温泉街のお盆

茄子、ピーマン、じゃがいも、トマト、などなど、どっさりもらったので、今夜のおかずは茄子揚げだ、
サラダだ、と準備に入ったところで、「お中元だよー!」と由美さん來宅。

値段が高すぎてうちではまず口には入らない高級牛肉をどっさり頂きました。

「市場に行って来たの?」
一般にはない不穏な質問。
由美さんちでは肉牛の飼育をしています。だからお肉を頂く時には牛の市場に行ってきたのかなあ、と。
最初に頂いた時には、ちょっとショックだったけど、もう慣れました。当たり前だ、と思うようになりました。

牛肉を頂いたことに感謝して、即刻献立変更。
新聞バッグの検品に来てもらっていた黒田さんも一緒にお肉、野菜をいっぱい焼いて大焼肉パーティ開催。

翌13日はお盆の入り。

夏休みを利用して、東京の中学校の学年主任の先生とお嬢さん、JTBのI氏が来訪されることになり、   今日は、朝のお餅仕事が終わった後は、そのまま南三陸へ。

ちょっと行かない間に、盛り土だらけの志津川の道路事情は大きく変わってました。盛り土の上には、新しい立派な道路が開通し、盛り土と同じ高さから45号線までの急カーブの下り坂を矢印に導かれるままに下ると、行きたくもないところに出てしまった。

この新しい道路、どうなっているのか全然解らない。先生とIさんとのの待ち合わせ場所は、防災庁舎なのです。高い道路から防災庁舎は見えているのだけれど、封鎖されて近づけません。今日はお盆だし、是非ともお線香を上げて帰りたいのだけれど、どうやって行くんだろう。

急遽待ち合わせ場所を震災後初めに建って今もあるセブンイレブンに換え、先生、娘さん、JTBのIさんと合流して、歌津の仮設住宅へ。

お盆の忙しい時期で本当に申し訳ないのだけれど、(けい子さん宅は先日亡くなったおじいさんの初盆です)、無理を承知でお願いしたら、新聞バッグインストラクターのけいこさんもしんこさんも快く集会所まで出てきてくれました。

しんこさんには、先日作った新聞バッグの規格にあっていない分を返品します。時間をかけて作った新聞バッグ。返されるの不本意だと思う。でもしんこさんは全く嫌な顔をせず、「いいの、いいの、商品だからね」と受け取ってくれました。。私はこういう時、心から震災後にこの仮設住宅の海の仕事の方々と知り合いになれてよかったなあ、と思うのです。町場の人はこうはいきません。いろいろ出てくる。

新聞バッグのお仕事話が終わったあとは、先生とこの海のお仕事の方たちとのお話合い。
先生もIさんも宮城県沿岸部に来られるのは初めてだそう。
「どうですか?感想は」と伺うと、
「テレビなんかで見るのとは全然違う。衝撃を受けています。10年後がどうなっているのか、なんて想像も
つきません」

私も同感。何度も何度も南三陸に来ているけれど、3ヵ月後であれ1年後であれ、今の大工事の行く先の
姿は全然見えて来ない。仮設の人たちに聞いても「わからない」のだから、誰が解っているんだろう。
この間久しぶりに来たよっちゃんが、「なんかグッチャグッチャに噛ました感じですね。金だけは大掛かりに
かかっているという気がする」と言いましたが、なんか的を得た言葉に感じます。

けいこさんから先生にもIさんにもそれぞれにお土産のワカメを頂きました。                    帰りに、道を探して防災庁舎に寄ってから、一路今夜の宿泊場所、鳴子温泉へ。

日暮れ時の鳴子の温泉街には迎え火が焚かれていました。通りに面したお店の前では思い思いの形で 迎え火が焚かれ、仏さまのお帰りを待つかのよう。こんなにたくさんの迎え火を一時に見るのは初めてです。

先日行った玉子屋さんの前では店主の宮本氏が火の番をしてました。

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迎え火の通りを歩く浴衣姿のお客様

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先生に伺った大切なお話はこの次に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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