福岡のトモダチ

      福岡のトモダチから「わかめまだある?」と電話がかかってきた。南三陸のわか

      めのことだ。

      「あったらあるだけ送って。こっちで売るから」

      海の幸に恵まれた福岡で彼女は既に100袋以上の南三陸産わかめを売ってく

      れている。ついでにお米も注文してくれた。

      中学校以来ウン十年のトモダチ。普段は電話をかけあっておしゃべりするなん

      てことは全くない。全くないんだけれど、ここ一番の一大事ということになると必

      ず連絡してきて助けてくれる。

      震災後しばらくしてから避難者の方々への衣類を送ってくれるようになった。長

      年テニス協会に所属しているので、たくさんのテニスウエアやテニスシューズを

      送ってくれた。自分の分が終わると、周囲の人に声をかけて、きれいなものだけ

      に選別し、一枚一枚ポリ袋に入れて「女性用M 細身、かわいい」などと説明文

      をつけてくれていた。どうやってもらってくれたのか真新しいたくさんの靴下、スト

      ッキング、新品のエナメルの婦人用の靴がたくさんきた時はさすがに驚いた。

      たぶん、どんな時もどこへ行く時も、東北の被災者の方々に何か役に立つもの

      はないだろうか、といつもいつも気にかけてくれた結果なんだろう。

      みんな義捐金をたくさん送っているから、お金を支援してくださいとは言いにく

      い。でもものを買ってもらうことはできる。と彼女は言うが、私はその考えが最も

      今、続けてできることではないかと思う。

      全国から送っていただいた布で何かを作って売る。送っていただいた糸で何

      かを編んで売る。そして新聞バッグを作って売る。一人一人の自立に向かって

      小さい商いを続ける。

      やさしいトモダチはわかめを売ってくれながら、また3匹の捨てられた子犬を

      拾ってきました。どなたか里親になってくださる方はいませんか。

      

      

      

      

危うし、菊!

             暑い! ほんとに暑いです。関東や関西、九州などはもっと暑いのだろうが、東

      北でこの暑さは、首都圏から移住してきた私にとっては、裏切られたような暑さ

      です。温度が高い上に、ここ2週間天気が安定せず、連日雨が続いたかと思うと

      突然止んでカーッと照り付けたかと思うと、今度はバケツをひっくり返したような

      雨が降ったりして、植物には過酷な気象条件の日々が続いていました。

      ついに3000本の菊の中に怪しい葉っぱを発見。病気が薬害か。

      菊を作るのは初めてなので全然解らないのですが、病気だったら一大事です。

      薬をまきたいのだけれど、もし薬害だったらダブルパンチになるんじゃないかと

      恐ろしくてかけられない。

      でもなんとなく、これまでの菊以外の花栽培の経験からみると、薬害のような

      気がしないでもない。とりあえず、県の農業普及センターへ電話。その後、志津

      川菊栽培の直伝指導をしてくださっている、今は歌津の仮設住宅に入居されて

      いる菊の先生小野寺氏に「電話をしたら?」と我が農場の菊栽培担当のKに薦

      めてみるのですが、うん、と言わない。病気だったら一網打尽ということもあるの

      でがっかりですが、薬害だったら小野寺氏や苗を手配してくださった県農業普及

      所の方にも申し訳ない気がするみたいです。

      小野寺さんの奥さんに電話をしてみました。

      「薬害でない? その症状なら。深刻にならなくても大丈夫よ。彼岸の菊だから」

      普及センターの山田さんからも電話がありました。

      「その症状なら1週間くらい前に散布した薬の薬害と思いますよ」

      凄い! 時期まで特定。長年の経験というのは葉っぱ1枚で相当のことがわかる

      みたいで、こんな時「凄いなあ!」と感嘆します。

      ともあれ、二人の専門家から「薬害でしょう」と言われて安心しました。

      津波で流れた分もと真面目に本気に取り組んでいる志津川直伝の菊作りは

      結構緊張します。

      早く咲いてくれて、早く出荷したい!

      

広がる、広がる

       別荘をお借りすることになった陶芸のK先生が、わざわざ船橋からいらして

       くださった。

       梅農場のメンバーを除いて、代表、事務局、メンバーそろってご挨拶に行く。

       本当に今日は蒸し暑くて、先生に申し訳ないようだ。

       活動の割にはたいした売上げもないumiyamanetなので、最初の頃は荷物も

       さほど無かったのだが、全国の皆様のご支援で送っていただいている布や

       ミシンや新聞バッグなどでだいぶ荷物の容量が増えてきた。

       合わせて、いろいろな場面で協力してくださるお客様の来訪も多い。ミーティン

       グも度々しなければならないし、購入した干し椎茸を計って小袋に入れたり、

       販売準備をする場所も必要だ。みたいなことを無意識的にぼんやり考えてい

       るところに、市川コルトンプラザに来てくださったことから、降って湧いたように

       突然先生の別荘を利用させていただいてのumiyamanet事務所開設の話が

       決まったのだった。よっちゃん農場夫人の「ありがたい。ほんとにありがたい」

       の言葉どおり、私もとてもありがたい。家はきれいだし、景色もいいし、竹の子

       も柿の実もすずらんもいっぱいある。採らなくてもあるだけで豊かな気持ちにな

       る。もうひとつ、ありがたいのは、これまで思いつかなかった新しい考えを、先

       生から聞けることだ。

       そのひとつ。レース編みのペットボトルカバー。明日写真を撮ります。これは

       可愛い。

       その2、新聞バッグ販売のアドバイス。umiyamanet立ち位置のアドバイス。

       その3、英語の翻訳をしてくれる方が見つかった。先生が紹介してくださるそう

       だ。こうしてちょっとのことから人と人の繋がりが広がって行く。一人一人の

       想いが形を成してゆく。umiyamanetの活動は忙しく、きついことも多いが、この

       広がる、広がるがumiyamanetの醍醐味なんだろうなあ、と思う。

          

       

日本の宝もの

              温度が高いうえに間々で雨が降るので、至るところがものすごい草。竹盆栽

      に使う苗も草に埋もれて見えなくなるので、昨日、今日と草取りに精を出したら

      案の定腰が痛くなった。取っているときは腰痛のことなど忘れていて、夜になっ

      て、ああ、そうだった、と思い出すので始末が悪い。

       及川さんより電話があり、新聞バッグに使ってほしい新聞があるので見てくだ

      さいとのこと、間をぬけて古川へ行く。

      「使ってください」と喫茶店のテーブルの上に置かれた一締めの新聞の束を

      見て呆然!

      英字新聞、日本の各新聞、農業新聞に子供新聞にスポーツ紙、全部まっさら。

      手付かずで及川さんは読んでいない。及川さんが選ばれたのだろう。311以来

      の悲惨な記事や写真ではなく、人が救われたり笑顔があったり、自衛隊や米軍

      が活躍する姿が撮られた感動的な素晴らしい写真が数々ある。一見しただけで

      3月からの様々な場面が思い出されて思わず涙が出てきた。でもこんな新聞を

      新聞バッグには使えない。絶対に使えない。

      「私の宝物です。役に立つのだから使ってください」

      強行におっしゃる及川さんの言葉に負けて新聞をお預かりした。

      津波に流された南三陸新聞社の記者の及川さん。津波に襲われる南三陸の

      町を撮られた写真の力強さといい、仮設住宅に入られた時には疲れて元気

      が失くされていたが、それでもこれだけの新聞をきちんと保管されている

      及川さんの新聞記者魂。

      新聞は及川さんの宝だけではなく、日本の宝だと思います。新聞バッグに

      作り、パネルにもして、後々日本中の人たちに見せる機会ができたら、及川

      さん、どれほど喜ばれることだろう。

      大切にお預かりします。ありがとうございました。及川さん。

      

      

      

      

     

      

      「ダメですよ。こんな新聞いただけません。及川さん、読んでないじゃないですか」

      「読んでないです。いつかゆっくりと読もうと思っていました。私の宝物です」

      

      

妄想から前進へ

             市川コルトンプラザ出店時に来てくれた元陶芸を習っていた先生から、今不在

      中の別荘をお借りできることになった。我が家から車で3分。ここでの暮らしは

      どこへ行くのも車、隣の家でも車というところなので、よっちゃんなんばんからは

      10分、梅農場からも同様なので、みんな大喜びで使わせていただくことにした。

      広ーい、築100年の古民家。ひとかかえもあるような梁、柱がある大きな倉庫。

      今はお留守だから草ぼうぼうだが、立派な柿の木が2本、竹林もある。

      何より広いので、これまで各自で預かっていた日本中の皆様から送られてきた

      布地や、三陸しいたけ、新聞バッグなどをまとめて置けるのがありがたい。

       さっそくオープン記念ミーティングを開く。4人顔を寄せてみると、この先身体が

      もうひとつ欲しいような過密スケジュールで復興販売プロジェクトが詰っている。

      本当にありがたいことだ。

      今全国的にもそうだが、特に東北の状況は厳しい。先日、道の駅の放射能

      勉強会で講師の取締役が「税収がないうえに借金返済と弱者救済のお金が膨

      らむばかりで通常の予算が立てられない」と仰っていたが、周囲の状況を見回し

      てみると本当にその通りだと思う。行政頼みでは何も動かないし、大きなお金

      が動く商売はできそうにもない。まず小さく自分たちでできるかたちの商売で

      小さな経済復興を、をいうのが私たちumiyamanetの基本の考えだから、過密は

      過密なりに工夫してひとつ、またひとつと人の輪、想いの輪を広げる場にして

      ゆきたいと思うのです。

      それにしても商品作りが忙しい。そんな中、今少しばかり仮設に入居する日が

      延びた新聞バッグ作りのエース、さおちゃんから電話がありました。

      「新聞バッグ、大きいのを先に作ります?それとも中ですか?

       すぐに何枚必要ですか?」

      静かで無口なさおりちゃんが自分から頼もしい電話をしてくれてます。

      最初の頃は口を開けば「妄想」だったみんなの考えが、ひとつひとつ形を

      なして、少しづづ前進している気がします。

   

      

    

及川さんと再会しました

      山の手メンバーよっちゃん農場こと高橋代表より、「9月、マルシェで使う新聞

      バッグ、外国の新聞で」と言われて「えーッ?」

      ただ普通に外国の新聞だったら、従姉妹とか知人とかに送ってもらうこともできる

      だろうけど、日本の震災時の報道が載った外国の新聞となると、込み入ってくる

      のでアプローチが難しい。どうしようか、と考えた時、思い浮かんだのが元南三陸

      新聞記者の及川さん。及川さんは若い時分の外国放浪で鍛えた外国語堪能者 

      だし、自らも津波で被災されているので、お願いしてみようと電話をしたら、歌津

      の仮設入居後、少し元気をなくされていた及川さんは、しっかり元気を回復され

      て、古川七夕祭りでご自分が撮られた津波の写真展を開かれているとのことだ

      った。高橋代表に電話をしてさっそく古川の写真展へ急行。

      博多の人間の私から見ると及川さんはいかにも東北人で物静かで奥ゆかしい。

      でもその写真は新聞記者らしく、本当に迫力ある津波に押し流され壊滅してゆく

      南三陸町の写真の数々だった。

      新聞のことをうかがってみると、311以来の河北新報の全て、英字新聞の全て

      を保管している、ということでさすが及川さんと感心しました。

      将来ライブラリーを作りたいという夢を持っていた及川さんは、津波で家ごと5

      000冊の蔵書と300枚のCDを流失。残念で残念で仕方がないと仰っていたのに

      もう新聞は保管し、写真はパネルに入れていつでも展示できるように用意されて

      いるとのこと。やっぱり私たち山の手は及川さんの夢を応援し続けたいと思いま

      す。ツイッターで流したいという高橋代表の要望に応えて日本語の翻訳を引き受

      けていただきました。

      夜は、道の駅で放射能の勉強会。

      借金と弱者救済金ばかりが膨らんで固定資産税も所得税も入らなくなり、国民

      の税金に頼らざるを得ない今の東北の実状をしっかり認識するように、そして

      その現状を発信できるのは東北人しかいないということ、放射能汚染は怯えず

      正面から引き受けて検査し、安心できる米や野菜を提供するように、という

      取締役からのお話でした。   

      

      

           

市川ニッケコルトンプラザに行って来ました。

       7月30日、31日の土曜、日曜日に千葉県市川ニッケコルトンプラザ「宮城つく

       びと産直市」に参加してきました。

       金曜日の午後出発。話には聞いていたけど、東北道の混み方にはびっくり。

       郡山から常磐道に進路を変更して8時過ぎには市川に到着しました。10年ぶり

       に見るコルトンプラザは方向がわからないほど大きく立派になっていてまたび

       っくり。そして市川なのになんとなく薄暗いのにも驚きました。これが節電な

       んですね。

       翌土曜日から販売開始。販売場所をダイエー、ピーコックと専門店外の

       間に設置していただいているので、たくさんのお客様においでいただいて、

       産直市は盛況でした。

       夜は本八幡で懇親会を開いていただきました。席上、挨拶に立ったタカちゃ

       ん、南三陸から避難してきてよっちゃんなんばん高橋夫妻に出会い、なんば

       んの仕事をするようになったことを「嬉しい。感謝しています。これから岩出山

       住みます」と話すうちうるうるしてきて涙声に。傍にいたみちよさんも「ちょっと

       今の言葉聞きました?」と涙ぽろぽろ。高橋君も私もさおちゃんもこれまで

       あまりにも一生懸命だった反動でうるうるしてしまいましたが、タカちゃんの

       挨拶は大拍手で終わりました。

       翌日曜日は、最終日ということで気合を入れて臨み、土曜日以上にがんば

       ってお客様と接することができました。

       海山ネットワークに寄ってくださったお客様、そして、こんな機会を設けて

       くださった関係者の方々、ありがとうございました。                

       

       

       

    

       

       

       

       

       

       

       

梅30キロのジャムつくり

      せっかく仲間に梅の木が8千本もある梅農場のSさんがいるのに、梅製品を作ら

      ないのはもったいないと梅ジャムを作ることにした。

      実は梅干し苦手の私は梅のジャムを一度も作ったことがない。毎年作るのは夏

      ハゼのジャム。あとは苺のジャムしか作ったことがない。梅干し漬けに丁度良い

      くらいの黄色くなった梅を30キロ。せっかく作るのならと30キロにしたのだが、

      実は30キロの梅を見たのも初めてだ。こんな大量の梅をどうやって煮るんだ?

      と腰が引けているところによっちゃん農場のよっちゃんが取り出したのは、子供

      のお風呂にでも使えそうな特大の寸胴鍋。30キロの梅をどッと一度に入れても

      半分以下だ。覗き込んでかき混ぜるだけでも上腕の内側を火傷しそうになる。

      煮ること2時間半。砂糖の量も多いので、煮詰めるのもなかなか時間がかかり、

      6時半でいったん終了。多すぎて出来上がりませんでした。

      昨日、一昨日、勾当台公園(仙台)でのTBC夏祭りでよっちゃんねぎヤキソバ

      を作って奮闘したよっちゃん奥様が疲労困憊の様子なので、大鍋3杯分くらい

      の作りかけの梅ジャムを持って帰って、ただいま深夜12時まで奮闘しており

      ます。どこで出来上がっているのか、終了なのかほとんどわからない。

      梅が30キロなら砂糖も30キロでいったい何キロの梅ジャムを作っているのか

      それも想像がつかない。いったいいつ終わるんだろう。

      

    

市川コルトンプラザで出店します。

      次の土、日、7月30日と31日に海の手山の手ネットワークは、千葉県市川市

      のニッケコルトンプラザで出店します。

      行くのは私たち海の手山の手ネットワーク4人組と南三陸元気母さんタカちゃん

      新聞バッグ作りのエース、南三陸サオちゃんです。

      販売するのは海商店、山商店のいろいろ。

      まず新聞バッグ、大、中、小。新聞バッグを作っているうちに、自分がファンにな

      り、家の中に新聞バッグが増えてきました。キャットフード、ドッグフード、

      じゃがいも、紙袋など入れるのに大変都合が良い。蒸れないのがよろしい。

      それから南三陸の縫製さんが作ったエプロン、腕カバー、コースターなどの

      布小物。今日は透明袋に入れてラフィアで結ぶラッピングの作業をしました。

      全国の方々から送っていただいた布地は色も柄もさまざまで、楽しい時間でし

      た。いずれ写真入りポストカードを作って、送ってくださった皆様にお送りしたい

      と考えています。

      それから、南三陸の津波の前のわかめ。自分で売る時はさっぱり自信がなか

      たけれど、今度はわかめの仕事をしていたタカちゃんが販売しますので、わ

      かめのことなら何でも聞いてください。わかめも生きている海の場所で厚かっ

      たり薄かったり柔らかだったり歯ごたえがあったりいろいろなんだそうです。

      タカちゃんに聞いて私も初めて知りました。家も農機具も流されたけど、干椎茸

      だけが残ったという、運の強い干し椎茸。秤がないというので海山ネットで測って

      袋詰めしました。竹盆栽は御茶ノ水のガイヤでの販売の時よりずいぶん大きく

      なりました。苔も深い緑色がきれいになりましたよ。

      よっちゃんなんばん、梅干し、あられに蓬茶はいつもの通り。明日は青梅で

      ジャムを作ります。ぜんぶ、手づくり自然食品です。

      田舎暮らしでこの地に来た私にとっては古巣へ戻ることになりますが、海山

      メンバーにとっては初めての市川。どんな販売会になるのだろうと楽しみです。

      お近くの方、ご来場をお待ちします。

      

      

      

      

     

和紙

            女川のNさん、この日曜日の仮設入居を控えて、今日最後の、と言っても避難

     先のこちらでの新聞バッグ作りのお願いをした。電話では何度も話したけれど、

     直接会うのは新聞バッグ作りの講習会以来。昨日お願いしておいたバッグを持っ

     て来てくれた。非常にきれいにできている。私も少しずつ作っているが、こんなふ

     うにきれいにはできない。どうして?

     「新聞は一面と最後の面は使わないほうがよい。伸びているのでずれる」

     「色刷りのところは弱いから使わないほうがよい」

     「大きいバッグの時は寝押しをする」

     「糊は刷毛で混ぜてはダメ。刷毛の目に詰る。のばす時はスプーンなどでかき

      混ぜる。あまりゆるめないほうがよい」

     えーーッ、なんでそんなに詳しいんだろ、と思ったら、Nさんは津波の前、和紙の

     お仕事をしていたそうなのだった。

     まただ。らどん温泉で初めて今は仮設住宅住まいの0さんが作ったエプロンを見

     た時の驚きを思い出す。あまりにも見事な仕上がりなので、「どうしてこんなに

     上手なの」と聞いたら、津波で流された縫製工場で30年も制服を縫っていた方

     が縫ったエプロンと聞いてプロ仕様だと納得がいった。

     菊もそうだ。0さんのご主人が志津川で菊を作っていた方だと知って、5000本の

     菊を購入して菊栽培を教えていただくことにしたのだが、後で志津川の菊の

     会長さんで、東京の市場まで出荷している方だと聞いて冷や汗が出た。

     沿岸部の方だからなんとなく海の仕事ばかりを想像していたが、いろんな仕事の

     熟練の方がおられて、その都度びっくりしたり、出会えた幸運を喜んだり。でも

     こんな方たちが腕を振るう仕事の場がないというのは、なんと勿体ないことだろう

     か、と思う。

     Nさんは仮設住宅に入られても新聞バッグを作ってくださるそうだ。今度綺麗な

     和紙で何かを作ってもらおう。海商店になぜか和紙の商品が出てくるかもしれな  

     い。楽しみだ。