連れた人が多いのが目を引きます。
昔はペっと禁止のマンション住まい。今はペット可が主流になったここならでの
生活風景でしょう。

ベビーカーに乗っているのは赤ちゃんだけではなく、立派なベビーカーならぬドッグ
カーに乗せられた小型犬が多い。むくむくの大きなチャウチャウが可愛いベビーカーに
納まっていました。

 

お店の様子はやはり東京風。陳列もポップなどの告知方法も洗練されています。
それなりの審査はあるのでしょうが、売り手さんは全国対象。外国の方も多く見られます。
販売物は野菜、乾物、お菓子にワイン、パンなどなど、宛がいの什器は同じでも売り方は
それぞれで工夫されています。

お茶詰め放題1000円。

なんでもかんでもピクルス。

ぜーーんぶベーグル。ポップが面白い!

実に刺激的な直売市で、多くを学ばせてもらいました。

 

マルシェの後は恵比寿のガーデンプレイスでお洒落雑貨の勉強をするつもりでしたが、
時間不足で、大震災以来7年間も新聞バッグの注文を頂いているギャラリーまあるさんに
ご挨拶に。いつも変わらず画廊の片隅に新聞バッグとよっちゃんなんばんを置いて
くださっています。

とても刺激的かつ勉強になった2日間でした。
お母さんのような年齢の私を連れ歩いてくれた野田さんに感謝です。

 

 

 

初めてづくし

今日から東京。

今回は先行した野田さんと一緒に、自分の用事も含めて、野田さんの用事と月島で
毎月第2土、日に開催されるという太陽のマルシェを見聞に。

野田さんとの合流地点は有楽町駅前。
新幹線から山手線を乗り継ぎ、有楽町の改札を出て待っていると、なんと野田さんが
駆ってきたのは真っ赤なBMB。私の疲労を配慮してくれたのか、レンタカーを借りる
とは聞いたけど、これまで乗ったことない派手車。
乗ってしまえば外は見えないからいいのですが・・・。

最初の訪問先は、野田さんが探しておいてくれたグリーンのお店。
ここにはハーバリウムというビン詰め加工の花&グリーンを見にきました。
店内にあるグリーンや花は、あまり他では見られないものばかり。
店におられた男性にお話を伺うと、なんとハーバリウムを最初に作られた方でした。
今ではどこででも見られるけれど、最初はずいぶん苦労されたとのこと。
初めて行ったお店で、こんな運のいい出遭いが得られて有難いことです。

ぎっしり詰まった乾燥花。
こんなに多種の花や実がぎっしり詰まったビンを見たことがないし、入っている実も
見たことがない。名前を教わったけれど忘れました。

私も庭や山にある花や葉や実をぎっしり詰め込んでこんなハーバリウムを作ってみたい。

岩出山に来て16年。
同じくらい、いやそれ以上暮らした東京湾岸地域、浦安、市川、船橋地域に向かいます。
私の用事は本籍地である市川市役所で書類を揃えること。
長年来の友達Tが市役所まで来てくれて合流し、野田さんとともに船橋のO氏宅へ。
O氏ご夫妻は陶芸家で、私が岩出山に来る前の数年間お世話になりました。
今私が住む集落にあるO先生の別荘を野田さんに貸して頂くことをお願いし、ひとりひとり
立派なお茶碗を頂いておいとましました。

夕食は上野で。
若い男性の野田君と一緒なので、中高年女子同士ではまず行くことがない飲み処と食べ処が
一緒になったような大きな食事屋の一番奥のテーブルに席をもらってほぼ2時間、飲んで
食べてたくさん話して楽しい時間でした。

しかし混んでます。入れ替わり立ち変わりほぼお勤め帰りとおぼしきサラリーマンやら
女性たちやらでお客が途切れることがない。もう時間ですよ、と追い出されることもない。

喧騒うずまくお客の間を縫って、唄を歌う女性や、ギターを弾く男性や、手品を見せる
男性の姿が見えます。昔からある流しのお仕事だと思うけれど、いまでも続いているのかと
驚きました。

そして野田さんが予約してくれた、おっかなびっくりの今夜の宿。
普段はホテルを予約するのだけれど、野田さんがやってくれるというので任せた今夜の宿は
たぶん私の推測では今はやりのカプセルホテル?

カプセルホテルってどんなところ?
犬のケージみたいな丸いカプセル状の宿泊部屋が並んでいるのかと思ったら、全然違いました。
ホテルのように1個室ではないけれど、小さい空間に清潔なベッドと全てのサニタリー用品も
パジャマも用意されたまったく問題ない宿泊場所で、気に入りました。
共同使用のシャワールームもレストルームも数は充分で不自由なし。個室空間が狭いので
仕事をしたりお茶を飲んだり寛ぐのはラウンジで、ということで当然若い人が多いし、外国人
も多い。というような進化したカプセルホテルに初めての宿泊体験でした。

ビジネスホテルの半額くらいで泊まれるこの手の宿はこれからどんどん増えていくのではない
かしら。ただこういう宿泊場所を知る機会もないシニア年代には、周りが若い人ばかりと
いうのはちょっとつらい。
おそるおそるでしたが、この年ではちょっとできない体験を野田さんにさせてもらいました。
実に面白かったし、楽しかった。

明日はもうひとつの目的、太陽のマルシェを見聞に行きます。
1日6000個の卵が2時間で完売するのだという、その現場を見てみたい。
しかし人が2時間も行列を作って買うという卵は、どんな卵なんだろう?

 

 

スキー・キャンベル先生講演

土曜日の朝は快晴。

温度もそれなりにあって、絶好のスキー日和。

もう一度行きたい、と孫にせがまれていたスキーに行くことにしました。

スキー場は前回とは違って、我が家から30分ほどの鳴子温泉の奥、上野野スキー場。

小さいけれどちゃんと2本のリフトを備えた、ファミリー向きスキー場です。

道の駅にお餅出荷後、孫と花のおじさんも一緒に上野野へ。

鬼首スキー場に行くと言っていた野田&オサム君も来てくれてました。

ということで本日の孫のスキーは野田&オサム君&おじさんの3人にガードされての

超ぜいたくな第2回目のスキー練習となりました。

野田&オサム君に付き添われながら滑ってきます。

野田さんに続いて少しづつサマになってきました。

リフトに乗れないので、短時間で汗びっしょり。
リフトに乗れないので、滑るより歩いて登っている時間のほうが多く短時間で
お疲れの様子。

午前中で終了。
またお天気がよい日に第3回目の練習に来ます。

午後はロバート・キャンベル先生の講演とキャンベル先生×芥川賞作家、朝吹真理子氏
の対談を聞くために鳴子公民館へ。

公民館は聴衆でいっぱいでした。宮城県の奥の鳴子温泉に仙台や遠くは東京からも
キャンベル先生の講演を聴きに来る方もいるのだとか。

キャンベル先生の講演は昨年の同時期にも行われましたが、先生が何度も仰るように
この講演会の始まりは、大震災後に先生が鳴子温泉に避難中の沿岸部の被災者の方々と
ともに開かれた本を読む会「読もう」。
私はその第1回目からの「読もう」の参加者でした。

アメリカ人であるのにその日本文学への理解の深さにも驚かされましたが、なによりも
決して人の邪魔をされない先生のお気持ちの優しさに感じ入った「読もう」の時間でした。
残念ながら重い感染症にかかられて「読もう」は中断しましたが、すっかり回復されて
お元気な様子のキャンベル先生の講演を拝聴できるのは嬉しいことです。

第2回目の講演会の今回のテーマは「温泉と読書」
対談相手の朝吹真理子さんには未発表の新作の著書のある部分を朝吹さんご自身の朗読で
聴かせていただきました。
普通の話す声とは全く違う朗読の声にびっくり。
囁くような耳をそばだてたくなるような密やかな声。

講演の時間が終って、6年ぶりくらいにキャンベル先生とお話することができました。

振り返ると大震災後のどさくさとはいえ、私は先生に復興のためのスローガンのような
言葉の翻訳をお願いしたりして、本当にお世話になりました。
お話できてほんとうによかった。

先生はこの先も鳴子温泉との縁をつないで、温泉や文学を通じてお力添えくださるとのこと。
またお話を聴かせていただける日が楽しみです。