新宿高島屋佐藤課長がみえました。

版画家オカザワカヨコさんの東北滞在3日目は、仙台、勾当台公園での朝市夕市出店の「よっちゃんなんばん」にくっついて行っての見物、販促をしてくださいました。自作の手拭いを自分で販売したり、お土産を買いに他のお店を回ったり。
ハードな3日間でしたが、初日の海山教室は大変楽しいひと時でした。2日目は遠い南三陸まで来ていただき、そして最終日には仙台。ほんとにご苦労さまでした。ありがとうございました。

そして帰られた翌日には、今度は今年の3月に東京新宿高島屋で大変お世話になった佐藤課長がよっちゃんちにみえるということで、午前中の仕事を終えてからご挨拶に伺いました。

東京の大デパートの役職の方が、こんな草深いと言ったら悪いけど(ほんとによっちゃん宅は草深くて山深いところにあるのです。私の家も人のことは言えないくらい山深いのですが・・・)、ところまで出向いてくださるなんて、ちょっと普通では考えられないじゃないですか。

うかがってみると、東北村のT氏も一緒でした。うーん、なんかあるのかな。

ありました。来年の1月に再度東北村を高島屋でやりませんか、と言っていただいた。
前回の売り上げは全然誉めたものじゃなかった。佐藤課長曰く「まっかっか」だったんです。
でも売り上げ重視ではないので心配しないでいいとは言ってくださったけど、せっかく場所を提供していただいたのに申し訳なかったです。ただ「東北村出店者が助け合うのを見てよかった」とは言ってくださった。

そんなんでいいんでしょうか。

でも佐藤氏は仰ってくださるのです。
人と人との関係も、モノ作りの形も、ここにあるままの姿で、東京で販売していいです、と。

人と人との関係と言えば、単純に言って、みーんな仲が良い。よっちゃんはよっちゃんなんばんを作り、佐藤農場は梅干しを作り、私は花とお餅を作り、それぞれ作っているものは違うのだけれど、作り方は同じで自分でできる範囲を越えないモノ作りをしている。たくさん作りたくて機械に頼ったり、よそに頼んだりはせず、自分の目に見えるところで自分の手で作り出す、というところが同じです。

 

ここにあるままの形、ということだったら、やっぱり前回の時のように、農家の縁側スタイルで、よっちゃん奥さんが畳に座って、こっちから持って行った当地自慢のご飯を炊いて、よっちゃん手作りの「よっちゃんなんばん」や、梅農場の3代目手作り「梅干し」をアッツアッツのご飯に乗っけてお客様に食べてもらう。よっちゃんちのお父さんが作ったおいしい「たくあん」も食べてもらう。
そして食べてもらいながら、こっちでいつもやっているように、お客様とお話しをする。

佐藤氏のお話しでは「今はお客様と商品を作る人、売る人との距離が凄く離れている」。
ということはお客様と商品の作り手との間にはお金と商品のやりとりしかない、ということでもありますね。
それではあまりにも味気ない。やっぱり商品を買う時には昔のように作ったおじちゃん、おばちゃんから「おいしいよ!これで作ったんだよ。こんなふうにして食べてももおいしいんだよ」などと食べ方教えてもらったりして買うほうが楽しいですものね。

 

そういえば版画家の岡澤さんも南三陸に行った時に、言ってました。
「私がやってる版画やシルクスクリーンなどの仕事はどこででもできます。ここででもできる。お仕事がない時は東京から私が道具でもなんでも送りますから、そんなお仕事でもここでできますよ」って。

そんなこと初めて行った被災地の仮設住宅で言える人は滅多にいないと思います。

佐藤氏も、岡澤さんも、これまでのやり方から一歩違ったやり方へと、新しい進路を進み始めている方たち
だと思います。
この間お会いした修学旅行や子供たちの旅行の企画を担当されるJTBの方もただただ目新しい旅行企画を
並べるのではなく、「子供たちにとって何がいいかを一番に考えたい」と仰ってました。

海山ネットの活動を通じて、佐藤氏や岡澤さんのような方とめぐり会うことができたこと、とても幸運だし、ありがたいことに思います。
でも1月というのは東北の農家は売るモノが何もない休憩の時期なので、できれば収穫の秋、実りの秋に高島屋さんにうかがいたいですね。岡澤さんに伝えたら「私もやるーッ!」と張り切ってました。

 

新宿高島屋佐藤課長がみえました。” への1件のコメント

  1. またまた高島屋さんからお声がかかったんですね。一過性では無かったことが嬉しいですね。高島屋さんも何か考えるところがおありなのでしょう。

    商品があふれている今の時代、その商品から読み取れるものや、商品に込められている思い、ストーリーがわかって、そしてやっぱり美味しいとなれば「つながり」ます。

    我が家でも蕎麦(自家製)を食べるときの「つゆ」は愛媛の山奥からのを取り寄せています。夫が四国に転勤していた時に知ったところからなのですが、美味しいのです。山奥の暮らしや風景の絵葉書が入っていたりして思いを馳せながらもう何年間もいただいています。

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