天野先生ニューヨークへ、そしてスローシティ

今日のニュースは、

私が敬愛する天野寛子先生(フリー刺繍作家であり元昭和女子大名誉教授)が、とうとう刺繍の展示会開催の

ために今日ニューヨークに向けて出発されたこと。やったね!

今回は天野先生単独ではなく、陸前高田の刺繍の生徒さんたちとの合同展示でもなく、中西 繁画伯とコラボ

してのニューヨークでの展示だそう。

最初に天野先生に会ったのは、筑波大学での農村学会に都市から農村移住をした私が発表者として招ばれた

時のこと。その時は筑波から東京までの電車の中で話しただけだったけれど、その後に先生からご「繋ぐ」

と名づけた先生の刺繍画集が送られてきました。

あの悲惨な東日本大震災の報道写真を胸を衝かれるほどの美しい色合いの糸で、文字ひとつ数字ひとつ

疎かにせず刺繍に縫い取った作品の数々がそこにあり、これはもう比類のない日本でただひとつ、世界で

ただひとつの作品集だと私は感心したというより、先生の偉業に驚愕しました。

 

それからは先生のオッカケになり、展示会が開かれる度にあっちに行ったりこっちに行ったり。

 

一昨年、筑波で「もっと話しを聞きたかったのよ」と東京から私を訪ねてくださいました。せっかく東北に来られた

のだからと景色が美しいところに案内したり、温泉を楽しんで頂きたかったりしたかったのだけれど、先生は

お迎えに行って再会した時から私に質問攻め。

お昼ご飯を食べながらも質問は続き、私が答える全てをノート、その辺にあるレシート、それでも足りなくなると

紙ナプキンにまで書いて書き綴って、「先生、温泉にでも行きましょうよ」という私の誘いには「行かない」

きれいな場所は?

「いいの、行かなくて」

「先生、一体何しに鳴子温泉にまで来られたんですか。行きましょうよ!」という強引な私の誘いに

「行かなくていいの、話を聞きたいの。学者はね、聞いて書いてナンボというようなもんなのよ」

 

御年70代半ば、私より御歳は上。なのに単身リュックを背負ってノートとペンを携え、ひょうひょうと歩かれる

先生に私は魅了されました。

なにより作品はこれからも日本で世界で見てもらいたい。ロシア展示は終わっているから次はニュヨーク。

と言ったら「ニューヨークなんてとんでもないわ。ないないない」と仰っていたのが、あれから1年経つや経たず

で遂にニューヨーク。

 

同じく経済学者でいらっしゃるご主人とご一緒というから安心だけれど、きっと今は厳寒のニューヨーク、

風邪など引かれないように、物騒な事故などに合われないように、ご無事で帰ってきてほしい。

何よりたくさんのニューヨークの人たちが先生の作品を見てくださることを願います。

 

そしてもうひとつのニュースは

午前中、お餅の出荷を終えて道の駅から帰ろうとしたところに、あやさんからの電話で喫茶「たまごや」さん

に呼んでくれたので家に帰る筈が鳴子温泉に行く先を変更しました。

そこでイタリアをベースに活躍なさる女性3人にお会いしました。

ノンフィクション作家の島村奈津さん、イタリア大使館勤務でヴェネティア育ちのエリカさん、そしてイタリア

関係の会社を経営なさるXさん。3人ともあらフィフくらいのお歳だと想定しますが、実に賢そうで力強い

女性3人。願わくばイタリアの新聞紙が欲しい。

という気持ちでお近づきになったのですが、お話してみて私が「目からウロコ」状態に陥ったのが、読ませて頂いた

島村さんの新刊の著書。

題して『スローシティ 世界の均質化と闘うイタリアの小さい町』

帯に「なぜ過疎の町が世界の憧れの的となたのか? どこに行っても同じ風景にならないために、イタリアの

小さな町が取り組んできたこと」とあります。

面白そうーー。ちょっと読んでみただけでもこれまで考えたことのない発想が詰まっていて、楽しみ、楽しみ。

 

さて、最後のニュース。

黒田さんが一人で車を運転して、福島県南相馬のゆめはっとに新聞バッグのワークショップに出かけて行きました。

横浜の新聞バッグインストラクターのタカムラノリコさんと新しくお知り合いになる方と一緒。

WSは明日です。子供たちに新聞バッグつくりを教えます。楽しい時間になりますように・・・。

 

今日のニュースおわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA