がんの話

新聞をゆっくり読むという時間はあまりないのだけれど、読まない新聞でも開いて新聞バッグに良い、と思う
紙面を選ぶ作業は必ずします。

その時にパラパラと気を引かれる記事は読みますが、今日は下の広告にえーッと思わず見直す本の広告
があった。

「抗がん剤のやめどき」というのですけど、副題に「あなたの治療は延命ですか。縮命ですか」と書いて
ある。あなたの治療というからには抗がん剤のことでしょう。

こんなのどんな人が読むんだろうか。
思いがけずがんを患って、一生懸命の思いで、呑んでも注射で入れても気持ちの悪い、身体に大きな
打撃を与える抗がん剤治療をしてもらっている人達が読んで、自分が受けてる治療が延命になっている
んだろうか、もしかして縮命になっているんだろうか、と自分の治療を見直すために読む本?

だとしたら、ずいぶん乱暴な酷な題名の付け方じゃない?

実際抗がん剤治療の現場に行ってみれば、いくつもあるベッドの空きがないくらいたくさんの患者さん
たちが入れ替わり立ち替わり抗がん剤治療を受けています。ほんとに抗がん剤の患者さんは多い。
ということはそれだけがんに罹っている人が多いということでもありますが。

こないだ亡くなったうちの夫も、最後までもうちょっと体重が増えれば抗がん剤が受けられると
楽しみにじゃないものの、抗がん剤を受けることに希望をつないでいました。
抗がん剤で治るなんてまったく思っていない。抗がん剤が肝細胞に効かないということも承知している。  でも抗がん剤によって抑えられる細胞があれば、その分でも長く生きられる、と思っていたのかも
しれません。

私たち家族はあまり賛成ではなかった。抗がん剤を受けると副作用が出るからです。
髪の毛は抜けないけれど、口内炎、味覚障害、倦怠感、免疫力が下がる、などいろいろ出ます。本人もしんどいでしょうが、見ている家族もつらい。でも本人がそうしたいならフォローするしかない、と思い決めて
いました。

亡くなる3か月ほど前に黄疸が出て、その処置を受けました。内視鏡手術だったので、その予後のために
抗がん剤治療を受けられない期間があり、その間に少し体重が増えました。夫は喜んでもう少ししたら
抗がん剤を受けられるなあ、と言っていたのですが、先生からもう少し待ちましょう。もうちょっと体力    をつけましょう、と止められた。

それから2週間もしないで亡くなってしまったわけですが、この期間のどこで「やめ時」なんて見極められる
のか、と思います。ただでも死ぬことは怖いのに。

「延命ですか、縮命ですか」なんてまったく他人ごとの言葉。
以前夫に、本屋の店頭に積んであった「余命3年のうそ」という本を買ってきて、「読んでみる」と見せたら
「そういうものを書いて金を儲けるという神経がいやだ」と目もくれなかった。

私は若い頃からがんの闘病記の類の本はたくさん読みました。なんでかわからないけど、興味深かった。

でも実際に、友達が大腸がんになり、ご主人が大腸がんからの肺転移で亡くなり、別の友達のご主人は
肺がんで亡くなり、夫の父親は胃がん、私の父は膀胱がん、母はずーとなんともなく91歳まで生きて
死ぬ20日前に肺、肝臓、胃ががんであるとわかりましたが、自分の夫ががんになってから全然何にも
読んでません。がんは千差万別。読んだって何もわからない。

 

私の夫は二人同時に91歳でなくなった私の両親の、父のほうの介護を引き受けてくれました。ご飯を
作っておむつを替えて付き添って、それは細かく気を配って気難しい父の世話をしてくれました。
私はがんにはならないけど(ほんとはなってた)、骨折を繰り返す母担当で母の世話をしてました。

二人が12時間違いで亡くなった、その翌月に夫の前立腺がんが判明しました。
手術を受けて前立腺がんは再発はなかったのですが、1年半ほどして、大腸ガン。手術をしてまた
1年半ほどで肝転移。手術をしてまた1年半くらいで再発という経過でした。

これだけたくさんのガンの本。
誰だって生きたいもの。

あなたの治療は延命ですか、縮命ですか、なんて、そんなのわかんないですよ。本読んだって
決められないです。
その時の患者の状態に合わせて、先生とよく相談をしながら、抗がん剤を受ける受けないを決める
というのが、延命にしろ縮命にしろ、安心できる治療だと思うのですが。