「花屋は3年先をよめ!」

いつ頃からかは分からないけれど、花を育てるのが好きで、3年毎くらいにやってくる転勤に伴う転居にも

めげず、花を育てる場所があればなんだかんだと花を育ててました。パンジーとかチューリップなどの

花壇に植える花には興味がなくて、ハーブだとか宿根草だとか木の花だとかが好きでした。

何時の日か、その時がきたら都会暮らしをやめて、広ーい田舎に引っ越して小さなハーブ園をやりたい

なんぞと夢を見て、千葉に越した時にその時のためにと畠を借りて花や野菜作りの練習をしました。

 

そんなある日のこと、千葉の市場でHさんという年配の女性と知り合いました。Hさんは市場の場外にある花

の中卸(なかおろし)さん兼、切花、鉢花、苗もの、フラワーアレンジメント、なんでも扱う花屋さんでした。

花に関連することならなんでもやるし何でも知っているけれど、花以外の森羅万象には興味がない。結婚し

て奥さんなんだけど、寝泊りするのはお店。夜中に市場に行くのに都合がいいのだそうです。化粧っけもな

く、年中ゴム草履を履き、いつも腰に重い花鋏をぶらさげた姿で、千葉大園芸学部の学生や都内の大きい

花屋の店員さんに指導をしたりしてました。私はそこで将来園芸家を目指す学生たちや花を作る人たちと

知り合いました。

 

そのHさんから「作った花を見せにおいで」、と言われて持って行ったことから、できのよい花を買い取って

もらったり、Hさんがアレンジに必要な花を私が栽培する、というような関わりになっていきました。つまりは

私はHさんに花のお師匠さんになってもらったのです。

 

Hさんから何時も繰り返し聞かされていた言葉があります。

ひとつは「生産する人の花を安く買うな。1円でも高く買い取りなさい」

安く買い叩いたら良い花はできない。

もうひとつ、耳にこびりついたように今も忘れないのですが

「花屋は3年先を読め!」

花屋は今流行っている花を見ていてはいけない。常にこの先にはどんな花が流通するか3年先を読んでい

なければならない。

 

その頃私はまだ花屋ではなかったけれど、花の世話をしながらブツブツと呟くように話すHさんの言葉は

記憶に残りました。

 

クリスマスローズという花があります。今でも人気が根強い素敵な花ですが、私はここに住んで13年です

が、その3年前くらいからHさんに言われてクリスマスローズを作ってました。それほどの長い間人気が続く

とはクリスマスローズは凄い花だと思います。が、さまざまな種類があるクリスマスローズをさまざまな形

で作ってみて、まあいろいろ苦心したので今は作りません。

 

ここに越してHさんと別れて13年。市場の花屋は辞められたと聞いたので、今はどこで何をなさっている

だろうと懐かしく思い出すのですが、近頃とみに甦ってくるのは「花屋は3年先をよめ!」という言葉。

3年先をよまなければならないのは、花屋だけではないと思うのですが、3年先ってどうなってるんだろう。

良いことは全然思い浮かばない。人間の絶対数が足りないということが、私たちの生活自体を変えて

いくのだろうなあ、と漠然と思います。

 

今振り返るとHさんは私にとって「モノを見る眼」を変えてくれた掛け替えの無いお師匠さんでした。花の

育て方だけではなく、花を巡る世の中の環境、人の環境などなど、ブツブツ呟くように話すHさんの言葉

の中からたくさんのことを学ばせてもらいました。

オーストラリアでしか育たない花を、作れと云われて行ったこともないオーストラリアの自然環境を模索しな

がら一年に一度しか咲かない花を3回作ろうとしたこともあります。Hさんを喜ばせたかったのですが、

完全敗退。花はそんなに都合よく人の言うことなんか聞きません。

 

「花屋は3年先をよめ!」

私の花の師匠はたいした言葉を私に贈ってくれたものだと思います。感謝です。

私は今花は作っていないけれど、一生懸命に3年先をよもうとしています。そしてまたいつか花を育てようと

思っています。