たくさんの布地をありがとうございました

         きのう、家族が線量計を買ってきました。家の外、庭、草むらの中、家の中、あち

     こち計測してみると、まあ、当然のことなんですが、数字が出ます。うちにはもうす

     ぐ3歳になる幼児がいる。家の中より草むらのほうが数値が高く、家の中でも窓近

     くだったり、外の影響を受ける場所のほうが数値が高くなる。そこをきれいに拭き

     掃除をすると見事に低くなる。花の生産をする私は、外で仕事をすたびに家の中

     に放射能を持ち込んでいるのかと思うとガックリしました。

     今朝のテレビで見たのは相馬のヘドロ。津波で相馬は大変な広さでヘドロに

     覆われてしまったそうです。この頃のように温度が上がって20℃以上になると、

     ヘドロに含まれている人食いバクテリアが急に増殖するのだと。このバクテリア

     は海の中にしかいないのだと。持病がある人の致死率が高いのだと。最も

     問題なのはヘドロはガレキと違って捨てる場所がないのだと。画面に出てきた

     行政の人が、片付けたくても全く見通しが立たない、と言ってました。相馬の方

     々は地震と津波と原発とヘドロの四重苦。子供やご老人がいるご家庭は放射

     能やヘドロの匂いや感染症でほんとにご心配ですね。

     別の話題。

     山の手Tのツイッターに応えてたくさんの方が布地や糸、毛糸など、送ってくだ

     さいました。針や編み針、レース糸まで送ってくださった方もいます。それぞれ

     に温かいメッセージをつけていただき、ありがとうございました。送っていただい

     た分はもう中山平温泉滞在のOさんに届けました。

     Oさんは不幸があって、2日ほど南三陸へ帰っておられましたが、中山平への

     帰り道、我が家に寄ってくださいました。私が被っていた日除け帽を見て

     「私この帽子を作って道の駅で売っていたのよ」

     防災頭巾のような形で、後ろ首筋のところがゴムシャーリングされてます。布地

     がガーゼというところがミソで大変涼しい。夏の花仕事は暑くて大変です。

     日除け帽子は必需品なのですが、毎年いくつ買っても「これがいい!」と気に入る

     ことがありませんでした。でもこれはいいんです。完全に日差しは遮ってそして

     涼しい。是非ともOさんに作っていただきたい。

     外仕事が多いので欲しいなあ、という方。南三陸の方が作った布の小物やエプ

     ロンやバッグを販売できる場を提供できる方、ご連絡ください。

     沿岸被災者の方は避難所で生活できる日も短くなってきているので、後の生活

     設計が大変です。仮設住宅はできつつあっても仕事場はまだないので、手で

     できるお仕事や販売へのご協力を是非お願い致します。

                           山の手S記 r-sogi@ic-net.or.jp

     

     

     

     

復興ってほんと大変だ!

         今日一日出かけて行ったり、人と話したり、ミーティングに出たりしているうちに

     だんだん気持ちが疲れて気が滅入ってきたので、そのまま書く。

     山の手Tの家の壊れ方の評価は半壊。半壊っていくら貰えるの?と訊いたら20

     数万円。ええーッ、20何万円なんて、家の土台のどこかを重機入れて動かして

     もらうだけでなくなってしまう金額。傾いた大木を切って運び出すだけでも1本

     何万円だもの。うちだって同じ。仕事場が傾いている。これをどうするか、見る

     だけでも頭が痛い。おまけに床下にパックリ開いた亀裂は埋めるんじゃなくて

     削ってもらわなきゃいけない。

     うちの周りの道路の損壊も県道だけど、一向に直らない。自分の町に行くのも

     反対側の隣町へ行くのも農道を大きく迂回しなければならない。3月11日か

     ら3ヶ月も経とうとしているのに、あっちもこっちも段差になったり、大きく口を開

     た道路がそのままなのは、毎日見ていて気が滅入る。

     5日に南三陸の仮設住宅に80歳を越えた要介護のお母様と90歳を越えた

     お父様と一緒に移られたOさんに電話した。「いかがですかー」とうかがったら、

     4畳半という部屋の狭さにショックを受けてます、とのこと。4畳半といったら私

     たちが若かった時、町中の一人暮らしで4畳半とか、押入れの上段がベッドとか

     普通のことだったけど、今の時代、4畳半を見ることは滅多にない。

     そのやっと当たった仮設住宅に、入れば支援が打ち切られるからと入らない

     人が多くいるので、理由なく入らない人は17日までに鍵を返すようにという南

     三陸の町の意向だけれど、生活の糧がないのに入れ、入れと言ってもなあ、

     とどうしても思ってしまう。

     もうすぐ6月26日。この間も書いたけど、その日を以って東北の高速道のETC

     土日料金1000円というのがなくなる。イコール道の駅に県外からのお客様

     が来なくなる。今だって震災前まではたくさん来ていた観光バスを見たことも

     ないのだから、これで高速が普通料金になったらどーするんだろう。

     家は壊れたまんま、毎日時間が足りないほど仕事をして、そしてどうしても経済

     の復興が必要だからと活動して、見えてくるのは、ええーッ、それってどうして?

     お金がないのね。ということばかりで、なんだかがっかりしたミーティングだった。

     最後に、1週間に2回、直売所で売れ残った野菜を無償提供している避難所の

     方からのお礼の手紙を一部を紹介します。

     「支援物資を大変ありがとうございました。この地の避難所に来てからもう2ケ月

     なろうとしています。被災地では亡くなった方の百ケ日も間近です。私も92歳の

     母とこちらに避難していますが、皆様からのご支援の数々届く度に涙が流れま

     す。家が恋しくなり、眠れぬ時もあります。帰るべき家はないのに・・・・。

     でも半歩でも前に進もうと望みは捨てません。がんばります」

    こうして避難所にいらっしゃる方が安心して仮設に入居できる日が早く来るように

    どこもかしこもお金不足で大変だろうけど、それでもそうなるように祈りたい。

                                  山の手S記