新聞バッグとポンちゃんと。

昨日、一昨日と雨模様で寒い。

初夏とは思えぬほど寒いので、着るものに非常に困る。

新聞バッグの注文で南三陸のけいこさん宅へ行ってきました。4月くらいから
ワカメ、昆布の仕事で忙しい時期に、新聞バッグ制作は頼みづらいのだけれど、
「いいよ」と軽く承知してもらえてほッ。

大震災から7年経っても、東京恵比寿のギャラリー「まぁる」のオーナー、木川
さんからは変わらず、「またお願いねえ」と注文してもらってます。
有難いことです。

大震災後の、ただお金が必要、ただで貰うのはいやなので、手の仕事で少しづつでも
収入をと始めた最初の役割とは、徐々に変わって、販売するのだからちょっとでも
クオリティが高いものを、という姿勢もちょっと変わって、今は第3段階。

これからどのように進んでいくのかこれから考えます。

新聞バッグはあ・ら・伊達な道の駅で販売中。月に1度店内レストランで、
新聞バッグ作りの講習もやってます。全然宣伝していないのでここでPRを・・。

 

ワカメ最盛期の頃は、浜の作業小屋に訪ねていたので会えなかったおばあさんにも
久しぶりに会えて、お互い「元気でよかった」と再会を喜び合い、帰りにはさんさん
商店街でお魚買って、大急ぎで高速走ってUターン。

4時には戻って畑に蓬刈りに行き、日暮れまで丈高く伸びた草を刈りまくってへとへと
の体力を立て直し、夜は蓬茹でてタケノコ茹でて終了。
疲れた!

 

 

翌日は朝のお餅の出荷後に、夜開催予定の野田、理君の誕生会及びパーシモン開店
2周年お祝いのためのお魚を買いに町内のスーパーへ。スーパーといってもとても
小さいお店で新しいお魚があるのが特徴。

ピッカピカの刺身用のでっかい鯛、鰹、平目の中からマスターが扱い易そうな特大
ソイとイカを買ってパーシモンに持ち帰ったところで、
「ポンちゃんがご飯食べなくて死にそうだ」との畑で作業中の花のYおじさんからの
電話で、畑に直行してポンちゃん連れて動物病院へ。

大震災後迷いネコになって別荘地の一番上にあるKさんちに現われた雄ネコポン
ちゃんはKさんの奥さんに可愛がられてのんびり暮らしていましたが、Kさんの
ご主人、奥様ともに病気になって引っ越されることになり、ポンちゃんは花のYおじさん
に預けられて暮らしておりました。見たとこひどく老齢。

獣医先生曰く、「あらあ、ずいぶんご高齢だねえ!」
大きい注射と小さい注射と3本も打ってもらって、帰ってきました。これでご飯が
食べられなかったら、もう諦める年齢だと・・・。

 

夜はパーシモンで小さなお祝い会。

野田さんが宇都宮で買ったたくさんの餃子と手巻き寿司と蝋燭3本だけ立てた小さな
ケーキで唄を歌って、お腹いっぱい食べてビールと焼酎のんでみんなご機嫌で
夜は更けていきました。

 

夜11時、Yおじさんから電話。
「ポンの輔君、おしっこしたよー。水のんだよー。」遅れて「ご飯食べたよー」

凄い! ポンちゃん、今回は生き延びた。

がんばれ、ポンちゃん!

 

 

 

 

 

 

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