仕事を繋ぐ

風邪が治らないので動きがとれません。外に出たいけど寒すぎる。

夕方テレビから、「南三陸の元縫製工場に勤めていた畠山さん」という声が聞こえました。
慌ててテレビの前に陣取り、「元縫製工場ってどこにあったんだろう」「畠山さんは今何を
なさっているんだろう」と知ろうとしたんだけど、詳しくはわからなかった。

わかったのは、前はお仕事がなくて困っていたのだけれど、今は東京丸の内で販売する
トートバッグを縫っていらっしゃるとのこと。ただそのミシン仕事のオーダー元が、NPOなのか
そうじゃないのかがわからなかった。

何故そんなことを気にするかというと、福岡のある和装品やバッグ、その他を制作、販売なさっている
経営者の方から、被災地へとお仕事をもらっているのです。

以前に頂いた和装品を縫う仕事は、南三陸の元縫製者の方に完全に繋ぎ、今では月々何十着を
受けるという形でのきちんとしたお仕事になっています。
先日、その方から別口の注文を頂きました。さて、どこへ持っていこう。

こんな時、ほんとに困るんです。お仕事は絶対に離したくない。
以前はエプロンなど縫ってもらって販売したのですが、なかなか思うようには売れず、良い成績が
残せませんでした。でも今はお仕事になったのでほんとによかった、と思ってます。

南三陸に電話して、もっと縫える?と打診してみたのですが、「無理みたい」とのこと。

被災地では、こんな風に、よそからのお仕事がありますよ、とか人を探してますよ、とかの情報
をどこへ持って行っていいのか全くわからない。口コミだけが頼りです。
他所から頼まれた仕事の紹介とか、うちで必要だから来てもらいたいとかと望んでも、被災者が
どこに住んでいるのか解からないし、例えば仮設住宅でやりたい人を探すというのは、自治会
経由だと平等性の問題で難しいことになります。NPOが集会所使って、みーんな一緒にというの
だったらいいんでしょうけど。

思い余って志津川の仮設住宅の知り合いに電話をしました。縫製できる人が3人ほどいるとのこと
ですが、技術の問題もあり、すんなりいくかどうかは未知数です。
あと、気仙沼の仮設の知り合いにも訊いてみるつもりです。

 

沿岸被災地でのこの父ちゃんも仕事がない、母ちゃんも仕事がないという状況の中では、よその都会から
来る仕事、それも「ほんとにきれいに縫ってもらって感謝してます」と誉めていただいている仕事
ですから、できることなら南三陸の縫製者の実力を知ってもらって他の経営者さんたちにも伝播させたい。

そんな気持ちがあります。

個人情報保護法とか平等性とか、コトを難しくするほうが多い法律や、非常時には役に立たない理念に
振り回されて、一人一人丁寧に手を繋いで伝えたい情報が伝えられない現状は実にもどかしい。
みんな個々で違う形で被災しているのに、平等に応援してたら、時を逸する危険性を感じます。

以前たくさんの新品のバッグと靴が支援品として送られてきた時、わりと大きな避難所に電話をしたら
「争いの元になります」と即刻断られたことがあります。男がバッグを持って靴履くわけじゃなし、
女といっても老若いるわけだから、大変なのはよーくわかるけど、やっぱり寄り添って一緒に分けるという
方法を探してほしいなあ、とその時思いました。

 

 

 

 

 

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