東北新聞バッグプロジェクト第2弾in唐桑半島

道の駅直売所の軒下で立派に育ったツバメたち。

この巣のオトーサン、オカーサンは今も忙しそうだけど、ずーっと、餌運んだり、スズメやその他の鳥と闘ったり、ほんと忙しそうだった。チーチクパーチク毎日鳴き騒いで賑やかなことと思っていたら、雛鳥はこんなに大きくなっていたんだね。巣立ちまでもうちょっとかな。毎日顔を4つ5つも並べて見下ろしています。

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さて、東北新聞バッグプロジェクト第2弾について、元代表よっちゃんがよっちゃん農場ブログに書いていましたが、今度のお仲間は気仙沼は唐桑半島のチームということで、ブログの写真見て私も行きたかったァ!

唐桑半島巨釜半造。
この地に越して来る前に、以前通っていた東京のカルチャーセンターの講師である作家・高田宏先生に  教えられて畠山重篤氏の『森は海の恋人』という本を読んだことがあります。その本から海の豊穣は山が
育てるのだと知り、目からウロコ。なーるほど!と感銘を受けました。

宮城に来てまず最初に行ったのが、畠山氏の本拠地・唐桑半島。
私は福岡の玄界灘に面する海辺育ちです。小学校の時から志賀島、能古島を目に入れながら百道の浜
で泳ぎ、室見の河口で泳ぎ、生の松原で泳いで大きくなりました。20代の半ばで福岡を離れ、遠い都市に
住んで、時たま福岡に帰ってみると、その変貌たるや驚きを通り越して呆然とします。

今や百道の浜にも海なんぞはなく高級住宅地に替わり、室見の河口で泳ぐ人間なんて一人もいないでしょうし、あの美しかった生の松原さえなくなりました。探せばあるのかもしれないけれど、私から見ればないのと同じ。

ところが初めて行った唐桑半島の美しさ。昔のまんまの美しさ。
誰も来ないように保存した美しさではなく、日常の生活があるままで、森と海とが混在する美しさに魅了
されました。海の際の崖には原生林の木々が生い茂り、林の中には花々が見られ、崖から海に向かって
なだれ落ちるように原種の菊が咲き広がっていました。

もう一度行こう、もう1度行きたいと思っているうちに時は過ぎて、あの地震、津波。
唐桑は壊滅と聞きました。がっかりした。近所で水のない唐桑に温泉の水を運んでいる人から「あそこで
写真をとるものではないよ」と聞いて、なんか行けなくなってました。

こんな形で唐桑半島とめぐり会えるとは思ってもいませんでした。
やっぱ、新聞バッグだねえ! 新聞バッグが繋いでくれた縁です。新聞バッグはモノ入れにも役に立つけど、人と人を出会わせてくれるツールとしても役立ってくれています。

新聞バッグ作った人で面白くなかった、という人は滅多にいません。

四万十ドラマの畦地社長、そしてデザイナーの梅原さんにお力借りて、東北新聞バッグプロジェクト第2弾。
これからどんな面白いことが始まるのかわかりませんが、この唐桑半島との出会いだけでも、私は
この先どんなことが起こるんだろう、と楽しみです。

 

しかし、行ってみると、唐桑半島、遠いわ。
うちから行く道筋は厳美渓あり、平泉ありで、寄れば楽しいんですけどね。

ここまで書いて、「こんちわー」とヤマトさん。
南三陸のむっちゃんから「ほたて」が届きました。
むっちゃんは高台移転に申し込んだということで、まだまだ先のことだけど仮設住宅を出る日が来ると思います。支障なくその日がくることを祈ってます。なかなか難しいこといっぱいだから。

家ができたら「泊まっていいよ」と、言ってもらった。南三陸に親戚ができたようで嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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