台風一過

台風!
昨日は午後から雨が降りだして、夜も雨。台風っぽくない雨。

朝起きると、庭の木々が大揺れに揺れていて、今台風が近辺を通り抜けている様相。
しばらくして叩きつけるような雨が音を立てて降り、30分ほど経ったら静かになって、白い雲と青空が。
ええ? これで終り?

もう終っちゃったんでしょうか。

こういうこともあろうか、と一応普通分くらいに搗いたお餅を持って、少し遅れ気味ながら道の駅に出動。
今日は台風だからお客様は少ないだろう、という予想は大きく外れて、直売所は大混雑。
鳴子に近い道の駅ではもっと強風が吹き荒れていて、直売所に置いたバケツに入った花束が、
表自動ドアと裏自動ドアが同時に開く度に外へ吹っ飛んでいきます。

田んぼの稲はめちゃめちゃに倒れているけれど、でもこの程度の被害で済みありがたいことでした。

 

そして、今日は高知からきた若い女子学生のことを少し。

高知からやってきた第1日目は、丁度折りよく開催日に当たった、川渡温泉カガモクさんのCafeで
コケシ作りに参加してもらうことにしました。
カガモクさんご夫妻の奥様は川渡温泉出身で、今はコケシ作りを本業とされるご主人は県外出身。
東京での生活を止めて川渡温泉の奥様のご実家に住まいを移し、ご主人手作りの建物でCafeを
開いて、人が集まる場を作ってゆきたい、という目標を持っておられます。

地域を学びたい女子学生、アヤネちゃんとサキナちゃんには願ってもない学びの場。
カガモクさんにお願いすると、快く引き受けてくださり、二人はそれぞれに小さいコケシを作った
後、ご夫妻は、たくさんお話をしてくださった、と後で伝えてくれました。

第1夜は翌日の政宗公祭りに備えてパーシモン泊。
お店の手伝いをしてもらい、宵祭りの世界甲冑大会や夜店見物。翌日の本祭りでは武者行列や
よさこい踊りなど、本通まで見に行って楽しんでくれたと思います。

3日目は、南三陸訪問。
私自身も移転後に初めて行くさんさん商店街。

仮設店舗に変わりはないけれど、お店の作りは新しくなりました。
売っているものも都会からのお客様向きにお洒落なものが増えました。
地元のお客さん向きというより観光客向きなので、この先もお客さまが途切れないことを
願います。

震災後6年以上経って、やっと食品スーパーができました。
道路がまったく新しくなってしまったので、行き易いのか行きにくいのかわかりません。

さんさん商店街から見る景色。

この新しい志津川の町は10メーター以上嵩上げした土の上に建っています。
ということはこの土地の下に元の志津川の町があるということなんですが、ここから見ると、
そんなところに?という位置に、多くの犠牲者を出した防災庁舎が保存のために新しく塗られた
赤色の姿を上部だけ見せています。
一般道路に沿っていた元の位置の時は、通りすがりに寄ってお線香などあげていたのだけれど
今は近づけるのか近づけないのかわからない。

菊のお師匠さんの小野寺さんと新聞バッグを折ってくれているケイコさん宅を訪問。
ケイコさん宅で2人は、来年は長期滞在してワカメ養殖を手伝う、と力説していました。

翌日はよっちゃん農場訪問。
日々忙しいよっちゃんも時間をとってちゃんと迎えてくれて、二人のこの先の目標の話を
じっくり聞いてくれました。

帰る当日は農家の由美さん宅を訪問。
専業農家で米を作り、野菜を作り、牛を飼い、地域の老人にとって有能な介護福祉の仕事を
する由美さんの話をたくさん聞けたと思います。

その他にも地域協働学という学問を学ぶ二人に会ってほしい人たちはいるのですが、それは
また次の機会に。

たまたまのことで、12日の夫の命日で帰省したふたりの息子たちも、彼女たちに会って
話す機会に恵まれました。

短い滞在でしたが、アヤネちゃん、サキナちゃんの岩出山訪問は、私たちにとっても大変
刺激的な、素晴らしい時間でした。
来年は春休みいっぱい、夏休みもいっぱい時間をとって、また来てくれるのだそうです。
来年の祭りには見るだけではなく、自ら甲冑を着て馬にも乗って参加してほしい。

サキナちゃん、アヤネちゃん、ありがとう。
そして、彼女たちの滞在中、いつも一緒にいてくれたノダ君、オサム君、ありがとう。

 

 

 

 

祭り

今朝のシロとサバ。

この10日ほど、次々と訪問客が続くという非常事態のような日々が過ぎて、今朝からは普通の日に戻りました。

岡山や広島、北海道など各地の大学から大崎という地域を調査にみえた先生がたは、岩出山、石巻
南三陸などたくさんの場所に行って、たくさんの方に会われて聞き取り調査を尾wられました。
何時の日かこの調査がまとめられて本になったら、その時は是非読ませていただきたいです。

そしてその後に高知大学から訪ねてきてくれたのは、3年前に日本で初めて作られたという
地域協働学部1年生のサキナちゃんとアヤネちゃん。前に高知大学にお邪魔したときに、「今度
遊びに行っていいですか?」と訊ねられて「是非是非」と返事をしたら、夏休みになってほんとに
きてくれたのでした。

折りしも、岩出山では年に一度の大祭、政宗祭りの当日。
喫茶パーシモンで刀剣美術展に次ぐ2度目のカレープロジェクト予定の日でもあり、地域を学ぶ
ということも含めて、手伝ってもらうことにしました。

どうしたって平均年齢高めのパーシモンに若いお嬢さん2人と前にも手伝ってくれた中新田の
マコトちゃんが加わると、パアーッと明るくなって花が咲いたよう。

今回は外の祭り見物だからと、マスターは駐車場にシートで屋根を張って、パーシモンテラス
を作りました。

ビールもジュースも用意して、ここで休めば風が吹き通って気分は申し分ないのだけれど、
蚊に襲われるのを忘れてた。
蚊に刺されながら、川沿いに並んで西瓜を食べる休憩中のノダ君、オサム君、マコトちゃん。

踊りや武者行列が通る本場は本通りなのだけれど、テラスの前は行列の準備をする広場なので
朝から伊達政宗公や政宗公の家来トップ5くらいが乗る馬が用意され、馬のいななきが絶えず
聞こえます。

いよいよ政宗公祭りの始まり。

先頭は政宗公の下から慶長遣欧使節団を率いて太平洋をローマに渡った武将、支倉常長と
お供の女性たち。

その後、毛槍隊、武将隊、いろいろ続いて白馬に跨った政宗公登場。

馬が大きい!
朝に連れてこられて、午後の祭り開始まで待ちくたびれたのかまっすぐ歩かない!

カレー大作戦は成功したのか成功しなかったのかは別にして、カレーを出しては外に行列を
見に行き、またカレーを出しては行列見物で祭りの日が終わりました。

本日、祭りの行列参加予定の我が孫は、発熱して欠席。
残念でした。

祭りが終ってみんなで記念撮影。

楽しい1日でした!

栗駒山へ

メールサーバーの大掃除が終わりました。
私にはなんのことだかわからないけれど、PCのメインテナンスを引き受けてくださるK氏によれば、もうブログ解禁。

その間にあんまりお天気がよいので、急に思い立って栗駒山に行ってきました。

当地に引っ越して来ない前には首都圏から来て3回ほど登った栗駒山。
ここに来て2度登って以来、もう登山はできないと完全に諦めていた栗駒山。

それが月に一度新潟から鳴子温泉に湯治にみえる高田さんに「山に行こう」と誘っていただいてから、半信半疑。
ほんとうに登れるようになるんだろうかと疑いながら毎日4キロ5キロを歩き階段を登り
して勢いづいたところで、いざ栗駒山へ。

表コースで標準なら頂上まで1時間半らしいけれど、私の足なら休み休みで2時間。

ゆっくり歩いて辺りを見回せば、イタドリは黄色に色付きかけ、ナナカマドは真っ赤な実をたわわに実らせ、下草の陰には、思いがけず梅鉢草が・・。
標高が上がれば上がるほど梅鉢草が多く咲いています。

 

心臓の手術をしたご主人と奥様がお互いを励ましあいながら、行けるところまでとゆっくりとした
足取りで登っていかれます。通り過ぎるとき、ご主人の唄声が聞こえました。

1時間登って視界が開けたところで、久しぶりに高所から見下ろす山の景色の雄大なこと。
湿原も点在する池糖ももう秋の色に染まりかけています。
そして山に来ると必ず感じるのは雲が近い。
瞬時に辺りを白く濁らせながら雲が体の周りを通り過ぎてゆきます。

頂上直下、東栗駒山への分岐まで来て、ここで終了としました。
頂上まではもうすぐ。
なんだけれども、「だましだまし登ったら?」と行き交う登山者には勧められるんだけれども、頂上までの丸太の階段がどうも曲者みたいで断念。登りよりも下りで靴のかかとがひっかかりそうで怖い。
もうちょっと足が上がっていれば進むのだけれど、小さな段差でも躓くくらい私の足は上がっていない。

東栗駒山への続く稜線の美しいこと。
あまりの美しさに心惹かれて、東栗駒山まで行き、めちゃめちゃ段差がある下りでどろどろになりながら、枝にぶら下がり、岩にしがみついて下った苦い経験があるのです。
いつか行けたら、登山道が整備されていたら、と心を残しながら下ります。

次は表コースではなく、須川から登って昭和湖まで行こうと思います。
そこから上は本格的登山コース。遊歩道的ではないので、行けるかどうか。
とりあえずはウオーキングを続けましょう!

楽しく美しい栗駒山行でした。

 

 

 

聞き取り初日

広島、岡山、北海道、高知などの5大学の先生方が来訪。

8月27日から9月1日までの予定で、農村のこと、農業のこと、移住者のこと、様々な事情で、
沈みつつある地方の小さな町のこれからの展望、などなどを、聞き取り調査されるそう。
全国で4地域選択したなかのひとつが大崎で、聞きたいこと調べたいことがたくさん
おありのようですが、米以外でさしたる生産物がない大崎地方で、何を調べようとしておられる
のか今ひとつピンと来ていません。

先日伺って授業で話をさせてもらった高知大学の佐藤先生が聞き取り調査をしようとされている
のは、なんと私たち新聞バッグを作っている海山で、先生の一生懸命のお気持ちに接する度に
私たちでいいのかしら、と不安になります。

とにかく後で、しまった、無駄な時間を使ってしまった!、と後悔されないように、到着された27日から
出発される9月1日まで、細切れのようにスケジュールを立ててみました。

27日の午後は、同じ移住者でこけし人形制作者であり、自力でお店を建ててCafeを開業された
川渡温泉のカガモクさんご夫妻と、地域起こし協力隊員のオサム君にインタビュウー。
場所は初めて入るカガモクCafeですが、まずここのコケシに圧倒、魅了されました。

焼きたてドーナッツに小さい小さいこけし。
手元にも、窓にもテーブルの脚にも、目がいった先にびっくり箱を開けたように小さなかわいいコケシ
がいて、まるで不思議の国のよう。

窓にもコケシ。トイレにも・・・。

佐藤先生の質問は微に入り細に渡っていて先生の本気度が伝わりますが、大学の先生方の
ターゲットを絞った研究の真剣さを初めて実感しました。
時間がいっぱいになり、仕事を終えて同席してくれた黒田さんの聞き取りは後日ということに。

 

翌28日は佐藤梅農場。

もう梅を採る時期は過ぎていて、今は梅干作りの真っ最中。
たくさんの働き手さんたちがお仕事をされるなか、宗一社長は長時間、時間を空けて聞き取りに
付き合ってくれました。

家屋脇の大きなハウスの中では、梅を干す作業の真最中。
観測史上初めてという今夏の長雨に翻弄されて、梅干し作業は干したり取り込んだりひっくり返したり
空模様を見ながらの気の抜けない状況のようです。

開花時期には梅の花がトンネル状になる通路で、刈り払い作業中の会長、宗一社長のお父様にも
開拓2代目として若かりし頃のお話を伺うことができましたが、現代のように便利のよい機械もない
お金もない、丈夫な身体とよく考える頭脳だけが頼りの開拓農業の話の面白いことといったら・・・。
いくら聞いてても聞きあきません。
次に先生たちが見える時には、今度は梅農場の2代目のお話をじっくりうかがう時間を作りたいと
思います。

 

翌29日は、佐藤農場を超えようとの心意気で、これまでにない農業に挑みつつあるよっちゃん農場
代表、高橋博之君。
新聞バッグや道の駅役員ではいつも一緒に仕事をやっているけれど、農業者として何を目指すのか
私もじっくり聞いてみたい。明日の聞き取りが楽しみです。

 

 

 

ピアノ発表会とこけし祭り

午前中はお餅仕事。

道の駅まで行ってから、今日が土曜日であることに気付き愕然。
毎日天気が悪くてお客さんが少ないので、少なくていいだろう、とちょっぴりしか搗か
なかった。土曜日、日曜日は普段来れないお客様が来てくださるので、実はこんなに
たるんでいてはいけないのです。

午後は3年生の孫のピアノ発表会。
会場は隣り町のバッハホール。
いったん家に戻って用事を済ませ、ぎりぎりで開演時間に滑り込みセーフ。
田んぼの中の音楽堂として全国的に有名なバッハホールで、僅か9歳でスタンウエイ
のピアノで演奏させてもらえるなんて、果報者です。
田舎じゃないとこんな幸運には恵まれないね、きっと。

演奏する曲目は「秋のソナタ」と「フラメンコ」

4歳から始めたピアノ。
孫が習いたいといったわけではなく、4歳になったら連れておいでね、と50代で亡くなった
敬愛する友人ケイコさんとの約束を果たしたくて、ケイコさんが親しかったピアノの先生に
お願いしたのが始りでした。
ほんとうに丁寧に我慢強く教えて頂いての今日の日です。

立派に引き終えてほッ。
佐々木先生、ありがとうございました。

9月2日3日は鳴子温泉こけし祭り。

会場の小学校体育館いっぱいに並べられた新旧大小のこけし人形の展示を見たことはある
けれど、夜行われる献湯式及び温泉神社の神事を見たことがないので、海山女子部3人
見に行くことにしました。
車で行くのは無理なので、有備館駅前から陸羽東線の電車に乗って鳴子温泉駅へ。

駅前で、こけし祭りに合わせて粋な和服姿のノダ君とカメラを携えたオサム君にバッタリ。

お揃いの和服で献湯する娘さんたちの先頭はあかりちゃん。

神主さんの祝詞のあとお湯が桶に汲まれます。

神社の中で献湯されたお湯はお庭の一部に納められて式は終了。

 

一連の神事の間、町ではハリボテこけしの行列が通りを練り歩くということなんだけれど、
同じ時間なので、見逃してしまいました。
これは見たかった。

なんで同じ時間にやるのか、観光客としては両方見られなくてほんとうに残念。
来年は温泉神社の献湯式もハリボテこけしの行列も太鼓も全部見られるように期待します。

 

 

 

反省会

陽射し。

久しぶりに見る陽射しが嬉しかったので、つい写真まで撮ってしまった。

なのに午後からまたもや雨がドーーッ!
強烈な雨で、ついこの間砂利を入れて凸凹を治したばかりの家までの坂道が、強い雨足に
砂利を流されてまたデコボコに。腹立つわー。

今夜は先日のカレー大作戦の反省会、及び打ち上げ。

寄せ集めの臨時部隊のはずなのに、ご飯炊き係り、カレー作り係り、ホール係りにコーヒー担当、
その他ドリンク担当、食器洗い係り。
誰に言われたわけでもなく、それぞれ自分が決めた部署に張り付いて3日間大奮闘したカレー                               プロジェクトメンバーが、顔をそろえました。
飛び入りは鳥海山に一緒に登る高田さん。
高田さんは毎月1度新潟から鳴子温泉にやってきてほぼ1週間湯治滞在される鳴子温泉の大事な
お客様です。

「手伝いましょうか」と言ってくれて2日間もお店のホール係りを勤めてくれたかわいらしいマコトさんは
この先もきっと何かのイベントの時には来てくれるだろうし、ユカちゃんも同じでしょう。
こんなきっかけで、若い娘さんたちと近づきになれるのは嬉しいことです。

テーブルの上にいっぱいに並んだのはマスターお手製のピザ、パスタ、その他その他。
このピザはお店の定番メニューにしたいような美味しさなんです。

メニューにしてもらえばお客も嬉しいんだけれど、時間がかかるのが課題。

宴もたけなわに進んだところで、ノダ分析係りから今回のカレー大作戦の数字的内容が発表
されました。
1日のお客様は約150人。原価率は優秀賞を上げたいくらい低い。
蓋を開けると最初の数字的計画とは全く違ってしまって、カレーを作り足したり、容器や材料を
買いに走ったり大慌てだったけれども、ご飯もカレーも最後のお客さんで見事になくなって終了。
最初にしては充分な出来栄えでした。

心から嬉しそうなマスターの笑顔と挨拶の言葉が印象的でした。
何よりカレーを作って楽しかったのが一番よかった。

次は9月初め。

更に進化してカレープロジェクトを発進させます。

 

 

 

 

 

雨の日

今日も雨。
もう何日降っているんだか。
野菜だけではなく、米も難しいと今日聞いて、不安になってきました。
お餅屋の私には、米の不作は打撃。
米も大変だけど、お盆過ぎても、秋冬野菜の種まきや苗の植え付けができないのも大問題。
この先で雨が止んだとしても、野菜の出荷は遅れるでしょう。

お昼に鳴子温泉の潟沼に行ってきました。

雨の潟沼。
緑の山肌から湯煙が立ち上り、白い屋根のライフル射撃場からドウーーン、ドウーンと鈍い射撃
音が沼に響きます。

久しぶりに鳴子の森の中のライムで昼食。
なんとオーナーママの気が向いたのか、珍しくライム特製ご飯ハンバーグランチが。
ご飯とハンバーグが一緒になった珍しいランチですが、めったに出合えない。

窓の外は鳴子の森もやっぱり雨。

 

カレー大作戦の間は忙しく、チケットはもらっても全然行けなかった中鉢刀剣美術館に行って
みました。 目玉の大倶梨伽羅の刀の展示は終ったそうだけど、まだ今月いっぱいは常設展示
ではない特別な刀が見られるそう。

しかし、なんで今、刀なの? という気持ちが私の中にあるのは否めない。
刀剣乱舞の人気はわかったけれども、でもその他でも刀フアンは多いらしいので、半信半疑で
入館してみたら、凄い~~!
新撰組の沖田総司の刀だとか近藤勇が使ったとか伊達政宗の刀だとか、その歴史認証にも
目を見張るものがあるけれども、それを作った刀工の歴史も興味深くて目が離せない。
くたくたに疲れながら、全てをくまなく見て回った後の感想は「また来たい。何度も来たい」。

刀というものがこれほど多量に保存されているというのもびっくりだけれど、長刀、脇差、短刀の
寸法にもびっくり。男といえど、小柄な日本人が、こんなに長い刀を2本も腰に帯びていたのかと
驚きました。

夜、カレーをお店の定番ランチにするために、マスターと息子のシン君にカレー作りの特訓教室。
マスターは男のお料理教室に通っているけれど、カレーは作ったことがないのだそうで、ピアノや
ギターや絵画など芸術的方面には強いシン君も料理初心者。
手ほどきするのは、料理上手なオサム君。
長年家族のご飯を作ってきたチヨさんと私はオブザーバー役。

しかし男の料理はなかなか始りません。
綿密な綿密な計測から始まり、適量とか少々とかひとつまみとかの言葉はこの料理教室の辞書に
なし。時間も量もとにかく細かく測ってノートに記して正確に。まあ、時間はかかるけれど、味の変動
はないだろうから、時間がかかるのを我慢すれば正しいのかもしれない。
オブザーバー役の女二人は口を出したいところを抑えてじーっと我慢。

男3人で作り上げたカレー。
丁寧に丁寧に調理されているので、大変美味しいです。

後はやっぱりスピード。
段取り覚えて、お客様を待たせずにランチを出してほしいので、さらなる精進を願います。

3にんとも、お疲れさまでした!

 

 

 

柿の木カレー終了しました。

今日も雨。
降ったり止んだりの雨模様の日がもう10日以上も続いています。
ここだけかと思ったら、東京でも40年ぶりに10日以上もの雨続きだとのこと。
今週の天気予報も1週間まるまるの傘マーク。
雨が止んだら、農作物の病気、虫被害、などどんどん出てくると思う。
野菜の値段も上がるだろうし、気が重いことです。

そんな雨続きの中、パーシモンのカレーランチ大作戦も3日間の闘いを終えて無事終了。
最後は容器がなくなり、ご飯もなくなり、カレーも鍋底をかするくらいまでなくなって綱渡りの
状況でしたが、実績は予想を大幅に上回りというより予想のほぼ3倍。
450人ものお客様に来ていただきました。ついでにと思いついて、鳴子温泉に通って作った
温泉卵は300個近く。

岩出山の玉葱は100個以上、岩出山の人参も、数はわからないけれど相当量、そして岩出山
のトマトに鳴子温泉で作った温玉。地場で取れたものばかりで作った柿の木カレー(パーシモン
は英語で柿)を全国から来たたくさんの方に食べて頂き、時には裏の勝手口まで廻って
「美味しかったですよー!」と声をかけて頂いたりして、ほんとに幸せな時間でした。

それにしてもこれほどの女子を集める刀剣美術展というのはなんだ?
ふたつの会場、パーシモンの隣りの中鉢刀剣美術館と別に用意されたスコーレハウス。
このふたつの会場を繋ぐ道路を三々五々歩くのは、1人だったり2、3人連れだったりの若い女子ばかり。
カップルさえ見られないほど男子の姿が見えません。
いったいこれはどういうことだ?

「なぜ来たの?」
「刀の何を見るの?」「刀剣の何が魅力なの?」
カウンターに座って休憩中の千葉から来たという若い女性に根ほり葉ほり質問して初めてその
事由が判明。なるほど! 実に納得しました。

私たちおばさんにはあずかり知らぬことですが、なんでも「刀剣乱舞」というアニメのゲームがあり、
そのゲームの中では、名工が作った名だたる名刀が、心を持ち、力を得てイケメンの戦士の姿
になり、立ちはだかる敵を倒していく、というゲーム、らしい・・。
なので、そのイケメン戦士の元の本物の刀剣を見るために、全国の刀剣が収集されている場所
に行くのが楽しい、ということ、らしい・・・。
のですが、聞いているうちに、なんとなく私も刀を見れば嵌りそうな、そんな予感が・・・。

そして今回の大目玉刀は大倶梨伽羅広光。普段は見られない名刀だそうで、有備館駅前では
広光の刀のお守りがバンバン売れている、らしい・・・。

たまたま毎日歩くウォーキングの途中でチヨさんから聞いた、去年の美術展の際の弁当の話から
発案したカレープロジェクトでしたが、やってみると大変面白かった。
本格的に玉葱を刻み始めるまでは、オサム君と私は、毎日材料の違うカレーを作っては食べました。
最後に作り方を合わせて、柿の木カレーに集約させました。

狂ったような玉葱刻みと玉葱炒めの結果がこれ。

あとの材料はヒミツ。

なによりカレーを作りながらの出逢いが素晴らしかった。
徹底的に玉葱と人参とルウ作りにこだわった料理上手のオサム君。
温玉と温泉水、メニュー作りにチラシ作り。売上げ伝票やレシートの集計、分析など、終った後の
重要な仕事も担当してくれているノダ君。
ふたつのジャー、3個の釜を駆使してご飯を炊き続けてくれた一関の由美さんご夫妻。
ただのお客様なのに、お手伝いを申し出てくれて、2日間ホールで大活躍だったかわいらしいマコトさん。
やはりお客様なのに、わざわざ古川から来て、手伝ってくれたユカさん。
そして東京から帰省してきたチヨさんの娘さんのオリエさん。
オサム君のガールフレンド、カオルさん。

私たちがカレー大作戦で奮闘している間、カウンターに踏ん張ってコーヒーを淹れ続けたマスターと
シン君、コーヒー以外の飲み物担当のチヨさん。
それぞれの役割を務めきって、緊迫の3日間を終えました。
こんなに楽しい企画に参加する機会を与えていただいたことに感謝です。

ちなみに私の担当は?というとカレー鍋係り。
カレー鍋に張り付き、かき混ぜ続けるという役目でした。

お盆も今日で最終日。
お餅仕事を終えてはカレー鍋に張り付く3日間でしたが、大変貴重な経験でした。
面白かった~!!

 

 

 

 

カレー大作戦

明日8月11日から13日まで、岩出山の学問所有備館の前にある中鉢刀剣美術館で
開催される刀剣美術展。

岩出山に住みながら、刀剣美術展が昨年は2000人以上の見物の人が来る美術展とは
全く知らず(刀剣女子という女の子に人気だそう)、今年はもっと見に来る人が増えるだろう
ということで道の駅や周囲の人間にも弁当販売などの話が聞こえて、初めて知るところと
なりました。

中鉢美術館の隣りに位置する喫茶パーシモンでも、昨年は1日に100人以上のお客様
を迎えたとのこと。
今年はそれ以上の来客をみこして昼食の弁当を出したいというので、ノダ君とオサム君と
私が弁当作りのお手伝いをすることになりました。
でも弁当は手がかかるので、少ない人数で美味しく作れるランチは?というとカレー!
名づけてカレー大作戦。

仕事を終えてパーシモンに集合し、まずは作戦会議。
どんなカレーを作るのか。家庭的なカレーかインド的なカレーか若い人が好む今風のカレーか。
マスター、チヨさん、あと3人の意見をとり混ぜて、刀剣好みの若い女性向きに、オサム君と
ノダ君が仕上げの味付けをする今風カレーと決定。

完成300食を目指して玉葱刻みから開始。

涙ぐみながら、何十個刻んだかわからないくらい大量の玉葱をまる1日刻み続け、刻み終えたら
全部の刻み玉葱をあめ色になるまでいため続けるというハードな作業。

一作日、昨夜も深夜までカレー制作に没頭して、ついに明日が美術展オープン当日。
どういうことになりますか。

 

そして当日の今日、道の駅へのお餅出荷後、11時半くらいにパーシモンに行ったらば、パーシモン
の外は入店を待つお客様の行列が・・・。
カレー鍋の消化具合は想像したより特段に早く、今日の分用はほぼなくなり、オサム君は明日用の
カレー制作にとりかかってました。
お昼に今日の分がなくなるなんて、見事な読み違い。
そしてまたお客様に「美味しい!」と言って頂いて、これはまたとても嬉しい励ましのお言葉。

お客様の数が少し引いたところでいったん家に戻ってお餅仕事をし、また夕方の部の玉葱刻みに
にカレー制作現場に戻ります。
自分ひとりで作って食べて満足するのではなく、たくさんの人に食べて喜んでもらえる機会を持てる
のは若い人たちにとって得難い経験。

それにしても今時の若者の包丁さばきのうまいこと、そして料理に関する知識も豊富で、実際的な
動きも臨機応変、達者なことには感心しました。

初日終わりました。目標大きく超えて達成!
明日もがんばります!

 

 

 

大津で新聞バッグ・英語で新聞バッグ

週末前の金曜日。
今朝は雨。

昨夜ブログを書こうとPC立ち上げたら、ひと文字うつごとに2個も3個もの関係ない文字がダーッ・・。
なんなんですかね。いったんオフにしてまた立ち上げて文字をうっても同じ。
そして今朝はプリンターが紙詰まりを起こして動かず。昨日、同様のアクシデントで自分で紙を
引っ張り出した後、私が壊したんだと思います。が、再度紙を引き抜いてやっと動いたら、次は
マゼンタインクがなくなり、替えたら黒インクがなくなり、替えたら青インクがなくなり、最後に
ご丁寧にまた紙詰まりでダウン。
おまけに前から調子が悪かった餅搗き機が3台とも壊れ、右往左往するうち、道の駅出勤は
思いっきり遅刻。 今日から夏祭りというのにえらいことです。

午後から修理に来てもらってPCは復活。プリンターは治してもらってサブプリンターを購入。
もち搗き機の手配も終ってやっと落ち着き、ブログが書けるようになりました。

大震災後、売る当てのない南三陸産輪菊をありったけ全部買ってくださったり、今年の春には
倉本聡作「走る」の公演で会場の琵琶湖ホールの半分以上の集客に奔走してくださったり、
お世話になってばかりいる大津の角川さんから、新聞バッグのワークショップを始めましたよ~、
新聞バッグの輪はどんどん大きくなってますよ~、と連絡を頂きました。

「走る」公演で大津にお邪魔した際に、角川さんの会社の社員さんに、新聞バッグワークショップを
開催したのがきっかけですが、それから時間もたたない間に、こんなに大きな新聞バッグの輪を
作ってくださろうとは・・・・。
さすが角川さんのご人徳。この先も、角川さんのもとに集う方々の手で新聞バッグはもっともっと
大きな広がりを見せるのではないかと、思っています。

角川さんには大津でがんばって頂いて、こちら東北では「英語で新聞バッグ」というのをやってみよう
ではないか、と初めて英語での新聞バッグ作りをやってみました。

先日高知大学にうかがった際に、タイからの留学生とタイの大学の先生に新聞バッグをお教えする
ことになり、日常会話ではない、マニュアルの英語の難しさを痛感しました。
「タニオリ」だの「ヤマオリ」だの「ワ」だの日本語では普通に言うけど、英語でどんな言葉を充て嵌め
たらいいのか?

先日の鳥海山行の時に、「新聞バッグを作りませんか?」と誘いをかけて、NOと断られたリー先生に
再度アタックして了解をとりつけ、英会話の後、喫茶パーシモンへ。

インストラクターは上條さんで、実際に作るのは、サイトー君。
連れてこられたリー先生はどっかと椅子にかけてノートを広げ、本格的に英語で新聞バッグつくり
を開始。

最後まで見たい私は夜会議で叶わず、2時間の会議を終えて戻ったら、英語での小バッグ制作は
とりあえず終了していました。作りながらの日本語を英語になおすのはなかなか手間がかかる
そうで、再考、工夫の必要があるとのこと。

小バッグ、中バッグ、大バッグの英語のマニュアルができたら、外国人を交えたり、また外国から
来た方々に向けたワークショップが開けます。
日本のもったいない文化、折り紙文化を伝えて作る新聞バッグ。

これも広がればいいなあ、と思ってます。
大震災後の現金を得るための新聞バッグ作りの用途はまだ無きにしにもあらずです。
まだ必要。でも復興がどうとかではなく、単純にものを作ることを楽しみ、美しい新聞の記事や
絵柄を楽しみ、自分の好きなマイバッグ作りを楽しむ。
そんな新聞バッグつくりがこれからは広がり、続いていってほしい。

どこへでも出張します。
英語で新聞バッグ。必要ありましたらどうぞご用命を。
言葉はたどたどしいけれど、新聞バッグつくりはベテランです。