三年

昨夜から又もやの大雪。   いや、ほんとにふかふかの大雪で出るも入るも大変です。

除雪車に雪をどけてもらって、朝一で道の駅へ行き、昨夜鳴子観光ホテルでお会いした明大付属中野高校

の先生方と再会。きのう渡しそびれた新聞バッグやお土産のバッグをお渡ししてお別れしました。

すぐに帰宅してお餅仕事の後片付けを済ませ、昼過ぎ陸前高田へ。

 

今日は昨年筑波大学の農村学会でお会いしたフリー刺繍家の天野寛子先生(元東京の大学の教授)の

刺繍の展覧会がある日なのです。刺繍画集は送って頂きましたが、本物を見るのは初めてなので、今日は

3月11日で人が多いだろうなあ、と思いつつも陸前高田の元の市街地からだいぶ離れた広田半島の

先端に近い元オートキャンプ場を利用した仮設住宅団地に向かいました。

3回目の3月11日が近づいて、このところテレビは311に関連する報道ばかりで、やっぱり見れば様々な

ことが思い出されて涙が出ます。特に福島から外に出られて避難している方々の生活状況が厳しくて本当

に心からお気の毒で胸が痛みます。

 

2時46分は気仙沼から陸前高田に向かうトンネルの中。トンネルから出ると道路沿いの会社の敷地で

大勢の白い作業着姿の従業員の方々が整列して海のほうに向かい黙祷をされてました。コンビにでも

黒い洋服姿の方が目に付きます。

久しぶりに来る陸前高田。海側山側元市街地全部が大工事地帯です。

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45号線沿いなんだけれど、なんかへんだなあ、と感じていた理由が判明。3年経った今も電柱がない。標識

もないし、要するに普通道路にあるようなものはまだ何もない。

 

広田半島に入ると、何にもなくなった陸前高田市街地と同様の何もなくなった空間がもうひとつあって、陸前

高田の被災の広さ深さに愕然。知らなかったわ。

天野先生の刺繍画展、松原刺繍プロジェクトが行われている小友仮設住宅団地。

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集会所の中の展示会場。311の今日はお茶っこ飲み会でテレビクルーも入ってました。

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天野先生と先生の作品。

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3時間のドライブはちょっときつかったけど、先生とお会いできてよかった。この次は鳴子にも来ていただけ

るそうです。
帰り道は気仙沼からそのまま南三陸に向かい、、菊の師匠、小野寺宅がある港仮設に寄り道。

半年ぶりくらいでお会いするご夫妻はお元気そうでした。

 

3年たったね。3年の感想は?という話題になって、「うーん、どこからどんな形で考えてもモノが言えない」

人が聞いたら「?」という感想だけど、私はわかるような気がします。人の心の復興ではなくて、もっとハード

な面での町の建設が進んでいるように一見見えるんだけど、どんな町になるのだか想像がつかない。

いいんだか悪いんだかも解らなくて論評ができない。

 

福岡の知人から箱いっぱいのキルトの作品が送られてきました。80歳を超されたキルトの先生ですが、

この3年の間、生徒さんと一緒に作った作品の数々をほぼ定期的にというくらい着実に送ってくださいます。

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被災地の方に差し上げるのもよし、売ってお金にするのもよし、とお考えのようです。

この知人のほかにも、この3年間、自分の年金の一部を送り続けてくれている友人がいます。

そしてこの3年の間、季節の催事に必ず大量の新聞バッグを注文してくださるお客様がいます。

そのようなお客様は一人や二人ではないです。

 

東北に住む私たちにとって311は現在も続く現実であり、東北以外に住む者にとっては311は過去の

出来事になりつつある。でも原発の被害も津波の被害も、宮城に住む私たちの作物の放射能の影響

でさえいつ終わるのか先が見えない状況です。

風化させないというのは意思の力が必要です。

SMAPはこの3年間、SMAPSMAと言う番組で欠かさず義捐金を募り続けている、ということですが

やはり続ける、という強い意志がなかったら続かない。

海山もそうです。3年間よく続けてきたな、と思うけど、ポジティヴである時もネガティヴになる時もあるけど

やっぱり根底には「続けよう」という意思があってのこと。そしてその意思を周囲で応援して頂いて今がある

のだと思います。

 

311を過ぎたらあッtいう間に静かになって、話題にもならないということが普通。なんてことにならないよう

意思を持って声を上げ続けていきたいものです。

往復6時間半のドライブはさすがにきつかった!

 

 

 

 

 

 

 

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