熊本、東北

昨年から北海道の㈱ロイズコンフェクトから新聞バッグ10000枚の注文を頂いた。

10000万枚という数量は短期間でできる数ではないので、月に500枚くらいの数にわけて、1年数ヶ月かけて

納品させて頂くようにお願いした。以来、毎月20日を過ぎると時間を調整して、月末には石巻や南三陸で作って

もらったロイズバッグを回収、検品して送るという作業を続けている。

ロイズバッグを作り始めたら、普通の新聞バッグを作る時間が足りなくなって、注文があったら大慌てで作るという

ことをこのところ繰り返している。道の駅で販売している新聞バッグも常に不足気味で、供給が間に合っていない。

 

その不足気味の新聞バッグを何日か前には、東京で結婚式を挙げられたお客様の引き出物用に相当数送り、

昨日、今日は福岡の津屋崎千軒で毎年4月に催される「よっちゃん祭」で販売して頂く新聞バッグの準備をしている。

これも数にすれば百数十枚というけっこうな数。

新聞バッグを袋に入れたり、チラシを入れたりしながら考える。

東北を助けるためにと、津屋崎千軒の山口さんから新聞バッグの注文を頂いて今年で6年目。注文して頂いた

数は有に1000枚は越える。けれども、来年もし注文を頂いたら、このまま東北でお受けしてもいいのだろうか。

 

最初に注文を頂いた時に「10年は続けます」と仰った山口さんの確かな口調に、凄い人がいるもんだ、と思った

記憶があります。その言葉どおり、今年はあまりの忙しさに身体を壊してしまった、と仰りながらもお約束どおり

注文をくださった。その他にもたくさんの東北を応援する活動を続けてくださっています。

今年は福島と宮城の子供たちを福岡によんでくださるとのこと。

でもこれからは、と考えると困惑する。これから熊本や大分にも支えたい子供たちが出てくるだろうし、今熊本や大

分に新聞バッグを作る人たちはいないのだけれど、でも地元福岡の近くの人を応援するほうが重要ではないかしら。

 

これまで地震に縁がなかったところに起こった連続する地震。自分の経験に照らし合わせても、何時くるか解らない

地面や家が揺れる地震に怯える恐怖は想像するにあまりあります。その苦難の中の疲労も悲しみも驚愕も。

 

今はまだなんにもできない。ただ待つだけ。耐えるだけ。

でも必ず必ず終わるときがくるので、それまで国は被災地の人たちの暮らしの安泰、安全を最優先にして対応して

ほしい。経済なんかいいから、後でいいから。原発は心の底から止めて欲しい。宮城にいてもまだ私たちは後遺症を

引きずっているし、この先何時終わるか解らないのだから。

 

東北大震災の年の4月末。

よっちゃん農場のよっちゃんが、梅農場で梅見の会を催した際に、鳴子避難中の沿岸部の方たちに訊きました。

「何がしてほしいですか」と。

返ってきた答えは、「仕事がしたい」でした。

それから私たちは一緒に仕事づくりを始めました。

 

いつか必ず壊れた瓦礫を片付けて、被害を受けた方が立ち上がるときが来ると思う。それまで時間をかけて

私たちに何ができるのか、どんな応援をすればいいのか考えたいと思います。

急ぐと応援しようとする側のペースになってしまうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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