台湾地震に祈る

昨年の夏に台湾に行きました。

台湾という国について調べる時間的余裕もないので、娘夫婦に頼りきって出国し、台湾に行くことができましたが、

実に実にびっくりしたのは、台湾という国の近代的文明度。欧米諸国の人が日本について、まだ着物の人が町を

歩いていると思い込んでいるのと同じようなもんかもしれないけれど、それでも最先端といってもおかしくないほどの

近代都市であろうとは想像もしませんでした。

東京の首都高速と同じように台北を取り巻く高速道路。3車線4車線の車道。行きかう途切れのない車、そして

何より驚いたのは、台北は言わずもがな、電車に1時間乗っても濃い緑の山合いから覗ける16階も17階もあり

そうな高層ビル群。

台北も観光したどの町も高層ビルや昔ながら古いビル、狭い国土を効率よく使った階段の道路に沿う家々が見られ

日本の戸建のような地面に直接建設された家を私は見つけられなかったような気がします。

 

あの台湾の町で大きな地震が起こりました。

あのビル以外には人が住む家がないような町で大地震が起こったら・・。

あのたくさんの高層ビルのいくつかが倒壊したら?・・・・。

今朝のニュースで、行方不明の人を救けられないかもしれない、と言っていたけど、そうだろうなあ、と納得しては

いけないんだけれど、そうかもしれないと胸蓋がれる悲痛な気持ちになります。

積み重なって積み重なった瓦礫は人が生きられる限度の時間で片付けられる量ではないと思うから。

 

東京に行った時に、確実に増えていっている高層ビル群を見てよく思います。地震のとき、どうするんだろうって。

東関東大震災を宮城で経験した私は、駐車場の車が右へ左へと動き回り、地面が波打ち、ガラスが割れ、水が

噴きだし、エントランスのタイルが弾け飛びながら割れていくビルの7階の手すりに掴まって下を見下ろすマンション

住民たちの姿が今も目に焼付いています。いつ終わるともしれない揺れだったから。

 

大震災後100名もの団体で大崎を訪れ新聞バッグを作っていってくれた台湾の大学生、大学院生たち。

新聞バッグ講座の時には、どこの国よりも多額の支援金を贈ってくれた台湾国への感謝をこめて

「謝謝」と大書した模造紙を持参し、大きな拍手を頂いたこと、今も覚えています。

そして昨年の夏にお世話になったガイドさんやホテルの従業員の方々。

どの方もご無事でありますように。

心から祈念しながら、今できるご恩返しをこれから考えようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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