追い込み

毎日毎日凍ばれてます。

なんでこんなに寒いんだろ、というくらい寒い。

いろいろと追い詰まってます。

東京の病院で治療することになった夫の代わりにお餅をついたら、失敗ばかり。
昨夜遅く帰ってきてくれたので、失敗だらけのお餅つきから解放されました。

2月も末になり、東北新聞バッグ第2弾が追い込みになってきました。
でもその他にもいろいろな形の新聞バッグをご注文いただいています。

その分は私も折るから、と気持ちだけはあるのですが、やっぱり大バッグやレターサイズハバッグの
細々としたところでひっかかって、再度仕事を終えた鳴子温泉のあやさん宅へ。

なーに、やってんの?

「ガスボンベの交換あるので掘り出してるのー」

プロパンガスボンベ掘り出し中のあやさん。大変だねえ!
男手がないというのは。

もう屋根が見えません。

うちと30分くらいしか離れてないのに、我が家の雪は溶けてなく、あやさんちはこのとおり。

なんでこんなに、と同情しますが、秋田や岩手の積雪は5メートルを超えているんですよねえ。
生活が大変だと思います。

5時から8時近くまでやって、もう完全に呑み込んだ気持ちになって帰宅。

 

今日の嬉しいこと!

先日お世話になった仙台銀行さんからメールをいただきました。

なんと、海山ネットとTOHOKUSHINBUNBAGPROJECTの紹介文を作って、全行に配ってくださったのだそうです。

そのことが堅苦しい言葉ではなく、節度があるけれど楽しく明るい口調で書かれていました。

ますます銀行に対するイメージが変わります。

 

仙台銀行のみなさま、

ありがとうございました。これからもよろしくお願致します。

 

今日あやさんのところで習い覚えた腕で、お洒落な新聞バッグを作って、いつか私の町の仙台銀行に持って
行きましょう。
なにより、こうして新聞バッグを通じて人から人へ繋がりが広がっていくのが楽しいですね。

 

 

 

 

 

 

第1回海の手山の手新聞バッグワークショップ

今日は「海の手山の手」が、新聞バッグつくりを沿岸部の仮設住宅での仕事としてではなく、内陸の
私たちの町の周辺でも知っていただこう、と一念発起して始めた新聞バッグワークショップ第1回目の日です。

 

なのに、朝から猛烈な吹雪。

夫と私の餅屋の仕事は夜のうちにお餅をつくので、朝は吹雪だからといって道の駅をお休みすると
いうことはありません。だから行ったのだけれど、凄かったー!

地吹雪真っ白で前が見えない。自分の前にライトを点けた車があればいいのだけれど、ないので白一色で
道路と路肩の区別がつかない。轍だけを見つめてどうにかこうにか辿り着きまし。が、帰りは時速20キロ       くらいの数珠つなぎ。いやあ、冬の中でもこんなひどい日は滅多にないです。

こんなんで今日やるのかな、と思っていたけど、早々によっちゃんが出発したのを知って、私も急ぎ出発。
会場は先日新聞バッグ作り&よっちゃん丼を食べたスタジオ・フィルム・アレンジエッグさん。

こんなひどい荒れ模様なのに、申し込みしてくださった初回受講者全員が揃ってました。

ありがたいことです。

 

1時間ほどかけて小バッグの形が違うのを2個できました。
中バッグは新聞紙2枚を使うのでちょっと難しい。A4バッグは3枚から5枚使うので、とっつきにくくなります。
大バッグは5枚必要なので、2時間の体験で完成はするのだけれど、覚えるのはなかなかだと思います。

ということで、3月、4月と同じ24日に講習を行います。
新聞バッグ、面白そうだな、おしゃれだな、と思われる方、是非ご参加ください。

 

終わった後は、本日のメインインストラクターあやさんと娘のakariちゃんにうちに寄ってもらって、再度の大新聞バッグ講習です。仙台銀行での交流会後、大バッグやA4型新聞バッグの注文が増えたので。
あやさんはたくさん頂いた英字新聞のうちでも、幅が狭いのや丈の長い新聞紙(外国の新聞の中には、日本の
満員電車で読むのに都合のいいいような極狭で極長の新聞紙があったりします)を使って、ビン入れ新聞バッグ
や小瓶入れ新聞バッグなどの試作をしています。

ご飯の支度前で大急ぎなんだけど、珍しい新聞を前にビン入れだの名刺入れだの妄想を膨らませるのは
楽しい時間です。

 

 

 

 

 

仙台銀行ビジネスクラブ、SBC第15回講演会、交流会

2月20日、「海の手山の手」は、仙台銀行ビジネスクラブで毎年1度行われるSBC第15回講演会、交流会に、出席をさせていただきました。

 

復興に関わる活動とをしているとはいえ、ごま粒ほどの草の根的団体である「海の手山の手」に声をかけて頂く
なんて大変光栄なことです。

昨年から国の復興予算を頂いて、高知県四万十町の㈱四万十ドラマの畦地社長をはじめとする四万十
新聞バッグチームに援けて頂きながら、ようやくここまでこぎつけた東北新聞バッグproject、地元企業との
連携の最初のお仕事です。

SBC講演会、交流会は仙台メトロポリタンホテルで開催されました。
講演会は第1部、第2部で構成され、第1部は作家の浅田次郎氏の講演、第2部では、東北学院大学の柳井教授
東京でのお仕事から駆けつけてくださった畦地社長、そして海山代表、よっちゃんこと高橋博之が500名の
地元企業のお客様がたに東北新聞バッグproject及び海山の活動のことをお話しすることになっています。

会場入り口でディスプレイされた海山新聞バッグと新聞バッグ制作実演中のみっちゃんです。

どんな形にも作り上げてしまう新聞バッグ制作エキスパートのあやさん。今日講演される浅田次郎氏の、現在日本経済新聞連載中の小説を入れた大、小の新聞バッグを制作中。できあがったらプレゼントするつもり。

用意していただいた立派な控室で柳井教授、畦地社長と打ち合わせ中のよっちゃん。

第一部の浅田次郎氏の講演が終わった後、サプライズとして作り上げた小説掲載新聞バッグを浅田次郎氏に
お渡しすることができました。浅田氏からは新聞バッグを「お洒落」と言っていただきました。

ありがとうございます。浅田先生。

第2部に入って最初に、昨日放送された「仙台銀行が東北新聞バッグprojectに関わって頂くまで」を仙台放送のMさんに時間をかけて撮って頂いたDVDをお客様がたに見て頂きました。

そのほうが口でたくさん説明をするよりも、時を追って撮影した画面のほうが解かり易いだろう、ということと、異動で忙しい柳井先生も畦地社長もあやさんも放送を見ていなかったので、みんな一緒に見る良い機会でした。

第2部が始まる前の檀上の3人。

大災害では地縁、血縁も失くすことも起こり得る。遠くても人と人の連携、他の地方との連携も重要と話される
東北学院大学柳井教授。

「新聞バッグの作り方を教えてください」
と震災後の5月、最初によっちゃんから電話があってからのこの2年のことを語る(株)四万十ドラマの畦地社長。
話す前に放送を見たために、話す途中で涙ぐんで言葉が詰まってしまわれました。

ご苦労おかけしたのだ、とよく解かりました。

「私は百姓をしています」から語り始めたよっちゃん。
私が首都圏からこの町に越してきた12年前、オープンすることになった道の駅の説明会で、東京での大学卒業後の暮らしを転じて百姓を志し帰郷してきたよっちゃんと初めて会いました。
自分が何を目標とするかをしっかりと見据えて農業を生業とする新しい百姓だと思います。

檀上から話をすることを「失神しそうだ」と言っていたよっちゃん。立派に役目を果たしました。いい話でした。

第2部終了後の交流会。

 

真ん中におられるのは仙台銀行本店取締り役「カンベチャン」です。

最初から最後まで、そして銀行の高い役職に就かれている方から担当者の方々まで、仙台銀行さんには
ほんとうに言葉もないほどよくしていただきました。

銀行に対するイメージが一新されたといっても過言ではありません。
ご自分で「ステイタスはカンベチャン」と仰る取締役を始め、その他の取締役、お話しさせて頂いた社員の方々を通してこれからの地方銀行が進んでいかれる方向性を見せていただいたような気がしました。

 

そして取締役からうかがったちょっとじゃない、大変いい話をひとつ。

大震災後、仙台銀行は通帳、ハンコ全てなしで10万円までのお金を被災者に払い出されたそうです。       その中でお金が消えたのはたったの3件のみ。

「東北の人の素晴らしさを実感しました」と仰っていました。

 

東北新聞バッグproject第1弾が終わりました。

畦地社長の言葉です。
「終わったんじゃない。今日が始まりです」

 

 

 

 

 

感謝!

今日のビッグニュースは仙台放送スーパーニュースで海の手山の手を取り上げて頂いたこと。

 

東北新聞バッグproject当地版、つまりは仙台銀行さんですが、その企画が始まってから、仙台放送のMさんには
コトあるごとにカメラを回して頂いたり取材して頂いたりしてしていました。

そのうちに放送すると思うよ、とは聞いていたのですが、さほど気にはしていなかった、というのが正直なところです。

でも今日は朝から代表よっちゃんより、今日のスーパーニュースで放送される、と聞いたので、ちゃんと見ました。

そして感動しました。感謝しました。

始まりからちゃんとカメラが回っていて、四万十から畦地社長一行が古川の駅にみえた時、迎えるよっちゃん。
次には南三陸でのワークショップの様子。梅原先生のオリエンテーション。規模の大きさに度肝を抜かれながらも
一生懸命に聞いた私たち。畦地社長一行に遅れて毎回四万十から来てくれたインストラクターのクロダさん、

最初は新聞バッグは作れない、と言い出した南三陸NPO。でもやってみたらばーちゃんたちが楽しそうで和気あいあいの新聞バッグつくり。そして大車輪でみんなで作った仙台銀行さんに納める新聞バッグ。

 

何より嬉しかったのは、テレビ画面で見る仙台銀行の担当者の方々の笑顔です。お顔を見るのは最初の打ち合わせ以来ですが、昨日納品した新聞バッグがどうなんだろう、と気がかりだったので、ほんとに嬉しかった。

 

projectが始まって以来、忠実に物語を追って頂いた仙台放送のMさん、ありがとうございます。
関わるみんなの顔も気持ちもしっかり捉えられていて、最高でした。

 

そして仙台銀行さんにはこのような機会を与えていただきましたことを感謝します。

みなさま、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

東北新聞バッグproject仙台版第1号、納品完了。

東北新聞バッグproject地元版第1号、仙台銀行さんへの納品が本日終わりました。

昨日は朝のお餅仕事が終わった後は、ずーーーっと深夜まで新聞バッグを作っておりました。
作り上げて、自分で検品する度にちょっとした不具合が見つかると直したくなる。あれ直したりこれ直したりする
うちに10個作るはずが15個も20個も作る羽目になり、ずいぶん時間がかかっちゃいました。

でも全部作り上げて、海山のシールを貼って、透明の袋に入れて、デザイナーのMさんが作ってくれた
地元ホールディングシールで封をしたら、ほんとうにホッとしました。

海の手山の手の新聞バッグはもう1万5000枚くらいたくさんのお客様に買っていただいているのですが、
それでも地元の銀行で使っていただくのは、なんだか社交界デビユーのような感じがして、きちんとしたい、
きちんとしたい、と思って緊張しました。
新聞で作ったバッグなんだけど、商品として作って、決まった期日までに納品したいと・・。

 

納品が終わったらほっとして、今日はなんとなくノラリクラリ。小雪も降っているし、1日のんびりするか、と
思っていたら、午後、打ち合わせに行った代表よっちゃんからのメールを見て愕然!

そうだったんだ!                                                          明後日の新聞バッグをお客様に差し上げる本番の日、「海の手山の手」代表のよっちゃんが500名ほども見える
という仙台銀行のお客様方にお話をする時間を頂いているんだったんだ。!

新聞バッグを作ることにばかり気をとられていて、すっかり忘れてしまっていました。

俄かに緊張してきた。                                                       自分で話す訳じゃないんだから緊張しなくていいようなもんなんだけれども、よっちゃんがお客様方に向かって   話す場面を想像するだけでも自分が上がりそう。
よっちゃんは、今日、明日、そのことを考える度に「いや、考えたくない」と振り払っているに違いありません。

 

これまで何回か「海の手山の手」について話す機会があったけど、1回だってうまく話せたと満足したことが     ないのですもの。しゃべり過ぎたり時間が余ったり、なかなかピタッという具合にはゆきません。

でもこの間の台湾からの学生たちに話した内容は素晴らしかった。
今度は企業の経営者の方たちだからなおさら、よっちゃんやよっちゃんの仲間や海山が日頃考え、目指している
考えを、明快に端的に共感して頂けるように話してきてほしいと願います。

 
ともあれ、海の手山の手もここまできました。
支えてくださったたくさんの方々のお陰です。ありがとうございました。

明日は明後日に向けての準備です。最後まで抜けのないように踏ん張ります。

 

 

 

 

 

 

 

第4回ほっかぶり市に思うこと

晴れてはいるけど、雪まじりの一日。

再来週、何年かぶりで東京に用事ができた夫の上着を買うために古川にでかけました。

途中、今日で第4回目になる「ほっかぶり市」の会場、花山太右衛門さんのお店に寄りました。
太右衛門さんはこの町の名物である酒まんじゅう屋さんで14代目の老舗。

この町の人ではない私にはよくわかりませんが、海山代表よっちゃんと太右衛門さんとはご親戚かお友達か
懇意な間柄のようで、寒い時期になってから「ほっかぶり市」は太右衛門さんのお店で開かれています。

どうかなあー?  今日は。
本来なら、海の手山の手も新聞バッグを携えて参加したいところですが、なんだかんだと用事が多いうえに
マンパワー不足なので、参加できません。
なので、少しでも売るほうではなく、買うほうでの応援をしたいと思います。

 

丁度お昼時。店内ではお蕎麦も食べられので良い匂いが立ち込めています。そして、道の駅の次世代を担う
エボラボメンバーたちがそれぞれ自慢の手作り品を並べて元気よく勢ぞろいしてました。

これだけの若い農業者がみなそれぞれに自分の自慢の製品を持って、一緒に仲良く地域に根差した        販売活動をするというのは、稀有のことだし、この町の未来にとって幸せなことだと思います。

そのメンバーたちに一緒に入ってもらって東京の企業マンから町のお餅屋に転じたわがお父さんも記念撮影。

みなさん、仲良くしてくれてありがとう!!

 

 

 

 

 

 

 

検品&道の駅出荷組合総会

お餅仕事が終わった後、社協のホールで昼前に納品用新聞バッグの検品。

3種類、300個ほどの新聞バッグをズラリと並べてみたら、インストラクターそれぞれの個性が表れて
いて実に面白いです。

ただの新聞紙上の広告で見たら、ビールはビール、車は車の広告なんだけど、こうして新聞バッグの
正面の絵柄としてみると、ビールの缶が立ち上がって、「うまそうー!」という感じに見えるんです。

人の笑顔もそう。
何かの広告の親子とか夫婦の笑顔の写真。新聞で見たら親子が笑っている広告なんだけど、新聞バッグ
の正面に置くと二人の笑顔が切り取られて、「笑顔が弾けるバッグ」という感じがします。
覘きにきてくれていた社協の方が「このビールの新聞バッグをビール会社に送ったほうがいいよ。これはいいわ!
お客様相談室とかに送ったら喜ばれるよ」と言ってくれましたが、そうなんだろうか。
喜んでくれて、ビールくれたら嬉しいな!

 

予定通り、検品終わらせて透明袋に入れてシールを貼って数を当たって終了。
後は月曜日に納品して終了です。

 

時間がないのですぐ近くの「感覚ミュージアム」に行って一人で昼食。
天気も悪く寒いので、「感覚ミュージアム」にはお客はいないだろうなあ、と思っていったのですが、居ました。
ご婦人二人。私と同様誰もいない喫茶コーナーでおしゃべりを楽しみながらランチを召し上がっていました。     私も同じです。

何度も何度もこのミュージアムに来て、今日になって初めて見つけたもの。
それは週末そば屋のHさんが作った椅子。背もたれが高くて長ーいどっしりとした木の椅子で、「森の王様の椅子」と名前が付いていました。すごいなあー!目立つところに置いてあるのに、これまで気づかなかった自分ににびっくりした。

食事が終わってから道の駅の総会に出席。
12年間ほぼ体制変わらずでやってきたのですが、今年は理事長、副理事長と一新しました。
20年くらい一気に若返った感があります。私のような古者も残ってはいますが。                    新体制のおかげで元気な元気な若者理事軍団が軽々と総会後の掃除をやってくれるようになりました。

「時は過ぎ行く」ことを実感しました。

 

 

 

 

 

 

製品から商品へ。必要な「バタバタ」

東北新聞バッグ第1号、某企業への納品日が目前に迫って落ち着きません。

外から帰る都度のぞくPCメールには、海山全員メールで検品とかスタンプとかシールとか、準備するもの
の指示が入っていて、頭がめくるめきます。

 

お客様には喜んで頂きたい。満足していただきたい。
古新聞で作った新聞バッグだけれど、最大限できることは手をかけて、商品としての価値を上げたい。
と思っているもので、次々に思いついては思いつきに振り回されている感あり。

で、メールのやりとりでは間に合わず、朝のお餅仕事が終わるとそのままよっちゃん宅へ。よっちゃん宅もまた加工場の仕事とお昼からのテレビ取材と東北新聞バッグ関連で戦場のようでした。

いったん家に帰って娘、孫同道で古川へ。途中病院に寄って検査が終わった夫を拾い、娘、孫をお稽古先に送り、
夫も一緒に待っててもらって、私だけ新聞バッグを入れる袋選びに。

お店の人にも新聞バッグを入れて「どれがいい?」と選んでもらいました。
袋に入れるのは手間なんですが、お店の人が揃って「入れたほうがいい」というので入れます。

新聞バッグを企業のノベルティーとして使って頂くというのは今回が初めてなんですが、こうしてバタバタ
しながら、作ったモノを商品にして世に送り出していくために必要なことを徐々に学んでいってるのだろうなあ、   と思っています。必要な「バタバタ」だね。

 

全て終わったところで、夫に持ってもらうことになった携帯電話購入のためにAUへ。
携帯電話選びはすぐに終わったけれど、契約や使用要領の説明を聴く時間の長いこと、長いこと。
だいたい携帯電話会社の契約内容というのはなぜにあんなに複雑なんですかね。

説明するほうも一人一人に山のように説明しなければならないし、聞くほうも契約内容が入り組み過ぎて
途中からどうでもよくなってくるしで、淀みなくしゃべり続ける説明女性の声が、念仏のように聞こえてきて      眠りそうになりました。

 

明日は検品。最後のふんばりで今新聞バッグ作ってます。
あと、20個ほど、がんばりまーす!

 

 

 

 

 

 

東北新聞バッグproject最終養成講座終了

四万十新聞バッグの本拠地、RIVERから遠路来ていただいた黒田インストラクターの東北プロジェクトに
於ける最終インストラクター養成講座を昨日は南三陸、今日は大崎で催しました。

南三陸は、やっとインフルエンザからほぼ復帰したよっちゃんがドライバー兼調整役で同行。
終わって晩御飯を古川のトンカツ屋さんでご一緒しました。
心配しましたが、よっちゃん、なんとか大丈夫みたい。
インフルエンザで寝ている間も、ひっきりなしに電話やパソコンでの連絡がはいるので、おちおち寝ていられ     なかっただろうと思います。私もうつるかな、と思っていたけど今のところは無事です。

 

そして今日は有備館前の岩出山地区公民館で大崎インストラクター養成講座。
毎回これだけの回数の新聞バッグ講座を重ねて、来てくれる人あるのかな、と不安に思うのですが
今回も新しく力をつけてきたインストラクターたちに加えて、隣町高清水町のフリースクール「まきば」の櫻井主任
さんがスクール生とともに参加してくれました。新聞バッグとフリースクールの新たな繋がりで、この先の
展開が楽しみです。

「まきば」は大震災直後は石巻に滞在し続けて被災した方々の支援に大活躍でした。

 

終わった後、黒田インスタクターとこんな会話をしました。                                  「川の保全、森の保全を目標とする四万十の新聞バッグ」と東北の「経済回復の一助となりつつエコでスロウで手でモノづくりをする生活もこれからは考えよう」というメッセージを内包する海の手山の手新聞バッグ。

四万十新聞バッグのお力添えでここまで歩んできた海の手山の手ですが、たくさん指導していただいて
インストラクターの数も増えたので、東北のオリジナル新聞バッグを作るとか、新聞バッグに入れて似合う商品を
開発するとか、そんなふうにすすめてゆきたい。

 

これで東北新聞バッグプロジェクトのワークショップ及び養成講座は完了しました。
今日誕生したインストラクターの皆さんにも協力してもらって、プロジェクトを完了させたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

キリマンジャロ

東北新聞バッグその他の大量納品日が近づいてきて海山のメンバーは全員追い込みです。

でもそんな中、震災直後からお世話になってきた方々から「今年もイベントやるよー、新聞バッグも売るよー」
とご連絡が入ります。

そんな時はとても嬉しい。どんなに忙しくても少々無理してでも「やりたい!」と思います。

でも問題なのは作り手の忙しさ。
自分の仕事の傍らで新聞バッグを作っているインストラクターに次から次へと頼むわけにはいきません。
ならば「私も」と未熟インストラクターを自称する私も参戦することにしたのですが、趣味ではなくて販売用の
バッグを作るのは難しいです。

中、小はなんとかクリアできたものの大バッグにきて頓挫。

デパートの買い物紙バッグサイズの大バッグは新聞紙5枚でできてます。強度は西瓜を入れても大丈夫。
少々重みのある物でも難なく持ち歩けるし、しっかりしているので倒れず立つので便利です。

この大バッグ。震災後の最初の講習の時から難物でした。5枚の新聞紙を重ねてずれないようにあっちに向けたり、
こっちに向けたり、パズルのような糊付けに四苦八苦しているうちに、周りに後れをとり、ギブアップ。
したままだったのでした。

でも今はそんなことは言っていられない。なんとしてもという意思を以って、鳴子温泉住まいのあやさん宅に
娘、孫同道で大バッグ特訓を受けに行きました。

「冬は家を空けたくないよ。雪で家に入れなくなるから」というあやさんの言葉どおり、綾さん宅の家周りの雪の
凄いこと!!
「まるで山形だわ」時々山形に行く私と
「これは宮城の雪じゃないよ。北海道並みだよー」
北海道の占冠村に暫らく住んだ娘の感想です。

 

大きな炬燵を囲んでの大バッグ特訓はなかなか楽しいもので、手より口の方が活発に動きます。

「ねえ、見て、見て、これ素敵な絵本だよー」
あやさんが仕事場の幼稚園で見つけたという絵本「新幹線」を持ってきました。
新幹線が美しい日本の風景の中を走っています。これまで見たことのない手法で描かれた山や森の風景の
美しさに魅せられます。

「凄いでしょう! きれいでしょう!、これ岩木山から見た津軽半島。行きたいねえ。海山で行こうよ」とあやさん。
「あやさん、山登るの?私月山行ったよ。八幡平も行った。あやさん、どこの山行った?」と娘。
新聞バッグを折りながらの会話です。

「キリマンジャロ」

「えーッ、キリマンジャロ? あのアフリカのキリマンジャロ?」
「そう、行きたかったから行ったんだ。でも上まで登れなかったから下の国立公園見て帰ってきた」
「へェー、アフリカまで行ってキリマンジャロに登るってどのくらい時間かかった?」

なんて暇なような面白いような話をワイワイしているうちに大バッグができました。

私が作った大バッグです。はい。
「やって、やって、進む!」とあやさんにせっつかれて2個作りましたが、家に帰ったら忘れているかもしれない。

このバッグができあがったら、福岡県の大牟田で待っていただいているお客様に送ります。絵柄も作りも
上等を作って送りますので、もう少しお待ちくださいね。