1000年に1度の災害

今日も1日、時雨でした。雲が来たら降って、雲が行ったら照って、また降って、照っての繰り返し。
風が強くて寒くて、虹が同時にふたつも立ってました。最初のが消えないうちに、また次が、という具合。

それだけ天気が不安定ということでしょう。

 

きのう、南三陸に行って思ったこと、をちょっと書きます。

去年の大震災の後、ガレキの処理だとか仮設住宅のことだとか自分ちの後片づけだとか、毎日毎日がやること、
考えることで目いっぱいの時にはほとんど意識がなかったのですが、今現在のように
ガレキが減って塩水に浸かった木が伐られて、流れ残ったコンクリートの建物が解体されてと、なんとなく
全体の形状が見え始めて来たら、「これが復興なのか?」というような思いが湧いてきました。

これまでの2年近く、片付けて片付けて片付けて、とやってきたわけだけど、それって「復興の準備じゃないの?」
というような訝しさ。

全部きれいになったとして、目の前に海が見えて、防潮堤がなくて。
それでどうするの?というような。

仮設住宅には菊の師匠のような方たちがまだたくさん不自由な生活をしながら先の見通しを探っておられる
わけだけれど、以前のように仕事がし易い環境に何時戻れるのか。まだ何にもないですもの。建てようもないし。

全然答えが出ない。出てからが復興の始まりじゃないのかなあ。

東京辺りに行って、「もう復興はだいぶ進みましたか」などと問われると、どう応えていいのか返事に詰まります。

千年に1度の災害という言葉が改めて心に沁みます。
福島にしろ東北沿岸部にしろ、自分たちではどうにもできない災害。
仕事がなければ究極的には土地を離れるしかなくなる。

今は農村も都会も仕事を得るのは大変だけど、でもやっぱり忘れてはいけない、日本中で手助けしなければならない大災害なんだ。とそんなことを思いました。

 

さて、今日はお楽しみ。よっちゃん夫妻がきのう歌津のK子さんから頂いたブリをショーエイさんに料理してもらって 届けてくれました。  さすがショーエイさん。海の男です。でっかい頭まで届いて、夫にアラ煮にしてもらって
大変美味しく頂きました。

ショーエイさんは南三陸の船乗りさんですが、南三陸の復旧なるまで、今は私たちの町の梅農場の近所に住んで 梅農場の仕事をされています。よっちゃん農場の看板奥様みっちゃんの相棒のんちゃんのパパです。

刺身用の3枚下しは、明日南相馬のあやさんにも届けて、みーんなで食べます。
ありがとうございましたー。

 

 

 

 

 

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