想像力

新宿高島屋での催事で東北村関連者全員がホテルで宿泊している時、地震がありました。
2回あった。1回目は震度4くらい、2回目は茨木で震度5くらいあった時、夜10時頃だったかなあ。

部屋は9階。東京での地震らしくゆーらゆーらゆーら。天井睨んでしばし考えた結果、起きて
服に着替えました。これが余震だったら、とどうしても考えちゃう。もし地震だったらこんな高いところ
じゃどうしようもないので、ドアから外へだって出たほうがいいのか、出ないほうがいいのかよく
判りませんが、でもともかく部屋で一人ぼっちというのはなんとも心細い。

東京近郊に住んでいる時には考えたこともなかったけれど、もし東京で地震が起こったら、
なんというか、このモノというのか個体物の多さというのが、まず恐ろしい。まあ、宮城でいうなら
ガレキですが、地面の断層の動きでどこか何か所か壊れただけで、ものすごい量の壊れ物が出て、
人間も救急車も消防自動車も身動き取れなくなるんじゃないかと。

栗原の地震の時ですが(栗駒山の一部が崩落してなくなった地震です。朝、8時45分頃、地鳴りとともに
震度6強の揺れが始まりました。私は洗面所で洗面台にしがみついてました。黒ラブラドール2匹が
足元で大騒ぎしていました)、揺れが落ち着いてからすぐに水を買いに行きました。

古川など大きな町では手にはいらないだろう、と仙台方向とは逆に築館へ。震度6強でも地盤の強い
ところは壊れないし、弱いところは壊れます。一迫の道の駅は屋根が壊れてしまってました。
コンビニの水を求めて国道4号へ。

地震から1時間もたってないのに、国道4号はまるでなんというんですかねえ、臨戦態勢というのか、        ウーウーサイレンを鳴らしながら行き交うドクターカー、東北中のが集まったのかと思うくらい何台も
走ります。頭上には胴体の大きい自衛隊の輸送ヘリ、各社報道ヘリがブンブンブンブン。車の前に          緊急とか災害とかの大きなゼッケンみたいな布を張り付けた、ガスとか電気とかの緊急出動車が           次から次に走ってきます。そして圧巻は自衛隊車輛。
国道4号線を、小さかったり大きかったり特殊車両だったりのあの深緑の自衛隊の車が仙台方向から
途切れなく栗原方面に走って行きます。まるで戦争が始まったみたいな緊迫感です。
始めて見る光景なので、度肝を抜かれました。

水なんか全然なかった。

自衛隊の休憩場所というのか集結場所が道の駅の第2駐車場だったので、それからはずいぶん
自衛隊の隊員の方々とか特殊車両車とかはお馴染みになりました。
いつもピカピカなのにドロドロに泥で汚れた重機車両。交替まで休憩する隊員たち。遭難した
人たちは最後まで見つからなかったから随分長いこと駐車場が使われました。
お腹が空いてないかと「お餅を食べてもらっていいですか」隊長さんとおぼしき方に尋ねたことが
ありますが、思いは同じで「私もお握りを、と言いにいった」と蕎麦屋さんも言ってました。

 

でまあ、東京での地震に話を戻すと、そんな場面を何度も見ているものだから、どうしても想像力
がリアルになるんですよ。これは怖いわ、と。

そしてその壊れ物をどこに置くんだろうかと。広いところといったら東京ドーム?日比谷公園?
新宿御苑?そこに今も南三陸や閖上や石巻に行ったら山積みになったままのガレキのように
ずーっと置いといたままになってる図なんて、都民の人たちは想像することあるのかなあ、なんて。
1年もの間、置いといたまんまで、朝夕その景色見て通勤する気持ちを想像することあるのかなあ、
なんて。きっと具合悪くなる人がいっぱい出ると思う。

これは他の土地でも同じだけれど、想像力なくして物事の解決は難しい。
かといって私のように、想像ばかりしてしまうというのもまた疲れますが。

 

 

想像力” への1件のコメント

  1. 危機管理という言葉はとても固くて役所的だけど、その根底は想像力だと思うのです。

    人間に備わっている「このままでも大丈夫」という本能に逆らうように危機に面した場合のことを考える。これは人間だからこそできること。動物との違いです。

    この震災で得た教訓は次の危機管理に十分生かしたいものですね。静岡の方では一部の沿岸部の人たちがすでに集団移転を考えているとのニュースがありました。

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