最後のレモン

10年あまり前、首都圏から田舎で暮らすことを決意して、熊本へ、新潟へ、国東半島へ、宮城へ、と住まいを
移した、仲間4人。

熊本へ行った友人は、引っ越す直前の検診でガンが発見され、余命2か月の宣告を受けて、帰らぬ旅への準備を
終えた後に熊本のホスピスに入り、宣告どおり2か月で亡くなりました。

両親と共に暮らすことを決めて新潟の実家に戻った友人は、両親を見送り、連れて行った2頭のシェパードを
見送ったのちは、首都圏での暮らしではまったく縁がなかった太極拳の実力者になり、ねんりんピックや
全国大会で活躍する日々を送っています。

宮城に来た私は、地元の人によくしてもらって宮城の土地に馴染み、何度も地震を経験し、その結果海山ネット
の仲間に恵まれて、今も忙しく元気に田舎の暮らしを楽しんでいます。

国東半島に行った友人は山の中腹の広い広い敷地に居を定めました。
自ら「終の住処なのよ」と言い、石だらけの石をどけて畑を作り、木を植え、椎茸を栽培し、筍を採り、海で泳ぎ、
採れたての材料で食事を作り、無駄にしているものは何もないというくらいにじっくりと田舎暮らしに向き合って
暮らしていました。

 

定年退職者の田舎暮らしは10年目くらいからが正念場です。このまま田舎で暮らすか、便利な町に住むかの
選択を迫られます。

私の場合は今住む場所に格別の不便を感じないのと、仕事を持つ身なのでこのまま死ぬまでここで住み
続けるという方向になってしまってますが、来た当初は全くそんなふうには考えませんでした。
ひとつの土地に6年以上住んだことがないので、またどこかに住むのかなあ、と思っていた。

美しい国東半島を「終の住処」と決めていた友人は、さまざまな理由で来春東京に戻ることになりました。

今日、「私のレモンの木の最後のレモン」が友人から送られてきました。
手紙に「黄金色に染まった銀杏の木の下で一人でレモンをとりました」とあります。
どれほど離れ難いことか、と私は彼女の心を想います。

 

彼女の最後のレモン、大切に大切に味わいたいと思います。

彼女が東京に戻ったら、また以前のように東京で会えるのが楽しみです。

長野から東京にもどった版画家の岡澤さんからも、長野からの贈り物が届きました。
一緒に写真に撮りました。

きれいなレモンでしょう!

 

 

 

 

 

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