限界集落にて

畑にあるでっかーい丹波栗の木3本。                                              遠くから見上げると実がいっぱい成っているように見えて、「落ちたら売ってやろ」と一人ほくそ笑んでいたのですが、
今日あたりよく見ると枝で茶色になったのやら、もう落ちたのやら。

えーーっ、これは大変と皮手袋に藪狩りようの鎌を手に木の下まで行ってみたら、イガが木にくっついたまま
茶色になっている。明らかに不作です。いやだなあー!

不作=熊の餌がない=熊出没、というように私の頭の中は直結します。だから嫌なんだあ!

まあ、山の中に餌がないから里に来るというより、里に餌があるから来る、ということかもしれませんが。
豊作の年に木の実を採って保存して不作の年には山の中にばらまいて来ようかしら、と言ったら
「今年は栗だけではないよ。カキもなってないよ」と言った近所のOさんが、「山ん中にいるんじゃないよ。その辺に
巣があるのよ」と教えてくれました。

 

私は全くの都会生まれの都会育ちで、今田舎に住んでますが田舎のこと、山のこと、農業のことには無知です。
10年住んでいるので、田舎のこと、山のこと、農業のことの初歩くらいはわかるようになったかもしれないです。

来た年の秋に私の家から仙台方向の空の中にいつも見える舟形山に行きました。舟形山は近づくまでに
林道を1時間ほど走らなければなりません。その道は紅葉真っ盛りのブナの林の中を貫いていて、車を降りて
林を歩くと絨毯のようにブナの実が散り敷いていました。ブナの豊作は7年に1度だそうです。

私の家の庭にも(庭といっても山です。)山栗の木が多数あります。この家に住んでから数年は今くらいの時期、
シーンとした静けさの中に、ポッタン、と栗が落ちる音がすると、落ち着かなくて、「採りに行かなきゃ」という気持ち
になって仕事になりませんでした。片端から拾ってバケツにためこんで、ためこんだバケツが何個も並んで
一生懸命皮むき器で皮をむくのですが、家族で腱鞘炎になったのでやめました。

もう1箇所の別荘地に住んでいるもっと山栗の木が多いの私の旧友のうちでは敷地全体に栗が玉砂利のように
敷き詰められていて、それでもポッタンを聞くと「採りたくなる」ので「早く全部落ちてくれないかしら」などと
言っていたこともあります。

ところが今では、私のうちでも友人のうちでもめっきり実なりがなくなりました。
なんでなんだろう。 さっぱりわかりません。
周囲をぐるりと雑木林に囲まれた動物にとってはかっこうの運動場のようなうちの畑は、とうもろこしはもう
植えないけれど、枝豆もトマトもスイカもカボチャも食われる食われる!動物のエサ作りやってるみたい。

「この集落ではもうお年寄りばかりで畑を作る人がいなくなっているんだよ。だからここに来るのよ。おいしいものがあるんだもの」
今日畑に来たOさんに言われたけれどそうなのか。限界集落なんだそうです。
集落事情に疎い私はそんなに一人暮らしのお歳寄りばかりになってるなんて知りませんでした。普通に静かに日々は過ぎていき、孤独死とか熊に襲われたとか、そんな事件は聞いたことないので。

これでも15分で町に出られるんですよ。TSUTAYAだってマックだってジャスコだってホカベンだって車さえ運転
できれば不自由なく行けます。
それでも限界集落なんだ。

 

なんでもかんでも食われちゃったけれど、夏ハゼだけは元気でなにごともなくびっしりと実をつけています。
もう少し黒く熟したら採ってジャムにしたりソースにしたりしてみたいもんだと思ってます。

 

 

 

 

 

 

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